05 -反乱軍-
05 -反乱軍-
ドルトムントを出て丸一日。
空路と陸路を経て、宏人と葉瑠はインド国内に入国していた。
場所はニューデリー近郊の安宿、窓越しには官庁の集まる官庁街や、官邸へと続く大きな通りがよく見えていた。
そして、その通りは今は人という人で埋め尽くされていた。
(デモ隊、かなり多いですね……)
人々はプラカードを掲げ、現政権の打倒を叫んでいる。
首相の似顔絵の書かれた旗が燃やされ、踏みつけられ、黒いバッテンを付けられたりと、憎悪感がここまで伝わってくる。
人混みの中には背の高い機械の巨人、VFの姿もちらほら見られた。英語とヒンディー語で現政権打倒の旨のスローガンが書かれた大きな幌を掲げている。
殆どが建設作業用のVFだが、中にはセブンクレスタやシクステインのような軍用機も歩いていた。物騒極まり無い。
(まさかリークがここまで影響を及ぼしているなんて……)
……インドまでの移動中、葉瑠は宏人から様々な説明を受けた。
まず驚いたのがアンカラードの存在だ。
更木正志が世界各国の代表が集まる場で堂々とモニターをハックし、組織設立を宣言したらしい。
更木正志に化けていたのは宏人さんだ。映像は全てCGによるもので、声は宏人さんがボイスチェンジャーを使って話した。……よく気付かれなかったと思う。
宏人さんはこの組織を使って世界を平和に導くつもりのようだ。
今の私には理解できないことだらけだが、武力で世界を制圧するような、セブンと同じ道を辿ることはなさそうだ。
とにかく、世界にアンカラードという新たな勢力が出現した。
結構な大ニュースなのに、訓練に忙しくて全く気づかなかった。
今ニュースサイトを見てもほとんどが政治家や著名人の汚職や犯罪行為をリークした内容の物で、会議自体の記事はほんの少ししか載っていない。
というか、リークの内容も酷かった。日本の政治家も数十名吊るしあげられていたが、意外にも七宮重工関連のリークは全く無かった。
あれほどの大企業となれば不正の1つや2つ見当たりそうだが……よほどクリーンなのか、それとも優秀なエージェントが社内にいるのか……。
(今は日本のことを考えてる場合じゃないですね……)
葉瑠は考え事を止め、室内に目を向ける。
薄いテーブルの上でハンバーガーを食している宏人に向け、葉瑠は根本的な質問をした。
「それで宏人さん、インドで何をするつもりなんです?」
宏人はハンバーガー片手に軽く応じる。
「まあまあ葉瑠ちゃん、この話も長くなるから食べながら話そう?」
宏人は手元の紙袋からハンバーガーを取り出し、葉瑠に差し出す。
葉瑠はそれを受け取り、宏人の向かい側の席についた。
宏人は一旦食べるのを止め、視線を窓の外に向ける。
「この国は上が腐りきっているんだ……」
抽象的な言葉を口火に、宏人は語り始める。
「上が腐っていれば下にいる市民も当然その影響を受ける。貧困や飢餓、差別や貧富差が未だに無くならないのもこのせいだよ。……一旦この国はリセットする必要がある。国家体制が崩れたら、アンカラードが国家運営を全力でサポートする。そうすればクリーンな政治が実現できるはずだよ」
葉瑠はハンバーガーを持ったまま要約する。
「つまり、宏人さんは現政権を打ち崩すつもりですね」
「その通り。でも直接僕達がやるわけにもいかない……というわけで、僕たちは反対派を焚き付けるために、過激派を装って正規軍に奇襲攻撃を仕掛けるよ」
「奇襲……って、私達がするんですか!?」
「反対派が軍を掌握すれば勝ったも同然。他国の介入を許す前に素早く済ませてしまおう」
トントン拍子に話を進める宏人を止めるべく、葉瑠はテーブルにハンバーガーを叩きつける。
「待ってください宏人さん、私、そんなことできません!!」
これは武力に訴える強引なやり方だ。こんな方法で国を崩して明るい未来が待っているわけがない。
「これは必要なことなんだよ葉瑠ちゃん」
「正しいかもしれませんが、やり方は間違ってます。今からでも汚職した人達をみんな逮捕すればいいじゃないですか……」
