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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 4 漆黒の双刃
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 05 -相性-


 05 -相性-


 現代において、アンドロイドという存在は“特別”ではあるが“特異”な存在ではない。

 テレビ番組や大きなイベントなどのエンターテイメント産業では普通に目にするし、消防や建築現場や極地作業などでも大活躍している。

 福祉の面から見ても、老人ホームやカウンセリングを始め、家事手伝いサービスなど、人間よりアンドロイドの方が成果を上げている分野も多くある。

 中でも特に成果が期待されているのは宇宙開発だ。

 彼らに宇宙服は必要なく、危険な作業も単調な作業も文句なく熟す。

 閉塞空間の中ではコミュニケーションを取れる存在でもあり、クルーの精神衛生の安定にも役立つ。

 コスト的な問題から大半は法人や団体が所有しているが、コストを気にしないお金持ち連中はアンドロイドを家政婦、あるいはペットとして所有していることも珍しくはない。

 身近なようで遠い存在……

 そんなアンドロイドと一緒に1年以上学生生活を共にしていたなんて、何だか変な気分だ。

 アビゲイルはアビゲイルに変わりないが、正体を知ってしまうと何だか彼女に対する態度も変わってしまいそうで恐い。

 だが、彼女がガイノイドで納得できる部分があるのも事実だった。

「はあ、夢だったらなあ……」

「何寝ぼけてんだよ葉瑠、さっさとペア見つけねーとあぶれちまうぞ」

 不意に結賀に注意され、葉瑠はぼんやりとしていた頭を働かせる。

 時刻は午後の1時。場所はトレーニングルーム。

 今日は第二回目のチーム戦演習だ。

 アルフレッド教官の話ではFWとMFでペアを組んで連携攻撃の練習を行うはずだ。

 てっきり向こうがペアを勝手に決めるかと思っていたが、自由にペアを組んでもいいみたいだ。

 室内ではDFの訓練生以外は立ち、ペアを求めて歩き彷徨っていた。

 結賀は私と同じくMFなので、ペアを組む相手はFWのランナーになるわけだが、リヴィオくんやアハトくんはお気に召さなかったようで、見知らぬ訓練生と何やら話し込んでいた。

(誰と組むのがいいでしょうか……)

 葉瑠は眼鏡の位置を中指で調節し、色々と考える。

 私の選択肢は多くない……と言うか一人しかいない。

 ぶっちゃけるとリヴィオくん以外に考えられない。

 一番仲がいいのは結賀で、その次に仲がいいのがリヴィオくんだからだ。

 リヴィオくんは私の癖をよく知ってるし、私もリヴィオくんの癖を十分把握している。

 ダイヤモンドヘッドの事件の時には同じ機体を二人で操作し、見事にURを撃退した。あの時は自分でも驚くくらい息がピッタリあっていた。

 リヴィオくんとなら連携攻撃もうまくいくに決まっている。

 葉瑠はリヴィオの姿を探すべく席を離れる。

 リヴィオも同じことを考えていたようで、間もなく葉瑠に近寄ってきた。

 リヴィオは葉瑠に必要以上に接近せず、咳払いした後話し始める。

「なあ葉瑠、ペア決まってないんなら俺と一緒に……」

「――待ってください」

 凛とした声で言葉を遮ったのはアビゲイルだった。

 アビゲイルはリヴィオと葉瑠の間に割って入り、葉瑠にペアを申し込む。

「葉瑠は私と組むと昨日約束してくれました。リヴィオ、貴方は他の訓練生とペアを組んでください」

 強引な誘いに流石の葉瑠も不満を漏らす。

「ちょっとアビゲイルさん、私はリヴィオくんと組むつもりで……」

「葉瑠、約束しましたよね?」

「約束……」

 葉瑠は昨日のアビゲイルの部屋での一件を思い出す。

 あの時アビゲイルは葉瑠に対し「なるべく行動を共にする」と約束した。

 実際、朝も一緒に登校したし、昼食も共にした。訓練中に別ペアになるくらい問題無いと思っていたのだが、アビゲイルはそう思っていないようだ。

 ここで揉めてアビゲイルに本名をばらされたくはない。

 葉瑠は諦めて従うことにした。

「……リヴィオくんごめん。誘ってくれて嬉しいけれど、私、アビゲイルさんと約束してるから……」

「そんな……せっかくのチャンスが……」

 リヴィオはこの世の終わりに面したかの如くひどく落ち込んでいた。

 葉瑠も残念に思っていたが、そもそもこの訓練は不特定のランナーとの連携攻撃を成功させるための訓練なのだし、上達のためにはアビゲイルと組んだ方がいいかもしれない、とすぐに開き直った。

