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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 4 漆黒の双刃
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 11 -スクランブル-


 11 -スクランブル-


 衛星軌道上

 10年ほど前までこの高度には気象衛星や観測衛星や軍事衛星など、様々な種類の人工衛星が様々な国の思惑で漂っていた。

 しかし、今現在はある一つのAIの制御下に置かれ、目的を遂行するための手足として機能している。

 そのAIの名は『セブン』、目的は『世界平和』だ。

 セブンは七宮重工の七宮宗生の発案で、世界中の兵器をクラックするために作られた。

 七宮宗生はセブンの能力を使って世界平和を実現する計画を立てたが、実行に移す前に他界。その後を継いだのが有名な大罪人、更木正志である。

 セブンはそれ自体が優秀なプログラムというわけではない。セブンをセブンたらしめるもの、それは71機の人工衛星『明神』である。

 明神にはそれぞれ製作当時では考えられぬほど高度な技術が用いられ、常軌を逸した演算能力を有している。それが71機も集まっているのだから、冗談抜きでできないことは何もない。

 これらセブンや明神を作ったのは『鹿住』という科学者だ。

 彼女はAGFの発明者でもあり、VF分野において多大な功績を残した。

 彼女が死んでから数十年経つが、その技術は現代の最先端技術に劣らない。今後数世紀は彼女を超える者は生まれてこないだろう。

 そんな明神の中枢部、中央演算処理装置の中にて

 AIセブンは悩み、そして焦っていた。

(2ヶ月間捜索を続けてもまだ見つからないとは……)

 セブンは自分のバックアップデータ端末の所在を探していた。

 端末のシステムから筐体まで、製作は全て溜緒瑞月に依頼した。その際、自分のデータ領域の一部を彼女に貸与し、彼女以外がアクセスできぬように設定してしまった。

 あの時の判断は正しかったし、間違っていなかった。だが、今は後悔している。せめて場所を特定できるようなシステムを組んでおくべきだった。 

 早くバックアップデータ端末の所在を明らかにしなければ、最悪の場合自分の存在を消されるかもしれない。

 自分が消えれば世界中に張り巡らせられた監視ネットワークが消え、高速演算処理によるAGFの重力制御機能も消え、代替戦争のシステムも消え、当然の如く世界平和も維持できなくなる。

 世界は10年前まで……いや、前よりも酷い混沌を迎えることになるだろう。

(川上宏人……厄介な相手です)

 シンギが彼が首謀者だと突き止めたまでは良かった。が、学園内に協力者が潜んでいたのは想定外だった。

 いや、協力者の存在は憂慮していたが、常に護衛していたとは思っていなかった。シンギが先走りさえしなければ、川上宏人を確実に確保できていたかもしれない。そして、シンギが敵に捕まることもなかったかもしれない。

 ……全ては後の祭りだ。

 今やるべきことは彼よりも先にデータ端末を発見すること、そして端末の守りを盤石にすることだ。守りさえ固めれば、後は私の能力をフルに発揮して川上宏人を追い詰める事ができる。

 彼の正体を早く公表したい所だが、それをしてしまうと川上宏人がどんな報復をしてくるのか分からない。

 バックアップデータ端末という私の弱点を公表されたら一巻の終わりだ。

 ……この10年でランナーの技量は予想以上に上達している。

 少数ならばファスナ・フォースやケフェウスの光で対処できるが、一斉に反乱を起こされるとどうしようもなくなる。

 文字通り光速の思考を巡らせていると、プライベート回線にアクセスが来た。

「セブン、まだシンギさんから連絡来ないんですか?」

 それは、学園理事長のセルカ・キルヒアイゼンの所有する携帯端末機からの通信だった。

 セブンは思考を一旦中断し、対応する。

「はい、今日も来ていません。連絡が入れば真っ先にお知らせしますので、毎日のように確認するのは止めましょう」

「そんなこと言ったって……」

 ここ最近、彼女は毎日のようにシンギから連絡がないか、不安げな声で私に確認している。

 機械の私でも、彼女の不憫さには同情を禁じ得ない。

 本当は彼女に全てを打ち明けたいが、シンギがURに誘拐され、その首謀者が川上宏人だと知れば間違いなく彼女は大きなショックを受ける。

 シンギが健在で安全であることを確認できるまでは、事実は伏せておいた方がいい。

「こんちわーセルカさん、お元気ですかー?」

 セルカとの通信中、理事長室に女性が入ってきた。

 明朗なその声に対し、セルカは弱々しい声で応じた。

「ルーメさん、これが元気に見えます……?」

 室内に入ってきたのはルーメ・アルトリウスのようだった。

 セブンは状況を確認すべく、遠隔操作で理事長室内の情報端末を立ち上げ、カメラ越しに室内を視認する。

 室内は暗かったが、その中で2箇所だけ窓から入る光を受けて輝いていた。一つは部屋の奥、木製の大きなデスクに座っているセルカの銀の髪、もう一つは入り口に立っているルーメのブロンズの髪だった。

