表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 1 大罪人の娘
9/133

 07 -三白眼の女-


 07 -三白眼の女-


 ――試験後、葉瑠はランナースーツから着替えるために更衣室内にいた。

 あの後……私がシンギ教官に頭部パーツを潰された後、VFは全て回収されて修理用ハンガーへ運ばれていった。

 私がコックピットから降りたのはそのハンガー内だった。

 ハンガー内では結賀とリヴィオくんが待ってくれていた。いつまでも出てこない私を心配してくれていたらしい。

 その時の二人は私を物珍しそうに見ていたように思う。

 素人の私がシンギ教官からヒットを奪えたことに驚いていたのだろう。

 二人に案内されて私はハンガーを出、途中でリヴィオくんと別れ、結賀と共に女子更衣室に入ったというわけである。

 更衣室内は綺麗……というより閑散としていた。

 縦長い部屋に無機質なロッカーが一列に並べられ、殆どの扉に鍵が刺さったままだった。

 自分たちを含め、室内に女子の姿は5名しかいなかった。

 受験生の男女比率は3:1と言ったところだろう。やはり、ランナーを目指す女性は少ないみたいだ。

 ……昔はVFランナーといえば軍のVF混合部隊員やPMCの傭兵ランナーを指しており、兵士のイメージが強かった。

 が、今は兵士ではなくスポーツ選手のイメージが浸透している。

 とは言え、まだ代替戦争が始まって10年しか経っていないため、依然として軍出身のランナーは多い。

 そんな中でVFランナー養成学校の果たす役割は大きい。

 各国には養成学校があるし、スラセラートのように企業や個人が経営している学校も少なくない。

 スラセラート学園はその中でも異質な存在だ。

 ランナー育成を謳っているが、その実はランナーを代替戦争に派遣している、一昔前の民間軍事会社(PMC)のようなことをしている。

 そもそも、エンジニア育成コースがある事自体おかしいし、そのエンジニアコースの学生のほうが多いのもおかしいといえばおかしい。

 おかしいことだらけのスラセラート学園だが、悪いところでは無いことだけは確かだった。

「葉瑠、葉瑠?」

「なに?」

 葉瑠は考え事を止め、結賀に応じる。

 結賀はこちらに背を向け、背中側のファスナーを指さしていた。

「これ、下におろしてくれないか? 何か引っかかって脱げねーんだ」

「わかった」

 葉瑠は結賀の背中に近づき、首の後ろ側にあるファスナーを見る。

 どうやら内側の薄い繊維を噛んでしまっているようだ。

 思い切り下ろせば外せないこともないが、他人様のランナースーツを雑に扱うのも気が引ける。

「どうなってるんだ?」

「大丈夫、噛んでるけれどすぐに外せるから」

 ここは確実に障害を取り除くことにしよう。

 葉瑠は少し上に手を伸ばし、結賀の首元に触れる。

 そして、ファスナーの接合部分を左右に引っ張り、薄い繊維を外していく。

 ……なかなか時間がかかりそうだ。

 無言で奮闘していると、結賀が何気なく話しかけてきた。

「……対戦、すごかったな」

「うん、やっぱりシンギ教官は桁違いに強かったね」

「あはは、違う違う」

 結賀は肩を揺らして笑い、首を左右に振る。

「オレが言ってるのは葉瑠のことだ」

「私?」

 ドキリとしながらも、葉瑠は絡まった薄布を丁寧に剥がしていく。

 結賀は今日の試験のことを思い出しているのか、視線が少し上を向いていた。

「あんなに健闘するとは思ってなかったってことだ。ろくに対戦もしたことがないのにあの動き……冗談抜きですげーと思うぞ」

「そう……かな?」

 葉瑠も、自分で自分のことをすごいと思っていた。まるで自分じゃないみたいだ。

