追跡者ラミルス
「ラミルス、我が息子よ。よく来たな実はお前に頼みがある」
「……嫌な予感しかしないぞ? 親父」
最近、騎士団をとても悩ませる問題が浮上しているらしい。
つまり、俺の龍仲間である騎士団長アデルバードに関する事だ。
俺は紅炎龍なので同じ種ではないものの、俺は人里に慣れていない友人を気遣い、
色々と世話を焼いていたのだが……。
最近、その友人について、ある噂が持ち上がったのが原因だった。
“騎士団長アデルバードが、ファンシーショップで買い物をしている”と。
話を初めて聞いた時、俺は飲んでいた茶を噴出したほどだ。
アデルバード違いじゃないかと本気で思った自分が居た。
何をそんな……と一笑できたら良かったのだが、当の店の店主から、
アデルバードが店に来ると、客が怖がって逃げたり、倒れたりで営業妨害になると、
クレームが騎士団本部宛に来たのである。
「これは見過ごせないと思わないか? 騎士団の評判は王家にも直結する。
ということでだ! ラミルス、我が息子よアデルバードの奇行が本当なのか、
調べに行ってこい! これは上司命令だ!」
と実の親父から命令が下ったのだった。
「何で俺なんだよっ!」
「報酬にお前の好きな菓子でも買ってやるから」
「俺をいくつだと思ってるんだ!!」
「まあまあ、そういうな。とにかく頼んだぞ~?」
「ちょっ!? あ~っ、もう」
自分の緋色の髪をぐしゃぐしゃにかき乱し、盛大にため息を吐く。
親といえど俺の直属の上司だ。これが命令だと言うのならば仕方がない、
俺はこれでも真面目な男だからな。任務遂行100パーセントを目指すぞ。
「……まあ、とりあえず一応確認はしておくか。
あいつも何か人に話せない悩みがあるのかもしれないしな」
奴はそういう所はやけにプライドが高い。
困っていても自身から助けを求められないのだ。
これまで自分の事は自分でという生き方をしていたせいだろう。
だから、人間の世界での生活に慣れるまでは、同胞の俺達が気遣い、
世話をしてやる必要がある。
で、そのまま俺は仕事帰りに友の後を、こそこそと尾行していたという訳だ。
なぜ、副団長までなった俺がこんな目に……と思いつつ、
アデルバードに気付かれないように、距離を保ちながらついていく。
「……」
本人に素直に聞いてしまえば早いのだが、やたら秘密の多い奴の事だ。
変に勘ぐりでも入れようものなら、警戒されるかもしれない。
これは至極当然の事なのだと、自分に言い訳をしつつ後をつける。
「――……何をしているんだ。あいつは」
そしてアデルバードが辿りついたのは、大通りにある人形店。
「ドール専門店キサラ……? あいつ、こんな所に何の用が……」
様々なサイズの人形は勿論の事、ドールハウスや小物、洋服に至るまで、
人形に関するものなら何でもそろうという専門店。
小さな女の子やマニアな人なら良く利用する店である。
玩具として利用する所だとは聞いているが、
其処に用があるというのも変な話である。
……なんか、嫌な予感がしてきた。
「ファンシーショップでも、俺らは入るのをためらうってのに……」
――なんで、あんなに堂々と。
俺が動揺している間に、アデルバードは店主と思われる女主人と接触していた。
「い、いらっしゃいませ、アデルバード様。
何時もごひいきにありがとうございます」
「ん。今日も少し見せてもらうぞ」
「は、はいいい~……ど、どうぞ、ごゆっくり」
店主が口元を引く付かせて店内へと促す。
そんなやり取りを見て、俺はずっこけた。
「ひいき……って、あいつ、しょっちゅう来ているのかよ!!」
アデルバードには、羞恥心と言うものは全くないようだ。
流石、野生で羞恥とはかけ離れた生活をしていただけはある。
むしろ、堂々と人形の服を手に取り悩んでいるようだった。
余りにも堂々と過ごしている辺り、奴はその異様さに気づいて居ないのか。
(もしかして、あいつにはこういう物が珍しいのかもな。
人間の玩具で遊んだ事なんて、今までないんだろうし……)
奴が殿下に保護され、人として暮らし始めて5年。
未だ、人間の暮らしを珍しがる事もあり、常識も余り持ち合わせないのだ。
奴の興味は生きる為の知恵か、戦う戦略位しかないからな。
(せめて、せめて男の子用の玩具にしてくれれば……。
俺だってもう少しは理解者になってやれるかもしれないのに)
――流石に、これは無理だ。すまんアデルバード。
(これじゃあ、客を装って店の中に入るのは出来ないな)
そんな事を物陰に隠れながら一人で考えていると、
先ほどからアデルバードの胸元が、何やらもぞもぞと動いているではないか。
俺はじっと奴の胸元の動く場所を凝視した……何か居るのか?
