表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 4 漆黒の双刃
93/133

 23 -宵の口-

  23 -宵の口-


 ――葉瑠は夢を見ていた。

 数年前、日本で暮らしていた時の夢。

 中学生になり学校へ行かなくなった私は在宅学習で勉強を行っていた……が、卒業資格を得るためには月に何度かフリースクールに顔を出さなければならなかった。

 初めてフリースクールに行った日。

 私は宏人さんと出会った。

 それまでは不安で不安で仕方がなかった生活が、宏人さんのおかげで一気に明るくなった。フリースクールに行くのが、楽しみで楽しみで仕方なくなった。

 宏人さんのおかげで陰湿ないじめにも耐えられたし、叔父の暴力にも屈することはなかった。

 私の唯一の味方。それが宏人さんだったのだ。

 夢の中で、葉瑠は宏人との会話を思い出す。

「葉瑠ちゃん、僕とばっかり話しているけれど、他のみんなとも交流したほうが良いんじゃないかな」

 小さな教室の中、私は駄々っ子のごとく首を左右に振る。

 それを見て宏人さんは小さく笑う。

「僕のことを気に入ってくれているのは嬉しいよ。でも、他の人とコミュニケーションを取らないと、葉瑠ちゃんの世界は狭いままだよ?」

 狭くても良い、と私は即答したと思う。そして、宏人さんの優しい目を上目遣いの眼鏡越しにじろじろと見た。

「仕方がないなあ」

 宏人さんは私の手を取り、隣のブースで談話している生徒達の輪に私を投げ込む。

 生徒たちはいきなり出現した女の子に戸惑いつつも、話しかけてくれた。

「はじめまして、私はミカ、あなたは?」

 葉瑠です。……としどろもどろに答えた瞬間、宏人さんは私とそのミカという女子の手を握り、無理やり握手させた。

「ほら、これで世界が広がったよ」

 これだけで?

「そう、これだけでいいんだ。」

 宏人さんは私の両肩を掴み、ゆっくり告げる。

「人は一人では生きていけない。他人と繋がることでコミュニティを作り、豊かな人生を構築していくんだ。だから葉瑠ちゃん、人と関わることを恐れちゃいけないし、できた繋がりは大切にするんだよ」

 何だか、本やドラマでよく耳にするもっともらしい言葉だが、こうやって直接私だけに語りかけられるとぐっとくるものがある。

 私はミカという女の子に続けて話しかけようとした。が、ミカは何故か嫌悪の目で私を見ていた。

「……あの子が例の更木の娘? うわ、話しかけられちゃった、気持ち悪い……」

 彼女はこちらに聞こえるように、わざと大きな声で告げた。

 そして、仲間内で悪口を重ねながら私から遠ざかっていった。

 慣れている言葉だ。私の心には響かない。

 だが、せっかく宏人さんに作ってもらった繋がりが消えたことは何だか残念だった。

 しゅんとしている私に、宏人さんは優しく語りかける。

「葉瑠ちゃんはこれからの人生でいろんな出会いと別れを繰り返すと思う。でも、これだけは覚えておいて欲しい。……僕は常に葉瑠ちゃんと繋がっているってことを」

 愛の告白に似た言葉に、私はすごくドキドキした記憶がある。

 やっぱり夢のなかでも宏人さんは格好いい。

 大好きだ。

 この間告白したことがもう何年も前の事の用に感じられる。

 私は相変わらず宏人さんのことを好いている。私を泥沼から救ってくれた彼を、心の底から愛しているのだ。

 はっきりと認識した時、葉瑠は目を覚ました。

「おはよう葉瑠ー」

 目覚め一番に耳に届いたのは高い少女の声。

「おはよう……ございます……」

 葉瑠は小さな言葉で応じ、寝ぼけ眼で声がした方向を見る。が、眼鏡が無いので全く見えなかった。

 葉瑠は上半身をもたげ、メガネを探すべく周囲を探る。

「はいこれ」

 声と同時に手の甲に眼鏡のツルが触れた。

 葉瑠は「どうも」と礼を言ってツルを開き眼鏡を装着する。

 すると、豪勢な装飾で彩られた壁が視界に飛び込んできた。

(おお……)

