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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 4 漆黒の双刃
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 04 -バックアップ-


 4 -バックアップ-


 南シナ海北部

 中国の南側に突き出している半島、『海南島』

 九州ほどの面積を有するこの島はつい数十年前までは自然を活かした観光地として有名だった。

 しかし、本国の経済不振により補助金が減り、たちまち観光業が立ち行かなくなり、現在は衰退の一途を辿っている。

 観光客数はもちろん人口も減少し続けており、現在の主な産業は農業や鉱業などの第一次産業で占められている。

 ただ、自然は相変わらず魅力的であり、別荘や高級リゾートを利用できる一部の金持ちが島内でバカンスを楽しんでいた。

 彼らの殆どが南端に位置するビーチで過ごしている。

 南には距離の長い人工砂浜や、そこそこ標高のある自然公園もあれば、広大なゴルフコースもある。

 それらに関連する施設も当然のごとく南に集中しており、そのため南端に観光客が集中しているというわけである。

 そんな南端に位置するリゾートホテル、その中でも選ばれた者しか宿泊できないVIPルームの暗い寝室にて。

 一組の若い男女がベッドの上で互いの顔を見つめていた。

 寝室は広く、ベッドも天蓋付きで豪華な装飾が施されている。

 サラサラのシーツの上では肌着姿の女が仰向けに寝ていて、男はベッドに腰掛けて女の頬を撫でていた。

 一見すれば男女の甘い一時に見えなくもない。が、女はひどく憔悴していた。

 栗色の髪に広いおでこが特徴の女性……溜緒瑞月はやつれた声で男に告げる。

「触らないで……この、変態……」

「変態だなんて、心外だなあ」

 笑いながら言い返したのは七三分けの髪型に、清潔感漂う端正な顔立ちの男……川上宏人だった。

 宏人は爽やかな笑顔を浮かべつつ、瑞月の頬を撫で続ける。

「飲まず食わずで8日間……そろそろ君も限界だろう? セブンのバックアップ端末の場所を教えてくれれば、すぐにでも温かい食事を用意してあげるよ」

「舐めないで……この程度じゃ喋らないわよ」

「頑張るなあ、僕なら2日と経たずに喋ってるよ」

「この……根性なしの腐れ野郎……」

「ダメだよ瑞月さん、かわいい女性がそんな汚い言葉を使っちゃ」

 宏人は手のひらで瑞月の口を塞ぐ。瑞月はその手に噛み付いて反抗の意思を示した。が、顎に力が入らないようで、歯型をつけることすらできなかった。

「汚い言葉を使ったのはこの口かな?」

 宏人は瑞月の口を抉じ開け、指を三本突っ込む。

 指は容易に舌根に達し、瑞月は苦悶の表情を浮かべる。しかし、抵抗する体力が残っておらず、どうすることもできなかった。

 宏人は数秒ほど瑞月のもだえ苦しむ姿を眺めた後、ゆっくりと指を引き抜く。

 瑞月は口を開けたまま弱々しく咳き込み、嗚咽を漏らしていた。

「可哀想に……セブンと関わったばっかりにこんな目に合うなんて……」

 宏人は優しい言葉を掛け、瑞月の口元をタオルで拭う。

 その間も、瑞月は反抗的な目で宏人を睨んでいた。

(困ったなあ……)

 ……宏人が瑞月を拉致してから2ヶ月が経った。

 宏人はURアンクリアレッドという組織のリーダーであり、セブンを破壊するべく行動している。

 セブンの破壊自体は容易なのだが、問題がある。

 それはバックアップ端末の存在だった。

 バックアップがある限りセブンを破壊することは適わず、イタチごっこになることは目に見えている。

 長引けば大国が介入してくるのは必至であり、事態は複雑化する。

 セブンを追い詰めていたつもりが、後ろから不意打ちを受けて壊滅……ということもありうる。

 セブンは一度で破壊しなければならないし、そのためには石橋を叩いて渡る覚悟で取り組まねばならない。

 ……本題に戻ろう。

 今回拉致した溜緒瑞月はセブンのバックアップ端末の場所を知る唯一の人間だ。

 彼女から情報を聞き出してバックアップ端末を破壊、その後間を開けずに人工衛星明神ごとセブンを破壊すればミッションは完了だ。

 つまり、彼女から情報を聞き出すことがセブン破壊の第一関門であり、世界に秩序をもたらすための第一歩なのだ。

 彼女を拉致してから2ヶ月。今のところセブンに発見された気配はない。

 海上都市から離脱後すぐにこの海南島に身を潜め、それ以降一度もこの施設から外には出ていない。中国政府の息がかかっているので情報は絶対にもれないし、こちらから何もしなければ発見されないはずだ。