「な、なんだ?」
「みい~みいい~」
よく見ていると、子猫のような鳴き声が僅かに聞こえた。
遠くにいても俺達は獣人だ。人よりも何倍も聴力が働く。
その鳴き声に耳を傾けていると、アデルバードが胸元の何かに向かい、
話をしているようだった。それも微笑みかけて。
――あいつ、また捨て犬か猫でも拾ったのか?
――どうせ嫌われるんだろうから、止めておけばいいのに。
龍は小動物には怯えられる事が多いので、無理に此方がかまっては可哀相だろう。
動物によっては、怯えて失神してしまうものさえいるんだからな。
更に心に深い傷を持ってしまうのさえいる。
だが奴は小さな生き物が居ると、触りたがってその場を離れなくなるんだ。
もしかしたら今日も、何か拾った者を密かに可愛がろうとして、
玩具を買い与える気だったのかも。
(懐柔作戦か……)
そう思った時、奴の制服の上着の合間から、
ハチミツ色の髪をしたとても小さな女の子が、ぴょっこりと顔をのぞかせていた。
――そう、女の子……女の子っ!?
「え゛っ!?」
「み~(わ~い)」
「ユリア、余り動くと落ちるぞ?」
それは俺が初めて見る“龍”以外の獣人。白い耳の形態からして猫だろう。
ふわふわした肩まである巻き毛に、紫色の瞳をした女の子。
頭には白い子猫の耳が、ぴくぴくと動いている。
俺が素っ頓狂な声をあげる中、問題の女の子は服の間から顔を出したまま、
キラキラした目で洋服を選んでいた。
「ユリア、何か希望はあるか?」
「みいみい、みいみい(アデル様、そっちの青いドレスがいいです)」
「これか……そうだな。サイズも何とか合いそうだ。
ではこれと、これを買おうか。ああ、すまないがこれは試着できるか?」
「はひっ!? し、試着ですか!?」
アデルバードに声をかけられた店員は、余りの驚きに声が裏返っている。
一体何の試着だと思われたのかもしれない。
人形店で大の男が、小さな女の子に話しかける様子は異様で、
さらに真顔で試着の問い合わせときたもんだ。
そんな事を聞いてくるのは、奴ぐらいなものだろう。聞いた事がないぞ。
傍から見たら独り言を言っているようにしか見えないだろうし。
「みいみい、みいみいにゃ?(ついでに、人形用のボタンも買って下さいますか?)」
ユリアと呼ばれていた小さな女の子は、
真っ白な肉球つきの手で、ボタンの纏め売りのビンを指差していた。
どうやら本日の買い物の目的は、この女の子の方らしい。
いや、それよりもあの小さな女の子は一体何処で知り合ったんだよ。
というか、あの子の母親はどうしたんだ?
「――ま、まさか……誘拐っ!?」
俺の中でさああーっと血の気が引いた。
まさか、奴は幼女趣味でもあるのか?!
「いくら可愛くても、連れてきたらいかん!」
確かにアレほど小さい子ならば、さらっても分かりにくいだろう。
そんな俺の危惧を他所に、アデルバードはユリアに微笑みかけている。
「ああ、これがあればユリアでも、自分で服を作れるのか?」
「みい、みにゃあん。みいみい(はい。簡単なものなら。ボタンは此処でしか買えないので)」
「そうか、ユリアは幼いのに偉いな。
ではこれも……靴は……そうだな靴屋で作ってもらおうか」
「みい、みいみいにゃん(はい、お人形用の服を作る本も欲しいです)」
どうやら、あの子はユリアという名前の女の子らしい。
一瞬、人形を腹話術で動かす趣味でもあるのかと疑ったが、
耳はぴくぴく、鼻はすぴすぴ、目はぱちくりと動くし、
どう見てもあれは獣人の女の子にしか見えなかったのだ。
(もしかして、あの子が以前、奴が保護したって言う子か?)
