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中の人が獣人のヒロインになりました(再録)



 剣と魔法の王国、ローザンレイツは豊かな自然も多く、恵み多き国。

その国の中にある、とある屋敷の、大きなお部屋の片隅に、

小さな小さな獣人の女の子が暮らしておりました。



「み~……」


「クウン?」


 彼女のお母さん代わりになっている白狼リファが、

さあ、もうそろそろ起きなさいと言わんばかりに、

鼻先でつんつんと起こすと、女の子は小さなベッドの上で丸まった後、

ゆっくりと目を覚ましました。


「みい」


 両サイドの髪は肩まである。ふわふわの髪の色はハチミツ色、

後ろは一部三つ編みをするために腰まで長くなっています。


 頭の上にあるのは、雪のようにまっ白な猫の耳、紫の瞳はぱっちりとしていて、

肉球つきの小さな小さなその手はおぼつかなく眠たげに目をこすり、

尻尾をゆらゆらさせながら起き上がり、傍にいるリファに微笑む幼い女の子。



「みい、にいにい(おはよう、リファ)」


「クウン~キュウン」



 彼女の名前はユリア。このお屋敷に保護された猫獣人の女の子です。

幼い為か、それとも記憶が無いせいか、中途半端な人型しか取れないらしく、

耳や手足、尻尾だけが子猫の姿の名残を残したままの姿で暮らしています。


 身長は子猫ほどのミニマムサイズな彼女、余りにも小さいので、

保護者が傍にいなければ、ぷちっと潰されてしまうことでしょう。

だからリファが母性本能を全開にして、甲斐甲斐しく面倒を見てあげていました。


 この子は私がいないと! と、そう思っているのです。


 ユリアがこのお屋敷にやって来たきっかけは、数ヶ月前にさかのぼります。


 ある日のこと、森の中で一人ぼっちでみいみい泣いている所へ、

リファが小さな泣き声を聞きつけて、小さなユリアを見つけたのです。



『……』


『……み?』



 リファは、初めて彼女を見つけた時、じっと彼女を見つめた後、

彼女のえり首をそっとくわえて、ぷらんぷらんと揺らしながら、

主人である蒼黒騎士団長、アデルバード様の所へと連れていきました。

近しい人達は彼のことをアデル様と呼んでいます。


 リファはアデル様の使い魔で、今日は仕事で一緒に森に同行していた為、

偶然が幸いしてユリアを見つけてくれたのでした。



『みいい~みいい~』


『……リファ、それは何処から連れてきた?

