22 -交渉-
22 -交渉-
(急に静かになったな……)
接敵から15分
カヤを倒したリヴィオは結賀と共に住居エリアから演習場に移動していた。
二人共VFに搭乗しており、リヴィオは鎖に巻かれた真っ赤な骸骨のVFを、結賀は右の手でガッチリとカヤを拘束していた。
カヤは先程まで結賀に激しく詰問されていたせいか、憔悴の表情を浮かべていた。
結局、結賀はカヤから姉の居場所を聞き出すことができなかった。もう少し暴力を加えていれば吐いたかもしれないが、そうなる前に止めさせた。
いくら敵とはいえ、年端のいかぬ少女が暴力を受ける光景は見たくない。改めて後ほどじっくりと聞き出せばいいだけのことだ。
結賀は未だ納得出来ないようで、先ほどから全く通信に応じてくれない。
ちなみにスーニャとは連絡が取れた。吹っ飛ばされた衝撃で一瞬気を失っていたらしいが、コックピットの生命維持装置は正常に稼働しており、問題ないとのことだ。
彼女に関しても後ほど救出すればいいだろう。
暫く無言で移動していると、通信機から女性の声が響いた。
「二人共お疲れさま、上手くやっつけたみたいね」
声とともに南側から現れたのはエネオラ機だった。
エネオラ機はコート状の装甲を身に纏っていた。これが例のマインドレスという兵装のようだ。
ロジオン教官から聞いた話では、マインドレスは内部であらゆる種類の爆発物や爆弾を合成し、袖口のシューターで射出できるらしい。
強力な兵装には違いないが、扱いにくそうだ。
だが、エネオラ先輩は見事に使いこなした。その証拠に、彼女の背後には黒ずんでスクラップと化した巨漢のVFが引き摺られていた。
相当量の爆発を受けたのだろう。赤の装甲はほとんどが黒ずみ、頭部を始め、あらゆるパーツが欠落していた。
既に人の形はしていない。ゴミ捨て場に置いてあっても違和感がないほどボロボロだ。
何をどうすればたった数分でここまで破壊できるのだろうか……
黒焦げのVFの残骸をじっくりと観察した後で、宏人は遅れてエネオラに応じる。
「先輩こそお疲れ様です。その様子だと余裕だったんじゃ……?」
「うん、余裕だった。本当はランナーも確認したかったんだけれど、熱で装甲が変形しちゃって、コックピットハッチが開かないみたい」
「そうですか……その、話したりしました?」
「ううん、全然。言葉が通じてないのかも」
そう言うとエネオラ先輩は黒焦げのVFのコックピット部分をコンコンとノックしてみせた。
宏人は、中に宏人がいるかもしれないと考えていた。
カヤは何も言わないが、URの討伐のために学園を離れたのはシンギ教官とカヤ、そして川上教官の3名だ。
シンギ教官はURと対峙したことがあるので除外するとして、川上教官はカヤと同様、URの構成員の可能性がある。
「エネオラ先輩、実はその中には……」
「あれ、扉が壊れてる……」
リヴィオはその可能性をエネオラに伝えようとしたが、その前に目的地に到着してしまった。
ラボの入り口、重厚な扉は内側に向かって倒れていた。
中は暗く、状況はよく分からない。
取り敢えず中を覗き込もうとリヴィオは前に出たが、「ちょっと待って」と、エネオラに止められてしまった。
「中、明るくするから」
エネオラはマインドレスをゴソゴソさせたかと思うと、袖のシューターから丸い物体をラボ内部に射出した。
丸い物体はコロコロと転がっていき、暗がりに消える。
数秒後、丸い物体は徐々に発光し始め、あっといまにラボ内を明るく照らし出した。
まず3人を出迎えたのは紫のVFだった。
「嶺染……こんなところにどうして……」
シンギ教官専用の機体、嶺染はコックピット部分が綺麗に破壊されていた。
奥へ進むと、2機のセブンクレスタが横たわっていた。
