ユリアのアデル様お友達計画
アデル様の家に保護されたユリアがやってきて早3ヶ月が経った頃、
未だにユリアの保護者が見つからないこの厳しい状況を見て、
保護者となったアデル様は人間用の育児書を片手に、
彼女を本格的に育ててやる事に決めました。
慣れぬ育児、それも別の種だけあってユリアの行動は予測不可能。
だから育児書はここ最近のアデル様のバイブルとなっているなど、
巷でとっつきにくい、怖い騎士団長のイメージから誰が想像できるでしょうか?
「みいみい、みいみい~」
「……ユリアは今日も元気だな。預かった当初は熱を出したこともあったが、
この環境にも慣れてきたのだろうか? だったらいいのだが」
「みい?」
アデル様が指先でユリアの頭をちょこちょことくすぐる様になでると、
ユリアは目を細めてにこっと彼に笑いかけます。なでられるのが好きなようで、
もっとなでてと言わんばかりに頭を上に向かってふり、耳をぴくぴくと動かすユリア。
そんな愛らしい姿を見るのが、アデル様の慣れぬ人間生活のひと時の癒しとなっていました。
(たまには、こういうのもいいな)
いつもは多忙な為に、育児を使い魔のリファに任せきりでしたが、
今日はアデル様もお休みを取り、ユリアとずっと一緒に居る気でおりました。
……先日、自分が滅多に相手をできなかったせいで、
近所のお兄さんレベルにしか見られていなかった事を知ったアデル様。
そのショックは今も彼の心の傷として残っているのです。
(今日はユリアと親子としてのすきんしっぷとやらを沢山して、
ユリアに父親だと認めてもらえるようにしよう)
ユリアが来るまで、ここでの家族は使い魔のリファ位なものでした。
他愛無い会話をする事もなく、ただ淡々と日々を過ごすだけのものでしたが、
この小さな幼子とティアルがやってきて、とてもにぎやかなものになりました。
そしてこの子達の保護者になるという、新しい役目が出来たのです。
(ユリアのおかげか、最近は余計な事を思い出さなくて済んでいるな)
そんなユリアのお腹周りは、現在、赤いヒモでしっかりと結ばれており、
アデル様の手首にまるで手綱のように繋がれておりました。
(可哀想だが、ユリアは目を離すといつも何処かに行ってしまうからな)
ユリアの行動力の高さを考えると、こうせざるをえない事情がありました。
何せこの幼子といったら、龍である彼でさえ驚くことばかりをするのです。
※ ※ ※ ※
こうなったのは早朝の事件が理由でした。
朝はアデル様達と仲良く朝食を食べていたのですが、
『みにゃあん(ごちそうさまでした)』
そう言って手をあわせた後、振り返ればユリアの姿が見えなくなりました。
てっきり、部屋のどこかで遊んでいるのだろうと思っていたアデル様でしたが、
余りに静かなので気になって探しましたが、探せど探せどユリアの姿は見つかりません。
『リファ、ユリアが居なくなっている』
『クウンッ!?』
『みい?』
『ティアルは……その顔では分からないか』
『みい?』
まだ食事をしていたリファはおろおろとし始めました。
最早、のん気に食べている場合ではありません。
『ウオオオオ―ンッ!!(私のこおおおーっ!!)』
リファは可愛い養い子を探すべく屋敷のあらゆる所を荒らしました。
使用人の者達が叫び声を上げますが、どこ吹く風。
大事な子供の命には代えられないのです。よってアデル様も許可をします。
むしろ、いいぞもっとやれ状態でした。使用人泣かせなご主人様です。
『みい! アデル~オテガミナノ』
その後、ティアルがユリアの匂いを頼りに見つけてきたのは、
小さな羊皮紙で出来た小さな小さな手紙でした。
それには、こんなことが書かれていたのでした。
『サガサナイデ』
それを読んで、アデル様とリファは無言になりました。
『み? ユリアオデカケ? ティアルモ、ティアルモ~』
『ユ、ユリアが……あの子が、幼子がまさか家出を?』
『クウン!? キャン、キャンッ!!』
『みい?』
ユリアの書置きの意味を知り、リファも顔をそろって血相を変え、
ティアルは良く分からないけれどアデル達の真似っこをし、
予定していた事をすぐさま放り投げ、皆でユリアを探す事になりました。
(ユリアはあんなに小さい、もしも何者かにさらわれでもしたら……)
さらわれたらと思うと、居ても立ってもいられません。
獣人だというだけで、人間に恐ろしい目に遭う事を、
アデル様は誰よりも知っていたからこそ、ユリアの身を案じました。
(愛玩用にカゴに閉じ込められるか、下手をすると何かの素材に……っ!)