何だ良かった……誘拐とかじゃないのならいい。
しかし小さい子だな。あれでは確かに色々と大変だろう。
ただでさえ、あの屋敷には女性の使用人がいないのだから。
五感の優れていた俺はそれに気付けたのだが、
あいつの周りに居た者達は、流石に其処までは気付けなかった。
その為、やはりあらぬ誤解が生まれていたのである。
「ねえ……あの人、騎士様よね?」
「ええ、私知っているわ、騎士団長様よ」
「なんで騎士団長様がこんな人形店に? そんなご趣味がおありなの?」
「ねえ、なんかさっきから人形に話しかけているわよ?
とても過酷なお仕事ですものね……お心が壊れてしまったのかしら?」
ヒソヒソヒソ……。
そんな噂話が、自分の居る所まで聞こえてくるではないか。
「……ふむ。これは材質がいいな。
ユリアは体温調節が出来ないから、きちんとした物を着させないと、
もう少し冷えてきたら、仕立て屋に頼めるか聞いてみよう」
「みい(はい)」
けれども当のアデルバードは、そんな事はおかまいなし、
胸元の小さな小さな女の子との買い物に夢中になっている。
噂の真相は分かったけれども、余りにも異様な光景過ぎて俺は頭を抱えた。
この国で獣人は珍しいだけに、理解されるのは難しいかもしれない。
最終的にはアデルバードの懐から出てきたユリアが、とことこ店内を歩いて、
帽子や手袋、靴下を選び、それを腕に抱えていた。
「え? え? え?」
動いている小さな小さな女の子を見て、店員や他の客は仰天している中、
「この娘に試着をさせたいのだが……流石にフィッティングルームはないか、
仕方ない、ユリア。そこの物陰で着替えるといい」
「みっ!(はいっ!)」
みいみいと白い尻尾を振りながら、「(お着替えダーシュ!)」と言った女の子は、
服を抱えて、とてとて走り出し、店員達の足元をサーっとすり抜け、
物陰に隠れて着替えを始めようとするユリアの姿があった。
事情を知らない店員からしてみたら、それは人形が勝手に歩き回る恐怖。
最早、ホラーでしかないだろう。
「ひっ!?」
「えっ?! やだ何これっ!?」
「きゃあああ~!!」
「人形がっ!? 人形が勝手に動いているわっ!!」
店員達は勿論、親子連れの客までパニック状態できゃあきゃあ言って騒いでいる。
そんな事はお構いなしに、いそいそと人形用のクローゼットの中に潜り込み、
着替えているらしきユリアと、傍にはそれを見守る白い狼リファの姿。
アデルバードが従えている使い魔がユリアの傍に付いていた。
俺は恐る恐る窓のショーウィンドウの影からそれを見守った。
アデルバードは店が騒いでいる中、黙々と次の服を吟味していた。
(あ~……何となく事情が分かったわ)
あのユリアという幼子を保護したものの、それを世話するものが屋敷におらず、
奴は仕方なく自分で女の子向けの店をハシゴし、必要な物をそろえているらしい。
確かにそれならば、事情ゆえに煩くは言えないだろう。
(だが、凄い騒ぎになっているのは確かだな、うん)
自分達でさえ正体を隠し、人間として人里に紛れ込んでいるのだ。
人間には獣人と共存しているという意識も知識も殆どないだろう。
俺達は自分を誤魔化す事が出来るが、あの少女はとても無理な話だ。
ただでさえ、中途半端な人化で獣の姿に戻る事も出来ないらしい。
加えてあの子猫サイズの大きさだ。ごまかしようがないだろう。
誰かが庇護してやらなければ、怪しい人間に見世物にされてしまうと思う。
保護されたのが、あのアデルバードで良かったと思うべきか。
……思った方がいいのか?
