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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
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 01 -招聘-


 01 -招聘-


 人の歴史は戦いの歴史である。

 大きな戦がある度に年表には戦の名が刻まれ、その戦が時代の節目として語り継がれていく。

 戦いの後にあるのは変革である。

 支配者が変わることもあれば、支配者がより力を増すこともある。国の名前が変わることもあれば、国自体が消滅することもある。

 国は流動的なものだ。

 宗教や民族によって境界線が引かれ、その境界線をめぐって紛争が起きる。

 誰しもが領土を欲し、資源を欲し、豊かさを欲する。異物を排除し、自らの安全を欲する。

 戦争はその欲望の権化であり、未来永劫無くなることはない。

 戦いこそ人の本質なのだ。

 ……スラセラート学園、食堂内

 ここでもまた、熾烈を極める戦いが繰り広げられていた。

「あの、もう5%割り引いてくれませんか?」

「あのねえ理事長さん、もう限界まで割り引いてるんですよこっちは」

 食堂中央の長テーブルを挟み、若い女と中年の男が話し合っていた。

 片方は銀の長髪と碧の瞳が特徴的な女性、セルカ理事長で、もう片方は作業着に身を包んだ強面の男だった。

 テーブル上には数字で埋め尽くされた紙や契約書らしきものがずらりと並び、お互いに電卓を叩いては相手に渡すといった作業が繰り返されていた。

「そんなにこちらの見積もりが不服なら、別の業者に頼んだらどうです」

「そっちこそ、こんな大規模な修繕工事を受注する機会なんて早々ないですよ。工事にこちらのVFを作業用機械として貸与する条件もつけてるんですから、もっと安くてしかるべきだと思いますが」

「競技用のVFと建設用のVFを一緒にしないで下さいよ……」

 ……スラセラート学園がURに襲撃を受けてから1週間

 落ち着きを取り戻した学園では修繕工事が始まっていた。

 だが、価格交渉はなおも続行中で、食堂では建設業者とセルカ理事長が長い時間睨み合っていた。

 なぜ食堂でこんな話し合いが行われているのかというと、理事長室が流れ弾のせいで吹き飛んでしまったからだ。

 全壊こそ免れたが、壁はその殆どが崩れ落ち、室内には破片が散らばり、どうしようもない状況になっている。

 食堂の端ではいつものメンバーが……葉瑠とリヴィオと結賀、そして宏人と瑞月の5名が昼食を取りながらセルカ理事長と業者の過酷な価格交渉を眺めていた。

「それにしてもこの1週間は色々あったなあ……」

 カレーをスプーンですくいながら呟いたのは理事長と同じ銀の髪と碧の瞳を持つ少年、リヴィオだった。

 この1週間は本当に色々とあった。

 まず人工知能セブンの本体である衛星軌道上の人工衛星明神が破壊されたのを皮切りに、セブンのバックアップ端末であるアビゲイルが破壊され、戦場となったスラセラート学園には大きな爪痕が残された。

 その後すぐに中国がセブンの完全破壊を宣言し、世界に衝撃が走った。

 大国は他国の侵攻を恐れて緊張状態になり、国家間の会議やイベントは全てキャンセルされ、渡航も禁止状態になり、3日間沈黙状態が続いた。

 事態が前に進んだのは4日目の事、NATOが事態を正確に把握するべく各国で話し合いの場を持とうと提案したのだ。

 殆どの国がこれに同意し、明後日にはスイスのジュネーブで今後の世界について、大々的な話し合いが行われる予定だ。

 が、6日目にはこのニュースが霞むほどの大ニュースが報じられた。

 その内容について、リヴィオに応じる形で一人の好青年が語り始める。

「……そうだね。特に、七宮重工が重力制御技術を無償公開したのには驚かされたね」

 言葉を発したのは笑顔の似合う爽やかな青年、川上宏人だった。

 宏人の言葉通り、七宮重工は重力制御技術を、その技術に必要な量子コンピュータやAGFの設計情報を大々的に公開してしまったのだ。

 しかも公開しただけではなく、要望があれば技術者まで派遣するという徹底ぶりだった。

「でもよ、あれほどあからさまな責任逃れもないよな。セブンが破壊された途端手の平返したように技術を惜しみなく無償提供するなんて……あの女社長、頭イカれてんじゃねーのか?」

