人形と人形の家(クリーチャーとドールハウス)
空砂で生まれ育ったアルトは、昨年父を病で亡くし。母を村人に殺され。天涯孤独の身となっていた。
「母さん……」
泣きそうになりながら、気丈に涙をこらえて、国境を抜けた炎の森、母の亡骸を埋葬していた。ぐっと唇を噛みしめ。アルトはある噂を信じ。死ぬ恐れを抱えながら。国として形骸となった空砂を捨て、クレイバレスを越える決意を固めてい。
「母さんぼく行くね……」
プロローグ
最初に意識したのは、耐え難い空腹、殺意、暴力である。
小さな村に済むアルトは、昨年父を病で……、今年の春先……、村の誰かに襲われた母は、殺された……。
天涯孤独。空砂では誰も気にしない。もはや当たり前の日常である。
━━空砂という国がある。
この数年地方では、各国を逼迫した日照りが続き、大干ばつをもたらしていた。村が2つあるだけの小国には、致命的な自然災害であった……、畑は全滅、近隣の山という山は、動物の姿を失い。草木生えぬ。不毛の土地へと変わっていった……。
干からびた死体……、川は悪臭漂う泥水が流れ。生活用水は失われた。力尽きた子供、老人、暑さのためぼろ家にいると。死を迎えることになる……、誰もが日陰を求め。ただ無気力に座り、死を待っていた……、
渇き……、絶望して、涙すら流れず。動く力の無いものは、次々にゴミのように死に絶えた。村の中は、死臭に満ちていた。
アルトもその1人。無気力に死を……、そうかと言うと実はちょっと違う。
死んだ父に似て、諦めの悪さと、フットワークの軽さには自信があった。だから早々に村を、国を棄て、旅に出ていた。まだ10歳になる前のことである。
空砂のような小国では、孤児になる子供が多くて、三年前から裕福な塩山、水神に難民が押し寄せる事態になっていた。近隣の諸国は頭を抱えていた。近年希に見る飢饉は、空砂だけでなく。群と呼ばれる地方で、数万人とも言われた死者を出した。未曾有の飢饉は、群雄割拠ひしめく地方において、反乱、一気による治世の壊滅を誘発したのだ……。
やがて力あるものが、名を上げて、村を起こし豪族となり。そして……新たな国が生まれ、消えていった……、人々は日々生きること、一個のパンのため。子供すら手にかける現実……、最早夢や希望など。
物語の中のことと、人々は絶望していた。大人の多くは、道の真ん中に座り、日がな1日生きたまま。死んでいった……、
━━まさに地獄絵図。空腹に腹を抱え。渇きに意識が朦朧としながらアルトは、よたよた一歩でも遠く。ただ無意識に歩を進めた。
空砂から10日━━、東に横たわる霊峰クレイバレス、幅広の大剣に似た山脈は、何時からかクレイバレスと呼ばれるようになっていた。
正式名称は『竜の峰』
ホワイトドラゴンの群れが住む山頂には、人間は勿論。モンスターも近付かない。しかし麓には、凶悪なモンスターが生息する森、山々、沼危険な地域である。それだけに人間が支配地域としない土地であった。
━━バサリ、羽音が、背後から聞こえ。訝しげに思う間もなく。アルトの身体は、凄まじい力で、瞬く間に大鷹に捕まり。遥か上空に運ばれていた。
「……そら?」突然のことに意識が付いてこない。このまま大鷹の巣に連れ帰られ。餌にされる所である。もはや運命は……決したかに思えた。
「ミウ!」
鋭い女の子の声。蜂蜜色の輝く髪を揺らして、無骨な弓を手にしてる少女の心配そうな顔を見て、やれやれと苦笑していた青年は、仕方なく用意していた魔法を唱え放つ。魔法の矢は、狙い違わず。大鷹の羽を打ち、バランスを崩した大鷹は、森に落ちていった。
「リョクト、ゲント頼んだ」
一人は長身の若者。今一人は中年の隻眼の男、同時に頷き、手下を引き連れ。子供の保護と、大鷹の生け捕りに向かって走っていた。
ミウ達が、どうしてモンスターの生息地にいるのかと言うと……、
ミウの治める村が、近隣にあるためだ。本当の理由は、モンスターを生きたまま捕らえるためだった。
近年モンスターを。封印術を用いて作る。人形に封じたと品が、実に高値で売買されていた。
クリーチャーとは、魔力を込めた人形に。モンスターの身体と魂を封印することで、生きた人形を産み出す黒魔術の儀式である。こうして造られたクリーチャーを、人形の家と呼ばれる。所有者の家に配置させることで。初めてクリーチャーを所有することになる。すると人形の家を所有する者は、クリーチャーを自在に呼び出して、魔力が失われない限り操ることが出来るようになるのだ。こうしたクリーチャーモンスターの力は、大変強力で、死ぬことはなく魔力が回復状態ならば、所有者は何度でも呼び出して、戦わせることが出来るのだ。例えばクリーチャー一体は。兵士100人に勝り、食事、睡眠、休息を必要としない分。力ある一体のクリーチャーの方が、人間よりも遥かに使いやすく。コストが安い。そこで地方豪族、金のある商人、裕福な貴族などが、自衛のため密かに買い求めた。
「あの大鷹なら、それなりに高値で売れそうねミウ」はにかむ顔も実に可愛らしいリサは、ぼくとつと、滅多に表情を変えない兄リョクトとは正反対の。表情豊かな少女である。
アォォオオオー!?。
山々に響くような遠吠えが、突然聞こえた。どうやら留守番をしていたレンが、いつの間にか来ていて。二人より先に、大鷹と子供を見つけたようだ。ほろ苦く思っていると。リサがクスクス笑っていた。レンと言う少年は少し前まで……、ミウを付け狙う、暗殺者であった。
レンはそもそも狼の住む森に捨てられた赤子であった。しかし何を思ったか、白狼達は、レンを自分達の仲間として育てた。だからレンは物心付くまで、自分のこと狼の一頭だと思っていた。
狼に育てられた少年レンは、成長するにつれ……、人間の聡明で、工夫する力と。野生の狼としての力で、父であるリーダーから認められた。やがて群れの一つを任せられるまで成長していた。
━━月日は流れた……。白狼を操る少年の噂を聞き付けた。暗殺者ギルドが支配する国。無影のギルドから。自国のアサシンになるようスカウトしに来たのだ。父であるリーダーの赦しを得て、レンは兄弟四頭を従え。暗殺ギルドに身を置いた。
数年とせず。一翼を担う暗殺集団。白狼のリーダーと呼ばれるようになっていた。
その頃……、
水神の国を救い。豪族として名を上げたミウを。川道の王は危険と見て。暗殺を頼んだ。
そして……、レンが送り出された。しかし散々苦労して、レンと四頭の狼を倒したミウと、倒れ伏し獰猛な怒りを顕にしていたレン。
「俺を……殺せ!」殺意丸出しに、嘯く、その姿こそ、ミウにとって、好ましい激情であった。
「因みに君の狼達は、まだ生きている。お前の名を教えてくれるなら、殺さずに済むのだがね~?。俺はミウ、君は」
「…………レンだ、本当に兄弟は生きているんだな?」
疑り深い。獣の眼差でミウを睨んでいた。急にしおらしくなって、唇をかみ不貞腐れる少年に。ミウは思わずにこやかに見える。例の嘘っぽい笑みを浮かべていた。まただ……、ミウの仲間である三人は、顔をひきつらせていた。
捕らえたレンと、四匹の狼をわざと。隣同士の牢に入れていたミウに、最初こそ牙を剥き出しにする狼と。唸り声を上げるにレンだったが。餌を運んで来る人間は安全だとリサのこと覚えてから。彼と兄弟達は少しずつリサ、リョクトに慣れていった……。
通常暗殺者を捕らえた者は、自分の裁量で、暗殺者を殺すことも、部下にすることも自由であった。ミウは巧妙な手段を用いて、レンと兄弟達を少しずつならし、遂に懐柔してしまったのだ。
今ではミウを群れのリーダーと認め。四匹の兄弟まで、ミウだけになついていた。
「急いでいかないと。レイの兄弟が、大鷹を餌にしちゃいますよ」
「ああ~そうかもね。急ぐか!!」二人は顔を見合せ。笑いながら走り出していた。
二人が急いで合流すると。結果リサの心配は杞憂に終わる。なんと四匹は大人しく。ミウが来るのを待っていたのだ。それはレンも同じで、側にいるリョクト、ゲントの二人にも慣れたか、ミウの手下と思ってる節がある。多少なら二人の言うことも聞く。しかし餌を運んで来れていたリサには、それなりに敬意を払ってるようだ。
「ミウ生きたまま捕らえた!?」
ワイルドに伸ばした長髪を。後ろに撫で付けて。あつらえた革製の丈夫な服、走りやすいズボン、足を怪我しないよう。ラグの皮のサンダルはいていた。
「よくやった。レンお手柄だ」
「クウ~ン」
甘えた声で鳴くのは末っ子のフウ。
「フウも頑張ったのかい?」
わざとらしく聞くと、大きな尻尾パタパタ、
「そうかご苦労様♪」
頭を撫でると、早速匂いを付けようと甘えてきた。それからルウ、セン、ロウガを構い。最後にレンの肩に手を置いて、頭をグリグリ撫でてやると。それは嬉しそうにはにかんでいた。
「おお~い。いい加減頼むぜミウ」
冷や汗かきながら。今にも暴れだしそうな大鷹を、押さえるゲントの情けない声に。そうだなと小さく苦笑しながら。さっさと済ませるかと腕捲りしていた。
クリーチャーの作り方は、幾つか方法がある。一般的な方法は、召喚魔法で呼び出して、支配してからクリーチャーにする方法。確かに安全で確実であるが、魔法使いの力量次第のため。オーク、コボルト、ゴブリンと弱いクリーチャーしか作れないのが現状である。ミウが行っているのが、野良モンスターを討伐しない程度にダメージを与え。生け捕りにして、クリーチャーにする方法である。実はこの方法ならば、強力なクリーチャーを作り出せるチャンスがあるのだが、非常に危険なため。好き好んで行う者は今のところいない。その分生け捕りされたモンスターから造られたクリーチャーは、高値で取り引きされていた。
掲げた大鷹を模した人形を。モンスターに押し当てると。
