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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 4 漆黒の双刃
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 12 -ハイジャック-

 12 -ハイジャック-


 ヨーロッパ上空

 分厚い雲の上にて

 偏西風に逆らい、一機の輸送機がのんびりと空を飛行していた。

 タンカラーの機体は太陽に光を受けて鈍く光り、両翼に取り付けられている巨大なジェットエンジンからは轟音が鳴り響いていた。

 その轟音は機内にまで及び、搭乗者の耳と精神に大きな負担を与えていた。

「マジでうるせーな……耳栓くらい用意しろよ」

 シートを限界まで後ろにリクライニングさせ、不機嫌そうに呟いたのは結賀だった。

 結賀は後頭部で手を組み、前の座席のヘッドレストに足を乗せていた。行儀が悪いにも程が有る。

 幸い前の席には誰も座っていないが、こういうのを見ると少し不快だ。

 そんな結賀に文句を言ったのは、背後の席に座るリヴィオだった。

「うっせーぞ結賀、何回同じ事言ってんだよ。あと30分くらい我慢しろよ」

 結賀は背後に振り返る。

「我慢って……難聴になったらどうしてくれんだ? お前が責任とってくれるのか?」

「何馬鹿なこと言ってんだよ……」

「あ? 誰が馬鹿だって?」

 二人の間に険悪な空気が流れ始める。

 そんな空気を和ませたのは、結賀の隣に座る葉瑠だった。

「ほらほら、二人共、下に海が見えるよ」

 葉瑠は必至になって窓の外を指さす。

 その指につられて二人は外に目を向けた。

「お、ほんとだ。位置的に……バルト海かな」

 喧嘩のことなど忘れて外の景色に夢中になる結賀だったが、リヴィオは冷静に否定した。

「いや、これ湖だろ」

「バルト“海”なんだから海に決まってるだろ」

「いやいや、水の色がなんか違うだろ。これ、あれじゃないか? サンクトペテルブルクの近くにある……」

 リヴィオが難しい顔をしていると、隣に座るアビゲイルが一言で答えた。

「ラドガ湖ですね」

「そうそう……っつーか、よく知ってたなアビゲイル」

「それほどでも」

 アビゲイルは無表情でリヴィオに応じ、再び黙りこむ。

 結賀は自信満々に間違えた事が恥ずかしかったのか、ふてくされた様子で足を組み替えた。

 なんとか喧嘩にならずに済んだようだ。

(はあ……二人共、ここ最近仲良くなったと思ってたんですけど……)

 結賀とリヴィオは最近良く頑張っている。連携攻撃も人並みにできるようになってきたし、後は仲良くなってくれれば文句はないのだが、それはまだ先のようだ。

 葉瑠は輸送機内のシートに座り直し、溜息をつく。

(移動時間くらいゆっくりさせて欲しかったです……)

 輸送機に乗っている間にヘルシンキ周辺の観光スポットを調べるつもりだったが、結賀とリヴィオの仲裁をしていたせいでそんな余裕は無かった。

 そんな葉瑠の苦労も露知らず、一番後ろのシートに座るアルフレッドは読書に耽り、その隣のスーニャは口をだらしなく開けて爆睡していた。

 よくこの轟音の中で本に集中したり、睡眠できるものだ。ランナーという人種が普通の人間とは全く違うということがよく分かる。

(それにしても、本当にうるさいですね……)

