13 -流れ星-
13 -流れ星-
サンクト・ペテルブルク
バルト海の東側に面し、ロシア最西部に位置するこの都市は、ロシアがロシア帝国と呼ばれていた時代、首都だった場所だ。
都市の東側には直径100km超の湖があり、そこから伸びる川は市内を通り、西側のバルト海に流れ出ている。
歴史も古く観光地としても有名なこの都市は、港湾工業都市でもある。
造船業を主軸に第二次産業が発達しており、鉄道や国際航路の要衝としても機能しており、人口も周辺国区の都市と比べて最も多い。
(人気のない場所ならともかく、どうしてこんな人口密集地に着陸を……?)
輸送機の中、葉瑠は都市を東西に貫く川を眺めながら疑問を感じていた。
URの目的は分からないが、こんな人目のつく場所に着陸したらすぐにセブンに見つかり、ファスナ・フォースに包囲されてしまうのではないだろうか。
彼らにはファスナ・フォースは脅威ではないのは理解しているが、それでも発見されるのは避けたいはずだ。
もしかして、このサンクトペテルブルク自体が目的と関係しているのか。
……考えた所で分かるわけもない。
やがて輸送機は高度を下げ、市内中央部、川の支流部分にある出島へ向かっていく。
(あれは……要塞?)
出島の周囲は城壁によって囲まれており、内部には古めかしい色合いの建物が立っていた。城壁の形状は雪の結晶のような形状で、なかなか綺麗だ。
無論、現在は要塞として機能しているわけもなく、武器兵器のたぐいの物は一切確認できなかった。
更に高度を下げると、大勢の人の姿を確認できた。
観光客だろうか、ほぼ全員がこちらの輸送機の存在に気づいており、空を指さしたり、カメラを構えたりしていた。
が、輸送機が要塞内に近づいていると気づくやいなや、蜘蛛の子を散らすように一目散に外へ向かって逃げはじめた。
URの巨漢のVFは地上50mの位置で一旦静止すると、それ以降は非常にゆっくり降下し、振動を感じさせること無く要塞内の広場にソフトランディングした。
着陸する頃には、広場には人の姿は確認できなかった。
「到着だ。さて、機外に出てもらおう」
機内に変声機越しの男の声が響く。
「……」
葉瑠を含め、誰もが言葉を発さず、指示に従い機外へ出る。
外にでると、湿気を含んだ涼しい風が体にぶつかった。横からの風で髪は乱れ、プリーツスカートが波打つ。
風が収まると、改めて葉瑠は顔を上げる。
正面には空の上で見た真紅の巨漢のVFの姿があった。巨漢のVFは広場中央に鎮座しており、背部や脚部のスラスターからは陽炎が立ち上っていた。
「もっとこちらへ」
輸送機を出た所で立ち止まっていた葉瑠たちだったが、巨漢のVFから発せられる声に従い、VFに近づいていく。
輸送機から十分離れると、巨漢のVFはロングレンジライフルの砲口を輸送機に向けた。
「まずは余計なものから排除するとしよう」
その言葉の後、ロングレンジライフルの砲口が控えめに光った……かと思うと、背後から重苦しい衝突音が発せられた。
「……ッ!!」
金属の塊同士が正面からぶつかり合う音
その衝突音は空気を激しく振動させ、葉瑠の体を大きく揺さぶった。
衝撃波は周囲の建物にも届き、窓ガラスを割り、壁面の一部にひびを生じさせる。
すさまじい衝突音だったが、例によって砲声は全く聞こえなかった。
炸薬を使用しない電磁レールガンでも発射の際には破裂音が出る。それすら聞こえないということは……私にも想像できないような技術が用いられているに違いない。
砲弾を受けた輸送機はくの字に折り曲がり、燃料に引火したようですぐに火の手が上がり始めた。
この攻撃で耐えられなくなったのか、ここでようやくパイロットがシートごと真上に脱出した。
数十メートルほど飛び上がるとパラシュートが開き、ゆっくり落下し始める。が、ほぼ同じタイミングで輸送機が爆発を起こした。
エンジンの爆発ほどの勢いは無かったが、ヘルシンキ養成校のランナーと対戦するために用意していたアウターユニットを破壊するには十分な威力だった。
破片は周囲に飛び散り、爆風が広場内の淀んだ空気を外側へ押し出す。
パイロットもその爆風に飛ばされ、川の方へ流されていった。
「輸送機が……」
たった一撃でこの有り様だ。もし空中で胴体を貫かれていたらと思うと鳥肌が立つ。
今すぐにでも逃げ出したい気分だが、ここで変な動きをすると輸送機の二の舞いになりかねない。というか、あの砲撃を生身で受けたら間違いなく跡形もなく消し飛んでしまう。
葉瑠と結賀、それにリヴィオは砲撃を目の当たりにして萎縮しきっていたが、アビゲイルとアルフレッドは至極落ち着いており、寝起きのスーニャに至っては前に飛び出して文句をいう余裕さえあった。
「おいUR!! こんなことしても意味ないぞ!! すぐにファスナ・フォースが来て、お前なんかボコボコだ!!」
怖いもの知らずとはこの事を言うのだろう。
巨漢のVFはロングレンジライフルを背に仕舞い、頭部カメラをスーニャに向ける。
「確かに来るだろうな。だが、戦力は我々のほうが圧倒的に上だ」
続けて巨漢のVFは視線を上に向ける。
(我々……?)
