03 -世界会議-
03 -世界会議-
葉瑠達がドルトムントで合宿に勤しんでいる間
スラセラート学園では修繕工事が着々と進んでいた。
演習場に無数に空いた弾痕はセメントによって埋められ、ラボへと続く巨大な扉も真新しい物が搬入され、トレーニングルーム内のシミュレーションマシンも改修作業が進み、居住エリアでは破損した家屋の撤収作業が始まっていた。
慌ただしいフロートユニット内
あまり被害を被っていなかった2階の講義室は仮の本部として機能していた。
そんな講義室前方の席にて、セルカはノート型情報端末とにらめっこしていた。
(ギリギリですね……)
修繕費用、保険会社や業者との交渉は上手くいったが、これで溜め込んでいた内部留保資金がほとんどゼロになってしまった。
箱物は全額保険でカバーできたが、備品などは一部しか保険金が下りなかった。
特にラボ内の精密機械がほとんどダメになったのが痛い。
擬似AGFを全部売れば何とかなると思っていたが、AGFの設計データが公表された今、偽物である擬似AGFは二束三文にしかならない。
(これで今月からは自転車操業状態ですね……)
スラセラートが経営できているのは、OBやOGが傭兵としての報酬の大半を仲介料として収めてくれているからだ……が、設立当時はキルヒアイゼンの資金援助なくしては立ち行かなかった。
ドルトムント支部長のお父様の口添えがなければとっくの昔に経営破綻していただろう。
今回もキルヒアイゼンから資金援助を受けたい気持ちはあるが、いつまでも親のすねをかじっているようで情けない。
なりふり構っていられない状況なのは理解できるが、やはり気が引ける。
机に張り付いてうんうん唸っていると、背後から慣れ親しんだ声が聞こえてきた。
「ようセルカ、調子はどうだ」
シンギさんの声だ。
声を聞いた途端、自然と頬が緩んでしまう。
腑抜け顔を見せるわけにもいかず、セルカは振り返ることなくそのまま机に突っ伏す。
……最近何かにつけてシンギさんは私の所にやってくる。
やはり、長い間会えなくて寂しかったのだろうか。私も勿論寂しかったが、あのシンギさんが足繁く私のとろこに通ってくるのは何だかとても嬉しい。
シンギさんの期待に応えて思い切り甘えてあげよう。
そう考えたセルカは甘い声で背中越しに話しかける。
「シンギさん……私疲れました」
「だからなんだ」
「私、すごく疲れてるんです……」
そう告げ、セルカは頭を小刻みに左右に振る。銀の長い髪が揺れ、風に揺れるカーテンレースのように綺麗に靡く。
これはシンギさんと私の間だけに通じる、頭をなでて欲しいサインだ。
「仕方ねーなあ……」
いつもの言葉の後、シンギさんの手がこちらの頭に触れる。
大きな手のひら、硬い肌の奥にある温かさが頭部を通じて伝わってくる。
シンギさんとは1年近くまともに会えなかったのだ。この程度で満足できるわけがない。
「シンギさん……」
セルカは座ったまま振り返り、そのまま腹部に抱きつく。そして、飼い主に懐く猫のように頬ずりを繰り返す。
いつもならこの程度の抱擁なら難なく許してくれるシンギさんだったが、久々で恥ずかしいのか、こちらの頭を押さえつけてきた。
「これ以上はやめとけ」
「どうしてですか。今更恥ずかしがることなんて……」
セルカは不満の声を上げ、シンギの顔を見上げる。……と、視界の隅に複数人の人影を確認できた。
「あ……」
他人に見られていたことを悟り、セルカは恥ずかしさのあまり頬を染めて固まってしまう。
「意外と甘えん坊なんですね、セルカ理事長」
少し間を置いてそう言ったのはルーメだった。
ルーメは苦笑しており、隣のアルフレッドに至っては金属のマスクを手で押さえ、俯きがちに肩を震わせていた。
このままだと理事長の威厳が損なわれてしまう。
そう判断したセルカはシンギからゆっくり離れるとわざとらしく咳払いした。
「……みんなして何の用事ですか」
「いえ、用事というほどのことではないんですが……」
ルーメは講義室前方に設置したモニターに近づき、電源を入れる。
「15時からジュネーブで世界会議が始まるんですけれど、中継映像をここで見ようと思いまして」
「あ、そういえば今日がそうでしたね」
ジュネーブでの世界会議……
セブンが破壊されたことを受け、米国が主導で各国に呼びかけて開催される会議だ。
話し合いの軸となるのは国防に関することが主だろう。大体の予想はつくが、民間軍事会社じみた仕事をしている以上、中継を見て損はない。
セルカはノート型端末を閉じ、モニターに体を向ける。
シンギやアルフレッドも適当な場所に着席し、思い思いの体勢でモニターを見据える。
ルーメがモニターを弄って暫くすると特別番組が始まり、各国の国旗が集う広い会場が画面に映し出された。
……休憩がてら流し見しよう。
セルカはそんな感覚でいた。
中継開始から30分