 瑞月の口元を拭き終えると、宏人はベッド脇の椅子に腰を下ろした。

「はあ……そんなに意固地になることはないじゃないか。そこまでしてセブンを守りたいのかい? これ以上我慢しても辛いだけだし、さっさと教えてくれないかな」

「……中途半端な男ね」

 瑞月はしゃがれた声で告げると、重い体に鞭打って寝返りをうつ。

 そして、ベッドに腕をつき、体を震わせながらも上半身を起こした。

「そんなに話して欲しければ拷問でも何でもしなさいよ。爪を剥がされても、骨を折られても、目を潰されても、私は絶対に喋らないわ」

「……」

 初めて見た時から思っていたが、彼女は芯の強い人だ。

 2ヶ月間ずっと弱音を吐くことなく僕に対して敵意を剥き出しにしている。

 普通の女の子なら拉致された時点で泣いて助けを乞うている。そうでなくとも、常に優しく接している僕に心を許しているはずだ。

 瑞月のことを甘く見すぎていた事を反省しつつ、宏人は首を横にふる。

「拷問なんて前時代的なこと、するわけないじゃないか」

「それが中途半端だって言ってるのよ……」

 力が入らなくなったのか、瑞月はベッドにうつ伏せに倒れこんだ。

 宏人は慌ててベッドに駆け寄り、手首を掴んで脈を取る。脈はあったが弱々しい。

 そろそろ流動食を与えよう。

 そんなことを考えていると、寝室に少女が入ってきた。

「宏人、例のもの持ってきたよー」

 小型のアタッシュケースを携えてきたのはウェーブのかかったブロンドショートにエメラルドグリーンの瞳を持つ少女、カヤ・クレメントだった。

「早いね……もう少し自力で何とかしようと思っていたけれど、瑞月さんの決意も固いようだし、これに頼るしかないね」

 宏人はカヤからケースを受け取り、中身を確認する。

 中には注射器とアンプルが入っていた。

 宏人はアンプルを取り出し、まじまじと観察する。

「カヤちゃん、これ、使っても本当に大丈夫なんだよね?」

「だいじょぶだって、成分も分量もあの女に合わせて調合してもらったから、後遺症は絶対残らないと思うよー」

「うん、それを聞いて安心したよ」

 二人の会話に瑞月は反応を示す。

「調合……後遺症……まさかそれって……」

「自白剤だよ」

 宏人はアンプルの先を折り、中身を注射器で吸い上げていく。

「ごめんね、でも、話してくれない君も悪いんだよ?」

 全て吸い上げるとアンプルをゴミ箱に投げ入れ、宏人は瑞月の腕を引き寄せる。

「チクっとするよ」

「やめ……ん……」

 腕に自白剤を注射すると、途端に瑞月は大人しくなり体からも力が抜けた。

 表情も虚ろになり、薬が効いているのが一目見て分かった。

「じゃあわたしは外にいるねー」

 カヤは回れ右して寝室から出ようとする。

「あれ、見ていかないのかい?」

 カヤは足を止め、その場でくるりと半回転する。

「その人、バックアップ端末のこと以外にも色々と秘密を知ってそうだからねー。……余計なこと耳にして厄介を背負い込みたくないし」

「さすが、カヤちゃんはプロだね」

 宏人の褒め言葉を鼻で笑い、カヤは再度宏人に背を向ける。

 カヤが退室したのを確認し、宏人は気合を入れなおす。

「さて、早めに終わらせようかな」

 宏人は瑞月の頬をぺちぺち叩き、早速質問を始めることにした。



 1時間後

 質問を終えた宏人は寝室から出てきた。

 カヤは小型ゲーム機を投げ捨て、ソファから飛び起きて宏人の元へダッシュで近づく。「自白剤、効いたー?」

