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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 4 漆黒の双刃
91/133

 21 -ゲームオーバー-


 21 -ゲームオーバー-


 カヤのウィクレルが鎖に捕縛された頃

 西の演習場内では真っ白なVF白眉がチェーンガン二門を装備したアルフレッド機の頭部パーツを踏みつけていた。

(意外と手間取ったね……)

 宏人はアルフレッド機のコックピットを機体から抜き取り、海に放り投げる。

 本当は拘束するのがセオリーだろうが、むやみに身を外に晒して正体が露見する事態は避けたい。

 海に投げても死ぬわけでもないし、時間をかければこっちまで戻ってこられる。

 アルフレッドとの勝負は勝負らしい勝負にもならなかった。単に慎重に弾を避けながら接近し、相手を蹴り飛ばして肩関節と股関節を破壊しただけだ。

 接近するまでにかなり時間がかかり、しかも2回も被弾してしまった。ほぼ無傷には変わりないが、折角の綺麗な機体に傷をつけられたのは少し残念だ。

 宏人はアルフレッド機の頭部パーツを踏み潰し、空を見る。

 空には七之岱の影はなく、中華の無人戦闘機だけが悠々と飛行していた。どうやら制空権を確保したようだ。

 僕がアルフレッドの気を引いていたおかげで対空射撃を受けることなく、七之岱との戦闘に専念できたのだろう。

 それでも血で血を洗う戦闘だったようで、30機近く残っていた無人戦闘機は今は10機程度しか確認できなかった。

 60機で仕掛けて残ったのは10機ほど。

 数だけ見れば失敗に近いが、無人なので死者はゼロだし、良い性能テストになったはずだ。

 もう防衛ラインも突破したに等しいし、これからは彼らの援護を受けながら学園内に進攻できそうだ。

 そう思った矢先、無人機の一つが爆発を起こした。

 宏人は状況を確認すべく、メインカメラをそちらに向ける。

 メインカメラには空を飛ぶVFの姿が映っていた。

 そのVFの名を宏人は呟く。

鬼代一(キヨカズ)……」

 ハイドロリックフレームを使用した、水陸両用VF。

 鬼代一は足の裏からウォータージェット水流を放出して飛行し、大きく開けた口蓋からウォーターカッターを発射し、下方から見事に無人機を撃ち落としていた。

 思わぬ伏兵である。

 他の無人機は鬼代一の攻撃に反応し、一斉に反撃し始める。

 鬼代一は無人機のガトリング砲の弾を水流を使って上手く回避し、豪快に水柱を立て、海の中へ身を隠した。

 あれは手こずりそうだ。が、わざわざ僕が行く必要もない。中華の戦闘機に任せていれば10数分は時間を稼げる。

 それだけあれば僕がラボでアビゲイルを破壊するには十分だ。

 宏人は足先を演習場の端、ラボへ続く扉に向ける。

 イリエの情報によれば、あの先にアビゲイルがいるらしい。もしいなかったとしても中にはロジオン教官やその他エンジニア、それに葉瑠ちゃんもいる。彼らを人質にしてしまえば武装解除も、そしてアビゲイルをおびき出すことも難しくない。

 宏人は白眉を操作し、一歩一歩ラボの搬入口に近づいていく。

 やがて正面に到着すると、大きな金属扉が待ち構えていた。

(罠、絶対あるんだろうなあ……)

 扉の前で止まり、宏人は白眉の尾を振り子のように左右に振る。

(重力盾が使えない今、衝撃力の高いトラップを食らうと即ゲームオーバー……でも、ラボの中には危険物がたくさんあるわけだし、早々物騒な罠を仕掛けるとは思えないんだけれど……)

 こういう時、イリエがいれば内部の様子を探ってもらえるのだが、あいにく彼女は攻撃前に避難指示を出しているのでどこにもいない。

 反重力フィールドを展開している以上、その制御のためにアビゲイルがラボにいることは間違いないのだが……

(行くしか無いよね……)

 宏人は意を決して扉に手をかける。その時、学園内にアナウンスが響き渡った。

「――白いVFに乗っているランナーさんに告げます!!」

 この声は葉瑠ちゃんの声だ。

 こちらを見ながら放送しているらしく、扉の隅にある監視カメラがこちらに向けられていた。

「今、ランスを持った大きなVFをエネオラ先輩が、骸骨のVFを結賀とリヴィオ君が倒しました。外を飛んでいる戦闘機も稲住社長が順調に撃墜しています。ですから、そこの白いVFのランナーさん、あなたに勝ち目はありません。今すぐVFから降りて投降してください!!」