1機は嶺染と同じく胸部を貫かれ、もう1機は無傷のままだった。
他に異常はないか慎重に観察していると、不意に何かが動いた。
「誰だ……?」
リヴィオ、結賀、エネオラの三名は同時に異変に気づき、視線を奥へ向ける。
ラボの床付近、光を反射して眼鏡のレンズがキラリと光る。
いち早く彼女の名を発したのはリヴィオだった。
「葉瑠!!」
葉瑠は一人、暗い床の上に立っていた。
怪我を負っている様子はない。
表情は不安げ、両手を胸元で握っており、少し及び腰だ。
(無事だったのか……)
リヴィオは葉瑠の無事に安堵する。が、安堵できたのもほんの一瞬の事だった。
葉瑠の背後の暗闇から太く平たい鋭利な長い物がぬっと現れ、ゆっくりと葉瑠の足元を取り囲んでしまったのだ。
それは獲物に対し巻き付く蛇のようであった。
その蛇の根本、よく見るとVFが存在していた。が、光から遠いため姿がよく確認できない。
それはエネオラも同じだったようで、すぐに光源を追加してくれた。
マインドレスの袖から丸い物体が射出され、ラボの奥へ転がっていく。
その物体が輝き始めると、次第にVFの姿が顕になった。
「こいつは……」
目の前に立っていたのは、両腕を失った白いVFだった。葉瑠を取り囲んでいる蛇の根本はその腰に接続されており、尾だということが理解できた。
白い尾は生き物のように波打ち、葉瑠と一定の距離を保っていた。
白いVFは挨拶も抜きでいきなり要求を告げる。
「多くを語らずとも分かるな? VFから降りてもらおう」
変声機越しの低い声が響く。
どうやら葉瑠を人質に取られてしまったようだ。
それはそうとアビゲイルの姿が見えない。破壊されてしまったのだろうか……
返答もしないで固まっているリヴィオ達に対し、白いVFは対応を急かす。
「一から説明しないと理解できないのか。この娘を殺されたくなければ武装解除しろと言っている」
言葉の後、白い尾の内径が狭まる。葉瑠は逃げ場を探して周囲に視線をやるが、結局動くことができず不安げな表情を浮かべるだけだった。
こんな葉瑠の姿を見せられて、要求を無視できるわけがない。
リヴィオは率先して武装解除を行うことにした。
コックピットハッチを開け、HMDを脱ぐ。
結賀はその行動を非難した。
「素直に従ってんじゃねーよ!!」
結賀の非難にエネオラも続く。
「そうだよ。こっちにも人質がいるわけだし、よく考えて行動したほうがいいよ」
「人質……」
リヴィオはエネオラの言葉でこちら側にも二人ほど人質がいたということを思い出した。
カヤは結賀機の手の中に、そしてもう一人の仲間は巨漢のVFのコックピット内にいる。
人質の数は2対1、数だけを見ればこちらのほうが有利なのだ。
会話を聞いていたのか、白いVFは二人の人質について触れる。
「人質か……もちろんその二人も引き渡してもらうつもりだ。……とにかく武装解除をしろ。交渉はそれからだ」
「何が“交渉”だ!! お前こそ、こいつを握り潰されたくなかったら葉瑠を解放しやがれ!!」
結賀は手を突き出し、これ見よがしにカヤを握りしめる。
カヤは苦悶の表情を浮かべ、苦しそうに呻いていた。
「やめろ!!」
リヴィオはコックピット内に戻り、結賀機の腕を掴む。
握力が弱まり締め付けが緩くなる。緩むと同時にカヤは激しく咳込んだ。危うく死ぬところである。
結賀は姉や葉瑠のことで頭に血が登っているのだろう。少し興奮気味だ。
これ以上状況を悪化させないためにも、早く落とし所を探ったほうがいい。
敵も交渉が平行線になることを危惧してか、早々にカードを切ってきた。
「……言い忘れていたが、我々はセブンのバックアップ端末の破壊に成功した」
「!!」