「何をグズグズしているんだ。早く組みたまえ」

 アルフレッドの声が響く。

 声に反応し、訓練生たちは無駄話を止めてペアを成立させていく。

 一組、また一組とペアが決まり、次々とその場に座っていく。

 数十秒ほどでほぼ全てのペアが決まり、立っているのは二人だけになってしまった。

 その二人は……結賀とリヴィオだった。

「げ……結賀……」

「クソ、何でお前なんだよリヴィオ……」

 二人はお互いの顔を見て、同じように顰め面を浮かべる。

 結賀はどうしても納得出来ないのか、アビゲイルの元まで駆け寄り、交渉し始める。

「なあアビゲイル、葉瑠じゃなくてオレと組まねーか?」

「仮に私と結賀がペアになったとしましょう。すると自動的に葉瑠とリヴィオがペアになりますが……」

「やっぱいい。リヴィオで我慢するしかねーか……」

 結賀は即答し、踵を返す。

 理由は不明だが、どうしても結賀はリヴィオくんを私に近づけたくないようだ。

 結賀とリヴィオは嫌々ながらも隣同士で座り、全員ペアが成立した。

「やっと決まったようだな」

 アルフレッド教官は手を叩き、次へ進む。

「では、FWとMFはシミュレーションマシンに移動だ」

 短い指示の後、訓練生たちは筐体へと向かう。

 ここでクローデルくんがアルフレッド教官に質問を投げかけた。

「あの……DFは何をすれば……?」

「そのまま待機だ」

「待機って……俺達も訓練を」

「甘ったれるなあァァ!!」

「ひい!?」

 アルフレッド教官に一喝され、クローデルは縮こまる。

「DFの訓練はエネオラ君に一任してある。指示があるまで大人しくしていたまえ」

「……」

 そう言えばエネオラ先輩は何処だろうか。授業開始から全く姿を見かけない。

 エネオラの姿を探していると、入り口から声が響いた。

「……ごめんごめん、遅れてごめんね」

 ……噂をすればなんとやらである。

 タイミングを見計らったかのようにトレーニングルームに現れたのはエネオラだった。

 教官服は乱れ、髪型も整っていない。見るからに遅刻だった。

 クローデルは不平不満をエネオラにぶつける。

「一応聞きますけれど、どうして遅れたんですかエネオラ教官」

「寝坊……えへ」

 悪びれる様子もなく笑うエネオラに、教官と訓練生という立場も忘れてクローデルはきつく突っ込む。

「寝坊って、もう午後ですけど?」

「はいはい、ごめんって言ってるでしょ。それ以上文句言うと減点するよ」

 流石のエネオラも年下に詰られて不愉快だったのか、強引に話を終わらせた。

「横暴な……」

 クローデルは納得いかない様子だったが、大人しく引き下がった。

 何だか私からエネオラ先輩の不始末を謝りたい気分だ。

 アルフレッド教官はエネオラを咎めるでもなく確認する。

「エネオラ君、DF組を任せて大丈夫なのだな?」

「はい。これから演習場に出て実戦に近い形で訓練します」

「よろしい。くれぐれも事故には気をつけるように」

「わかってますって」

 エネオラ先輩は軽く返事すると、DF組5名を引き連れてトレーニングルームから去っていった。

(大丈夫かなあエネオラ先輩……)

 誰でもいいからサポーターを付けたほうがいいんじゃないだろうか。

 そんなことを考えつつ、葉瑠は改めて筐体へと身を滑り込ませる。

 すぐにシミュレーションが開始された。

「では、基礎……は飛ばして、応用……も無視して、発展から行こう」

(だいぶ飛ばすなあ……)

