03 -冷たい体-
3 -冷たい体-
女子寮、アビゲイルの自室に到着すると、葉瑠はアビゲイルをベッドの上に下ろした。
(ここがアビゲイルさんの部屋……)
他の訓練生の部屋に入ったのは初めてだ。
室内は綺麗に整頓されている……かと思いきや、物が乱雑に置かれていた。
床は綺麗に保たれていたが、机や椅子の上は本や服などで埋め尽くされている。
どうやらこの二人部屋はアビゲイルさんが一人で使っているようだ。
少しの間部屋を観察していると、アビゲイルが静かに喋り出した。
「葉瑠、あなたに告白しなければなりません」
「告白……」
先ほどの嘔吐、明らかに異常だった。
何か大きな病気でも患っているに違いない。
「私は、あなたのことを信頼しています。だからこそ、秘密を打ち明けようと思うのです」
やはり病名を打ち明けるつもりのようだ。
葉瑠は無言のまま頷き、言葉を待つ。が、続いて聞こえてきたのは想定外の言葉だった。
「葉瑠……服を、脱がせてくれませんか」
「!?」
何を言い出すのだろうか。
アビゲイルはベッドの上で体を浅く抱いていた。
「体を見れば全てがわかると思います」
「でも、脱がせるって……そんな……」
「女同士、何を恥ずかしがることが?」
「そりゃあ、たしかにそうだけれど……」
彼女がこう言っているのだ。病気を理解してあげるためにも、言う通りにしてあげたほうがいいだろう。
葉瑠は意を決し、ベッドに移動する。
「失礼します……」
葉瑠は恐る恐るアビゲイルの制服に手を伸ばす。
……抵抗する気配はない。
慎重にジャケットの前側を開き、続いてブラウスのボタンを外す。
ブラウスの前面を開けると、レース地の黒い下着が姿を現した。
(うわぁ……)
やはり大人っぽい下着だ。下手に派手じゃない所が大人っぽい。
陶器のように白い肌も確認できた。鎖骨から胸にかけてくすみなどは全くなく、腹部にはうっすらと腹筋が浮かび上がっているが、基本的になだらかですべすべだった。
……なんだかやってはいけないことをやっている気がする。
葉瑠は目を逸らし、アビゲイルに告げる。
「ぬ、脱がせたよ」
「まだ下着が残っていますが」
「でも……」
「早く」
「はい……」
まさかこんなことになるなんて誰が想像できただろうか。
葉瑠はドキドキしつつも指示された通り下着を外す。すると、小振りな胸が……
「あれ? 光ってる……?」
左胸、心臓付近、皮膚の下、体の中から赤い光が点滅していた。
葉瑠は冷静さを取り戻し、その光について考察する。
通常、人の体に発光器官はない。つまり、体に機械を埋め込んでいるのは間違いない。
病気か事故で人工臓器をつけているのだろうか。人工臓器ならあの色の吐瀉物も頷けそうだ。臓器不全を起こすと光るような仕組みになっているのだろう。
裸だということもすっかり忘れて光に見入っていると、またしても指示された。
「光の左側を押し込んでください」
「どうしてそんなこと……」
「いいから早くお願いします」
葉瑠はアビゲイルの胸に手を伸ばす。が、直前で手を止めた。
「……さ、触ってもいい?」
「今更許可なんて要りませんので」
「うん……」
若干緊張しつつ、葉瑠は指を胸に押し込む。すると、指先に硬いモノが触れた。
同時にカチリと音がし、体の中から重低音が響く。
……ここからが問題だった。
重低音の後、アビゲイルの首元から腹部にかけて正中線に切れ目が入った。
「え……え!?」
いきなりの現象に葉瑠は思わず手を離す。
それでも現象は止まらない。
切れ目はすぐに裂け目となり、そこからドロリとした透明の液体が流れ出した。
血は一切流れない。
あれよあれよという間に裂け目は完全な溝となり、俗にいう開腹状態になった。
現実とはかけ離れた異常な状況にも関わらず、葉瑠の視線はアビゲイルの胸腹内部に向けられていた。
「何……これ……」
アビゲイルの胸腹内……そこには金属の骨格に覆われたグレーの機械が蠢いていた。
それらは明らかに臓器の形状を逸脱していた。
アビゲイルは自分の腹部に手を突っ込み、その機械の表面を指先でなぞる。
「これで分かりましたか。私は人間ではありません。人工知能を搭載した人型機械……ガイノイドなのです」
「……」
葉瑠はショックのせいで思考が追いつかず、フリーズしてしまう。
そして、目の前の光景やアビゲイルの言葉を全て拒絶するかのように、すぐに意識を失った。
「……はっ、夢!?」
数分後、意識を取り戻した葉瑠は再度アビゲイルの腹部を見る。しかし、そこには切れ目など存在しなかった。
夢でも見たのだろうか
葉瑠は相変わらず仰向けになっているアビゲイルの腹部に手を這わせる。
すべすべとした感触が指先に伝わるだけだった。
「夢ではありませんよ、葉瑠」
アビゲイルは葉瑠の手を掴み、説明を続ける。