「ユリア、こっちの服はどうだ? これなら、腹が冷えなくていいと思うが。
前に部屋着が欲しいと言っていただろう?」
「み?」
顔だけをのぞかせたユリアが、アデルバードの持っている物を見る。
ちょうど彼女の猫耳も入れられる白猫の着ぐるみのようだ。
うん……確かにお腹が冷えなくていいだろう、とは思うが。
あの子が着ると、どうも赤ん坊の着るつなぎ服にしか見えない気がするんだが。
余計、幼く見えるんじゃないか?
「みい」
「ん? それも欲しいのか?」
ユリアが先ほど抱えた服の中から、ヒラヒラした部屋着を持ち出してきた。
薄桃色の生地に小さな黒いリボンが付いて、肩が出るタイプらしい。
「せくしい? きゅーと? どちらが良いかだと?
ふむ……俺にはどちらが良いのかは分からないが、すまないユリア。
肩が出ていて寒くないか? それを着るとしたら夏場だけだな」
「みいい?(むむむ?)」
「ユリアは背伸びをしたい年頃なのか?
娘の方が成長が早いというが、こういう事かも知れないな。
だが、俺としては、ユリアにはゆっくり成長して欲しいと思うが」
「みい、みいみい?(アデル様、私は子供じゃないんですよ?)」
「俺から見たら、ユリアはまだまだ子供だと思うが。
あと何度も言うが、俺をお父さんと呼んでもいいんだぞ?」
「…………み?」
「リファの時は直ぐ呼んでいたのだがな。何が足りないのだろうか?」
いやいやいや? まてまてまて?!
小さい女の子がセクシーな部屋着を求めるって何だよ?
あいつは一体あの子になんつー知識を与えているんだ!!
俺は思わず、奴を問い詰めたい衝動に狩られた。
(今すぐにでも、あいつの教育的指導をせねば!)
そんな俺の心境を他所に、アデルバードは結局両方をお買い求めする気らしい。
別の服に着替えたユリアは、そのまま店にある人形用の鏡に姿を映し、
一人納得すると、着ていた服をアデルバードに渡し、次のに着替えてを繰り返し、
ようやくそれが終わると、会計をする奴の姿があった。
「そうだユリア用の姿見もあった方がいいな。これも包んでもらえるか」
「はっ、はいいい~……」
「す、直ぐにでも!!」
「みいみ、みっ、みっ!(お買い物、おう、いえすっ!)」
元の服に着替えて、アデルバードの会計が終わるまで、
ユリアは作業台の上で、くるくると回って陽気にダンスをしていた。
洋服を沢山買ってもらえて、とても嬉しいのだろう。
そして何時の間にやら、その姿を見る為にギャラリーが出来ているようだった。
「うわあ~最新式のお人形って、糸や魔力の動力源なしでも動くのね。
良く出来ているわ~耳としっぽなんて本物みたいよ」
「ちょっと店員さん。これ、お幾らで売ってらっしゃるの?」
「い、いいえ、此方は当店の商品では……」
「まあ、そうなの、何処かの名のある人形師さんが手がけたのかしら?」
好き勝手絶頂に動き回るユリアを見て、客の女性が欲しがったらしく、
傍にいた店員に問いかける場面もあったが、他所の店の人形と認識されたらしい。
だが流石に、あのアデルバードに気軽に話しかけられる者などいなかった。
……あれ? おかしいな。普通、獣人は人の目から隠れて生きているはずなんだが?
あんなに堂々とされていると、最早ツッコミすら出来ない気がするぞ、おい。
「アデルバードも、全然ユリアを隠す気ないな」
それだけに、周りはアデルバードが魔力で人形を動かしていると思ったらしい。
「ねえ~お母さん。騎士団に入ったら、私もああいう事できるの?」
「え? そうねえ……そうなのかしら?」
「騎士様って何でも出来るのね」
――いや、出来ないからっ! 出来ないですよ!?
人形を操るなんてどんな集団だと思ってるんだよ。劇団じゃないわっ!
