07 -弁当-
07 -弁当-
朝の通学路
男子寮から学園までを結ぶ東連絡路にて
リヴィオはいつもの3人と共に登校していた。
連絡路には1年生の姿もちらほら見られたが、恐いのか、それとも恐れ多いのか、リヴィオ達と距離を置いて歩いていた。
そんなことにも気付かず、4人はそれぞれ好きなことをしながら歩いていた。
クローデルは携帯端末でVFBの動画を鑑賞しており
ドナイトはハンドグリップをゆっくりと開閉しており
リヴィオとアハトはお喋りしていた。
寮から出てから連携攻撃の話題で盛り上がっていた二人だったが、アハトは急に話題を変えた。
「……それはそうとリヴィオ、そろそろ止めたほうがいいんじゃないかな」
「何の話だ? アハト」
「あれだよあれ、朝のランニングで……ぐ」
リヴィオは唐突にアハトの口を塞ぎ、その場で止まる。
クローデルとドナイトは二人の異変に気づくこと無くそのまま歩いて行った。
二人から距離が取れた所でリヴィオはアハトから手を離し、小声で告げる。
「お前、知ってたのか……?」
「うん……最初は単に葉瑠ちゃんと一緒にランニングしてるのかなって思っていたんだけれど、まさかこっそりストーキングしてるとは思ってなくて……んぐ」
リヴィオは先程よりも強い力でアハトの口元を押さえる。
「……誰かに話したのか?」
「……」
アハトは首を左右に振る。
「本当にか?」
「……」
アハトは力強く頷く。
それを見てリヴィオは口元から手を離し、安堵の溜息を吐いた。……が、心の中では恥ずかしさに震えていた。
葉瑠が早朝に走っているという情報を手に入れたのが少し前のこと。
その話を聞いた時に、リヴィオは葉瑠と一緒にランニングできないだろうかと考えるようになった。
まず考えたのは葉瑠に直接“朝一緒にランニングしよう”と言う方法だ。だが、この方法だと葉瑠に気があるのがバレバレな上、結賀にでも聞かれたらそれこそチャンスを失ってしまうため、却下した。
続いて考えたのはこちらも朝にランニングして、偶然を装って葉瑠と接触する方法だ。この方法なら自然だし、怪しまれることもない。
リヴィオは次の日の朝からランニングを始め、すぐに葉瑠の後ろ姿を見つけることができた。……が、ここで問題が発生した。
……声を掛けられなかったのだ。
結局リヴィオは何も言えないままただ黙って葉瑠の後を追いかけることになり、それが数週間も続いているというわけである。
自分でも情けないと思うが、声を掛けられないのだから仕方がない。
そしてもっと情けないことに、後ろ姿を追いかけているだけで満足している自分がいる。
アハトは歩き出す。
「もう、僕はリヴィオのことが心配だよ。バレたら嫌われちゃうよ、絶対」
「おう……もうやめる」
リヴィオはアハトの警告を受け入れ、歩き出す。
すると、そのタイミングで背後から結賀が現れた。
「おっすリヴィオ」
結賀は気さくに挨拶すると、リヴィオの背中をポンと叩く。
慣れぬスキンシップに驚き、リヴィオは思わず前に飛び出てしまった。
「な、何だよ朝から」
「何って、挨拶しただけだ。おかしいか?」
「いや、別に……」
応えつつ、リヴィオは結賀の背後に視線を向ける。しかし、そこにはお目当ての人物はいなかった。
「葉瑠は一緒じゃないのか?」
この言葉を聞き、結賀は途端に不機嫌そうにリヴィオを睨む。
「それをお前が言うか? そもそもの原因は……」
口喧嘩に発展するかとおもいきや、結賀は言葉を切り、深呼吸し始めた。
深呼吸で気持ちが落ち着いたのか、結賀は長い溜息の後リヴィオのバッグに手を伸ばす。
「……荷物、持ってやるよ」
「な!?」
脈略のない突飛な提案に驚き、リヴィオは変な声を出してしまった。
「貸せよ」
結賀は半ば強引にリヴィオのバッグを奪い、持ち手を持って肩越しに背負う。