「この皮膚は特殊な素材で構成されています。程よい弾力があり、ある程度の傷ならば自動的に修復してくれます。ちなみに、先ほどの粘性のある液体は衝撃吸収と重量調整の役目を担っています」
先ほど漏れたであろう、ドロリとした液体はベッドのシーツをわずかに濡らしていた。
それでも信じられず、葉瑠は試しに腹部を深く押し込んでみる。柔らかいお腹の内側、ゴリゴリとした硬い感触があった。
「本当にロボットなんだ……」
にわかには信じがたいが、アビゲイルの言い分は本当らしい。事実は事実として受け止めよう。
それに、例えアビゲイルが何者であろうと、彼女に対する態度が変わるわけではない。
葉瑠にとってアビゲイルの告白は驚くべきものだったが、結賀が男ではなく女だと判明した時のショックに比べれば些細なものだった。
アビゲイルは葉瑠の言葉を訂正する。
「ロボットではありません。VFフレーム技術を応用して作られた、ガイノイドです」
「それで、あなたは誰に作られたロボットなの?」
アビゲイルは二度訂正する気力は無かったのか、葉瑠の発言に構わず話を進める。
「私の制作プロジェクトを立ち上げたのはセブンです。ハードウェアと躯体制御ソフトウェアは溜緒瑞月が製作し、ハード面はほぼ完成状態にあります」
「へー……瑞月さんが……」
あのコーヒーショップに頻繁に通っていたのは、定期メンテナンスか何かのためだったのだろう。
一人で納得している間もアビゲイルは言葉を続ける。
「……ですが、ソフト面……特にAIの部分に関しては未だ完成の目処が立っておらず、今も明神の量子コンピュータを間借りしている状況です」
「間借りってことは、今は遠隔操作している感じ?」
「いえ、基本的には躯体内の演算装置で人格をシミュレートしています。が、定期的に明神とリンクして情報を整理しないとすぐにでも自我が崩壊し、自分という個を確立できなくなります。意味消失すると復元はほぼ不可能です。この15ヶ月は一度も意味消失していませんが、それまでは数週間に一回の頻度で、酷い時は3日置きに意味消失していたと記録にあります」
「意味消失って、それはつまり……」
「人で言う死に近いでしょう」
「そうなんだ……」
一体彼女は何回死を経験してきたのだろうか。
機械とはいえ、それなりに興味深い物がある。
(とうとうVF技術もここまで進化したんですね……)
見れば見るほど興味が湧いてくる。
何をエネルギーに活動しているのか、アクチュエータには何を使用しているのか。
特に顔の造形は見事としか言い様がない。人形っぽいが、人間そのものだ。これも瑞月さんが作ったのだろうか。
もしそうだとすれば、彼女は芸術家にもなれるかもしれない。
「……葉瑠、触ってもいいとは言いましたが、そこまでベタベタ触れられると流石に不快指数が上昇してしまいます」
「あ、ごめん……」
無意識の内に色々とまさぐっていたようだ。
葉瑠は腕を組み、強く頷く。
「うん、理屈は分かった。アビゲイルがガイノイドだっていうことも理解できた。……でも、どうしてわざわざスラセラートに通ってるの? もしかして実用実験?」
「その通りです。海上都市を選んだのは、セブンが私を監視しやすいからだと思います」
「監視? セブンと直接通信すればいいだけの話じゃ……」
「間借りしているとは言え、私は立派な個体です。向こうからはアクセスできませんし、私からもアクセスできません。ただ、自己防衛のための戦闘プログラムと戦術データは好きな時にダウンロードできるようになっています」
「あー、だから強かったんだ」
「その言い方、何だか腑に落ちませんね」
「ごめんごめん」
「まあいいです。……本題に入ります」
葉瑠の言葉の後、アビゲイルは体を起こす。
ジャケットとブラウスが肩を滑り落ち、下着と一緒にベッドの上に取り残される。
アビゲイルは半裸のまま葉瑠に告げる。
「葉瑠、あなたには瑞月が戻ってくるまでの間、私のメンテナンスをお願いしたいのです」
「無理だよ、絶対できないよ……」
即答する葉瑠を無視して、アビゲイルは強引に続ける。
「自己改造を防ぐため、ナノマシンによる自己修復以外内部に触ることは禁止されているのです。小さなエラーや故障などなら何とかなりますが、破損や不具合は修復することができないのです」
「でも私、そんな専門的な知識は……」
「大まかですが、瑞月が残したマニュアルが有ります。葉瑠ほどの知識を持ったエンジニアなら、それを見れば簡単な修理は難なく出来ると思います」
「無茶言うなあ……ていうか何で私なの? やっぱり理事長とかに話したほうがいいんじゃ……」
事あるごとに断る葉瑠に痺れを切らしたのか、アビゲイルはとうとう最終手段に出た。
「もし協力してくれないのなら、貴女の秘密を暴露しますよ……“更木”葉瑠」
「うう……」
これを言われてはどうしようもない。