 泣いているだろう、すぐに親元に帰してやれ。

 まさか非常食か? 余り食べ応えはないと思うぞ?』


『ガウ!』


『みい~?』



 右へ左へぷらぷらと、えり首をくわえられたままで揺れるユリアが居て、



『違うのか? お前が泣かしたのではない? じゃあ一体何処から……』


『みい~(人が居た~)』


『ん? いや俺は人間じゃないが、君も獣人だろう?』



 アデル様がユリアと目が合い、彼女の頭をなでようとした所、

握手を求められているのだと勘違いしたユリアは、

精一杯背伸びをして、彼の指先を両手で持ち、にっこりと微笑みました。


 みいみい言いながら、『あくしゅ、あくしゅ』とユリアは彼の指を上下に振ります。


 気が付いたら森の中に居て、一人でとても寂しかったユリアは、

他に誰かが居る事がとても嬉しくて、愛嬌を振りまくっていました。



『みい(ユリアといいます)』


『……』


『みい、みいみい(はじめまして、良かった人が居た)』


『いや、だから俺は……こんな幼子では人との区別は分からないか。

 どうやら人化もまともに出来ないようだしな』



 目の前でアデル様が独り言を言っている中、

ユリアはユリアで潤んだままの目をしたまま、アデル様を見上げます。




『みゃう~みいい~みにゃああ~(ここで~お会いしたのも~何かのご縁~)』


 ある意味、この二人は互いにゴーイングマイウェイでした。



『俺を見て泣かないのか、小さいのにたいした根性をしている。

 大抵は泣き叫んで、引き付けを起こし気絶するんだがな』


 アデル様が試しに、ユリアの頬につんつんと指で突いても泣きません。

先ほどあれだけ泣いていたのが嘘のようです。


 それは、いつも女子供に泣かれる彼としては衝撃的な事でした。

龍の気を間近で感じ取っている上で、この愛嬌です。

しかもなぜか、やたら人懐こい性格ではありませんか。


 アデル様は流石に突き放す訳にもいかず、動揺しておりました。

今まで、泣き出して逃げられる事はあっても、自分に懐く者は少ないからです。

そう、自分を見て、しっぽをゆらゆらさせる子供など。



『みいみい、みいみい(保護して下さって、ありがとうございます)』



 先ほどまで泣いていたユリアが泣き止み、にっこりとこちらに微笑むので、

思わずアデル様は彼女の両脇に手を添えて、抱き上げてみるも、

一向に泣く気配がありませんでした。むしろ、キラキラした目を向けてくるのです。



『……俺が抱き上げても平気なようだな。幼すぎて俺の恐ろしさが分からないのか』


『みい?』



 なぜか難しい言葉を話したりするのを見るに、

親の会話を聞いて覚えたのだと考えました。


 幼い子供は何でも親のまねごとをするものですから。



『……人懐こいな、その上自分の置かれた状況が分かるのか』


『みい』


『親は?』



 首を左右にぷるぷる振るユリア。こればっかりは答えられませんでした。

本当にユリアは知らなかったのですから。



『仕方ない……親か同胞が見つかるまで俺の屋敷で面倒を見るか。

 この姿と色では、自然界のおきてで捨て置くべきなのだろうがな、

 既に白き獣がここに居るし、もう一匹増えても困らないだろう』


『ガウ』



 リファが、ユリアを気に入って連れてきてしまったのだと思いましたが、



『(森に捨てられていたから、この子は捨て子です。だから私が育てます)』



 ……とアデル様に尻尾を振りながら、ガウガウと主張するリファの話を聞き、

家族か同胞が見つかるまで、アデル様の家で保護する事になったのです。

以来、ユリアは優しいお屋敷の人達とリファ、そしてアデル様に見守られ、

人間のお屋敷の中で、穏やかに暮らす事になりました。



 こうして保護者となったアデル様とリファは、

一気に子持ちとなったのであります。




     * * *




「みいみ、みい、みい(さあて、お着替え、お着替え)」



 ユリアがここに保護されると決まってから、

彼女に与えられた部屋は、人間用のではなく少し大きめのドールハウスでした。

備え付けのクローゼットも、人形用のベッドも、小さなソファーも、

ユリアにぴったりになっていました。


 人間の子供用の材料で作られているので、塗装も安全な材質で出来ており、

備え付けの食器や小道具も十分使えましたし、なんと小さな照明まであります。


 ユリアにとって、アデル様達の大きな作りの部屋は使いづらく、

不安に思うだろうとの事で、アデル様がわざわざ特注で作ってくれた物です。

ユリアは木製のクローゼットから、淡い紫色のエプロンドレスを取り出すと、

いそいそと着替え始めます。実はこれも人形用のものを使っていました。



「みにゃあん、みいみい~(着替えました。リファ、だっこして下さい~)」



 着替え終わり、小さな人形用のブラシで髪を整えた後、

ユリアはくるんと振り返り、リファに両手を広げてだっこをお願いします。

彼女の部屋は台の上にあり、自分だけで下には降りられないのです。


 床にドールハウスを移動させる事も勿論考えにはありましたが、

以前、大きなねずみが部屋に迷い込んで来た時に、ユリアが泣いて怯えた為、

出来るだけ安全な場所をとアデル様が決めたのでした。


 部屋を移動してくれたのはありがたいユリアでしたが、

何分、自分はお世話になっている身。幼いながらにもナイフとフォークを装備し、

お屋敷の治安(主にねずみ対策)にも密かに励もうとしている事を、

大人達は今の所知る由もありません。



(あのねずみとも、何時か再戦をしなくてはいけませんね)



 きらりんと、密かに闘志を燃やすユリア。


 こう見えても、ユリアはその姿からは想像も出来ないほど、

実にたくましい精神の女の子でした。

たくまし過ぎて、少々落ち着いたらと思われるほどです。


 もしかすると飼い主のアデル様に似たせいでしょうか?