あの結賀が自分の荷物持ちをしている……
リヴィオはこの光景が信じられなかった。
「マジでどうしたんだよ結賀、熱でもあるんじゃねーか」
「ねーよ。オレが持ちたいって言ってんだから持たせろよ!!」
「おう……」
理由は不明だが、何が何でも結賀は荷物を持ちたいらしい。
リヴィオは大人しく従い、荷物を結賀に任せることにした。
結賀は前を歩きながらリヴィオに話しかける。
「最近どうだリヴィオ」
「はあ?」
「調子はどうだって聞いてんだよ」
何の調子なのか分からないが、リヴィオは適当に答える。
「調子はいい」
「そうか……」
それっきり会話が途切れるも、10歩ほど歩くとまた別の質問を投げかけてきた。
「……メシは、ちゃんと食べてるか?」
「おう。朝昼晩としっかり食ってる」
「ならいいんだ……」
またしても会話が途切れる。
(意味わかんねー……)
リヴィオは結賀の意図が読み取れず、ちょっとした恐怖を味わっていた。
その後も途切れ途切れのぎこちない会話を続けていると、とうとう学園校舎に到着した。
「……ん」
結賀は無言でリヴィオにバッグを差し出す。
リヴィオは差し出されたそれを恐る恐る受け取る。
何かあるかと思っていたが、本当に単に荷物を持ってくれただけのようだ。
「サンキュ……」
軽く礼を言うと、結賀は満足気に頷き、リヴィオに告げる。
「……この後も覚悟しとけよ」
結賀は不敵な笑みを浮かべ、先へ行ってしまった。
(何があったんだよ……)
朝っぱらから理解不能な場面に遭遇したせいか、その後リヴィオは午前中の座学に集中することができなかった。
座学を終え、昼休み。
賑やかな食堂内にて、カウンターに並ぶリヴィオは再び結賀に声を掛けられた。
「おいリヴィオ、こっち来い」
「なんだよ、今並んでるんだから後にしろよ……」
「いいから、来いって」
結賀は問答無用でリヴィオを列から引っ張りだし、食堂の外へ向かう。
リヴィオは食堂の中腹で結賀の腕を振り払い、抗議する。
「待てよ、用事があるならメシの後にしろ。つーか、今ここで言えよ」
「食べた後だと意味がねーんだよ」
「はあ? それはどういう……」
結賀は手提げ袋から包みを取り出し、リヴィオに突きつける。
そして、視線を逸らして恥ずかしげに告げた。
「これ……弁当だ」
リヴィオの目前、青のナプキンに包まれた弁当箱が揺れていた。
「べん……え?」
リヴィオは受け取ること無く物珍しげに見つめる。
しびれを切らしたのか、結賀はリヴィオに強引に押し付ける。
「いいから受け取れよ!!」
結賀の声は広範囲に届き、また、食堂の中腹とあってか、リヴィオと結賀に視線が集まった。
最初は好奇の目だったが、次第にそれは冷やかしの目に変化していく。
女子から男子に弁当を手渡すということは、つまりはそういうことである。
リヴィオはこの状況が理解できず、弁当を持ったまま狼狽えていた。
「なんだこれ?」
「だから弁当だって言ってるだろ。……これから毎日作ってやるからな。嫌いな物があるなら今のうちに言っとけよ」
「いや、好き嫌いはねーけど……じゃなくて、どうしたんだマジで」
毒でも入っているんじゃないだろうか……。
リヴィオは取り敢えず包みを近くのテーブルの上に置こうとする。しかし、結賀がそれを許さなかった。
「おい、捨てるつもりじゃないだろうな」
腕を握られ、リヴィオは咄嗟に振りほどく。
「バカか、貰ったものをその場で捨てるほど人間腐っちゃいねーよ」
結賀は「なんだ……」と安心した様子で呟き、リヴィオに告げる。
「……ちゃんと食えよ? せっかく手作りしてやったんだからな」
結賀は自分で言って恥ずかしかったのか、とうとうリヴィオに背を向けてしまった。
普段の結賀からは全く想像できない乙女的なセリフに、周囲の空気がざわつく。