やはりアビゲイルは破壊されたようだ。重力盾さえ無効化できれば守り切れると思っていたが、現実はそう甘くない。
軽いショックを受けている間も、白いVFのランナーは喋り続ける。
「目的を達した以上、長居する理由もない。さっさと人質を交換しようじゃないか」
「……だったら、そっちから武装解除しろ」
結賀はしつこく相手に噛みつく。
そんな結賀の態度に苛立ったのか、白いVFのランナーは不快感を露わにする。
「全く理解できていないようだな……」
白い尾を更に狭め床をガリガリと削り始める。
一気に範囲が狭まり、葉瑠はほとんど身動きが取れなくなってしまった。
しかし、葉瑠は二本の脚でしっかりと立っていた。こんな状況だというのに、気丈な女子である。
白いVFのランナーは言葉を続ける。
「この人質を絞め殺し、お前たちも破壊して仲間を見捨てて強引に逃げることもできる。……だがそれは最悪の場合の話だ」
最悪すぎる展開だ。リヴィオはその光景を想像したが、すぐに止めた。
白いVFのランナーは言葉を和らげる。
「私はこちら側の仲間とVFを回収し、この場から離脱したい。この娘はその条件に十分見合う価値のある人質だと思うが……条件が呑めないなら、今ここで互いの人質を盾にしながら戦闘するか? 確実に死傷者が出る上、重力盾を取り戻した私にはどう頑張っても勝てないぞ」
全くもって相手の言うとおりであった。
今ここで相手を倒しても、アビゲイルが破壊され、セブンが完全に消滅したという事実は変わらない。
これ以上の戦闘は無意味だし、戦闘する理由もない。
ならば、人命を優先するのが道理だ。
エネオラも結賀もそれを理解したのか、急に大人しくなった。
「……人質は交換してやる。でも、VFは絶対降りないぞ」
「それでいい。では、カヤを解放してもらおうか」
結賀は「そっちが先……」と言いかけたが、エネオラが素早く制した。
「こっちには二人いる。向こうの言い分を聞いてあげましょ」
「……」
結賀は納得いかない様子だったが、エネオラに言われて右手を床に置き、指を開けた。
カヤはぐったりした様子で降り立ち、床に手をついて暫く動かなくなった。が、20秒もするとすっと立ち上がり、気合を入れるように首を左右に振った。
「よし、それじゃあ葉瑠を……」
「……渡すと思ったか?」
「え?」
――それから後の顛末は一瞬だった。
解放されたカヤは結賀機の股の間をくぐり、骸骨のVF目掛けて一気に駆け抜けていく。
エネオラ機は咄嗟にカヤを捕えようとするも、急に動き出した巨漢のVFに体当たりを喰らい、バランスを崩してラボの壁に体を打ち付けてしまった。
あの状態で動けるのか、と驚いたのも束の間、カヤは滑りこむように骸骨のVFに乗り込み、鎖を巻かれたままその場で浮上する。
そして次の瞬間にはラボの出口に向かって飛び去っていた。
黒焦げの巨漢のVFもその後に続き、あっという間にラボから姿を消してしまった。
「それでは失礼する」
白いVFは葉瑠を尾でしっかりと簀巻状態にし、リヴィオ機や結賀機を押し退けて出口へ向かう。
リヴィオは咄嗟に攻撃を加えようとしたが、葉瑠が人質になっているため結局手出しができなかった。
上昇した3機は上空で合流し、北の方角へ飛んでいってしまった。
追いかけようにも今の自分達には飛行する手段がない。
……敵機3機と3名のランナー、そして葉瑠もまとめて取り逃がしてしまった。
「クソッ!!」
リヴィオはVFのアームを床に叩きつける。
アビゲイルを破壊され、その上葉瑠まで奪われてしまった。完全敗北である。
照明弾がその光を失うまで、リヴィオ達3人はコックピットの中で打ちひしがれていた。
「アイツ、結賀……絶対殺してやる……」
「こらこらカヤちゃん、女の子がそんな物騒な事を言うんじゃないよ」