大鷹は強い紫色の光に包まれ。クリーチャーに吸い込まれていた。後にはコロンと手のひらにクリーチャーが転がるだけだった。
「今日は終わりにしようか~、リョクトその子のこと面倒観てやって、気が付いたら話は聞くが、多分難民だろうね」
少し離れた木陰に寝かされた少年を、顎で指していた、薄汚れたぼろきれと見まごう服と、血が滲む布を巻いただけの靴、リョクトが少年を抱き上げると。驚くほど軽かったので、眉を潜めていた。
「明日辺り。魔導協会の買い付けが来る。今日手に入れた大鷹、オーガ、迷い樹を売れたら。この間買ったワイン樽を開けるからな!」
自分たちに従う手下達に向けて確約すると、歓声が上がっていた。
「帰還するよ」20はいる手下を引き連れ。ミウは自分が作らせた村に戻っていた。
もう3年前になるが。ミウは空砂の国境を抜けて、地方に流れ着いた流れ者である。
地方の国々は、その年に始まった大干ばつにより、大変な被害が広がっていた頃で、各地を旅したミウは、この地こそあの技術を広め。自身の立身出世のチャンスだと見てとっていた。ミウの生まれは中央と呼ばれる。5大国が一つ。魔法の国ラークの魔法学院生徒でしかなかった。しかしドウル正教を主教と掲げる。バッツアー国シュバイヤ王が、魔法など神の禁忌を破るものだと喚き、戦端を開いたのだ。学生とはいえ魔法使い、重要な戦力である。ラークの王ルドリアの命は簡潔であった。「学生を徴兵せよ」
このままラークにいれば、学生達は、兵士に仕立てられ。戦場に送られて死ぬだけだ。暗い現実を前に。多くの学生達は悲嘆に暮れた。
「ミウ・ローセン、ラナリア・パウンド、リターシャ・パワーティ。急いで此方に来なさい!」
三人を呼んだのは。痩身の青年である。名をクレイ。魔法学院で五人しかいない、教授であった。クレイはミウ達を学生としてではなく。自分の弟子として、クレイ研究クラスの助手に。取り立ててくれた恩師である。
「時間がない手荷物を持って今すぐ。私の研究所に、早く!」
ミドルネームをクリーウェイ、家名がチャリスト、家名が示す通りルドリア王の遠縁に当たる貴族で。クレイ教授にとって、三人は自分が産み出した技術を継承する。大切な愛弟子であった、
「いいかい三人とも。よく聞くんだ。裏に馬車が止まっている。行き先は私の屋敷だ」
厳しい表情を幾分と和らげ、それぞれの肩に手を置いて、
「ミウ・ローセン君は、私が出会った学生の中でも。一番変わった生徒だった。いつも飄々としながら、誰よりも熱心に私の研究を勉強していたね」
「ラナリア・パウンド」
クセのある豊かな金髪。背に揺れていた。
「君は私の助手として。生徒としても、大変優秀だったよ」
クシャリと泣きそうなラナリアを、優しく抱きしめていた。「リターシャ・パワーティ、君はミウと供に危険なクリーチャー作りを手伝ってくれたね……、ありがとう」
声を詰まらせたクレイ教授に。リターシャは小さく。
「先生……」
強気な顔に。初めて泣きそうに揺れた。素直じゃないのだ。「三人とも生きない!、そして……私の技術を、世に広めてほしい」
深く頭を下げたクレイ教授の願いは、平和利用されるだけの。一般的な技術の広まりであった。
「だから……、君たちは生きなさい……」
今のラークでは、列強と呼ばれるバッツアーと戦争して、無事に済む筈がない。別れの挨拶も早々に、クレイ教授は、三人を逃がしてくれた……、
━━途中ラナリアと、技術の国レン・ドーラに向かうと言うので別れた。リターシャとは、一年ほど中央を旅して、色々な地を見て回ったが、魔境と呼ばれるグランデの国で、
「ミウ……」
最初で最後にキスをして別れた。ミウは一人となって、魔境のさらに奥に広がる。燃える川を渡り。炎の森を越えて、今に至る。
今年17になるリョクト、二歳年下の妹リサと出会ったのは、三年前━━空砂の国境を越えたミウは、最新に立ち寄った大きな村で出会った。
そもそも二人の父は、村長で。飢饉のため年貢米の軽減を求め。国王に直訴願いしたのだ。
その時運悪く、隣国川道から戦争を仕掛けられていた。これ幸いと全て奪われ両親には死罪を申し渡され。子供達は命こそ助けられたが……、その運命は過酷であった。日々謂われない暴力に耐え。妹とどうにか生きていた。だからリョクトはとても荒んだ眼をしていた。
「金か食い物をよこせ!」
いきなりナイフを取り出したリョクトに。そんなこと言われて、とても驚いたものだ。
「……お前。お腹が空いてるのか?」
その時から。表情が変わらないリョクト、不安そうなリサと出会った。
「どうしたミウ?」立ち止まったミウを心配した眼差しに、優しく見える笑みを浮かべていた。
「その子を見ると。リョクトと出会った時を思い出してね」 「ああ……」
あの時は切迫していた。風邪を拗らせて妹は、酷い咳をしていた。医者に見せてあげる金もなく。最近まともに飯を食わせてやれないジレンマに。自分の不甲斐なささえ。苛立っていた。
あの時リサを見た瞬間察した。クレイ教授は、ミウの目端が利いた才能を高く評価していたけな。
「なあ~、一つ答えてくれたら。飯を食わせてやるだけじゃなく。君の妹を治してやるよ」
「なっ何を……」
ここは話しても通じない場面。素早く腰に差していたタクトと呼ばれる。魔法の杖を掲げ。
「ヒール」
レベル2の回復魔法をリサに掛けた。淡い光に包まれた妹に。青ざめたリョクトは、此方を真っ赤になって睨み付ける。 「お兄ちゃん……、苦しいのが消えたよ」
弱々しいが、可愛らしいしっかりした声だった。兄の背に隠れていた顔を出して、不安そうな眼を揺らせながらも。真っ直ぐミウを見てきた。かなり聡明な少女だと思った。
「癒し系はあんまり得意じゃないから~。効果はしばらく咳が治まる程度だがね」
毒気を抜かれたリョクト、しばらく惚けていたかと思えば、いきなり土下座していた、
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
涙ながらにそういっていた。
「まさか……、魔法使いとは知らなかったからな」
ぶっきらぼうにそっぽを向いていた。どうやら照れたようだ。
「ミウありがとう。私達を連れ出してくれて」兄に代わり、リサは素直にお礼を述べた。
「此方こそ、二人と出会ったからこそ。そこの元王様が、仲間になったのさ」
チラリ左側を歩く、レンと狼達を構う、隻眼の中年男ゲントを見ると。
「へっ懐かしいな~」
人を喰った笑みを浮かべ、へらへらしていた。
━━ゲントと初めて出会ったのは、リョクト、リサと旅に出たミウが。霊峰と呼ばれる。古い国に行く途中の国境。東に下れば天破、
南に下れば塩山があって、数年前までこの辺りを古里の国が治めていた。今では古い砦と。近くに集落があるだけの山道であった。山刀を肩に担いだゲントは、飄々と笑いながら襲ってきたのだ。後に知ったが、リョクトは槍の使い手、妹のリサは弓の使い手である。
一方のゲントは、元自国の兵士を率いて、商人を襲う、山賊にまで身をやつしていた。その数30。今周りでわいわい談笑してる男達である。多勢に無勢、本来身ぐるみ剥がされる場面である。ミウが魔法使いでなければ、所有していたクリーチャーを呼び出して、瞬く間にゲント。達山賊を捕らえてしまったのだ。
「グッ、国を失い。仲間すら失ったんだ、殺すなら殺せ!」凄んだゲントは、もはやこれまでと諦めていた。国を失い、大切な民を守れなかった無力な王は、山賊として果てる覚悟であった。本来ならばこの場で殺されるか、役人に引き渡され。死罪になる運命である。「ねえ君たちに話があるんだけど、ぼくに雇われてみない?」
そう言ってゲントに、優しく見える謎の笑みを浮かべていた。さすがに冗談だと思った。しかし突っぱねるにはミウの目は、真摯な光を宿していた。なぜ口説かれたのか未だゲントにも分かっていないが、少なくともミウの近くにいれば。楽しげな笑い声があった。
現在のミウは、水神の北方、霊峰の西に居を構えていた。この一年で村は多くの住民を受け入れて、大きな村と近隣に3の集落を抱える豪族として、名を知らしめていた。
「ミウ様。お帰りなさいませ」
痩身の青年が慇懃に頭を下げていた。
「ただいまラセル済まないが、カナル先生を呼んでくれ、モンスターに襲われた子供を助けた」
生真面目そうな顔立ちの青年ラセルは、霊峰の魔法ギルドに席を置く。優秀な魔法使いである。何故彼がミウにかしずくと言うと━━。
ミウが霊峰の魔法ギルドに、クリーチャーの技術を高値で売り渡し。その一部の代金で。地方魔法ギルド議員の椅子を用意させたからだ。ラセルは言わば、ミウの秘書兼見張り役である。もう一人の見張り役のカナル老は、どちらかと言うと危険な地域に生息する薬草採集に、心血を注ぐ変わった老人で、
「わしに診療所を寄越せ。医者の真似事と言う名の人体実……ゴホン。村人を見てやる」明らかに人体実験と言いそうだったカナルのため。診療所を建てると嬉々として、人体実験と言う名の治療を行っていた。住民からは感謝と恐怖からマッド先生とか呼ばれていた。便宜上名前で呼んだが、ミウもどちらかと言えば、先生と呼んでいた。
「まさかあの地域に少年が1人で?」
話を聞いて流石に驚くラセル、多分難民だと伝えると。余計に返答に困っていた。
霊峰、塩山、川道のような裕福な国は、肥沃な財政を背景に。比較的まともな治世であった。
しかし川道は国土を広げるため。空砂を平定して飲み込み。広大な畑を手に入れていた。