 どうやらどこかの高級ホテルの一室のようで、葉瑠は室内中央に鎮座している大きなソファに座っていた。

 また、眼鏡を掛けたことで声の主の正体も分かった。

「カヤちゃん……?」

 ウェーブの掛かったブロンドの髪、その上には猫耳のカチューシャが装備されている。

 だが、表情はどことなく固く、普段のゆるい雰囲気は感じられなかった。

「取り敢えず着替えさせるように言われてるから、それ脱いでー」

「それ……?」

 葉瑠は自分の体に視線を落とす。

 着ているのは薄手のランナースーツ、一枚のみだった。

(!!)

 葉瑠は恥ずかしさのあまり咄嗟に身を縮こませ、カヤの視線から逃れるべくソファから床に転がり落ちる。

 そんな過剰な反応に、カヤは溜息をつく。

「はあ……この部屋、わたししかいないから安心していいよー。っていうか、早く着替えないと宏人が帰ってきちゃうかもよー」

「宏人さんが!?」

 葉瑠は飛び起き、周囲を見る。確かに室内にはカヤ以外の姿は見られなかった。

「着替え、そっちだからねー」 

 カヤはテーブルを指差す。テーブルの上には着替えが綺麗に並べられていた。

 青が目立つ服だなと思っていたが、よく見るとスラセラートの制服だった。

 葉瑠はクリーニングされた制服に着替えつつ、カヤに現状の確認を行った。

「ねえ、カヤちゃんって……」

「URの構成員だよー」

 カヤはこちらの質問が分かっているかのように、情報をどんどん吐き出していく。

「他にもジェイクってのっぽの男が一人、で、知っての通りリーダーが宏人。基本的にはこの3人で活動してるんだけれど、VFやら兵装関係は中国兵器開発局の人が準備からメンテから開発までやってくれてる感じかな」

「中国……? まさかここって……」

「そうここは中国南端の海南島だよ。で、この部屋はリゾートホテルのVIPルーム。他にも色々部屋があって、ここにシンギと瑞月博士が監禁されてたってわけ。分かったー?」

「監禁……」

 どんどんと吐き出される情報を何とか理解しつつ、葉瑠は最終確認をする。

「あの……セブンは……完全に消滅したんだよね?」

「そう、わたしたちの完全勝利だよ」

「そう……」

 アビゲイルさんを守りきれなかった。改めてその事実と向かい合っていると、ノック音が部屋に響いた。

「カヤ、葉瑠ちゃんは起きたかい?」

 それは宏人さんの声だった。

 カヤはドアに顔を向け、大きめの声で応じる。

「もう起きたし、着替えも終わったよー」

「それはよかった。入るよ」

 短いやり取りの後、部屋のドアが開き宏人さんが中に入ってきた。

 宏人さんは全身白のスーツに身を包んでおり、室内灯の明かりを反射して綺麗に輝いていた。

「さて、それじゃあ行こうか葉瑠ちゃん」

 宏人は葉瑠に手を差し伸べる。すぐにでも宏人の元に駆け寄りたい葉瑠だったが、冷静になって宏人と対峙する。

「どこに行くんですか? 私を監禁するつもりじゃ……」

「まさか。これからディナーに行くつもりだよ」

 宏人さんの格好から察するに、高級料理店にでも行くのだろうか。

 葉瑠はふと高級料理を連想してしまう。その想像に応じるように、お腹の虫がきゅうと鳴った。

 宏人は口元を押さえて微笑む。

「ふふ……葉瑠ちゃん、随分と長い間眠っていたからね、その様子だと随分とお腹が減ってるんじゃないかい?」

「……」

 ……恥ずかしい。

 恥ずかしさを紛らわす意味も込めて、葉瑠は質問を投げかける。

「宏人さん、この状況を説明して下さい」

「カヤから聞かなかったのかい?」

「聞きました。でも、もっと詳しく宏人さんから聞きたいんです!!」

 宏人さんが実はURのリーダーで、代替戦争の邪魔をしていて、今回はとうとうセブンを破壊してしまった。それだけでも驚きだというのに、中国とも深い関係を持っているらしい。

