17 -右往左往-
17 -右往左往-
夕刻のインド洋
赤に染まる海には大小様々な人工島が浮かんでいる。
これらフロートユニットはそれぞれに結びつき、一つの都市を形成している。
多国籍企業が密集して作り上げられたのがこの海上都市群だ。
その中で一二を争う広大な面積を有するフロートユニット、スラセラート学園。
七宮重工のVTOLが到着してからというもの、スラセラート内は物々しい雰囲気に包まれていた。
学内アナウンスでも避難を呼びかける声が絶えず響いている。
学園や学生寮からは絶えず人が出て、大きな荷物を携えて南端の乗船ゲートへ移動していた。
入江香織も他の職員と同様、南の乗船ゲートへ続く南連絡路を移動していた。
だが他とは違い、荷物は小さなポシェットだけで、服装も七分袖のカッターシャツにスキニーデニム、そしてサンダルという軽装だった。
いつも左側に編み込まれている赤髪だが、先程までシャワーを浴びていた為、無造作に纏められている……が、相変わらず前髪は目元を覆い隠すほど長かった。
肌も、普段は色白だが、シャワーのせいで少し赤らんでいた。
髪を手櫛で整えつつ、イリエはのんびりと歩く。
普通ならパニックが起きても不思議では無いが、日頃の避難訓練のお陰か、全員が落ち着いて行動していた。
ただ、状況が状況だけにかなりざわついていた。
「なあ、放送で言ってること……URがここを襲うってマジなのか?」
「マジらしいぜ。……俺、七之岱初めて生で見たわ」
イリエは前を歩く男子訓練生二人組の会話をなんとなく聞き続ける。
「それはどうでもいいんだよ。で、どうしてURが学園襲うんだ? 襲うならアメリカとか中国とか、兵器持ってそうな所狙うだろ」
「さあ……でも、兵器って意味では俺らランナーも立派な兵器だしなあ。AGFが使えないチャンスを狙って、ランナーとか根絶やしにするつもりじゃねーの?」
「お前、よく呑気に言ってられるな……怖くないのかよ」
「だからこうやって逃げてるんだろ」
「それもそうか……って、ランナーが逃げちゃだめだろ。俺らも七宮に協力しようぜ」
片方の男子が呆れた様子で肩をすくめる。
「協力って……簡単に言うなよ」
「?」
もう片方の男子は不思議そうに首を傾げる。
「今回のは試合でも何でもない、マジモンの戦闘なんだぞ?」
「……だから?」
男子は深く溜息を吐き、相手の胸を小突きながら告げる。
「負けたら死ぬんだよ……」
「……」
「しかもURはシンギ教官を倒したって噂も聞くし……俺達が束になった所で敵いっこねーよ」
「そうか……はあ……」
二人共肩を落とし、再度溜息を吐いた。
「今は逃げるしかねーな」
「だな」
二人が最終的に出した結論に、イリエは激しく同意した。
(そうですそうです。それが正しい判断です)
逃げることは悪いことではない。
何よりも大事なのは命なのだ。下手な正義感に駆られて戦死するより、惨めさを感じてでも生きていたほうがいい。
なので、私も巻き添えを食らうくらいなら学園から逃げる。
教官やランナーの中には七宮を手伝っているのもいるみたいだが、私はそんなリスクを犯すつもりはない。
やがて乗船ゲートが見えてきた、かと思うと、携帯端末に着信があった。
イリエは道を逸れ、落ち着いた場所で通話ボタンを押した。
「はい、入江です」
「……イリエ、久しぶりだな」
通話の相手は変声機を使っている宏人だった。
入江は雇い主が宏人だということはまだ知らない。そのため、世間一般でURの首謀者として認識されている更木正志として応対する。
「あ、はい。お久しぶりです」
「アビゲイルはそちらにいるか?」
質問の意図が理解できなかったが、イリエはありのままを答える。
「アルフレッドと一緒に学園に帰っているとは聞いてますけど……仕事って何です? 早めに済ませないと盗聴の危険が……」
言いかけて、イリエは言葉を訂正する。
「その心配はありませんでしたね……」
セブンが破壊された今、監視も盗聴もあったものではない。
「君が必要なんだ。まずは事情を聞いてくれ」
「わかりました……」
――3分ほどの簡潔な説明の後、イリエは頭の中で状況を整理する。
「なるほど、そうでしたか。アビゲイルがセブンのバックアップ端末……」
嘘みたいな話だが、今さら更木正志が嘘をつくとは思えない。そしてこの状況下では、私以外に任を果たせそうな人物はいない。