壇上では中国政府の高官がマイクの前で演説をしていた。
「……我が中国政府はセブンを破壊し、長らくの支配から世界を解放した。しかし、セブン排除にかかった経済的、軍事的コストは莫大であり、よって、各国に補填を求めるのは正当な主張で……」
「一国で先走っておいて勝手なことを言わないでもらいたい」
「押し付けがましいとは思わないのかね」
会場からのヤジに等しい意見に、中国政府は言い返す。
「勝手に破壊したと思われている方々が大勢いるようだが、我が国はセブンに反抗を気取られぬよう、単独で計画を実行する必要があったということを理解してもらいたい」
「それを勝手と言うんだ。大体、セブンを排除したことを正義のように語っているが、我が国はセブンの存在のお陰で軍事依存体質から抜け出すことができたのだぞ」
「おっしゃっている意味がいまいち理解できないのですが……」
「今更セブンを破壊されても困ると言っているんだ!! 破壊するなら10年前に実行していればよかったのだ!!」
声を荒げる発言者に、議長が注意を促す。
「静粛にお願いします」
「……」
モニターの向こうでは、中継されていることも忘れて各国代表の醜い言い争いが繰り広げられていた。
世界の混乱っぷりがよく分かる映像である。
セルカの出身国、ドイツは開始からずっとだんまりを決め込んでおり、米国を始めとした主要国も最初の挨拶以降は全く発言をしておらず、ただひたすら中国と途上国との言い合いを傍観していた。
ずっとこんな調子なら見る必要は無いかもしれない。
事件が起きたのはそう思った矢先だった。
「――議長、発言してもよろしいですか」
唐突に会場に大音量で男の声が響いたのだ。
いきなりの出来事に参加者たちはざわめき、周囲を見渡す。壇上の中国高官も困惑の表情を浮かべていた。
中継映像の撮影チームも状況を把握しかねてか、スタッフ間で連絡を取り合う音声がモニター越しに聞こえてきた。
映像を見ていたセルカ達も固唾を呑んで画面を見つめる。
と、唐突に会場内に設置されていた巨大モニターが暗転し、次の瞬間には男の顔がアップで映し出されていた。
アジア系の小太りの中年男……
セルカは朗らかな笑顔を浮かべるその男の顔に見覚えがあった。
「……更木正志!?」
セルカはこの状況が理解できなかった。更木正志は10年前のあの事件の後、死んだはずだったからだ。
更木を騙る偽物か、単なる合成映像か、どちらにせよ何者かが会場のシステムをハックしているのは紛れも無い事実だった。
「クソッ、あいつ……」
シンギさんは画面から目をそらし、机を叩く。
ルーメは「うわ……」と声を漏らして画面に見入り、アルフレッドは……相変わらずマスクのせいで表情は読み取れない……が、驚いているのは間違いなかった。
教室内と同様、画面の向こうの会場内もどよめきが起こっていた。
撮影チームも動揺を隠せないようで、画面がブレた後、慌てた様子で会場内モニターをアップで映し出す。
会場がざわつく中、更木は粛々と言葉を続ける
「この場をお借りして……『UNCOLORED』の設立を宣言させていただきます」
聞き慣れぬ固有名詞を告げた後、画面の中の更木は仰々しく両手を広げる。
「アンカラードは国や政治や宗教の枠組みを超えた、世界平和を実現させるための組織です。全世界が同じ共同体として機能すれば様々なコストが削減でき、また、政治的なトラブルも一挙に解決できるのです。よって、皆様には当組織への加入を要求します」
「貴様……何を言っているのか理解しているのか!?」
「今すぐあのテロリストを拘束しろ!!」
「犯罪者風情が妄言を吐くな!! 今すぐ撤回したまえ!!」
「撤回などあり得ません」
ヤジを綺麗にかわし、更木は説明し続ける。
「経済活動や文化を破壊するわけではありません。飽くまで世界の意思を統一し、紛争をスマートに収束させるための手段だと思ってもらいたい。またこれは、長きに渡り腐敗してきた政治制度をリセットできるチャンスでもあります。国民が、メディアがどう反応するか、見ものですね」
更木はカメラを指差し、自信の笑みを浮かべる。
この会議が全世界に中継されると把握した上でこの場を発表の場に選んだようだ。
各国代表が困惑と怒りを足して割ったような表情を浮かべる中、更木は特定の国の名を出した。
「ちなみに、中国には既に賛同していただいています」
会場の視線が一気に壇上にいる中国高官に向けられる。高官は驚くでも戸惑うでもなく、深く頷いてみせた。
「今ここでアンカラードに賛同するかどうか意思を表明するのは難しいかと思います。が、すぐに我々に頼らざるを得ない状況に陥ると思いますよ。……とにかく、一度それぞれの国に戻り、十分に検討をお願いします。……それでは」
言いたいことだけを言うと、会場のモニターは暗転し、更木の姿は綺麗サッパリ消え去っていた。
