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彫金師見習いローディナと小さなお友達


「……うん? ローディナ、もしかして今日も湖に行くの?」


 早朝、鏡の前で長い亜麻色の髪をふんわりと左右に結わいた少女に向かって、

双子の妹であるリーディナは、ベッドの中から片割れである姉に声をかけた。


「あら、リーディナごめんなさい起こしちゃった? おはよう」


「はいはい、おはよう、ローディナ」



テーブルの上には大きな籠を用意しているのを見て、

リーディナはついつい姉のローディナの行動に気になってしまったのだった。

……というのも、姉がこうして出かけるのは此処最近ずっとだからだ。


「今日もまた出かけるの?」


 もしかして、好きな人でも出来たのだろうか? そんな野暮な事を思いつつ、

リーディナは姉の嬉しそうな顔を見ながら行く先を聞いてみる。

余計な事とは思うが、悪い男なら此方も考えなければいけないのだから。

妹でありながら、自分よりおっとりしている姉を心配するリーディナだった。



「実は課題も増えたし、彫金に使う粘土を作る量を増やそうと思って、

 素材にする水がもっと必要なのよ。最近は色々な鉱物で試したくて」


「へえ~頑張っているわねローディナ。私も付いて行ってあげたいけど、

 今、アカデミーで出された提出課題が終わってないのよね」


「だ、大丈夫よ! 私だって子供じゃないんだもの、

 いつもリーディナに守って貰わなくても、この位の素材は収集出来るわ」


「本当に大丈夫~? リーディナさんはちょっと心配だわ」


「ええ、大丈夫よ。湖の傍はそんなに危険区域じゃないし」


 姉のローディナ。妹のリーディナ。双子の美人姉妹として街では評判の彼女達。

特に姉のローディナは社交性の高い少女で、将来は彫金師となるべく、

日々、見習いとして勉強しているのである。


 対する妹のリーディナは錬金術師見習い、薬草からアイテムに至るまで、

さまざまな物を作る為の知識の勉強と練習を重ねていた。



「さてと、じゃあ私は出かけてくるわね」


「はいはい、いってらっしゃい。気をつけてね」


 いつも何処へ行くにも一緒の事が多い二人であったが、

今日は珍しく別行動を取る事になった。ローディナは湖へ、リーディナはお留守番。

互いの進路が違う為に、単独行動が必要になったせいだろう。

二人の変化に少々寂しさを覚えながらも、互いにそれぞれの道を目指し歩いていた。



「さてと、今日はリーディナもいないし、しっかりしないとね」


 ローディナはぎゅっと握りこぶしを作って意気込む。

一応、姉という立場の彼女だが、行動派な妹のリーディナに引っ張られる方だった。

だからどうしても、リーディナの方を姉と勘違いする人が多いのである。

その為、姉としてもっと頑張らなければいけないとローディナは考えていた。



「いつもリーディナに頼ってばかりじゃいられないもの」



 彼女が湖に用があるのは、彫金に使う為の粘土を作る為だ。

数種の鉱物を粉末に加工し、純度の高い湖の水で練る事で質のいい粘土が作られる。

其処で形成し、魔力を加えたりして焼く事で装飾品が出来るのだが、

こちらもなかなか奥深く、ローディナは未だ見習いのままだった。



「さてと。今日は居るかしら?」



 彼女の細腕では大量の水を持ち帰る事は出来ない為、

必要な量が増えると、かなり苦労する事になる。


「ふふふ」


 それでもローディナは口元をほころばせて始終ごきげんだった。

というのも彼女には最近、密かな楽しみが出来たのである。

実はこの時間、とても珍しい光景が見られるようになった為だった。

そう、これは妹のリーディナさえも知らない、彼女の小さな秘密である。


 湖の近くまで行くと、この時間は騎士の制服に身を包んだ青年達を見かける。

制服の色は赤と黒、その色から見て紅蓮騎士と蒼黒騎士だと分かる。

この国、ローザンレイツの双璧といわれる見目麗しき騎士の皆様だ。

遠目から見るローディナはぽっと頬が赤らむ。


 ローディナは彼らに気軽に声をかけられるような身分ではない街娘、

その為、さっと木陰に隠れて彼らの様子をうかがった。



「おい、じゃあ行くぞアデルバード」


「……ユリア、俺達は周辺の見回りに行くから、此処で大人しくしているんだぞ?