「そんなことしてもイタチごっこさ。腐ったものは一気に排除しなければ意味が無いんだよ」
「……」
葉瑠は何も言い返せなかった。
同時に、今まで優しかった宏人さんが急に恐ろしい怪物に思えてきた。
この人は平然とした顔で“攻撃”や“奇襲”という言葉を使っている。自分とは違う世界の人間なのだと改めて認識させられる。
それでも葉瑠は食い下がる。
「でも、それならどうして私を連れてきたんですか? 他の人を……カヤちゃんやあの背の高い人を連れてくればよかったじゃないですか。私なんて戦力になりませんよ……」
「そんなことはないよ」
宏人は葉瑠の手を優しく包み込む。
「人手が足りないのは事実だね。ジェイクは露国の工作で忙しいし、カヤはメルセゲルと接触を取るべく努力中だ。インドでの作戦は僕だけでもできるかなと思ったんだけれど、VFのメンテやシステム関係は僕はからきしでね……葉瑠ちゃんに同行をお願いしたというわけさ」
宏人さんに頼りにされている……
そう思うと宏人さんに実力を認められたみたいで嬉しい。が、それとこれとは話が別だ。
正規軍に攻撃すれば死者が出る可能性もある。そんな戦闘には参加したくない。
……頭では拒否したほうがいいと理解できている。
でも、それでも、葉瑠は宏人のことが好きなのだ。そんな葉瑠が、宏人のお願いを断れるわけがなかった。
「……私は、宏人さんを信じてます。宏人さんの言う通り世界が平和になるなら、協力は惜しみません。でも、人は殺しません。これは絶対に譲れませんから……」
「もちろん、これまでも、そしてこれからも僕の組織は人命を最優先するよ」
「……信じます」
葉瑠は眼鏡越しに宏人を見つめる。
「協力ありがとう。助かるよ……じゃ、腹ごしらえをしたら早速出かけよう」
「……はい」
話がまとまり、葉瑠は手元を見る。
ハンバーガーはテーブルに叩きつけられて平たくなっていた。
「……」
捨てるわけにもいかず、葉瑠はソースや具がはみ出たそれを食べることとなった。
「うわあ、凄い人……」
VFのコックピット内、インド軍と合流したルーメはVFのヘッドカメラ越しに大規模なデモを目の当たりにしていた。
官庁街手前の通りは人で埋め尽くされ、人の波は大きな門のモニュメントにまで到達していた。
この門の先にあるのが官庁街だ。
官庁街には2kmにも及ぶ一本の長い道が貫いており、その道を挟むように各種重要な施設が密集している。
人が官庁街になだれ込まないよう、数十箇所の交差点を装甲車で塞ぎ壁を作っているが、突破されるのも時間の問題だ。
デモ隊の中にはVFの姿も見える。あれが前に出てくれば間違いなく乱闘騒ぎが……いや、戦闘が起こる。
(まあ、あっちは素人みたいだからいいけれど……)
武器の影は確認できていない。
こちら側のVF隊で十分に対処可能だろう。
(それにしても、昨日の今日でよくこれだけのVFを集められたわね……)
セブンの監視下ではVFを保有できなかったはずだが、例によって地下深くの倉庫に隠し持っていたらしい。
ルーメの目前にはセブンクレスタが12機ほど、巨大な盾を片腕に接続し、広くて長い一本道に等間隔で並んでいた。
所々装甲が剥げ、年季を感じさせられる。
この騒ぎだ。細かい箇所をメンテナンスする暇はなかったのだろう。
しかし、ルーメが乗る機体はセブンクレスタ以上に年期が入っていた。
……機体名『クリュントス』
半世紀以上も前に開催されていたスポーツ、VFリーグでチームクライトマンで活躍していた競技用VFだ。
いわゆる『プリミティブVF』という骨董品らしい。
外見は中世の騎士そのもので、全身に装飾付きの分厚い装甲を身にまとっている。
左腕にはラウンドシールドが、そして右腕には巨大なランスが装備されていた。
このランスはソニックランスという名称で、超振動でどんな堅牢な装甲も簡単に貫いてしまうらしい。