肉球界のニューフェイス、ユリア。本日も元気に成長中です。



「クウン、キュイイイ」


「みいみい、みいみい」



 リファはユリアに言われるがまま、ユリアの首根っこをあむっとくわえ、

地面にそっと下ろすと、ぎゅっと小さな彼女を抱きしめ、頬ずりをします。

そんなリファに、ユリアもすりすりと頬を寄せて甘えました。

リファは我が子のように可愛がってくれて、今日も仲良しさんです。



「おう、ユリアちゃん起きたかい? おはよう」


「ああ、お腹すいたのかい? 何か先に食べるか?」


「みい、にゃあん(おはようございます。皆さん)」



 リファの背に乗り、ユリアは厨房へとやって来ました。

まだまだ小さくおぼつかないユリアですが、この家の大事な戦力。

……と本人は自称しております。はい、自称です。


 屋敷での人材不足で効率の悪さを見たユリアは、

まさに「猫の手も借りたいのなら、貸してあげようじゃないか、この肉球を」

と思い、実践していたのでした。一宿一飯どころか、三食昼寝つき、おやつ付き、

ついでに言えば、身の回りのものまで買い与えてくれるご主人様の為に。


 そんな訳で小さな子猫の恩返しとばかりに、

アデル様や皆の周りをうろちょろ歩き回りながら、今日も今日とて、

元気にお世話をする事にしました。


 勿論、そんな事を知らない周りの大人達は、ユリアや巻き込まれる者を案じ、

「子猫注意」という紙をドアに貼り付ける事になったのですが。


 あんまり効果が無かったのは、言うまでもありません。



(さあて、今日は何をお手伝いしようかな~? お皿洗い……は水浸しになるし、

 お掃除か、お野菜の下ごしらえかな? 包丁は無理だけど)



 厨房の中では既に数名の使用人のおじ様達が起きており、

ユリアを見ると、にこやかに作業の手を止めて目線を合わせてくれます。


 背の高い彼らとお話しするのには、思いっきり見上げなければならず、

以前はそれで反り返りすぎて、後ろにころんと倒れこんでしまったので、

周りの人達がユリアに気を使って、合わせてくれるようになりました。

皆さん、とてもいい人達です。すぐにユリアはこの環境に慣れました。



「みい」


 お手伝いしますと言わんばかりに、ユリアが両手を伸ばすと、



「はいはい、ユリアちゃんはお手伝いの前に朝食だね?」



 そう言って、おじ様の一人がユリアを抱き上げてくれました。



「よし、さあどうぞ」


「み?」


「先に食べていていいよ。俺達は仕事があるからね」


「いやあ……しかし食べる量はこれだけで足りるのかい?

 お代わり欲しかったら言ってくれよな」


「ユリアちゃんは育ち盛りだもんなあ、沢山食べないと」


「みい、みいみい(はい、ありがとうございます)」



 どうした事か、食事を催促されたと思われたようです。


 主にユリアと使用人の人達とのコミュニケーションは、基本、ボディランゲージ。


 身振り手振りで、此方の意思はなんとか伝わる状態でした。

ちなみに……アデル様は獣人仲間なので、ユリアと普通に会話ができる状態です。

たまにお話しているつもりが、踊っているように見られて、

口元に手を当てて、プルプル震えているご主人様達がいますが、

一応、何とか通じてはいるので深くは考えませんでした。



(早く、こっちの言葉と字を覚えないとなあ~)



