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錬金術師リーディナと小さなお客様



 ローザンレイツの王都の中に、一際目立った学園がある。

錬金術師を多く生み出している錬金術アカデミー「トゥールティリオン」。

いわゆる養成校として知られたそこは、王都の城下街の一角に直営の店を構えていた。



「あー……ヒマだわ、ほんっとヒマ」



 亜麻色の長い髪を後ろにひとくくりにし、ポニーテールにまとめた所には、

姉とお揃いの色の若草色のリボンが結われており、少女の動きに合わせて緩やかに揺れた。

制服はないので白いシャツに黄色を基調にした上着、茶色のショートパンツに身を包み、

学年ごとに分けられたローブの色は指定があるので若草色のものを使用している。

それが彼女の瞳の色と同じな為か、とても彼女の雰囲気には似合っていた。



「リーディナ、ちゃんと店番していてよ。ちょっと依頼品届けに行ってくるから」


「はいはーい、行ってらっしゃい」



 ここはアカデミーが運営している店の中、

木組みとレンガで作られた小さくても立派な店先だが、ギルドと比べたら利用者は少ない。

少女は定期的にやらされる当番でここに居る。一緒に当番の子は使いの為に店から出て行ったので、

実質店の中はリーディナ1人となるなので、話し相手もなく実に暇だった。


 窓から差し込む木漏れ日に、うつうつと眠くなるのをこらえながらも、

彼女は単位の為にも時間をここで過ごすのだが、こうも暇だと疲れてしまう。



「今日はお客さんゼロか~仕方ないわねえ」



 この店では、アカデミーに通う生徒たちが各自で制作した商品を販売している。

まだ名声と実績の伴わない生徒達は、ここやギルドで販売経験を重ねたり、

資金に余裕のある者は、在学中に工房を構えて営業する者もいる。

運が良ければ人脈が出来て、貴族などの支援者ができることもあるのだ。


 ただし、まだ無名の生徒が作っているということで、実は品物の質のランクは低い。

その為、通常よりもお手軽な価格で試せるようになっており、

懐の寂しい一般住民や冒険者にとっては、気軽に試せるありがたい場所でもあった。


 なので、講義や講習以外にも当番で店を切り盛りし、営業販売経験の技術も学ぶのである。


 しかし今日は暇だった。こんな事なら魔道書でも何か持ってくるんだったかなと、

少女……リーディナ・ストラティスは眠気覚ましの香草茶を入れた時だった。


「ん?」


 カランと、その時入り口のドアの鈴が鳴った。

振り返ってみると、そこには誰も居なかったがドアは揺れている。


……風か精霊のいたずらだろうか?