外装はともかく、フレームにはAGFを使用しているのでスペックは申し分ない。競技用とあって構造も単純でメンテナンスも簡単。今のところ不具合も出ていない。……が、それが最大の謎だった。
AGFの技術が公開されたのはついこの間だ。この短期間でAGFを建造できるわけがない。
……つまり、インドはセブンの目を盗み、極秘裏にAGFの研究をしていたようだ。
が、生産が全く追いついていないため、私以外は全員セブンクレスタに乗っているのだろう。
まともに部隊を編成できるようになるまでには数ヶ月を要するだろう。
とにかく今はデモ隊に大きな動きが出ないことを願うばかりだ。
「……ルーメ・アルトリウス、聞こえているのか?」
ふと気づくと通信機から男性オペレーターの声が響いていた。結構前から呼びかけられていたらしい。
ルーメは慌てて言葉を返す。
「あー、すみません、聞いてませんでした……」
「全く、エースランナーがこれでは先が思いやられる」
「ほんとにすみません、こういうのに慣れてなくて……」
今まではVFに乗ればすぐに戦闘が始まった。こうやって何もしないままコックピットに乗っている状況は落ち着かないのだ。
オペレーターは言葉を続ける。
「北、距離3kmの地点、メトロステーションに銃器を装備したセブンクレスタが2機程確認できた。多分過激派組織のVFだ。このまま道路を直進して官庁街に侵入するつもりだろう」
「へー……」
「へー、じゃない。南や東のメトロにも同タイプのVFを確認している。そちらには既にVFを向かわせた。お前も今すぐ現地に向かって対処しろ」
「え? 出向くよりも守りを固めたほうがいいと思うけれど……」
「このまま周囲を武装勢力に囲まれては困る。脅威は即排除だ。……とにかく命令通りに動け」
「はいはい……」
ルーメは地面に突き刺していたランスをおもむろに持ち上げ、肩に担ぐ。
甲冑にも似た装甲がランスの重みで軋む。
(銃器の相手かあ……)
重力盾があれば簡単に対処できる。ラウンドシールドは置いていこう。
ルーメは気楽に考え、ランス一本だけを携え、指示された地点に向かうことにした。
安宿を出て歩くこと15分
葉瑠と宏人は官庁街にほど近い雑居ビルの中にいた。
4階のフロアはすべてパーティションが取り除かれ、そこには浅黒い肌の若い男たちが慌ただしく動いていた。彼らは全員が肩から自動小銃を掛けており、そして腕には赤い腕章を付けていた。
「あの……」
「彼らは政権奪取を目的とする過激派組織、いわゆる反乱軍だよ」
フロア内には通信用の機材が並べられ、数人の男がヘッドセットを付け、何やら通信している様子だった。
フロア入り口で立ちすくんでいるとくせっ毛頭にあごひげを蓄えた若い男性……妙に貫禄のある男性が近づいてきた。
「これはこれはミスターテラサキ、よくおいでくださった」
くせ毛の男性は宏人に握手を求め、宏人もそれに応じた。
(テラサキ……あ、偽名ですか)
宏人さんは更木を名乗ったりもしているし、こういうのに抵抗はないみたいだ。……本当は川上という名前も偽名なんじゃないだろうか。
男性の馴れ馴れしい口調に、宏人も同じように返す。
「調子はどうだい?」
「いま作戦行動中のセブンクレスタ、模造品の割に問題なく動いてくれている。我々では銃器くらいしか用意できなかったから、VFの提供には皆感謝しているよ」
この言葉を聞き、思わず葉瑠は宏人に耳打ちする。
「宏人さん、この人達の為にVFを用意したんですか!?」
不信感を持たれると思ったのか、宏人は彼らにも聞こえる声でわざとらしく応じる。
「用意したのは中華の模造品だよ。外装だけセブンクレスタに似せて、中身はユニットタロス社のシクステインのフレームが入ってるんだ。正規品より反応速度に劣るけれど、出力は高いと思うよ」
「そ、そうなんですか……」
くせ毛の男は視線を宏人から葉瑠に向ける。
「そちらの眼鏡のお嬢さんは? 初めて見る顔だが……」
「彼女はこう見えて優秀なエンジニアなんだ。君たちの力になれると思うよ」
(え……?)
