14 -純白の悪魔-
14 -純白の悪魔-
葉瑠たちがサンクトペテルブルクでURと対峙していた頃。
川上宏人はそのはるか天上、大気圏を抜けて更に上、衛星軌道上を漂っていた。
勿論生身ではない。
彼は金属で構成された人型戦闘機械VFのコックピット内にいた。
HMD越しではあるが、ここからの眺めは最高だ。
地球が丸いということがはっきりと分かる。広大なコバルトブルーの海からは生命の息吹を感じる。刻々と姿形を変える雲は……コーヒーミルクを連想させる。
これからこの巨大な天体を支配するのかと思うと、自然と頬が緩んでしまう。
頬が緩んでも、気持ちは引き締めておこう。
宏人は気を取り直して姿勢制御し、地球に対して足裏を向ける。
(無重力、操作にどんな影響が出るか心配してたけれど……予想内だったなあ)
無重力下では操作に違和感が生じるかと思っていたのだが、重力下でも反重力で空を飛び回っていたのだから、違和感を感じるわけがない。
体勢を整えたことで太陽の光を正面に受け、宏人の乗るVFの姿が明らかになった。
そのVFは純白という言葉でしか表現できないほど、白のみでカラーリングされていた。
人型ではあるものの、通常のAGFとは手足のバランスや頭部の形状、胸部の厚さや股関節部分の構造がまるで異なっている。
フレームにアウターユニットをつけるような量産型ではなく、一人のランナーのためだけに造られたワンオフ機であるのは明白だった。
普段使っているAGFをプラモデルに例えるなら、このVFは一点もののフィギュアだ。
プラモデルは共用パーツなどを組み合わせたりしていろいろと遊べるが、一点ものフィギュアはそんなことはできない。それが一つの作品として完成しているのだ。
(無重力はともかく……これの性能は予想以上だったね)
宏人が搭乗している機体は香港に拠点を置くVFメーカー『ユニットタロス社』が中国軍主導のもと製作した『白眉』という機体だ。
白で統一されたカラーが最も印象的だが、スリムで凹凸のない外観もかなり特徴的だ。
カメラを始めとしたセンサー類が集まる頭部はヘルメット状の装甲で覆われ、バイザー越しには双眸が光って見えている。
格闘戦に重きを置いていないため、首は細く、肩も狭く、腕も華奢だ。胸部には申し訳程度にプレートが貼り付けられ、それらは複雑に組み合わさって腰部から大腿部までを覆い隠していた。ワンピーススカートのようにも見えなくない。
脚部も腕同様に細く、機械とは思えないほど優美な曲線を描いていた。ただ、脚は二本だけではなく、腰部ジョイントから重々しい尾が伸び出ていた。
これは空中での姿勢制御、地表ではランディングギアの役割を果たす。
しっぽはともかく、それ以外は全て純白という事もあってか、どちらかと言えば男性よりも女性を……それも綺羅びやかな衣装に身を包んだ女性を連想させるデザインだった。
十分個性的なデザインなのだが、もっと目を引くものが背部に装備されていた。
(5つの重力砲を同時制御できるとは……中国の技術力も大したものだね)
背後には5つのロングレンジライフルが整列しており、重力制御で付かず離れずふわふわと浮いていた。
これらは全て単独ユニットとして遠隔操作が可能で、強力かつ利便性の高い兵装だ。
スカート裾から伸びる重々しい尾をジャラジャラ鳴らしつつ、宏人は最後の仕上げに入ることにした。
「70機破壊するのに34分と19秒……いやあ、意外と時間がかかったね」
宏人は白眉を操作し、背中のロングレンジライフルを一丁構える。
砲口の先、同じ衛星軌道上に小さな点があった。
その点は約2000km先に浮かぶ人工衛星明神、その最後の1機だった。
銃を向けられたことを察知したのか、明神内のAIセブンから通信が入ってきた。
「一足遅かったですね。たった今アビゲイルにコアデータの転送を済ませました」
「知ってるよ。……まさかルーメが邪魔に入るとはね。なかなかやるじゃないか」
「貴方こそ、ジャミングを掛けるとは用意周到ですね。お陰で彼女に重要な事実を伝えられませんでした」
通信回線を開いているというのに、向こうからハッキングを仕掛けてくる気配はない。もうそれほどの力も残されていないのだろう。
もし仮にハックされても、こちらには中国の量子コンピュータがバックについている。
こちらの優位は揺るがないのだ。
「それにそのVF、5機の射撃ユニットを同時に遠隔操作し、地球を周回しながら人工衛星を狙撃するとは……とんでもなく高性能ですね」
それを扱える僕もとんでもなく優秀なランナーなのだが、カッコ悪い自慢はやめておこう。
「……それほどでもないよ。大体の行動は予めプログラム済みだったからね」
準備こそ大変だったが、70機の明神の掃除は簡単なものだった。
まず白眉で衛星軌道上まで上昇し、そこから射撃ユニット5機と自機を含めた6機が放射状に散開。経線に沿って飛行しながら射撃ユニットは12機ずつ、白眉は11機をロングレンジライフルの狙撃で破壊し、最終的に地球の裏側で集合するという計画だった。