早く見つけて連れ戻さねば、きっと大変なことになると思い、
急ぎ匂いを辿ってアデル様が辿りついたのは、王都中枢にある一軒のギルド。
ここは有数の名のある冒険者や錬金術師なども通う場所でした。
まさかと思いアデル様が店に近づくと、聞こえてくるのは男の悲鳴。
『やはり、ここか!?』
急ぎ声がした店に飛び込むと、其処でアデル様が見たものは、
人相の悪い大柄の店員に必死にしがみ付いているユリアの姿がありました。
そう、ユリアは”襲われていた”のではなく、”襲っている”側の様です。
その姿を見て、保護者のアデル様はこう思いました。
『そうか……ユリアは幼いながらに狩りを練習しようとしているのか』
アデル様は感心しました。大型の獲物を駆る狩猟本能が、
あの幼子にはもう既に養われているのだと判断したのです。
そういえばユリアは自立心の高い子でした。
きっと保護者の手を借りずに、狩りの真似事をしてみたかったのでしょう。
つまり、これはユリアの「ごっこ遊び」の一環なのです。
悲鳴が上がる店舗の入り口で、アデル様は目元が潤みました。
子は親が心配しなくても成長するのは、こういう事なのだと思ったのです。
ここで友人のラミルスが傍に居れば「そんな訳あるかいっ!!」と、
盛大なツッコミをしてくれたでしょうが、残念ながらそう都合よくありません。
その為、ツッコミをしてくれる人も教えてくれる人も居ませんでした。
だから気付けば一緒に連いてきたリファも、
まったく同じアニマル思考をしたので、目元をうるうるとさせていました。
『みにゃ、みにゃああ~んみにゃんにゃにいいい~っ!!
(お友達、お友達になって下さい~貴方ならきっときっと、
あの方を理解して頂けるはずです~っ!!)』
『うわあああっ!? 人形、人形に取り憑かれたああっ!! 誰か助けてくれ~!!』
『みいみい! みにゃんみいみいみ!
(人形じゃないですよぉ! 猫耳アニモーなユリアです!)』
ほ~ら怖くないですよぉ~? と、ユリアがにっこり男に微笑むと、
男にとってはそれが獲物を捕らえた狩人の顔に見えたのでしょうか?
にたあ……と笑いかけられた様に思った男は……。
『ひっ、ひいいいっ!!』
余計に相手を怖がらせるだけでした。幼子相手に屈強な男は完敗です。
その間、少しずつ上に上にと這い上がってくるユリアの姿。
必死に小さな手で服をつかんで、おいっちに、おいっちにとよじ登り、
『お友達となってほしい』と何度も懇願するも、話す言葉は猫語。
……これでは通じる訳がありませんでした。
最早、恐怖体験に遭遇した集団のように辺りはパニック状態です。
そう、ユリアはまだこの国の人間の言葉を話せなかったのでした。
ある程度付き合いのある人達は、ユリアの言いたい事をなんとなく理解してくれますが、
この状態では意志の疎通はとても難しいでしょう。
『おっ、俺、小さい頃に妹の大事にしていた人形を壊した事あるっ!!』
『俺は近所の幼馴染の女の子の人形にらくがきをっ!!』
『うわあああ、俺もだ。人形の復讐だあああっ!!』
『ごめんなさいいいいっ!!』
ユリアの素性を知らない人間からしたら、これは動く人形にしか見られません
それも人間にいいように弄ばれ、捨てられた哀れな人形の成れの果てだと。
これは人形の怨念だと、それを見ていた冒険者達は誰もが部屋の隅で震えていたし、
普段は勝気な冒険者のお姉さま方も泣きじゃくっておりました。
それ位、ユリアの姿はまだ認知されていなかったし、
屈強な男達も、ちまちま動くユリアの一挙手に怯えて既に涙目でした。
ユリアはただ、ただお友達になってほしかっただけなのでしょうが。
その場に居た人間達には、とてもそうとは見られなかったようです。
だからか、なぜか皆が人形への懺悔をする会場へと変わり果てておりました。
(何を怖がっているのだ。こんなに愛らしい幼子なのに)
一方、保護者視点のアデル様からすれば、彼らの言動は実に不可解です。
元が小動物に怖がられる龍人だからこそ、此処まで懐こいユリアは可愛いと思うし、
健気に一人で狩りの真似事をしているのですから、微笑ましいと思うべきでしょう。
(俺が狩りの獲物役だったら、もっと全力で付き合ってやるのに)