 サンドイッチを咀嚼しながら文句を言ったのはブラウンのショートヘア、耳元にピアスが光る少女、橘結賀だった。

 その乱暴な物言いをフォローするように、セミロングの眼鏡少女が口を開く。

「まあまあ結賀、実際みんな喜んで受け入れてるからいいじゃない。ウチのラボの人達も“これで大々的なイノベーションが起きる”とか何とか言ってたし……」

 言葉尻をすぼませながら発言したのは更木葉瑠だった。

 おどおどしている華奢な葉瑠に対し、長身でスレンダー、自信に満ちている結賀は言葉を続ける。

「そりゃ、世界にとっちゃメリットだらけだろうけどよ……何だか態度が気に食わねーんだよ。葉瑠もなんとなく分かるだろ?」

「分かるよ。でも、七宮重工がセブンの責任から逃れるためにはああするしか方法がなかったんだと思う。私が稲住社長の立場なら同じことをしてたよ……」

 葉瑠は発言の後、オレンジフレームの眼鏡の位置を押し上げる。

 実際、七宮重工の対応は最善の方法だったと思う。

 もし七宮重工が何もしなければ、セブンによって自由を奪われていた10年間分の恨みの矛先を向けられるところだったのだ。

 企業に向けられた矛先はやがて日本という国にも向けられることとなり、日本は非常に危うい立場に追い込まれる可能性があった。

 その点では稲住社長の判断は英断だったと言わざるをえない。

「技術者は情報技術の発展を望んでるみたいだけれど、国の方は軍事力の増強に期待してると思うけれどね」

 唐突に話に入ってきたのは結賀の姉、瑞月だった。

 葉瑠は疑問を返す。

「軍事力?」

「当然でしょ」

 瑞月はプラスチックカップに入った紅茶を飲みながら話し続ける。

「これからはセブンの監視が無くなるんだから、自国の安全は自国で何とかしなくちゃならない。AGFは強力な兵器だから、どの国も開発を急いでいるはずよ」

「確かに、そうですよね……」

 話を聞きながら、葉瑠は罪悪感を感じていた。

 セブンを破壊したのは自分ではないが、破壊に加担してしまったのは事実だ。

 葉瑠の沈んだ気持ちを察したのか、リヴィオが話題をガラッと変える。

「それはそうと、随分人少なくなったよな。食堂も貸切状態みたいで寂しいな」

 リヴィオの言葉に釣られるように、その場にいる全員が周囲を見渡す。

 食堂内にいるのは自分たちとセルカ理事長と業者の人だけだ。食堂の調理場にも誰もない。今食べているものは自分たちで勝手に調理したものだ。

 リヴィオはスプーンを置き、指折り数える。

「学園に残ったのは3割……いや、2割くらいか。後は全員帰国か……」

「逆に、よく2割も残ったよね」

 相変わらずの笑顔で宏人が言うと、不意に食堂の入り口から男性の声が聞こえてきた。

「まあ、その2割も残る意思を表明しただけで、学園が再開するまでにはどうなってるかわかんねーけどな」

「あ、シンギさん」

 自然に会話に溶け込み、テーブルに着いたのは最強のランナーと名高いシンギ教官だった。

「セルカの調子はどうだ?」

 理事長の様子を問われ、葉瑠は振り返る。長テーブルでは相変わらずセルカ理事長と業者の人が価格交渉を行っていた。あの様子だとまだ時間がかかりそうだ。

「……交渉、難航してるみたいです」

「そうか、終わるまで待たせてもらうぞ」

 シンギ教官は足を組むと腕を後頭部で組み、小さくため息を付いた。

 ……私や宏人さん、そして瑞月さんはシンギ教官にURの拠点から救出されたということになってる。

 実際は宏人さんがシンギ教官や瑞月さんを監禁していたのだが、正体を知られたくがないためにこういう嘘をつくことになったのだ。

 ちなみに、この事実を漏らした場合、セルカ理事長と結賀がURの工作員によって殺されることになっている。

 工作員がいるかいないか、嘘か本当かわからないが、今のところシンギ教官も瑞月さんもバラすつもりは無いようだ。

 シンギは真紅の人工眼球を葉瑠に向け、短く質問する。

「葉瑠は日本に帰らないのか?」

「あ、はい。帰る予定はないです……」

 日本のあの家とは決別した。もう一生帰るつもりはない。

 シンギは他のメンバーにも同様の質問をしていく。

「リヴィオは一旦帰国するんだっけか?」

「はい、顔を見せたらすぐに戻ってくるつもりです」

「いや、暫くキルヒアイゼンで訓練してろよ。あっちのほうが設備も充実してるだろうし、こっちは修繕が終わるまで何も出来ねーからな」

「それはそうですけれど、俺はシンギさんに操作指導をしてもらいたくて……」

「結賀は、どうすんだ?」

 シンギはリヴィオの言葉を無視し、結賀に問いかける。

 結賀は迷いなくシンギに告げる。

「オレもここに残る。再開してないとはいえ、個別指導くらい受けられるんだろ? つーか、オレもリヴィオもシンギ教官に操作技術を教えてもらうためにスラセラートに入学したんだぜ?」

