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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 4 漆黒の双刃
72/133

 02 -連携攻撃-

 2 -連携攻撃-


「やっぱ眠い……」

「ほら、ちゃんと前見て歩いてよ」

 葉瑠と結賀は女子寮と学園校舎を結ぶ東連絡路を歩いていた。

 周囲には制服に身を包んだ学生が大勢歩いており、全員が葉瑠たちと同じく学園を目指している。

 全員がはっきりとした足取りで歩く中、結賀だけがふらふらと歩いていた。

 辛うじて足を交互に前に出せているが、タイミングは不規則で力も入っていない。

 葉瑠は結賀に肩を貸しつつ、その原因を問う。

「どうしてこんなにヘトヘトなの……、あ、まさか昨日も?」

 結賀は頷き、自ら疲労の原因を話す。

「おう、一日中姉貴探してたからな……」

 結賀のお義姉さん、溜緒瑞月さんは現在行方しれずとなっている。

 瑞月さんはそこそこ名の知れたVFエンジニアで、極秘で何かの研究を行っていると聞いている。

 行方不明になったのも、単に秘密の場所で研究を行っているだけなのかもしれない。

 が、結賀はどうしても彼女と会いたいようで、暇を見つけては海上都市で姉の姿を探しているというわけだ。

「言ってくれれば手伝ったのに……」

「いや、もう10回近く手伝ってもらってるし、葉瑠は葉瑠で自主訓練忙しいんだろ?」

「でも……」

 結賀は親友だ。困ったことがあれば助けたい。練習時間が削れる程度、全然問題ない。

 今まで助けてもらった事を考えれば、この程度の手助けなんて手助けのうちにはいらない。

 どう伝えたらいいものか悩んでいると、女子訓練生が話に割り込んできた。

「溜緒瑞月の話をしているのですか?」

 抑揚のない声で問いかけてきたのは同学年の訓練生、アビゲイル・ライトだった。

 漆のように黒い長髪、三白眼に赤い瞳を持つ彼女は同学年内で最も強いランナーだ。

 学内ランキングは6位

 3年生の宏人さんが卒業したため、訓練生の中で最も強いランナーとなってしまった。

 普段から寡黙でクールな彼女だが、対戦においても常に冷静沈着で、見ていて惚れ惚れするほど極めて隙が少ない。

 彼女の戦闘スタイルは両手にブレードを持つ、所謂二刀流だ。

 2刀で繰り出さえる怒涛の連撃を回避するのは困難で、仮にブレードを破壊しても彼女は合計6本のブレードを保持しているため、全てを破壊するのは難しい。

 今の私には全く勝機がない。

 そんな彼女に勝てるランナーが5名もいることが信じられないくらいだ。

 ちなみに好きな色は黒らしい。

 アビゲイルは葉瑠たちの前に素早く回り込む。

 長い黒髪が慣性で激しく揺れる。

 髪が元の位置に戻ると、アビゲイルはもう一度言い直した。

「彼女について何か知っているのなら教えてくれませんか」

 葉瑠と結賀は足を止め、正直に告げる。

「ごめん、居場所も何も分からないの」

「こっちが聞きたいくらいだっつーの……」

 情報を持っていないことに落胆したようで、アビゲイルは目線を伏せた。

「そうですか……。今後は新しい情報が入り次第私にも教えて下さい。では」

「待てよ」

 早々と去ろうとするアビゲイルだったが、結賀によって引き止められた。

 結賀はアビゲイル肩を掴み、強引に振り向かせる。

「ずっと聞きそびれてたが、お前、姉貴とどんな関係なんだ?」

「私にとって彼女は必要不可欠な存在です。彼女がいなければ冗談抜きで死んでしまいます」

「そ、そうか……」

 アビゲイルの真剣な眼差しに結賀は思わず後ずさる。

 これだけ真剣だと単なる友達とは思えない。尋常ではないほど深い関係にあるようだ。

「アビゲイルさん、最近体調不良で訓練も座学も休むことが多かったけれど、もしかして仮病を使って瑞月さんを探してた?」

「いいえ、体調不良なのは本当です。そして瑞月を探していたのも事実です」

「そうなんだ」

 あのアビゲイルさんが探し回っているのに見つからないとなると、もう海上都市にはいないのではないだろうか。

 葉瑠はその可能性を示唆したかったが、二人の心中を察して告げることができなかった。

 会話が途絶え、気まずくなった葉瑠は話題を変える。

「あ、あれって1年生じゃない?」

 葉瑠が指さした方向、南連絡路に少年少女の集団が見えた。