彼の見立てで用意した猫耳の帽子もふわふわの洋服も、とても似合っているのに。
などと、斜め上の方向で親ばかぶりを発揮しておりました。
そう、アデル様の目にはこんな状況になっているにもかかわらず、
未だにユリアは狩りの練習にしがみ付き、
さらに言えば、じゃれているだけの様に思えたのです。
『だっ、誰か頼む!! 教会の者を連れてきてくれ!!』
が、これ以上騒がれ、天敵とも言える教会の者など連れてこられては、
ユリアが保護対象として連れさらわれてしまうかもしれません。
そんな訳で、ユリアがせっかくやる気を見せているのに可哀そうですが、
騒ぎを大きくする前にユリアは即お持ち帰りすることにしました。
『ユリア』
『み?』
アデル様が静かに呼びかけると、此方へと視線を向けるユリアの姿。
それでも両手、両足で店員のズボンにしがみ付いているままなので、
静かに近づいて両脇に手を添えて抱き上げました。
『ほら、狩りはそこまでだ。もう帰るぞ?』
『みにゃっ! みにゃあああんっ!!』
ユリアは『(今、いい所なんです!)』と主張しますが、却下です。
『残念だが、ここではユリアの狩りの練習は難しいからな?』
『みいい~』
すると途端に上がる拍手の音、助けたのがあの怖い騎士団長様だと知れると、
『あれって蒼黒騎士団長様じゃないか』
『流石は団長だな~亡霊の類も強いのか』
『すっ、素手で触ってる!! 怖くないのか!?』
『すげえっ! 流石は騎士団長様だよ』
と、変に感心されてしまったが、アデル様とユリアはそれ所じゃありません。
『みにゃああんっ!(亡霊じゃないのにいいっ!)』
『ユリア、勝手に屋敷の外に出ては駄目だと、あれ程言っただろう?
外にはユリアに怖い事をする者が居るんだぞ?』
『みいい~』
じたばたと腕の中で暴れるユリアを逃がすまいと、がっしりと捕まえたアデル様は、
有無を言わせず、店を出てそのまま懐へ入れて強引に連れ帰りました。
その間、内ポケットの中で、あ~れえ~と猫語でみいみい言っているユリア。
帰ってきたアデル様達を出迎えたのは、お留守番をしていたティアルでした。
『みい、オカエリナサーイ』
帰ってきたアデル達の周りをぽてぽて歩くティアルは、
彼の腕の中にユリアの姿を見つけると、嬉しそうにほっぺたをすりすりします。
けれど折角のいい所を邪魔されたと思ったユリアは、
屋敷へ戻ると「(いいところだったのに)」と頬をぷくっと膨らませ、
アデル様の傍でしっぽを床にびったんびったんと打ちながら、
ふて腐れてころころと右へ左へ寝転がったりしていたようですが、やはり幼子。
やがて自分が怒っていた事も忘れてしまい、ティアルとお絵かきを始めたのでした。
ユリアは体が小さすぎるのに、どうしてこうも行動力があるのでしょうか?
野生生活に慣れているアデル様は、人間に警戒してなかなか馴染めないというのに。
「機嫌を直してくれて助かった。それにしても……だ。
ユリアは本当に何をしでかすか分からないな」
多少ませて色んな言葉を知っている子供でも、ユリアは幼いのです。
食事中に食べながら眠ってしまう事もあるのですから、
世間の怖さを教えるにはまだ幼い、話しても理解が出来ないかもしれません。
「俺はユリアを無事に育ててやれるだろうか? リファも気をつけていてくれるか?
まだ俺には育児の経験が無いから、こういうのは良く分からない」
「クウン~」
ユリアは自分が育てると、普段から主人に親権を主張していたリファは、
今回の事態を申し訳なさそうに頭を下げ、ユリアの頭をぺろぺろと舐めて、
長いふさふさの尻尾で体を冷やさないように包んでやりました。
ユリアが来てから発生した親権争いは、こうして平和的解決を見せたのです。
「みいみい~みいみい~」
うつぶせに寝転がりながら、後ろ足をぱたぱたと動かし、目を輝かせながら、
楽しげにクレヨンをにぎるユリアの姿は、実に子供らしい姿です。
思わずアデル様も養い子を微笑ましく見守りました。
「ユリア、さっきから何を書いているんだ?」
「み?」
ユリアは手元の紙をむんずとつかむと、手に持ったソレをアデル様へと見せてくれます。
そこにはアデル様が見た事もない字が書かれておりました。猫獣人の字なのでしょうか?