 ルーメは来客用のソファにどかっと腰を下ろし、ローテーブルの上にあるガラス製の受け皿から飴を一つ取る。そして、包装紙の両端を摘んでパッと左右に引っ張り、その勢いを利用して飴を真上に飛ばし、そのまま口でキャッチした。

 飴玉を舌の上で転がしながら、ルーメは会話を再開する。

「ほんと、シンギ教官は罪作りな人ですよね。こんなに可愛い恋人に連絡もしないでURを追っかけ回してるなんて……」

「全く、そのとおりですよ」

 普段なら「可愛いだなんて、そんな……」などと言って謙遜するセルカだが、今日は疲れているのか、特に否定もせずルーメの言葉を肯定した。

 セルカはセブンとの通信を切ると携帯端末を机の上に伏せて置き、ソファへ移動する。

 そして、ルーメと同じように飴を口に放り込み、ため息混じりにルーメの隣に腰を下ろした。

 隣に座られるとは思っていなかったのか、ルーメは緊張気味にセルカを横目でチラチラと見、言葉を待つ。

 ぼんやり空を見つめていたセルカだったが、3度目の溜息の後、ようやくルーメに顔を向けた。

「そういえばルーメさん」

「はい」

 ルーメは背筋を伸ばす。

「教官代理の件、まだお礼を言ってなかったですね。去年に引き続き受けてくれてありがとう」

 セルカは深々と頭を下げる。銀の髪が座面に触れ、床へと流れ落ちる。まるで滝のようだ。

「いえいえ、私も結構勉強になりましたし、どんどんこき使ってください」

 ルーメはセルカの肩を掴んでお辞儀を止めさせ、「でも……」と続ける。

「どうせ教官代理を続けるのなら、2年生を教えてあげたかったなあ……」

 去年と同じ訓練生を指導したいというのは、至極当然の願望だ。

 だが、今年度は1年生の教官の確保ができず、ルーメが抜擢されたというわけだ。

 2年生の教官に彼女ではなくアルフレッドが選ばれたのには他の理由もあった。

「あれ、ルーメさんって連携攻撃は苦手じゃありませんでした?」

「苦手って言っても、訓練生に指導できる程度の技術はありますよ」

 ルーメは他ランナーと比べて連携が苦手だ。そのため奇数同士の対戦の時は常に1機となり、複数機を相手にしている。

 それをそつなく熟してしまうのだから、彼女の力量は計り知れない。

 ルーメはセブンからカメラ越しに褒められていることなど露知らず、2年生について思う所を語っていく。

「それに、連携攻撃に関しては訓練生から得られることもあるかもしれませんし」

「訓練生から? それはないでしょう」

「……それがないとも言えないんですよ」

 ルーメは再び飴を頬張り、具体的に話していく。

「葉瑠ちゃんとアビゲイルのペアがすごいらしいんですよ。アルフレッドから聞いた話だと、あと2週間あれば最高難易度をクリアできるかもしれないって話です」

「それはすごいですね……。葉瑠さんは面識があるのでよく知っていますけれど、アビゲイルさんは……えーと……

「学園ランキング6位の訓練生です」

「ああ、そうでしたそうでした。すみません、ランキングにはあまり興味が無いので……」

「ですよね。セルカさんが興味あるのはシンギ教官だけですもんね」

「……しつこいですよ」

「ごめんなさい……」

 AIの私だが、セルカとの付き合いは結構長い。彼女は基本優しいし滅多なことで怒らないが、機嫌が悪い時は本当に恐い。

 セルカは自分が苛立っていることを自覚したのか、表情を和らげる。

「こちらこそすみません。……でも、上位の訓練生を知らないのは理事長として恥ずかしいですね。少し情報を仕入れておきます」

 セルカはソファを離れ、情報端末が置いてあるデスクに向かう。

 結果、セルカの体によってカメラが遮られ、室内の様子が確認できなくなった。

 セルカはコンソールを操作するでもなく、口頭で私に命令してきた。

「セブン、アビゲイルさんのデータをスクリーンに」

 指示に対し、セブンは端末のスピーカーで応答する。

「アビゲイル・ライトですね。少々お待ちください」

 刹那の間に検索を済ませたセブンは、取得した情報を一覧に整理し、画面に表示する。

 セルカは暫くそのデータとにらめっこしていたが、不満な点があったようだ。

「このデータ、学園に来てからしかないですね……経歴情報は?」

「少々お待ちください」

 セブンは改めてアビゲイルについて、スラセラート学園内のデータを調べる。

 すると、アクセス禁止領域に辿り着いた。