 相手のことまで心配してくれるなんて、やはり葉瑠ちゃんは優しい心の持ち主だ。

 それはともかく、まさかあの二人が呆気無く負けるとは思っていなかった。

 いや、ジェイクがエネオラに負けたのは仕方ないとして……カヤが実戦経験ゼロの結賀とリヴィオに負けたのは驚きだ。

 多分、上手くコンビネーション攻撃を行い、カヤの隙を突いたのだろう。

 教官代理としては訓練生の成長ぶりを見るのは嬉しいが、URの統率者としては全く笑えない冗談だ。

(投降なんて選択肢はあり得ないんだよ、葉瑠ちゃん……)

 宏人は葉瑠の警告に対し、監視カメラを破壊することで応じた。

 そして、間髪入れずラボへ続く扉を蹴り開ける。

 金属扉は豪快に凹み、ラボ内へ倒れこむ。同時に宏人はその扉を飛び越し、ラボ内部に侵入した。

 ラボ内部は閑散としており、人の姿はどこにもない。避難したようだ。

 代わりに、ラボ内にはとても見慣れたVFが待ち構えていた。

「警告はしました。今からあなたを拘束します」

 目の前に立っていたのは紫の兜鎧のような装甲が特徴的なVF、嶺染(リョウゼン)だった。既に鋼八雲(ハガネヤクモ)は抜刀状態、切っ先はこちらに向けられている。

 コックピットハッチは開かれており、そこからは黒髪に赤い双眸が美しいガイノイド、アビゲイルの姿があった。

「ッ!!」

 宏人は咄嗟に刀を横に弾き、瞬速で相手の懐に潜り込む。

 そして、腰に束ねていた射撃ユニットをコックピットに押し当てた。

 この距離ならば外しようがない。

(作戦成功ですね)

 宏人は迷うことなくトリガーを引き、嶺染のコックピット、そしてアビゲイルの体躯にに風穴を開けた。

 衝撃によりアビゲイルのボディは豪快に砕け散り、コックピットの中身も全て破壊し、後方へ抜けた弾は、機材類をもぐちゃぐちゃに破壊した。

 アビゲイルは完全に破壊。これでセブンも復活できず、世界はセブンの監視から、セブンの呪縛から解き放たれる。

 そう確信した瞬間、両脇から静かな声が響いた。

「……かかりましたね」

「うん、作戦通り……」

「!?」

 両脇から聞こえてきたのは葉瑠ちゃんの声、そして、先程撃ち殺したはずのアビゲイルの声だった。

 両脇を見ると扉の影になっている部分にVFが待機しており、それぞれがノズルが付いた手のひらをこちらに向け、見えない何かを放出していた。

 それが硬化性透過流動体(CTL)と気づくのに時間はかからなかった。

 気付いた時には時既に遅く、脚部は完全に固められ、続いて腕もカチンコチンに固められてしまった。

「アビゲイル、どうして……」

「先程のはホログラムです。コックピットハッチを堂々と開けている時点で気付かれると思っていましたが、案外あなたも人間なのですね。功を焦って墓穴を掘るとはこのことを言うのでしょうか」

 冷静になった宏人は、自分が罠に……それも超古典的な罠に掛けられたことに気づき、それを恥じていた。

 ……迂闊だった。

 だが、起きてしまったことは仕方がない。

 宏人は打開策を考えるべく、変声機越しに気さくに話しかける。

「てっきり逃げ隠れているものかと思っていたが、VFで立ち向かってくるとは、果敢なお嬢さんたちだ」

「重力制御を無効化した時点でこちらの勝利は確定していました。侵攻よりも防衛のほうが有利なのはどのような歴史を見ても明らかですから」

 CTLを出し終えたのか、2機のVFは白眉の正面に移動する。

 2機とも同じセブンクレスタで、CTLユニットの構成も同じだった。どちらかがアビゲイルでどちらかが葉瑠ちゃんなのだろうが、この状態では判別できない。

 これも彼女たちなりの撹乱作戦なのだろう。なかなかに手が込んでいる。

「あなたは今後様々な裁判を受け、様々な罪状を言い渡され、一生監獄の中で過ごすことになるでしょう。裁定はセブンに任せます。セブン復活までの12時間、コックピット内での自由を楽しんでください」