さて、見せられても、ユリアの字が読めないのでアデル様は首をかしげ、
何が書かれているのかを聞いてみる事にしました。
「すまないユリア、何が書かれているのかが俺には分からない」
「みいみ。みいみい? に~にいみゃん。
(あ、そうでしたね。あのですね? 実は私の自己紹介を考えていたんです)」
「自己紹介?」
「みいみ、みいみい(初めて会う方に、自分の事をお話しする時に使うんです)」
「ふむ」
「みいみい、みいみいみ(人間の世界では、ごあいさつは大切なんですよ)」
ユリアよりアデル様の方が王都での暮らしの経験も長いというのに、
ユリアの方が色々な事を知っているのには驚きでした。
これでは保護者としての面目がありません。
「ま、まあ、好奇心が旺盛なユリアだからな」
アデル様はそう自分に言い聞かせます。これが「ませている事」なのでしょう。
「ユリアはそんなに人間の友達が欲しいのか?」
「にいにい、みにゃああんみいみ。
(お友達がいると、寂しくないですからねアデル様)」
……ユリアは一体どれだけ交友関係を作る気なのでしょうか?
既にユリアは使い魔の友達は勿論の事、王都に住んでいる野良の犬猫に、
人間の知り合いまで作っていたというのに。思い出すのは先日の一件です。
※ ※ ※ ※
これまでユリアは人間の娘達二人をお友達として屋敷に招き入れたり、
「屋敷に遊びに来てくださいね?」と地図の書かれた名刺を近所で配っていたり、
ユリアを見ても怖がらない、知り合ったばかりの青年になつき、
迷子のフリをしてお屋敷に連れて帰ってもらい。
『みにゃ、みいみいんにゃああんみいみい! みいみ、みにゃ? みい。
(題して、ふとした瞬間に友情が芽生えるフラグ作戦なのです!
今回は初対面ですし、熱き拳で語るのは無しでお願いしますねアデル様)』
『……ユリア?』
『みい! みい? みにゃああん、みい、みにゃああん。みいみー?
(さあ! アデル様? 男同士でも第一印象は笑顔が大事、
ご挨拶は、“初めまして”と、にっこにこです。はい、どーぞ?)』
……などと言って、アデル様の元へと満面の笑みで連れて来たりもしているのに。
傍から見たら、飼い主に再会できて喜んでいる幼子にしか見えませんが、
元々獣人であるアデル様は、ユリアの言葉をばっちり聞いておりました。
そんなに人間の友を保護者の自分に紹介したいのだろうかと、
別方向に勘違いしながらも、アデル様はユリアのお友達にきちんとご挨拶をしました。
勿論、相手が得体の知れない見ず知らずの人間という事もあり、
笑顔で……という訳にはいきませんが。そう、アデル様は人間嫌い。
その為どうしても初対面の人間には警戒してしまうのです。
『……うちのユリアが色々と世話になったようだな。礼を言う』
『は、はははい』
『みい! みいみいみ! みい! みいにゃん?
(次回! 男同士の友情は拳で語り合うの巻ですね!
じゃあ次行ってみましょう! イベントは明日くらいでいいですかね?)』
『ユリア……』
『みい?』
『無理に連れてこなくても困らないが』
『みいみにゃっ!? みいみい、みいみいい~!!
(アデル様は“ぼっちなう”がご希望ですかっ!? 駄目です、そんなの駄目です~!!)』
一度そう言って断ったら、『アデル様かわいそう』とユリアに泣かれてしまいました。
自分はどうやら可哀想な龍人らしいのです。良く分かりませんが。
(なぜ、いきなり拳で語り合うのだろうか?)