「それで、アビゲイルについてだが……」
「アビゲイルは間違いなくスラセラートに帰ってきています。今も演習場に七宮重工のVTOLが停まっているのが見えますので」
「VTOLはどうでもいい。彼女本人の姿は見たのか?」
「それは……」
VTOLは見た。七宮のエンブレムまではっきりと見た。が、アビゲイルの姿をはっきりと見たわけではない。
「……」
イリエは“YES”と言えず、黙ってしまった。
その沈黙を“NO”と判断したようで、宏人は話を前にすすめる。
「今回は確実にセブンの息の根を止めたい。アビゲイルの姿を確認出来次第、位置をこちらに知らせてくれ」
「それだけでいいんですか?」
「取り敢えずはそれだけでいい。どうせ、中国の航空連隊の準備が整うまで約20時間ほど待たないとならないからな……」
「20時間!?」
思わず声を上げてしまい、イリエは慌てて周囲を見渡す。
誰も気にしている様子はない。
イリエは携帯端末を持ち直し、ボリュームを落として会話を続ける。
「さっきの話だと、コアデータの解凍まであと32時間しかないんですよね? そんな連中の手なんか借りなくても、重力制御ができるウィクレルとジリアメイルがあれば簡単に……」
「いままで散々中国に援助してもらった経緯がある。中国としてはセブンをこの手で破壊したという実績がほしいのだろう。セブンを討ち取ったとなれば、今後大きな発言権を得ることができるだろうからな」
納得できないが、理解できる理由ではある。
「差し引いても12時間ある。いざとなればスラセラートごと破壊すれば問題ない」
「そうですか……」
雇い主がこう言っているのだ。末端の私は従うしかない。
「くれぐれもバレないように、怪我をしないように、慎重に頼むぞ」
小学生に言い聞かせるような物言いに対し、イリエは湿った赤髪を掻き上げ、明瞭な声で言い返す。
「私だってプロです。心配ご無用です」
「そうだったな。済まない。……報告、待ってるぞ」
そこで通話は終了した。
イリエはポシェットに携帯端末を仕舞い、体を180度回転させる。
「さて、戻りましょうか……」
結構重要な役を担っているのではないか。
人の波に逆らいつつ、意気込むイリエだった。
宏人からアビゲイル捜索の任を受けてから4時間後、イリエは真夜中の演習場を歩いていた。
(どこにいるのよ……)
学園内はもちろん、学生寮や職員寮も探したが、全く見つからない。
まだ16時間余裕があるとはいえ、ここまで探し回って一つの情報も得られていないと焦らずにいられない。
もしかして、学園外に逃げ出した?
それとも、学園内を常に移動している?
前者であれば、すぐにでもあの人に連絡を入れなければならない。が、ここにいないという確たる証拠がない。
全ては私の情報にかかっている。もっと必死になってアビゲイルを探そう。
意気込みながら演習場を歩いていると、暗い景色の中に薄っすらと人影を見つけた。
その人影は大きく、それがすぐにVFだということが分かった。
(あれは七宮重工のノーマルVF、セブンクレスタ……)
セブンクレスタは角ばった装甲が特徴の、初心者向けのVFだ。
更に近づくと、兵装もはっきりと見えてきた。
セブンクレスタはチェーンガンを両手に構え、空を警戒している様子だった。チェーンガンの背後には巨大な箱型弾倉がずらりと並んでおり、それら全てが弾倉部分と接続されていた。
単純に興味があったイリエは、誰が乗っているかも知らないまま声を掛ける。
「これ、凄いですね……。こんなもの何処で見つけたんですか?」
脚の装甲をノックして話しかけると、すぐに外部スピーカーで返事が来た。
「ラボの奥、兵器庫の中だ」
艶のあるテノールの声……どうやらアルフレッドが操作しているようだ。
短く答えた後、アルフレッドは質問を返す。
「イリエ教官こそ、こんな時間に何の用事が?」
アビゲイルを探して学園内を歩き回っている、と言えるわけもなく、イリエは当たり前のように嘘をつく。
「ここの防衛がどうなってるか気になっただけです。……それより兵器庫の話ですが、そんな場所があったなんて知りませんでした……」
話を逸らすとすぐにアルフレッドは「知らなくて当然だ」と前置きし、兵器庫について説明し始めた。