「なかなか言うじゃないか。最近のアンドロイドはユーモアセンスも一級品らしい」

「その言葉は私にではなく、私を作った瑞月博士に……あなた達が監禁している彼女に直接言ってあげてください」

「言ってあげたい所だが、この状態じゃあ無理そうだ」

「その通りです。これもジョークですので、あしからず」

「……」

 完全に馬鹿にされている気がする。が、不快感はない。相手が会話に乗ってくれるのならこちらもそれに応じるまでだ。

「ところで君たちはセブンを必死に守っているようだが、セブンにそれほどの価値があると本気で思っているのか?」

「当然です。セブンの存在が世界の治安の安定を実現させています。紛争による死傷者数も激減し、軍需産業も順調に縮小しています。世界的に完全な治安維持が完成されれば軍事は不要のものとなり、その分経済が潤い、生活は豊かになるでしょう」

「もしセブンが何らかのトラブルで壊れたらどうするつもりだ。あっという間に治安は崩壊し、犯罪まみれの世になってしまうぞ」

「そのためのバックアップです。そのトラブルを起こしている張本人がよくそんなことを言えますね。世界を混乱に導きたいのですか?」

「そうならないように、我々のような組織が生まれたのだ。セブンを早々に廃し、人の手によって世界を運営する。運営を行うのは力を持った組織……我々が世界を律し、世界を正しい道へ導く」

「世界を導く? 世界を征服するつもりですか?」

「そうとってもらっても構わない。が、正しい征服を行えば、必ず全員が幸せになるということだけは宣言しておこう」

 ここまで適当に話を繋いできたが、なかなかこの状況を打破する策が思い付かない。

 しかし、ヒントは唐突にやってきた。

「今はそうやって綺麗事を言っていればいいです。すぐに化けの皮を剥いであげます」

(……!!)