 くれぐれもリファからはぐれて行かないようにな? 約束できるか?」


「みい」


 赤髪の青年がアデルバードという黒髪の青年に声をかけると、

声を掛けられた青年は、腕に抱いていた小さな存在をそっと地面へと下ろした。

すると、彼の肩に乗っていた白い狼の子供と、背中に白い翼を生やした黒い子猫が、

一緒になって地面へとするすると下りていく。


「クウン」


「リファ、ユリアとティアルを頼んだぞ」



 青年がそれまで腕に大事に抱いていたものは、

白い猫耳しっぽを持つ、金色の髪に紫の瞳を持つ猫獣人の小さな女の子。

傍目から見ると、猫耳のついた人形にしか見られないだろう。

そんな女の子の頭を青年は優しげになでている。



「みい、みにゃあ(はい、行ってらっしゃいませ)」


「…………」


「み?」


「ユリア、寂しいなら甘えてもいいんだぞ?」


「にい? みいみいみ(大丈夫ですよ? 私はおりこうさんなのです)」


「…………そうか」


「みいみい(行ってらっしゃいませ)」



 実は最近、王都の周りで魔物がよく出るようになった為、

湖の周辺にも巡回の騎士達を頻繁ひんぱんに見かけるようになり、

その中にとても珍しい、子猫サイズの小さな獣人の女の子を見かけたのである。



(居たわ!!)


 ローディナはぐっと握りこぶしを作って、目的の対象を確認。

きらりんと目が輝き、気付かれないようにと、こそこそ少しずつ対象へと近づく。

そう、湖の水を素材として持ち帰るのは口実で、実は此方が目的なのである。

可愛い集団がちまちまと動く姿を見て悦に入るのが、最近の彼女のお楽しみ。



(ああっ、あの白い子猫の獣人の子可愛いわ~! き、着せ替えしたい)


 どの子も珍しいのだけれど、中でも獣人の子は特に珍しかった。

小さな小さな女の子は人形と間違うかと思う程のミニマムボディ、

まさに、子どもが抱っこする人形サイズといっても過言ではないだろう。


(やっぱり、私が子供の頃に持っていたお人形と同じ大きさだわ)


 まさに、その存在自体がメルヘンに感じる。本来見る事が不可能な猫獣人。

初めて此処で見かけた時は、人形が動き回っていると勘違いして腰を抜かしかけたが、

無邪気に遊ぶ姿を見た事で、すっかりとりこになってしまった。


――主に、ローディナの「着飾りたい」という衝動の元に。


「みいい~(行ってらっしゃい~)」


 そんなユリアに対し、ちらちらと後ろを振り返る黒髪の騎士の姿。

やがて、がしりと赤髪の青年に腕をつかまれて、引きずられて行った。


「おら! さっさと諦めて行くぞアデルバード」


「……ラミルス、ユリアが”後追い攻撃”とやらをしてくれない。

 幼子というのは、親が離れたら泣いて追いかけて来るものじゃないのか?

 満面の笑みで手を振っているんだが。育児書にこんな事は書かれていない」


「いや、だってそれは親だと思われてないからだろ?

 ユリアにそれを期待しちゃ駄目だろ、リファはともかくさ」


「……っぐ!!」


「普段の世話をしているのは屋敷の使用人とリファなんだろう?

 ほら、だからあれだよ。たまに構ってくれる人に対して、

 “また遊びに来てね~?”って位に思われているんだって」


「遊び相手位にしか……しかもそれだと、俺は近所の兄貴分じゃないか」


「だろうな。普段のメイドごっこも遊んでいるだけなんだろう」


 見回りの為に「かなり名残惜しそうに」その場を離れていく騎士達を、

小さな白いハンカチをぎゅっと振って、見送り続けるユリアという獣人の幼女。

そしてその様子をかなり後方から見守るローディナ。

とても異様な光景なのかもしれない。


「さっきの人、“アデルバード”と呼ばれていたわよね?