「そうか。でも、こんな有様じゃ訓練もクソもねーからなあ……」

 宏人がここで助言する。

「シンギさん、VFOBで訓練したらどうです。あのゲームならシミュレータマシンの代わりにはなると思いますよ」

 シンギはその提案をスパっと切り捨てる。

「却下だ。……俺らがこれからやる訓練は全部実戦訓練だ。今後の戦闘はルール無用の殺し合いだからな。訓練でも緊張感持ってやらねーと実戦じゃ役に立たねーよ」

「そうですか……」

 実戦訓練に比べたら、シミュレータマシンの訓練もゲームと同じようなものだ。

 代替戦争のシステムが消失した今、本当に必要なのはシンギ教官の言う実戦訓練なのかもしれない。

「……私は日本に帰るわ」

 聞かれるでもなく発言したのは瑞月さんだった。

 その言葉にいち早く反応したのは結賀だった。

「え!? 帰るって、いつ?」

「今日の夕方の便よ」

「そんな急に……」

 結賀は席を立ち、瑞月に近寄る。

「……姉貴、特にすること無いならスラセラートにいればいいじゃないか」

「一応、溜緒工房やお父さんにも報告したいことがあるし……何なら結賀も一緒に日本に帰る?」

「それは……でも、オレは姉貴が心配で……」

 姉に帰国を誘われ、結賀は困り顔を浮かべる。

 瑞月は結賀の額を軽く指先で突き、ふふ、と笑う。

「安心しなさい。もう誘拐されたりしないわよ」

 そう言って紅茶をテーブルに置き、瑞月は席を離れる。

「それじゃあ、色々と準備があるからもう行くわね」

 瑞月は結賀と軽くハグした後、ハンドバッグを持ち足先を出口に向ける。

 と、何か思い出したのか、瑞月はシンギと宏人に体を向けた。

「……あ、シンギさん、救出してくれてどうもありがとう」

「おう」

 軽く会釈し、続いて宏人に目を向ける。

「川上さんも色々とお世話になったわね。……この御礼は後できちんとお返ししますから」

 その言葉には棘があるように思えた。

 宏人も悪意を感じ取ったのか、首を左右に振る。

「いや、いいよ。遠慮しておくよ」

「そう。それは残念ね」

 瑞月は最後に宏人を軽く睨むと、やっと食堂を後にした。

 一人いなくなると、入れ替わるようにまた女性が食堂内に入ってきた。

「みんなここにいたんだ」

 松葉杖をつきながら入室したのは小麦色の肌にブロンズの髪が特徴の女性、ルーメ・アルトリウスだった。

 彼女はつい先日AGFに搭乗中に海に墜落して脚を骨折したばかりだ。

 スラセラートが襲撃された時に彼女が戦力として活躍していれば結果は違っていたかもしれない。そう思うととても残念でならない。

 そんな気持ちを押し隠し、葉瑠はルーメに声をかける。

「ルーメ教官、もう脚はいいんですか?」

「骨折って言ってもヒビが入った程度だから大丈夫」