 褒められて悪い気はしない。

 葉瑠は声に出さず、恥ずかしげに笑みを浮かべていた。

「それに、助けてくれてありがとな」

「え?」

「シンギ教官に踵落とし食らいそうになった時、一応銃弾を撃ちこんでくれただろ?」

「うん、でも結局……」

 少し動きを止めただけで、結局助けられなかった。

 しかし、あんな絶体絶命の状況であっても私が射撃をしたことがわかるなんて、やっぱり結賀は戦い慣れてる。

 それに、結賀は私を褒めてくれているけれど、実力で言えば圧倒的に結賀のほうが上だ。

 今後も色々と教えてもらおう。

「……で、どうだった葉瑠。初めての対戦の感想は」

 初対戦でいきなり世界最強と謳われるシンギ教官と対戦したランナーは世界広しといえど私だけだろう。

 そして、その対戦でヒットを奪ったのも私以外にいないだろう。

 頭で考えたことが、自然と口から漏れていく。

「感想っていうか……要するにVFBも問題を解くのと同じようなものなんだね。相手のパターンを分析して、最適な攻撃という答えを導き出す。そして、相手からの攻撃は最小限に抑える。単純な話だね」

「まあ、単純に考えるとそうなるな」

 結賀は背を向けたまま、頬をポリポリと掻く。

「オレは小難しいこと考えるのは苦手だし、感覚的に戦ってるから、対戦中に相手を分析とか器用な事はできねーよ。でもバトルは魂の魂のぶつかり合いっつーか、より闘志が高いほうが勝つっていうか、上手く説明できないなあ……」

 結賀は私に何かを伝えたいようだ。

 それが何なのか、分からないこともない。

 しかし葉瑠は明確にしないまま、適当に相槌を打つ。

「そうなんだ……」

「……」

 結賀はそれ以上踏み込んだことは言わず、空気を変えるように「にひひ」と笑う

「つーか、ようやくタメ口で話してくれるようになったな」

「あ……」

 結賀は半分振り返り、こちらに笑みを投げかけてくる。

 葉瑠は自分の言葉遣いが乱暴になっていたことに恥ずかしさを覚え、目を逸らしてしまった。

「ごめんなさい。ちょっと対戦後で興奮してて、喋り方が荒くなってたみたいです……」

 顔も真っ赤だ。

 結賀は視線を前に戻し、戸惑う葉瑠を宥める。

「いいんだよ。言う方も気楽だし、オレもそっちのほうがいい」

「わかりまし……わかった」

 やがてファスナーから薄布が外れ、噛み合わせが元通りになる。

「あ、ファスナー直ったみたい」

「おお、サンキュー」

「いえいえ」

 どうせだし、このままランナースーツを脱ぐ手伝いをしよう。

 葉瑠はファスナーをそのまま下ろしていく。しかし、背中の半分まで下ろしたところで異変に気づいた。

 葉瑠は思わず声を上げてしまう。

「……せ、背中!?」

「背中がどうかしたか?」

「結賀、インナースーツは!?」

 ……インナースーツはその名の通り、ランナースーツの下に着る、下着のようなものだ。

 なくても困りはしないが、教本によれば着用は推奨されているし、普通は着る。

 しかし、結賀はインナースーツを着ておらず、素肌が露わになっていたのだ。

「そんな窮屈なもん着てねーよ」

 結賀は葉瑠から離れ、手を後ろに回してファスナーを摘む。

 そして、ずるずると腰まで下ろしていく。

 インナースーツどころか下着も確認できない。

 健康的な背中と、艶かしいくびれを晒す結賀に、葉瑠は問い詰める。

「じゃあ、まさか、裸で……!?」

「そんなわけねーだろ。パンツは履いてるぞパンツは」

 結賀はファスナーを尾てい骨あたりまで一気に下げる。すると、ランナースーツの影から黒いスポーツショーツがその姿を現した。背後から見ると長方形に近い形をしている。しかし、その形状は臀部の凹凸によって綺麗な曲線を描いていた。