 葉瑠はシート位置の調整をし、眼鏡を外して胸ポケットに入れ、HMDを被る。

 仮想空間が視界いっぱいに広がり、隣に僚機の姿を……アビゲイル機の姿を確認できた。

「君たちが思っている以上に君たちにはセンスが有る。このくらいの教練プログラムは簡単に熟してくれると確信している」

 無責任にも聞こえるが、好意的に捉えると心強い言葉だ。

 この言葉の後すぐに敵が正面に出現し、葉瑠とアビゲイルはプログラムの指示に従い、敵機を撃破することにした。



 ……2時間後。

 ようやく訓練が終わり、葉瑠は筐体から出るとボトルを手に取り、喉を鳴らしながら冷たいドリンクを胃に流し込む。

 ボトルの半分ほどを一気に飲み終えると、正面にアビゲイルが出現していた。

「お疲れ様でした、葉瑠」

「お疲れさま、アビゲイル」

 長時間に及ぶ訓練にもかかわらず、アビゲイルは汗一つ掻いておらず、涼しげな表情を浮かべていた。

 結果から言うと、課題は全てクリアできた。

 アビゲイルが相手とあって連携に手間取るかと思いきや、思った以上にスムーズに連携が取れ、葉瑠は不思議な感覚を得ていた。

 阿吽の呼吸というのだろうか。

 アビゲイルさんは私のイメージ通りに動いてくれたし、お陰で私も変に気を遣うことなく攻撃に専念できた。

 アビゲイルさんが私にレベルを合わせてくれたのか、それとも私の操作技術がアビゲイルさんに匹敵するほど上達しているのか……

 どちらにせよ、上手く行ったのだから大満足だ。

「――葉瑠君とアビゲイル君は息がピッタリだったな」

 二人で筐体の陰で一休みしていると、低い声と共に金属のマスクがひょっこりと顔を覗かせた。

「うわ、アルフレッド教官……」

 急に現れた事もあり、思わず葉瑠はアルフレッドから距離をとってしまう。

 アビゲイルは動じることなくアルフレッドの賞賛の言葉に応じていた。

「ありがとうございます。正直私達も上手く連携できすぎて驚いているところです」

 アルフレッドはマスクの額部分を指先で押さえ、小さく頷く。

「うむ。初めての連携であの課題を全てクリアできるとは……正直、今後の訓練も必要ないくらいだな」

「それは褒めすぎです。まだまだ改善の余地はありそうですので、今後はもっと連携を最適化させていくつもりです」

「全く君は向上心の塊だな。教官冥利に尽きる」

 満足気な反応を見せたアルフレッドだったが、何かを思い出したのか、すぐに呆れたふうに溜息をついた。

「それに比べて結賀君とリヴィオ君は……はあ……」

「結賀がどうかしたんですか?」

 葉瑠が質問すると、アルフレッドはトレーニングルームの中央部分を指さした。

「優秀な君らと違って、彼らは結局一つも課題をクリアできなかったのだよ。それだけならまだしも、訓練を途中で放棄してずっと口喧嘩を続けている……ここまで相性が最悪なランナーは初めて見るかもしれないな」