葉瑠は言葉と視線に違和感を覚え、メガネの位置を直しつつ上を見上げる。
広場の上空、いつの間にか巨大な鎌を持った真っ赤な骸骨が浮かんでいた。
「うわっ……」
それは2機目のURだった。
体躯は細く、手足は長い。ボディは真っ赤で、頭部には牡羊の角のような飾り。両手で持つ大鎌の刃は鈍く光を反射していた。
まさしく悪魔を連想させる外見のVFだった。
予め川の中で待機していたのだろう。骸骨のVFからは水が滴っていた。が、ボディーカラーのせいでその水は赤い血に見えた。
骸骨のVFは指先だけで大鎌を自在に操りつつ、スーニャの目前に静かに着地する。
この禍々しい姿に流石のスーニャも参ったのか、逃げはしないものの足が震えていた。
「……」
というか、足が震えて逃げられないようだった。
巨漢のVFは話を再開する。
「戦力は勿論のこと、こちらには人質がいる。セブンがお前たちの命を無駄にしてまでも、我々に攻撃を加えるとは思えないな」
人質の件もあるが、ここは人口密集地だ。こんな場所で戦えば人的被害は避けられない。
アルフレッドはスーニャを庇うように前に出て、骸骨越しに巨漢のVFに告げる。
「無駄話は聞き飽きた。……目的は何だ?」
この問いに応じたのは巨漢のVFではなく、骸骨のVFだった。
「そんなに目的が知りたいの? なら教えてあげる。目的はね……」
変声機越しだが、イントネーションから察するにこちらは女性のようだ。
骸骨のVFは大鎌を頭上で回した後、その切っ先をある人物に向けた。
「そいつの破壊よ」
鎌の刃の先、無表情で佇んでいたのはアビゲイルだった。
アルフレッドは咄嗟にアビゲイルを庇う。
「どういうことだ? それに“破壊”という言い方はまるで……」
「その通り。そいつは人じゃない。……ガイノイドよ」
「!?」
全員の視線がアビゲイルに向けられる。
アビゲイルは否定するでも言い訳するでもなく、ただ鎌の先を見つめていた。
アルフレッドはアビゲイルから視線を剥がし、骸骨のVFに向き直る。
「何を冗談を……」
「……本当です」
アビゲイルが静かに呟いた。
そのまま彼女はアルフレッドを押しのけて前に出る。
「まさか、ヘルシンキ養成校からの誘いが罠だったとは思ってもいませんでした。……私の正体を知っているということは、瑞月博士から情報を聞き出したということになります。ここ最近不在で不審に思っていましたが、貴方達が誘拐したというわけですか」
「ご明察……さて、それじゃあ早速破壊させてもらおうかしら」
骸骨のVFは大鎌を振り上げる。ゆっくりと持ち上がるそれは処刑台のギロチンのようだった。
アビゲイルは逃げるでもなく鎌を見上げ、呟く。
「UR、約束してください」
「何を?」
骸骨のVFは手を止め、アビゲイルの言葉を待つ。
アビゲイルは背後にいるメンバーに目をやり、はっきりと告げた。
「……瑞月博士を含め、ここにいる全員の安全を保証することを」
この言葉に、骸骨のVFのランナーは小さく笑う。
「ふふ……安心していいわよ。“あの人”から人殺しはNGだって言われてるから」
言い終えると同時に大鎌は降下し始め、自由落下よりも速くアビゲイルに襲いかかる。
しかし、刃が触れる前に邪魔が入った。
「待って!!」
震える声で叫び、アビゲイルの前に踊り出たのは葉瑠だった。
高速で迫っていた大鎌だったが、質量を感じさせない制動でピタリと止まる。
刃に纏わり付いていた風圧だけが葉瑠達に届き、葉瑠とアビゲイルの髪を激しく揺らした。
葉瑠はきつく閉じていた目を開け、自分が無事だということを悟ると、気の抜けた溜息を吐き、その場にへたり込んだ。
この葉瑠のとんでもない行動に、敵は呆れている様子だった。
「冗談よしてよ……危うく殺すところだったじゃない」
骸骨のVFは鎌を少し持ち上げ、アビゲイルに刃を向けた。