「あっ、ありがとうございました。おつりになります」
「ん」
「みい」
「では、お会計のお品になります」
顔を引くつかせながら、店員の娘が会計済みの品を包んだ袋をアデルバードに手渡すと、
奴は無意識からか、会計をしてくれた店員の娘に向かって微笑んでいた。
「ああ、ありがとう」
「!?」
その瞬間、ばたりと目の前で倒れこむ店員の娘。
だが奴はそんな事などお構いもせず……というか気付こうとしないのか、
娘が倒れこむ瞬間にユリアを抱き上げていた。
「クウン~?」
「さ、ユリア帰るぞ、おいで」
「みい?」
しかし、ユリアの方は、おろおろと倒れた娘の方を見ているが、
奴はやはり気が付かない。そうなんだよな。あいつはいつもこんな感じなんだ。
興味のない事にはとことん気付かないんだ。
今は庇護の対象であるユリアが居るせいだろう。
他の者に気を取られているうちに、子供がさらわれるのはよくある話だ。
それだけに、奴は今ユリアだけに集中していると言っていい。
気づかせようとしたのか、あむっとアデルバードの肩にユリアが甘噛みをしていると、
「ん? 腹でも減ったのか?」
アデルバードはポケットからビスケットを取り出すと、ユリアにそれを渡す。
甘い物が好きな奴が自分の獲物を与える辺り、相当気に入っているようだ。
すると、目の前の菓子に気を取られてこの事態を忘れ、嬉しそうに受け取ったユリアが、
夢中になって両手で持って食べている姿を、アデルバードは目元を緩めて見つめ、
ユリアの頭をなでて奴は帰路を歩いていく。
「夕食までにはまだ時間があるから、いい子にしているんだぞ?」
「みい」
「ん? お手伝いか? 今日は疲れただろう。
帰ったらゆっくりするといい」
その間も、奴が出てきた店からは尚も騒いでいる娘達の声がする。
「えーと……」
とりあえず……奴がファンシーな趣味に目覚めたという訳ではないらしいが、
誤解を解くのは、かなり骨のいる事だと思った。
念の為、本部の上司(つまり俺の親父)には正直に報告したものの、
全く信じてくれなかったのは、予想した事ではあったが。
そう、アデルバードは騎士団本部に、
獣人の女の子を保護した事は言っていなかったからだ。
「そんな小さな女の子が居る訳無いだろう」
とか何とか親父に言われたんだ。
まあ、確かに実際に見なければ納得出来ないだろうな。
例え居たとしても、この王都にそんな小さな獣人が住み着ける訳ないと。
(あいつの屋敷は男所帯だし、女の子の子育てには難があるなあ、
ユリアって子も、アデルバードに良く懐いているみたいだし、
直ぐに引き離したら不安がってしまうよな。本部で保護するのは無理か)
だが本部には時折、自分達の家族が面会に来たりする事もあるから、
誰かの母親にでも相談できる状態にした方が良い気がする。
その為、俺は許可を貰ってから同僚達の理解を求め、
ユリアはアデルバードと共に子連れ出勤して貰う事にした。
仕事の帰りにユリアが居たという事は、既に隠れて連れて来ていたのだろうから。
いつかバレて大騒ぎになる位ならば、事前に相談した方がいいと思うからな。
「アデルバード、子連れをしている所を見たぞ?
上には許可を取ってやったから、黙って連れてくるの止めろよな、
一度、きちんと皆にあの子を紹介しておけよ。司令官には特にな」
「気付いていたのか……ん、そうだな。その方が俺も助かる。
手間を取らせてすまないラミルス」
「お、おう、いいってことよ」
何より、俺の話だけでは納得してくれない者も多いのも理由である。
百聞はなんとやらだ。
「紹介する。うちで預かる事になったユリアだ。お前達、手を出すなよ」
アデルバードは早速、ユリアを皆に紹介していた。
「みい、みいみい。みにゃんみいみい。
(初めまして、ユリアと申します。いつもアデル様がお世話になっております)」
挨拶どころか、アデルバードが世話になっている礼まで言っているユリア。
その容姿と年齢からはかけ離れた。実にませたお子様だと思う。
ユリアはみいみい言いながら、「アデル様のお友達になってあげて下さい」とか、
目を潤ませてお願いポーズをしているんだが、
一体奴とこの子の間にに何があったのだろうか?