この人達に混じって反乱の手伝いをするなんてとんでもない。もし失敗すれば私もしょっ引かれるのではないだろうか。
だが、その心配は杞憂に終わった。
「いや結構だ。女子供の手は借りない」
男のきっぱりとした拒否の言葉に葉瑠は胸を撫で下ろす。が、女性蔑視の発言には腑に落ちないものがあった。
「お茶も出せなくてすまないが、これからの作戦、じっくり見ていってくれよ」
「ああ、成功を祈っているよ」
くせ毛の男はすぐ背を向け、フロア中央へ行ってしまった。
「このまま見学していくんですか?」
てっきりVFに乗せられるものかと思っていたが、この様子だとそれはなさそうだ。
あちらからも手伝いを断られたし、もしかして骨折り損だったのではないだろうか。
宏人は葉瑠の質問に応えることなくフロアを壁沿いに移動し、ある地点で止まった。その場所の壁には近郊の地図が大きく貼りだされていた。
「彼らの作戦はこうだ」
宏人は一点を指差し、前触れもなく説明し始める。
「まず官庁街付近のメトロ各所にVFをちらつかせ、防衛しているVFをおびき寄せる。十分におびき寄せた後、VFはメトロ内を移動し、官庁街内の駅から内部に侵入する。同時に、各所のビルに隠しているセブンクレスタが一斉に飛び出す。数にして60。それで軍のVFを押し切る作戦だよ」
「相手を分断させ、各個撃破していく作戦ですね」
「その通り。今はまだおびき寄せている段階だけれど、この様子だと上手くいっているみたいだね」
作戦がうまく言えば官庁街を制圧、占拠できる。軍は奪還作戦を展開するだろうが、官庁街を獲ったとなれば民衆は更に行動力を増し、国土全域でこの場と同じようなことが起きる。そうなれば少数の軍では対処できなくなるはずだ。
しかし、葉瑠はこの作戦がうまく運ぶとは思えなかった。
「確かに数では上回ってるかもしれませんけれど……練度が違いますし、勝てる可能性は高くないんじゃないですか?」
インドは代替戦争の時にも勝率が高く、腕の良いランナーを大勢抱えている。
あのルーメ教官もエースランナーとして招聘されたわけだし、素人ランナーが束になっても無駄なのではないだろうか。
「大丈夫だよ。相手が如何に操縦技術に優れていても所詮はセブンクレスタ。コンビネーションさえ上手くできれば簡単に倒せるよ。それに、今回はクラッキングも行うからね」
「クラッキングと言うと……敵のセブンクレスタをクラックするということですか?」
「そう……ここで葉瑠ちゃんの出番だよ」
宏人は背負っていたバックパックを手前に回し、中からノート型端末を取り出す。
「この端末は中国の量子コンピュータと繋がってる。これを使ってセブンクレスタをクラックして欲しいんだ」
葉瑠は宏人からノート型端末を受け取り、画面を見る。
画面には各種ステータスウィンドウが表示され、全てが正常値を示していた。
問題なく扱えそうだ。
「軍のシステムに侵入できれば簡単だと思います。停止信号を送ればそれで機能停止させられますから」
葉瑠はクラッキングで相手を無効化できることを嬉しく思っていた。
何故なら、この方法なら戦闘せずに……命のやり取りをすることなく争いを終わらせることができるからだ。
これほど平和的な攻撃方法はないだろう。……が、疑問があった。
「侵入するくらいならここの過激派の人達でもできるんじゃ……?」
「彼らに量子コンピュータの操作権限を与えられると思うかい?」
彼らは敵ではないが、味方でもない。そんな相手を信用できるわけがない。
「……確かにそうですね。宏人さんができないとなれば、私がやるしか無いですよね……」
葉瑠は早速その場にお尻を付けて座り込み、コンソールを操作しながらクラッキングの下準備をし始める。
「あ、でもスタンドアロンで再起動されたら手の出しようがありませんけれど」
「そんな器用な真似、一介のランナーが一人でできるとは思えないよ」
「それもそうですね……」
特殊状況下の再起動は複雑な手順を要する上、時間もかかる。もしできたとしても最低でも10分はかかる。10分も止まっていれば、それは機能停止も同然である。
……その後数分間、作業を進めていると、不意にフロア中央から声が響いてきた。