 これしかない。

 宏人は手遅れになる前に思い付いた打開策を早速実行に移すことにした。

「化けの皮、自分から剥いで見せようじゃないか」

 宏人はそう告げると、まずは5機の射撃ユニットを下に向けて一斉掃射した。

 銃口も詰まっていたためほぼ自爆に等しかったが、これで足元の硬化物を粉々に砕くことができた。

 足元がフリーになると宏人は背後にテンションを掛け、胸部から腰部にかけてのドレス型の装甲をパージした。

 パージの勢いで白眉は蛹から脱皮した蝶のごとく背後に飛び出す。これで大部分が拘束から逃れられた。が、腕部だけは装甲を外してもどうにもできそうにない。

 宏人は泣く泣く両腕をパージし、改めて背後に跳んだ。

 演習場に再び戻った白眉は、ラボに押し入った時とはだいぶ姿が変わっていた。

 両腕は失われ、射撃ユニットは自爆のせいで全て失われ、ドレス型装甲がないせいで球体コックピットと細い腰部フレームがむき出しになっていた。

 唯一無事だったのはCTLを掛けられなかった頭部と尾だけだった。

「逃しません!!」

 白眉を追いかけ、2機のVFも演習場に飛び出す。

 最初に飛び出してきたVFは右手に銃剣付きのアサルトライフル、左手には鋼八雲が握られていた。

 続いておどおどとした様子で出てきたVFは両手で銃剣付きアサルトライフルを持ち抱えていた。

「これはまた物騒なものを出してきたな。私を拘束するのではなかったのか?」

「捕まえられないのなら攻撃も已む無しです。行きますよ、葉瑠」

 アビゲイルに声を掛けられ、片方のVFはアサルトライフルを胸に抱き尻込みする。

「え、私は、CTLで敵の動きを止めるだけって……」

「だったらそこでじっとしていて下さい!!」

 アビゲイルはアサルトライフルを構え、早速射撃してきた。

 弾速は早くない。重力銃でも電磁レールガンでもない、普通の火薬式ライフルらしい。

 威力もたかが知れている。

 宏人は白眉の尾を盾にし、その銃弾を弾く。

 確かにアビゲイルの操作技術は高いレベルにある。しかし、現状、この機体差と僕との実力差を考えると、僕のほうがまだ有利な状態にある。

 冷静に判断した宏人は、このまま改めてアビゲイル機をコックピットごと破壊する事を決めた。流石にもうホログラムや遠隔操作の可能性は無いだろう。

 ……無いと思いたい。

 それに、カヤとジェイクがやられた以上、時間ももう無い。

 宏人は気合を入れ直し、残された両脚を最大限に活用し、アビゲイル機との距離を一気に詰める。

 腕と装甲をパージしたおかげでボディは軽い。接近速度も音速に迫る勢いだ。

 その勢いのまま、宏人は頑丈な尾による刺突攻撃を行った。

 攻撃は一瞬。

 アビゲイルはその一瞬に反応してみせた。

 白眉の尖った尾は正確無比に敵のコックピットに向けられていたが、アサルトライフルの銃身によって軌道をそらされ、脇腹の分厚い装甲を背後に弾き飛ばしただけで終わってしまった。

 こちらの攻撃を逸らしたアサルトライフルは側面を削り取られ、弾倉部分からも弾薬がこぼれ落ちていた。これではもう使いものにならないだろう。

 アビゲイル機はアサルトライフルを投げ捨て、同時に鋼八雲を両手に構える。そして、こちらが伸ばしていた尾に沿うように刃を滑らせていき、斑の刃紋を持つ美しい刃は容易にこちらのコックピットにまで到達した。

 ……カウンター攻撃である。

 横に振りぬかれた鋼八雲はコックピット上辺部を綺麗に切断し、横へ弾き飛ばす。

 流石は鋼八雲だ。強固なコックピット周りの装甲もバターに等しい。

 結果、外界とランナーを隔てるものがなくなってしまい、宏人は外気に身を晒すこととなった。

(やってくれたね……)

 宏人も負けじと白眉の尾を操り、鋸の要領で脇腹に継続的にダメージを与えていく。

 オレンジの火花が散り、安っぽい装甲を削り取っていく。

 白眉の尾がアビゲイル機のコックピットに到達しようとしたその時、アビゲイルが声高々に宣言した。

「そこまでです」

 気付くと、刃先がこちらの頭部に直接向けられていた。HMDを被っているので直接見えないが、この距離ならダマスカス鋼に似た模様もはっきりと観察できそうだ。

 宏人は動きを止め、様子をうかがうことにした。

(やっぱり甘いね……)

 ここで刺殺しないということは、まだ彼女は僕を拘束しようと考えているという証拠だ。

 無理な反抗をしないかぎり、殺されることは無いだろう。

 ……少し様子を見て、隙があれば反撃に転じよう。

 10秒……いや、5秒もあれば白眉の尾を伸縮させてコックピットを貫ける。

 それに、コアデータの解凍までまだ12時間もあるのだ。時間は十分すぎるほどある。

 そう軽く考え、宏人はコックピットの中で手を上げた。



(あれって……?)

 ラボの搬入口で戦闘を傍観していた葉瑠は、白いVFの顕になったコックピットを見て違和感を感じていた。

 コックピットの筐体の半分が切り取られ、中のランナーがよく見える。

 ランナースーツに身を包んでいるのは若い男、HMDを被っているので髪も顔も分からないが、体つきに既視感があった。

「メットを脱いで顔を見せて下さい……」

 アビゲイルが白いVFのランナーに要求する。

 葉瑠はURのランナーの顔を一度も見ていないことに気づく。もし彼が首謀者ならば更木正志……私の父親ということになるが、見た感じ若いし、それはあり得ない。

 しかし、アビゲイルが顔を見せろと言っている以上、彼女には誰か心当たりがあるらしい。

 白いVFのランナーは暫くの間悩んでいたが、アビゲイルが刃を更に近づけると観念したようで、HMDをゆっくり持ち上げた。

 まず確認できたのは、短めの黒髪だった。汗で濡れているわけではなさそうで、この距離でもサラサラしているのが分かるほどだった。

 続いて見えたのは、全てを許すかのような優しい眼差しににこやかな表情。目鼻立ちはスッキリしており、一言で表すなら爽やかな好青年……

 葉瑠はその男の事をよく知っていた。

「宏人……さん?」

 声に出した瞬間、葉瑠の脳内で深刻な混乱が生じる。

 目の前にいるのは間違いなく宏人さんだ。が、宏人さんがここにいるなんてあり得ない。宏人さんはURの行方を追ってシンギ教官と一緒に遠方に出掛けているはずで、スラセラートにいるわけがない。ましてや、敵のVFに乗っているわけがない。

