18 -対応策-
18 -対応策-
スラセラートに帰還してから8時間
稲住社長の命令により、葉瑠は地下ラボでひたすら作業を行っていた。
その作業とは、重力盾に対抗できる兵器の開発であった。
迫り来るURに対抗するためには必須の武器だが、そう簡単にひねり出せるものでもない。と言うか、重力盾をどうにかできるのは、同じく重力制御技術でしかあり得ない。
明神というスーパーコンピュータを失った今、ラボ内の機材だけで重力制御を実現させるのは不可能なのだ。
「うーん……」
葉瑠は眼鏡を額まで押し上げ、そのまま両手で顔を覆う。
実は、アイデアがないわけではない。一応2つほど考えた。
まず一つは、敵の重力干渉エリアを強力なネットで取り囲み、行動不能にするという案だったが、この案は思いついた瞬間に却下した。
球状のエリアはかなり広い、それをカバーできるネットは簡単に用意できないし、敵が大人しくネットに当たってくれるかも疑問だ。その上、ネットは均一に広がるわけではない。展開する前に弾き飛ばされてしまうのがオチだ。
二つ目の案として考えたのが、霧状にした硬化性透過流動体(CTL)をURに散布して固めて動きを止めるという案だ。
この案は、夏季休暇中に溜緒工房をURが襲撃したあの一件を思い出し、思い付いたものだ。
あの時稲住社長はURに対し鬼代一で対処し、霧状にした海水で相手の視界を奪った。
その時、一瞬だけではあるが、霧が重力盾の影響を受けていない事に気がついたのだ。敵の重力盾はある程度の威力を持った攻撃にしか反応しないのかもしれない。つまり、霧状にしたCTLならば相手に気付かれることなく使用できるはずだ。
が、この案も逡巡した後却下した。先ほどのネットと同様、敵が一箇所に留まっているわけがないし、霧を制御するのも難しい。
CTLの代わりに神経毒を散布すればいいかも……とも考えたが、コックピットは気密性が高く、相手まで届かない。そもそも毒なんて危ないもの使えないし、スラセラート学園にそんなものは置いていない。
今は3つめを考えるべく、卓上のアイデアボードにはいろいろと図や文字や計算式を書き込んではいるが、どれも全く役に立ちそうにない。
(どうして私が兵器開発なんて……)
稲住社長が私の能力を評価してくれているのは嬉しいが、結果を出せないのは正直かなりのストレスだ。
作業台の上で一人うんうん唸っていると、男性エンジニアに声を掛けられた。
「どうだ葉瑠、何か思いついたか」
肩をばしっと叩き、卓上に酒瓶を叩きつけたのはロジオン教官だった。
相変わらず酒臭い。呂律もちょっと怪しいし、顔も赤らんでいる。完全に酔っ払いである。この人がエンジニアコースの主任教官だと、いまだに信じっれない。
葉瑠はイライラしていたこともあってか、ぶっきら棒に言い返してしまう。
「すみませんロジオン教官、ちょっと黙っててください」
「おう……」
葉瑠の怒りを察知してか、ロジオン教官は酒瓶片手にふらふらと何処かへ行ってしまった。
(あれで仕事ができているのですから、納得出来ないですよね……)
ラボ内は機械の加工音が何十にも重なって響き渡り、賑やかだった。
ラボの奥にある兵器庫からは見たこともないような古い銃器や兵器が運び込まれ、ラボでチューンアップを受けている。
指揮をしているのはロジオン教官だが、実際に現場の管理を行っているのはモモエさんだった。
彼女ご自慢の桃色の髪は今はヘルメットの下に隠れ、微かにしか見えない。が、キビキビした動きのおかげで彼女を判断するのは簡単だった。
今のところ改造出来た兵器はアルフレッド教官のチェーンガン二門に、スーニャの大容量フライホイール式バッテリを搭載した電磁レールガンが一丁だけだ。
ラボではエネオラ先輩用に爆発物合成装置付きの外套装甲『マインドレス』と、リヴィオくんの為には高硬度を誇る外装甲『モルティングアーマー』が急ピッチで調整中だ。
どれも私の好奇心を刺激する兵器だ。今すぐ兵器庫の中を探検したい気分だが、それよりも先に重力盾を看破する方法を考えるのが先だ。
(よし……)
葉瑠は眼鏡を掛け直して気合を入れ、再度作業台に向かい合う。その時、ラボ入り口から元気な声が響いた。
「みなさん、夜食を持ってきました!!」
入り口に立っていたのは、配膳車を横に携えたクローデルくんだった。
「おー、やっと来たか」
「待ってました」
エンジニアは作業を中断し、配膳車へ群がっていく。
(駄目だ、私も何か食べとこう……)
葉瑠も作業台を離れ、配膳車へ足先を向ける。と、遅れて入り口から女性が入ってきた。
赤毛のショート、青白い肌……イリエ教官だった。
葉瑠は配膳車を通りぬけ、イリエの元へ向かう。
「イリエ教官、避難してなかったんですね」
声を掛けると、イリエ教官はにこやかに反応してくれた。
「葉瑠さんこそ、ラボでお手伝いをするなんて、殊勝な心がけですね」
イリエ教官は一度立ち止まり、ラボ内をぐるっと見渡す。誰か探している様子だったが、目当ての人は見つからなかったようで、落胆するのがよく分かった。