━━日照りは、皆の願いが通じず。いまだ続いていた。竜の峰でも雨が降らなくて久しいが、美しい泉から水路をひいて、生活用水の確保をしているし。豊富な温泉水を用いれるので、野菜が育て易く。他国ほど困らない基盤を作れたのが大きい。しかし川道にとって予想外だったのが、竜の峰から流れる大河を手にいれたが。今では腐臭漂う川とは名ばかりとなってしまったこと。そうなると最大の障壁が、内陸部にあった。
豊かな土壌、膨大な水源。地方最大の豊かな国。水神それを手にせんと戦争を仕掛けた。しかし神域と崇められる水神が、狙われたと知り。近隣諸国は反発した。その一つが武人の国。線武、南方の商人の国。円斬である。地方最大の国土を持つ水神が滅ぼう物なら、南方三國にとってもはや他人事ではない。多くの兵士を送ったが、川道は傭兵を雇い。これに当たった。
━━その頃。小さな村を興したばかりのミウに、ゲントは誠心誠意頭を下げていた。
「ミウ……一生の頼みだ、水神の姫巫女を助けて欲しい!」
僅かな手勢しかいない地方豪族、霊峰の魔法ギルドからようやく、議員に選ばれたと知らせが届いたばかり。普通なら突っぱねるところだが……、
「ゲントが他人のために頭を下げるなんて、とても驚いたよ……」
いつも不敵な笑みを浮かべ、どんな困難をも飄々と切り抜ける。信頼出来る仲間であるゲント。驚くのも無理はない。ミウはゲントの強い思いを叶えてあげたいと思った。
「ゲント噂の水神も出るんだろ?、だったら見に行こうよ」
敢えて優しく見える。謎の笑みを浮かべて、あっさり引き受けていた、この頃になると側近の三人、リョクト、リサ、ゲントは。ミウの謎の笑みについて理解していた。ミウには何故か、感情を顕にした強い願いなら、なるべく叶えようとしてしまう人の良い一面と。知識の探求を刺激する事件を好む。デバガメの性質を併せ持っていた。
━━今回の場合、側近のゲントが必死に願うならば、叶えてやりたいと思う人の良い一面と。水神にしかいない神の化身と呼ばれる。水神を動かす可能性を考えて。知識欲が揺さぶられた結果の即答だった。ミウという青年はとにかく変わった人物だった。
「あれからもう一年経つんですね……、ヒミカさん元気かしら?」
リサの懐かしそうな吐息に。そうだなと頷いた。豪族として同盟国のヒミカとは、手紙のやり取りをしてるから、近畿は知っていた。
三國の援軍を得て、水神の女王ミヨは、安堵した筈だ。しかし蓋を開けてみれば、南方三國が一つ。炎火が突如として、円斬に攻め込んで来たのだ、これに慌てた円斬は。援軍を出せなくなったと一報が届いた。さらに線武の国境に川道軍が現れたため。身動きが取れなくなったと聞いて、水神の女王ミヨは、何が起きてるのか、もはや理解出来なくなっていた。そもそも根本的な間違いをしていたとミヨが気付いた時には。絶体絶命のピンチとなっていた……。
密かに川道の王ソウエイは、炎火と同盟を結んでいたのだ。、更に二国と密かに通じ。裏で糸を引いていた者がいた。同じ中央に位置にした国、塩の道を挟んだ隣国。塩山が突如として攻め込んで来たのだ。気付いた時には、塩山の水軍は湖に進出していた。
丁度その頃。国境に水神を配置していた女王ミヨは、もはやただの獲物でしかなかった。塩山の王ムライ・ゲンサンは勝ったと。船上で高笑いしたと言う。
ゲントの助けたいと願い出た姫巫女ヒミカとは、水神の女王ミヨの1人娘で、なんとゲントの娘だと聞いた時は、それは驚いたものだ。
「お父さんに似なくて、良かったね~」
本気で言ったミウに。ヒミカは怒り出す所か、爆笑していた。
「まあ~ミウさんたら。父と同じこと言うのね」艶やかな黒髪、巫女装束に身を包む、美しい少女は、毅然とした顔をしていた。
「ミウ様、これから先……、私たちを助けて下さいますか?」
リョクト、リサ、ゲントの三人を伴い現れたミウは、強力なクリーチャーを繰り出して。塩山の船団を壊滅して見せた。それだけの力を示せば、何らかの見返りを求めても可笑しくない。
「任せときな、その代わり。俺は今竜の峰の麓に村を作ってるから、頻繁に呼ばれてやらないからね」
にこやかで、優しく見える謎の笑みを浮かべ。簡単に引き受けていた。
「よろしいのですか?」多大な見返りを求められる覚悟をしていただけに。肩透かしを受けていた。
「なあ~ヒミカちゃん。ちょっとしたお願いを。言っていいかな?」
「なっ、なんでしょうか」
心労で寝込む母に変わって、国務を行わなければならなくなっていたヒミカは。険しい表情をしていた。
「今は、ゲントと母を見舞ってやりなよ。あんたの代わりなら。ある程度僕がやっとくからさ」
唖然としたヒミカは、その日初めて少女らしい。心からの笑みを浮かべ。
「はい!」
可愛らしく返事をしていた。ミウと出会い関わった人々は思い出す。人の温かさを。彼に夢と希望を抱いてしまうのだ。
ぴくり重い瞼が、嗅ぐわしい匂いを嗅いで、目覚めろと命じていた。霞む目をゆっくり開いたアルトは、辺りを不思議そうに見ていた。
「ここ……天国?」呟いていた。しばらくぼんやりしていたが。起き上がろうとして、身体に力を入れたらとたんに。手足に軽い痛みを感じて、慌てて毛布を捲ると。まっさらなシーツの上にある。自分の足が、白い布で手当てされてるのに気が付いた。
「ぼく生きてるの……」
戸惑うような問いに。答える者はいない。アルトは閉められたカーテンをそっと開き。外はすっかり暗くなっていた。ひんやりした空気を感じて、とても驚いていた。アルトが生まれ育った空砂の地域は、一年の半分を真夏のような亜熱帯で、雨期か僅かにある程度であった。近年雨期が来なかったのは、国境の向こうに広がる。燃える森が原因だと言われていた。しかし数年前までは、確かに雨季はあった、アルトも物心付いた頃は川で泳いだ物だが、
川道に平定された空砂は。重税を課せられ。今まで以上に苦しい生活に。民を追い込んで行った……。
アルトが国を捨てようと決意した。ある話を父から聞いたのがきっかけだった。
━━三年ほど前にるが、アルトと同じような孤児の兄妹が、ある青年と出会い。村を興したという……、その青年は。瞬く間に豪族となり、手練れの魔法使いであるそうだ。
「起きたようね」
部屋に気配なく。声が降ってきた。驚いたアルトが振り返ると、扉を開けて立っていた少女の美しさに息を飲んだ。
「あっあの……」「私はリサ、この屋敷は、竜の峰を領地にするミウ・ローセン様の物よ」
咄嗟に言葉が出なかった……。まさか実在した人物だとは、半分信じてなかったのだ。これは夢ではないか……、自分の手で頬をツネリ。
「痛い……、夢じゃない」
「まだ体が弱ってるみたいだから。ミガス作ったの食べる?」
「ミガス?」
ミガスとは霊峰のある。海岸の町で食べられる。固くなったパンをスープで煮た。いわばお粥である。小さな土鍋がお盆に乗せられていて、蓋を開けると。香ばしい香りが部屋を満たした、グウ~。お腹が激しくなっていた。思わず真っ赤になって俯くアルト。「とうぞ、気にせず食べなさい」
差し出した椀を受け取り。迷いつつ匙で。一口。
「!?。美味しい……」
がつがつと、あっという間に全て平らげていた。
「あっ……。ごめんなさいみんな食べて……」
ハタリと気付いたのだ。半分はお姉さんの分だったんじゃ……、
「ああ~、気にしなくて良いわ。これは貴方の分だか」
クスクス笑われてしまい。ますます赤くなっていた。
「あっあの。ぼくアルトです」
勇気を出して。ようやくそれだけ言えた。
「そう、アルト今日はゆっくり休みなさい。ミウ様から明日面会するそうよ」
それを聞いて安心したアルトは、大きな欠伸をしてしまい。再びリサさんに笑われて、真っ赤になっていた。
ミウが地方に渡り。もたらしたクリーチャー技術は、地方魔法ギルドとって、革命的な魔法として、大切にされたのは言うまでもない。何せ資産ある金持ちに多額の金銭にて、小出しに売りに出したところ……。瞬く間に莫大な利益を上げていったのだ。よって議員席など別段くれてやっても。まるで問題にならなかった。その代わりギルドとしては、過剰なクリーチャー流出を制限する必要があった。そこで二人を監視役に送った。
しかし強力なモンスターほど。クリーチャーにするのが難しいため。直ぐに過剰流出は起こらないことがわかっていた。素直にラセルが報告しても。今のギルドの方針は変わらなかった。目先の利益に疑心暗鬼に踊らされ。完全に我を見失った状態である。もっともラセルとしては、中央の大国で、魔法の先進国と名高いラークの学生研究者をしていたとはいえ。優秀な魔法使い。ミウ様の助手が出来て、嬉しい限りである。
プライドの高さが邪魔をして、素直に口にしてないが……、来客を知らせるノックに気付き、あの女が遂にきたのだ、忌々しいことだが、我が地方ギルドにも入り込んでいるので。仕方ない。扉を開けると。「ラセル様」
闇の商人ナシア・ガーラントの来訪を告げていた。
「ミウ様、ゲント殿を呼んで下さい」
にこやかな表情を作る。美しいメイド長リターラに命じた。
「承知しました」
程なくして、わざと豊かな胸を見せ付ける。衣装に身を包んだ。闇商人ナシア・ガーラントが、手下の二人を引き連れ現れた。
「あ~らラセル様。相変わらず、気難しい顔してらっしゃるのね♪」
見事な営業スマイルを張り付け、右手を上げると。手下の1人、護衛を兼ねるレケルが、手土産をテーブルに置いた。
「それは?」
「前回ミウ様から頼まれたヒミカ様への手紙。その返事と。ミヨ女王様がゲント様にって」それで理解した。ミウ様の側近ゲント殿は、ミヨ女王様の元夫だと聞いていた。
「それはそうと、ミウ様ってば……、また子供拾ったんですって?。本当にお人好しね…」この女。やはり本題はそちらであったか……、ミウ様がいない今だからこそ、釘を差すつもりなのだ。今やミウ様は、この女にとって、金のなる樹である。言い方は悪いが、この女もミウ様に。長く今を長らえて欲しいと願っているようだ。