 アルフレッドが指さした先、結賀とリヴィオがお互いに至近距離で睨み合っていた。

「ふざけんじゃねーよ!! オレが前に出たら下がれよ!!」

「ハァ? お前こそ何言ってんだ。お前はMFなんだから、FWの俺が前に出るのは当たり前だろ」

「当たり前? お前の勝手な思い込みを正論みたく言うなよ」

 二人は激しく言い合っていた。

 これでは連携の訓練以前の問題である。

 周囲の訓練生も迷惑しているだろうし、さっさと二人を止めよう。

 葉瑠は先陣を切って二人に歩み寄る。すると葉瑠の存在に気づいた結賀が近づいてきた。

「なあ葉瑠聞いてくれよ、あいつ全然協調性が無くてよ……」

 結賀に遅れてリヴィオも葉瑠のもとに駆け寄る。

「協調性が無いのはお前のほうだろ結賀。我儘ばっか言ってねーでちょっとは協力しろよ」

「協力? 冗談よせよ。お前とじゃいくらやってもうまくできないんだよ」

 二人は葉瑠を挟んで頭上で言い合いを再開する。

「おい結賀、俺が駄目だから失敗してるような言い方してんじゃねーよ」

「事実だろうが。こんな有り様じゃ、一人でやったほうがよっぽどいいな」

「できるもんならやってみろよ。俺に一撃も入れられないお前が一人で頑張った所で、結果は目に見えてるけどな」

「何だとリヴィオ、テメー……」

 結賀はリヴィオの胸ぐらを掴むべく手を伸ばす。

 しかし、その手を遮ったのは葉瑠の静かな一言だった。

「二人共、いい加減にしなよ」

 普段物静かな葉瑠からは想像できない声に、結賀もリヴィオも動きを止める。

「葉瑠……?」

「葉瑠、さん……?」

 全員が見守る中、葉瑠は日頃の不満をぶちまけるかの如く二人に説教し始める。

「そうやっていつも喧嘩ばっかり。みんなにも迷惑かけて恥ずかしくないの?」

 葉瑠は結賀とリヴィオを交互に指さし、腕をぶんぶん振り、床を何度も蹴りつける。

「休み時間ならまだしも、訓練中まで喧嘩するなんて……常識的に考えてあり得ない。二人共もう大人なんだから、お互いに引くことを覚えなさい!!」

「お、おう……」

「はい……」

 結賀とリヴィオは葉瑠の迫力に完全に負けていた。

 それでも葉瑠の怒りは収まらない。続いてとんでもないことを宣言した。

「二人共、次喧嘩したら……絶交だからね」

 はっきりとした声で告げると、葉瑠は踵を返し、鼻息荒くイカリ肩でトレーニングルームを後にした。

 強気な葉瑠に圧倒されていた結賀だったが、すぐに事の重大さに気付き、慌てて後を追う。

「……ちょっ、待てよ葉瑠!!」

 結賀はすぐに行動したが、リヴィオはショックのあまりか、出口を呆然と見たまま突っ立っていた。

 そんなリヴィオを見かねたのか、例の男子3人組はリヴィオを囲み、肩を叩いたり同情するように頷いたりと、慰めていた。

 男子の友情とはかくも素晴らしいものである。

 そんな様子を遠目に、アルフレッドはアビゲイルに話しかける。

「葉瑠君はキレると恐いのだな」

「はい、私も入学日にあのような感じで勝負を申し込まれ、負けてしまいました」

「そんなこともあったな」

 ……過去を懐かしんでいる暇はない。

 アビゲイルは葉瑠の後を追うべくゆっくりと歩き始める。

「ではアルフレッド教官、私はこれで失礼します」

 アルフレッドはアビゲイルの意図を察してか、特に引き止めること無くあっさりと別れを告げる。

「ああ、明日また会おう」

 アルフレッドの返答を聞いた後、アビゲイルは遅れを取り戻すべく走りだした。



「……やはりここにいましたか」

 トレーニングルームを出てから1時間後

 アビゲイルは女子寮の自室に戻っていた。

 散らかった自室の中、部屋の中央のクッションにはメガネ姿の華奢な少女、川上葉瑠の姿があった。

 カーテンは閉められ、室内は暗い。空調機は正常に稼働しており、室内を快適な温度に保っている。

 昼間の陰の中は心地が良いようで、葉瑠は背中を丸め、深く首を傾げて船を漕いでいた。

 起こすことに若干の罪悪感を覚えつつ、アビゲイルは葉瑠に声を掛ける。

「起きていますか、葉瑠」

 アビゲイルの声に反応し、葉瑠は背筋を伸ばす。

 そして、寝ぼけた顔でアビゲイルに応じた。

「ごめん、勝手にお邪魔しちゃって……」

「まあ、あなたの部屋には橘結賀がいるわけですから、ここに来るしか無いと予想していました」

「あはは、お見通しかあ……」

 アビゲイルは後ろ手でドアを閉め、室内に足を踏み入れる。

 そして、迷うこと無く葉瑠の正面に正座した。

 勢い良く座ったせいか、長い黒髪がふわりと広がる。

 アビゲイルは髪を手櫛で整え、改めて葉瑠に話しかける。

「その様子ですと、発言を後悔しているようですね」

「うん、ちょっと言い過ぎたかも」

 葉瑠は足を崩し、えへへと気まずそうに笑う。

 表情に後悔の色が濃く反映されており、アビゲイルはすかさずフォローに入る。

「言い過ぎではありません。私も、橘結賀とリヴィオ・ミレグラストの下らない意地の張り合いには辟易していたところです。葉瑠の言動は正しかったですし、責められるものでは無いと思います」

「そう言ってくれるとありがたいよ……」

 口ではそう言いつつ、葉瑠はため息混じりにベッドにもたれかかる。

「でも、気まずいなあ……どうやって結賀に謝ろう」

「気まずいようでしたら、しばらくの間こちらの部屋で寝泊まりしてはいかがです」

「いいの?」

「てっきりそのつもりで私の部屋に来たものかと思っていたのですが。……宿泊に関しては女子寮内ですし、全く問題無いと思います」

 葉瑠は少しの間悩んでいたようだったが、眠気のせいで考えるのが面倒になったのか、アビゲイルの案を受け入れた。

「じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 葉瑠は早速ベッドの上に這い上がり、眼鏡を外して枕に顔を埋める。