「おい、あれって……結賀だよな?」
「あいつ、リヴィオのこと好きだったのか?」
「バカ言え、いつも喧嘩してるだろ。なんかの罰ゲームじゃないか」
「分かってないなあ、好きな相手は苛めたくなる的なアレでしょ?」
ランキング上位ということもあり、リヴィオも結賀も一応は有名人だ。
その二人が食堂のど真ん中で弁当の受け渡しをしているこの状況は、まさに大事件と呼ぶにふさわしい光景だった。
勿論その光景は男子3人組や、他のメンバーもしっかり見ていた。
「リヴィオ、俺達のことは気にせず外で食ってこいよ、な」
「邪魔しちゃ悪いし……ね」
「チーム組んでるとはいえ、まさかこんなことになるなんてなあ……」
「おい、お前ら……」
リヴィオは誤解を解くべく3人組に近寄る。が、手前に葉瑠の姿を見つけ、立ち止まる。
葉瑠は両手で口元を覆い、頬を赤らめていた。
「リヴィオくん、結賀と……そうだったんだ……しらなかった……」
とんだ誤解である。
……葉瑠だけには誤解してほしくない。
リヴィオは葉瑠に弁解しようとしたが、アビゲイルによって進路を塞がれてしまった。
「おめでとうございます。喧嘩するほど仲が良いという言葉もあります。お幸せにどうぞ」
「茶化すんじゃねーよ」
リヴィオはアビゲイルを一蹴し、葉瑠の目前に立つ。が、リヴィオが説明するまでもなく誤解は解かれた。
「――馬鹿か、オレがこいつのこと好きなわけないだろ」
当たり前のように言い放ったのは結賀本人だった。
そして、その表情には嫌悪感が克明に表されていた。
この結賀の反応は予想外であり、食堂にいる学生全員の目が点になっていた。
「うだうだ言ってねーで行くぞ」
結賀はテーブルの弁当を脇に抱えると、リヴィオの腕を強引に引っ張り、食堂の出口へ向かう。
(どうなってんだよ……)
結賀に引き摺られながら、リヴィオはこの世の理不尽さに打ちひしがれていた。
食堂を出て歩くこと10分
リヴィオは結賀に連れられ、学園西側に位置する演習場を訪れていた。
演習場は広大で、のっぺりとした地面が広がっている。
灰色の地面は真昼の太陽光に焼かれ、蜃気楼を浮かび上がらせていた。
「暑い……」
「もう少しだから我慢しろよ」
「……」
広大な演習場を左手に見つつ、校舎の陰を移動しているのだが、暑いものは暑い。
前を行く結賀は相変わらずこちらの手を握ったままで放さない。
ここで改めてリヴィオは今の状況を再確認する。
今俺は結賀に手を引かれ、弁当を一緒に食べるべく演習場に向かっている。
……女子と二人きりで弁当を食べる
(……)
葉瑠と二人で一緒にディナーを食べたことはある。が、あれは店内で他の客の目もあった。
だが今回は少し違う。
演習場に人影はなく、完全に二人きりだ。
……そう考えると急に緊張してきた。
緊張は手に伝播し、リヴィオは自然と手汗をかいてしまう。
手のひらは既に汗でぐっしょりしており、気持ちのいいものではなかった。
(手か……)
リヴィオは自分を牽引している結賀の手を見つめる。
力強く握られてはいるが、結賀の手は思った以上に女子の手だった。
男に比べて細長く、靭やかで、汗が玉になるほど張りがあり、すべすべしている。
リヴィオは視線を手から腕へ、腕から体へ向ける。
四肢は長く、制服の上からでも分かるほどのくびれがあり、見事なまでのスレンダー体型だった。心なしかいい香りもする。
……やはり男とは違う。
こうやって間近で結賀を観察するのは初めてかもしれない。
(何ガン見してんだよ、俺は……)
リヴィオは頭を左右に振り、余計な思念を振り払う。
すると、唐突に結賀が声をかけてきた。
「どこ見てんだよリヴィオ」
「ち、ちげーよ!!」
リヴィオは焦ったが、次の言葉で勘違いだと悟る。
「何が違うんだ。首振ってねーでちゃんと前見ろよ」
