04 -レクチャー-
04 -レクチャー-
合宿が始まってから3日目の朝。
早くも葉瑠はみんなの態度に異変を感じていた。
(何だか……気を遣われてる……?)
2日目の内容も初日とあまり変わらなかった。
相変わらず射撃は上手くできないし、武器も熟練を要するようなものは上手く扱えない。格闘訓練に至っては、こちらが分かるくらい大袈裟な手加減をされていた。
みんな、私が何かミスする度にいたわりの言葉をかけてくれたように思う。
昨晩の夕食の時も何故か私の皿だけ量が多かった。
……私だけが上手くVFを操作できていないことを哀れんでくれているのだろう。
気持ちは嬉しいが、何だか複雑な気分だ。
「おはよう葉瑠」
ドルトムント支部の試験場
ランナースーツに着替えてVFアルブレンの前でみんなを待っていると、クローデルくんに声を掛けられた。
葉瑠は手のひらを向けて挨拶を返す。
「おはよう、クローデルくん」
私とクローデルくん以外のメンバーはまだ集まってきていない。別に集合時間を過ぎているわけではないが、誰も居ないというのは不自然だ。
不自然さを感じ取っていると、クローデルくんの口から予想だにしないセリフが発せられた。
「……今日から葉瑠だけ特別メニューです」
「え……?」
クローデルは特に表情を変えることなく葉瑠にプリントを手渡す。
受け取った葉瑠は早速上から読み上げていく。
「えーと……“今日はVFのことは忘れて、基礎的なフィジカルトレーニングに励みましょう。自身の体を自在に操れるようになれば、自ずとVFの操作能力も向上するはずです”……って、このプリントクローデルくんが?」
「ああ、昨日の夜、リヴィオと相談しながら作った」
よく出来たプリントだ。
親切に思える提案だが、裏を返せば“訓練の邪魔だから一人でトレーニングでもしてろ”とも読み取れる。
少し残念だが、みんなの邪魔になるなら私も一人でやることには賛成だ。
「いいから、続き読んでみろよ」
「うん……」
はじめの一文以降は具体的なメニューが書かれていた。これも葉瑠は読み上げていく。
「まず初めが……アハトによる体術講座……次に結賀による武器レクチャーこれって……」
「そうだ。みんなお前のために臨時教官になってくれるってよ」
「……!!」
これは嬉しい誤算だった。
自分の訓練の時間を削ってまで私のためにトレーニングに付き合ってくれるなんて……みんないい人過ぎて涙が出てきそうだ。
「どうだ葉瑠、いい考えだろ」
クローデルが打ち明けた所で、他のメンバーが物陰から出てきた。
結賀は背後から葉瑠に抱きつき、肩を叩きながら頬を突く。
「せっかく楽しい合宿なのに葉瑠だけつまらないんじゃ不公平だもんな。時間いっぱい使ってでも、納得できるまでレクチャーしてやるよ」
「結賀……」
葉瑠は眼鏡の隙間に指を差し込み、出掛かった涙を拭う。
結賀に続いてリヴィオも優しい言葉を掛ける。
「クリストフ支部長から頼まれてるテストは適当に交代しながらこなしていくから、葉瑠は気にせず楽しくスキルアップしていけよ、な?」
「うん、ありがとう」
葉瑠は感謝の意を込めて、精一杯の笑顔を向ける。
結賀やリヴィオは勿論、アハトやドナイトも、そしてイリエ教官までもが葉瑠の笑顔を見て、顔を綻ばせていた。
いいムードだ。
もしこれが一つのチームなら、必ず結束の固いチームになれただろう。
新メニューを披露した所で、早速クローデルはトレーニングの指示を出す。
「えーと、結賀とリヴィオはシューティングレンジで機能試験、ドナイトも近接武器の耐久度テスト、イリエ教官もバランスセンサーのテストだから……葉瑠、まずはアハトとマンツーマンで体術の訓練だな」
葉瑠はアハトを見る。
「よろしくアハトくん」
「よろしく……ね」
アハトは恥ずかしげに視線を逸らした。
アハトくんとこうやって向き合うのは久しぶりだ。
身長は私とそれほど変わらない。体型も華奢で、もし髪が長ければ女の子と間違ってしまいそうなくらい線も細い。おまけに声も比較的高い。
動きも落ち着いていて、わんぱくのイメージとは程遠い。
一見するとただの気弱そうな少年だが、それなりにランナーの風格は漂わせていた。
こんなアハトくんがVFでは豪快な体術を駆使してサブミッションを破壊しながら相手を組み伏せるのだから、人は見かけによらない。
「さ、行動開始だ」
クローデルの合図で、全員がそれぞれの目的に向けて行動し始める。
葉瑠はアハトの隣に立ち、指示を待つ。
「で、これから何処で訓練を?」
「屋内に小さいけれどトレーニング室があるみたいだから、そこにマットを敷いてまずは柔術を……」