「10数年前までこのフロートユニットは『カーディナル・エッジ』……いや、『ファウレン』という民間軍事会社のものだったからな。こういう類の兵器はごまんと眠っているのだよ。ちなみに、トレーニングルームのシミュレーションマシンもその当時使っていたものだ」
「へえ……」
そんな兵器を使った所で重力盾の前には無意味なのだが、まあ、牽制くらいにはなるのだろう。
よくよく考えて見れば、真っ先に戦場になりそうな演習場にアビゲイルがいるわけがない。
イリエはアルフレッドに別れを告げる。
「それでは、引き続き監視を頑張って……」
「それよりイリエ教官、いいところにきた」
アルフレッドは別れの言葉を強引に遮り、あることをイリエに依頼する。
「北側の警戒をお願いできないか」
「北側?」
アルフレッドは「うむ」と言い、セブンクレスタの頭部をこちらに向ける。
「現在外敵の侵入に備え、私は西の演習場を、リヴィオとスーニャが居住区がある東を、エネオラが入港ゲートのある南を警戒している。そして近海は七宮重工の七之岱部隊、海中は稲住社長の鬼代一が警戒している」
「大層な布陣ですね……で、どうして私は北を?」
「北はゴメスとエナガに任せていたんだが……つい先程になって避難したいと言い出してな……」
「そういうことですか」
……『ゴメス・ニクライン』と『エナガ・アルジャバ』はランキング10位と11位のプロランナーだ。私も一度試合をしたことがあるが、あまり印象に残っていない。どっちが10位でどっちが11位かも定かではない。
実力者には違いないが、実戦に耐えられるかどうかはランキングとは関係ないのだ。
「仕方ないですよ。誰だって死にたくありませんから。戦闘中に逃げられるよりは随分いいと思いますよ」
「その通り……というわけで、イリエ教官、北側をお願いしてよろしいか」
「……」
思わず「はい」と応えてしまいそうになったが、イリエは口を押さえて事なきを得た。ここで北側を守っていたのではアビゲイルの捜索を行えない。
イリエはなんとか断るべく、代わりになるようなランナーの名を出す。
「そういえばルーメ教官はどこにいるんです? 警備なら彼女のほうが適任では……」
「ルーメは全身打撲と脚の骨折でまともに動けない状態だ。コックピットの中にいたとはいえ、上空から海面に打ち付けられて無傷というわけにはいかなかったようだ」
ルーメの件について、イリエは宏人からある程度の事情を聞いていた。
ルーメはジリアメイルとの戦闘中に重力制御できなくなり海に墜落した。今も海に浮かんでいるか、救助されたとしても付近の病院にでもいるのかと思っていたが……七宮のVTOLに拾い上げられ、ちゃっかりされてスラセラートまで輸送されていたようだ。
だが、怪我で動けないのなら気にする必要もない。
イリエは他のランナーの名も挙げていく。
「なら、橘結賀や川上葉瑠、それにアビゲイルを起用すればいいのでは?」
こうやって聞けば、自然にアビゲイルの状況を知る事ができる。偶然とはいえ、我ながらナイスな方法だ。
アルフレッドは順にランナーの状況を説明していく。
「結賀君は少し情緒不安定な状態でな……ルーメと共に医務室でリリメリア女史に看病されている。……ああ、彼女の看病を受けられるなんて羨ましい。怪我一つ無い健康的な自分の肉体が憎い……」
「……」
アルフレッドがリリメリアに好意を抱いているのは周知の事実だ。が、この緊張した状況で冗談を言われると流石の私も腹が立つ。
イリエの苛立ちを感じ取ったのか、アルフレッドは話を元に戻す。
「……葉瑠君はロジオン教官やエンジニアの有志諸君と共に防衛戦に役立つ兵装を武器庫からピックアップ、改良してもらっている。」
「そんなに武器が必要? ラボにはたくさんVF用の兵装があるじゃないですか」
「あれでは不十分なのだよ。セブンが消失した今、高速演算によって実現されていた重力制御は機能していない。今私が乗っているこれも単なる低出力なVFにすぎない。通常兵器では重力盾を持つURの相手などまともに務まらない」
「なるほど……」
「重力盾を看破する方法があればいいのだが……」
そんな方法は存在しない。どれだけ兵器を集めた所で、URには適わないのだ。
「……で、アビゲイルは?」
アビゲイルの名を出すと、アルフレッドは「彼女は……」と言ったきり言葉に詰まった。
しばらくして言い直す。