 という事は、あの背が高くて黒髪の人が蒼黒騎士団長アデルバード様。

 騎士様の中でも物凄く怖い方だと聞いた事があるけれど……」


 あの小さな女の子達に向ける視線は、とても優しかったので意外に感じた。

そして騎士団長様の会話を聞くに、あの子の名前はユリアというらしい。


「ちょっと騎士様達が一緒だと怖かったけれど、今なら何とかなりそう?

 今日こそお友達になれないかしら? ああ、でも何て話しかけたら?

 見ず知らずの私が急に話しかけて、驚かせたりしたらどうしましょう?」



 そんな事を思いつつ、ローディナが持ってきた籠の中には、

ちゃっかりしっかりと小さなあの女の子に似合いそうな洋服が既に作ってある。

フリフリレースとリボンがたっぷり付いた。彼女の趣味丸出しのドレスだ。

子供の頃に持っていた人形と同じサイズだったので、難なくそれが作れた彼女は、

初めて猫獣人の女の子を見かけたその日、凄い勢いでそれを仕上げたのだ。


 ローディナがこうなったのも実は訳がある。

幼い頃は一緒の服装をしていた仲良し双子姉妹だった彼女は、

成長していく上で、何時しか好みがそれぞれ分かれてしまい、

妹のリーディナとおそろいの格好が出来なくなってしまった。


 お陰でローディナの欲求は高まる一方である。


「リーディナはもうおそろいは滅多に着てくれないし、

 フリルなんて尚更に嫌がってしまうんだものね。寂しいわ」



 その為、我慢に我慢を重ねた結果、別の形での欲求が生まれた。

可愛い女の子を着飾りたい衝動に走ってしまうのだった。



(童心に返って、ついつい創作意欲が沸いてしまったのよね)



 しかし、その直後に我に返った。お近づきになるのがまず先だろう。


 けれど見た所、獣人の女の子は泣く子も黙る騎士団の、

それもあの蒼黒騎士団長、アデルバード様が保護している養い子らしい。

女性をことごとく怯えさせ、泣かせると言う黒い噂のある彼が連れているとあって、

そうそう簡単に話しかける事は、流石のローディナでも勇気が必要だった。


 一体どういう経緯で、あの騎士団長様が獣人の女の子の面倒を見ているのか、

ただの街娘であるローディナは知らないが、とても興味深い話である。

何しろ彼の居る屋敷は、つい最近まで女性の使用人が居ない程だったはずだし、

色々と噂のある騎士団長様に、あんなに懐いている女の子が居たのだから。


 それも幼子ならなおさらだ。


「……騎士様って、私みたいな身分のものが早々話せるものじゃないものね。

 あの子に話しかける所を見つかったら、怒られそう」



 そんな事を考えているうちに、小さな女の子はその場に残され、

騎士団長アデルバードの背中が見えなくなるまで、静かに見送る姿があった。


「あんなに小さな子をこんな場所に一人で置いて行って大丈夫なのかしら?

 傍に使い魔は居るみたいだけど、あの子達も小さいし」


 傍にある湖に落ちたりしないか、変な人に連れて行かれないか、

余計な事までとても心配してしまう彼女だった。

せめて今日声を掛けられなくても、あの騎士様が戻ってくるまで見守ろう。

そう決意して、ローディナはもう少し姿が見やすい位置まで近づく事にする。



「みい、ユリア、オヤツ、オヤツ」


「みにゃん。みいみい(そうですね。おやつにしましょうか)」


「クウン」



 残された女の子と動物達は、みいみい、きゅうんきゅうんと言いながら、

せっせと協力して敷物を敷き、皆の分であろう飲み物の器を一つずつならべている。

其処には小さな女の子用の小さな小さなカップも用意されていた。

それはどう見ても、お人形さん用のカップのようで……。


「ま、ままごとでも始めるのかしら?」


 どちらにしても、微笑ましくて口元が緩む。見ていて飽きない。

だからローディナは和やかな様子に気を取られ、一瞬反応が遅れてしまった。

気付けば、ローディナの居る木陰へとてとてと近づいてくる女の子の姿があって、

しっぽをゆらゆらと動かしては、ぽてぽてと歩いてきているではないか。


 もしかして此処に隠れていたのがバレてしまったのだろうか?