 ユリアは人化の練習や、字の練習など、勉強する事が多くありました。


 厨房の隅にあるテーブルの上には、これまた小さなテーブルと椅子があります。

これはユリア専用に、使用人のおじさん達が作ってくれた席で、

其処にちょこんと座らされたユリアは、小さな食事用のエプロンを着けられました。


 そして、手には先の丸まった子供用フォークを握らされます。



「んじゃ、ユリアちゃんはゆっくりしていてな?」


「いやあ、それにしても小さい子がいると癒されるねえ」


「今まで若い子居なかったからな、此処は」


「ユリアちゃんじゃ若すぎるけどな。はは」


「ああ、でもユリアちゃんのお陰で、

 ユーディちゃん達もメイドとして来てくれたし」



 ままごとで使う木のお皿やスプーン、フォークを並べ、

どんぐりの粉で作ったパンの切れ端と、とろとろのチーズとハムの切れ端、

胡桃の殻で作った器には、ひなり獣の乳を温めたものをいれて貰いました。


 人のご厚意には、ありがたく受け入れるものですよね。



「みい、みにゃあん(ではお先に、いただきます)」



 本当はお仕事のお手伝いに来たはずでしたが、

ちょうどお腹が空いていた事もあり、皆さんの優しさに甘えて、

お先に頂くことにしました。


「みい」



 みんなを見回して、にっこりと微笑み、

肉球の付いた小さな両手をぽんっと合わせて、“いただきます”のポーズ。

ユリアが皆よりも一足早く朝食を頂いていると、

何処からか此方へ近づいてくる靴音が聞こえてきました。


「みいみい(アデル様だ)」



 ユリアは足音を耳でぴんと聞き分けます。

この家に保護されたユリアにとって、彼は大好きなご主人様でした。

持っていたパンの欠片をむぐむぐと口の中にほお張り、

胡桃の器を両手で持って急いでミルクを飲む。


 けぷんと息を吐いた後、丁度アデルが厨房をのぞきに来ました。



「ああ、やっぱり此処にいたのか、ユリア」


「みい、みいにゃあん(アデル様、おはようございます)」


「おや、アデルバード様」


「おはようございます。アデルバード様」


「ああ、おはよう……ユリア、ティアルが探していたぞ?」



 やって来たのは、この屋敷のご主人様、アデル様です。

彼は肩の上に、翼の生えた黒い子猫ティアルを連れて、

ユリアを探しに来ました。ティアルはアデル様の友人であるこの国の王子、

ライオルディ殿下の飼い猫でユリアの友達でもありました。


 そんな子猫がなぜ此処にいるかと言うと……プチ家出のようなものです。

殿下が余り構ってくれないので、お友達の家に転がり込み、

そのまま居ついてしまいました。勿論、小動物の好きなアデル様は大歓迎でしたが。


 ティアル自身は、やさぐれて家出した訳ではありませんが、

いつも公務で忙しいルディを見て、お城を飛び出す際に、


『みい、ルディ、ハゲ』


……と華麗なる捨て台詞を吐き、

殿下を暫くの間、再起不能にしたらしく。

彼のヅラ疑惑がせめて晴れるまでは……と、アデル様に笑いながら説得され、

ここで仲良く一緒に暮らす事になりました。



「み」



 口の中のものを何とか飲み込んだユリアは、

立ち上がって、アデル様にぺこりとお辞儀をします。

ユリアにとっても、アデル様は大事なご主人様なのでした。


 ……最も、彼女の小さな体では余り働けないのですが。



「みい、ユリアイタノ」



 アデル様の肩から飛び降りたティアルは、

みいみい言いながら、ユリアの両手に自分の肉球を合わせて喜びます。

ぴょこぴょこ飛んで嬉しそうにしておりました。



「目が覚めて、ユリア達の部屋に連れて行ったら誰も居ないから、

 ティアルが寂しがってな、俺の部屋に来たんだ」


「みい、ティアル、チョットサビシクナッタ」


「みい? みいみい?(そうなの? ごめんね?)」



 昨日はアデル様の部屋にお泊りしたティアルは思い出したように、

リファとユリアの頬に「みい、オハヨウナノ」とキスをして、

朝のご挨拶あいさつをしてきました。


 最初はとても驚きましたが、今ではもう慣れっこです。



 後は任せたと背を向けたアデル様を見送って、

ユリアは、いそいそと食べ終わった後の食器を重ねます。

そして、使用人のおじ様達にお礼をすると、ティアルと一緒にリファの背に乗りました。


 さあ、皆で仲良くお仕事タイムの始まりです。



「ユリアちゃん、野菜の下ごしらえは俺達がやるから、ここはいいよ。

 アデルバード様のお手伝いの方を頼めるかい?」


「みい」


 分かりましたと、右手を上げて返事をし、

リファの背に乗ってアデル様の後を追いかけます。



「みいみい(ユリアです。入ります)」


「ユリアか……ああ」


「みい」



 彼が着替えている横で、ユリア達は脱ぎ散らかした服をよちよち歩きながら拾い、