「――陽動はここまでだ。今から総攻撃を仕掛ける!!」
どうやら本格的に戦闘が始まるらしい。
既に葉瑠は軍のシステムに侵入しており、セブンクレスタの停止信号を送れる状態にまで準備ができていた。
葉瑠は迷うことなく停止信号を送り、セブンクレスタを停止させた。
ここからでは確認できない……が、反乱軍のオペレーターの言葉で成功を悟った。
「トラブルか? やつらの動きが鈍い……まあいい、そのまま侵攻してくれ」
これで勝ったも同然だ。
葉瑠は端末を閉じ、小さくため息を付いた。
「お疲れさま」
「宏人さん、労われるほど疲れてないですよ……」
葉瑠は立ち上がり、ノート型端末を宏人に返却する。そして、フロアに目を向けて彼らの動向を見学し始める。
「……C班はA班と合流してくれ」
「……B班、そのルートは使えない、2時の方向に迂回しろ」
すぐに成功の報告を聞けるかと思っていたが、聞いている限りではなかなか難航しているようだ。
宏人さんも同じ事を思ったのか、壁に背を預けたまま呟く。
「何機かはクラッキングの対策を取っていたのかもしれないね。……でも、この調子なら官邸が陥落するのもすぐだろうね」
葉瑠もそれほど心配しておらず、宏人と雑談を始める。
「宏人さん、官庁街が陥落した後の話ですけど……NATOとかに介入されたら余計に厄介なことになりませんか?」
「それはないと思うよ」
「どうしてです?」
「米国を始め、ヨーロッパ各国は自国の問題に対処するのに精一杯だからね。どの国でもリーク情報のせいでメディアに総叩きにされているんだ。規模は違えど、あっちでもデモや暴動が起きてるみたいだよ」
インドだけが特別なわけではなかったようだ。
仕事を終えた葉瑠は早速宏人に提案する。
「……それじゃあ、そろそろ帰りませんか? ドイツでみんな待ってるだろうし……」
「いや、そうも言っていられないみたいだよ……」
宏人は珍しく真剣な表情を浮かべ、フロアに向けて歩き始める。
「宏人さん……?」
葉瑠は戸惑いながらも宏人の後を追う。
フロア中央では相変わらずオペレーターの声が飛び交っていた。
「……A班とC班、通信が途絶えました!!」
「D班もです。どうやら敵側に強力な兵器が……!! 機影、確認できました!!」
言葉の後、モニターに頭部カメラからの中継映像が表示される。
が、すぐにカメラごとVFが破壊され、映像は一瞬で終わってしまった。
機影は確認できたが、確認できたのは文字通り影だけで詳しい部分は全くわからない。
一瞬で何が何だか分からなかったが、宏人は強くその映像に拘った。
「今の機体の動き、もう一度見せてくれ」
「誰だお前は……?」
オペレーターはいきなり出てきた青年に不信感を募らせる。
「いいから見せてやれ」
しかし、くせ毛の男が許可をすると言われたとおりに先ほどの映像を繰り返し再生し始めた。
宏人は短い間隔で繰り返されるその映像を10秒ほど見つめ、脈略もなく指示を出した。
「悪いことは言わない。今すぐ全機を後退させたほうがいい」
部外者から唐突に指示され、フロア内に緊張が走る。
緊張の中、くせ毛の男は丁寧な口調で宏人に問うた。
「……当然、理由を聞かせてもらえるな?」
「この重力を無視した挙動、間違いなくこの機はAGFを搭載してる」
「まさか、AGFだと!? ……完成していたのか」
フロア内がざわめく。
当然の反応だ。AGFは一騎当千の強力な兵器なのだ。50や100程度のノーマルVFでは太刀打ち出来ない。
宏人は映像を指差し、更に続ける。
「そして一瞬見えるこの穂先……インド軍に所属するランナーでこれだけ正確に刺突攻撃を行えるランナーを、僕は一人しか知らない」
「それって……」
葉瑠には心当たりがあった。それはつい最近インド軍に招聘された、学園ランキング1位の彼女だった。
その彼女の名を、宏人は告げる。
「ああ、間違いない。あれに乗っているのは……ルーメ・アルトリウスだ」
「ルーメ・アルトリウス……?」
怪訝な表情を浮かべるくせ毛の男に宏人は説明する。
「代替戦争で無敗を誇る手練のランナーだよ。彼女がこのAGFに乗っているとなると……セブンクレスタを100機ぶつけても勝てないよ」