 不思議に思いながらカップに口を付けて飲んでみる。

うん、いい出来だ。さすが私だと思っていると。



「――もう、だめよユリア、先に行ったらはぐれちゃうわ」


 再びカランと音がして、其処には自分の片割れである双子の姉、ローディナが居た。



「え? ローディナ?」


「ふふ、こんにちはリーディナ」



 相変わらず我が双子ながら、好む恰好は正反対だ。

自分が小ざっぱりとした動きやすく、実用性のある恰好を好むのに対し、

姉のローディナの方は、ふんわりとした雰囲気のままの女の子らしい装いだ。

巻き髪を左右に結び、お揃いのリボンに加えて薔薇の髪飾りまでしており、

レースやフリルのあるワンピースは若草色、同色のボレロを身に着けた姉は、

今日もにこにこと自分の目の前で笑っている。


 きっとローディナのような女の子を、世の男性陣は好むのだろうなと思いつつ、

少女……妹のリーディナは達観した様子でもう一つのカップを用意してあげた。

ここには他に誰も居ないのだから、別にもてなしても構わないだろう。



「今日はどうしたのよ。寄るなんて聞いてなかったわよ」


「え? うん、私もそうだったんだけど。実は用があるのはこの子なのよ」


「え?」


 ローディナがそう言うと、屈んだ姉がカウンターの上に乗せてきたのは、

小さな女の子の人形、蜂蜜色の髪色には白い猫耳が生えており、珍しい紫色の瞳をしている。

人間で言うなら2、3歳くらいの幼女のお人形で何とも可愛らしい。

だが、目が合った途端に、その人形の目がぱちくりと動いたではないか。



「みい」


「ちょ、な、なにこれ、人形が動いている」


「人形じゃないわ、ユリアよ。アデルバード様のお屋敷で預かっている子なの。

 ずっと前から、リーディナにも紹介したいと思っていたんだけど」


 そういえばさっき、ローディナは誰かに話しかけていた気がする。

呆然としている間に、今度はふわふわの毛並みをした、

白い子犬をちょこんとカウンターに乗せた。



「でね? この子はリファ、白い狼さんなの。ユリアの保護者なんですって」


「クウン」


 人形と小さな子犬……いや狼の子供が並んで、こちらを見ている。



「ユリア、リファ、紹介するわね。私の双子の妹のリーディナよ」


 目の前の人形……いや、ユリアと呼ばれた幼くてとても小さな女の子は、

ローディナとリーディナ、二人の顔を何度も見比べていた。


「ふふ、私達双子なのよ……って、ユリアにはわからないかしらね」


「みい」


 わかるよと言いたいのか、首を振って返事をしていた。

そして着ていたラベンダー色のエプロンドレスの両端を摘まみ、ぺこりとお辞儀をした。



「はじめまして、ユリアです」


「あらあら、上手にごあいさつ出来るようになったのね。ユリア」


「みい」


 ふくふく、そしてぷっくりした頬、幼い手足。そして頭に生えている動物の耳、

拙く挨拶をしてくる存在に、リーディナは心当たりがある。

錬金術の本には、いろいろな生物に関する知識も必要だったので、記憶の隅にあったもの。


「獣人……それも希少価値のある白い」


 獣人は一定数この世界に存在すると言われているが、リーディナはまだ見た事がなかった。

人間に狙われやすい為に、普段は人里から離れ姿を隠して生活しているせいだ。

けれどこんなに小さい獣人は初めてだ。思わず手を伸ばして耳を撫でてみると、

やはり生暖かく、柔らかくてただの作り物とは思えなかった。


 はっとリーディナは周りを見回した。こんな希少なレア種族、

同じアカデミーの生徒や教授が見たりでもしたら、きっと目の色を変えるに違いない。

慌ててリーディナはその少女……いや幼女? をローブで隠そうとした。



「な、なななななにやってんのよ、ローディナ!

 こんな子を連れて来たら、うちの変態どもの餌食になるわよ!?」



 研究や実験材料にしたがる者が、出てくるかもしれないじゃないか、

獣人の持つ魔力やスキルは素材としても十分役に立つものばかりだ。

人前に姿を現さない事が多いために、獣人の貴重価値は一部にしか知られておらず、

その為に獣人を保護する法律は、まだこのローザンレイツ国では成立していない。


 この子は白い色を持っているので、神の使いと言われる白き獣の眷属となり、

王家の保護対象となるので、そうそう手を出す者はいないと思うが、

日々新しい研究に飢えている同業者にとっては、きっと何てことない制約である。

それだけ獣人の研究は喉から手が出るほどに欲しい素材だったりする。


 そんな子が、お供の保護者の狼と一緒にカウンターの上に堂々といるなんて。



「大丈夫よ。普段はほら、こうして帽子で隠しているし、

 みんなユリアの事を、呪いの人形と思っているようだから」


「え?」


「この子、普段から王都にお出かけとかしているそうなんだけど、

 認知されていないから、とても生きている獣人とも思われていないのよね。

 出会ったばかりの頃の私も、こんなに小さな獣人が居るとは思わなかったもの」



 聞けば、行く所、行く所で、呪いの人形と思われて恐れられているらしい。

持ち主に捨てられて、無念を抱えて復讐する人間を探すため、街を徘徊する人形となった。

そして、供の白い狼と一緒にいることで、神がそれを許したと思われ、

罰が怖くて誰も危害を加える者はいないらしいと。



「みい?」


「こんなに可愛らしいのに、呪われた人形なんて失礼しちゃうわよね。

 でもそのお蔭でユリアもお外で自由に遊べるようだし、

 アデルバード様もいらっしゃるから、大丈夫じゃないかしら」


「ちょ、アデルバード様って」


「ええ、蒼黒騎士団長のアデルバード様よ。この子の後見人になっているんですって」




――聞いてないわよ!?


