15 -学び舎-
15 -学び舎-
宏人が白眉と友に大気圏への突入を開始した頃
サンクトペテルブルクの中央に位置する要塞島、その一室に葉瑠たちは身を隠していた。
……割れた窓から風が吹き込む室内、
部屋の中央にはアビゲイル
葉瑠は結賀の手をしっかりと握り壁際に座り、
リヴィオは入り口付近の壁に背を預けて外を警戒、
アルフレッドは部屋の奥で胡座をかいて仮面を手で押さえ、
スーニャはアビゲイルに付かず離れず、物珍しそうに観察していた。
窓からは広場が見通せる。
広場にはファスナ・フォースの姿があったが、セブンが破壊されてからピクリとも動かず、ボディーガードの役目を果たしていない。
室内に入ってから10分、アビゲイルはあらかたの事情を全員に説明し終えていた。
自分が結賀の姉、瑞月によって造られたガイノイドで、セブンのバックアップ端末だということ。そのためにURから狙われていたということ。セブンから受け取った圧縮データの解凍には時間がかかるということ……などなど
葉瑠にとっては既知の事実なのだが、他のメンバーにとっては目新しい情報だ。
全員が神妙な面持ちでアビゲイルの話に耳を傾けていた。
……いや、スーニャだけがまともに話を聞いていなかった。
髪を触ったり肌をつついたり、子猫のように纏わり付いてくるスーニャを適当にあやしつつ、アビゲイルは更に話を進める。
「セブンが破壊され、明神が破壊されたということは、世界中の監視網が消失し、AGFの重力制御も機能しなくなったということです。この状態が長く続けば、国同士は疑心暗鬼になり、ちょっとした小競り合いが大規模な戦争に発展しかねません。何としても、セブンの監視網を復活させなければなりません」
アルフレッドはマスクに手を当てたまま、深く頷く。
「確かに、セブンの抑止力が失われた今、世界中が混乱しているだろう。大半の国が敵国からの攻撃に備えて防衛レベルを最大にまで上げているはずだ」
「これを好機と捉えている国も多数存在しているはずです。セブンが完全に消滅したと知れれば、世界は10年前の状況に……いえ、もっと酷い状況になることでしょう」
セブンは圧倒的な力によって平和を実現させていた。
押さえつける力を失えば、その反動によって世界がどうなるのか、想像するのは難しくない。
「つまり、コアデータの解凍作業が終わるまで、こいつをURから守ればいいんだろ?」
リヴィオは壁から背を離し、部屋の中央にいるアビゲイルに歩み寄る。
そして、相変わらずアビゲイルに纏わり付いているスーニャの首根っこを掴んで引き離し、問いかける。
「後どのくらい解凍に時間が掛かるんだ?」
「コアデータの解凍作業には後38時間と40分ほど掛かります」
「そんなに掛かるのかよ……」
リヴィオはため息を吐き、やや俯きがちに首を振る。
スーニャはリヴィオの手から逃れ、持論を展開する。
「38時間くらいなら、どこかに身を潜めていれば大丈夫なんじゃない?」
「隠れるという選択肢はあり得ると思います。が、敵の索敵能力が分からない状態で一箇所に留まるのは賢い選択とは思えません」
「逃げるにしろ身を潜めるにしろ、この場に長く居続けるのは不味いな。一刻も早くこの場所から移動しなければ……」
「そうですね」
よくよく考えれば、いつURが戻ってくるかもしれないのだ。
葉瑠は少し腰を上げ、外に注意を向ける。外は不気味なほど静かだった。
アルフレッドは立ち上がり、出口へ向かう。
「取り敢えず私とアビゲイル君はこの場を離れる。君たちはここに残り、救助を待ち給え」
「え……」
当然一緒に行動すると思っていた葉瑠は、アルフレッドを引き止める。
「待ってください、どうして……」
「当然の判断だろう。大所帯で行動するより少数の方が発見されにくい。それに君たちは子供だ。危険に晒すわけにはいかない」
葉瑠は反論できなかった。
私は鈍臭いし、結賀は気が滅入っているし、スーニャは無鉄砲だし、リヴィオくんは……問題なさそうだが、全員が子供で素人でこのような状況に慣れていないのは事実だ。