なんだか奴がすごーく同情されているようにも見えるんだが。
「……小さい」
「ああ、小さいな」
「えーと? お嬢ちゃんはいくつかな?」
「み?」
ユリアは自分がいくつかも分からないのか、首をこてっと横に傾げていた。
そんな何気ない仕草をする姿に騎士団の俺達はメロメロである。
此処にいる男達は子供好きでもあったのだ。
普段、やさぐれた荒くれ者を相手にしているだけに、とても癒されたいのだろう。
「可愛いね~俺、こんな小さい女の子はじめて見たよ」
「みい、みい(お友達、お友達に)」
「はいはい、お友達ね~」
「俺もお友達になってあげるよユリアちゃん」
アデルバードのという肝心なワードをすっ飛ばし、
同じ獣人仲間でもある同胞達は、ユリアがお友達になって欲しいのだと、
勝手に思い込んでいたらしく、それを承諾していた。
「みいみい、みいみい、みいにゃん。
(ありがとうございます。ありがとうございます。アデル様に清き一票を)」
……彼らの手を持ち、ぶんぶんと上下に振るユリアの姿。
ええと? これ、話がかみ合っていないのだがいいのだろうか?
その日、騎士団の寄宿舎に人形用の家具が届けられた。
依頼主は勿論アデルバードその人であり、使うのは勿論ユリアである。
その後、あれよあれよと周りの人達がユリアの為に小さな階段や、踏み台、
ドアも設置してくれて、ユリアは本部公認の存在となった。
それというのも、その中には騎士団の最高司令官まで含まれており、
「みいみい、みいみい(いつもアデル様が、お世話になってます)」
「……何か、必死に話されているようなのだが、何を言っているのだろうか?
此処は子供が遊ぶ場所じゃないから危ないからね。さっ、あっちで遊んでいなさい」
「みいい~……(お話が通じない人がいるのです。私の壮大なお友達計画が~)」
「ああっ!? な、泣かないで、ええと、ええと、ユリアちゃんだっけ、
飴いるかなあ? おじさんが美味しい飴をあげようねえ?
それともビスケットがいいかな?」
「み?」
普段はいかつい司令官がユリアの扱いに困りながら、
おろおろとうろたえながら菓子を差し出す珍しい光景もあった。
そしてアデルバードは、ユリアを傍に置けるようになって大満足である。
「最初からこうして置けば、堂々とユリアのベッドが用意できたな。
ユリアが眠くなった時の為のベッドを此処にも欲しかった所だ。
俺のベッドで寝かせてもいいのだが、離れている時に落ちたりしたら大変だからな」
「みい、みいみいみい(ありがとうございます。お友達も作りやすいですよね)」
「ああ、よく分からないが良かったなユリア」
「みい」
その日、ユリアはリファの背に乗り、小さな子供用の水筒を背負って、
本部へいそいそとやってきた。いや、遊びに来たといった方がいいのだろうか?
そして、やって来るなりアデルバードの机の上にカップを設置し、
持ってきた水筒で奴のお茶をいそいそと用意しているのである。
「みいみい~みいみいみ、みいにゃん。
(先程ですね~司令官さんからお菓子を頂きまして、丁度お茶請けができましたね)」
「そうか……あの気難しい司令官が菓子を用意してくれるとは珍しいな。
ありがとうユリア。ユリアも一緒に食べるといい」
「みい(ありがとうございます。おやつ代も節約できますねえ)」
「……ユ、ユリアは自分のうりをよく分かっているんだね」
その姿からは想像できない、実にしたたかな発言をするお子様だ。
傍で見ていると、時折子供らしからぬ言動に戸惑う俺がいるのだが。
「若い娘というのは口が立つらしいからな。
何か他所で色々見聞きして覚えてしまったのだろう」
「そ、そういうものなのか? まあ女の子はおませな子も居るらしいからな」
人形用の食器棚から、一組の小さなティーセットを用意するアデルバード。
ユリアが獣人の女の子なのだと理解してはいても、
傍から見ると、アデルバードが人形に名前をつけて遊んでいる様にしか見えない。
二人がやっているのは、どう見ても「おままごと」の延長線上だろう。
子猫獣人ユリアの養父となったアデルバードは、数週間後、
「ファンシー団長」という不名誉なあだ名が付けられていたんだが、
本人は全くの無関心で過ごし、ユリアの育児を楽しんでいるようだ。
一方、このとんでもな呼び名をどうしたらいいのだろうと、
俺達が後になって頭を抱えていたのは言うまでも無い。