 ルーメは松葉杖を上手に操り、結構なスピードでテーブルまで到達すると、先程まで瑞月が座っていた席に着席した。

「シンギ教官、相談したいことがあるんですけど……」

「何だ?」

 ルーメは隣のシンギに耳打ちしようと体を傾ける。が、みんなの視線が気になったのか、体勢を戻して咳払いした。

「この際だからみんなにも言っておこうかな」

 椅子に座り直し、ルーメはその場にいる全員に話し始める。

「実は私、インドから正式にエースランナーとしてスカウトされたの」

 一呼吸間を置いて、全員が賞賛の言葉を送る。

「凄いじゃないですか、ルーメ教官」

「エースランナーって、実質ランナーのトップになるわけですよね……流石は教官だ」

「待遇も期待できそうだな」

 葉瑠とリヴィオと結賀が褒め称える中、シンギだけが釘を差した。

「……そのスカウト、請けるかどうかはよく考えたほうが良いな」

「シンギ教官?」

 当然喜んでくれるものと思っていたようで、ルーメは不服な表情でシンギを見る。

 シンギはルーメの額にデコピンし、真面目に告げる。

「さっきこいつらにも言ったんだが、これから先起こる戦闘は全部生死をかけた戦闘になる。エース張るってことは、死ぬ確率も高くなるってことだ。わかってるのか?」

 戦争にルールも何もない。負ければ死である。

 シンギにデコピンと説教を食らっても尚、ルーメは気楽な考えを述べる。

「そりゃそうですけど、流石に白旗を上げれば命くらいは助けてくれるでしょ……」

 ルーメの脳天気ぶりにシンギは「あのなあ……」と告げ、呆れ口調で続ける。

「まあ、そのくらいの度胸が無いとエースとしてやっていけないか……」

 シンギは腕を組み、改めてルーメに問う。

「請けるんだな?」

 ルーメは強く頷き、体をシンギに向ける。

「はい。ここでもっとシンギ教官と訓練したい気持ちもありますけれど、この怪我で私思ったんです。意識が甘かったって。だから、戦場に身を置いて更に研鑽していくつもりです」

「オレが教えられることも殆ど無いし、お前がそれでいいと思うなら良いんじゃねーか」

「はい。今まで長い間ご指導ありがとうございました……」

 ルーメ教官は柄にもなく深くお辞儀をした。

 それを見ただけでシンギ教官との絆がどれほど深かったのか、垣間見れた気がした。

 ルーメがスラセラートを去ると知り、結賀がポツリと呟く。

「ルーメ教官がいなくなれば、学園ランキング1位はアルフレッドになるな」

 リヴィオもランキングに関して意見を述べる。

「そうだな。俺も繰り上げで8位に……じゃなくて、ランキングなんて今更だろ。ルールの決まったランキング戦で上位になれたとしても、戦場じゃ全く役に立たない場合もあるわけだし……」