 ショーツはぴったりとお尻に張り付いており、これでもかというほど腰回りのラインが浮かび上がっていた。

「きゃあ!?」

 葉瑠は眼鏡ごと顔を覆い隠し、とっさに背を向けた。

 いくら同性同士とはいえ、目に毒だ。

「わかった、見せなくていいから早く着替えてよ……」

「何恥ずかしがってんだよ葉瑠」

 衣擦れの音が背後から聞こえる。が、すぐに聞こえなくなった。どうやらランナースーツを脱ぎ終えたようだ。

 確か、結賀は上半身には何もつけていなかった。

 更衣室の中とはいえ、堂々とパンツ一丁でいられる結賀の神経を疑う。

 ……それだけ、自分の体に自信があるのだろう。羨ましい限りだ。

「恥ずかしがってよ、もう……」

 ここでずっと目を瞑っているわけにもいかない。

 葉瑠は意識的に結賀から視線を逸し、ランナースーツから着替えるべく自分に割り当てられたロッカーの扉に手を掛ける。

 開けると、見慣れない紙袋が入っていることに気がついた。

 紙袋にはスラセラート学園のロゴマーク……もとい校章がプリントされている。

 中を見ると、ビニールに包まれた制服が入っていた。

「これ、スラセラートの制服……?」

 葉瑠は中身を取り出し、肩口を両手で持って広げてみる。

 新品特有の薬品臭い香りが一瞬広がる。

 葉瑠の眼の前に現れたのは、真っ青なブレザー服だった。胸元には先程の紙袋と同じ校章が刺繍されている。間違いなくスラセラート学園の制服だ。

 制服には違いないが、制服というよりはジャケットに近い気がする。

 袖は短く切り詰められ、裾丈も短い。

 まあ、この下にYシャツを着るわけだし、多少短くても問題はないだろう。

 続いて紙袋から出てきたのは、これもまた青色のプリーツスカートだった。

「スカートか……」

 真っ青とはいえ、一応申し訳程度に白いラインが縦に入っている。別に変ではない。

 更に紙袋を探るとネクタイが出てきた。

 葉瑠はジャケットに白いシャツにプリーツスカートにネクタイを抱えたまま、考える。

(……これを着ろってことなのかな……)

 合格発表もまだだというのに、気が早いのではないだろうか。

 それとも、この制服の支給をもって合格発表にするつもりだろうか。

 ふと更衣室内を見る。

 葉瑠や結賀以外の3名の女子受験生は、全員この制服を着用していた。

 一体どういうことなのかあの人達に聞いてみようか。

「うわ、スカート……しかも短いぞこれ……」

 このコメントに反応し、葉瑠は思わず結賀を見る。

 結賀はもう着替え終えたらしい。青色の制服に包まれていた。

 背も高くスレンダーな結賀に、その制服はとても似合っていた。。

 しかし、結賀はスカートの裾を摘んだまま苦虫を潰したような表情を浮かべていた。

 どうやらスカートがお気に召さないらしい。

 私服はスキニースラックスだったし、ひらひらしたスカートは落ち着かないのかもしれない。

 せっかく似合っているのに、勿体無い。

「――ランナーコース受験生の皆さん。13:00より合格発表及び総評を行います。2階の203講義室に集合してください。繰り返しお伝えします……」

 更衣室内にアナウンスが鳴り響く。

 そのアナウンスを聞き、更衣室内にいた女子受験生は部屋から出て行く。

(私も早く着替えないと……)