 彼らはそれぞれ鞄を携え、物珍しげに周囲を見ていた。

 足取りはぎこちなく、表情も緊張気味だ。それはまさしく一年前の自分たちの姿そのものであった。

「ほんとだ。今から入学試験か……?」

「予定ではそうなっていますね。これから演習場へ直に向かい、ルーメ教官と軽く手合わせするようです」

 結賀は彼らを見てニヤリと笑う。

「ちょっと絡んでみるか……」

「もう、やめてよね結賀」

 葉瑠は結賀のジャケットの袖を引っ張り、ピタリとくっつく。

 結賀は冗談冗談と軽く笑い、肩をすくめた。

 その際、視界に葉瑠の腕時計が映り、結賀は焦りの表情を浮かべる。

「って、こんな所で駄弁ってる暇ねーぞ。あと3分でオリエンテーションが始まっちまう。急げよお前ら」

 結賀は早足で歩き始め、釣られるように葉瑠は走りだす。

「“急げ”って……二度寝した結賀が言うセリフじゃないよ……」

 葉瑠、結賀、アビゲイルの3人は駆け足で校舎に向かうこととなった。



 玄関を抜けて階段を駆け上がり、いつもの講義室に入ると、同時にチャイムが鳴り響いた。

 3人は後方の席に滑り込み、遅刻を免れた。

 チャイムが鳴り終わると、講義室前方に立っていた教官が言葉を発した。

「全員集まったようだな。では、これから新年度のオリエンテーションを始める」

 艶のあるテノールボイスを室内に響かせたのはアルフレッド教官だった。

 ……アルフレッド・クライレイ。

 彼はシンギ教官の代理を務める教官代理であり、学園ランキング2位の強者でもある。

 彼の性格は紳士そのものであり、佇まいは落ち着いており、言葉遣いも丁寧だ。

 操作指導に関しても真剣で、個人個人ごとにトレーニングメニューを分単位で考えている、指導者の鑑のような人だ。

 だが、それら全てを台無しにする特徴を彼は持っていた。

 それこそ顔面に輝く金属製のマスクである。

 オールバックの髪型にマスクはとても良く似合っているのだが、似合っているから良いというわけではない。

 マスク姿の彼はまさに変態であり、近寄りがたい雰囲気をこれでもかというほど放っている。慣れればそうでもないが、やはりこの顔を見る度にドキッとする。

 アルフレッドは相変わらずのくどい口調で新年度の挨拶を終え、続いてカリキュラムについて本格的な説明に入る。

「さて、今学期からチーム戦演習が始まるわけだが……こちらを見てくれたまえ」

 アルフレッドは教壇の端に移動し、教室前方のモニターを起動する。

 室内がやや暗くなり、すぐに壁一面に映像が映し出される。

 そこにはチーム戦演習の概要が表記されていた。

(見えないです……)

 葉瑠が眼鏡のレンズを斜めに傾けたり目を細めたりしている間もアルフレッドの話は続く。

「昨今行われている代替戦争、その殆どが複数対複数の団体戦だ。小規模な物でも3対3、標準が5対5、大規模となると7対7の団体戦もある。しかし、今後はファスナ・フォースの数やURの事を考えて5対5が主流になっていくだろう」

 葉瑠は5対5の代替戦争を間近で見たことがあった。

 ハワイはダイヤモンドヘッドでの代替戦争……あの時はURに妨害されて決着は有耶無耶になったが、迫力があったように思う。

「チーム戦において重要なのは言うまでもなくチームワーク、特に重要なのが情報の共有だ……が、まあそれは後で説明するとして、まずはクラスを発表しよう」

(……クラス?)

 画面が移り変わり、3つにカテゴリ分けされた表が出てきた。

 3つはそれぞれFWフォワードMFミッドフィールダーDFディフェンダーと書かれていた。

「これ、入学説明会の時にも見たね」

「そうだっけ?」

「そうだよ……」

 あの時は深く考えなかったが、それぞれどういう特徴があるのだろうか。

 疑問に答えるように、アルフレッドが説明していく。

「それぞれに適性や細かい特徴もあるが、大まかに言うと“自分が最も得意とする戦闘距離”だ。クロスレンジ、ショートレンジがFW、ミドルレンジがMF、ロングレンジがDFと考えれば分かりやすいだろう」

 DFだから防御に徹する……というわけではなさそうだ。

「無論、距離に応じてそれぞれに役割がある。……不特定多数のランナーとチームワークを最大限発揮するには、予め役割分担を決めておくのが手っ取り早くて効率的だ。一人一人が駒としてきちんと機能すれば、戦略も立てやすい」

(なるほど……)