「え? ど、どうしましょう……」


 とっさの事で慌ててローディナが身動きすれば、

こつんと足先が何かに当たった感触に気づいて、足元を見た。

すると自分の居る木の根元に、もう一つのバスケットが置いてあるではないか。

きっと先程の騎士団長アデルバードの持って来たものだろう。



「ど、どうしよう! 心の準備が……」


「……み?」



 足元をじっと見ながら、ぽてぽてと歩いてきた女の子は、

大きな影が自分に掛かるのを感じ、上を見上げると……両者の目線が合った。



「み?」


「あ゛っ」


 一瞬、互いの姿を凝視しながら固まること数秒。

やがて目の前の幼子は、ローディナを見ながら全身の毛がぶるぶると震えだした。



「みにゃああ! みい! みい!みいいい~っ!!

(エマージェンシー! 緊急! 緊急! 退避なのです~っ!!)」


 驚きで白い猫耳がぴーんっ! と立った女の子は慌てて逃げ出し、

敷物の傍に居た白い狼にしがみ付いたかと思えば、お腹の下に潜り込んで、

ぷるぷると震えだした。それを見た黒い子猫も女の子の後に続いて隠れてしまう。

しかし、狼も体が小さいので女の子達を守るにはいささか無理があった。


 まさに、頭隠してなんとやらである。


 やはり驚かせてしまったようだ。この体格差もあるから無理もない。

あの子達からしたら人間の大きさは脅威にしか見えないだろう。

ローディナは慌ててしゃがみ込んで目線を下げた。



「ご、ごめんなさい。驚かせるつもりはなくて……あの、大丈夫よ?

 私は貴方達に怖い事とかしないからね? 私はローディナっていうの、

 この街で彫金師……って、こんなむずかしい事言っても分からないわよね?

 猫語なのかしら? ああ、せめて言葉が通じたらいいんだけれど……」


「み?」



 ローザンレイツ国内で獣人を見る事はとても珍しい。

ましてや、こんな小さな子猫の獣人ともなるとレア中のレアだ。

妹のリーディナが見たら、それはもう目を輝かせて喜ぶ事だろう。

それだけに、こうして近くでお話が出来るのは貴重な体験である。


 目の前の女の子の反応と、騎士団長様が面倒を見ているのを見て、

もしかしたら、人間に乱獲をされて連れて来られた子なのかもしれないと思い、

ローディナは始終怖がらせないようにと、優しく微笑みかける事にした。



「ほら大丈夫よ? 怖がらなくていいからね?」


「クウン……」



 その間、目の前に居る白い大きな狼は、そんなローディナをじっと見ていて、

一緒に居た翼の生えた黒い子猫も、女の子と一緒に狼のお腹の下で此方を見ていた。



「そ、そうだ……あの、お菓子持ってきたのよ。良かったら食べる?」



 にっこりと微笑んで籠からカップケーキを取り出せば、

警戒していた女の子と動物達の目が一瞬にして輝いた。

美味しいものは種族を超えるのだと、この時ローディナは悟った。


 目を輝かせた幼女と動物達に、ローディナはプチカップケーキを手渡すと、

匂いをくんくんといだ後、嬉しそうに受け取って食べ始める女の子達。

夢中で小さな口であむあむと夢中で食べる姿に、ローディナは癒される。

自分に歳の離れた妹がいたら、こんな感じなのかなと思いながら……。



「みっ!? みにゃあん、みいみい……みい、みにゃ、にいにい。

(はっ!? あろう事か知らない人に物を貰ってしまったのです。

 アデル様に駄目だって言われていたのに……なんたること、

 この体だと、どうも考え方がときどき幼児退行してしまいますねえ)」


「ふふふ、お口に合うかしら?」


「……みい、みにゃあん(……でも、悪い人には見えないのです)」


「えーと貴方はいくつ位かしら? 人間だったなら3、4歳位かしらね」


「みい、み、みにゃあん? み!? みいみい……。

(それにしても、はて、このお姉さんは何処かでお見かけしたような?