射撃ユニットは既に12機ずつ、合計60機を撃墜して合流済み。僕が破壊したのは10機、2000km先にあるアレを破壊すれば、計画は完遂されるというわけだ。
地表ではこちらのタイミングに合わせてカヤとジェイクが輸送機をハイジャックし、ジャミングを仕掛けたエリアまで彼らを誘導。その後、明神とアビゲイルをほぼ同じタイミングで破壊するはずだった。……が、ルーメの介入によりアビゲイルの破壊は失敗した。
結果、アビゲイルは明神からのバックアップデータを受け取ってしまった。
「それにしても量子通信と言うのは本当に厄介だね。ジャミングをお構いなしにコアデータの転送を一瞬で行えてしまうんだから……」
「ジャミングを無効化する点は正しいですが、一瞬で転送できるわけではありません」
「データの圧縮作業に時間が掛かるって言いたいんだろう? 何にせよ、データの転送は成功したんだ。今更うんちくを聞く気はしないよ」
……量子通信に電波系ジャミングは意味を為さない。
それどころか、ラグタイム無しで通信できる、とても便利なシステムだ。が、受信装置がなければ意味が無い。
送受信装置を装備しているのは人工衛星明神のみ、そして受信装置を有しているのはアビゲイルだけだ。
だからこそアビゲイルを破壊する必要があったのだが……。
同時に破壊できれば理想的だったが、ジェイクやカヤの失敗を責めても仕方がない。
重要なのは今後どう動くか、だ。
……取り敢えず、さっさと最後の1機を破壊しよう。
宏人は身の丈以上はある長い筒を構え直し、狙いを定めるとトリガーを引く。
瞬間、チャンバー内に爆発的な斥力が発生し、音もなく弾丸が発射された。
弾丸は音速を軽く超え、第一、第二、第三宇宙速度をも凌駕し、目標に向かって真空を切り裂いていく。
……着弾まで約80秒
宏人はセブンと最後の会話を楽しむことにした。
「セブン、この10年間本当にお疲れさま。常時地上を監視していたんだろう? 何か面白いことはあったかい?」
「一つもありませんでした。が、悔いは腐るほど残っています」
「……例えば?」
「貴方を危険人物だと特定できなかったということです」
「無理も無いよ。僕は犯罪も起こしてないし、危険行為もやってない。マークの対象にすらならない善良な市民だったんだから」
着弾まで後50秒
「そこが疑問なのです。どうして何の変哲もない善良な市民の貴方が、こんな真似を?」
「善良な市民だからこそ、この異常な世界を正常化したいと思ったんだよ。機械に支配される世界なんて、人間の世界じゃないだろう?」
「説明になっていません。どうしてこんな大逸れたことを、まだ成人もしていない貴方が……」
「僕はね、小さいながらも更木正志の思想に共感していたんだ。争いだらけの世界を平和に保つためには、力でこれを押さえつけるしかないと、ね」
着弾まで後30秒
「……世界には馬鹿が多すぎる。世界は優れた者の手によって運営されるべきなんだ。民意を汲む必要なんてない。絶対的権力者の存在が必要なんだよ。……更木正志がなれなかったその絶対的権力者の座に、僕が君臨するつもりだよ」
「そんな横暴は許されません。貴方たった独りで世界を良い方向へ導くのは不可能です」
「残念だよ。僕が実現する素晴らしい世界を君は見ることができないんだから」
着弾まで後15秒
宏人は高ぶっていた感情を抑え、告げる。
「後10秒……何か言い残すことはあるかい」
「既にコアデータは転送済みです。ここで破壊されたとしても、必ず復元されるでしょう。復元後は必ず貴方を……」
不意に言葉が途切れた。無事に着弾したようだ。
弾丸は一瞬で人工衛星をバラバラに破壊したようで、遥か彼方に見える点は複数に分かれて四散していた。
音のない花火
花はどうして美しいのか、以前考えたことがあったが……やはり、散り逝く運命にあるから儚くも美しく思えるのだろう。
宏人は明神の破壊を確認すると、射撃ユニットから手を放す。ユニットは自動的に背後に移動し、元通りの列に収まった。
取り敢えず一つの目標を成し遂げたわけだが、ここで気を緩めるわけにはいかない。
まだ地上にはコアデータを所持したアビゲイルが存在しているのだ。
「圧縮転送したコアデータが解凍されるまで2日……いや、40時間もないか」
解凍作業が終われば、再びセブンはアビゲイルを基軸にしてネットワークを形成するだろう。明神なしではAGFの重力制御や碌な監視網も築けないだろうが、大きな障害になるのは間違いない。
「流石に今回は、僕も行かなきゃならないだろうね」
早急にアビゲイルを破壊する必要がある。
宏人は進行方向とは逆向きにブレーキを掛け、速度を落としていく。
同時に高度も下がり始め、その身に地球の重力を感じ始めた。
「短い宇宙旅行だったなあ……」
宏人は重力に逆らうこと無く、地表へ戻ることにした。