「アビゲイル君は……実のところ私も把握していない」
「そうなんですか……」
アルフレッドが彼女の居場所を知らないわけがない。つまり、意図的に居場所を隠している。付き合いの長い私になら話してくれるかもしれないと思っていたが、認識が甘かったようだ。
これでは学園の中にいるのか外にいるのかすら分からない。
「……」
もっと問い詰めたい所だが、アビゲイルに関してだけ突っ込んで聞くのは不自然だ。
(バレないように、慎重に……ですね)
まだ時間はある。取り敢えず、今得た情報を更木正志に報告しておこう。
そう判断したイリエはその場を離れることにした。
「……じゃあ、北に行ってきますね」
「セブンが復旧するまでしっかり頼む」
「はい任せておいてください」
イリエは軽く会釈をし、セブンクレスタから離れていく。
校舎に入るとトイレに直行し、誰も居ないことを確認するとイリエは携帯端末を耳に当てる。
呼び出し音の後、例の変声機越しの低い声が聞こえてきた。
「もしもし……あの……」
「アビゲイルの姿は確認できたのか」
「いえ、まだですが……スラセラートに侵入するつもりなら北からが良さそうです。誰もいませんから」
「わかった。北だな」
北を守れと頼まれたが、守るつもりなど毛頭ない。
「では、引き続きアビゲイルの居場所を探しますので」
「イリエ、アビゲイルが見つかろうが見つからまいが、あと16時間後に奇襲をかける。心に留めておいてくれ」
「……はい」
向こうから通信を切断され、イリエは携帯端末を耳から離す。
「ふう……」
個室の中で溜息が反響する。
(あと探していないのは……ラボと地下のインフラ区画ですね……)
まだ16時間あるが、地下のインフラ区画を捜索するとなると時間が足りない。もし相手が移動しているとしたら、探しだすのは至難の業だ。
人目を避けて捜索し続けるのにも限界がある。アルフレッドに仕事を頼まれたのだし、まずは“警備用のVFを取りに行く”という名目でラボに行くことにしよう。
(葉瑠さんなら口も軽そうですしね)
アビゲイルの情報の他にも、現在スラセラートに配置されている兵器の情報も手に入れられれば一石二鳥だ。
行き先が決まると、イリエはトイレから出て、学園校舎のエントランスへと向かう。
廊下は暗闇に包まれ、静まり返っていた。
大方の避難も済んだだろうし、今残っているのはほんの一握りの学生と職員だけだろう。
暫く歩くと前方に光を見つけた。その光は食堂のドアから漏れ、廊下に扇状に広がっていた。
中に誰かいるのだろうか。
イリエは足音を消し、こっそり中を覗き込む。
だだっ広い食堂の中、円テーブルに男子学生の姿を見つけた。
ロン毛を後頭部で適当に纏めているアンバーの瞳の痩男……イリエは彼の名前を知っていた。
(クローデル……どうして彼が……?)
彼はランナーコースの2年生だが、実力的にはぱっとしない部類のランナーだ。
ランキングもお世辞にも高いとは言えない。というか、未だに100位台から抜け出せていない。
逃げ遅れたのか、それとも何か意味があって学園に残っているのか。
気になったイリエは彼に声をかけることにした。
食堂のドアを開けると同時にイリエは彼に話しかける。
「あの、ここで何をしてるんです?」
急な訪問者に驚いたようで、クローデルはこちらに視線を向けた。が、私だと把握すると胸をなでおろした様子で視線を下に落とし、後方の食堂カウンターを指差した。
「……ラボのみんなの夜食を作ってるんです」
指差した先、厨房の中で調理器具が自動で動いていた。どうやら調理が完了するまで座って休んでいるようだ。
クローデルは携帯端末を操作しつつ、質問を返す。
「イリエ教官こそ、何をしていたんですか」
イリエはテーブルから少し離れた場所で止まり、質問に応じる。
「アビゲイルさんを探していたんです。彼女について何か知りませんか?」
「いえ、知りませんけど……彼女に何か用事でも?」
「……今から北側の警備をする予定なんですが、私一人では心許ないので、彼女にも協力してもらおうと思っているんです」
我ながら上手い言い訳だ。
が、警備のことを口にした途端、彼の放つ雰囲気が変化した。
「警備……URの襲撃に備えての警備ですか……」
「そうですけど……」
「……イリエ教官は不思議に思いませんか?」
「何がです?」