スラセラート学園から離脱後、宏人とカヤ、そしてジェイクは空を飛びながら早速反省会を開いていた。
カヤは興奮気味に言葉を続ける。
「だって、アイツ本当に酷かったんだよー? わたしが抵抗できないのをいいことに、殴ったり蹴ったり……」
「それでもシンギさんと瑞月博士のことを喋らなかったんだから、カヤちゃんは凄いよ」
「当たり前でしょー、わたし、こう見えてプロなんだから」
「……プロだというのに、素人相手に負けたのか?」
話に割り込んできたのはジェイクだった。
ジェイクの小馬鹿にしたような物言いに、カヤは再度声を荒げる。
「そっちだってこてんぱんに負けたでしょ。それ、黒焦げで足も手も無いけれど、よく飛べるよね」
「基幹部は分厚い装甲で守られていたからな。それにしてもあのエネオラというランナー、異常な強さですね、主」
急に話を振られ、宏人は遅れて応じる。
「ん? ……ああ、エネオラは別格だから仕方ないよ。君たち二人が協力すれば結果は違っていたかもしれないけれどね……」
「……返す言葉もありません」
「でもまあいいじゃないか。結果的に目的は達成できたんだ。今晩はみんなで美味しいものでも食べようじゃないか」
今日は思う存分海南島のリゾートホテルでルームサービスを頼もう。
宏人が高級中華料理を想像していると、素朴な疑問がジェイクから発せられた。
「それはそうと主、その娘はどうするおつもりで?」
「娘……ああ、葉瑠ちゃんのことね」
離脱してからすぐに宏人は葉瑠を白眉の尾からコックピット内に保護した。
色々なことがあったせいか、葉瑠ちゃんは気を失ってこちらの膝の上ですうすう寝息を立てている。本当は女の子なのでカヤのウィクレルに載せるべきなのだろうが、葉瑠ちゃんの可愛い寝顔を間近で見られるチャンスもそうそうないのでこの状況に甘んじている。
……葉瑠ちゃんには過酷な選択を強いたかもしれない。
かつての仲間を裏切らせたのだ。学園の仲間に向ける顔もないだろうし、友達とも縁が切れただろう。
だからこそ、彼女は新しい居場所にしがみつくしか無い。
僕というあこがれの存在に身を寄せるしか無いのだ。
……卑怯なやり方かも知れないが、彼女にとっても悪い話ではない。
彼女は大罪人の娘として非難されることなく、セブンを破壊した英雄の娘としてこれから先の人生陽の光を浴びて生きていくことができるのだ。
もう悪口に怯えることはない。堂々と人生を謳歌できるのだ。
おまけに彼女自身もセブンの破壊に一役買ってくれた。中国国内では勿論、世界でも注目の的となることだろう。
彼女が矢面に立ってくれれば、これから先の計画もスムーズに行きそうだ。
改めて宏人はジェイクに葉瑠の扱いについて説明する。
「彼女には僕らから直接事情を説明して、仲間になってもらうつもりだよ」
「仲間、ですか……」
「彼女には僕以上のポテンシャルがある。これからの僕らに、そして世界に必要な存在になることは間違いないよ」
ジェイクに続き、カヤも質問する。
「これからって……取り敢えずセブンの破壊っていう目的は達成したけれど、これからどうするのー?」
「寝ぼけたことを言ってもらっちゃ困るよカヤちゃん。これから僕たちは世界に秩序をもたらすんだよ」
「だから、もっと具体的にさあー……」
ジェイクはわざとらしく咳払いし、宏人に代わってカヤに告げる。
「セブンが消滅した今、世界で唯一重力制御技術を有する中国のアドバンテージは計り知れない。この力を利用して世界を統一、世界に秩序をもたらすのだ。我々が世界のリーダーになり、世界をより良い方向へ牽引していく……そういうことですよね、主?」
「違うよ。アドバンテージも何も、重力制御技術は世界に公表するつもりだよ?」