「き、騎士団長様の家の子を連れてきちゃったの!?」


「ええ、大丈夫よ。許可はいただいているから」



 既に騎士団長様とお知り合いになっていたなんて、

ローディナの人脈の広さにはいつも驚かされるが、まさかここまでくるとは。

白き獣と騎士団長まで知り合いなんて、普通ではない。

それも、あの黒い噂があるという騎士団長様なんて。


 蒼黒の騎士団長、アデルバード。私達平民からすれば雲の上の人である。

でも王都では若い娘を弄んでいるとか、手ひどく扱うとか言われており、

彼の屋敷で働いていたメイドも、数日経たないうちに泣いて逃げ出すほどだったと聞く。

そんな彼の元に自分の双子の姉が通っているとは、とても看過できる状況じゃない。

下手したらそんな男の毒牙にローディナが……。



「ちょっと大丈夫なの? アデルバード様って言ったら……」


「アデルしゃま、わるくないの~」


「え?」


 すると、カウンターにいるユリアが、目をうるうるさせてこちらを見ていた。



「アデルしゃま、ごはんくれるよ、おやつくれるよ?

 ひどいことしないの、だからアデルしゃま、わるくいわないで」


「あ……」


「こわいこと、しないよ? やさしいよ?」



 人語もよく理解しているらしい。不用意に保護者の話を言うべきじゃなかったか。



「ご、ごめんね」


「みい」


 自分は噂しか知らないので、あの騎士団長様がどんな人かは分からない。

けれどこんなにこの子が慕っているのならば、悪い人ではないのかもしれないと思えた。



「私もね、相手は騎士団長様だし、最初は話しかけづらいかと思っていたけれど、

 いつもユリアを可愛がっていてね、口数はとても少ないけれど、

 とても誠実そうで……優しそうな方だったわよ」


「そっか、でもこの子はなんでその団長様の所に居るの?」


「……実はこの子はね、ご家族と森の中ではぐれてしまったらしくて、

 泣いていたユリアを、アデルバード様とこの狼さんが保護したんですって」



 ローディナの言葉に、はっとリーディナは悟った。

それってまさか乱獲でもされて? それに巻き込まれてこの子は親とはぐれたの?


「……」


「みい?」


 ユリアの様子を見ても、とても恐ろしい目に遭った様子は見られないから、

きっと幼すぎて何があったのか覚えていないのだろう。ローディナと目が合うと、

彼女は悲しげな顔でこくりと頷いた。この子の為にも深く追及するべき話題ではないのだと。


 そんな状況で救われたのなら、懐いて当然だと思う。


「そ、そう……アデルバード様は優しい方なのね」


「みい、やさしいの」


 小さな白い尻尾が嬉しそうにゆらゆら揺れた。

こっちも触ってもいいだろうか? 思わず両手をわきわきしていたところ、

ローディナが笑顔のままでこほんと咳ばらいをした。



「ええと、それでね。今日はユリアが依頼をしたいということで来たの」


「え?」


「みい」



 ユリアは小さな白猫の顔をしたリュックをしょっていた。

それから、いそいそと白い小さな陶器のカップを取り出してくる。

青いバラの絵柄がついており、縁は金の装飾がある。

良くできたものだ。大きさ的に考えて、人形用に作られた物だろうか?



「実はね。ユリアがいつも使っているカップがユリアには重くて使いにくいんですって。

 元々は、ドールハウスの小道具の一つとして用意されたものだから、

 ユリア用に作られている訳じゃないの。だからユリアが困っていてね。

 使いやすく改良できないかと思って、リーディナに会いに来たのよ」



 聞けば、ユリアの身の回りの物は人形用の物が多く、

実用的に作られたものではないため、ユリアは使い勝手が悪い物もあると言う。



「なるほどね。これなら簡単にできそうだわ」



 ちょっと待っていてと言うと、小さな木で出来た道具箱を持ってくる。

持ち込みで即席の依頼というものもたまにあり、リーディナもたまに請けているものだ。


「ちょっと細工するからね」


 今回の場合は、依頼品がとても小さいので手先の器用さが必要となるが、

リーディナは姉同様に器用な方なので、刻印用のインクを用意すると、

とても小さな魔方陣をささっと書きあげ、魔力を加えて発動させた。

その上に陶器のカップを乗せると施術は完成である。



「よし、これでいいと思うけど、どうかしら?」


「みい?」



 指先で摘まんでユリアへ処置の終わったカップを差し出すと、

ユリアは肉球の付いた可愛らしい両手を出して受け取り、上下に軽く振って見せた。

すると、ぱあっという表現が付きそうなほどに目を輝かせて、

にこにこと、こちらを見るユリアの姿がある。


(くるくると表情が変わって可愛いわね、この子)