結賀の言葉通り、リヴィオは前を見る。校舎と校舎の合間、演習場との境目に幅広の階段があった。
階段は校舎によって完全に影に覆われており、そこだけが完全に別空間となっていた。
階段の両脇には用水路も通っているようで、数メートル離れたこの位置からでも冷気を感じられた。
到着するとより一層涼しくなり、リヴィオは思わず声を漏らす。
「すずしー……」
「いい場所だろ?」
結賀は手を放すと階段に腰掛け、一段下に足を置いて胡座をかく。
リヴィオも釣られて座りそうになるも、辛うじて押しとどまった。
その動きを不審に思ったのか、結賀は怪訝そうにリヴィオを見つめる。
「どした、座れよ」
結賀は犬でも誘うように隣をぽんぽんと叩く。
リヴィオは結賀の正面に立ち、きっぱり言い放つ。
「俺は……お前の弁当を食うとは言ってねーぞ」
「はあ? ここまで付いて来て今更何言ってんだ」
「お前が無理やり連れて来たんだろうが……」
結賀には悪いが、変な噂を立てられても困る。特に葉瑠には誤解されたくない。
リヴィオは階段から離れ、きた道を戻り始める。
すると、タイミングよく女子訓練生が現れた。
「あ、リヴィオだ。こんな所で会うなんて、偶然だなあ」
何処からとも無く現れたのはスーニャだった。
スーニャ・エルクェスト……
彼女は学園ランキング8位の上位ランナーで、9位のリヴィオとは常日頃から対戦し、頻繁に順位を入れ替えている。
VFの武器は脚部に取り付けたレッグブレードで、蹴り技を中心とした格闘攻撃を得意としている。
ランナーとしての実力は高いレベルにある……が、見た目は完全に小学生だ。
口調も若干乱暴で、体型も凹凸が無いせいで男子に見えなくもない。
顔立ちは幼いが、深緑の瞳を持つ釣り目からははっきりとした力が感じられる。また、膝裏に達するほど長いカーキの三つ編みが特徴的だった。
服装は基本的にスラセラートの青を基調とした制服だが、プリーツスカートではなくショートパンツを着用しており、細長い足が地面に無かって伸びていた。
また、低い身長を誤魔化すためか、ヒールブーツも履いていた。
「偶然って、何でこんな所に……」
リヴィオは言葉を区切り、改めてスーニャの様子を観察する。
スーニャの呼吸は乱れており、額も少し汗ばんでいた。大方、食堂で先程の事件を耳にし、走り回って俺の姿を探していたのだろう。
スーニャは汗を服の袖で拭い、結賀を指さす。
「結賀、こんな人気のない場所で何するつもりだったんだ」
「ん? スーニャか」
声を掛けられてようやくスーニャの存在に気づいたようだ。
結賀は特に動じることなく質問に答える。
「喧嘩とかじゃねーから安心しろ」
「いや、ボクはそういうことを言ってるんじゃなくて……」
はっきりとしない物言いに苛ついたのか、結賀はきつく言い返す。
「逆に聞くが、何すると思ってたんだ?」
「それは……その……」
スーニャは尻すぼみになり、急にもじもじし始める。
この言動だけでリヴィオはスーニャが何を考えているのか理解してしまった。
(この学園の奴ら……思ってる以上に色恋沙汰が好きなんだな……)
どうやらスーニャはここで俺と結賀がいかがわしい事をするものだと勘違いしているようだ。
誤解は解かなければならない。
しかし、リヴィオが弁解するまでもなく誤解は解けることになる。
「スーニャも食うか?」
そう言って結賀は青の包みを開け、弁当箱をスーニャに見せた。
弁当箱を見てスーニャは理解したのか、安堵の声で呟く。
「なんだ、弁当か……」
スーニャは階段まで移動し、近くから結賀の弁当を観察する。
「こんなの何処で売ってたんだ?」
結賀は胸を張り、自慢気に告げる。
「聞いて驚くなよ? この弁当、オレが作ったんだ」
「へえ……って、手作り弁当をリヴィオと一緒に食べるつもりなのか!?」