 客を運ぶ旅客機と違い、この軍用輸送機は兵器を運ぶ。乗っている人間の快適性は優先すべき事項ではないのだ。

 ……にしても本当にうるさい。

 数分前から大きくなっているとは感じていたが、この轟音は尋常じゃない。

 もしかしてエンジンにトラブルでも起きたのだろうか。

 葉瑠は小さな丸窓に近づき、機体側面を見る。しかし、大きな翼が邪魔をしてエンジンを見ることができなかった。

「……ん?」

 ふと気付くと、翼に黒い模様が浮かび上がっていた。

 その模様はゆらゆらと動き、だんだんと大きくなっていく。

 数秒ほど考えた葉瑠だったが、ようやくそれが模様ではないと理解した。

「影……?」

 翼に影が落ちている。

 輸送機と並走できる鳥は存在しないし、雲の上を飛んでいるので雲の影でもない。

 ならば何か。

 ……こちらと同じ飛行機に決まっている。

 葉瑠は更に窓に顔を近づけ、上空を見上げる。が、太陽の逆光でろくに視認することができなかった。

 それでも、上に何かいるのは間違いない。

 この状況を知らせるべく、葉瑠は結賀に手招きした。

「ねえ結賀、上から何か近づいてきてるんだけど……」

「上から? 寝ぼけてんじゃねーの」

「違うって、ほら」

 葉瑠は窓前のポジションを結賀に譲り、身を引く。

 結賀はこちらにのしかかるように窓に近づき、目を細めて上を見る。

「ホントだ。あれは……」

 私より視力が抜群に良い結賀は、それが何かを一発で見極めた。

「VFだ」

「へー、VFってどこの戦闘機の名前?」

 飛行機だと決めつけていた葉瑠は、それがヴァイキャリアス・フレームの略称だと気付かず、普通に聞き返してしまった。

 結賀は素早く葉瑠にデコピンを決める。

「やっぱ寝ぼけてるだろ。VFっつったら、いつもオレらが操作してる方のVFだ」

「何だそっちか……って、どうしてVFが私達の上にいるの?」

「……」

 理由など分かるわけがない。

 結賀は葉瑠の顔を見つめたまま黙ってしまった。

 多分、ファスナ・フォースか何かだろうが、一応アルフレッド教官に報告しておこう。

 葉瑠は後方で本を読むアルフレッドに声をかけるべく、背もたれに腕を乗せる。

 ……と、次の瞬間、いきなり窓の外で閃光が走った。

「!?」

 閃光は太陽光よりも強く光を放ち、一瞬にして機内をオレンジ色に染め上げる。

 オレンジの閃光が終わるやいなや、ズガンともドゴンとも取れる爆発音が機内に響き、間髪入れずして機体が大きく揺れた。

「うっ!?」

 葉瑠は上下左右に大きく揺さぶられ、天上に頭を、ヘッドレストに腹部を打ち付け、そのまま後ろの席のアビゲイルの股の間に落ち込んでしまった。

 メガネはどこかへ飛んでいき、おまけに舌もかんでしまった。泣きっ面に蜂である。

 が、そんな悠長な泣き言も言っていられなかった。

「――第3、第4エンジン被弾!! 攻撃を受けた模様!!」

 パイロットの緊迫した声が機内に響く。

 ……この攻撃、間違いなく上にいたVFの仕業だ。

 葉瑠はもう一度姿を確認すべく、アビゲイルの上で体勢を立て直し、ヒビの入った丸窓に近づく。

 ……それは上ではなく、窓の正面にいた。

 窓の外、そこには見覚えのある真っ赤なVFが輸送機と同じ速度で飛行していた。

アンクリアレッド!?」

 それは分厚い装甲を身に纏ったVFだった。

 脚部パーツは脚の形状から大きく逸脱しており、巨大なジェットスラスターが所狭しと装備されている。また、背部にも推進力の高そうなエンジンがひしめき合っていた。

 太い腕の先にはこれもまた太ましいロングレンジライフルが握られていた。

 あれでエンジンを撃ち抜いたのだろう。

 姿を確認できたのは数秒だけで、巨漢のVFは機体の下側に潜り込んでしまった。

 その後立て続けに2回轟音が響き、右翼に続いて左翼のエンジンも破壊された。

 完全に推進力を失った輸送機だったが、落ちる気配はない。真下で先ほどの巨漢のVFが支えているのだろう。

 ……彼らは一体何をしたいのだろうか。

 意図もわからぬまま唖然としていると、機内に男の声が響いた。

「スラセラートのランナー諸君、こんにちは」

 変声機を使っているらしい。その声は大きな吹奏楽器の音と聞き間違えるほど極端に低かった。

 結賀とリヴィオはしきりに周囲を見渡し、

 葉瑠はアビゲイルの膝の上で次の言葉を待つべく目を閉じて耳を澄まし、

 アビゲイルは相変わらずの無表情でまっすぐ前を見つめ、

 スーニャは相変わらず爆睡していた。

 全員がそれぞれ違うリアクションを取る中、アルフレッドは本を閉じて厳かに言葉を発した。

「……何の断りもなくエンジンを4機破壊するとは、随分乱暴なご挨拶だな、UR」

 アルフレッドの言葉に対し、小さな笑い声と共に返答が来た。

「そちらこそやけに落ち着いているな、アルフレッド・クライトマン。殺されるかもしれないというのに、少しも恐怖を感じないのか」

「殺すつもりなら、エンジンでなく胴体を撃ち抜いていただろうに」

 アルフレッドは席を立つと本をシートに起き、左手を顔面のマスクに添え、右手を左肘の下に潜り込ませた。

「……無駄話をするつもりはない。我々に何の用だ」

「そう急くな。……これよりこの機体は行き先を変更してサンクトペテルブルクに着陸する。事故死したくなければシートベルトをしっかり締めて大人しくしていることだ。話はその後だ」

 その言葉の後、輸送機が少し揺れ、高度がどんどん下がり始めた。

 普通ならパニックを起こしそうなものだが、流石はランナーと言ったところか、全員この状況に慌てふためく様子はなかった。

 URとアルフレッド教官のやりとりも静かで紳士的だった。そのお陰で落ち着けた気がしないでもない。

 命の危険もなさそうだし、ここは言われた通り大人しくしていたほうがいいだろう。

(……と言うか、ハイジャックですよね、これ)

 こういうシチュエーションは何度も空想しているが、いざ直面してみると地味なものだ。

 葉瑠は急がず慌てず自分のシートに戻り、シートベルトを腰に固定する。

 横を見ると、結賀は口を固く結び、緊張気味に前を見つめていた。

 普段強気な結賀だが、やはりこういう異常事態には慣れないようだ。

 自分のほうが落ち着いているなんて、何だか変な気分だ。

「結賀」

 葉瑠は小さく声を掛け、そっと結賀の脚に手を置く。

「……」

 結賀はちらりとこちらを見、手を握りしめてきた。

 その後輸送機が着陸するまで、結賀がその手を離すことはなかった。

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