 恥ずかしがっている場合ではない。

 早速ランナースーツを脱ぎ始めると、結賀はロッカーの扉を閉めた。

「じゃ、先に行ってるぞ葉瑠」

「うん、また後で」

「おう」

 結賀はスカートを押さえたまま、足早に更衣室から出て行った。

 これで室内には誰もいなくなった。落ち着いて着替えられるというものだ。

 ランナースーツを脱ぎ終え、葉瑠はインナースーツを脱ぎに掛かる。

 このランナースーツは着るのも脱ぐのも面倒くさい。もっと楽に脱着できないものだろうか。

 そんなことを考えつつ、とうとう葉瑠は下着姿になる。

「……あの、少しよろしいですか」

「ひゃい!?」

 まだ室内に人がいたようだ。

 いきなり話しかけられ、葉瑠は体を抱え込みその場にしゃがみ込む。

 その際、思い切りロッカーに頭をぶつけてしまった。

「あう……」

 衝撃のせいで眼鏡の位置がずれ、途端に視界がぼやける。

 ぼやけているせいで彼女の姿は正確に確認できなかったが、長い黒髪だけは確認できた。

 彼女は酷く冷めた、抑揚のない声で告げる。

「……貴女の対戦、見ていました。実に素晴らしい戦いでした。貴女には素質がありそうです、更木葉瑠さん」

「どうして……!!」

 どうして私の名前を知っているのだろうか。

 苗字を告げられ、葉瑠は慌てて眼鏡をかけ直す。

 ……目の前にいたのは、三白眼の少女だった。

 身長はこちらとあまり変わらない。青の制服に身を包んでいるせいか、より冷めた印象を受ける。

 彼女は冷たい視線をこちらに向けたままぐいっと顔を近づけてきた。

 無表情のせいで感情は読み取れない。

 彼女はそのまま顔を接近させ、こちらの耳元でささやく。

「私は貴女が嫌いです」

「え……?」

 いきなりの彼女の言葉に、葉瑠はろくに反応することができなかった。 

「今すぐランナーを諦めて、日本に帰ってくれませんか」

 冷たい息が、耳にかかる。

 葉瑠は悪寒と怖気を同時に感じ、鳥肌を立ててしまった。

「それは、そんなこと急に言われても……」

 戸惑いながらも葉瑠は腕を抱え込んでクロスさせ、二の腕をさする。

 一向に鳥肌が治る気配はない。

 葉瑠は彼女を押し飛ばすこともできず、冷たい息を耳に、そして首筋に受け続ける。

「そうですか。仕方がありませんね」

 彼女はこちらの肩に手をおき、ゆっくりと離れていく。

 裸の肩に触れた彼女の手は氷のように冷たかった。

 冷たい手は、肩から二の腕、二の腕から肘へ移動していく。細い指も相まって、まるで蜘蛛が這っているようだ。

 彼女は最終的にこちらの右手首を掴み、信じられない言葉をつぶやく。

「……でしたら、二度と操縦ができないように腕を折りましょう」

 言葉が終わるやいなや、右腕に鋭い痛みが走った。

「痛っ……やめ……」

 どうやら捻り上げられているらしい。関節からミシミシと嫌な音がする。

 こういういじめは何度も経験しているが、こんなに鋭い痛みは初めてだ。

 彼女は本気でこちらの腕を破壊しようとしている……

 葉瑠は何とか振り解こうとするも、痛みのせいでうまく体が動かなかった。

「く……う……」

 本当にやばい。

 腕があり得ない方向に曲がっていく。

「――葉瑠から離れろ!!」

 もうダメかと思ったその時、更衣室内に結賀の怒声が響いた。

 結賀は猛ダッシュで更衣室内を駆け抜け、跳び上がる。そのまま空中で腰を捻って膝を曲げ、サイドキックを放った。

 三白眼の彼女は結賀のキックを避けるべく、こちらの体から離れた。

 腕が圧迫から開放される。痛みは和らいだが、完全には消えなかった。

 ズキズキと痛む腕を押さえ、葉瑠はロッカーに肩を預ける。

「大丈夫か?」

 結賀は心配そうな目でこちらを見ていた。

 葉瑠は無事を知らせるべく小さく頷く。

「うん、大丈夫……」

 その反応を見て安心したのか、結賀はこちらから目を逸らし、三白眼の彼女をキッと睨みつけた。

「テメー、何のつもりだ?」

「貴女こそどういうつもりですか。いきなり攻撃してくるなんて危ない人ですね」

 現場を見られたというのに、三白眼の彼女はとても落ち着いていた。

「危ないのはテメーだろうが。何で葉瑠を襲った? あ?」

「彼女が危険だからです」

 動機を理解したのか、結賀は鼻で笑う。

「ハッ、自分より強い奴は潰そうってか。脳みそ腐ってんじゃねーか?」

「腐っていません。私は、彼女の才能が開花する前に潰そうと考えているだけです」

「狂ってんな……学校に知らせてやるから、覚悟しろよ」

 同じ受験生に対して暴力を振るったとなると、入学取り消しは確実だ。だというのに、相変わらず三白眼の彼女は態度を変えない。

「別に弁解するつもりはありません。ですが、よく考えて行動したほうがいいですよ」

 三白眼の彼女はこちらをチラリと見る。

「どういう意味だ?」

「はっきりと言いましょう。……私は、彼女の秘密を知っています。そして、この秘密をバラせば彼女はこの学校にいられなくなります」

(……!!)