 組織図というか、どういう力関係が働いているのか把握しておきたい。

 それを理解できれば、今後の私の待遇も予想できるというものだ。

「詳しくは食べながら説明するよ。ほら、早く行こう」

 宏人はとことん葉瑠の言葉を無視し、腕を軽く掴む。

「だから先に説明して……あう」

 腕を引かれ、葉瑠は間の抜けた声を出してしまった。

 頭では離れなければと思っているのに、どうにも抗えない。

 葉瑠は宏人とともに部屋を出て、廊下に出た。

「カヤ、留守番を頼むよ」

「えー、わたしも出かけようと思ってたんだけど……留守番ならジェイクに頼んでよ」

「ジェイクはVFを開発局の連中に引き渡している最中なんだ。だから……」

「はいはい、それなら仕方ないねー……」

 不服そうなカヤの返事を聞くと、宏人は「任せたよ」と念を押してドアを閉めた。

 そして、大理石の廊下を歩き始める。

「行こうか」

「……はい」

 手を引かれ、不安を感じつつも葉瑠はその後に続いた。



 エレベーターで一気に1階まで降り、ホテルを出て歩くこと10分。

 葉瑠はホテル裏にある静かな海岸を訪れていた。

 時刻は夕暮れを過ぎ、宵の口。

 群青に染まった海は昼間とは違う波音を海岸に響かせていた。

 昼間は海水浴客で賑わっていたであろう海岸に、今は人の姿はない。

 そのせいか、遠くのさざ波の音までよく聞こえるような気がした。

(ん、あれは……?)

 葉瑠は改めて海岸を見る、と、砂浜の上に明かりに照らされた場所があった。

 3m四方のその場所は白いレースカーテンで囲まれ、中にはレストランからそのまま持ってきたようなテーブルセットが鎮座していた。

 椅子は合計で4つ。その2つにすでに人が座っていた。

「――ようやくお出ましか、宏人」

 静かな海岸にぶっきらぼうな声が響く。

 カーテンが風に揺られ、中の様子が見える。

 テーブルには狼の如き威圧感を発する男……ブラウンの髪に鋭い眼光、口元から覗く八重歯と真っ赤な人工眼球が特徴的な、人類最強と謳われるランナー、シンギ教官が座っていた。