「その子が使えるなら。私のところでも構いませんよ。それとなく……」
「委細承知した。直ぐには出来ぬが、あの方も。本人の言葉なら、納得されよう」
それがどのようなことになろうと。今の治世どうとでもなる。時に、弱いものを切り捨てる覚悟がなくてはならない、それがラセルの役目であり。助言を下すのがナシアの役目だ。「ナシア様」ジロが、二人に人差し指で唇を押さえるジェスチャーをする。程なくミウ様、ゲント殿がやってきた。
「やあ~ナシア、今日も美しいね」
ミウ様が、現れた瞬間から。ナシアは、年相応の女の子に変身する。営業スマイルは、華やかな可愛らしい笑みに変わり。豊かな胸を強調すると。赤くなったミウを見て、それはそれは嬉しそうな顔をしていた。
「ありがとうございますミウ様。こうして再び会えたこと……。このナシア心より嬉しく思います」珍しく本音で語っていた。ミウ様は、好意にしろ悪意にしろ。激情を感じること好むリアリストであった。いや違うな……、相手が、自分と関わり夢を見る姿が、大好きなのだと思う、
「ミウ様……、似合いませんか?」
あどけない顔立ちのナシアは、わざと首筋を温める白狐の毛皮をとって、なめまかしい後ろ姿を見せ付ける。
「……とっても似合ってるよ」
食い入るように見てしまったこと。恥じ入るように。うつ向く初々しい反応、この場にリサが居なくて良かったと。苦々しく思っていた。はっきり言うとナシアのような女が、ミウ様に近付くこと面白くないのだが、ナシアがミウ様の愛人であるかのように振る舞い、噂を流してるので、そちら方面は心配しなくてよいのは助かる。利害も一致してるので、ラセルはこっそりリョクト、リサには、アクトと名乗る少年の世話を頼んでいた。二人はよくも悪くも、ミウ様の傍らから離れない忠犬だが、妹リサは仄かに。ミウ様を想ってる節がある。なのでなるべくナシアと顔を会わせず。スムーズに商談に入らせることを心掛けた。面倒な役目を担ってるのだ。散々ミウ様を誘惑したあと。夕飯を二人で食べること約束させて、ようやく満足したナシアは、商談に入った。
「では、ミウ様」
すっかり茹でタコのように。真っ赤かなミウをそれはそれは愛しそうに。うっとりと見つめていたが。ミウ様が落ち着かれようとしてる様子を食い入るように見ていた。普通なら骨抜きにされ兼ねないが。ミウ様は、ことクリーチャー関連、その販売になると。途端に冷静になられる。ナシアはそんな姿を見るのが、大好きなようだ。
「前回ナシアが望んでいた。大鷹のクリーチャーを作れた。それとオーダーがあったオーガ2体、君がご所望のケットシーの剣士、後は大蜘蛛、オークの戦士6、ゴブリン15、コボルトの職人4」
これだけのクリーチャーを地方魔法ギルドで、購入しようと考えたら。城が買えるほどの金貨が必要になる。また余計なクリーチャーまで買わされてしまうので、こちらの望むクリーチャーをお願い出来る作り手は、ナシアのような個人商人にとって、喜ばしい商談相手である。それだけに他の競争相手から、遠ざける理由が必要となる。それがナシアが、ミウ様の愛人だという噂である。その辺りミウ様は理解してるのか、気にしてないのか、わざと好きにさせてる気がしていた。それがミウ様の本質。相手の好意にしろ悪意にしろである。
「はい確かに。それではお約束の料金は、宝石で用意しました。注文のあった農具、砥石、野菜の種等は馬車に積んでおりますので、ジロ」「はい」
寡黙な元傭兵は、ラセルに黙礼した。
「馬車の前に荷運びの男達を待たせてます」
「そう、お願いね」 「承知しました」それだけ告げて、玄関に向かった。その間もミウ様は、宝石の一つ一つ丁寧に確かめ。価値が料金に見合う物だと分かり、にこやかに微笑んでいた。
「ミウ様、これで私からの注文は終わりました、ですが安心してください♪。海遠の商業ギルドからの注文で、倉庫の警備が欲しいそうなの……、そこで、ガルムを6匹を頼まれてます。その他……」
火属性のモンスターの注文が多い、少し考えるミウ様は、何せこの辺りにいないのモンスターばかり、注文のクリーチャーを作るには、遠征する必要がある。しかも空砂の国境を抜けなければならず。かなり厳しい注文だ。
「うんガルムは何とかなるけど、火蜥蜴は精霊だから……。見つけるだけで少し時間が掛かるよ。それからマグドンは、危険なモンスターだよ?。取り扱いには細心の注意が必要だ、それだけは買い手に厳命してよ?」
「……引き受けて。下さるのですか?」
さすがに断られる。そう思っていたようだ。ナシアに安心するよう微笑んで、
「詳しい話は明日にしよう」
ミウの労る視線に、ナシアの顔が薔薇色に変わっていた。
「ラセル部屋の用意は?」
「滞りなく」
「ナシア済まないが……」
「はい。噂の難民の少年ですわね?」
先ほどまで、ラセルと少年の処遇について話していたこと。おくびに出さず。あくまでも領地の村で聞いたと嘯いた。その辺りは流石と言うべきだが、やはり女ギツネは信用出来ない強く思った。
━━久しぶりに柔らかなベッドで、泥のように眠ったアルトだが、朝早く目が覚めた、しばらくしてリョクトと名乗る青年が、初老の白衣を着た。医者を伴い。現れた。
「どうかね?。気持ち悪いとかゾワゾワするとか、体調に変化はないかな」
カナルと名乗った初老の医者から、色々な妙な質問を受けたので、戸惑いながら返答する。
「フムフム……、全身の疲労が消えてるか」
「はい不思議なんですが……」
アルトは忘れてるようだ、モンスターに捕まって、かなりの高さから落ちたことも。頭を打った様子もないので大丈夫だろうと笑っていた、アルトは詳しい話を聞いて、肝を冷やした。大きな怪我は無かったからいいものの……。グウ~お腹が鳴って赤くなった。
「うん、それだ食欲があれば大丈夫だろ。もう風呂に入っても良いぞ」
「……お風呂?」
首を傾げていた。
「新しい合成薬は、新陳代謝をアップする効果があるようだね~」
謎の言葉に言い知れぬ恐怖を感じた。カナルは無遠慮に、アルトのことじろじろ見ていた。眼鏡の奥にある目が嘘を言ってないと感じて、何となく顔がひきつっていた
「アルト……行くぞ。お前かなり、臭いからな」
そう言われて、水浴びなんて随分してないこと思い出した。カナルが部屋を後にして間もなく。
「行くぞ」促され。自分の足で立つと嘘のように体が軽くなっていた。
屋敷を出たところで、多分リョクトさんは、川に連れてってくれるのだろう、アルトはそう思っていた。
何故か屋敷の近くにある建物を指指した。どうして井戸が建物の中にあるのか不思議だったけど……、
「……はあ~、気持ちいい~」
温かい水。お湯に入るのが初めてだったが、とても気持ちよく、吐息が出ていた。
「奥にはサウナもある。慣れたら風呂よりも気持ちいいぞ」
「そうなんですね」
お風呂に入る前に。頭や、全身を泡だらけにされた時は、恐怖を感じたが、あれは体や頭を洗う泡だったのだ。
「風呂から上がったら、俺のお古で悪いが、着替えてもらう」
「はっはい」
それがこの屋敷の主と会うためだと分かり緊張していた。
「心配するなとは言わない。ただミウ様はお前と話てから。全てを決める方だ。自分の言葉で話すがよい」
「はい……」静かに頷いていた。
風呂から上がり。ミウ様が商人と商談を終えてから、会われると言付けがあり。リサの計らいで、先に朝食を済ませてから、温かなお茶を飲んでいるときのこと。
「美味しそうだね。リサ僕にも頼めるかな」
優しく見える謎めいた笑みを浮かべた青年が、食堂に現れた。
「あっ、はい」
慌てたリサが、お茶をすぐに用意して、アルトが少しずつ。大切に食べてたものと同じお菓子も一緒に出された。
「ありがとうリサ」
「いえ、ミウ様……」
ポトリ、ホークを落としたアルトに。
「大丈夫?」心配そうに聞かれて、ただただ頷くことしか出来なかった。
お茶を飲み。リサの焼いた焼き菓子を食べて、改めてアルトから何故モンスターの生息する。竜の峰に足を踏み入れたのか、詳しい話を聞きたいとミウは思っていた。
「ぼくは、空砂の国境近くの村で生まれました」
アルトの話は、空砂を平定した後のことで、噂で聞いていたが、川道の重税から始まったと言う……、空砂は、元々広大な不毛な土地でも育つとうもろこしを。肥沃な山岳で、穀物を育てていた。何故飢饉に乗じて川道が、空砂を平定したか、それは地方ならではの理由であった━━、
中央に行くには空砂から炎の森、燃える川を越えなくてはならないが、川道の王は確か、魔境の生まれと聞いていた。
「ねえ~。因みにアルトは、どうやって、竜の峰まで来たのかな?」
「はい……その、国境の向こう側に。ドワーフの洞窟があるんですが……」
ドワーフの洞窟とは、国境を山なりに。炎の森を抜ける道の途中にあって、空砂の山岳地帯の遥か下を貫通してるとアルトは言う、山岳に囲まれた地形である空砂から唯一。竜の峰に短期間でいく方法だと説明をしていた、この話には大変興味をそそられた。━━そもそも空砂から竜の峰まで来る方法は2つある。一つはクレイバレスを越境するか、これには大変な危険を伴う。ホワイトドラゴンに見付からず越境するには、相当な隠密スキルを有するか、白狼のような獣でなくば無理な相談である。普通は安全な川道、線武、水神から、塩の道を通り大人の足で片道、一月あまりの時間が掛かる。アルトの話すドワーフの洞窟を使えば、子供の足で10日程度で来れたと聞いて、ある考えが浮かぶ。それを頼む前に。彼の心の声が聞いてみたいと思った。
