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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 4 漆黒の双刃
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 06 -シンパシー-

 06 -シンパシー-


「なあ葉瑠、一緒に登校しようぜ?」

「……」

「なあってば、聞いてるのか?」

 朝の女子寮、1階共用スペースにて

 ソファに座る葉瑠は背中側から結賀にしつこく誘われていた。

 葉瑠は視線を前に向けたまま、素っ気ない体で結賀に告げる。

「まだ、リヴィオくんと仲直りしてないでしょ」

「う……」

「二人が仲直りするまで私、結賀と話さないから」

「まだ言ってるのかよ……頑固すぎだろ」

 結賀は背もたれを飛び越え、葉瑠の隣に着席する。

 同時に葉瑠は立ち上がり、結賀から離れた。

「頑固なのはそっちでしょ。何で仲直りできないの?」

「仕方ないだろ……人には相性って物があるんだよ」

 ……チーム戦演習が始まってから1週間。

 未だにリヴィオと結賀のペアは訓練で成果を上げられないでいた。

 原因は明らかに二人の不仲であると明確に分かっている。お互いそのことも理解しているだろうに、二人の仲は一向に良くならない。

 葉瑠が怒りを覚えるのも当然だった。

「相性云々で文句を言ってたら、代替戦争で困ったことになるよ」

「困らない困らない。これからの人生でアイツ以上に馬が合わないヤツと出会う気なんてしねーから」

 葉瑠はここで初めて振り返り、結賀を睨む。

 口を開いて何か言いかけるも、ため息混じりに首を左右に振った。

「……もう知らない」

 葉瑠は結賀に背を向け、共用スペースから離れていく。

 結賀は追いすがる。

「なあ、せめて部屋に戻ってこいよ。あれから1週間だぞ? いつまでもこんなんじゃダメだって、葉瑠もわかってるだろ?」

「全然ダメじゃない。むしろアビゲイルさんの部屋のほうが快適かも」

「え、快適……?」

 意外だったのか、結賀は立ち止まり、きょとんとした表情を浮かべていた。

 共用スペースから出ると、アビゲイルが待ち構えていた。

「お待たせしました、葉瑠」

「行こう、アビゲイル」

 葉瑠はアビゲイルと合流し、結賀を無視して玄関へ向かう。

「橘結賀が物欲しげな顔でこちらを見つめいていますが、無視していいのですか」

「いいの。こうでもしないと結賀、ずっとリヴィオくんと和解できそうにないから」

 葉瑠は結賀に聞こえるように言うと、そのまま寮の外へ出て行ってしまった。

「なんだよ……」

 流石にあそこまで言われて葉瑠を追いかける気になれず、結賀は一人項垂れていた。



 午前中の講義が終わり昼休み。

 結賀は食堂の隅で一人で食事をとっていた。

「はあ……」

 今朝のこともあってか、食が進まない。

 葉瑠の言うことが正しいということは分かっているし、自分でもそうすべきだと思っている。だが、リヴィオと仲良くなるなんてまっぴらゴメンだし、想像したくもない。

 結賀は午後からの訓練のことを考える。

「今日も成功せずに終わるんだろうな……」

 溜息しか出てこない。

 この一週間は本当に散々だった。連携は全くうまくできないし、それどころか目標に一撃も与えられていない。

 お互いが邪魔しあい、最悪の結果を招いているのだ。

「またアルフレッドの野郎にグチグチ言われるんだろうなあ……」

 結賀は重い気分を紛らわすべく、昼食のラーメンを啜る。

 麺は既に水分を吸ってぶよぶよになっており、見た目にも美味しそうには見えなかった。

 ぼんやりしながら椀の中身を突いていると、声を掛けられた。

「どうしたの結賀、悩みでもあるの?」

 結賀は顔を上げ、前方を見る。

 そこには小麦色の肌にブロンズの髪が眩しい女性が立っていた。

 結賀は彼女の名を呟く。

「ルーメ教官……」

 ルーメ・アルトリウス……

 彼女はこのスラセラート学園の頂点に君臨する最強のランナーだ。