ほつれた部分と取れかかっているボタンを見つけると、

いそいそと携帯用のソーイングセットを持ってきて、せっせとつくろって行く。


 大きな針を器用に両手で動かして、糸を小型のハサミでぷつんと切って終わり、

携帯用の裁縫道具は、ユリアにとても使いやすい道具でした。



「ユリアは器用だな。俺はその小さな棒を使いこなすのは無理だ」


「みい?」


「お陰でほつれも直ったな。助かった」


「み~」



 軽く畳んで横にした籠の中に入れ、リファに前足でかごを起こして貰い、

ティアルと一緒に籠を押して部屋の外に置きます。

洗濯物の回収に来る使用人のおじ様に、後はお任せです。



「みい、ティアル、オナカスイタ~」



 ティアルはユリア達と別れて朝食を貰いに行きました。

気を取り直して今度は靴を脱いでから、リファに頼んで机の上に乗せてもらい、

書類やペンをまとめて、せっせと小ぶりな布巾を折り畳んで掃除をします。



「みいみい」



 しっぽをふりふり、横では着替え終わったアデル様が、

給仕にやって来た使用人のおじさんに、お目覚めのお茶を入れて貰っていました。



「ユリア、疲れたら休んで良いからな?」


「みい」


「俺はこれから朝の鍛錬をする。リファの傍から離れないようにな?」


「み!(はい!)」



 ユリアの体は小さいけれど、彼女は働き者。今日も元気にお掃除です。


 時折、道具に埋もれてしまう事もありますが、まま、それはご愛嬌。

働く範囲はとても少ないのですが、アデル様はユリアを愛でるのが目的なので、

別段気にしておりませんでした。




「……みい(汚れちゃった)」



 ただ問題は、お仕事をする度に体が汚れてしまう事でしょうか。

白い毛並みの部分は特に汚れやすく、仕事が一時ひと段落すると、

ユリアは湯を貰い、沐浴するのが日課となっています。


 ちなみに沐浴に使うのは、陶器で出来た深皿型の石鹸置きです。

あれはユリアからすると、猫足の付いたバスタブにしか見えません。

自分の顎をちょこんとふちに乗せて、まったりするのが大好きでした。



「みい」


 アデル様が朝の鍛錬をしている間に一度沐浴もくよくをして、

さっぱりしたユリアは、厨房で飲み物を用意してもらうと、

小さな滑車付きのカートを押して冷たい飲み物を運びます。


 おもちゃ用のカートは、ユリアの大事な仕事道具として活用していました。


 お邪魔をしないように、出入り口の傍にそろ~っと置いておくと、

さささーと現場から離れ、お掃除用具片手に掃除を再開です。



「みいみ、みっみ、みみみ~」



 ユリアは不思議なリズムで歌を歌います。

歌詞はあにまる仲間でない限り分かりませんが、

此方の世界では余り聞きなれない歌でした。


 というのも、実はユリアはこの世界のものではありません。

異世界からやって来た時に、別の姿を持ってここへやって来ました。

その為、内面と外見のギャップがあったりするのですが、

この幼い姿の為に、ユリアが18歳の人間の女の子だと言う事を知りません。


 元の世界ではボイスアクター……つまり声優なんぞしておりましたが、

此方の世界でその経験が活かせるはずも無く、

帰り道を探しながら、この屋敷で過ごしておりました。


(そのせいか、どうも外見と内面のギャップが出来てしまいますよねえ)



 更に、この体になってからというもの、

思考と言動が、時々子供特有のものになってしまう時があり、

その目的を数時間後にまるっと忘れてしまう事もありました。



(あれ? 私何を考えていたんだっけ? ん~?)



 さて、アデル様が鍛錬を終えたら朝食を用意し、そして出勤の身支度が始まります。

給仕のお手伝いをするには、ユリアの体では難しいのですが、

多少のセッティングはユリアも手伝えました。


 みいみい、にゃんにゃん言いながら、せっせとアデル様の制服の上着をブラシで掛け、

アデル様に上着を渡して後を任せます。



「ああ、ありがとうユリア」


「みいみい(行ってらっしゃいませ)」


「みい~イッテラッシャイ~!」


「クウン! キュウウン!!」




 上着を受け取り、着替えたアデル様に頭をなでられた後、飴玉を貰います。

何時もこうしてアデル様は、幼いユリアを何かと気遣ってくれました。




「ユリア……今日は遅くなると思う。

 外出する時は、リファから離れては駄目だぞ?」


「みい(はい)」


「疲れたら何時でも眠っていいからな?

 子供は遠慮せず。遊びたくなったら遊ぶといい。

 余り遊んでやれなくてすまないな」



 こくこくと頷いていると、一度ぎゅっと抱きしめられます。

そして両脇を持って高い高いをしてくれるアデル様。

完全に、飼い主と飼い猫の構図にしか見えません。

それか、一人娘を育てる父の姿でしょうか?