「リヴィオ、アビゲイルもカヤもいなくなったから6位だぞ」

「だから、俺は順位のことを言ってるんじゃなくてだな、これから先はランキング順位と戦闘能力は比例しないって言いたいんだよ」

 このリヴィオの論に対し、宏人が同意した。

「そうそう、強さなんてものはランナーの体調や精神状態、VFの性能や相性やいろんな条件で変動するからね。そういう意味では、ぶっちゃけ僕なんかより葉瑠ちゃんのほうがよっぽど強いと思うよ」

 急に話を振られ、葉瑠は動揺してしまう。

「わ、私が宏人さんより強いわけないじゃないですか、冗談はやめてください……」

「本当にそう思ってるんだから仕方無いよ。でも、一番強いのは少なくともアルフレッドじゃなくてエネオラ……」

「――私がどうかしたか?」

 噂をすれば影である。

「うわ、アルフレッド教官……」

 強さ談義で話し込んでいたせいか、葉瑠はすぐ近くにアルフレッドが来ていたことに気づけなかった。

 金属製のマスクはやはりインパクト大だ。それを目と鼻の先で見れば卒倒ものである。

 そんなアルフレッド教官はエネオラ先輩を連れていた。

 赤みがかった深い紫色の髪……アメジストカラーの髪が特徴の彼女はこちらではなくセルカ理事長に目を向けていた。

「理事長、取り込み中みたいね……って、みんな集まって何してるの?」

 特に目的はない。みんな暇な上に小腹がすいたので食堂に集まっただけである。

 葉瑠は質問を質問で返す。

「エネオラ先輩は理事長に用事ですか?」

「そうなの。今朝露国からこんなメッセージが届いて、一応報告をと思ったのよ」

 エネオラ先輩はポケットから封筒を取り出すと、テーブルの上に置いた。

 一番近かった葉瑠がそれを受け取り、封筒の中身を取り出す。

 中に入っていたのはそこそこ高級感のある紙一枚だった。

 葉瑠はそれを無言で読み、それが何なのかを全員に告げる。

「これ、招聘状です……エネオラ先輩を軍のランナーとして正式に雇いたいって……」

 国から直接の依頼を請けるのはルーメ教官に続きこれで二人目だ。

 学園OGとは言え、訓練校に所属するランナーにまで手を出してくるなんて……やはり世界が軍事的に緊迫しているのがよく分かる。

 葉瑠の言葉を聞き、セルカ理事長に代わりシンギがエネオラに対応する。

「エネオラ、お前自身はどう考えてるんだ?」

「かなり条件がいいので受けようかと思ってるんです」

「そんなに契約金が高かったのか?」

「それもあるんですけれど、露国ならロジオン教官もいるので安心かなと思いまして」

 ロジオン教官はつい先日露国からの要請により強制帰国させられてしまった。擬似AGFの扱いに慣れているため、AGFの開発チームに加入させられたのだろう。

 ロジオン教官がいるなら安心かもしれない。知り合いがいるというだけで心強いものだ。

 葉瑠はエネオラに耳打ちする。

「いいんですかエネオラ先輩、先輩の夢は……」

「だから、エンジニアにはいつだってなれるって言ってるでしょ。ランナーは若いうちにしかできないから。それに、こんな私を必要としてくれてるんだし、応じてあげても罰は当たらないでしょ」

 相変わらず気楽な人だ。でも、エネオラ先輩が負けるようなシーンは想像できないので、そこまで心配することもないだろう。

 ルーメとエネオラがスラセラートを離れる事になり、宏人は何気なく物騒なことを言う。

「これだけスカウトがあるってことは、近いうちに戦闘があるかもしれないね。特に亜細亜の壁……あそこも精力的にランナーを集めて、既にAGFの量産体制に入っているみたいだし、インドも露国も隣接してるし、もしかしたら戦争を仕掛けられるかも……」