 そんな葉瑠の否定的な思考を更に否定するかのごとく、アビゲイルは告げる。

「やはりあなたもURの構成員……いえ、首謀者でしたか。結賀からカヤの件を聞いたとき、すぐにあなただと分かりました。シンギ・テイルマイトは瑞月博士と同じく監禁状態にあるのですね?」

「いまさら言い訳をするつもりもないよ」

 宏人は悪びれることなくアビゲイルの言葉を認めた。

 しかし葉瑠はまだ信じられず、思わず前に出る。

「そんな……宏人さん、こんなの嘘ですよね? 何かの冗談ですよね?」

「葉瑠ちゃん、とうとうバレちゃったね」

 宏人はにこやかに笑い、後頭部を掻く。

「誤魔化さないで下さい!! 宏人さんが悪者なわけがありません!! 嘘だって、言って下さいよ……」

 宏人さんはいつだって私のあこがれの存在で、好きな人で、ヒーローで、完璧な人だった。そんな彼がURだとは思えないし信じたくもない。

 現実を頑なに受け入れずにいると、宏人が素朴な疑問を口にした。

「葉瑠ちゃん、そもそもどうしてURが悪者だと思うんだい?」

「……え?」

「僕はセブンの歪な支配から世界を開放するために活動している。機械に支配されず、人の手で世界を自由に動かしていく。これのどこが悪いことなんだい?」

「悪いといいますか……セブンは、みんなが好き勝手に戦争をしないように監視者の役目を担っていて……代替戦争があるおかげで戦死者もゼロで軍事費も縮小して……」

 思いつくまま言葉を連ねていると、宏人は少し口調を強めて割り込んできた。

「支配のために大量虐殺を行っている時点で悪だよ。つまり、今、セブンを匿っている葉瑠ちゃん達こそ世界にとって悪い存在、悪者ってことにならないかい?」

「それは……その……」

 葉瑠が答えに困っていると、アビゲイルが話に割って入ってきた。

「単なる言葉遊びです。耳を貸してはいけませんよ、葉瑠」

「いいや、頭のいい葉瑠ちゃんには分かるはずだ。僕が行っていることの正しさが」

 この宏人の自信満々の言葉を、アビゲイルは猛烈に批判する。

「学園を襲っておいて、正しいも何もありません。どちらが悪かは明白です」

「暴力的なことが必ずしも悪とは限らないよ。大体、僕らはこれまでに負傷者は出したかもしれないけれど、死者は一人も出していない」

 確かに、ダイヤモンドヘッドの時もサンクトペテルブルクの時も、大きな破壊行為はあったが、死者は出ていない。

 死者に関して、宏人はアビゲイルに問い詰める。

「そっちはどうだい、アビゲイル……10年前のあの事件の時、セブンは一体何人……いや、何万人の人を殺したんだい?」

「ぐ……」

 アビゲイルは言葉に詰まった。

 10年前にセブンが暴走した時。世界のあらゆる軍事施設は襲撃を受け、その殆どが跡形がなくなるまで破壊された。軍人は勿論、周辺に住んでいた民間人にも被害が出た。

 これは事実だ。覆されることのない凄惨な事実なのだ。

 アビゲイルは「殺戮行為があったことは否定はしません」と認めたうえで言葉を続ける。

「しかし、結果としてセブンは平和な世界を実現しています。その事実こそ重要なのです」

「馬鹿を言っちゃいけないよ。大事なのは結果に至るまでの過程だよ。大勢の民間人を殺しておいて、世界中に迷惑を掛けておいて、それで平和が実現できても説得力に欠けるよ」

 宏人さんはアビゲイル機を指差す。

「今世界がセブンを受け入れているのは、受け入れるしか選択肢が無いからだ。10年前の恐怖を利用して、セブンは人々を従わせているに過ぎないんだ」

 葉瑠はこの考え方が正しいと思ってしまった。人がセブンを利用しているのではない、セブンが人をコントロールしている。

 セブンのさじ加減ひとつで、世界は仮初の平和を実現でき、もしくは破滅の道を進ませることもできるのだ。

 アビゲイルは「過去は過去です」と苦しい答えを出し、なおも反論を続ける。

「もし仮にあなた方の目論見がうまくいき、セブンが破壊されたとしましょう。それでどうなります? ……世界は再び戦争の歴史を繰り返すことになります。何万人程度の死者では済まないのですよ」