足手まといになるのは確実、私が教官の立場でも同じ判断をするだろう。
でも、方向性も決まらぬままこの場を離れるのは何か違う気がする。
葉瑠は疑問をぶつけることにした。
「教官、外に出てどうするつもりです?」
「駅か空港に向かい、そこから適当な便に……」
「こんな状況です。飛行機はもう使えないでしょうし、乗れたとしてもIDを見せた時点で記録が残ってしまいます。URに知られたら待ち伏せされる可能性もありますよ」
「葉瑠君、まずはジャミング圏から脱することが重要なのだよ。連絡が通じるようになれば外部に応援を要請できる。URを倒せずとも、外部の協力があれば逃げ隠れることは難しくないだろう」
「応援って、どこに要請するつもりですか。AGFが使えない今、どこに助けを求めても意味が無いですよ」
「それは心配ない、以前シンギ教官から聞いた話なのだが、NATOの主要基地には旧世代の陸空両用人型戦闘機が保管されている。あれならば重力制御なしに高速飛行が可能だ」
「そうですか……でもNATOが――米国や英国がセブンの復活を手助けしてくれると思います?」
「むう……」
アルフレッドは葉瑠の問いに答えることができなかった。
当然である。大国にとってセブンの存在は目の上の瘤なのだ。セブンの復活を手助けしてくれるとは思えない。むしろ、邪魔なセブンを破壊にかかるはずだ。
自力で逃げてもすぐに見つかる。頼れる国も組織もない。八方塞がりである。
室内が絶望に包まれようとしたその瞬間、外から高飛車な声が聞こえてきた。
「お困りのようね、貴方達」
葉瑠は声がした方へ顔を向ける。部屋の出入り口、レディーススーツに身を包んだ長身の女性が立っていた。
ポニーテールに纏められたブラウンの髪、小動物程度なら睨み殺せそうなほど鋭い目。 その狼を連想させる鋭い目には見覚えがあった。
「稲住社長……?」
彼女は七宮重工の女社長で、シンギ教官の義姉でもある。
溜緒工房がURに襲撃されたあの事件の時、VFに乗ってURと対等にやり合った、凄腕のランナーでもある。
「覚えていてくれたのね葉瑠ちゃん、嬉しいわあ」
稲住社長はこちらを見て、目を細めて微笑む。
本人に悪意はないのだろうが、その笑みから底知れぬ何かを感じ取った葉瑠は蛇に睨まれた蛙の如く動けなくなってしまった。
稲住社長は部屋に入り、室内をぐるりと見渡すと、アビゲイルに歩み寄る。
そして挨拶も許可もなく、彼女の頬に手を触れた。
「ふーん、これがセブンのバックアップ端末ねえ……もっと可愛い顔に作れなかったのかしら」
「これでも貴方よりは美人に造られていると思いますが」
「言うじゃない……」
稲住社長はアビゲイルの頬を軽くつねり、手を離す。
ここでようやくアルフレッドが根本的な疑問を口にした。
「稲住社長、どうしてここに」
「どうしてって……助けに来たに決まってるでしょう?」
この言葉の後、すぐに上空から甲高いエンジン音が聞こえてきた。
エンジン音はあっという間に地表に近づき、やがて広場に巨大な垂直離着陸機(VTOL)が姿を現した。
VTOLの機体側面には七宮重工の社章が……9等分した正菱形のうち左側の6箇所と右端の1箇所だけが黒く塗りつぶされているエンブレムマークがプリントされていた。
VTOLが着陸すると、同時に同じエンブレムを胸につけたVFが4機出現し、機の周囲に展開する。
そのVFは飛行ユニットを背部に装着しており、エンジン音を響かせながら地面ギリギリでホバリングしていた。
熱気を纏った空気が広場に吹き荒れ、室内の淀んだ空気が一気に暖かくなる。
その熱気を顔面に感じつつ、葉瑠は認識を新たにしていた。
……七宮重工こそ、セブンを助ける理由がある唯一の組織だ。
七宮重工はセブンの生みの親であり、そしてセブンの庇護下にある企業だ。10年前の事件で七宮重工が責められていないのは、セブンがいるからこそであり、代替戦争の事業の大半を担うことでかなりの額を稼いでいる。
セブンが消滅すれば、七宮重工も経済的にも社会的にも無事では済まない。