 ランキングでは1位をキープし、代替戦争のギャラも桁違いに多い。その金額たるや、彼女なくしてこのスラセラート学園は経営できないほどだ。

 戦闘においては主に槍を使っている。メジャーで堅実な武器だが、彼女が使えば必殺必中の武器となる。

 ルーメは手に持っていたトレイをテーブルの上に置き、遅れて結賀に許可を求める。

「隣、いい?」

「勝手にしろよ……」

 結賀はぶっきら棒に応じた。

 答えが分かっていたのか、言葉が終わる頃にはルーメは隣に着席していた。

 結賀は無意識の内に姿勢を正し、恐る恐る隣に目を向ける。

 ルーメの緑の瞳はしっかりとこちらの目を捉えていた。

「……何だよ」

「いや、悩みがあるなら聞いてあげようかなって思っただけよ」

 ルーメはそう言って無邪気に微笑む。その笑顔からは他意は感じられない。純粋にこちらの悩みを聞きたいようだ。

「そりゃどうも」

 結賀は軽く応じ、視線をテーブルに戻した。

 ここまでタメ口で会話している結賀だが、ルーメを目の前にして若干緊張していた。

 彼女の対戦は何度も見ているが、あの容赦無い槍捌き見る度に背筋が凍る。

 緊張しているのは、無意識下で彼女に恐怖に近い感情を抱いているからだろう。

 適当な心理分析をしている間、ルーメはミートパイにフォークを突き刺し、口元に運ぶ作業を繰り返していた。

「みんなの所にいかなくていいの?」

 もごもごと話しかけられ、結賀はルーメを見る。

 ルーメの視線の先、丸テーブルが並ぶエリアにはいつものメンバーが楽しげに食事していた。

 その中にリヴィオの姿を見つけ、結賀は吐き捨てるように言う。

「行かなくていい。リヴィオの野郎と顔合わせたくねーんだよ」

「素直ね……ま、あの有り様じゃ怒るのも無理は無いか……」

 どうやらルーメは私とリヴィオの訓練の様子を知っているようだ。

 ならば、私の気持ちも理解してくれるはず。

 ……そう考えた結賀は強気に続ける。

「だろ? やっぱリヴィオが駄目なんだよ。タイミング全然あわねーし、合わせる気もないみたいだし、大体、何考えてるかわかんねーし……」

 リヴィオは気に入らない野郎だ。

 隙あらば葉瑠に近づこうとするし、武器も何も持っていないのにランキング戦では常に上位だし、私よりも強いのに私よりもヘタレだし……嫌な所を挙げていくときりがない。

 遠くに座るリヴィオを睨んでいると、隣のルーメは「なるほどね」と言って更に続ける。

「上手く連携ができないのはお互いにコンビネーションに対する適性が低いこともあると思うけれど、それに加えて不仲も大きな要因になってるみたいね」

「……言われなくてもわかってる」

 解決策がリヴィオと仲良くなること以外にないなら、解決は一生無理だ。

 ペアが交代されるまで耐え忍ぶ方法を考えたほうがいいかもしれない。

(交代するなら次は誰がいいだろうな……)

 知り合いでFWの訓練生はアビゲイルかアハトの二人だ。

 ぶっちゃけどちらも仲良くはないが、リヴィオに比べるとマシだろう。

 アビゲイルの名が出た所で、ふと結賀は疑問を口にする。

「そういや、どうしてアビゲイルと葉瑠は連携攻撃が上手いんだ? あいつら特に仲が良いわけでもねーのに……」

 葉瑠とアビゲイルは会話こそすれど、一緒に遊んだりする仲ではない。

 孤独に愛されていると言っても過言ではないほど単独行動主義のアビゲイルが他人と上手く連携できるとも思えない。

 結賀の素朴な疑問にルーメは応じる。

「ちょっと勘違いしているみたいだから言っておくけれど、仲が悪くても意思疎通が問題なく行えるのなら別にそれでいいのよ」

「意思疎通……」

「そう。あの二人はどちらとも行動が論理的(ロジカル)だからね。お互いに行動を理解しやすいし、考え方が似通っているぶん、行動を予測しやすいんだと思うわ」

 ルーメの言葉は止まらない。食べかけのミートパイを皿に戻し更に続ける。

「特に葉瑠ちゃんは相手の考えを推し量る技術がずば抜けてるわね。どうやって訓練したのか分からないけれど、葉瑠ちゃんならどんなタイプのランナーともすぐに連携できるでしょうね」