「そんなに驚くことか?」
結賀は弁当箱を膝の上に載せ、蓋を開ける。
すると、周囲に香ばしい肉の匂いが漂い始めた。
匂いに釣られ、リヴィオは思わず弁当に視線を向けてしまう。
少し大きめの長方形の箱の中は4つの区画に仕切られ、左上には唐揚げが、左下にはだし巻き卵が、右上にはライスボールが、そして右下には奇っ怪な形状に切られたソーセージが入っていた。
リヴィオは思わず右下のソーセージを指さす。
「これは……何だ?」
結賀はリヴィオのこの反応を予見していたのか、得意げに語る。
「驚いたか? こいつの名前は“タコさんウインナー”だ」
「タコ……?」
何を言っているか理解できず、怪訝な表情を浮かべていると、結賀は爪楊枝でそのウインナーを突き刺し、目前に掲げた。
「ほらこれ、脚に見えるだろ? 片方に切れ込みを入れてボイルすると綺麗に開くんだ」
「へー、すごいな……」
言われてみれば蛸に見えなくもない。唐揚げやだし巻き卵に比べて芸が細かい。
スーニャも感心したようで、至近距離からまじまじと見つめていた。
「これ、結賀が考えたのか?」
「いいや、日本じゃみんな知ってるぞ」
結賀はタコさんウインナーをスーニャの口元に持っていく。
スーニャは条件反射的に口を開け、一口でウインナーを食べてしまった。
暫く咀嚼した後、スーニャはポツリと呟く。
「味はイマイチだな……」
「こいつ、贅沢言うなよ」
結賀はスーニャの頭部をげんこつで小突く。
スーニャは嫌な顔をすることはなく、むしろ笑って結賀のげんこつを受け入れていた。
「これもいい?」
「おう、どんどん食えよ」
許可を得たスーニャは結賀の隣に座り、遠慮なく唐揚げに手を伸ばす。
結賀はスーニャの頭をわしゃわしゃと撫で、満足気に笑っていた。
「……」
あっという間に餌付けされたスーニャを憐れみつつも、リヴィオは弁当自体の完成度に感心していた。
お世辞にもバラエティに富んでいるとは言えないが、ちゃんと弁当の体を為している。スーニャも「味はイマイチ」など言いつつもパクパク食べているし、気に入っているようだ。
結賀の料理スキルがここまで高いとは……驚かされるばかりだ。
「リヴィオも、ほら」
結賀は再度隣のスペースをぽんぽんと叩く。
理由はどうであれせっかく用意してくれたわけだし、食べてやってもバチは当たらないだろう。
「わかった。食えばいいんだろ……」
リヴィオは階段を上り、結賀の隣に立つ。
(緊張するな……)
自分から結賀に接近するのは初めてかもしれない。しかも、隣に座るとなると緊張せずにいられない。
「……」
まあ、隣に座った所で取って食われるわけではないし、軽い気持ちで座ろう。
リヴィオは一旦段に手をつき、ゆっくり腰を下ろしていく。
「早く座れよ」
結賀はいきなりリヴィオの袖を引っ張り、強引に座らせようとする。
「ちょっ、急に……ッ!!」
リヴィオは唐突な牽引に対応できず、バランスを崩して結賀に寄りかかってしまった。
肩と肩がぶつかり、二人は意図せず至近距離で見つめ合ってしまう。
「……」
リヴィオは下手に動けず、固まってしまう。
「……」
結賀にとってもこのアクシデントは予想外だったのか、いつもなら殴り飛ばすだろうに、リヴィオと同様に固まっていた。
「リヴィオー、コレ美味いから食べなよ」
沈黙を破り、二人の間に強引に割り込んできたのはスーニャだった。
スーニャはおにぎりをリヴィオの口に押し付け、狭い空間に腰を下ろした。
距離が離れて我に返ったのか、結賀は咳払いしてスーニャに告げる。
「……そういやスーニャ、お前いっつもリヴィオと一緒にいるよな」
「ま、まともな練習相手がリヴィオしかいないんだ。別に好きで一緒にいるわけじゃない……」
「へー」
結賀は意地悪っぽい笑みを浮かべ、スーニャの頬をつつく。