会場は落ち着きを取り戻したものの、中断したまま進展はなく、一時解散ムードが漂っていた。
セルカは更木の言葉を頭の中で反芻する。
(アンカラード……)
直訳で“ありのまま”。何色にも染まらない、つまり、どこにも属さないという意味合いもあるのかもしれない。
生きていたという事実だけでも驚きだったのに、それが変な組織を立ち上げて世界に加入を求めるのだから更木正志という男は全く良くわからない男だ。
実は、世界征服を企んでいるのではなかろうか……。
それに、最後の“我々に頼らざるを得ない状況に陥る”という言葉も気にかかる。
そんなことを考えつつモニターを見ていると、各国代表が何やら別問題でざわつき始めた。
それぞれが秘書や部下らしき者から耳打ちされたり資料を渡されたりしており、それを受け取るやいなや代表はどんどん離席していた。
不可解な現象だったが、すぐにルーメが原因を突き止めてくれた。
「大変ですよ皆さん。今、世界中の政治家の汚職や大企業の悪行がどんどんリークされてます」
ルーメは自前の携帯端末を指差していた。携帯の画面にはニュースサイトが表示されていたが、物凄いスピードでそれ関連のニュースが更新されていた。
(そういうことですか……)
これも更木正志の仕業だろう。
量子コンピュータの能力を利用すれば重要な機密を暴露することは難しいことじゃない。
シンギさんはこの事態を十分に理解しているようで、苦虫を噛み潰したような表情で語る。
「こうやって多くの国の汚い部分を見せることで、自分の組織のクリーンさを市民にアピールするつもりだろうな」
どうやら国ではなく国民そのものを味方にしようという算段らしい。“頼らざるを得ない状況”というのもこの事態を指していたに違いない。
「……つーか、セブンはこれを全て把握していて、敢えて黙っていたのか」
シンギの言葉にルーメが反応する。
「こんなの公表したら混乱の種になるだけですから……」
アルフレッドも携帯端末の画面を見つつ感想を呟く。
「如何に自分たちの世界が腐っていたのか……見るのが嫌になってくる……」
アクシデントのせいで中継映像も中断され、教室内にいるメンバーは携帯端末を持つルーメ付近に集まった。
シンギも改めてため息混じりに感想を述べる。
「アンカラード……実は中国が作った組織じゃないのか? アンカラードで気を逸らしておいて、時を見計らって他国に侵攻するつもりじゃねーの」
「もしそうなら、更木正志を使う意味が無いですよ」
「……そうだな」
シンギはセルカに指摘され、すぐに引き下がった。
続いてルーメが楽観的に意見を告げる。
「でも、今の政治体制を刷新できるのなら組織に加入するのもアリかもしれないですね。政治家や財閥の役員とか、政治や利権に絡んでいる人間にとっては不都合極まりない話ですけれど、私達国民レベルでは全く関係ない。むしろメリットのほうが大きいと思います」
「馬鹿か、あんな奴の言うことを信用できるか」
シンギの批判に対し、ルーメは携帯の画面を指差す。
「でもシンギさん、この記事では“中国は実際に毒抜きが行われており、国家運営も清浄化されつつある”ってありますよ」
「……そうなのか」
またしてもシンギは引き下がる。
すると、静かだったアルフレッドが急に語りだした。
「何にも染まらない、しがらみをもたない組織……汚い繋がりで甘い汁を吸ってきた連中の天敵ですね」
裏事情をリークされるだけで大ダメージだ。この先もこんなことが続けば、今現在の世界を牛耳っている権力者達はその力を確実に失ってしまうだろう。
そんなことも踏まえて、セルカは未来を予想する。
「……もし仮にこの組織が大きくなれば、セブンに成り代わって国を監視するどころか、国の中枢に潜り込み、国そのものを掌握することもできるでしょうね……」
国を乗っ取り、世界を乗っ取り、それで平和を実現できると更木正志は本気で思っているのだろうか。
今回のリークはほんの序章だ。暫くすればもっと強烈な手段で国の掌握に取り掛かってくるだろう。
言い得ぬ不安を感じていると、シンギさんも大胆な予測を発表した。
「大国連中にとっちゃ厄介な組織だ。近いうちに攻撃されるんじゃないか?」
「そうですね。でも、それってつまり……」
セルカの言葉をアルフレッドが引き継ぐ。
「……更木正志を殺すということですか」
物騒な話に、ルーメは敏感に反応する。
「殺すって……そんなことが許されるの? と言うか、そもそも更木正志が本物かどうかも怪しいし、実態のない組織に攻撃なんてできないですよね……」
ルーメさんの言う通りだ。
できることといえば、失墜した信頼を取り戻すためのイメージ戦略くらいだろう。
……ちなみに、今の私達にできることは何もない。
静観することが唯一我々にできることだ。
世界情勢が大きく変わろうとしているのに、その場面に関われない。セルカは無念さと少しの残念さを感じていた。