これだけ巨大な鎌なら、勢いを付けずともアビゲイルを破壊できる。
「じゃ、改めまして……」
「……ッ!!」
鎌は精細な動きでアビゲイルに襲いかかる。しかし、葉瑠が咄嗟にアビゲイルに抱きつき、それを阻止した。
「もう、どうしろっていうの……」
必至にしがみつく葉瑠を見て、流石のURも困り果てている様子だった。
アビゲイルも困っていた。
「葉瑠、彼らの狙いは私だけです。葉瑠たちの命は保証されています。危ないので下がっていてください」
アビゲイルは葉瑠を引き離そうとする。が、葉瑠は無言で首を左右に振るだけだった。
そして、当の本人も困惑していた。
(私、なにしてるんだろう……)
アビゲイルさんが破壊されるかもしれないと思った瞬間、気付くと体が動いていた。
今抱きついている彼女がロボットであると一番理解しているのは私だ。彼女は人ではない。破壊されても復元できる。
それを理解していても、どうしても彼女が殺されるのが嫌だったのだ。
……後先考えない自分の性格には困ったものだ。
かなり危ない橋を渡ったのは自覚している。が、怪我の功名とでも言うべきか、結果的には良かったかもしれない。
今VFを操作している敵二人は、殺人をしてはならないとリーダーから命令されているらしい。つまり、こうやって私がくっついていれば、アビゲイルさんは破壊されずに済むというわけだ。
骸骨のVFが困り果てていると、巨漢のVFが低い声で語りかけてきた。
「お前、“ハル”と言ったか。……それはただの機械だ。命を掛けてまで守る必要はないだろう。早く退かないと……」
「命は命です!!」
「強情だな……」
「私、絶対にアビゲイルさんから離れませんから!!」
葉瑠はアビゲイルに抱きついたままURに宣言する。
頑なな態度に説得は無理だと踏んだのか、敵は葉瑠ではなくアビゲイルに話しかける。
「……ということだがアビゲイル。このままだとそのお嬢さんごとお前を斬ってしまうことになるが、いいのだな?」
「よくはありません」
「ならば彼女を説得しろ。さもなければ……」
「――さもなければ?」
唐突に女性の声が真上から聞こえ、その場にいる全員が同時に天を仰いだ。
上空、葉瑠の視線の先、槍をまっすぐに構え、真っ逆さまに落下しているVFの姿を確認できた。
だが、視認できたのも刹那の間だけだった。
槍のVFは半秒と経たぬ内に地表に到達し、落下速度を殺さぬまま骸骨のVFに激突した。
まるで耳の中でドラを叩いたような、目眩を覚えるほどの振動を伴った甲高い音が響く。
視界が激しく揺れる中、葉瑠は音の発生源をしっかりと目で捉えていた。
槍のVFのミサイルの如き高速の突進は見事に敵に命中していた。が、槍の切っ先は敵の装甲ではなく大鎌に突き刺さっており、分厚い刃を貫いて地面にまで達していた。
「!!」
自慢の大鎌を地面に縫い付けられ、骸骨のVFは鎌から手を放し背後に飛ぶ。
だが、槍のVFは骸骨のVFの後退を許さなかった。
槍のVFは滞空した状態で前転し、その勢いで槍を地面から、大鎌から引き抜く。
引き抜くと同時に槍の柄の中腹を逆手に持ち、地面に足をつく頃には骸骨のVF目掛けて槍を投擲していた。
この投擲は速度も狙いも完璧だった。
槍は骸骨のVFの頭部めがけて理想的な軌道を描いていく。
命中すれば完全に頭部を破壊できるはずだった……が、命中の寸前で槍の軌道は大きく逸れ、広場の向こうにある建物の壁に突き刺さった。
「……へえ、今のを撃ち落とせるのね」
「……」
槍を空中で撃ち落としたのは巨漢のVFだった。
巨漢のVFはロングレンジライフルを構えたまま問いかける。
「貴様何者だ? この一体はジャミングを掛けている。少なくとも発覚まで30分、援軍の派遣まで1時間は掛かるはずだ」
「ジャミング? あー、だから途中でセブンと通信が途絶えたのね」