 この猫獣人アニモーな私を見ても物怖じしない度胸といい……。

 はっ!? もしかして、もしかすると貴方は……)」



眼をうるうるさせた小さな女の子は、

突然ローディナを見ながら肉球付きの両手を合わせました。



「ん? なあに? 何かお礼を言ってくれているのかな?」



 交友関係の多いローディナでも、獣人の女の子と接するのは初めての事、

相手は此方の言葉が分かるのか、何やら一生懸命にお話をしてくれるのですが、

ローディナには何を言われているのか分からずに、少し困っておりました。



(ああ、やっぱりリーディナにもついて来て貰えば良かったかしら?)



 こんな時に頼りになるのは、要領のよい妹リーディナなの方ですが、

今日は残念ながら妹はおらず一人です。下手にこんなに小さな子を泣かせないかと、

内心おろおろしながら耳を傾けておりました。

流石に、獣人の女の子の相手はした事がないのですから。


「みにゃ、みいみい、みいみにゃあん?

(貴方様は、アデル様とお友達になりたくて、来て下さった方では?)」


「え? あれ? えーと何だか目をキラキラされて見られている気が」


「みい、みいみい、みにゃん。みい、みい、みいみい?

(私、いろんな人に“めっ!”ってされましたが、今度こそ間違えないのです。

 今度こそアデル様のお友達になりたいと来てくれた方ですよね?)」


「ええと、何かしらとても誤解をされているような気が。

 リーディナ、私どうしたらいいの? どうしたらいいか分からないわ。

 あの、あのね私ただ通りかかっただけで……その」


 すると、女の子は白い猫耳をぴくぴく動かしながら、

小さなポケットから紙切れを取り出し、ローディナに渡してきます。


「みい!(これをどうぞ!)」


 ローディナが広げてみると、こう書いてありました。


 “ラグエルホルン邸、ご招待券”


 すぐ下にはつたない字で「ユリア」というサインと肉球スタンプ。


(ああ、やっぱりこの子はユリアという名前なのね)


 裏にはなんと地図まで手書きで書かれております。

どうやらユリアの住んでいる住所のようです。

これは遊びに来て欲しいという意味でしょうか?


「ラグエルホルン? それって確か騎士団長様のお屋敷じゃ……」

 

 黒い噂のある蒼黒騎士団長アデルバードの屋敷。

別名、「黒の屋敷」という名で呼ばれているのをローディナも知っている。

その館に自分は招待されているらしいとローディナは理解した。



(確か……女性は入ったら、恐ろしい思いをするとかなんとかいう屋敷よね?)



 下には“おともだちになってください”と書かれてあったので、

ローディナはてっきり「ユリア」が友達を欲しがっているものと考えていた。

もしかしたら、この子を見て驚いた女性が居たせいで噂になったのかもしれない。

まだこんなに幼い子だ。きっと遊び相手が欲しいのだろう。



「みにゃ、みいみ……み~みいみいみ、みにゃん!

 (残念ながら、アデル様は今お仕事の見回り中なの……で~。

  これは、留守を預かる私が、お客様をおもてなしするべきですよね!)」


 きらりんとユリアの瞳が輝くと、すばやい動きで体制を整える。

ローディナが招待状を見ている間に、ユリアは傍にあった葉っぱをちぎり、

草笛を作ると、ピイイーッ! と鳴らして合図を送っているではないか。


 すると、それまでお菓子を食べていた他の使い魔達が、

その草笛を聞きつけ、ローディナの足元にすたたたーっと整列して来ました。

何事でしょう? 急に整列されたのでローディナは焦りました。



「クウン?」


「みい? オモテナシ?」


「みいみいみ、み! みにゃ、みいみい!

(アデル様の留守を預かる身としての特別任務、あにまる接待!