 こんなに小さな獣人なら、愛玩用に傍に置きたがる輩も居るだろう。

変な人に狙われないよう、気を付けさせた方がいいと余計な心配までしてしまう。



「みい、ありがとう、ございました」


「はいはい、どういたしまして」



 魔力の高いリーディナでも、妖精などの類には滅多に会えない。

たまにはこんな小さなお客さんも悪くないか、今回はサービスにしてあげよう。

なんて思っていると、ユリアはリュックからいそいそと皮の財布を取り出し、

はいっと代金を支払おうとした。それもなんと銀貨で。


 銀貨なんて……それこそ上級のポーションでもそうそうないと思う。

むしろ特級のポーションぐらいで、ランクの高い錬金術師が作ったものとか、

特別な材料で作った特注のでもないと、これほどの代金は支払われたりしない。



「ちょ、ちょっと、なんでこの子こんな大金持っているのよ。

 変なのに狙われたらそれこそ誘拐されるわよ!」


「み?」


「ああ、ほんと、きっとアデルバード様がお小遣いとしてあげちゃったのね。

 後で私の方から言っておくわ。じゃあ私がその子の分を払うから」


「あーうん、いいわよ。サービスにしておくつもりだったから。

 こんなに小さな子からお金なんてもらえないし」



 細工は大したことじゃないし、収入は各個人の研究費に充てられる。

だからこの件は自分がなかったことにするのも可能なのだ。

リーディナはユリアの頭をなでて、他の人に見せてはダメだと教えてあげた。

支払うにせよ、誰か保護者の人間に任せた方がいいだろうと。



「ありがとうリーディナ」


「ありがとう、ございましゅ」


「いえいえ、それよりローディナの様子がおかしかったのは、この子が理由ね」



 ここ数日、ローディナは修行の為に粘土や鉱石を削るのとは別に、

一心不乱に人形の洋服や小道具を、目を輝かせながら制作していたのである。

幼い頃に人形遊びが好きだった片割れは、この歳で童心に戻って再燃したのかと思い、

少々生暖かい目で見ていた自分だったのだが。


「ええ、ちょうど私が昔持っていた人形とサイズが一緒だったのよ。

 だから家の倉庫を探して、お洋服の作り方が載っている本を参考にしてね。

 今は身の回りのものも色々作ってあげているところなの。

 あと今度、お揃いのお洋服も着たいなって思っていて」



 実に楽しそうだ。まるで水を得た魚のような。

双子の片割れである自分が、おそろいの服を着てあげないことへの影響が、

今はユリアとおそろいの服を着るのに情熱を燃やしているらしい。


(リアルなお人形さんごっこよね。これって)


 きっと歳の離れた妹分が出来て嬉しいのだろう。

まあ確かに、可愛い子だし気持ちは分からないでもないけれど……と思いつつ、

出来上がったばかりのカップを一度布巾で拭きとってあげてから、

小さなお客さんの分も、そっとお茶を注いであげた。



「今はお客さんが居ないから、どうぞ、一緒にお茶でもしましょう?

 白い……ええとリファだったかしら? ごめんなさいミルクとかはないのよ。

 お水でいいかしらね。錬金術用に用意していた新鮮なのがあるから」


「クウン」


「みい、いただき、ます」


「ふふ、いただきますも出来るのね。ユリアはえらいわね。

 あ、お茶菓子だったら私持っているわ、この子にあげようと思っていたのがあるの」


 ローディナはビスケットも作ってきたらしい。

ユリアの為に高さの違う箱を並べて、簡易のミニテーブルと椅子代わりの物を用意すると、

まるで本当にお人形と一緒に過ごしているような気分になる。

リーディナは可愛らしいお客さん達と共に、のどかなお茶を楽しんだのだった。


(まあ、こんなこともあってもいいか、

 昔、ローディナとままごとしていた時を思い出すわね)