アハトは唐突に言葉を区切り、複雑な表情を浮かべる。
「二人きりっていいのかな……」
「どういうこと?」
「いや、だって仮にも僕って男でしょ。女の子と二人で訓練を、しかも体術の訓練となると体がどうしても触れ合うわけだし……」
アハトくんもやはり男子だ。意外と気にしているらしい。
葉瑠は柔術を学びたい気持ちもあり、アハトの背中を押す。
「私、アハトくんとなら全然問題ないと思う」
これは正直な意見だった。アハトくんは男性というよりも中性的な感じだ。揉み合うシーンを想像しても全然嫌悪感を感じない。
リヴィオくんやドナイトくんならこうはいかないだろう。
こちらが問題ないと言っても尚、アハトは不安げにリヴィオを見つめていた。
「僕もその点は問題ないと思うんだけれど、リヴィオがどう思うか……」
「どうしてリヴィオくんが出てくるの?」
「だってリヴィオは葉瑠ちゃんのことを……」
「……ちょっと待った!!」
会話を聞いていたらしい。慌てた様子でリヴィオが割り込んできた。
唐突な登場に、葉瑠は驚いてしまう。
「ど、どうしたのリヴィオくん?」
「おい、アハト……」
リヴィオはアハトを睨む。アハトは気まずそうに笑顔を浮かべるだけだった。
それで事は済んだのか、リヴィオは咳払いをして改めて言い直す。
「……まずは、ストレッチから始めねーと体を壊すぞ。それを言いに来たんだ」
「うん、わかってる」
アハトは応えるとリヴィオから離れるように歩き出し、建物に向かって移動し始めた。
葉瑠もその後に続く。
……柔術を習ったくらいでVFの操作能力が向上するとは思えないが、何らかの参考にはなるはずだ。
みんなが時間を割いてまで特訓してくれるのだ。期待にはきちんと応えよう。
そう意気込む葉瑠だった。
(……疲れました)
3日目の訓練を終え、葉瑠は体中に疲労が蓄積しているのを自覚していた。
アハトくんの柔術訓練は思った以上にハードだった。まずは基礎的な動きを延々と反復練習させられ、その度に気合を込めた発声を強要され、組み手ではマットの上に何度も何度も叩きつけられた。関節も痛い。
アハトくん、見た目によらずスパルタだ。今度から彼を呼ぶときはアハト師匠と呼ぶことにしよう。
……冗談はさておき、アハトくんの後にはドナイトくんとのナイフトレーニングが待っていた。
ドナイトくんの指導はかなり合理的だった。ナイフでの戦い方、刃物のメリット・デメリットはアルフレッド教官に教わったよりも詳しく、腑に落ちる説明だったように思う。
訓練で使ったのはゴム製のナイフだったが当たるとやはり痛く、腕や腿に赤い線がいくつもできてしまった。ドナイトくんもアハトくん同様、組み手の際は容赦なかった。
もしゴム製じゃなければ今日だけで100回以上は死んでいる。
昼食を挟んでドナイトくんの後は結賀による体操運動のトレーニングだった。
VFを操作すればバク転やバク宙などお手の物だが、生身では側転すら怪しい。
このトレーニングではマットの上で跳んだり跳ねたり、ひたすら目を回された。三半規管がかなり鍛えられた気がする。
そして最後のリヴィオくんとの訓練ではボクシングを行った。
リヴィオくんとボクシングの訓練をするのは今回が初めてではない。一時期昼休みにサンドバックを叩いたりしていたのだが、いつの間にか有耶無耶になってしまったのだ。
久々のボクシングの動きは懐かしかった……が、この動きのせいでかなりのカロリーを消費させられた。
ジャブしたりスウェーしたり、リヴィオくんに拳を命中させるのを一つの目標にやったのだが、最後の最後まで拳が届くことはなかった。
ヘトヘトになった葉瑠はそのままミレグラスト家のゲストルームに戻り、ベッドの上で体を休めているというわけである。
4日目以降もこれが続くとなると体が壊れてしまいそうだ。
気持ちは有難いが、メニューを減らすか、通常のトレーニングに戻してもらいたい。が、そんなことを提案すればみんなの善意を無下にすることになる。
さて、どうしたものか……
ベッドの上、一人筋肉痛と戦っていると、階下から賑やかな声が聞こえてきた。
どうやらこの家に来訪者が来たらしい。
みんな歓迎の声を上げていた。並大抵のことでは騒がない彼らがこれほど声を上げるなんて珍しい。
(誰だろう……)
葉瑠は耳を澄ませる。
様々な人が喋る中、爽やかで柔らかな男性の声が葉瑠の耳に届いた。
「……あれ、葉瑠ちゃんの姿が見えないけれど……」
葉瑠の耳はその人物が誰であるかも瞬時に判断した。
(宏人さんだ!!)