「葉瑠、そんなに凄いのか……」

「凄いわよ。私も、そこら辺のプロランナーと組むくらいなら葉瑠ちゃんを選ぶわ」

 ルーメの賞賛の言葉を聞き、結賀は嬉しいような悔しいような気持ちを抱いていた。

 葉瑠はいい娘だし、私も大好きだ。

 だが、ランナーとして葉瑠よりも劣る面があると言われると、同じランナーとして劣等感を抱かずにはいられない。

 複雑な表情を浮かべる結賀を見かねてか、ルーメはアドバイスを送る。

「結賀、連携攻撃の最大のコツを伝授してあげるわ」

 ルーメは姿勢を正し、体を結賀に向ける。そのまま上半身を寄せ、耳元で囁く。

「思いやりの精神よ」

「思いやり……?」

 ルーメは元の位置に戻り、ブロンズの髪を手櫛で整える。

「相手を理解することが、そして相手にも理解してもらうことがコンビネーション上達への近道よ」

「つまり?」

「試しに少しの間だけリヴィオに優しくしてあげたらどう? 何か分かるかもよ」

「何でオレが……」

 結賀は不満の篭った声で応じ、遠くで食事しているリヴィオを見る。

 リヴィオのことは嫌いだし、話すのも嫌だし、優しくするなんて考えられない。

 だが、このまま連携攻撃が上手くできず笑いものになるのはもっと嫌だ。

 暫く考えた後、結賀は答えを出した。

「……わかった。やってみる」

 やるとなれば色々と準備が必要だ。すぐにでも取り掛かろう。

 結賀は立ち上がり、伸びきったラーメンを片手で持ち、カウンターへ向かう。

「アドバイスありがとな」

「いいのよ、おもしろ……じゃなくて、これが仕事なんだから」

 結賀は怪訝な表情を浮かべたが、そのまま食器返却コーナーへ歩いて行った。

 ……結賀が去ると、入れ替わるように女性がルーメの隣に座った。

「なになに? 今のもしかして人生相談?」

 興味津々にルーメに声を掛けたのはイエローのフワフワした長髪が特徴の校医、リリメリア・ホイスだった。

 好戦的なランナーや油臭いエンジニアが大半を占めるこの学園の中で、色気たっぷりの彼女は特別であり、まさに白衣の女神と呼ぶにふさわしい存在である。

 外見は勿論のこと、その柔らかな声も同性でもときめきを感じさせられるほどの代物だった。

 ルーメは軽く会釈し、質問に答える。

「そんな大層なものじゃありませんよ。単なるアドバイスです」

「へえ……すっかり教官が板についちゃって、この様子だとシンギさんも形無しね」

「そうですね……」

 実際、シンギ教官より上手く訓練できている。

 ……ルーメは現在新入生のうち5名の訓練を任されている。

 昨年度はシンギの出張が急に決まったため、シンギが指名した3名の代理だけで1年生の指導にあたっていたが、今年度からはライセンスを持った教官複数名で万全の体制で訓練を行っているのだ。

 そういう意味では今の2年生には可哀想なことをしたかもしれない。

 ルーメはふとリリメリアのトレイを見る。

 そこにはバジルの葉とガーリックスライスがたっぷりトッピングされたバジリコパスタが盛ってあった。

「あれ、今日はお弁当じゃないんですね」

「ん、今日はちょっと時間がなくて、用意できなかったのよ」

 リリメリアは座ったまま白衣を脱ぎ椅子の背もたれに掛ける。その後腕まくりし、フォークを手に持った。

「いつもお弁当美味しそうですけど、自分で作ってるんです?」

「ううん、作ってもらってる。私の姉、コックさんだから凄く美味しいのよ」

「知ってます知ってます。この前宏人と一緒に食べに行きましたから」

「そうだったわね……」

 リリメリアはその時の事を思い出したのか、苦い表情を浮かべた。

 あの時、ちょうどリリメリアは店の手伝いをしており、ウェイトレス姿は見ものだった。

 リリメリアはフォークにくるくると麺を絡ませ、口に運ぶ。

「ところでルーメ、折り入って相談があるのだけれど」

 ルーメもミートパイを食べながら応じる。

「なんですか?」

 リリメリアは口元を手で隠してパスタを飲み込み、質問を口にした。

「シンギさんの場所、知らないかしら?」

「URの捜索に出かけたと聞いていますけれど……」

 ルーメはそうとしか答えられなかった。

 ……そう言えばあれから全く何も聞いていない。

 宏人とカヤを連れて行ったと聞いた時は人選に驚いたが……うまくいってないのだろうか。

「それなりに難航しているんじゃないですか?」

 リリメリアはフォークを置き、首を左右に振る。

「連絡が取れないことは何度もあったけれど、これだけ長い期間音信不通なのは初めてなのよ。だから心配で仕方なくて……」

「そうですね。愛するシンギ教官の身に何かあったら大変ですもんね」

「そう、もしシンギが大怪我をするようなことがあったら……って、誤解を招くような言い方はやめてくれない?」

 リリメリアは焦った様子でルーメの発言に抗議する。

 白衣の女神らしからぬ(うぶ)な反応を見て、ルーメの言葉はエスカレートする。

「愛してるのは間違ってないでしょ? シンギ教官にはセルカ理事長がいるのに、いい加減諦めたらどうなんです」

「一方通行でもいいの。シンギは私の命の恩人なんだから……」

 リリメリアは既に自分の世界に入ったようで、フォークの持ち手を指先でなぞりながらうっとりした表情を浮かべていた。

 シンギ教官の事になるとリリメリアさんですらこの状態だ。

 恋仲のセルカ理事長は一体どうなっているのだろうか……

「……やめとこ」

 ルーメは思考を放棄し、昼食に集中することにした。

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