「……はい?」
ジェイクの狼狽えを無視し、宏人は飄々と語る。
「技術革新なくして人類の進化はありえないからね。素晴らしい技術は人類皆で共有すべきだと僕は思うんだ」
「そんなことをすれば……」
「これでいいんだよ。力が拮抗していたほうが抑止力として機能するからね」
宏人は「それに……」と言葉を続ける。
「AGFの技術も、今回葉瑠ちゃんが開発した重力制御無効化装置の技術も公開するよ」
「まさか!!」
宏人は寝息を立てる葉瑠を見つつ、今後を予想する。
「重力盾があれだけ簡単に無効化されるとなれば、活動できるのは演算能力を集中させた3機くらいが限度だろうね。大国間同士の戦争は、少数同士の重力制御装置搭載戦闘機の戦闘になると思うよ」
「それでは、セブンがやっていたことと変わらないのでは……」
「違うよ」と前置きし、宏人は語調を強める。
「これからは好きな時に戦闘が行えるし、相手国を軍事的に征服することもできる。でもそれは最終手段だと思っておいてね。……僕は世界を堂々とみんなが納得する形で征服するつもりだから……だから、安心して僕に付いて来て欲しいんだ」
「勿論です、主」
ジェイクは間髪入れず宏人に忠誠を誓う。しかし、カヤは「待って」と応えた。
「……わたしは契約更新するかどうか上に確かめるから」
カヤはジェイクとは違い、傭兵として使役している。それ相応の金額を支払っているし、今後もそのつもりだ。
「色よい返事を期待しているよ」
二人はまだいいとして、問題は葉瑠ちゃんだ。
彼女はいい意味で頑固だ。僕の考えを理解してくれるはずだが、賛同してくれる保証はない。となると、多少強引な説得が必要だろう。
(少し気がひけるんだけれどなあ……)
複雑な思いの宏人だった。
宏人たちがインド洋を北上している頃、演習場近海では稲住愛里によって救助活動が行われていた。
海の上、愛里が操る鬼代一の両手にはコックピットユニットが2つほど握られていた。
片方は骸骨のVF、ウィクレルによって弾き飛ばされたスーニャが、もう片方には白眉によって投げ捨てられたアルフレッドの乗るコックピットが握られていた。
空には戦闘機の姿はなく、とても静かだった。
それは、愛里が鬼代一を上手く操り、中華の無人戦闘機を全て破壊することに成功したからだった。
七宮重工の七之岱のランナーたちは既に救出され、演習場でぐったりしている。
愛里は海から陸に上がり、アルフレッドとスーニャの二名を演習場の上に置いた。
すぐにコックピットが開き、両名とも這いずり出てきた。
アルフレッドは金属のマスクを掛けて周囲を見渡し、スーニャは地面に寝転がり、仰向けになって深呼吸していた。
愛里は鬼代一から降りることなく、何気なく声を発する。
「この様子だと負けたみたいね……」
反応したのはアルフレッドだった。
「ああ、言い訳をするつもりもない。完敗だ」
「ちがう、貴方のことを言っているのじゃなくて、セブンのことを言っているのよ」
ラボを指差す。ラボに通じる扉は吹き飛び、内部に動きは見られなかった。
防衛戦をしているなら何らかの動きがあるはずだし、防衛に成功したのなら撃退した旨の放送があるはずだ。
何もないということは、つまりはそういうことである。
「まさか、守りきれなかったのか……」
「そうね。……それに、ついさっき敵機が反重力飛行で北に向けって飛んでいったわ。重力干渉装置が破壊され、この場から離脱したということは……」
アルフレッドは事実を察したのか、沈んだ声で告げる。
「目的を達成したということか……」
「そういうこと」
アビゲイルが破壊された。
ハイエンド機の七之岱が24機もいれば余裕で防衛できるかと思っていたが、考えが甘すぎたようだ。