葉瑠は筋肉痛も忘れてベッドから跳ね起き、部屋を出て1階へ向かう。
1階玄関には予想通りの人物……宏人さんの姿があった。
みんなに囲まれている宏人に対し、葉瑠は階段の中腹で声をかける。
「ここにいます。宏人さん!!」
そして階段を降りきり、宏人の前に駆け寄った。
「葉瑠ちゃんごめんね、起こしちゃったかい?」
「いえ、ずっと起きてましたから!!」
本当は疲労と痛みでむせび泣いていたが、宏人さんを前にして弱いところは見せられない。
全員が玄関に集まった所で、リヴィオは入室を促す。
「とにかくリビングにどうぞ、飲み物は何にします?」
「悪いね、じゃあミネラルウォーターをお願いするよ」
集団は場所をリビングに移し、それぞれがソファに座ったりダイニングの椅子に腰掛ける。
宏人はソファに座り、葉瑠は当然のごとく隣を陣取った。
すぐにグラスを持ったリヴィオが現れ、対面する形でソファに座った。
ミネラルウォーターを手渡しつつ、リヴィオは質問をする。
「それで川上教官、どうしてドイツに? キルヒアイゼンに何か用事でも?」
「いや、単に葉瑠ちゃんに会いに来ただけだよ」
「そんな……」
この言葉に葉瑠は不覚にもときめく……が、すぐに我に返り否定した。
「……はずがないでしょう宏人さん、冗談はそれくらいにして、正直に答えて下さい」
「参ったなあ……もしかして葉瑠ちゃん、メール読んでない?」
「メール……?」
葉瑠は疑問符を口にしながら自分の携帯端末を取り出す。
すると、新着メッセージを知らせる青色のライトが点滅を繰り返していた。
どうやら疲労のせいでメールチェックを完全に忘れていたようだ。
葉瑠は慌てて画面をタッチし、メッセージを開封する。
送り主はスラセラート学園、だが、それは転送しただけで、大元は日本大使館だった。
(なんだろう……)
海上都市には各国の出先機関が集まっている。日本大使館もその一つだ。大使館も本国からの通達で私にメッセージをよこしたのだろう。
葉瑠は内容を読み進めていく。
内容はスラセラート学園を襲撃したURに関して、情報提供をして欲しいとの事だった。
しかも調査員の人達は電話やメールによるコントタクトではなく、直接あって話がしたいらしい。
つまりどういうことか、宏人さんが要約してくれた。
「……要するに日本に帰って来いってことだね」
「そういうことですよね……」
葉瑠のテンションが一気に下る。
せっかくみんなで合宿をしているのに、私だけ日本に強制帰国なんて酷すぎる。
……どうにかして無視できないだろうか。
「このメール、読まなかったことにできませんか……?」
「できないよ葉瑠ちゃん。内容が内容だし、一応これって正規な手続きを経て出されたメッセージだから、もし無視したら罰金どころじゃ済まされないよ」
「そうですか……」
諦めるしかないようだ。
暗い表情を浮かべていると、宏人さんは肩をぽんと叩いてくれた。
「そんなに嫌がることはないよ葉瑠ちゃん。急いで用事を終わらせれば2日で終わるし、それなら合宿の最終日には間に合うんじゃないかな?」
「ですけど……あと4日間くらい待ってもらえませんか? 合宿の後ならいくらでも協力しますから……」
駄々をこねる葉瑠に、宏人はとうとう額を手で押さえる。
「僕も葉瑠ちゃんを日本に連れて帰るように指示を受けてるんだ。もし葉瑠ちゃんが帰ってくれないと、僕も困っちゃうよ……」
「うう……」
大好きな宏人さんを困らせたくはない。それに短い間だけでも宏人さんと小旅行できるのは魅力的だ。だが、今はみんなとの合宿のほうが大事なことのように思えてならない。
しかし、みんなはそれほどこの合宿に思い入れは無いようだった。
「行ってこいよ葉瑠、東京土産よろしくなー」
結賀はお土産を要求し、
「葉瑠が抜けるとなると……だいぶ予定が狂うな……」
クローデルはタブレット端末から私のローテーションを削除しているようだった。
「そうか……日本に帰るのか……」
別れのムードが漂う中、残念がってくれているのはリヴィオくんただ一人だけだった。
やっぱりリヴィオくんはいい人だ……。
(日本に行くしかないみたいですね……)