 彼に名を呼ばれ、宏人さんは小走りで駆け寄る。

「待たせてすみませんシンギさん、準備に手間取ってしまいまして」

「あ、すみませんでした……」

 宏人に合わせて葉瑠もなんとなく謝る。

 そして、海岸にセットされた小さなレストランに足を踏み入れた。すると、シンギ以外にも女性が一人いることに気がついた。

「あ、瑞月さん……」

 円形のテーブル、シンギ教官の左隣に座っていたのは結賀の義姉、溜緒瑞月だった。

 以前コーヒーショプで見た時は笑顔の似合う可愛い女性だったが、今は疲労からかやつれているように見える。だが、きらりと輝くおでこは健在だった。

 瑞月は葉瑠を見つけると軽く会釈する。葉瑠も「どうも」と会釈を返し、彼女に近づく。

「大丈夫ですか? 結賀、とても心配してましたよ」

「怪我も何もないから大丈夫、洗いざらい吐かされちゃったけれどね……」

 彼女は白のワンピースに身を包んでいた。露出はそれなりにあったが、肌に傷の類のものは確認できず、暴力を受けたというわけではなさそうだった。

 宏人はシンギの正面に座り、葉瑠は必然的に宏人とシンギに挟まれる形でテーブルに着席することになる。

 すぐにシンギ教官が話しかけてきた。

「しかし葉瑠もそっち側だったとはな、全ッ然気付かなかったぞ」

「いえ、私は……」

 緊張気味の葉瑠に代わり、宏人が対応する。

「葉瑠ちゃんは違いますよ。まあ、これから同志になってもらうつもりですけれど」

 どこからともなくウェイターが現れ、4つのグラスに緑がかったボトルから琥珀色の液体を注いでいく。

 慣れない匂いだ。琥珀色の液体からは小さな泡が発せられていた。

 多分シャンパンだろう。

 全員に注ぎ終えるとウェイターは一礼してテーブルから下がる。一呼吸置いて宏人がグラスを手に持った。

「では、セブンの破壊を祝って、乾杯」

 宏人一人だけがグラスを持ち上げ、口元で軽く傾ける。

 シンギは腕を組んだまま動かず、瑞月も腿の上に手を載せたまま動かず、葉瑠はグラスに触れているものの、様子を窺って迷っていた。

 ……そもそも飲酒できる年齢に達していない。

 グラスの半分ほどを胃に流し込むと、宏人はシンギに酒を勧める。

「シンギさん、お酒は……」

「いらねーよ。“俺に伝えたい事”とやらがあるんだろ? さっさと言えよ」

「私もパス。重要な話があるんでしょ? シラフで聞きたいわ」

「そうですか……」

 宏人はグラスをテーブル中央へ押しやり、早速話し始める。

「この話、まだ中国側には話していないんですが……僕は量子コンピュータとAGFの技術を世界に公開するつもりです」

「え?」と声を発したのは葉瑠だった。

 宏人さんが何を考えているのか、ますますわからなくなってしまった。

 この発言は二人にとっても意外だったようで、シンギ教官はすぐにつっこみを入れる。

「そんなの、中国が黙ってないだろ。技術を独占して有利に立ち回るつもりでいるだろうからな。ヘタしたら殺されるかもしれねーぞ」

「シンギさん、まだ僕のこと心配してくれるんですね」

「……」

 宏人の言葉に対し、シンギは溜息と呆れ顔で応じた。

 宏人は笑顔を保ったまま話を続ける。

「各国が強力な武器を持てば、それが抑止力になります。物事はそう単純には行きませんでしょうが、少なくともセブンに監視されてスポーツじみた代替戦争を行うよりも健全な世の中になるとは思いますよ」