スーニャは結賀を無視し、おにぎりに続いてだし巻き卵をリヴィオに押し付ける。
「ほら、卵もおいしいぞ」
「おう……」
おにぎりを口に入れた状態で、リヴィオはだし巻き卵も強引に食べさせられる。
甲斐甲斐しくおかずを運ぶスーニャを真似て、結賀も唐揚げをリヴィオに差し出す。
「女子二人に弁当を食べさせてもらえるなんて、お前は幸せものだなあリヴィオ」
口の中が一杯なのを分かっていて、結賀は唐揚げを口元に押し付ける。
「……」
悪意で誂う結賀に我慢ならなかったのか、リヴィオは口の中のものを飲み込んだ後、苛立った口調で結賀に告げる。
「……結賀、嫌がらせもいい加減にしろよ」
「は? 人が親切にしてやってんのに嫌がらせとは何だ」
「親切だあ? 荷物持ったり弁当作ったり……お前、何企んでんだ?」
リヴィオはスーニャ越しに結賀を睨む。その表情には猜疑心が如実に現れていた。
結賀は睨み返すことなくうつむく。
「……悔しくないのかよ」
「あ?」
「連携攻撃の訓練、オレらだけいつも失敗してて悔しくないのかよ!!」
脈略のない発言に、リヴィオは面食らってしまう。
「いきなり何の話……」
「いいから答えろよ!!」
結賀は今度こそリヴィオを睨み返す。その瞳には有無を言わせない迫力が宿っていた。
その迫力に押され、リヴィオは正直に応じる。
「そりゃ悔しい……が、相性の問題もあるだろ」
悔しい気持ちが無いと言えば嘘になる。
しかし、これは仕方のない事なのだ。相性が最悪の結賀と連携攻撃なんて、土台無理な話なのだ。
「無理せず一月過ごせばペアが変わる。それまで大人しくしてりゃいい」
これが最善の方法だ。無理をする必要はない。
「……お前、それ本気で言ってんのか?」
しかし、結賀はそう思っていないようだった。
「オレはこのまま終わるのは嫌だぞ。アルフレッドの野郎を絶対に見返してやる。……だからお前とも仲良くする」
「仲良く……?」
「ルーメ教官が言ってたんだよ。互いに理解し合うことがコンビネーションの上達のコツだってな」
「そうか、だから今朝からおかしかったのか……」
なんとなく話が見えてきた。
結賀は連携攻撃の成功のために、嫌々ながらも俺と仲良くする努力をしていたようだ。
普通にそう言えば良いものを、荷物持ちしたり弁当を作ったりするから話がややこしくなるのだ。
そもそも、何故弁当をつくろうと思ったのか……結賀の思考は理解できない。
「とにかく、オレは諦めないからな。覚悟しとけよ」
「勘弁してくれ……」
仲良くしようと言われてここまで嫌な気分になったのは初めてだ。これなら宣戦布告されたほうがまだマシだ。
友好関係を築こうとしている相手に酷いことは言えない。
リヴィオは助けをスーニャに求める。
「なあスーニャ、お前からもなんか言ってくれ」
「ボクは結賀に賛成」
「え?」
助けを求めたはずなのに敵が増えた。
スーニャはおにぎり片手に高説を垂れる。
「結賀は弁当作ったりしてかなり努力してる。リヴィオはもっと他人の気持ちを考えたほうがいいと思う」
「考えてるだろ」
「どの口が言う……」
スーニャは鼻で笑い、肩をすくめる。
「何でボクがリヴィオと一緒にいたいのか、それすらわからないくせに」
「まともな対戦相手が俺しかいないからだろ」
「ほらやっぱり分かってない」
スーニャは呆れた目でこちらを見、弁当を食べ続ける。
仲間を得た結賀は強気でリヴィオを非難する。
「そうだスーニャの言う通りだ。……そんなんだから葉瑠とも友達止まりなんだよ」
「友達止まり……?」
スーニャは首を傾げる。が、遅れて意味を理解したようで、大声でリヴィオに確認する。
「え、リヴィオ、葉瑠のこと好きなのか!?」
「悪いかよ。つーか知らなかったのかよ……」
公言している訳ではないので知らなくても無理はないが、こうやって改めて確認されるとそれはそれで恥ずかしい。