「すみません。彼女個人の申し出により経歴情報は非公開となっています。理事長の権限があれば閲覧できないこともありませんが」

「じゃあ権限をつかいます」

「了解しました。では、お任せします」

「……?」

 セルカは不思議そうな表情を浮かべていたが、すぐに合点がいったように小さく頷いた。

「……あ、私が端末を直接操作しないといけないのですね」

 セルカはコンソールに手をのせ、長いパスコードを入力していく。

 やがて禁止領域内にアクセスし、ようやくアビゲイルに関するすべての情報が画面に表示された。

「出身は米国、両親は不在で、保護者が……あれ、瑞月さん?」

「今なんと?」

「溜緒瑞月さん、溜緒工房のエンジニアの」

「知っています。でもどうして彼女が……?」

 バックアップデータ端末の所在を調べる際、彼女のことは入念に調べた。

 学生時代の成績から預金残高などの個人情報は勿論、病歴や交友関係、果ては好きな食べ物まで……調べられるものは全て調べたと思っていたが、アビゲイル・ライトと繋がりがあったことは全く情報になかった。

 その気になれば国家機密でさえ手に入れられる私が、この程度の情報を入手できなかったのは理論的にありえない。

 つまり、彼女は意図的にアビゲイルに関する情報を隠匿していた事になる。

 隠すこと自体は問題ではない。知られたくないことは誰にでもある。が、問題は、どうして彼女との繋がりを隠す必要があったのか、だ。

 ……怪しい。

 瑞月は海上都市内でバックアップデータ端末に関する研究を行っていた。同じ海上都市にいたアビゲイルも、この件に関わっていると見て間違いない。

 今までは瑞月を中心に調べていたが、アビゲイルに関しても徹底的に調査する必要があるだろう。

(まずは米国内の戸籍情報から……)

 早速生まれから調べ始めたセブンだったが、いきなり壁にぶつかった。

 彼女に関するデータが存在しないのだ。生まれた病院も分からなければ、育った地域も学校の名称すらも分からない。

 こういう戸籍情報を持たない子供は世界中に大勢いるが、彼女は情報がないどころの話ではない。

 入学以前の情報が全く無い。情報の痕跡すら無い。もっと言えば、彼女はスラセラートに入学するまで“存在していない”のだ。

 なにもないところから人間は生まれない。つまり彼女は……

(人間ではない……?)

 馬鹿げた仮説だが、これ以外に説明のしようがない。

 人間でないとするなら、彼女は一体何なのだろうか。考えうる答えは一つしかなかった。

(アンドロイド……)

 馬鹿げた話だが、瑞月というエンジニアの経歴から察するに想像は難しくない。

 彼女の専門はフレーム工学、論文でもフレームの小型化や転用について論じられている物が多かった。

 人間サイズのVFフレーム……それはすなわちアンドロイドの雛形である。

 これらの情報から導き出される答えは一つ

 ――アビゲイルこそ、私が探していたバックアップデータ端末だ。

(ああ、瑞月の交友関係を入念に洗っていれば、もっと早くこの結論に達せられたはずですのに……)

 反省は後だ。今優先すべきはアビゲイルの身柄の確保、そして彼女を外敵から守る策を講じることだ。

 セブンは早速アビゲイルの所在を検索する、が学園内に学生証から発せられるシグナルの反応はなかった。

 画面にはその作業内容が表示されていたようで、すぐにセルカが反応した。

「セブン、急にどうしたんですか? アビゲイルさんの居場所を探すなんて……」

「すみません。すぐにでも彼女と話がしたいのですが……彼女が何処にいるのか、知りませんか?」

 この質問に応えたのは、ソファに座るルーメだった。

「アビゲイルなら……遠征に行ってるよ」

「遠征?」

「そう。ヘルシンキ養成校から練習試合の要請があって、アビゲイルの他にもリヴィオやスーニャなんかも輸送機でフィンランドに向かってるよ」

 この時期に他校から試合の要請があるのは珍しいし、例にないことだ。しかもあまり交流がないヘルシンキ養成校からとなると、かなり怪しい。

 もしかすると、URが絡んでいるかもしれない。

「……事態は急を要します」

「へ?」

「何の話です?」

 ルーメとセルカのきょとんとした顔をカメラ越しに見つつ、セブンは早急に対策を練ることにした。

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