「健全、ねえ……」

 何を以って健全とするのか。

 葉瑠にはよくわからなかった。が、本物の戦争が起こりえるこの状態は健全という言葉とかけ離れているように思えてならない。

 宏人さんには宏人さんなりの考えがあるのだろうが、今の私には理解できそうになかった。

「……失礼します」

 声と共にカーテンが開き、料理を持ったウェイターが現れた。

 テーブルに料理が配膳され、仕切りなおすように宏人は告げる。

「さあ食べてください。ここの料理、美味しいって評判らしいですよ」

 テーブル上には数種類の料理が盛られたプレートが置かれていた。

 葉瑠は取り敢えずフォークを手に取り、他の人の様子を伺う。

 まず料理に手を付けたのはシンギ教官だった。

 シンギ教官はプレートを貫くような勢いで料理にフォークを突き刺し、豪快に口に運ぶ。

 続いて宏人さんは気兼ねなく食べ始め、瑞月さんも恐る恐る料理に手を付け始めた。

 葉瑠も3人を真似て料理を頬張る。

 まず食べたのはトマトにスライスチーズが挟まれた料理。

 久々に食べ物を口にしたこともあり、舌が喜んでいるのがよく分かった。

 全員が粛々と食事を進める中、思い出したように宏人が喋り出した。

「……あ、そうでした。お二人にお願いがあるんですけれど、解放されても僕の正体をバラさないでくれませんか」

 突然のお願いに、シンギと瑞月は手を止めて冷たく応じる。

「そりゃ無理な相談だ。嫌なら今まで通り監禁を続けるんだな」

「私も、事の顛末を全て日本政府に報告するつもり……いえ、報告する義務があるわ。それが国益を脅かすような人物に関する情報ならなおさらのこと、ね」

 宏人は手を止めることなく「こまったなあ」と呟く。

「実はスラセラートを襲撃した際、カヤの正体がバレちゃったんですよ。となると僕も疑われかねません……と言うか、実際に疑われていると思います。その疑いを晴らすためにも、シンギさんには僕も監禁されていたと証言して欲しいんです」

 なるほど、よく考えたものだ。

 実際、UR以外で宏人さんの正体を知っているのは私を含めシンギ教官と瑞月さんの3名、この場にいる3名だけだ。

 この3人の口を封じれば、正体は露見しないことになる。

 シンギ教官はフォークの先を真正面にいる宏人さんに向ける。

「お前、どうしてそこまで正体を隠したいんだ? 自分がURのリーダーだって公言しても困ることは何もないだろ」

「事情があるんです……」

 宏人の歯切れは悪かった。

 そして、これ以上質問されることを恐れてか、宏人は手早く交渉のカードを切った。

「……セルカ・キルヒアイゼンに橘結賀」

「!!」

 名前を出した瞬間、場の空気が凍りつくのが葉瑠にも分かった。

 そんな中、宏人は静かに言葉を続ける。

「……もし従ってもらえないなら、彼女たちを殺します」

 “殺す”という言葉が出た瞬間、シンギ教官は手に持っていたフォークをどん、とテーブルに突き立てた。歯は折れることなくテーブルに突き刺さり、テーブル甚大なダメージを与えた。

「テメー、セルカに手を出したら……」

「スラセラートに内通者がいます。その者に殺させます」

 至極冷静な宏人の対応に、シンギは深呼吸してフォークから手を離す。

「……馬鹿か。セブンが消えて代替戦争が無くなった以上、スラセラートは閉校だ。セルカもキルヒアイゼン本社に引き上げさせる。内通者もクソもねーよ」

 宏人は首を左右に振る。

「いいえ、スラセラートはこのまま存続すると思いますよ。むしろ学生の数は激減することで業績は良くなるんじゃないですか? ランナーを派兵する民間軍事会社としてみれば、スラセラートは世界トップレベルですから」