「ああ、おかげで有益な情報を手に入れることができたよ。ありがとう」

「お礼なんていいよ。わたしにかかればあんなものくらい余裕で調達できるしー」

「……用意できるのならさっさと用意すればよかっただろう」

 会話に割り込んできたのはロングコートに身を包んだ長身の男、ジェイク・サイシードだった。

「お前のせいで(あるじ)は2ヶ月も貴重な時間を浪費してしまった。どう責任を取るつもりだこのガキめ」

 面長で猫背気味の彼は腕利きの傭兵で、VFランナーとしてもかなり強い。そして、宏人のことを『主』と呼んで絶対服従を誓っている。

「……誰がガキだって?」

 宏人に礼を言われてご満悦顔なカヤだったが、横から飛んできたジェイクの言葉に顔をしかめる。

「あのねえ、自白剤っていうのはリスクが有るの。後遺症が残るかも知れないし、それこそ量を誤ったら死んじゃうんだよー? ホイホイ使っていいものじゃないの」

「そんなことは知っている。だが……」

 食い下がるジェイクだったが、宏人はカヤの意見を支持した。

「ジェイク、彼女ほどの優秀なVFエンジニアはそうそういない。もし彼女が廃人になったら人類にとって大きな不利益になると思わないかい?」

「ですが……」

 宏人はジェイクに歩み寄り、頭を下げる。

「時間を浪費させてしまったことは謝るよ。でもこれが僕のやり方なんだ。分かってくれるかい?」

 頭を下げた宏人を目の当たりにし、ジェイクは狼狽え始める。

「た、大変申し訳ございませんでした!! 私如きが主に意見するなんて……私は、私は……どう償えばいいか……」

 ジェイクは床に膝をつき、宏人に傅く。

「あはは、大袈裟だなあ」

「ほんと、大げさー」

 カヤはソファに戻り、肘掛けに頭を載せ、反対側の肘掛けに足を置き、クッションを胸元に抱き寄せる。

「2ヶ月もリゾートでのんびりできてラッキーって思うくらいでちょうどいいと思うよー。だって、これからはこんな長い間休む時間なんてないだろうし」

「だね」

 宏人はジェイクの肩を軽く叩き、ソファーへ向かう。

「さて、無駄話はここまでにして……バックアップ端末について得た情報を話すことにするよ」

 宏人はカヤの対面に座る。

 ジェイクはソファまで近寄ったものの、座ることなく手を後ろで組んで直立していた。

「場所、わかったんだ?」

 カヤの問いに宏人は複雑な表情を浮かべる。

「分かったには分かったんだけれど……僕が思っていた以上に事態は深刻でね……まあ、順をおって説明するよ」

 宏人の表情を見て、カヤは寝転がるのを止めて姿勢を正す。

 宏人は若干前のめりになり、淡々と説明し始める。

「これまで、セブンは71機の人工衛星『明神』を使って地表をくまなく監視してきた。一つくらい破壊されてもセブンは存続できるし、そもそもファスナ・フォースが24時間体制で衛星を護衛しているし、重力盾であらゆる攻撃をシャットアウトできる。バックアップなんて必要ないはずだった」

「そこから説明するのー?」

「いいから黙って主の話を聞いていろ」

 カヤとジェイクのやりとりを耳にしつつ、宏人は話し続ける。

「だけど、外敵から身を守れても、内部の問題……不具合やエラーや故障からは逃れられない。ちょっとしたエラーで明神が機能不全に陥る可能性もあるし、予期せぬバグでセブンのデータ自体が深刻的なダメージを受ける可能性もある。……ということで、バックアップ端末を開発することにしたんだ」