AGFでさえ相手に困るのに、それにルーメ教官が乗っているとなると鬼に金棒である。
「B班の映像、出ます!!」
オペレーターの声に反応し、全員がモニターを見る。
そこには騎士のような格好のVFが映しだされており、官庁街の広い一本道で仁王立ちしていた。右手には巨大なランスが、左手には円形の盾が装備され、それはまさに鉄壁と呼ぶに相応しい武装だった。
「あれには勝てそうにないね」
「ですね……」
反乱軍のVFは既に半分が行動不能だ。くせ毛の男は止む無く命令を出す。
「……一旦兵を退かせろ。作戦を練り直す」
「了解です……」
くせ毛の男は唇を噛み、無念そうな表情を浮かべていた。
葉瑠と宏人はフロア中央から離れ、壁際に移動する。
「まさかこんな所にルーメがいるとは……てっきり国境付近の警備任務にあたると思ってたんだけれどなあ……」
「でも、よくルーメ教官だって分かりましたね」
「彼女とは数えきれないくらい手合わせしているからね。ちょっとした動きでも分かるものだよ」
「そうですか……」
あの一瞬の動きだけで彼女を言い当てるなんて……私と違い、彼女に関してはかなり詳しいみたいだ。なんだか少し嫉妬してしまう。
(それはそれとして……)
葉瑠は自ら頬を軽く叩き、考えを改める。
……ルーメ教官を倒さないとこれ以上前に勧めない。
知り合いを、しかも教官と戦うことになるなんて予想外だったが、彼女を殺させないためにも私達が彼女を無力化する必要がある。
となると、まずは重力制御装置の無力化が先決だ。
葉瑠は早々に頭を切り替え、宏人に提案する。
「宏人さん」
「なんだい?」
「まずは量子コンピュータから破壊しましょう。そうすれば重力盾も重力制御も無効化できるはずです」
あの強力な力も量子コンピュータの高速演算があってこその性能だ。
つまり、ルーメ機に接続されている量子コンピュータを壊してしまえば、ルーメ機は普通のVF並の性能になる。
VFの性能が同じになれば、反乱軍にも勝機が見えるというものだ。
だが、私の考えなどとうの昔に思い付いていたようで、宏人さんは難しい表情を浮かべていた。
「僕もそう思っていたところなんだけれど、彼らにそれを伝えていいものか……」
「何が駄目なことでも?」
「関与し過ぎると僕らも危ないってことだよ。気付いたら反乱軍のリーダーになっていた……なんて話になると冗談じゃ済まされないからね」
宏人さんの目的は反乱を成功させることであって、反乱軍の仲間になることではない。
となると、私達が取れる行動の選択肢は一つしかなかった。
「じゃあ、みんなには何も言わずに私達がやりましょう」
「いいのかい葉瑠ちゃん、少し前まであんなに嫌がっていたじゃないか」
「乗りかかった船です。それに、もしこれが失敗したら私達の立場も危うくなるんですよ。分かってます?」
「わかってるよ。そんなに怖い顔しなくてもいいじゃないか……」
話がまとまり、葉瑠と宏人は更に小声で作戦を立て始める。
「で、葉瑠ちゃん、データセンターはどこにあると思う?」
葉瑠は宏人の背中から情報端末を再度取り出し、操作し始める。
「警備体制が特に厳重なところだと思いますけれど……あ、分かりました。量子コンピュータの建築場所は……デリーテクノロジカル大学です」
汚職に関するリーク情報の中にスーパーコンピュータ関連の不透明な金の流れに関する記事があり、お陰ですぐに場所を特定できてしまった。
「市内だね」
「はい、ここからそう遠くはありません」
「本当は軍の基地なんかに設置するはずなんだけれど、今は急場しのぎで使っているみたいだね」
「ですね、ルーメ機1機しか用意できなかったのも納得できます」
短期間で量子コンピュータを作るとなると、人材が集まっている大学などの研究機関で行うのが最も効率的だ。記事によれば元々量子コンピュータに関する研究室もあったらしい。下地があったからこそ、量子コンピュータの建造地に選ばれたのだろう。
「取り敢えずそこに向かおう。破壊プランはそれから考えても遅くはないよ」
「わかりました」
二人はこっそりフロアを抜け出し、大学へ向けて急ぐことにした。