スーニャは納得行かないようで、頬を膨らませる。
「なんであんなメガネが好きなの? ボクのほうがカワイイし強いじゃん。大体、どこに好きになる要素が……」
リヴィオはスーニャの言葉を遮る。
「おいスーニャ、葉瑠を悪く言うのは止めろよ。あんなに純真無垢でお淑やかな女子、この世の何処を探したっていねーぞ」
リヴィオに便乗し、結賀も話に加わる。
「そうだぞ。葉瑠はなあ、馬鹿正直な上に他人を疑うこと知らねえ天使なんだよ。おまけに頭もいいし記憶力もいい天才だぞ? もっと言うとランナー歴1年にして35位だ。近いうちにお前よりも強くなるだろうな」
リヴィオは結賀に対抗するように葉瑠を褒め続ける。
「そうだそうだ。それになあ、葉瑠は他人には言えないような辛い過去を背負ってんだ。それをはね退けて元気にランナーやってる……健気過ぎて涙が出るわ」
二人の葉瑠に対する想いは止まらない。
「葉瑠は普段こそ地味なカッコしてるが、外行きの服を着た時の可愛さったらないぞ。もしオレが男なら即抱きしめてお持ち帰りだ」
「可愛さで言うならランナースーツ姿も捨てがたいぞ。初々しいというか、何というか、周囲の目を気にして恥ずかしがってる姿を見るだけで心が満たされるわ」
言い終えると二人は深呼吸し、スーニャの頭の上で互いに握手する。
「よくわかってんじゃねーか」
「あたりめーだ」
握手の下、スーニャは究極的に呆れた顔で溜息をついていた。
「実は超仲良しでしょ、二人共……」
図らずも少しだけ分かり合えた気がする。これなら上手く連携できるかもしれない。
少しだけ希望を持てたリヴィオだったが、この間に悲劇が起きていたとは知る由もなかった。
「――こんな所にいましたか」
不意に背後から声が聞こえ、階段に座っていた3名は振り返る。
背後、階段の上には長い黒髪を靡かせているアビゲイルの姿があった。
アビゲイルは背後にいるであろう誰かに手招きをする。
「葉瑠、こちらです」
アビゲイルの背後から現れたのは葉瑠だった。
リヴィオは先程の勢いのまま葉瑠に声を掛ける。
「よう葉瑠、よくここがわかったな」
「……」
いつもなら元気に挨拶してくれるのに、今の葉瑠は口を固く結び、それどころかこちらと目を合わせようともしなかった。
「葉瑠、どうして黙って……あ」
どうして目を合わせてくれないのか、リヴィオには心当たりがあった。
それは、先程の自分の発言に間違いなかった。
葉瑠は階段を降りることなく、吐き捨てるように言う。
「リヴィオくん、私のランナースーツ姿、そんな目で見てたんだ」
葉瑠は体を浅く抱き、軽蔑の目をリヴィオに向ける。
「待て葉瑠、さっきのは勢いで本音が出てきただけで……」
リヴィオは咄嗟に説明したが、全然言い訳になっていなかった。
「やっぱり、本心なんだ……」
葉瑠はアビゲイルの背後に隠れ、静かに続ける。
「私、リヴィオくんがそんな人だとは思ってなかった……」
それだけ言うと葉瑠は踵を返し、きた道を戻っていく。
「ちょっと、待ってくれ!!」
「……」
リヴィオは慌てて立ち上がるも、侮蔑に満ちた葉瑠の目を見て、力が抜けたかのようにその場に崩れ落ちた。
葉瑠は一瞥をくれると一人でその場から離れていった。
葉瑠がいなくなると、アビゲイルから忠告が飛んできた。
「最低ですね、リヴィオ・ミレグラスト。今後葉瑠をいかがわしい目で見たら冗談抜きで目を潰しますので、そのつもりで」
アビゲイルに触発され、結賀とスーニャも非難する。
「自業自得だな、変態め。嫌われて当然だぞ」
「あれだけ嫌われたらもうチャンス無いな。葉瑠のことは諦めたほうがいいな」
(どうしてこうなった……)
女性陣に追い打ちを掛けられながら、リヴィオはこの世の理不尽さに打ちひしがれていた。