 閉校と聞いて驚いた葉瑠だったが、宏人さんの言うことには現実味があった。

 今、学園の収入源の殆どがルーメ教官やアルフレッド教官などのOBによる派兵事業だ。学生に掛かる経費が削減されれば、業績が良くなるのは自明の理である。

 少し遅れて瑞月も意見を述べる。

「スラセラートが存続するとしても、結賀が学園に残るとは思えない。……絶対に日本に戻ってくると思うわ」

「いいや彼女は残りますよ。葉瑠ちゃんが学園にいる限り」

 ここで初めて宏人さんの視線がこちらに向けられる。

「ということで葉瑠ちゃん、こんなところまで連れて来て悪いんだけれど、スラセラートに戻ってもらうよ」

「え、あ、はい……」

 急に話を振られ、葉瑠は特に考えることなく頷いてしまう。

「お二人も、いいですね?」

 人質を取られている以上、二人に選択肢はない。無論、私にも選択の余地はなかった。

 無言を肯定と判断したようで、宏人は笑顔に戻った。

「シナリオ的には……シンギさんがURの隙を突き、僕と瑞月博士と葉瑠ちゃんを連れて華麗に脱出って感じですかね」

「どんだけ超人なんだよ、俺は」

「謙遜しないで下さい。シンギさんは紛うことなき超人ですよ」

 宏人は食事を再開し、プレート上の料理をどんどん口へ運んでいく。

 シンギはこれ以上食べる気は無いのか、席を立つ。

「宏人」

「なんですかシンギさん」

「何でも自分の思い通りになると思うなよ……」

 言い捨てるとシンギはカーテンをまくり上げ、砂浜から去っていった。

「……肝に銘じておきます」

 独り言のように告げると、宏人はグラスを傾け一気に中身を飲み干した。

 シンギが退席したことで、瑞月もナプキンで口元を拭き、ゆっくりと椅子から立ち上がる。

「私も、同意はしたけれど認めたわけじゃないからね……いつか痛い目を見るわよ」

「僕もそう思うよ」

 屈託のない笑顔に毒気を抜かれたのか、瑞月は最後に小さく「ごちそうさま」とつぶやき、シンギと同様にその場から離れていった。

「二人きりになっちゃったね」

「はい……」

 宏人さんと二人きりだ。

 数カ月前のデートでもこういう状況になったが、今はなぜかドキドキしない。

 いや、ドキドキしているのはしているのだが、これは不安の動悸だ。

 葉瑠は食事を止めて宏人の言葉を待つ。宏人は2杯めのグラスを空け、言葉を再開する。

「葉瑠ちゃん、僕をひどい男だと思うかい?」

 意外な言葉だった。

 問われた葉瑠は首を縦にも横にも振れず、ただ俯いたまま何も答えられなかった。

 先ほどの質問を皮切りに、宏人は語り始める。

「僕は、僕の信念のために行動しているだけなんだ。そこには個人の欲も悪意も介在していない。僕は純粋にこの世界のことを憂いているんだ」

 言葉を区切り、宏人は葉瑠に体を寄せる。

「この世界のことを思うなら、いや、僕のことを想ってくれているのなら、僕に協力してくれないかい」

「協力……」

「そう……一緒にスラセラートに戻って、僕の手伝いをして欲しいんだ」

「……」

 アビゲイルさんの破壊に手を貸してしまった罪悪感は大いにある。が、その罪悪感よりもスラセラート学園でみんなといっしょに日々を過ごしたいという欲求のほうが強かった。

 それに、もう私の居場所は宏人さんの隣しかない。

 答えは決まっていた。

「わかりました」

 頷くと、宏人さんはこちらに優しく抱きついてきた。

(わわ……)