「まだ君は答えていないね。何故危険を犯してまで、僕の元に来たのか」
「はっはい……、笑わないで聞いて下さいね。ぼくは夢が見たいんです。こんなぼくでも魔法使いにと……」
照れて赤くなるアルト、リョクト、リサはそんな少年に驚きの目を向けていた。
「……そうか、君は僕の弟子になりたくて、死の危険を犯し来た。そう言うんだね?」
「はっ、はい」キラキラした澄んだ眼差しは、空砂で育ったとは思えない純粋な輝きに満ちていた。
「アルト君の理由は分かった。残念ながら君を弟子には出来ないな」
「……えっ…」
彼は思っていたのだろう、ミウ様にお願いすれば、きっと叶えられるそんな甘い夢を見ていた……、
「君が語った話は、所詮君の都合でしかないよね。確かに君の身の上は不幸だ。そんな子供は探せば沢山いるだろ?」
アルトの少年の純粋な願いを切って捨てた。厳しい言葉に。クシャリ顔が歪む、泣き出すか、癇癪を起こすか、それても諦めるか?、ミウ様のやり方にリサは、身に詰まされていた。一見ミウ様は、何でも引き受けるようにみられるが、常に冷静な考えを巡らせれるリアリストである。
━━あの日もそうだった。ミウは、見ず知らずの妹と。強盗しようとしたリョクトに。温かい食事と。ベッドを与えてくれた。何の見返りも求めずだ……、今まで周りにそんな優しくしてくれた。大人なんていなかった。リョクトはミウに感謝した。
「あんた……中央から来たんだろ?、何処に行くつもりだ」「僕かい、地方を旅しようと思ってね」「なら……、俺を護衛に雇え……」
「護衛?」
恩を感じたリョクトは、ただ仲間になろうとした訳ではない。ミウに何かを感じて、護衛をする代わりに。妹と自分に朝夜の食事を用意するよう、契約を持ち出した。これにはミウも驚いた。リョクトはただ恩義を返そうとした訳じゃない、盲目に従うような人材をミウは必要としていなかった。それを敏感に察した結果今に至る。アルトはただ自分の願いを言っただけだ。ならばそれに見合う何かを示さなくてはならない。
「僕は。君に会う前に、商談を済ませた。そこで新たな契約を結んでね~」
惚けるアルトに構わず。話を先に進める。
「新たな契約は、炎の森、燃える川に住まうモンスターを捕らえる事なんだ」
アルトは諦めのすこぶる悪い、無謀だが、聡明な少年だった。ミウが何故そんな話を始めたか……、朧気に気付いた。
「ミウ様!、ぼくにその仕事を手伝わせてください」
「ほほ~う、弟子になるために自分の有用を示したいと?」
それで正解だとニヤリ笑っていた。勇気つけられたアルトは、落ち着きを取り戻していた。
(ミウ様は、ぼくの話から仕事に必要な部分を嗅ぎとった、なぜいま難民でしかないぼくに。仕事の話をしたか……)
「ミウ様にお伺い致します。仕事の期限はいつまでですか?」これには意表を突かれた。アルトがただ無謀な夢みがちな少年なら。そんな気の利いたことを聞かない。賢しい少年だと認識を改めさせた。
━━同時に。それを図る必要を感じていた。あくまでも仕事はさっき引き受けたものだ。あくまでも目安を口にしていた。
「30日だ」
かなり厳しい期限である。そこでようやく理解した。
「ミウ様、ドワーフの洞窟を使えば、十分に間に合うと思います。ただそれを教えるには、一つ約束をしてください」
真剣な光を宿す瞳。次に出される約束について考えていた。
「聞こう、約束とは何かな?」
「ドワーフとは、争わないで下さい」意外な頼みに。きょとんとしていた。
「……アルト。君は交渉と言うのを理解しているのか?、何故そんなことを約束させようとする」
ミウが疑問に思ったのが、何故自分を売り込むことに。ミウにとって有用な情報を使わなかったのかと問うていた。
「はい。ぼくにとって、ドワーフ達は人間よりも優しい方々でした。ぼくに一夜の宿と。食事をくれました。一夜の恩をぼくは忘れたくありません」
口を真一文字に引き締め。テコでもそこは譲れないと察して、馬鹿なのかと言いたくなった。今時義理を果たそうとする子供など聞いたことがないから。半分呆れていた。それだけ甘いこと言えるのは、よっぽどの大馬鹿か、とんでもないお人好しである。
「分かったよ。それが君の交換条件なら飲もう、僕は楽しみだよアルト。どうやって僕に弟子にしたいと思わせてくれるかね」
実に面白そうだと言わん笑みを、地方に来て初めて浮かべていた。
「はい!、ぼく頑張ります」
元気に答えていた。
正式にアルトを弟子にした訳ではないので、下働きをする約束で、屋敷に住まわせることが許された。その日の内に、下働きをしてる同年代の子供達が寝泊まりする。大部屋に連れてこられていた。
「ミウ様が、狩りに出られる日まで、ここがお前の部屋となる」
リョクトに促されて、扉を開けると、部屋に6つのベッドがあって、空いてるのは、扉から近いベッドだ。ちょっと勢いがあれば、扉が当たるな……、
「着替えは、俺のお古を後で届けさせる。仕事は明日から。食事は毎日二度。朝5~6時の間、仕事前に食べること。夜は下働きが終われば食堂で食べれる。食堂はこの廊下の突き当たり、トイレは右隣にある。それから……これはミウ様の恩情で、使用人も風呂に毎日入ることが許されている。ただし皆やお客様が入った後になるが……、それからこの大部屋にはいないが、女の子達もいる。風呂の時間を決めてあるようだから。そのあたりの詳しい話は、コムスに聞くといい」
「はっはい、リョクトさんありがとうございました」
色々と、世間知らずなアルトの世話をしてくれたリョクトに。いつの間にか心を開いていた。
「……頑張る事だな」
それだけ呟き、リョクトさんは、部屋を後にした。1人残されたぼくは、しばらくぼんやりしていたが、
「よし!」
顔を軽くはたき、気合いを入れていた。
その日の夜━━。食堂で顔を会わせたコムスと名乗る大柄な少年から、下働きの仕事について教わる。「朝飯を食ったら俺とアルト、それから」
「ハノンだよ~よろしくね」
ふくよかな顔立ちの少年が、好意的な笑顔を浮かべていた。
「俺達の仕事は主に風呂、サウナの清掃だ」
「後、今日みたいに。商人が荷物を運んできた日は、荷下ろしや、村に配達に出るから、掃除は免除される。それと7の日は、使用人みんな休みになるからな」見た目きついが、コムスは面倒みのよい少年のようで、アルトはほっとしていた。
「それはそうとアルトて、クレイバレス越えて来たっての本当か?」
急に小声になるから。何かと思えば、
「うんそうだよ、ぼく空砂で生まれたから、早く来る方法。他に方法思い付かなくて」困った顔をしながら。仕方なく素直に「そうだよ」答えると。二人は顔を見合わせて。
「お前!。カナンより無謀な奴だな~、まあ~いいさ、ここはクソみたいな他の村や国とは違う、働いた分だけ認めてくれるし。なんと言っても毎日飯が食えて、具合が悪いと医者にも見せてくれるし。仕事が終わったら勉強も教えてくれるんだぜ!、俺は自分の名前と簡単な読み書きだけだが、なんとハノンは字が書ける」
自分の手柄のように自慢するから、ハノンとしては微妙な顔をしていた。
「そうなんだ」
優しい領主様の屋敷で働けてると自慢なのだろう。アルトも早くミウ様に認められて、みんなのようになりたいと思った。「ほらコムス、ハノンいつまでもくっちゃべってないで、早く食べてよね!、片付かないでしょ」
すっかり話に夢中になっていた。
「わ~たよ。すぐ食べるよ」
仕方なくハノン、アルトを促して、がつがつ食べたコムスは、最後に水を一息に飲み干し。カナンと呼ばれた少女に皿をつきだした。パシリと皿を受けとると、二人はフンとにらみ合い。険悪な雰囲気が流れた。
「早く食べちゃおうアルト」
「うっ、うん」
急いで食べてから、気が強そうなカナンにお皿とコップを渡していた。
「新入り。私はカナン、せいぜいミウ様のために働きな」
「はっはい」
まるで怒鳴られたように感じて。ビクリ首を竦めながら、素直に頷いた。
「行こうぜアルト、ハノン」
コムスに促され。二人は食堂を後にした。
アルトは大部屋に戻って、ようやく安堵していた。見ればハノンも似た顔をしてるから。二人はなんとなく笑っていた。
「クソ……カナンのやつ。少しくらい腕ぷしが強いからってよ……」
悔しそうに俯いていた。
夜遅くなると。庭師見習いオーテス、ジムが、最後に料理人見習いのアトラが疲れた顔で、ベッドに倒れ込む。
「アトラ寝るなよな~。もう少ししたら風呂に入るんだからな!」
「分かってるよ~、でもカナンさん厳しいからさ~、もうヘトヘトだよ」ゲンナリした顔で、文句を言うアトラに。大部屋にいた少年達は揃って同情していた。
男同士の気安さ。直ぐに打ち解けたアルトは、すっかり話に夢中になっていた。
ノックがされ、押し黙ると。ガチャリ扉を開けられて。
「みんな~お風呂空いたよ」
「ああ~ありがとう」
コムスが代表して礼を言うと。艶やかな赤毛の女の子が、くすり笑いながら立っていた。
「ちょうど良かった。アルト」
「あっ、うん…」
「こいつ新入りのアルト、こっちはアトラの姉でセノーラ」
「どっどうも」
ペコリ頭を下げると。セノーラは、そばかすが目立つ顔をはにかみ。
「うん、よろしく。じゃ伝えたわよ~、なんかカナンてば機嫌悪いから。急いだ方が良いわ」
「うへ~、マジかよおい急ごうぜ」
コムスに言われるまでもなく。揃って頷いていた。
翌朝━━
まだ辺りは暗く。日が登らぬ早朝。コムス、ハノンに起こされてどうにか目覚めたアルトは、食堂に向かった。
すでに起きて仕事してるアトラに。おはようと挨拶してから。
「今日は焼いたベーコンと玉子だよ」プレイトを受け取ると。コムス達のテーブルに着いた。