 葉瑠は三白眼の彼女から目を逸らせなかった。

(秘密……私の名前のことですね……)

 更木という名前。

 既にシンギ教官には知られているし、学校側もこの事は把握しているはずだ。

 しかし、学生にも知られるとなると話は違ってくる。

 これまでと同じように私はいじめられ、学校にいられなくなるに違いない。

 結賀はこちらを見て、確認する。

「マジなのか?」

「……うん」

「そうか……」

 結賀は詳しい事情を聞くことなく、ただ残念そうに溜息を付いていた。

 結賀から戦意が喪失したことを悟ったのか、三白眼の彼女はその場から離れていく。

「私に目をつけられたくなければ、目立たないことです。普通に訓練し、普通に成果を上げ、普通のランナーになることを願っています」

「待て、お前は……」

「私は『アビゲイル・ライト』です」

 すれ違いざまに名乗ったかと思うと、三白眼の彼女は結賀の肩に顎を乗せ、耳元で囁く。

「……貴女も気をつけることです。橘結賀」

「……」

 アビゲイルと名乗った彼女は、最後まで無表情を保ったまま更衣室から出て行った。

 結賀は追いかけることなく、その場で硬直していた。

「ありがとう結賀……」

 助けに来てくれなければどうなっていたことか……

 葉瑠は立ち上がり、結賀の横に立つ。

 結賀は深刻な顔で俯いていた。

「……結賀?」

 何やら様子がおかしい。

 葉瑠は恐る恐る結賀に近づき、制服の裾を引っ張ってみる。

 これで我に返ったのか、結賀はこちらを見てフッと笑う。

「……やっぱり白だったか」

「へ?」

「下着、色気ねーなあ」

 結賀に言われて、葉瑠は今更ながら自分が下着姿だったことを思い出す。

「……!!」

 葉瑠は大慌てで自分のロッカーから制服のジャケットを取り、体を隠す。

 だが、その時には既に結賀は出口付近に立っていた。

「今度は待っててやるから、早く着替えるんだぞ」

 結賀は一方的に告げ、部屋を後にする。

 これ以上遅れると結賀に迷惑を掛けてしまう……

 葉瑠は大急ぎで着替えることにした。



「――まだ10機以上残ってんだ。早く固定してくれ!!」

「言われなくてもやってますよ、急かさないでください!!」

 スラセラート学園内、地下ハンガー

 広大な空間を有するハンガー内は現在、掛け声や機械の駆動音に支配されていた。

 それもこれも、受験生のVF全てを破壊したシンギの責任だった。

 修繕用ケージには頭部を失ったVFが10機近くも固定され、その手前にも同じく頭部を失ったVFがずらりと並んでいる。

 全壊ではないといえ、これだけの数のVFを修理してメンテナンスを行うのは時間がかかるだろう。

 そんなVF達を、シンギは涼しい顔で眺めていた。

「ふう、終わった終わった」

 今回の試験、いつものように退屈に終わるかと思っていたが、なかなか楽しめた。

 シンギはボトルに入ったスポーツドリンクを口に含みつつ、先ほどの試験を思い返す。

(……結局、俺からヒットを奪えたのは3名だけか)