 みいみい言いながら、ビスケットを小さい口でほおばるユリアの姿は本当に可愛らしい。

ローディナがついつい世話を焼いてしまうのも分かる気がする。

しばらくして、ローディナがユリアの手を握った後、

「そろそろお屋敷に帰らせてあげないと」と立ち上がった。


「どうしたの?」


「ユリアの手があったかくなってきたの、小さい子が眠くなるサインなのよ」


 なるほど、お昼寝をさせるタイミングというのがあるのか、

ローディナは小さい子の性質をよく御存じのようで感心する。

ユリアは、くぴくぴとカップの中のお茶を飲み干して、

小さなハンカチでカップを包み、持っていたリュックの中にそれを大事にしまいこんだ。


「さ、いらっしゃい、ユリア。お家に帰りましょうね?」


「みい」


 ユリアがぺこりとこちらに「ごちそうさまでしゅ」と、お辞儀をして、

両手をローディナの方に伸ばすと、ローディナはユリアを抱き上げた。

リファがローディナの肩にぴょんっと飛び乗ると、

小さな籠の手提げを持ってローディナは妹へ振り返る。


「じゃあね。リーディナまたあとで」


「ええ、またね」


「みい、おじゃましました。こんど、おやしきに、きてくだしゃい」



 拙い言葉でユリアは、リーディナにニコッと笑いかけた。

見れば既に目が眠そうで、こっくりこっくりしているではないか。


あの騎士団長様のお屋敷となると、ちょっと心配だが、

こんなに可愛らしい子達が居るなら、行ってあげるのも悪くないかも。

なんて思いながら手を振ってあげると、ユリアも嬉しそうにぶんぶんと手を振ってくる。


 しばらくして、すれ違うように当番の女の子が戻ってきたので、

おかえり~と、リーディナは手をひらひらと振って迎え入れた。



「どうしたの? なんだかご機嫌じゃない」


「ん~? ちょっとねえ、可愛らしいお客さんが来たから」



 この仕事を目指していると、本当に色々な出会いが待っている。

今日はそんな特別な日のひと時だったらしい。


人懐こくてかわいい子だったなと思いつつ、

今度ローディナと一緒に遊びに行ってあげたら喜ぶかなと思いながら、

帰ってきた同級生と、他愛無い話をしながらその日を過ごしたのだった。


※  ※  ※  ※



――2か月後。


「お、巡回からお帰りか、アデルバード」


「ラミルスか、ああ、今帰った」


 アデルバードが騎士団の本部へ戻ってくると、廊下でラミルスと出くわした。



「ユリアは良い子にしていたか?」


「ああ、騒ぎにもなっていないし、執務室でティアルと遊んでいると思うぞ」



 そのまま一緒に、子供たちの様子を見るため、自分の執務室のドアを開けると……。



「みい~まてまて~」


「みいみい、ニゲルノ~」



 ユリアの背中には小さな蝶の羽が生えており、それをパタパタと動かしながら、

ティアルと仲良く、きゃっきゃ言いながら空中で追いかけっこをしていたのである。

その下でリファが落ちてケガをしないようにと、おろおろしながら、

二匹の後を追いかけている状態だった。


「ユリア!?」


「みっ?」



 一瞬その場に凍りついた後、慌てて駆け寄ったアデル様がユリアを捕獲する。


 ユリアは猫耳獣人、空を飛ぶ能力なんてなかったはずだ。

なのになぜ背中に蝶の羽が生えて……まさかこの子はキメラとして作られたのか!?

などと、脳内でアデル様はパニックを起こしておりました。


 一方、そんな事になっているとはつゆ知らず、

保護者につかまったユリアは、アデル様と目が合うと、

おかえりなさ~いと、呑気ににみいみい言って彼を迎えた。



「ユ、ユリア、これは一体……」


「み? りーでぃなに、もらったの~」



 聞けば、最近お友達になった錬金術見習いの女の子に作ってもらったらしい、

本当は何かあった時に脱出の手段として使えるよう、

リーディナが羽飾りを模して作ってくれたものだったが、

ユリアは新しい遊び道具と勘違いし、ティアルと遊ぶのに使っていた。


 ティアルがいつも空中を自由に飛び回ることに憧れがあったユリア、

おかげさまで好き勝手絶頂に飛び回っていたのである。



「リーディナ? 誰だアデルバード」


「最近できたユリアの、人間の友達らしい。

 それはそうとユリア、それは没収だ」


「みいい~いやあ~あそぶの~!」


「これ以上、ユリアに行動力があっては困る」


 ユリアが楽しそうなのは良いことだろうが、

こんな物を持たせてしまっては、容易に脱走がしやすくなるではないか。

ただでさえ普段から騎士たちの目をかいくぐり脱走しているユリア、

いつも予想だにしない行動をとる我が娘(仮)だけに、

アデル様はこの娘を無事に育ててやれるだろうかと、いささか不安になってしまった。



 だが結局、ユリアに大泣きされてしまって、

没収するのが出来なかったのだったのは、言うまでもない。


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