柄にも無く真剣な雰囲気に、イリエは違和感を覚えた。
真面目な雰囲気のままクローデルはイリエに問いかける。
「セブンのバックアップ端末がスラセラート内に設置されているから、それを破壊するためにURがここを襲撃する、それは理解できます。でも……遅くないですか」
「え?」
「人工衛星明神が破壊されてから13時間……どう考えてもURが来るのが遅いです」
クローデルの指摘は真っ当な指摘だった。
中国の航空連隊の準備やアビゲイルの位置を特定できていないため襲撃が遅れているわけだが、その理由を知らないクローデルからしてみれば不思議で不思議でならないのだろう。
クローデルは携帯端末を見つめたまま言葉を連ねていく。
「AGF、重力制御技術が無効化された今、スラセラートは丸裸同然です。襲撃するつもりなら早いほうがいい。それに向こう側は独自の技術で重力制御を行っている。戦力差は圧倒的なはずです。なのに、一向にその気配が感じられないのは、おかしいと思いませんか」
「……結局、何が言いたいんですか」
クローデルは顔を上げ、大胆な予想を披露する。
「もしかしてURは……バックアップ端末がここにあると、確証を得ていないんじゃないですか?」
「……」
当たらずとも遠からずだ。
「確証を得ていないとなると、端末の存在を確かめるために敵側の工作員か何かが侵入している可能性も……」
ドンピシャな予想に、思わずイリエはクローデルの考えを否定してしまう。
「それはちょっと考えが飛躍していませんか? ……大体、スラセラートに入るにはゲートを通る必要があるんですよ? 部外者がいればすぐに気づくはずでは?」
「URのことはみんな知ってます。あの真っ赤なVFは印象的ですから。……でも、誰ひとりとしてURのランナーや構成員の顔を見た人はいないんです」
面が割れているのは今のところリーダーとされている更木正志のみ。それ以外は私を含めて秘匿性を保ったままだ。
私はミスもしていないし、ドジも踏んでいない。疑われるような行動も取っていない。
イリエはクローデルと話を合わせる。
「つまり、内部にスパイがいると言いたいんですか?」
「はい。学園内に協力者がいる可能性は高いと思います。で、URはその協力者からの情報を待っている……と、考えられませんか」
「その可能性はあるかもしれないですね……」
イリエは無意識の内に食堂内を観察する。……誰もいない。食堂内は私と彼のみ。セブンの監視もない。何が起こっても問題ない。
クローデル程度の相手なら口封じも容易だ。
「イリエ教官」
クローデルは携帯端末から視線を外し、イリエを真っ直ぐ見る。
そして、何かを確信した顔で言葉を述べる。
「教官がアビゲイルを探しているのは、もしかして……」
「……」
イリエは自然な動きでデニムの後ろポケットに手を滑り込ませ、フォールディングナイフのロックを解除する。
この距離なら一瞬で急所を刺せるし、投擲するにしても外さない自信がある。
イリエは緊張しながら次の言葉を待つ。
……が、続いて聞こえてきたのは想定外の答えだった。
「――アビゲイルがURのスパイだからじゃないですか?」
「……へ?」
「前々から怪しいと思ってたんですよ。独りで行動することが多いし、休日も毎回外出許可を貰って商業エリアに足を運んでいるらしいし、それにあの操作技術……訓練生とは思えません」
「……そうですね」
まあ、この状況で姿が確認できないとなると、スパイと疑われても仕方がない。
情報に乏しいクローデルには、この程度の推理が限界だろう。
……緊張が解け、こわばっていた肩から力が抜けていく。
イリエはナイフの刃を仕舞い、ポケットから手を離した。
ほぼ同時に自動調理も終了し、タイマーのアラーム音が聞こえ、香ばしい匂いが漂ってきた。
クローデルは席を立ち、厨房へ向かう。
「アビゲイル、見つけたら必ず報告しますから」
「ま、探偵ごっこもほどほどにね……」
「わかってます」
クローデルは厨房に入ると、自動調理装置から出てきたパッケージを大きな配膳車に格納し始めた。
量的に結構時間が掛かりそうだ。
……これからラボに向かうつもりだったが、彼と行動を共にすれば怪しまれること無くラボに入ることができそうだ。
「クローデルくん、私も手伝いますよ」
イリエも厨房に入り、作業を手伝うことにした。