 優しいのは分かっているのですが、中身は18歳、色々と複雑な女心です。

ですが、幼い見た目でふてぶてしいのも可愛げがないので、

ユリアは尻尾を揺らして愛嬌を振りまく事にしました。



「いい子にしているんだぞ?」


「み、みい(はい、アデル様)」


「……あと俺の事は、お父さんと呼んでもいいんだぞ? ユリア。

 ここにいる以上は、この俺がユリアの保護者なのだからな」


「み?」


「……お父さんだ」


「…………」


「…………」



 今日も駄目かと、がっくりうな垂れるアデル様にユリアは小さな手で頭をなでる。



「みい、みいみい(アデル様、私の父親になって下さる気持ちはありがたいのですが)」


「ん?」


「みいみい、みいみい?

 (未婚で子持ちの男性というと、アデル様の評判が悪くなりますからね?)」



 お気持ちだけ頂きますと、頭をぺこっと下げれば。



「ユリアは……一体何処でそんな難しい言葉をいつも覚えているんだ?

 というか、言っている事を理解して言っているのだろうか?

 また近所の夫人の井戸端会議にでも、内緒で遊びに行ったのか?」


「みっ? みみみ(そっ!? そんな事していませんよ)」


「ふむ……娘というものは、時にませた言動をする事があるというが、

 こういうことなのか、突然大人びた発言をするから驚いた」


「み、みい~」



 じいい~と見られているのがいたたまれず、ユリアは視線をそらす。

普段は子供のフリをしている為、まさか精神年齢が違うとは言えません。

お子様だからこそ、ユリアはここに保護されたのですから。


そう、実は中身は18歳の女子高生だった……なんて言えません。

それもこの世界がゲームの世界で、自分が声優として関わっていただなんて、

きっと誰に話しても信じてはもらえないでしょう。


(し、知られるわけにはいかないのです)


 ユリアは密かに元の世界に戻るべく活動しようとしているのですが、

なにぶん幼子の体、それもこの国にとっては珍しい獣人という事で、

それが上手くいかないのでした。


 そんなことを知らないアデル様達には、ユリアを見た目通りの女の子として、

大事に大事に育ててくれるのです。



「まあ、この調子なら、人間の言葉も直ぐに覚えられるかもしれないな。

 だが、ユリア? 俺の評判などユリアは気にしなくてもいい。

 子供が俺に遠慮する事なんて無いんだ。いつかは父として甘えてくれ」


「みい」


「しかし、まさか俺が子を持つ事になるとは思わなかったな。

 もう望むことすらできないと思っていたのに」



 ぽつりと呟くアデル様は、ユリアをリファに任せると背を向けて玄関を出て行く。



「みいみい~(いってらっしゃい~)」


 そんな彼に対してユリアは、小さなハンカチをフリフリして、アデル様のお見送りしつつ、

お土産は果物の入った焼き菓子がいいで~す! とおねだりもしておきました。

人間社会に馴染んでいないアデル様のため、ユリアは密かにミッションを用意するのです。



(アデル様、人間のお友達を頑張って作りましょうね?)



――私、頑張りますから!



 小さな幼女に、交友関係を心配されるご主人様の図。ここにあり。



 さて、ご主人様を見送れば、お帰りになるまで時間はたっぷりとあります。

子供の体内時計では、ちょうどお昼寝の時間となり、

小さなあくびをして、ユリアは食事をするリファの懐に行き、

お腹の下で丸まって少し眠る事にしました。


 大事な飴玉は後でおやつに皆で頂きましょう。



「みいい~」


「みい? ユリア、オネム?」


 ぽんぽんと肩を叩くティアルがいましたが、眠気には勝てません。


 この姿になってからというもの、子供特有の急激な眠気が襲って来ることがあるのです。

リファに体を包まれて、ぬくぬくとお昼寝をするのがユリアのお気に入り。

いつかは、もっともっと働けるようになってお役に立ちたいと思いつつ、

結局今日もまったり一日を過ごす事になるのでした。



「みい、ユリア、ネンネ? ティアルモ」



 それを見ていたティアルもなんだか眠くなって、

ユリアの隣でぴったりとくっ付いて眠ります。

そんな小さな子供達の面倒を見守るのは、やっぱりお母さん代わりのリファで……。



「クウン?」



 柔らかな風が差し込む時間。

小さな世界はこうして穏やかに過ぎていくのでした。






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