 癒し系ユニット、アニモーの訓練の成果が今此処で試されるのです!!)」


「みい、イラッシャ~イ」


「クウン」


「え? きゃ、きゃあああ~っ!!」



 その日、静寂な泉の傍で一人の少女の悲鳴が響いた。



 ※  ※  ※  ※



「――うちの娘が迷惑をかけた」


 そう言って、騎士団長アデルバードは小さな少女ユリアを腕に抱き上げ、

今にでも、うとうととし、眠りそうなユリアを優しくあやしています。

気付けば小さな子がお昼寝をする時間帯になっていました。

ユリアは抱っこされたアデルバードの制服を、両手でぎゅっとにぎりながら、

目の前のローディナをじっと見つめています。



「い、いえ」


 突然、あの「誰もが恐れる騎士団長様」に謝られて、ローディナは困惑しました。

まさか自分よりも立場の上の人に頭を下げられるなど、思ってもみませんでしたから。



「久しぶりに外の人間と会えたので、ユリアも嬉しかったようだ。

 どうか許してやって欲しい。後でよく言い聞かせる」


「いいえ、私はこの子達にもてなしを受けただけなので迷惑なんて全然!

 むしろ人間の私にとても懐いてくれて、凄く凄く嬉しかったです」


「そうか……喜んで貰えたのならば良かった。ユリアは確かに懐っこいからな。

 今日は早く出たから、そろそろユリアに昼寝をさせなくては。失礼する」


 あれから数十分後、帰ってきた騎士団長アデルバード率いる巡回組みは、

ユリア達を待たせていた湖の傍に戻って来た時に驚きで目を見開いた。

敷物の中央には、見知らぬ女の子がユリア達にお茶を勧められ、

お菓子を勧められ、あれよあれよといううちに接待されていたのである。



『なあ、アデルバード……あれユリアだよな? 

 なんか、知らない女の子をおもてなしてるぞ?』


『あっ、俺あの子知ってますよ! 去年の収穫祭の女神様やった子です!!』


『俺も俺も! ローディナちゃんですよ王都の美少女図鑑にも載っている!』


 赤髪の青年……紅蓮騎士副団長ラミルスは隣に居たアデルバードを見ると、

ユリアの保護者は「またか」という顔をしてため息を吐いていた。


『ユリアはとても人懐こくてな、直ぐに見知らぬ者を見つけると、

 あんな風に、あれやこれやと誘って招いてしまうんだ』


『え?』


『友達が欲しいらしい。遊び相手が少なくて寂しいのかもしれんな』


 いそいそとお茶のお代わりを勧めるユリアと、

目の前でつたない歌を元気に歌っている黒猫ティアルと、

お菓子の入った籠を差し出す白狼リファに目が行き、

それをおろおろと受けている一人の少女の姿が目に入る。


 「私は精一杯お勤めを果たしました」と猫語でアデルバードに伝えたユリアは、

戻ってきたアデルバード達を出迎えると、ふらふらと座り込んでしまったのである。

子供特有の急激な睡魔にユリアは耐え切れなかったようだ。


 アデルバードはそんなユリアを抱き上げ、先程の会話に至ったのである。


「――さあ、ユリア帰ろう?」


「みい……」


 目を何度かこすって、こくりとアデルバードに何度かうなづくユリアは、

もう片方の左手で彼の制服をもう一度ぎゅっとつかんだ。

これからユリアはお昼寝をするべく屋敷へ帰るらしい。

眠たげな目を擦りながら、小さな手をローディナに向かって、

何度も「ばいばい」と振ってくるユリアに、ローディナもにっこりと微笑んで、

手を振り返して別れる事にした。


 彼らの後にぞろぞろと続く騎士の一行、

その何人かはローディナに小さく頭を下げ、去っていく。



「行っちゃった……でも、あの子とお友達になれたわ」



 ふふっと笑ったローディナは小さな小さな招待状を見つめた。

お屋敷に一人で行くのはちょっと勇気がいるけれど、

妹のリーディナにも誘って行けばいいかもしれない。


「ふふ、私達が双子だって知ったらまた驚かせちゃうわね。

 でも、お友達を欲しがっている子だから、喜んでくれるかも」


 

 それが「アデル様のお友達候補」に宛てた物だったとは露知らず、

小さな獣人のお友達になれたと喜ぶのであった。


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