「葉瑠、とても眠そうに見えますが。寝不足ですか」

「うん……昨晩は瑞月さんが残してくれたガイノイドのマニュアルをずっと読んでたし、今日は今日で連携攻撃とか慣れない事をやったから……ふああ……」

 葉瑠は大きなあくびをかます。既に呂律も怪しくなっていた。

 アビゲイルはタオルケットを葉瑠に掛け、耳元で囁く。

「しばらく仮眠をとるといいでしょう」

 葉瑠は何かを思い出したのか、目をこすりながら顔をあげる。

「あ……ダメだ。エネオラ先輩に勉強を教えてあげないと……」

 葉瑠は体に力を入れ、起き上がろうとする。しかし、アビゲイルにやんわりと肩を押さえられ、ベッドから動くことができなかった。

「その程度の用事でしたら私が代わってあげましょう。葉瑠には休息が必要です」

「でも……」

 葉瑠は反論しようとしたが、“でも”と言ったまま言葉が続かず、そのまま夢の世界へ行ってしまった。

 アビゲイルは葉瑠が寝息を立て始めたのを確認すると、葉瑠の用事を済ませるべく部屋を出て行った。



 メインフロートユニットの最上層、高層ホテルの最上階テラスのレストラン

 綺麗な夜景の中、葉瑠は宏人に告白していた。

「宏人さん、愛してます!!」

 葉瑠は何故か橙のイブニングドレスに身を包んでおり、宏人もテールコートを着用していた。

「ありがとう葉瑠ちゃん。でもごめんね、僕には好きな人がいるんだ」

 宏人は視線を横に向ける。

 いつの間にか宏人の隣に少女が立っていた。

「わたしでーす」

 人差し指を頬にあてがい、可愛さをアピールしていたのは金髪緑眼の少女、カヤだった。

「あれ? 宏人さんが好きなのはルーメ教官じゃ……」

「僕は強い女の子が好きなんだ。年齢は関係ないよ」

「いや、でも、流石にカヤちゃんはちょっと……」

 反論する葉瑠を無視し、宏人とカヤは腕を組んで去っていく。

「そういうことだから、そろそろ僕たちは行くね」

「ばいばーい」

 葉瑠も追いかけようとしたが、いくら走っても距離が縮まらない。

「待って宏人さん、待って……」

 追えども追えども背中は遠くなり、とうとう二人の姿が見えなくなる。

 思わず葉瑠は叫ぶ。

「宏人さん!!」

 叫ぶと同時に葉瑠はその場で飛び起きた。

 周囲を見る。

 葉瑠はレストランではなく、アビゲイルの部屋の中にいた。

「……宏人さんは!?」

「川上宏人がどうかしましたか」

 ベッド脇、アビゲイルが正座で待機していた。

「あれ、さっきのは……夢?」

「間違いなく夢でしょうね」

 アビゲイルは葉瑠が起きたのを確認すると、ベッドから離れ椅子に腰を下ろす。

「うなされていましたが、悪夢でしたか? 話すと気が紛れるかもしれませんよ」

「いや、いい……」

「それならいいのです」

 葉瑠は身体にだるさを覚えつつベッドから起き、時計を見る。

 時刻は夜の8時、本格的に眠っていたみたいだ。

「こちら、少し遅いですが夕食です」

 アビゲイルはデスクの上に置いてあった紙袋を葉瑠に渡す。

 葉瑠は受け取り、早速中を見る。

 中には葉瑠の大好物、トマトサンドが入っていた。

「そしてこちらはエネオラ・L・スミスに頂いたお菓子です」

 続いて葉瑠は小さな缶箱を受け取る。

 箱にはクッキーという文字がでかでかとプリントされていた。

 脇には付箋が張っており、“エネオラより”とだけ書かれていた。

「もしかしてアビゲイル、本当に私の代わりに……?」

「はい。エネオラ・L・スミスにVFエンジニアリングのレクチャーを行ってきました」

 まさか本当に代理で行ってくれるとは思っていなかった。

「ありがと……」

 葉瑠は小さくお礼を言い、紙袋からトマトサンドを取り出す。

 トマトサンドはまだ温かく、バンズも柔らかかった。

 早速齧り付こうとすると、アビゲイルが別件で話しかけてきた。

「この場を借りて葉瑠に謝罪します」

「急にどうしたの?」

 葉瑠は口元に持っていったトマトサンドを一旦膝の上に置く。

「いえ、構わず食事してください」

 アビゲイルに許可され、葉瑠は遠慮なくトマトサンドを齧る。

 甘酸っぱいトマトの味を舌全体で味わいつつ、葉瑠はアビゲイルの話に耳を傾ける。

「……入学試験の日、私は貴女に暴力を振るってしまいました」

(そんなこともあったなあ……)