アデル様の種族は確かに好戦的な龍族かもしれませんが、
知り合ったばかり、それもユリアの世話になったものに理由もなく殴りかかる気はありません。
ユリアいわく、男同士の友情は拳で語り合うものだと言われ、
アデル様はますます首を傾げます。雌や餌を取り合いする為でもなく、
人間の雄同士は拳で突然話さなくてはいけないらしいです。
しかも殴ると語り合えるらしいのです。アデル様は一つ勉強になりました。
(人間の手には、そんな事ができるのか……)
手だけで話せるという事は、第二の口が人間の手にあるのだと、
そう誤解してしまったのは言うまでもありません。
とりあえず幼いユリアが世話になった事に対し礼を言う必要があるので、
言われるがままに言葉だけの挨拶だけは交わす事にしたのですが……。
龍仲間のラミルスに話すと止められたので、それを実践することはありませんでした。
※ ※ ※ ※
そんなこんなで気づけばアデル様は人間が嫌いだのと言って、
屋敷に引きこもる事が出来なくなりました。
放っておくと、ユリアはほいほい見知らぬ人間を連れてきてしまいます。
お陰でここ数日の間に、人間の知り合いが一気に増えたのです。
けれど、子供同士で仲良くなる分には微笑ましいとは思いますが、
こんな幼子が精力的に年齢問わずに交友関係を広げようとするのは、
保護者として少々将来が心配ではあります。
「ユリアは警戒心がまだ無いな」
……このままでは、この無邪気な人懐こさが災いして、
誰か悪い人間について行ってしまうんじゃないかと、そう思わずにはいられないのです。
きっとリファがいなければ、今頃恐ろしい事に巻き込まれていたかもしれません。
(なぜ、連れてきた者達を全て俺に会わせようとするのだろうか?
ああ、ユリアは屋敷の主であるこの俺に気を使っているのだな。
子供に気を使われるとは俺もまだまだだな。父親の道は遠いか)
けれどこの時、アデル様は知らなかったのです。
ユリアの本当の狙いは、アデル様に人間のお友達を沢山作ってあげるという事に。
そう、「ユリアの友達」ではなく、「アデル様の友達」として、
これまで懸命に引き合わせていたのです。いわばユリアは仲介者の役割でした。
(アデル様を“ぼっちなう”にはさせないのですよ~!
お世話になっているご恩返しは、人間のお友達でお返ししますね!)
そんな訳で先程の会話に戻るのです。ユリアの作るご挨拶の話へと。
「みにゃ、みいいみい、みにゃああんなああん。
(こういうとき、何かうたい文句というか、お決まりの言葉をつけたくてですね?)」
「ふむ」
「みにゃああん、にいにいい~。
(貴方の町のねこねこ獣人ですと、余りひねりがないので~)」
再び、ユリアは蜜蝋で作られたクレヨンを手に、猫の絵を描きました。
「にい、にいにゃああん。みにゃ、みにゃあん。
(ぷくっとマシュマロボディなアニモ―マスコット。
困った時にはお声がけ、ケモミミヒロインのユリアでございますとか)」
「……自己紹介なのか? なんだか商品案内の気がするが」
「みにゃああん、みいにいにい?
(アデル様を生暖かく物陰からそっとそっと見守り隊、会員一号とか?)」
「……なぜ俺の名前が出てくる?」
「みい、みにゃああん、みにゃ?
(いえ、気にしないで下さい、例えなんで、例え。そう、例え
たぶんきっと? 使わないと思いますから?)」
ピュ~と口笛を鳴らし、そっぽを向くユリアの両脇に手を添え、
ユリアを抱き上げて自身の膝の上にそっと乗せるアデル様。
幼い子にしては、子供らしくない言葉を羅列して話す事があるので、
また街で変な言葉でも覚えてしまったのかと心配になりました。
しかし、そんなユリアに対しアデル様は怒る事は一切しませんでした。
まだ幼子、親のぬくもりが恋しいはずのユリアが、こうして明るく自分に話すのは、
何か理由があるのかも知れないとも思っていたからです。
(……ユリアは気丈に振舞っているのかも知れない。
この歳で親とはぐれて寂しくない訳がないだろうからな。
俺も親代わりとして、もっと気遣ってやらなくては……)
人間の本によれば、幼い頃から苦労している子供は、大人びた発言をするらしく。
ユリアはまさにその条件に当てはまります。
(そんなに気を使わなくてもいいのだがな)
まさかここに置いては貰えなくなると心配したのでしょうか?
「心配などしなくても、俺はユリアの傍にいるからな、養育を放棄はしないぞ」
ならば、心の隙間を埋めるのは保護者である自分のはず。
そんな事を思って、ユリアの髪を優しくなでてあげる事にしました。
これからは少しずつでも親子のスキンシップをしようと心に決めます。
「みい?(アデル様?)」
「いつも余り構ってやれなくてすまないな。ユリア」
「みい」
ただ……この二人は互いを哀れに思って行動している事など
本人を含めて誰一人知る由も無かったのです。
ある意味、とても思考が似通った義理の親子でございました。
はたしてユリアの真意がアデル様に伝わる日が来るのか、
それはきっと神のみぞ知る。