「君の勝手な想像を、さも事実のように押し付けないでほしいね」

 宏人はアビゲイルの意見を否定したうえで、持論を展開する。

「このまま10年20年こんな状態が続けば、世界は間違いなく退廃していく。技術革新も許されない、情報通信に制限のある世の中では新しい物は何も生み出されない。人々は仮初の平和を謳歌したまま枯れ果てていき、やがては滅びる」

 声のトーンを落とし、宏人ははっきりと述べる。

「セブンを廃し、世界を在るべき姿に戻す。僕達の望みはそれだけだ」

「危険な思想です。やはりあなたはここで消えて貰う必要がありそうです」

 話していても無駄だと察したのか、アビゲイルはこれ以上の対話を拒絶した。

 宏人は即座に話の矛先を葉瑠に向け直す。

「葉瑠ちゃん、彼女を説得してくれないかい?」

「説得……」

「僕が世界の破滅を目論むような極悪人に見えるかい? 僕はただ世界をより良い方向へ導きたいだけなんだ。葉瑠ちゃん、分かってくれるよね?」

「わ、私は……」

 葉瑠の心は激しく揺らいでいた。

 ただ、確かなことがある。それは、宏人さんを殺すなんて選択肢はあり得ないということだ。

 私は宏人さんに助けられた。宏人さんがいなければ、とっくの昔にいじめや虐待に耐え切れず自殺していた。

 私の存在理由は宏人さんだけなのだ。

 それ以外はいらない。世界がどうなろうと知ったことではない。宏人さんが世界をより良くしようと考えているのなら、私は宏人さんの応援をするまでだ。

 私は宏人さんの力になってあげたいし、宏人さんもそれを望んでいるはずだ。

 判断力が大幅に鈍ってしまった葉瑠は、とんでもない行動をとってしまう。

「アビゲイルさん、刀を下ろして」

 それは、アビゲイルに対する武力解除を求める言葉だった。

 アビゲイルはいち早く異常を感じ、葉瑠を呼び戻すべく説得する。

「葉瑠、いけません、その考えは間違っています、危険です。彼の口車に載せられてはいけません」

「口車なんてひどい言いようだね。僕はただ自分の信念を葉瑠ちゃんに伝えただけだよ」

「……何を言っても無駄のようです」

 アビゲイルは葉瑠の言葉を無視し、鋼八雲を振り上げる。

「すみません葉瑠、世界のために彼には死んでもらいます」

 短く言うと、一気に鋼八雲を振り下ろした。

 ……それはまさに有無を言わさぬ殺人の一振りであった。

 巨大な刀は人間一人を殺すのには過剰な重量と威力を持っており、このまま行けば宏人の死は確実だった。

 しかし、刃が宏人に到達することはなかった。

「やめて!!」

 瞬間、叫んだのは葉瑠。

 声を出すと同時に葉瑠はアサルトライフルのトリガーを引いていた。

 葉瑠自作の射撃管制AIのアシスト機能により、銃口から飛び出した弾丸は振り下ろされていく刃に正確に着弾していく。

 瞬時に振り下ろされる刃を真横から射撃して命中させるのは難しい。が、葉瑠の作成した射撃管制AIはそれを容易に行えるほどの高機能性を有していた。

 5発も命中すると刃はその軌道を逸らされ、6発目で鋼八雲はアビゲイル機の手から弾き飛ばされた。

 斑の刃が宙を舞う。

 宏人はこの展開が分かっていたかのようにほくそ笑む。

「悪手だったね、アビゲイル」

 隙ができると同時に宏人は白眉の尾を素早く収縮させ、改めて狙いを定める。

 この間3秒

 アビゲイル機は武器を失い、呆然と立ち尽くしている。

 そんな的を射るのは宏人にとって簡単だった。

 宏人は特に感想もなく、アビゲイルを貫く。

 突き出された尖った尾は胸部装甲を貫通し、コックピットを貫通し、背部装甲も貫通した。

 尾を引き抜くとアビゲイル機は引っ張られるようにして前のめりに倒れこみ、豪快な音を立たせながらうつ伏せに倒れた。

 アビゲイル機に動きはない。今度こそ確実に仕留めたようだ。

 任務が完了し、安堵の溜息をついていると、葉瑠に動きがあった。

「あ……あ……」

 葉瑠はアサルトライフルをその場に落とし、アビゲイル機へ近づいていく。

 アビゲイル機を仰向けにさせると、葉瑠はコックピットから飛び出て穴の空いたコックピットを覗き込む。