「飯食ったらハノンはアルト連れて、湯を止めに行ってくれ。俺はサウナのタオル集めて、パトラさんとこ行ってくるから。お前等はそのままローガン爺に。お湯抜くからと声かけといて」
「はいよ」
ハノンと外に出ると。かなり肌寒く。息が白かったので驚いた。
「夏なのに寒いね」 「まあね。この辺りは夏でも涼しいが、真冬はめちゃくちゃ寒いし。雪が降るとオーテス達を手伝って、毎日雪かきをやるから。大変なんだよ」
いまいちピンと来ないが、雪と言うものは、母から聞いたことがあるので、そうなんだと驚いていた。ハノンに案内されて、屋敷の裏山にある小屋に向かった、中に入るなり物凄く蒸し暑いので驚いた。
「この小屋の地下から。温泉を汲み上げていてね。この小屋で温泉が溢れ出さないようにしたてるんだよ。それがこのノズルね」
カンカンと金属で出来た物を叩く。それから言われるまま二人で力を合わせて。ノズルを閉めてくと。ゴゴゴって音が消えていた。
それから二人は、裏庭の隅にある小屋に住むローガン爺を訪ね、コムスに言われた通り伝えると。
「そうかね。ならちと湯の花を取りに行くかね♪」
かくしゃくとした口調のローガン爺は、好好爺と笑う。湯の花とは、何んなのか分からないが、スコップとバケツを手に付いてきた。それからお風呂のある建物に入ると。ローガン爺は、普段湯船にお湯を流してる。木で出来た水路を外していく。思わず見ていたら。
「坊主、裏山から流れてる温泉はな~、そのまま入るには熱すぎるんだよ。だから水路を通して冷ます。さらに一度湯溜まりに貯めてから、この水路を流れて湯船に流れる」
ガコンとハメ板を外すと湯溜まりが見え……、真っ白のどろどろが見えた途端に。嫌そうな顔のアルト。にやり笑いながら。
「このドロな、ご婦人に渡すと喜ばれる。んとこいつを肌にぬりたくりしばらく置いて洗うと。驚くほど肌が艶々になるのさ~、だから娼館で喜ばれる」
「そうなんですね~」感心した声音を出したが、意味は分からず。何となく豆知識を教わった気がした。
戻ってきたコムスと三人で、湯船の底を綺麗に磨き、水で流してから、風呂に湯を張り仕事は終わった。それから三人は、昨日届いた荷を届けるため。一度村に出かける。
ミウ様が支配してる村は、全体で1000個ほど家屋が建てられていた。住民は3000人を越え。道具屋、雑貨ストアー、軽食を出す屋台まで出ていた。かなり大きな村である。村の他。近隣に集落が3つあるという話だ。三人は雑貨ストアーに入る。
「今日ゎ~プライマさん」
「おっコムス、ハノン……、そっちの子は初めてだな」
「こいつはアルト、昨日入った新入りです」「ほう~そうか、アルトよろしくな、俺はプライマ。この村を預かる村長だ」
「よっ、よろしくお願いします」
まさか村長さんが、雑貨屋を営んでるとは思わず驚いていた。
「おっ、こいつはいい、芋を手に入れてくれたか♪」
嬉しそうにズタ袋から出したのは、ゴツゴツした石に。紫色の芽を出した何かだった。
「何ですかそれ?」「芋さ、ただし糖度が高いから。寒冷地でも育つ特別な芋だがな」
「へえ~じゃ来年には、そいつが食べられますね」
「まあな、来年楽しみにしとけよ!」
「じゃ、ぼく達これで」
「おうご苦労さん」 プライマさんからお駄賃にと飴をもらって、三人は早速ぱくり
「甘くて美味しいね」
「うんうん」
「プライマさんいつも飴をくれるから。みんなに人気なんだぜ」
「へぇー」
帰り道アルトは気になって、どうして領主のミウ様が、交易をしてるのか聞いてみた。
「俺達も詳しくは知らねえよ、でもミウ様のお陰で、みんなが幸せに生活出来てるんだ。近隣のクソみたいな王様と違うぜ」
コムスは、ミウ様を尊敬してるようだ。良い領主だと分かる。
「今日の仕事はこれで終わりだ、ゲント様のところに行こうぜ」
仕事が終わった下働きの子供達は、ゲント様に読み書きを教わる。
「ゲント様は、ミウ様の側近でさ、見た目はスゲー怖いが、優しい人なんだぜ」何てこと調子よく言っていたコムスは、いきなりパシリと叩かれた。
「痛い。なっ何すんだよカナン」
いきなり過ぎて驚いたコムスは、すぐにムッとした顔で、気の強い料理見習いのカナンを睨んだ。 「あんた達!。仕事サボって遊んでたの?」
イライラしたカナンが、コムスに当たるような口調で詰問していた。
「バッカじゃねえのかカナン、仕事の帰りに決まってるだろ」
じろりハノンを睨んだが、そうだと頷くから。フン鼻を鳴らしあやまりもせず。スタスタ歩き去ったカナンに、さすがに呆れていた。
「何だよあいつ……、何にイライラしてるんだよ?」
「さぁカナンが機嫌悪いのは、ミウ様に関することだろうね」
意味ありげに言うハノンに、コムスは鼻を鳴らしていた。
「時間が勿体ない……、早く行こうぜ」
何だか機嫌悪くコムスは言った。どうも怒ってるのとは違う気がした。
屋敷の二階は、ミウ様の部屋の他に、貴賓室が二部屋あって、風通しのよい西側には図書部屋まであるという、下働きの子供達、見習いの子供達が仕事が終わったら。夕飯の時間まで勉強を教わる。先生は二人いて、メイド長リターラ、ゲントである。リターラは女の子担当で、簡単な応急措置の仕方、男女の身体の変化含め教えていた。
「お前がアルトだな?、俺はゲントだ。先生でも。ゲントさんでもいいが、敬意を持たない呼び方したら殴る。いいな?」ギロリ隻眼の大柄な大人に睨まれ。コクコク素直に頷いていた。
「コムス、ハノンはアミの花を朗読、それが終わったら、屋敷に住む全員の名前を書き取り10回づつ。それが終わったら手紙の書き方を教えるからな」
「「はい!」」
二人は元気に返事をしていた。
「アルト読み書きは?」
「あっはい……。父さんは教師をしていたので」
控え目に答えていた。あえて深く尋ねず。
「なら自分の名前を書いてから、二人が読んでるアミの花を朗読してみろ」
「はい」
差し出された黒板とチョークを受け取り。慣れた手つきで、自分の名前を書いた。『アルト・ソーニアス』と……。
「ソーニアス?……」思わず手にしていた本の背表紙を開き、作者『オルト・ソーニアス』をなぞり。アルトに見せると。驚いた顔をしていた。ゲントが差し出した本は、動植物に関する物で、ゲントが今まで見てきた本の中でも。5指に入る素晴らしい本だった。
「父さんの書いた本です」
クシャリ泣きそうな顔をした。でも直ぐに明るい笑顔を浮かべて、
「死ぬ前に父さん言ってました。以前ミウと名乗る青年から頼まれて、リサと名乗る女の子を治療したと……」
医者がいない空砂では、医者の真似事をする学者も多く、父オルトも例に漏れず真似事をしていた。父は動植物に詳しい学者である。薬草医と遜色ない知識があって。様々な薬を作って、村人の病を治してきた。ミウはリサを抱え、噂を頼り父の元に来たのだ。
「そうだったのか……、ミウ様には?」
首を降るアルト、なるほどと一つ頷き、敢えて父の恩を出さず。自身の力で立身出世を目指すと言う、強い決意を読み取り、ゲントはニヤリ。怖く見える笑みを浮かべた。
「手は抜かん。朗読してみろアルト」
「はい」元気に答えていた。
二階・貴賓室。
豪奢なベッド、美しい庭を望める窓際に置かれていて、鮮やかなカーテンを開けると。温かな日差しを裸身に感じ。ナシアは安らかな気持ちで。目覚めていた。
竜の峰の冬は厳しい……、下ろした足先から感じる。温かく、優しい肌触り、高価なカーペットを惜しみ無く敷きつめていて。真冬でも素足で過ごせるのが、ナシアには何より嬉しかった。
ナシアの生まれは、海上交易で有名な、海遠である。ナシアには二人の姉と兄がいて、何れも商人をしていた。家業は言わずも商家を営み。国政に関わる御用商人の商号を与えられた。名家の出であった。しかし……三年前に起きた飢饉によって、地方の経済は破綻。商家は国から多大な税を求められ。力ない商家は次々と家財を奪われ、破綻していった……、どうに商家は生き残ったが、このままでは家族路頭に迷い兼ねない状態だった。そこで三兄妹は、父に命じられそれぞれ。身を立てることになった。ナシアの姉フレイラは、ナシア以上の美貌と器量を併せ持つ。やり手の商人だったが、塩山の豪商ラグマの後妻に早々に潜り込み。夫を骨抜きにして、今では夫に代わり事業を掌握していた。兄ブロスクは海遠に残り実家を建て直して、商人を雇う商会を開いた。ナシアも兄ブロスクが雇う商人の1人として、地方を旅商人として稼いでいた。そんなある日姉のフレイラから。地方魔法ギルドには無い魔法を使う。魔法使いが、水神を救ったと教えてくれた。姉はそこに新たな商機を見出だしたのだ。ナシアがミウと出会ったのが、二年前……、ミウが持つクリーチャーを高値で売る方法を考えてると聞いて、ナシアが交渉役を引き受けたのが、最初である。あれからもう二年になるのか、本当に様々なことがあった……。
この村もミウ様が、クリーチャー作りに楽だから。そんな理由で、危険な竜の峰に村を起こした。今では3つの集落も作られ、規模として小国と言って遜色ない領地を持っていた。
「ミウ様ったら……、いつ私に手を出して下さるのかしら?」鏡台に映る全身を丹念に見つめながら、つい不満に思い。呟いていた。最初こそいい金づるに近付けたと。ほくそ笑んだ。しかしミウ様と関わってく内に……、何時の間にか、お慕いしていた。昨日だって……、自分の身を差し出せば済む話である。生娘でもあるまいし。男と肌を合わせることに抵抗はない、女の商人ならばそれとて高く売る手段でしかないからだ。
「それをあの方は……」
ナシアの心を優しく包むように。労って下さった。求めて下さるのなら一夜でも構わないと、以前申し上げたのだが……、
「はあ~」