 優しい抱擁だ。こんなことで頬が緩むほど喜んでしまう私も私だが、たまらなく嬉しいのだから仕方がない。

「ありがとう、葉瑠ちゃん」

 耳元で告げると、宏人さんはこちらの背中をぽんと叩き、席を立つ。

「出発は明日。それまでは自由にしていていいからね。……あと、何か欲しいものがあればどんどん頼んでいいよ。今日は深夜まで貸し切りだからね」

「はい……」

 料理よりももっと宏人さんと話していたいのだが……宏人さんはこの後何か用事があるようだ。

 宏人さんは最後に軽く手を振ると「じゃあね」と微笑み、カーテンをくぐって姿を消してしまった。

 一人になり、葉瑠は溜息をつく。

「はあ……」

 宵の口の砂浜のレストラン。

 語呂だけを聞けばロマンティックな雰囲気だが、一人だと結構寂しい。

「……ウェイターさん、すみません」

 その後、葉瑠はテーブルからメニューを手繰り寄せ、何か料理を頼むことにした。



 葉瑠が砂浜で一人、次々と運ばれてくる料理に舌鼓を打っている頃。

 宏人は夜道を歩きながら携帯端末でジェイクと会話をしていた。

「終わりましたか、主」

「ああ、予定通り何とかなりそうだよ。やっぱり人質は便利だね」

 ……シンギさんにはセルカ理事長が、そして瑞月博士には結賀という大事な人がいる。

 もし彼らの交友関係が希薄だったら、守る者が誰もいなければ、今頃僕は血祭りに上げられていたことだろう。

 明日からはスラセラートに戻る。

 あれだけ派手にやってしまったので復旧には時間が掛かるだろうが、一教官として普通の日々に戻れるのはそれなりに嬉しい。

 これから世界は多少混乱するだろうが、最終計画まで完遂させれば穏やかな日々が待っていると信じたいものだ。

 ……それもこれも如何に更木正志という役割を上手く演じられるかに掛かっている。

 セブンの破壊を成功させて小休止したいのは山々だが、これからも気を抜かずに頑張らねばならないだろう。

 一人で決意を改にしつつ、宏人はジェイクとの通話を続ける。

「それにしても、君から掛けてくるなんて珍しいね。何かVFにトラブルでもあったのかい?」

「いえ、先日の話なのですが……」

 ジェイクの声のトーンが落ちる。その後数秒の沈黙を置いて、ジェイクは真剣に語り始めた。

「我々が世界に量子コンピュータと重力制御技術を公開をする以上、中国と縁を切ることになると思うのですが、このままで大丈夫なのですか」

 当然の心配である。ジェイクの不安を解消すべく、宏人は快活に答える。

「大丈夫。僕らが何をしなくても情報は勝手に公開されるから問題ないよ」

「それはどういう……」

 二度目の疑問が来ると同時に、宏人はある日本企業の名前を告げた。

「七宮重工だよ」

「七宮重工……?」

「そう。彼らは必ず情報を公開すると思うよ」

 宏人は携帯端末を右から左へ持ち替える。

「そもそも、中国の量子コンピュータやAGFの技術は七宮重工から盗み得たものだからね。中国は文句も何も言えないよ」

 七宮重工にこの技術があったからこそ、セブンからの直接の依頼でファスナ・フォースやその他諸々の修理メンテナンスを行えていたのだ。

 実用していないだけで、技術の扱いについては中国の数段先を行っているはずだ。それは技術を広める点でも大いに役に立つだろう。

 ジェイクの質問は続く。

「それは確実なことなのですか?」

「確実だよ。だって七宮にとってこれは汚名返上の大チャンスだからね」

「チャンス、ですか……?」

「セブンと深く関わることで七宮は莫大な利益を上げてきた。セブンが消失した今、世間からのバッシングは必至……だけれど、無償で技術を公開すれば彼らを責める者はかなり少なくなるはずだよ」

「なるほど……流石は主です」

「それに、技術を標準化しないことには七宮重工の武器や兵装の商品も売れないからね……まあ、僕でなくとも普通に思いつくことだよ」

 一応こちらからそれとなく七宮重工に働きかけて情報公開を促すつもりだが、そこまで心配するようなことでもないだろう。

 会話をしている内にホテルのロビーに着き、宏人はジェイクに別れを告げる。

「それじゃあ、疑問も解消したところでそろそろ切るよ」

「はい、お手を煩わせて申し訳ありませんでした。お休みなさい、主」

「お休み。今日は久々に熟睡できそうだよ」

 宏人はそう言って通話を終了し、端末を内ポケットにいれた。

 まだ寝るには早いが、VIPルームで過ごす最後の夜になるのだし、最高級品質のベッドの感触を思う存分味わうことにしよう。

 その後宏人は自室に戻ると、シャワーを浴びることなくベッドに直行し、数分もしない内に深い眠りについた。


 これで第4章『漆黒の双刃』は終了です。


 第5章では国家間でAGFを用いた本格的な戦争が始まります。基本的には学園を中心に話が進みますが、スラセラートのランキング上位のランナー達は傭兵として様々な国の軍に雇われ、戦禍に巻き込まれていくことになります。葉瑠も宏人と共に中国のランナーとして戦うことになるかもしれません。


 今後もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