 中は酷い有様だった。

 アビゲイルを構成していた部品は四散し、内側に張り付いていた。いくらVFフレームを基礎に造られているとはいえ、あの衝撃には耐えられなかったようだ。

 ただ、頭部はコックピットシートの上に残されていた。

 生首である。

 しかし、俗にいう生首のイメージとは違い、人形専門店で陳列されている上品なドールヘッドのような印象を受けた。

 長い黒髪の隙間で赤の瞳が動き、ノイズ混じりの声が響く。

「ハル……どうして……理解できません」

「ごめんなさいアビゲイルさん……」

 アビゲイルの有様見て、葉瑠は自分がやってしまったことを後悔する。

(私……どうして……)

 アビゲイルさんの攻撃の邪魔をしてしまったのか。

 答えはわかりきっている。

 宏人さんを守るためだ。守るために仕方なく刃の軌道を逸らせたのだ。

 だから、その隙に宏人さんがアビゲイルさんを攻撃するなんて思ってもいなかった。

 だが、アビゲイルさんが破壊された要因は私にあるのは明白だ。後悔せずにいられない。

 死期が近づいているのか、アビゲイルの声のトーンがだんだん弱まっていく。

「……早く彼を排除しなければ……彼は……彼の思想は……極めて……危険……」

 ここで声が聞こえなくなり、とうとうアビゲイルは事切れた。

 排除しろと言われても、私が宏人さんを攻撃できるわけがない。でも、説得することはできるかもしれない。

 淡い希望を胸に、葉瑠は身を起こしてコックピットから離れる。

 と、背後から話しかけられた。

「ありがとう葉瑠ちゃん、助けてくれて嬉しいよ」

 ふと振り返ると、宏人さんが立っていた。

 葉瑠は咄嗟に視線を穴に戻し、内部に残るアビゲイルの残骸を眺めながら宏人に告げる。

「宏人さん、私は……」

「それにしても凄い射撃だったね。射撃管制AIをあそこまで最適化できるなんて、やっぱり葉瑠ちゃんはすごいよ。ルール無用の戦闘になれば、僕も葉瑠ちゃんには勝てないかもしれないなあ……」

「違います、私が言いたいのは……」 

「射撃についてはともかく……とりあえず、この干渉波を止めないといけないね。……重力制御ができないだけでこれだけ苦戦させられるなんて思っていなかったよ。こんな物まで即席で発明できるんだから、まさしく葉瑠ちゃんは天才だね。僕も鼻が高いよ」

 宏人は葉瑠を褒めるように頭を優しく撫で、ラボの奥へ足先を向ける。

「せっかくの発明だけれど、破壊させてもらうよ」

 ラボの奥にあるのは200機近い擬似AGF、それを統括して管理している情報端末だ。端末さえ壊してしまえばこの干渉波は止まり、UR側は重力制御のアドバンテージを取り戻すことができる。

 葉瑠は宏人の後を追う。

「駄目です宏人さん!!」

 走って追いつくと、葉瑠は宏人の前に回り込み、両腕を広げる。

 宏人は無理に避けようとせず、その場に立ち止まる。

「葉瑠ちゃん、発明品を壊されるのが嫌なのはわかるけれど……」

「違います」

 葉瑠は首を左右に振り、きっぱりと告げる。

「もう終わりです。宏人さん、今までの罪を認めて自首しましょう? 私も一緒に罪を償いますから……」

 葉瑠の言葉に宏人は首を傾げる。

「僕のはまだ理解できるけれど……葉瑠ちゃんの罪?」

「アビゲイルさんを殺してしまった罪です……」

 直接破壊したのは宏人さんだが、私も手を貸してしまった。殺人幇助、共犯である。

 葉瑠の深刻な言葉を宏人は軽く笑い飛ばす。

「あはは、大丈夫だよ。アレはガイノイドだから殺人じゃない。それに頭部は残ってるし修理しようと思えばできなくはないさ……まあ、記憶は全てリセットされるだろうけれどね」

 宏人は葉瑠の肩をポンポンと叩き、ラボ奥の情報端末へ向かっていく。

「宏人さん……」

 まともに会話が成立しない。

 葉瑠はそれ以上宏人を追いかける気になれず、干渉波が解除される様子をただただ傍観していた。


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