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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 4 漆黒の双刃
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 09 -盲目の狂人-


 09 -盲目の狂人-


「――シンギさん、まだ協力してくれる気になりませんか?」

「お前もしつこいな、8時間毎に誘ってきてんじゃねーよ」

 中国は南に位置する半島、海南島。

 その南端に位置する高級リゾートホテルのVIPルームにて

 宏人はシンギと二人きりで会話していた。

 宏人は背もたれを抱くように椅子に跨がり、シンギはベッドの縁に腰掛けて俯いていた。

 部屋は3つある寝室のうちの一つで、現在はシンギ専用の監獄と化している。

 バストイレ付き、窓はなく、出入口は一つだけ。ドアは薄く、ぶち破ろうと思えば簡単に破壊できる。

 最強のランナーと言われたシンギを閉じ込めるには若干心もとない部屋だ。

 が、この2ヶ月間でシンギが逃げ出そうとしたことは一度もない。

 ……何故か

 それはシンギが“あるもの”を取り上げられているからだった。

「シンギさんこそ頑固ですね。この2ヶ月間、一歩も部屋から出られないで辛くありませんでしたか?」

 宏人の問いかけに、シンギは顔を上げて応える。

「辛いに決まってるだろ。……つーか目玉返せよ、暇つぶしもできやしねー」

 宏人がシンギが取り上げられたもの……それは眼窩に嵌っていた2つの真紅の人工眼球だった。

 目が見えなければ逃げたくても逃げられない。

 本当はドアを開けていてもいいくらいだが、ジェイクやカヤが許してくれないだろう。

 シンギの眼窩にはなにも無く、伸びた前髪の隙間、人工眼球用のアダプタが見え隠れしていた。

「もう一度お願いします。シンギさん、僕達に協力を……」

「今日はいつもに増してしつこいな」

 シンギはベッドに仰向けになり、後頭部で手を組む。

「そもそも協力って、何をどう協力すんだよ。俺をVFに乗せたら間違いなくお前らを攻撃するぞ?」

「ですよね、ハハ……」

 宏人は見えていないのを分かっていても、苦笑いを浮かべる。

「とにかく、シンギさんには僕達の理念を理解してほしいわけです。……シンギさんにとっても損じゃない話だと思うんですが……」

「一般人を拷問した挙句自白剤を打つような連中の理念なんて理解できる気がしねーよ」

 瑞月のことに言及され、宏人は丁寧に言い返す。

「だから、拷問というのは言葉の綾でして……実際瑞月さんに外傷はありませんし、今も健康そのものですよ」

「どうだか……」

 シンギは再び起き上がり、見えない目で宏人を睨む。

「……ルーメは自由人、アルフレッドは仮面の変態、お前だけは真人間だと思ってたんだが……まさかあいつら以上のイカレ野郎だったとはな」

「シンギさん、いつもに増して悪口にキレがありますね」

「それしかやることがねーからな」

 シンギさんの誹謗中傷は止まらない。

「あと、前々から思ってたが、どうしてあの『大罪人』を大々的に騙ってんだ?」

「更木正志のことですか。やっぱり偽物ってバレバレでしたか?」

「ああ、目撃情報が出てた時は驚いたがな……」

 一応、URを率いているリーダーは更木正志ということになっている。

 スケープゴートに彼を選んだのにはそれなりの理由があるのだが……

 シンギさんは他人を隠れ蓑にしているのが許せないようで、非難し続ける。

「どうして今になって更木さんを表舞台に引っ張りだした? あの人に全部罪を擦り付けるつもりか? ……だとしたら卑怯にも程が有るぞ。故人に対して失礼じゃねーのか」

「シンギさんにもそういう倫理観はあるんですね」

 更木正志は世間的には大罪人として忌み嫌われているが、シンギさんに限ってはそうでもないようだ。むしろ、敬意を払っているように思える。

 まあそれはそれとして、シンギさんの言うような理由で更木正志の名を騙っているわけではない。

「……罪を擦り付けるどころか、逆ですよ」

 宏人は得意気に語る。

「これから起こる偉業は全て更木正志の手柄になります。人々は否が応でも更木正志を崇めざるを得なくなります」

「崇める……?」

「はい。セブンの監視、通信制限、技術的制限から開放され、人類は急速に発展を遂げます。その恩恵を受けた人々は、セブンを打ち破った更木正志を高く評価するはずです」

 たとえ評価しなくても、評価するように世論を誘導する。セブンがいなくなればその程度の情報操作も容易く行えるはずだ。

 宏人は更に話を進める。

「そうなると、彼の娘……葉瑠ちゃんはどういう扱いを受けると思います?」

「……まさかお前……」

「ええ、大罪人の娘から一転、葉瑠ちゃんは英雄の娘として迎え入れられます。これまでの不遇が吹き飛ぶほどの快適な暮らしを手に入れることができるでしょうね」

「更木の名を騙ったのは葉瑠のためか……」

 先ほどまでの態度は何処に行ったのやら、シンギは神妙な面持ちで唸っていた。

 ……僕は、シンギさんのこういう中途半端に優しい所が好きだ。

「葉瑠ちゃんは今後僕らにとって重要な存在になることは間違いありません。彼女を含め、スラセラートのランナーには秩序維持のために協力してもらうつもりですから」

「あいつらまで巻き込むつもりか。どんだけ迷惑かけりゃ気が済むんだ」

「何言ってるんですか。強敵と戦いたいが為にあんな学園を作っちゃうシンギさんも大概ですよ」

「……」

 こちらが言い返すと、シンギさんは押し黙ってしまった。

 学園の設立理由について、後ろめたい気持ちはあるようだ。

 ……これ以上話すとシンギさんの機嫌を損ねそうだ。

 宏人は化粧台においていたパンをシンギに手渡す。

「今日の夜ご飯です。例によって毒は入ってませんから、残さず食べてくださいね」

「また味のないパンか……」

 シンギは愚痴をこぼしつつ、パンを受け取る。

 迷う素振りも見せないスムーズな動作に、宏人は毎度毎度感心していた。

「それにしても、盲目状態でよくそこまで物の位置がわかりますね」

「一時期これで生活してたからな」

 つくづく恐ろしい人だ。もしカヤが麻酔を打っていなかったら、拘束するのは骨が折れただろう。

 いや、拘束すらできなかったかもしれない。

「ほんと、まとも戦わずに済んで良かったですよ……」

 パンを咥えたまま、シンギはベッドの奥に移動する。

「だな。……つーか、ぶっちゃけこの状態でもお前には勝てるけどな」

「またまた……」

 冗談じゃなさそうで恐い。

 宏人は椅子から離れ、出入口へ向かう。

「では、失礼ます」

「早いな。食い終わるまで待ってろよ」

「今晩は色々と準備がありますので……」

 宏人は別れを告げると、後手でドアを閉め、部屋を後にした。

 部屋が静かになり、シンギは体から力を抜く。

「……調子狂うぜ、全く」

 シンギはパンを齧りつつ、今後のことを考えていた。

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