イリエは配膳車からトレイを2つ取り、一方を葉瑠に手渡す。
「あそこで一緒に食べませんか?」
「あ、はい、いいですけど……」
指差した先は先程まで葉瑠が座っていた作業台だった。
汚されるとまずい……かと思ったが、どうせまともなアイデアはないので問題ない。
イリエは足早に作業台に座り、トレイを開封する。
葉瑠も遅れながら着席し、イリエを真似て蓋を開けた。
トレイの中には色鮮やかで高カロリーそうなブロック状の物体が……非常食が詰まっていた。
種類は5種類、それぞれ味も栄養素も違うのだろうが、どれも硬そうなゼリー状で食感は変わらないだろう。
イリエは赤のゼリーをスプーンの先でつつきながら葉瑠に問いかける。
「これ、何を作ってるんです?」
イリエの視線は作業台の上のアイデアスケッチに向けられていた。
「URに対抗するための兵装です。七宮の社長さんに頼まれて考えてはいるんですけれど……」
「難航してるみたいですね」
「面目ないです……」
そう言って、葉瑠は緑のゼリーを口に含む。
ぼそぼそした食感を舌に感じつつ、葉瑠は質問を返す。
「イリエ教官は……ラボに何か用事でも?」
「ああ、そうでした。実はアルフレッド教官に北側の警備を任されたんです。取り敢えずVFを用意してもらって……あと、何か使える武器はありますか?」
「あるにはありますけど、UR相手には紙切れ同然ですよ。七宮重工の七之岱にまかせておいたほうがいいと思いますけど」
「紙切れ同然でもいいですから、お願いします」
「そこまで言うなら……ロジオン教官に言ってください。用意してくれると思います」
「わかりました。あと、アビゲイルさんはどこにいるか知りませんか? 彼女も防衛に参加してくれると有難いんですけれど……」
「……」
アビゲイルのことについては誰にも話すな、と稲住社長からきつく言われている。
イリエ教官にも彼女について話すわけにはいかない。と言うか、そもそもアビゲイルさんの居場所は私も把握していない。
葉瑠は何とか誤魔化すことにした。
「アビゲイルさんは……どうやら稲住社長から大事な仕事を頼まれているみたいでして、私もよく知らないんです」
「そうですか……」
イリエ教官はよほど無念だったのか、スプーンをゼリーに突き刺したまま項垂れていた。
葉瑠もアビゲイルの居場所については心配が尽きなかった。
(アビゲイルさん、どこに隠れてるんでしょうか……)
URに見つかってしまえば即アウトなので、誰にも見つからないような場所にいるのは間違いない。私もこの学園に来てから1年経つが、立ち入った事ないエリアは山ほどあるので予想もつかない。
二人して思い悩んでいると、作業台の上にトレイがもう一つ追加された。
「……どうですか葉瑠、兵器の開発は順調ですか?」
「それがどうもなかなか思い浮かばなくて……って!?」
隣に座ったのは、先程まで考えていた人物、アビゲイルだった。
突然の出現に葉瑠もイリエも驚き、同じタイミングでスプーンを落としてしまった。
アビゲイルは長い黒髪を掻き上げ、真紅の双眸を葉瑠に向ける。
「そんなに驚かなくてもいいでしょう。そんな顔をされると私としてもどういう反応をしていいのか困ってしまいます」
「ああ、ごめん。でも、こんな所にいていいの?」
「問題ありません。ここで葉瑠の兵器開発のお手伝いをしたほうが、URを撃退できる可能性が上がると思ったのでラボに来たというわけです。納得しましたか?」
「納得できないよ!?」
小声で言い合っていると、イリエ教官が唐突に席を立った。
不自然な動きに、葉瑠は彼女に声を掛ける。
「イリエ教官?」
「……すみません、北の警備を急がないといけないので、ロジオン教官にVFを用意するようにお願いに行ってきます」
「でも、まだ食事が……」
「のんびり夜食を食べている場合じゃないです。敵はいつ襲ってくるかもわからないんですから……」
イリエ教官は一方的に告げると、作業台を離れてラボの奥へ行ってしまった。
教官がいなくなり、葉瑠は気兼ねなくアビゲイルに問い詰める。
「一体何考えてるのアビゲイルさん、隠れていないと危ないって、自分で言ったことだよ?」
「リスクは十分理解しています。が、対応策もきちんと用意していますので、心配には及びません」
アビゲイルは余裕たっぷりに告げ、作業台の上に置いてあったノートを引き寄せる。
「それより、重要なのは重力盾への対処法です。……良い案があるのですが、聞いていただけますか?」
「案?」
アビゲイルは早速白いボードにアイデアを書き連ねていく。
暫くすると葉瑠は感嘆の声を漏らした。
「なるほど、これは思いつかなかった……」
「対応策とは言い難いですし、時間も掛かりますが、これほど単純なら作業自体は難しくはないかと思います」
「……うん、これで行こう」
もう考えている時間はない。
葉瑠は準備にとりかかるべく、早速ラボの奥へ向かうことにした。