 いや、3名“も”と言ったほうがいいかもしれない。

 リヴィオと橘結賀は予想通りの実力だった。が、更木の娘があそこまでやるとは思っていなかった。

 こちらが少し遊んでやったのは事実だが、それでも模擬弾を数発撃ち込めたのは素晴らしい。

 ズブの素人状態であの射撃センス……。

 鍛えてやればいい使い手になるだろう。

「試験ご苦労さんだったな、シンギ」

 修繕用ケージの足元でのんびりしていると、作業服を着た男が近寄ってきた。

 同時にアルコール臭が漂い始める。

「まーた飲んでんのかロジオン」

「迎え酒だ」

 スキットルを傾け、至福の笑みを浮かべているのはここのハンガーの責任者、ロジオン・クレスチアニノフだ。

 元はVFメーカー『レンタグア社』の研究開発員だったが、仕事中に飲酒を繰り返したせいで首を切られたらしい。

 あれほど酒に寛大な国なのに、飲酒が原因で職を失うなんて珍しい。

 ロジオンはフラフラと歩いており、顔も真っ赤だった。

 こいつのシラフの顔を一度でもいいから拝んでみたいものだ。

 ロジオンはシンギの隣に来るとため息を付き、修理中のVFを見上げる。

「しかし、お前もたちが悪いな。全員合格なら合格と言ってやればよかったのに」

「馬鹿。緊張感がないとあいつら本気で戦わないだろ?」

「可哀想な受験生……。教官様の戦闘欲を満たすために無理やり戦わされるとは……」

「俺も意味もなく戦闘させたりしてねーよ。今回のバトルを参考に、今後のカリキュラムを組むんだからな」

「本当か、それ」

「色々と戦闘データを検討するより、実際に戦ってみるのが手っ取り早いだろ?」

「そう言ってる割に、大半の連中は一撃で倒してなかったか」

「う……」

「一撃食らわせただけで相手の適性を読み取るなんて、まさに神業だなあ……」

「……」

 シンギは言い返せなかった。

 言い訳を重ねても墓穴を掘るだけだと判断し、シンギは早々に謝罪する。

「……すまん。ぶっちゃけ何も考えず勢い任せで倒した」

「だよな」

「修理、頼むな」

 シンギは両手を合わせ、苦笑いする。

 毎度のことなのか、ロジオンは頭を掻きながら力なく笑っていた。

「……ま、派手に壊せば壊すほどエンジニアコースでは良い教材になるのは事実だが、何事にも限度ってもんがある。次からは程々にしてくれよ」

「おう。そっちも酒は程々にな」

 シンギに注意されたにも関わらず、ロジオンはスキットルを目線の位置まで持ち上げる。そして、乾杯するかのように軽く上下に動かし、これ見よがしに飲んでみせた。

「懲りない奴め」

「お互い様だろ」

 二人は小さく笑い、話題を変える。

「……それで、受験生の中に気になる奴はいたか?」

「ああ」

 シンギの頭のなかに3名の受験生の顔が浮かぶ。

 リヴィオに結賀に葉瑠。

 3人共個性的で伸びしろのあるランナーだ。

「リヴィオはそれなりに強くなってたな。順調に成長すりゃいいランナーになる」

「お前さんが褒めるなんて、よっぽど筋がいいんだな」

「まあな。……で、結賀って奴は、闘気だけで言えばプロにも劣ってなかったな。格上相手に全く臆しなかったし、期待できると思うぞ」

「ほー……で、他には?」

「あとは……まあ一人だけ。例の女の子だ。エンジニアコースからランナーコースへ変更させた……」

「ああ、あの娘か。上手くいってよかった」

 葉瑠の話の時だけ、ロジオンは嬉しげにしていた。話す機会でもあったのだろう。

 あれはあれで健気な少女だ。応援したい気持ちは分からないでもない。

 葉瑠について根掘り葉掘り聞かれるのも面倒だし、早めに会話を切り上げよう。

「……気になったのはそのくらいだな。後は普通に優秀な連中だ」

「それだけか? もう一人いただろ。気になる奴が」

「もうひとり?」

 ロジオンから返ってきた答えにシンギは驚く。

 どういう根拠でもう一人いると判断したのか……。

 シンギはロジオンを問い詰めることにした。

「どういうことだ?」

「ん? 1機だけいただろ。ノーダメージで試験終わらせたやつ」

「そんな奴いたか……?」

 記憶に無い。全機頭部を破壊したはずだ。

「本当にノーダメージなのか」

「おう、傷ひとつ無い」

「……だったらそのVF見せくれ」

「別にいいが……あれだ」

 ロジオンは修理用ケージから少し離れた位置を指さす。

 そこには地面に寝かされた状態のVFがあった。

 頭部パーツは外されている。が、接合部に損傷はない。

「こいつ、試験開始から一歩も動いてないどころか、VFを起動すらさせてないぞ」

「は?」

「マジで覚えてないのか?」

 ……全く覚えがない。

 もしかして、自分で頭部パーツをパージしたのだろうか。

 全員合格させることを知っていたとしたら、その行動にも納得できる。

 困惑しながらもシンギは情報端末を取り出し、搭乗していた受験生の情報を閲覧する。

(お、女か……)