「負けちゃったのか……」
スーニャは上半身だけ起き上がり、ため息を吐く。
彼女の身を案じてか、アルフレッドが駆け寄る。
「大丈夫だったかスーニャ」
そういって怪我がないか体を調べようとしたが、スーニャは手のひらをアルフレッドに向けてそれを制した。
「うん、何もできないまま退場したからな……船酔いがちょっとするだけだ」
「よかったんじゃないか。怪我もなく命も無事ならそれに越したことはない」
「うん……」
スーニャはのそっと立ち上がり、腰まで届くカーキの三つ編みを整え、こちらを見上げる。
「なあ社長さん」
「何かしら?」
「これからどうなるんだ……?」
それは素朴な疑問であり、誰もが知りたい疑問でもあった。
この疑問にアルフレッドは至極まじめに答える。
「……セブンの軍事介入がなくなるのだ。世界の各地で10年間溜まりに溜まった鬱憤が晴らされていくだろう。VFも、再び陸戦兵機として活躍することになるだろうな」
アルフレッドの意見を否定する形で、愛里も回答に参加する。
「陸戦兵機としては活躍すると思うけれど、主力戦闘機にはならないでしょうね。重力制御装置付きの航空戦闘機……あれが今後の主力兵器になると思うわ」
「確かに……だが、セブンが消滅したとは言え、クラッキングの危険は常に伴う。つまり、世界を制するのはより高性能の演算装置を保有する組織になるだろうな」
「まあ、どちらにしても大国が有利ってわけね……って、こんなことを議論している場合じゃないわね」
愛里は救難信号が全て消えている事を確認すると、コックピットから降りる。
「これで全員救助は完了したわ。早くみんなと合流しましょう」
愛里はメガネタイプのHMDをコックピットに投げ入れ、ロングポニーテールを手櫛で整え、レディーススーツの襟を締める。
全員がランナースーツを着用していたため、彼女のその格好はかなり目立っていた。
ラボに向かおうとした愛里だったが、唐突に男の声が周囲に響いた。
「教官、大変です!!」
どこからともなく現れた声の主は、慌てた様子でアルフレッドに駆け寄り、タブレット端末を手渡す。
端末を渡されたアルフレッドは面食らった様子で彼の名を呟く。
「クローデル君、まだ避難していなかったのか」
「はい、ずっと厨房に隠れて……いや、それよりこれを見て下さい」
クローデルはアルフレッドの手の中で端末を操作する。すると、アナウンサーらしき女性の声が端末から発せられた。
「――臨時ニュースです。つい先程、中国は人工知能『セブン』の破壊に成功したことを公式に発表しました。現在事実確認を急いでいるところですが、観測班によりますと人工衛星明神の姿は確認できず、セブンとも交信が取れないことから、信憑性は高いとのことです。この件につきましては情報が入り次第続報を……」
「中国が……?」
やはりURは中国の駒として動いていたようだ。
冷静に考えればURのようなぽっと出の組織が高性能なAGFを自在に使えるわけがない。後ろに中国が潜んでいるとは踏んでいたが……こうやって堂々と発表するとは予想外だ。
愛里はアルフレッドから端末を奪い、画面を見る。
画面には軍服を着た中年のおじさんが真っ赤な国旗の前でマイクに向かって何やら喋っている映像が映っていた。
が、すぐに映像は切り替わり、先程までここで行われていた戦闘の様子が映しだされた。
多分、無人戦闘機に搭載したカメラか何かで撮影したものだろう。
こちらの立場から見れば自陣を攻める敵視点の映像だが、何も知らぬ人から見れば敵陣地に攻め入る味方視点の映像だ。
「これからどうなるんでしょうか……」
「私が知りたいわよ……」
愛里は合流することも忘れ、ただただモニターを見つめていた。