 入学試験後の更衣室、二人きりになった時に腕の関節を決められてしまった。

 結賀が助けに入ってくれたお陰で事なきを得たが、あの時のアビゲイルさんは結構怖かった。

「そう言えば聞けずじまいだったけれど……あんなことした理由、教えてもらっていい?」

 アビゲイルは頷く。

「はい。私はあのシンギ・テイルマイトからヒットを奪った貴女に恐怖を覚えていたのです。ランナーとしては素人レベル同然だった貴女が、策を講じてシンギ・テイルマイトに弾を命中させた……。もし貴女が……更木正志の娘である貴女がこの学園で実力をつけたら間違いなく脅威になる。そう思考してしまったのです」

 大袈裟な理由に、葉瑠は吹き出してしまう。

「やだなあ、私が脅威だなんて……それに、シンギ教官に命中させられたのはまぐれだよ」

「いえ、葉瑠が思っている以上に、葉瑠のランナーとしての潜在能力は高いレベルにあります。……全く、貴女が敵でなくてよかった」

「やめてよ、照れるなあ」

 ここまでヨイショされると恥ずかしい。

 赤面した顔を隠すべく、葉瑠は話題を変える。

「そう言えば、自己紹介の時も“学園を支配する”とか何とか言ってたよね?」

「あれは私の個人的な願望です。強くなりたい、最強を目指したいというのは至極まっとうな願望だと思うのですが」

「それにしたってあれは言いすぎだよ……」

「そうでしたか? 今後は気をつけることにします」

 アビゲイルは何故咎められたか理解できないようで、不可解な表情を浮かべていた。

 その微妙な顔が可笑しく思え、葉瑠は笑ってしまった。

「ふふ……なんか変な感じ」

「……と、言いますと?」

 アビゲイルは興味があるようで、ずずいと葉瑠に体を近づける。

 葉瑠はアビゲイルの赤い瞳を見つめながら考えを打ち明ける。

「アビゲイルがガイノイドだって知ってから、前より親近感を感じてる気がする」

「親近感ですか……」

 アビゲイルは逡巡した後、葉瑠の言葉に応じる。

「瑞月もそんなことを言っていました。アンドロイドとのコミュニケーションに安堵感を覚える人は多い、と」

「そうなんだ」

 葉瑠はそういう意味で言ったわけでは無かったのだが、改めて言い直すのも恥ずかしく、そのまま会話を続ける。

「……瑞月さん、早く帰ってくるといいね」

「全くです。何処で何をしているのやら」

 アビゲイルは無表情のまま溜息をつき、椅子に座り直す。

「そちらこそ、川上宏人の早期帰還を願っています。何せ、夢に出てくるほどですから」

「誰にも言わないでよ、恥ずかしいから……」

「もちろんです。……それでは、明神とリンクして本日分のデータを整理します。おやすみなさい」

 脈略もなくそう告げると、アビゲイルは目を閉じて座ったまま動かなくなった。

「……アビゲイル?」

 葉瑠はアビゲイルに近寄る。

 間近で彼女を見て、葉瑠は改めてその完成度の高さに驚かされていた。

 特に顔が凄い。無表情のままでも彼女自身の内心が反映しているような、そんな造形だった。

 葉瑠は自然と手を伸ばし、耳元から顎にかけ、フェイスラインをさらりと撫でる。

「うわ、ひんやりしてる……」

 やっぱり何だかんだ言って機械だ。熱暴走対策のため冷却装置も完備しているらしい。

 さながら天然のクーラーである。

 手のひらから伝わる冷たさを享受していると、不意にアビゲイルの目が開いた。

「葉瑠……」

 その三白眼には呆れの色が濃く反映されていた。

 葉瑠は慌てて手を離す。

「ごめん、そうだよね、今外部刺激を与えるとエラーを吐き出しかねないもんね」

「そういうことです」

 アビゲイルはそれだけ告げると再び目を閉じた。

 葉瑠はベッドに戻り、携帯端末を右手に構える。

「マニュアル、頑張って読破しようかな……」

 今後のためにもアビゲイルさんの体は隅から隅まで把握しておこう。

 葉瑠はトマトサンドを食べつつ、マニュアルに目を通しておくことにした。

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