 ――名前はアビゲイル・ライト

 VFOBのランカープライヤーで、最高順位は77位

 米国出身、両親は共に健在で両名ともガムラ・システムズ社に勤務している。

(あれ、こんな奴いたか……?)

 受験生は大抵目を通したつもりだったが、こいつは見た記憶が無い。

 リストに上がっているので選考基準を満たしているのは間違いないだろうが、それにしたって俺が覚えていないのは……

「――お話中すみませんロジオン教官」

 二人で話していると、急にエンジニアコースの学生が湧いて出てきた。

 ロジオンは普段と変わらぬ態度で学生に接する。

「どうした。トラブルか」

「はい。4番ケージのVFなんですが、何だか操作系のシステムがおかしいみたいなんです……」

「操作系が……?」

 ロジオンは怪訝な表情を浮かべる。

 通常はあり得ないトラブルなのだろう。学生もかなり動揺しているように見える。

「話の途中で悪いが……」

「いいから行ってやれよ」

「悪いな」

 ロジオンはスキットルを作業服のポケットにしまい、4番ケージへと向かう。

 学生もその後に続く。

 少し興味のあったシンギも、二人に遅れて4番ケージに向かって行く。

 修繕用4番ケージには見覚えのあるVFが固定されていた。

(あのVFは……葉瑠が乗ってたVFか)

 受験生の中であれだけ分厚い装甲を着込んでいたのは彼女だけだ。

 その分厚い装甲を、ロジオンは軽い身のこなしで駆け上がっていく。

 酔いどれオヤジとは思えない軽快さに驚きつつ、シンギはケージを管理している情報端末に向かう。

 ケージの足元、整備用の管理端末には女子学生が座っていた。

 その端末は机に近い形状をしており、机上にはモニターが並び、コンソールがところ狭しと並べられていた。

 ツナギ姿の女子学生は口元を指先で弄りつつ悩ましい表情を浮かべていたが、シンギに気づくと途端に背筋を伸ばした。

「し、シンギ教官、お疲れ様です」

「おつかれさん」

 シンギは女子学生の背後から肩越しに端末のモニターを見る。

 緊張のせいか、女子学生は背筋を伸ばしたまま動かなくなってしまった。

「エラー箇所は……射撃管制AI? エラーが出るなんて珍しいな」

 何気なくつぶやくと、上からロジオンの声が聞こえてきた。

「マジか。そこら辺のソフトは全部既製品を使ってるはずなんだが……勘違いじゃないよな?」

 ロジオンは体半分をコックピット内に突っ込んでおり、喋る度につま先がピクピク動いていた。

 そのつま先に向け、シンギは告げる。

「いいから調べてやってくれ。命にかかわるかもしれないだろ」

「わかったわかった……」

 足がもぞもぞと動き、ロジオンはコックピット内に入り込んでいく。

 どうやら内部から本格的に問題箇所を洗うつもりらしい。

 しばらくすると困惑の声が返ってきた。

「……驚いたな」

「どうしたロジオン」

「射撃管制システムが書き換えられてる。しかも解析用のプログラムと動体予測アルゴリズムまで組んであるぞ」

 言葉の後、ケージ足元の管理端末にデータが送られてきた。

 硬直していた女子学生は我を取り戻したようで、そのデータを解析していく。

「これですね……っと」

 解析はすぐにおわったようだ。

 端末画面には省略化されたプログラムの概要図が表示されていた。

 もちろん、ランナーのシンギにその意味がわかるわけもなく、シンギは女子学生に解説を求める。

「これは?」

「えーと、簡単に説明しますと、射撃管制AIは弾速、風速、動体検知その他条件の複合要素を計算し、最適な位置に照準を合わせてくれます。このプログラムでは、それらに加えて目標物の回避パターンを学習、予測するアルゴリズムが組まれているんです」