甘い疼きを感じて、はしたないけど今夜、閨に入り込もうかしら?、本気で考えてしまう。
「そろそろ着替えないと……」体の疼きよりも胸の高鳴りの方が問題である。これから二人で朝食が出来る。そう思うだけで。心が浮き立つのだ。
ワイン色のシックな衣服に着替え、まるで見図るようなタイミングで、ノックがされた。叩きかたで誰か直ぐに分かる。
「お入り下さい」
「おはようナシア、よく寝れたかい」
優しく見える笑みを浮かべ、ミウが一輪の花を携え入ってきた。思わずドキリ胸が高鳴っていた。ミウはそっと花を差し出して、
「美しいナシアに」 「あっ……ありがとうございます」
不覚にも声が裏返り赤くなる。
「ミウ様、いつの間にそんなことを」
「ん~、たまには積極的になろうかと思ってね♪」そんな風に言われたら、期待してしまう……、いけないと思いつつも。胸が高鳴っていた。
それから楽しい朝食を終えて、改めて新しい商談と。ナシアの身に起きてる契約について、話を聞くことにした。
「ナシアの体を?」 「はい……、交易ギルド長の後妻に入るか、あの提示されたクリーチャーを50日以内に揃えるか、ここまでくるのに6日掛かりました。ですから……」
半分諦めた顔をしていた。思ったより時間がないこと理解した。しかしまだ最悪ではないようで安心していた。
「良かった。僕はまだナシアを失わずに済みそうだ」
「えっ……」
いきなり抱きしめられてしまい。息をするのも忘れて、ミウ様にすがり付き、止めどなく涙が溢れていた。
「お願いしますミウ様!、助けて下さい……」
それが偽りならぬ気持ちである。ミウは真実の激情を好む、それが悪意、好意に関わらず。ナシアの思いを受け取り決意を固めた。
「20日だ。それだけくれれば用意してみせる。だから答えてくれ。この仕事が終わったら僕の妻になると」
歓喜が、稲妻のように体を駆け抜けた。
「……はい、喜んで」
扉の外で、聞き耳を立てていた人影は、激しく動揺して、走り去っていた。
アルトが屋敷に来てから、三日目の夕方、ミウ様に呼ばれて、二階の執務室を訪ねると。リョクト、リサ、ゲント、そして大きな狼が……、
「お前が、アルトか?」
見間違えた。よく見るとすらりとした長身の青年は、犬が鼻に筋立て侵入者を確かめるように、アルトの回りをうろうろしていた。
「はっはい……」
大型の猛獣に睨まれてるかのような。緊張感を感じて、ゴクリ唾を飲んでいた。
「へえ~お前、勘がいい、動かず相手を見る正解」
たどたどしく喋り、屈託なく笑っていた。
「ミウ様。こいつの匂い覚えた。後で服を、兄弟に覚えさせる」
「わかった、アルト早速で悪いが、明日の朝、ドワーフの洞窟まで案内を頼む」
「はい!。お任せ下さい」
「リサ、アルトの装備を頼む」
「はい、アルトこっちへ」
「はい」素直に従い。出ていくアルトを見送り。しばらく領地を留守にするからには、やっておかなければならないこともある。
「ゲント、プライマに連絡を。留守を任せると」
「承知したぜ」ゲントと入れ替わり入ってきた。鋭い眼差し。一切の感情を削ぎおとした風貌のメイド長リターラに。
「しばらく旅にでる。必要な食料。医薬をカナル先生に頼んきてくれるかい」
「承知しました。お客様は?」
「僕が帰るまで、屋敷に逗留してもらうそのつもりで対応を」
「承りました」
慇懃に。深く一礼していた。
レンは鋭い眼差しでリターラを睨むが、何の色も見せず。ただのメイドと見えるよう装う彼女は、用は終わったと気配すら希薄に、執務室を後にした。
「ミウ様、いつまであのアサシン側に置く?」
もう我慢出来ないと殺気を剥き出しにいい募る。
「確かに。彼女は元。無影の暗殺者だね」ずいっとミウに迫り、わかってるなら自分たちが殺るか?。そう言いたいらしい。
「だけどリターラは、無影から抜けた身。僕を暗殺しに来たのとは違うよ」
「なっ、彼奴は無殺のリターラ!、無影5指に入るアサシン、ミウ様を狙ってる!。そうに違いない」
「……(やれやれ)。気持ちは分かる。でも彼女は僕に、自分が暗殺者だったことを告げた上で、メイドとして雇って欲しいと願い出た。あの言葉は真実だと感じた。僕は彼女を信じて、大切な屋敷のメイド長に選んだんだよレン」
宥めるように、レンの頭をグリグリ撫でながら諭した。ムムムッ眉毛をハの字にして剥れた。どうも自分の縄張りに。他所から来た狼が、我が物顔をしてるのが我慢ならないようだ。これは━━。鈍いと言うか、本人気付いてないようなので、ミウとリョクトは顔を見合せ、溜め息を吐いていた。彼女が何故ミウの屋敷にいるのか、鈍感な野人には、女心が理解出来ないようだ。
━━翌朝、生真面目そうな顔立ちの青年が、旅装姿で現れて、ミウを驚かせた、
「ラセルまさか?」「当たり前です、私は土属性の魔法を得意にしており、ドワーフと会える機会を。逃す筈がないでわないですか!」
きっぱりいっているが、ラセルの目的はドワーフ族が秘蔵する。土魔法を学べる機会だと考えたようだ。
「アルト君!」
キラリと眼鏡が輝く。
「君はドワーフ族と仲がよいそうですね?」
「はっはい……」
ラセルの迫力に負けて、コクコク頷くと。今の聞きましたね?、そう言わん迫力に、ミウは苦笑していた、結局ラセルも含めた4人が、馬車に乗り込み。リョクトが御者をして……、
「あのミウ様。昨日会ったレンさんは来ないんですか?」
「ああ~、レンも来てるよ、姿は見えないけど兄弟を引き連れてね」
「はっはあ~、そうなんですか」
曖昧に笑っていたが、どうやって付いてくるのか、非常に興味があった。馬車の外を見ながら。何処かにレンさんがいるのか探していたが、見えるのは森と、竜の峰ばかり。その日レンさんを見付ける事は出来なかった。
馬車はアルトから、覚えてる地形、景色を聞き取りしたミウは、この地を縄張りにしてるレンから。だいたいどの辺りかを聞いていた。だから迷わず、三日目の夜。無事にドワーフ族の洞窟を。見付ける事が出来た。
早速アルトに頼み。ドワーフのクレム族長と会談が持てた。厳めしい顔のドワーフは、優れた職人が多く、またみなが有能な戦士である。
「おお!アルトではないか、無事であったか」
「あっサントラさん、フロトさんお久しぶりです」
外見からは、身体の違いや、髭の長さ、服装も似たり寄ったりで、見分けが付きにくいのだが……、アルトには見分けがついてるようで、次々と再会を喜んでくれたドワーフと挨拶していた。「初めて会うな人間の王よ。貴様の名は聞いていた」
「初めまして、まさか近隣にドワーフ族が住んでると知らず。挨拶が遅れて申し訳ないクレム殿」
優しく見える笑みを浮かべて、興味深く。洞窟の中を見ていた。
「━━時に。人間の王よ。何用でまいった?」
推し量る口振りに、ミウ様は背負い袋から、年季の入った酒瓶を出していた。その瞬間驚きの目が、酒瓶に釘付けとなった。
「百年物の火酒を10本ほど持参しました。単刀直入に言います。僕と同盟を結んでいただけませんか?」
アルトには分からなかったが、人間にとって、大好物を手土産に、友達になってくれ。そう言ってるような物だ。
「なんと人間の王は、我々と同盟を結びたいと。わざわざこの地に?」
ドワーフ達をを驚かせていた 。いや度肝を抜かれたと言ってよい。
「はい、その代わり僕達にだけ、ドワーフ族の洞窟を通る許しを頂きたい」
しばし考え込んでいたクレムは、うむと一つ頷き、
「良かろう我々としても、必要な物資は、村や町で買うわけだ、それをそなたの領地で叶うなら、無理をしなくても良くなる」
「では、よろしいのですな?」
「ドワーフに二言はない」
「ありがとうございます。アルト酒を運ぶように伝えて、後余分に持ち込んだエールの樽もね」
「おお~、エールまで持ってきておるのか!、おいサントラ、フロト」
二人に命じて、荷下ろしを手伝う人を集めさせた。
━━その日。
酒が飲めるドワーフ族80人が集まり。盛大な酒盛りを明け方近くまで行い。目覚めたのが次の日の昼過ぎであった。
二日酔いのゲントを除き、早くに寝たアルト、リサ、朝まで付き合ったリョクト、ミウ様は眠そうな顔をしていた。人間達だけでは、炎の森を歩くのは危険とサントラ、フロト兄弟を案内人に付けてくれた。結局レンさんは現れず。アルト的に良いのかな?、誰も気にしてないのが、なんとなく不思議な気持ちを抱いた。
「それはそうとラセルさんは……、来ないんですか?」朝からドワーフの工房に入り浸ってると聞いて、心配になって尋ねた。だってミウ様はモンスターを捕らえる仕事をしてるのに、人数いなくて平気なのか、心配になっていた。
「ああ~ラセルは気にしなくていいよ。それよりアルト。暑くないのかい?」
新しく革のチエニックと半ズボン、足はドワーフから借りた耐熱ブーツをはいていた。それでもドワーフの洞窟を抜け出た途端に感じた、凄まじい熱気に。ミウは汗だくになっていた。以前ミウがこの地を通ったのが、雨季であった。ここまで灼熱地帯であるとは想像していなかったのだ。しかしこの地に住まうドワーフなら理解出来たが、アルトも涼し気な顔をしていた。
「あれミウ様達は。冷やし草食を用意して無いんですか?」逆に不思議そうに聞かれてしまい、ミウ達は揃って、首を傾げていた。
「なら急いで食べて下さい、ミウ様とリョクトさんも!」
焦ったようにアルトは道具袋から、冷やし草の丸薬を取り出して、それぞれの手に乗せる。
「アルトそれは?」 興味深そうに丸薬をつつく。
「これ昨日念のため、サントラさんにわけてもらった。冷やし草を蜂蜜で固め。丸薬にしたものです。慌てた様子のアルトに。三人は怪訝な顔をしていた。
アルトは語る。冷やし草とは、魔法薬の原料であると、