「物騒なこと言わないでくださいよ……」

 宏人は笑顔で語っていたが、内容が内容だけに他のメンバーは笑えなかった。

 葉瑠は空気を変えるべくアルフレッドに話を振る。

「アルフレッド教官は、どこかからスカウトされてないんです?」

「全く無い。もし仮にスカウトされたとしても、祖国以外に力になるつもりはない」

「アルフレッド教官って、出身はどこでしたっけ」

「トルコ、イスタンブールだ」

「トルコだったんですか……」

 初耳である。

 確かあの辺りは『メルセゲル』の勢力圏内だ。中東、エジプトから南アフリカまでを広くカバーし、資金が潤沢なイメージがある。

 みんなもアルフレッド教官の出身地に興味を持ったようで、リヴィオが口火を切る。

「あそこって内戦ばっかりだったのに、最近はそんなニュース聞きませんよね」

 アルフレッドが応じる。

「確かに、メルセゲルの設立以降は紛争問題も順次解決しているな。セブンの力添えもあったかもしれないが……基本的には話し合いで解決している」

 争いがなくなるのはいいことだ。

「あー、そういえば……」

 普段はお堅い話が苦手な結賀だが、知っていることがあるようで会話に参加してきた。

「その話し合い、名前までは知らねーんだが、一人の男が仲介役になって複数の民族問題を見事に解決しちまったらしいぞ」

「なんだそれ、超カリスマじゃねーか……。そんな奴本当にいるのかよ」

 リヴィオの懐疑的な台詞に対し、アルフレッドは結賀を肯定してみせた。

「ああ、実在する。歴史に名の残るレベルのカリスマだろうな」

「マジかよ……」

 そんなこんなで話していると、セルカ理事長と業者に動きがあった。

「では、この価格で合意ということで」

「理事長には負けましたよ……」

 二人は席を立つと軽く握手し、業者は敗北者のオーラを出しながら食堂から去っていった。

 すぐにシンギはセルカのもとに向かう。

「やっと終わったのか。で、どうだった?」

「ばっちり」

 セルカ理事長は満面の笑みで親指を立てていた。その仕草は可愛らしく、とてもシンギ教官と同年代の女性とは思えないほどだった。

 セルカ理事長はテーブルに散らばった書類をまとめ、外に出るように促す。

「ほらほら、みんな解散。ここもすぐに職人さん達が作業しに来るからね」

「もう少しだけ良いじゃないですか。学園内でクーラーが効く場所、ここしか無いんですし」

「駄目です。ちなみに寮の部屋も一斉に改装しちゃうから、今のうちに荷物をまとめて仮宿に移しといてくださいね」

「……はーい」

 セルカ理事長の鶴の一声で全員が席を離れ、それぞれ目的を達するべく食堂を後にした。



「――一体何を考えているんだ貴様は!!」

「まあまあ、落ち着いて頂戴。そんなに怒ると疲れるでしょう?」

 同刻、日本、七宮重工本社内会議室

 七宮重工社長、稲住愛里は5人の中年男に責められていた。

 愛里は会議室内の奥、テーブルに足を載せてリクライニングチェアに腰掛けており、男たちはそんな彼女と向かい合う形で椅子に座っていた。

 男たちは全員高そうなスーツに身を包み、胸元には議員バッヂが輝いていたり、大量の勲章が貼り付けられたり、全員が国の要職に就いていることが一目で分かった。

 それぞれの脇には秘書らしき男が待機しており、順次資料を中年男に手渡ししていた。

「流出した特許技術は100以上、先端技術も無償公開……概算で見積もっても損失は国家予算の3割を超える……これだけの技術を無償で世界に公表するなんて……せめてライセンス化すれば莫大な利益を上げられたものを……」