どんな罰則であれ、罰を受けるのは嫌だ。葉瑠は宏人に顔を向けて小さく頷き、同意の意を示した。
「よし、決まったね」
宏人はミネラルウォーターをぐいっと飲み干し、ソファを立つ。
「もしかして今から出発ですか!?」
「そうだよ。早ければ早いほど、ここに戻ってこられる可能性も高くなるからね」
宏人は葉瑠の手を引き、玄関へ向かっていく。
「ちょ、待ってください。荷物の準備が……それに着替えもしないと……」
「制服で大丈夫大丈夫、日常品は向こうが用意してくれているし、着の身着のままで行っても問題ないよ」
宏人は強引に葉瑠の手を引き、とうとう玄関に到達した。
メンバーもぞろぞろと見送りに玄関まで移動する。
「それじゃあ、日本に行ってくるよ」
「行ってきます……」
宏人と葉瑠は軽く手を振ってドアを開ける。
……去り際、宏人は思い出したようにイリエに告げる。
「それじゃイリエ教官、引き続き引率業務頑張ってくださいね」
「はい……」
その言葉を最後に宏人は葉瑠を連れてミレグラスト邸から道路へ出た。
道路にはタクシーが停車しており、こちらの姿を見つけるとゆっくりと近づいてきた。
宏人はタクシーの後部座席を開けると先に葉瑠を入れ、ドアを閉めながら自分も後部座席に腰を下ろした。
「運転手さん、空港までよろしくお願いするよ」
運転手は無言で頷き、Uターンするべくハンドルを切り始める。
突然の帰国に驚く葉瑠だったが、このタイミングでもっと驚くべき事実が宏人の口から発せられた。
「ごめん葉瑠ちゃん、実は日本に帰るのは嘘なんだ」
「嘘、え?」
もうわけがわからない。
日本の話が出ただけで半分パニックだったのに、それが嘘だと言われたらどう反応していいかわからない。
タクシーはターンを完了し、速度を上げていく。
心地よい加速度を体に感じつつ、葉瑠は宏人に理由を聞いてみることにした。
「日本に帰らないって……それじゃあ、私をどこに連れて行くつもりなんです?」
「インドだよ」
「インドで何を……?」
説明を求める葉瑠に対し、宏人は手のひらをこちらに向ける。
「長くなりそうだから説明は飛行機の中で……とにかく、葉瑠ちゃんの力を貸してもらうよ。平和を実現させるために、ね」
宏人さんはまたURとして何かをやらかすつもりらしい。
宏人さんから手伝いを求められるのは嬉しいのだが、その内容が不明な以上、手放しで喜べない葉瑠だった。
葉瑠が宏人に連行された頃
スラセラート学園、誰もいない暗い教室内ではルーメが携帯端末を耳に誰かと会話をしていた。
「明日の便で出発する予定ですが、それでいいですか?」
ルーメの口調は固い。どうやら目上の人と会話をしているようだ。
少しの間を置き、言葉が返ってきた。
「――ああ、なるべく早くインド軍と合流して欲しい。大尉も君の戦力にかなり期待している様子だ」
「そうですか。……明日の昼には現地入りできそうですけれど……ニューデリーはそんなに緊張状態にあるんですか?」
「――国民の殆どが現政権に不満を持っていたわけだが、アンカラードが行った大規模なリークのせいでデモ活動が活発化している。……現首相の過去の麻薬使用容疑、その事実を封殺するために一般市民が偽装自殺させられていた件、これは言い逃れができない。他にも政治家の汚職が次々にリークされ、国民の怒りは既に臨界に達している」
「軍が出動するってことは、相当な緊急事態なんですね……」
「――セブンの武力介入が無くなったせいか、VFや銃器を持ち出す過激派の出現も確認している。……ルーメ、君にはその処理にあたってもらいたい」
「え?」
唐突な指示にルーメは携帯を落としそうになる。
気を取り直し、ルーメは告げる。
「……そんなのは警察に任せたら良いじゃないですか。私の仕事はVFで……」
「――VFで戦うことだ。何の問題も無いだろう」
何の問題もない……。
ルーメはインドと契約し、エースランナーとして軍人になることを決めた。もう後戻りはできないし、命令を無視することもできない。
「……わかりました」
ルーメは了解の意を伝えると、会話を終了させた。
「……処理って、要するに暴徒制圧よね……はあ……」
溜息は暗い教室の中に染み渡るように響いた。