「ぼくの父さんが発見して、薬草の製法をドワーフに教えたんです」
「うむ、これのお陰で、炉の前に何時間いても平気になって。助かとるぞ」
ドワーフとて炉の側にいれば熱いし。疲労する。
「ほう、アルトの父君は薬草学者だったのか」
「はっ、はいそうでした。主に動植物の研究ばかりしていたので……」
なるほどそれで、読み書き出来るのかと納得していた。早速丸薬をひょいっとつまみパク。カリッと噛みしめると。表面は甘く。苦味が口内に広がり。中にヒヤリとした冷たさが瞬く間に広がった。すると汗が瞬く間に引いてくのが分かる。
「これは凄い」
それどころか、劇的に暑さが気にならなくなっていた。それを見てリョクト、リサ、ゲントも習い。口にした途端訪れた変化に、揃って驚いていた。
「丸薬1つの効果は3時間です。レンさん達のも一応作って来ました……」
「よく気が付いたねアルト、これはレン達にも与えないと……。倒れてしまうな」
うん一つ頷き、リサに合図する。道具袋から笛を取り出して、鳴らした……、音がしない?。
アォオオオオオオー!?、
ゾワゾワと肌が粟立っていた。燃える森で狼が?、しかしハウンドが徘徊してるので、その群れかと思ったのだ。
「三人とも安心してほしい、今のは僕達の仲間レンと。その兄弟達だから」武器を構えようとしていたサントラ、フロトを制止していた、ほどなく……。
素晴らしいスピードで走り来る。五匹の狼を見つけ……、
「人間が、狼に混じってる……?」
サントラが唖然と呟いていた、それを聞いてもう一度、まじまじと群れを見ると、黒髪の青年が四足で、凄まじいスピードで走るから、なびく髪が尻尾のように。はためいていたのだ。青年を中心に。真っ白い大きな狼達を従えたレンさんは。見るからに汗びっしょりで、大変だったのが分かった。
「レン、兄弟達とアルトの作った丸薬を急いで食べるんだ。それで暑さが消える」
「本当かミウ様!、この森暑すぎる。それ助かる」
「アルト」促され、レンさんに丸薬の予備を渡すと、恐る恐る匂いを嗅いでいた、
「嗅いだことのないスッとする匂い、まずレンが食べる。お前たちは待て」
しばし躊躇していたレンだったが、目を瞑りパクり、ガリゴリ噛み砕きゴックンして、
数瞬で━━。嘘のように汗が引いてくから。
「これ凄い!、まるで魔法、ルウ、セン、ロウガ、フウ」
お座りしてる兄弟達に。リーダーのレンが丸薬を与えると。素直に食べていた。みんなはあはあ~してたのが直ぐに収まり。落ち着いた顔をしていた。
「レンさんそれは持ってて下さい。暑さを感じたらまた服用して下さいね」
「うん分かったぞアルト!」嬉しそうに笑みを浮かべ。親愛を示すよう、アルトの服に頭をグリグリ押し付ける。
「アルト、レンの頭を撫でてやってくれ」
ミウ様に言われて、戸惑いながら、レンさんの頭を撫でると、それは嬉しそうに眼を細めた。クイクイ袖が引かれた。そちらを見ると、好奇心一杯な顔をして、お座りする狼の姿に戸惑う。
「こいつフウ!。末っ子。甘えん坊」
満足したレンが妹を紹介していた。
「初めましてフウちゃん、ぼくアルトと言います」
クウ~ン、甘えた声で哭いていた。
「触っていいフウちゃん?」
レンにではなくフウに聞いていた。すると立ち上がり尻尾をパタパタさせていた、アルトの手に鼻を押し付ける。慣れた手付きで、ワシャワシャほっぺたから。頭、首筋、背中と撫でていた。
「フウ喜んでる!。お前撫でるの上手い、今度みんなも撫でろ」
レンがそう言うと、まるで言葉を理解してるかのように。残る三匹は、軽い挨拶で、アルトの手に身体をすり付けていた、アルトが触る間もなく素早く離れていた。
「レン。君たちはガルムを見つけ、捕獲してほしい」
「ミウ様分かった!、行くぞみんな。アォオオオオオオンー!」
アォオオオオオオ! 。
リーダーのレンが遠吠えすると、四匹は従い。レンの後を走り出した。
「ミウ殿には、面白い仲間がいるんだね」
サントラ、フロトが、興味深いと眼を細めていた。
「炎の森で、炎の精霊を見たのが……」以前一度だけ。父とサラマンダを見かけたことがあった。元素の存在である精霊は、元素の力が満ちた場所に現れると言われていた。だから比較的炎の森で、見かけることがあるのだが……。
「早速で悪いが、アルトが見かけた場所に案内を頼む」
「はい」
ミウが思ってた以上に、様々な知識を有するアルト少年に、今や信頼を抱いていた。
そもそも魔法使いになるのは、それほど難しくはない、しかし地方でとなると。莫大な金が必要になるのだ。
一方て魔法使いとは財を有する者ばかりかと聞かれたら、実は違う、一番大切なことは、強い好奇心、何より貪欲な知識欲、そして……。優秀な師に出会う巡り合わせである。
アルトの仕事振りを見てきたリョクトの話では、新しい知識を一生懸命身に付けようとする。真摯な姿勢が見受けられたと報告があった。ゲントからは、読み書きが問題無いと聞いて、空砂生まれなのにと不思議に思った。しかし先ほど丸薬を用意しとく準備の良さ、さらにレン達を怖がらず。それどころか身体を気遣う心使いに触れて、これ程素直な少年とは、地方に来て初めて出会ったと。感慨深く吐息を吐いていた。アルトの両親と、もっと早く知り合ってれば……、そう思わずにはいられない、
「こちらです」
先頭に立って歩くアルト、二人のドワーフがアルトを守るように、武器を手にして。辺りに注意しなから、しばし歩くと。不思議な場所に出た。
熱を発する。巨大な鉱石の塊を中心に。いくつもの鉱石が、サークルのように並んでいた。よく見れば鉱石はうっすらと。発光を繰り返していて、まるで炎の揺らめきのように美しい。
「この場所を、わしらドワーフは炎の遺跡と呼んでおる」
「ぼくが父さんとサラマンダを見たのが、あの鉱石の側でした」
アルトが指したは、巨大な鉱石の側、なるほどこれだけ強く。炎の力が満ちてれば、精霊も生まれよう。しかし今のミウには精霊が生まれるまで、待つ余裕はない。
「みんな少し下がれ」ミウ様に言われて、少し離れた。
懐からオークのクリーチャーを出して、ミウの魔力を注ぎ込み、実体を与えた。アルトは4体のオークが、ミウ様の命令に素直に従う様子に。素直に驚いていた。
「ミウ様……そのオークは」
息を飲むアルト、緊張したドワーフのため。ミウが使うクリーチャーについて、簡単に説明した。
「これが……。生きた人形?」
俄に信じられない衝撃の内容である。従順なオークの姿を見ていて……、アルトもミウ様の偉大な魔法を学びたい、強く思った。
「その前に……」
ミウ様に認められなければと。気合いを入れていた。
準備が出来て、召喚魔方陣を描かせたミウは、魔法のタクトを取り出し。
「全てを焼き尽くす炎の精霊よ、我が前に現れ。大いなる力を見せよ」
これだけ強い炎の力溢れる場所なら。簡易召喚魔法とて、かなりの確率で……、
『シャ~』
威嚇する火蜥蜴が五匹現れた。
「簡易魔方陣で一気に五匹か!、こいつは大変だぞ」
思わず苦笑していた。
精霊とは元素の力に、生命が宿った存在である。下位精霊の火蜥蜴とて、凄まじい力を秘めていた。 いきなり呼び出されたので。怒りを剥き出しにしていた。
高熱の炎は、温度が上がるほど青くなるが、サラマンダの吐き出す炎は青い。よっぽど頭に来てるようだ。
「リサ支援を、リョクト、ゲントはサラマンダの注意をひいてくれ」
「人間の王よ、わしらも戦う!、指示をよこせ」
「助かるよ。なら一体を倒さぬ程度に弱らせたい。方法を知ってるか」
「それなら簡単だ、あいつらをここから少し先にある温泉まで、何とか連れていけば、水蒸気が満ちている。一気に弱らせてやれる」
「温泉があるのか?」
それは驚きである。 「そうだ、詳しく話してる暇は無いぞ」
確かにその通りである。素早く決意を固めていた、
「サントラ殿!、案内を頼む、リョクト、リサは撹乱しながら引き寄つけながら。僕達は温泉に向かう」
「ゲントはアルトを連れて、フロト殿と先に行け」
「任せろ、向こうで準備する。気をつけろよミウ、行くぞ」ゲントに促され、アルト、フロトは走りだした。
それからの10分は、生きた心地がしない、厳しい逃走劇を繰り広げていた、何せ倒しちゃえば、再び召喚から始めなくてはならないのだから。綱渡りのようなギリギリの攻防を繰り広げ、何とか温泉がある場所まで、たどり着いた。しかしその間にオークは一体にまで減っていた。
「ミウこちだ!」
ゲント、アルトが手を振り。自分たちの居場所を知らせた。
「よしリョクト、リサ、サントラさん。あと少しだ!」
それぞれ疲労困憊である。気合いを入れて最後の作業に掛かった。ちょこまか逃げ回る人間に、いい加減。頭に来ていたサラマンダ達は、ブレスを吐いたり、麻痺効果のある爪で攻撃したり、破壊力ある尻尾の一撃を放つ。
何度もハラハラしてたアルトの横を、ミウ様達が駆け抜けた瞬間。三人は━━。「せいの━━」
ガコンと力一杯板をひっくり返した瞬間。ザブン!、天然の露天風呂の中に落ちていた。
『ギャ!。ギャギャ!?』
慌てるサラマンダ、真っ赤だった姿が、青ぽい色に変化していた。どうにか這い出したサラマンダを、ミウ様はクリーチャー、人形に封じ込めて、三体手に入れた。しかし体力がなかったサラマンダは、消え去っていた。後には赤い精霊石が転がっていた、リョクトが拾ってミウに渡した。
「三体なら上出来だ。一休みしたら。レン達を探そう」
一番大変な炎の精霊が手に入り。ホッとしていた。
魔法使いなる夢を抱き国を捨てたアルト。
本当の父のように慕っていたクレイ教授に命を救われ。地方に逃れてきたミウ。二人が出会うとき、世界を救う物語が始まる。また同じ物語か別の物語で、背徳の魔王でした。