重力盾をも貫く威力のあるライフルを向けられているにも関わらず、槍のVFのランナーは呑気な声を発していた。
葉瑠は、こんな状況下でもマイペースを崩さない女性ランナーの名を一人しか知らなかった。
「……ル、ルーメ教官!?」
背後から声を掛けると、槍のVF……ルーメ機はこちらを見下ろした。
「セブンから聞いたわよ。いろいろと大変だったみたいね。……でも私が来たからには大丈夫」
ルーメは優しい声で告げた後、UR2機にキツく告げる。
「すぐにファスナ・フォースも駆けつける。勝ち目はないわ。今のうちに投降したらどう?」
槍を手放しているというのに、UR2機を相手にルーメ教官は一歩も引かなかった。
URも初撃の事があってか、慎重に対応していた。
「なるほど。この場でアビゲイルだけを破壊するというのは無理そうだ。今日のところは退かせてもらおう」
「逃がすわけないじゃない。あんた達を捕まえて、リーダーの居場所を教えてもらうわ。……そうすれば、シンギ教官やヒロトの仕事も楽になるでしょ」
このルーメの台詞を、巨漢のVFのランナーは鼻で笑う。
「ふん……その様子だと、セブンから全てを聞かされたわけではなさそうだな」
「ごちゃごちゃうるさい!!」
笑われたことに苛ついたのか、ルーメは声を上げると共に地面を蹴り、巨漢のVFに飛びかかる。
瞬間移動かと見紛う速度で接近するも、URの2機は既に逃げの態勢に入っており、ルーメが到達する前に飛び上がると、それぞれが別方向に飛行し始めた。
「あっ、待ちなさい!!」
ルーメは壁に刺さっていた槍を引き抜くと、迷う素振りも見せずに巨漢のVFを追って飛んでいってしまった。
間もなくファスナ・フォースも4機ほど到着し、その内2機は骸骨のVFが逃げた方向へ、2機は護衛のためか、葉瑠達の近くに着陸した。
アルフレッドはその2機に声を掛ける。
「セブン、状況を教えてくれないか」
「……」
返事はない。ファスナ・フォースは首だけを動かして周囲を警戒していた。
「どうした、セブン?」
アルフレッドは更に近づき、ファスナ・フォースの足装甲を軽くノックする。
すると、ようやく反応が返ってきた。
「現在、明神と通信できません。直近のコマンドに従い、自律モードにて対応しています」
それはいつもながらの女性の合成音声だったが、明らかにセブンではなかった。
アルフレッドはマスクを押さえ、悩ましげに唸る。
「むう、ジャミングか……そう言えばルーメもそんなことを言っていたな」
「いえ、これはジャミングの影響ではありません。ファスナ・フォースを始め、全てのAGFは電子通信ではなく量子通信にて駆動しています。つまり、衛星の通信範囲外にいるため単純に通信できないだけのようです」
アビゲイルの言い分に、葉瑠は質問せずにいられなかった。
「範囲外? そんなことってありうるの……?」
「正直、あり得ません」
不可解な現象だ。何だか嫌な予感がする……
アルフレッド、アビゲイル、葉瑠の3名はファスナ・フォースの手前で顔を突き合わせて悩ましい表情を浮かべていた。
暫く考えていると、不意にスーニャの声が響いた。
「ちょっと結賀!! やめときなよ」
「うるせー!! オレも戦う」
何事かと思い、葉瑠は声がした方へメガネを向ける。
反対側に立っていたファスナ・フォースの足元、結賀が脚部パーツにしがみつき、よじ登ろうとしていた。
結賀の真下にはスーニャとリヴィオの姿があり、リヴィオは結賀の腰辺りを掴んでコックピットへ向かうのを阻止し、スーニャはリヴィオの背後で飛び跳ねていた。
「何をやっているのだね……」
すぐにアルフレッドが対処に向かう。
男二人に引き摺り下ろされ、結賀は地面に尻もちを付いた。
「うっ……」
結賀は腰辺りをさすりつつ、抗議の声を上げる。