「つまり?」

「対戦時間が長くなればなるほど、命中率が上がります」

「それはすげーな。どうりで、弾を避けられなかったわけだ。……で、誰だそんなエラいもんを仕込んだ奴は?」

「それは、えーと……」

 女子学生の目が泳ぐ。

 代わりに答えたのはロジオンだった。

「そう焦るなシンギ。ログを見れば嫌でもわか……」

 ロジオンは最後まで言い切らず、言葉を途切らせる。

「おい、ロジオン?」

 何か様子がおかしい。

 シンギは管理端末から離れ、ケージをよじ登ってコックピットへ向かう。

 コックピット内、ロジオンは整備用コンソールを両手で持ち、視線は画面に釘付けになっていた。

「おい?」

 シンギはロジオンの肩を叩く。

 ロジオンはようやく言葉を発する。

「VF起動中にデータが書き換えられてる……しかも初回更新時刻と最終更新時刻の差が121秒って……」

「すごいのか、それ」

「すごいに決まってるだろ。戦闘中に射撃管制AIを改良したんだぞ……しかも2分で」

 ロジオンはコックピットから体を出し、そのまま器用に装甲を伝って地面に降りる。

 シンギもハッチに引っ掛けていた足を放し、そのまま地面に降り立つ。

 ロジオンはスキットルを再び取り出し、酒を煽る。

「対戦中によくこんな芸当ができたもんだ……」

 ロジオンがこんな反応をするなんて珍しい。

 ランナーとしての素質はともかく、更木葉瑠という少女は“本物”と見て間違いないだろう。

 神がかり的な射撃センスの持ち主でなかったことは残念だが、たったの121秒だけで俺のセブンクレスタに銃弾を命中させるという“結果”を生み出せたのだから、それだけで十分だ。

「俺の目に狂いはなかったってわけだ」

 狂いはなかった。が、いいランナーになれるかと問われると疑問が残る。

 それもおいおい考えていけばいいだろう。

 突っ立ったまま考えにふけっていると、ロジオンが訴えてきた。

「……なあ、やっぱりあの娘エンジニアコースに貰えないか」

 ロジオンはこちらの肩を掴む。

「そもそもエンジニアコースに志願していたわけだし、こっちで引き取るのが自然だろう?」

 既製品を改良できるほどの腕前の持ち主だ。ロジオンが欲しがらないわけがない。

 実際、彼女はエンジニアコースにいたほうがその実力を思う存分活かせるだろう。

 しかし、いいランナーになれる可能性がある以上、提案を受け入れるわけにはいかなかった。

「何を言っても無駄だぞ。あの娘は自分の意志でランナーコースを受験した。学園としては学生の自主性を重んじるべきだろ?」

「わかってる。言ってみただけだ」

 ロジオンはふうと溜息をつき、スキットルを懐にしまう。

 そして、管理端末に座る女子学生に指示を出す。

「……エラーはソフトを書き換えたせいだ。いっぺん初期化して再起動をかけろ」

「でも、それだとせっかくの解析アルゴリズムが……」

「いいから、言われた通りにするんだ」

「……はい」

 これで問題は解決だ。

 一段落つくと、タイミングを見計らったかのようにアナウンスが鳴り響く。

「――ランナーコース受験生の皆さん。13:00より合格発表及び総評を行います。2階の203講義室に集合してください。繰り返しお伝えします……」

「もうこんな時間か。後は任せたぞ」

 これから受験生……いや、新入生にカリキュラムの説明をしなければならない。

 適当に別れの挨拶を告げると、ロジオンから返事が来た。

「言われるまでもねえよ」

「だな」

 雇い入れた当初からロジオンの仕事ぶりは完璧だ。

 シンギは振り返ることなく応じ、上階へ向かうことにした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