本名をばらされると葉瑠の学生生活は即座に終了してしまう。このカードを持っている限り、葉瑠はアビゲイルに対して絶対服従なのだ。
だが、アビゲイルは発言を取り消した。
「いえ、脅すのは正しいやり方ではありませんね」
アビゲイルは一呼吸置き、真紅の瞳を葉瑠に向ける。
「葉瑠、私は貴女をとても高く評価しています。私がガイノイドだと知ってなお普通に接してくれる人間はそう多くありません。私を単なる機械ではなく、一人の個人として認識してくれているというだけで私にとっては喜ばしいことです。……現在このスラセラートで身を任せられるのは貴女以外にいないと本気で考えています。どうか私のために協力してくれませんか?」
無表情で淡々と告げられただけだったが、アビゲイルの言葉は下手な詩よりも心に響いた。
私の本名を暴露できるという強力なカードを持っているにもかかわらず、アビゲイルさんは敢えて私の良心に訴えてきた。人間よりも人間らしい、素直な言葉に思わず心を打たれた。
「もし約束してくれるのなら、私は貴女の学園生活を全力でサポートしましょう。何が起きても貴女の味方でい続けることを宣言します」
彼女は嘘をついていない。私は彼女に本気で信頼されている。
葉瑠はそう感じていたし、そう感じたいと願っていた。
「わかった。協力してあげる」
葉瑠は首を縦に振った。
アビゲイルさんは同じクラスの仲間だ。助けるのは訓練生としては当然のことだろう。
それに、アビゲイルさんの体にも結構興味がある。……技術的な意味で。
葉瑠の快諾に対しアビゲイルは「ありがとうございます」と言って頭を下げ、今後について早速方針を決めていく。
「今日は単なる消化器系の不良動作で済みましたが、もっと大きなトラブルが起きる可能性があります。そのため、今後はなるべく行動を共に取らせてもらいますので、そのつもりでお願いします」
「そうなるよね……」
また今日のような不具合が起きるかもわからない。今晩の内にマニュアルとやらを完璧に読み込み、対処法を完璧にマスターしておこう。
今後のためにも、葉瑠は先程の症状について問診することにした。
「ねえアビゲイルさん、消化器系のトラブルって言ったけど、さっき口から吐いてた黒いのは何だったの?」
ふとアビゲイルを見ると、まだ上半身が裸のままだった。
半裸では目のやり場に困るし落ち着かない。
葉瑠はアビゲイルに服を着せることにし、ベッドの上のジャケットとブラウスに手を伸ばした。
その間、アビゲイルは葉瑠の問いに答える。
「あれはただのコーヒーです。有機物を人工バクテリアが分解してエネルギーに変換しているのですが、ここの最近人工バクテリアの変換効率が低下しているようでして……取り敢えず今日は葉瑠の手を借りてシステムリセットできましたが、長くは持たないでしょう」
「なるほどね」
アビゲイルさんは軽く言っているが、結構重大なトラブルのような気がする。
着替えさせ終えると、葉瑠はアビゲイルをベッドに寝かせ、タオルケットを掛ける。
すると、正午を知らせるサイレンが屋外から聞こえてきた。
「もうお昼ですね。差し当たって問題もありませんし、食事に行ってきたらどうです?」
「うん、そうさせてもらうね」
食事をしながら今後の事を考えるのもいいだろう。
葉瑠はアビゲイルに小さく手を振ると、部屋を後にした。
寮を出て学園に戻り食堂に向かう途中、葉瑠は廊下で結賀と遭遇した。
「葉瑠、どこ行ってたんだよ」
結賀は少し息が上がっていた。多分私のことを探してくれていたのだろう。
何も言わずに出て行ったことを後悔しつつ、葉瑠は噛み砕いて説明する。
「ごめん結賀、アビゲイルさんを部屋に連れて帰ってたの」
「アイツ、体調は大丈夫なのか」
「うん、朝にコーヒー飲みすぎただけだって」
「なんだよ、心配させやがって……」
結賀は安心したのか、ひどく深い溜息を付いた。
二人はそのまま横に並んで廊下を歩き始める。
「リヴィオくんは?」
「アイツ、学園内探しまわった挙句、外に出て行っちまったぞ。今頃メインフロート行きの船にでも乗ってるんじゃねーか?」
「へー……へ!? すぐ教えてあげないと!!」
大変なことになってるみたいだ。
リヴィオくんを安心させるためにも、今すぐ連絡しよう。
……としたが、葉瑠はリヴィオのアドレスを知らず、連絡を取ろうにも取れなかった。
葉瑠は少し考え、解決策を思いつく。
(男子にリヴィオくんのアドレス聞けばいいですね……)
この時間だとクローデルくん達も食堂にいるはずだ。そこでアドレスを教えてもらおう。
葉瑠の思考を読んだのか、結賀は冷たく言い捨てる。
「あんな奴放っとけよ」
「結賀、本当にリヴィオくんにはキツいよね……」
「当然だろ」
あっけらかんと言う結賀に、葉瑠は呆れてしまう。
……そろそろ仲直りして欲しいものだ。
そう思いつつ、葉瑠は結賀と共に食堂に向かった。