「何だよ!! こんな所でぼんやりしてる場合じゃねーだろ。さっさと追いかけて捕まえねーと……」
アルフレッド教官は結賀のおでこを人差し指で押さえ、ゆっくり告げる。
「落ち着き給え結賀君。このファスナ・フォースは自律駆動型VF。コックピットは搭載されていない。そもそも君が操作した所でファスナ・フォースより上手く操作できるとは思えない。……行った所で邪魔になるだけだ」
「はあ!? 馬鹿にしてんじゃねーぞ!!」
結賀はアルフレッドの手を振り払い、胸ぐらを掴む。
「姉貴が捕まってんだ!! あいつらをぶちのめして、姉貴の居場所を……!!」
息は荒く、目は見開かれ、結賀は完全に興奮状態にあった。
こうなるともう手がつけられない。落ち着くまで宥めるほか方法がない。
そんな状況の中、素早く動いたのはリヴィオだった。
「馬鹿かテメーは!!」
リヴィオは結賀の肩を掴んで引き寄せ、容赦なく頬を叩いた。
ばちん、と気味のいい音が広場に反響する。
いきなりのビンタに、結賀はきょとんとした顔で固まってしまった。
この後絶対に反撃するか、そうでもなくても喧嘩になる……と思った葉瑠だったが、予想に反して結賀はそのまま反撃するでもなく俯いてしまった。
「ちくしょう……」
そしてあろうことか、涙を流し始めた。
既に声に力はなく、結賀はへたり込んで両手の手の甲で目元を拭っていた。
どうにかして止めなければならなかったのは理解できるが、まるで少女のようにか細い声で泣く結賀を見て、庇わずにはいわれなかった。
「いきなり引っ叩くなんて酷いよ、リヴィオくん」
葉瑠はリヴィオをやんわり押し退け、しゃがみ込んで結賀の肩を抱く。
「……大丈夫、結賀?」
涙も嗚咽も収まる気配はなく、肩も震えていた。
こんな弱気な結賀を見るのは初めてかも知れない……。
結賀は途切れ途切れに言葉を発する。
「何だよ……いきなり、飛行機乗っ取られて……アビゲイルがロボットで、しかも姉貴が誘拐されたって……もう、わけわかんねーよ……」
無理もない。こんな緊迫した状況で正常な思考ができるわけがないのだ。
落ち着いている私や他のメンバーの方がおかしいといえばおかしいかもしれない。
状況が落ち着いた所で、アルフレッド教官が指示を出す。
「……取り敢えず屋内に入ろう。またURが戻ってくるとも限らない。それに、アビゲイル君からいろいろと聞きたいこともある」
教官の言葉を耳にし、全員がまだここが安全ではないということを思い出す。
こうやって身を晒しているのは賢い判断ではない。判断を誤れば命はない。ここは教官に従うのが賢明だ。
葉瑠はアビゲイルと共に結賀を抱え、広場正面にある頑丈そうな建物へ足先を向ける。
順調に移動していた一行だったが、唐突にアビゲイルが足を止めた。
「……!!」
不審に思ったのか、アルフレッド教官は踵を返す。
「アビゲイル君?」
アビゲイルは電池の抜けた玩具のように動きを止めてしまう。が、5秒ほどで気を取り直したようで、アルフレッドに応じる。
「すみません。今、明神からセブンのコアデータを受信しました」
「コアデータって……?」
「圧縮されたバックアップデータです。明神が物理的ダメージを受けた際、自動的に送信される決まりになっています」
「じゃあ、それって……」
葉瑠の言葉を引き継ぐように、アビゲイルは深く頷く。
「はい。詳しくは省きますが……たった今、セブンが破壊されました」
アビゲイルの言葉に、その場にいた全員が足を止めた。
葉瑠はふと空を見上げる。
まだ明るい空の向こう、小さく光る点が見えた。
無数の点はやがて線となり、オレンジの尾を引きながら空を駆ける。
それは、人工衛星の欠片が大気圏で燃えている様子に間違いなかった。
……一見すると綺麗な流れ星だ。
葉瑠はその流れ星が崩壊の序章に思えてならなかった。