 宏人は一呼吸置き、カヤに告げる。

「おまたせ、ここからが本題だよ」

 カヤは抱いていたクッションを脇に置き、話を聞く態勢に入る。

 宏人は瑞月から聞き出した情報を噛み砕いて説明する。

「瑞月はセブンから極秘裏に端末の開発の依頼を受けて、ここ数年間端末の開発に勤しみ、つい1年前から試作機のテストに入ったんだ」

 早速カヤから質問が飛んでくる。

「“試作機”……もしかして、VFとか兵器とかの内部にバックアップを保管できるようにしたの?」

「いいや違うよ。試作機にも色々あるだろう?」

「じゃあ……潜水艦? 海の底なら発見される可能性も低いし」

「残念不正解」

「えー……じゃあ、高高度ステルス戦闘機?」

「違うよ、ぜんぜん違う」

 宏人は答えを焦らす。

「もう、そういうのはいいから早く教えてよー……」

 飽きたのか、カヤはふてくされたように肘置きに頭を預け、横になってしまった。

 宏人は咳払いし、改めて発表する。

「瑞月は……人の形を模した機械、アンドロイドにデータを保管することにしたんだ」

 カヤもジェイクもその答えは全く予想していなかったようで、反応は薄かった。

 ジェイクは微妙な表情で感想を述べる。

「それは何とも……ユニークな方法ですね」

「昔から“木を隠すには森の中”っていうだろう? 人工密集地に設置すれば、破壊されるリスクを最小限に抑えられると考えたんだろうね」

「固定された場所にあると発見されやすい、かと言って度々移動させるのも危険。ということで、防衛機能を有する自立性を持たせたアンドロイド内に保存したわけですか」

 納得しかけたジェイクだったが、宏人は遅れて発言を訂正する。

「……というのが彼女の建前で、実は彼女、前々からフレーム技術を応用してアンドロイドを開発したかったみたいだよ」

 瑞月はこの数年間、セブンから潤沢な資金を得て、思う存分好き勝手に研究開発していたらしい。

 賢いというか運がいいというか……

「だよねー。いくら精巧なアンドロイドを作った所で社会に溶け込めるわけがないし、逆に目立つよね」

「彼女の独断のお陰で仕事が楽になりますね。潜水艦やらステルス機に比べると、アンドロイドを破壊するのは楽そうですから」

「いや、そうとも言えないんだよね、これが……」

 宏人は二人の意見を否定する。

 彼女が好き勝手研究していたのは事実だが、セブンの要求通りの作品を作り上げたのも事実だ。

 宏人は満を持してそのアンドロイドの名前を告げる。

「実はそのアンドロイド……アビゲイルなんだ」

「あ、あのアビゲイルが!?」

 カヤは飛び起き、宏人に迫る。

「嘘でしょ!? だって……えー!?」

 目は見開かれ、彼女の驚きっぷりがよく理解できた。1年間学園内で何度も顔を合わせた挙句、ランキング戦でも手合わせしたにも関わらず気づけなかったのだ。この反応も無理はない。

 だが、その思いは宏人も同じだった。

「僕も信じられないよ。普通に会話もできるし普通に食事もするし普通に生活を送ってる。……あれだけ人間と区別がつかないなんて、瑞月さんには驚かされるばかりだよ」

 アビゲイルのことをよく知らないジェイクは不思議そうな表情を浮かべていた。

「……目標が分かっているのなら尚更のこと破壊しやすいのでは?」

 あまりにも的を射ていない質問に、カヤはジェイクを睨む。

「あのねー……あの学園にどうやって侵入するつもり? ただでさえセブンの監視が厳しいのに、学園に乗り込むなんて不可能に近いわよー」

「もし仮に侵入できたとしても、彼女を破壊するのは難しいだろうね」

 宏人はカヤの言葉を補足する。

「何せ彼女はVFフレーム技術を応用して作られた、半分兵器みたいな存在だからね。生身でどうこうできる相手じゃないよ」

 半端な刃物や銃器では破壊できない。当然反撃されるだろうし、人間サイズとはいえ、フレーム技術が使われているのなら素手で骨を砕くことも難しくはない。

 下手をすればこちらが破壊されかねないのだ。

 生身がダメだと言われ、ジェイクは咄嗟に別案を提示する。

「ならば、ジリアメイルのライフルであの学園ごと吹き飛ばしてしまえば……」

「あそこには僕の知り合いや友達、大切な人が大勢いる。たったひとつのガラクタ人形のためにその生命を奪えっていうのかい?」

「すみません、失言でした……」

 ジェイクはしゅんとなる。

 普段は常に殺気を漏らしている冷酷な傭兵に見えるが、今の彼はまるで飼い主に叱られて萎縮している犬のようであった。

 すっかり黙り込んだジェイクを放置し、カヤは現実的な代案を出す。

「こっちから出向くのは無理だから……アビゲイルが外にでるように仕向けるしかないよね」

「具体的には?」

 カヤは宏人から離れ、元いた位置に座り直す。

「実はわたし、フィンランドのヘルシンキ養成校に知り合いがいるの。そこからスラセラートに練習試合を組むように頼んでみる」

「それはいいね。ぜひそれで頼むよ」

 外に引っ張り出してしまえばどうにでもなる。

 取り敢えず方針が決まると、宏人は立ち上がる。

「……それじゃ、話もまとまったことだし、僕はシンギさんにご飯持って行くよ」

「わたしも、早速連絡取りに行くから、お留守番よろしくね、ジェイク」

 宏人とカヤは同時に部屋から出て行く。

 その後しばらく、ジェイクは広いVIPルームの中で一人佇んでいた。


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