そんな彼らがアビゲイルを助けるのは当然であり自然だった。
「何をぼんやり眺めているの。早く乗って頂戴」
稲住社長に促され、真っ先にアビゲイルが部屋から出る。追うようにアルフレッドとリヴィオも室外へ、リヴィオの後を追ってスーニャも外へ、葉瑠は未だ俯いている結賀を引き起こし、半ば引き摺る形で外に出た。
「それ、貸しなさい」
もたもたしている葉瑠を見かねたのか、稲住社長は結賀の腰に腕を回す。そして、人形でも扱うかのように、ひょいと右肩に抱えてしまった。
結賀のお尻をぺしぺし叩きつつ、稲住社長は葉瑠に話しかける。
「この子、どうしちゃったの?」
「あの、いろいろショックな事があったみたいで……」
葉瑠の言葉を聞いて、稲住社長は小さく笑う。
「フフ……いつも威勢がいいのにこんな時に全く役に立たないなんて……弱い犬ほどよく吠えるとはよく言ったものね」
VTOLに到着すると、稲住社長は結賀を中に投げ入れる。
結賀はごろごろと転がり、先に乗り込んでいたスーニャとリヴィオを巻き込んで反対側の壁に衝突した。
咄嗟に結賀に駆け寄ろうとした葉瑠だったが、機内に予想外の人物を見つけ、足を止めてしまった。
「ルーメ教官、無事だったんですね!!」
「うん、まあね……」
ルーメ教官は歯切れが悪かった。
ランナースーツは水に濡れており、ブロンズの髪にはタオルが掛けられていた。
どうやら水没した所をピックアップされたようだ。この様子だとURには逃げられたようだ。……だが、追い払えただけでもすごい。
全員が機内に収納されると、すぐに機体は上昇し始める。それに伴い、周囲を警戒していたVFも上昇していく。
「稲住社長、よくこの場所がわかりましたね」
アルフレッドは側面のハッチを閉め、マスクを稲住社長に向ける。
「おまけにこのVF隊……準備が良すぎるのではありませんか」
アルフレッドのセリフの真意にいち早く気付いたようで、稲住社長はにまりと笑う。
「フフ……疑っているのね? 私達もURの仲間じゃないかって」
「……」
「疑うことはいいことだけれど、疑り深すぎるのも問題ね。わざわざ証明するつもりもないわ。信じられないのなら今すぐ降ろしてあげるわよ?」
そう言って稲住社長は側面ドアに手をかける。が、アルフレッドはその手を押さえつけた。
「……失言でした」
「よろしい」
稲住社長はドアから離れ、機内の壁に取り付けられている簡易イスに腰掛ける。
「細かいことは後で説明してあげる。とにかく今は安全な場所に移動するわよ」
上昇していた機体はやがて前方に傾き、速度をぐんぐん増していく。
Gの変化をお腹辺りで感じつつ、葉瑠は遠慮なく行き先を聞く。
「安全な場所って……どこなんです?」
「スラセラートに決まってるじゃない」
稲住社長は即答した。
「え、スラセラートって……どうして……」
「だから、細かいことは後でって言ったでしょう」
理由もわからないままスラセラートを戦場にされては堪ったものではない。
その気持はアルフレッド教官も同じようだった。
「稲住社長、我々としては、どこか目立たぬ場所に身を隠したほうが得策かと思うのですが……」
「URから40時間も逃げ隠れ果せられると思うの? 拠点に立て篭もるほうが現実的な策じゃない?」
アルフレッドは負けじと食い下がる。
「……学び舎を戦場にするつもりですか」
稲住社長はアルフレッドの言葉を鼻で笑う。
「派兵事業も手がけておいて、学び舎だなんてよく言えたものね」
「ですが……」
いつまでも楯突くアルフレッドに呆れたのか、稲住社長から笑顔が消える。
「変態マスクは黙っていて頂戴。あの銀髪のお嬢ちゃんにはもう許可はとってあるし、兵装の準備も進めてる。あまり私をイライラさせないで頂戴……ね?」
「……」
稲住社長に凄まれ、アルフレッド教官はとうとう視線をそらしてしまった。
一つの犠牲もなくURという強敵を討てるわけがないのだ。
――スラセラートが戦場になる
いかに自分たちの覚悟がぬるかったのか、思い知らされる葉瑠たちだった。