 そう言って目元を押さえる中年男に、愛里はのんきな声で言い返す。

「あのねえ、それは日本のものじゃなくて七宮重工のものなの。それを私がどうしようと勝手でしょう?」

「勝手にしては駄目だから我々がこうやって出向いておるんだ。……お前は法律というものを知らんのか。これは立派な情報漏洩だぞ」

「あーあ、いやだいやだ、頭の固いお役人さんほど面倒でつまらない人種はいないわ」

 愛里は左手を広げ、爪を弄り始める。

「報復が怖いからってセブンとの繋がりを黙認しておいて、セブンが消滅した途端責めに来る……理不尽じゃない?」

「理不尽でも構わん。とにかく、今すぐ情報の公開を辞めたまえ。そして正式にライセンス化を……」

「もしそんなことをしていたら、どうなっていたと思う?」

 愛里は爪いじりを止め、高官の言うことを無視して語り出す。

「ここ10年、セブンの監視のせいで自由に動けなかった国や企業は数えきれないほど。セブンが破壊された今、怒りの矛先は間違いなく七宮重工に向けられていたわ。でも、こうやって貴重な情報を惜しみなく放出すれば、世間は私達を良い企業と捉えてくれる。これだけ損失を被れば相手の怒りも収まるというものよ。むしろ感謝してくれているかもしれないわね」

「むう……」

 愛里に説明され、中年男たちは押し黙る。

「何にせよ、公開してしまったものはどうしようもないわ。せいぜいこれからのことを考えることね、お役人さん」

 愛里はこれで話は終わりと言わんばかりに椅子から立ち上がり、会議室の出口へ向かう。

 歩いている途中、中年男の一人が愛里に告げる。

「確かに、終わったことをグチグチ言っても仕方がない。だが、これから貴方は公安にマークされることになる。それだけは十分に承知しておいてくれよ」

「はいはい」

 愛里は背を向けたまま手を振り、部屋を後にした。

 部屋を出ると黒いパーカーに身を包んだ女性が待ち構えていた。

 フードを深く被っている彼女は何を言うでもなく愛里の横につき、一緒に歩き始める。

「大丈夫でしたか、アイリ」

「平気よキノエ。あいつら、どうせ何も手出しできないんだから……怖いのは社内の役員連中のほうよ」

 愛里はレディーススーツのジャケットを脱ぎ、フード姿の女に押し付ける。

 女はジャケットを受け取り、脇に抱える。

「キノエ」

「はい」

「今回の件で社長も辞任させられそうだし、そろそろ新しいおもちゃを用意しないとね」

「と、いいますと?」

「……URの連中とコンタクト取れないかしら」

「いきなり何を言い出すんですか、アイリ」

 フードの女は足を止める。愛里は暫く歩くと振り返り、フードの女と向かい合う。

「ここ10年、本当につまらなかったわ。シンギも相手にしてくれないし、ずっとセブンの面倒を見ながら金を稼いでいただけ。でも今回鬼代一に乗って戦って、久々に楽しめた気がするの……」

 その時のことを思い出しているのか、愛里は体を浅く抱いて身震いする。

「だから、あいつらと関係を持てばもっと楽しめるんじゃないかって思ったわけ」

「思いつきで物を言わないで下さい」

 フードの女は注意したが、その声は愛里に全く届いていなかった。

 ……稲住愛里は楽しいことが大好きな女である。

 一時は非合法な組織とつるんで犯罪じみたことをやっていたこともあるし、それこそVFに搭乗して破壊行為にも及んでいる。

 10年前の更木正志の事件の際にも法に触れる行為を何度も行った。

 そんな過去が許されているのは、彼女が狡猾で権力を持った人間だからだ。

 だが社長という権力ももうじき失うことになる。

「キノエ」

「はい」

「別に奴らと仲良くしようってわけじゃないわ。とにかく、できるだけURの情報を掴んでおきたいのよ。やってくれるわよね?」

 フードの女は逆らえないのか、しぶしぶ首を縦に振った。

「わかりました……」

 そう応じると女はジャケットを愛里に返し、通路の影の中に消える。

 すぐに気配も消え、通路には愛里一人だけとなった。

「さて、最後の週末になりそうだし、少し羽目を外そうかしら」

 愛里はジャケットを肩に担ぎ、通路を一人歩き出す。

 その足取りは軽かった。

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