 ある程度連携のパターンは決まっている。

 それらを習得しさえすれば、どんな相手とチームを組んでもその一員として上手く機能できるということだ。

 葉瑠が一人で納得している間、またしても画面が切り替わる。

「ということで、早速君たち15人には駒としての自覚を持ってもらおう」

 画面には新2年生の氏名と、その後にクラスが書き添えられていた。

 葉瑠は自分の名前を見つけ、クラスを呟く。

「私は……MFかぁ」

 自分のクラスを確認した後、葉瑠は他のメンバーも確認する。

 結賀はMF、アビゲイルはFW、リヴィオもFW

 ドナイトがMFでアハトがFW、クローデルのみがDFだった。

 自分的には接近戦が多いのでFWかと思っていたが……槍なども使っているし、MFが妥当かもしれない。

「葉瑠、オレと同じMFだな」

「うん。今後の訓練、一緒にできそうだね」

「そうだな。これでリヴィオの顔見なくて済むと思うと嬉しいな」

「ほんと、結賀ってリヴィオくんのこと嫌いだよね……」

 二人は出会った当初から犬猿の仲だ。これほど相性が悪いのも珍しい。

 他の訓練生も思う所があるようで、隣同士で色々と話し合っていた。

「……静かにしたまえ」

 ざわつく教室内にアルフレッドの声が響く。

 訓練生が静まると、アルフレッドは改めて発言した。

「ここで各々の特徴を説明する予定だったが……百聞は一見にしかずと言うし、実際にシミュレータでやったほうが君たちにも分かりやすいだろう」

 アルフレッドは教壇を降り、壁モニターの電源を切る。

「今から5分後、トレーニングルームに集合するように。……以上、解散」

 言葉の後教室内が明るくなった。

 アルフレッドは教室中央を颯爽と歩き抜け、講義室から出て行った。

「初日だってのに、いきなり訓練かよ……」

「まあまあ、説明するとか何とか言っていたし、すぐに終わるでしょ」

 葉瑠はぶーたれる結賀を宥め、アルフレッドの後に続いて外へ出た。

 階段を降り1階のトレーニングルームに到着すると見知った人が待ち構えていた。

「エネオラ先輩……?」

 葉瑠に声を掛けられ、室内中央にいたエネオラは振り返る。

「ようやく来たね……」

 エネオラ・L・スミス

 彼女は学園ランキング4位の3年生……いや、卒業生だ。

 比較的普通の外見を持つ彼女だが、アメジストを連想させる赤みがかった深い紫色の髪は上品な雰囲気を放っている。

 彼女はランキング上位者の中で唯一エンジニアコースに所属していて、特に訓練もせずにこの順位を維持している正真正銘の天才である。

 葉瑠はエネオラに個人的に操作指導を受けているが、未だ模擬戦闘で勝ったことがない。と言うか、まともにダメージを与えられたことすらない。

 カウンターを主体とした戦闘スタイル、両端にスパイクの付いた短い金属棒……独鈷杵(ヴァジュラ)という珍しい武器の使い手で、分厚い装甲も相手の武器もほぼ一撃で破壊してしまう、恐ろしい人だ。

 弱点があるとすれば、それは学力だろう。

 彼女は勉強が苦手で、エンジニアコースの卒業も危ぶまれていた。が、葉瑠のマンツーマンの指導により何とか無事に卒業することができたわけである。

 葉瑠はエネオラに近付き、問いかける。

「先輩、どうしてここに? それにその格好は……」

 エネオラはアルフレッドと同じく教官服に身を包んでいた。

 葉瑠の問いに対し、エネオラは教官服を見せびらかすように襟を正す。

「本当は川上宏人の役割なんだけれど……しばらく戻ってくる気配も無いから穴埋めで教官代理をやることになったの」

 教官代理の代理である。

 実力的には申し分ないが、宏人さんの代わりにしては力不足な気がする。

 エネオラの前で立ち止まっていると、本人に急かされてしまった。

「ほら、詳しい事情はあとで話してあげるから、早くシミュレータに乗った乗った」

 葉瑠は周囲を見る。

 後から来た訓練生はエネオラのことなど気にせず、慣れた動作でシミュレータマシンに乗り込んでいた。

 葉瑠も遅れながら筐体内に身を滑り込ませ、起動シークエンスを始める。

 5分も経つと全員が準備を完了させていた。

 狭い筐体の中、アルフレッドの声が通信機から響く。

「VFOBなどで遊んでいる者はよく知っていると思うが、団体戦では多数で少数を攻撃するのが基本的な戦術となる。攻める側はできるだけ短時間で敵を沈めることが目標となり、守る側はなるべく時間を稼いで僚機の援護を待つことが目標となる。ここまではいいな?」

 単純な足し算引き算の問題だ。小学生でも理解できるシンプルな戦法だ。

 沈黙を了解と受け取ったようで、アルフレッドは話を進める。

「初回の今日は短時間で敵を沈める技術……2機による連携攻撃コンビネーション・アタックを体験してもらう」

 ここでようやくHMDの画面が切り替わり、アルフレッドが設定したシミュレーションが開始される。

 まず視界に映ったのは真っ白な空間。目前に2機のVFが出現していた。

 葉瑠は改めて自身のステータスを確認する。

 ……搭乗しているVFは量産型のセブンクレスタ、装備もノーマルソードが一振りだけだ。

 対する目前の2機は、それぞれ槍と短剣を装備していた。

「目の前にいる2機はどちらともAI機、これからこの2機が君たち訓練生に攻撃を行う。連携攻撃の重要性を思う存分体験してもらおう」

(体験って……こちらが守る側ですか……)

 てっきり他の訓練生と組んで攻撃するのかと思っていたが……まあ、アルフレッド教官の言うとおり、攻撃を受けた方が理解しやすいだろう。

 アルフレッドの言葉が終わると同時に対戦が開始され、AI2機が動き始めた。

(2機同時に相手をするのは初めてですね……)

 これまで散々VFBは観戦してきたが、殆どランキング戦で代替戦争に目を通すことはあまりなかった。

 正直、どう動けばいいのか分からない。

 取り敢えず葉瑠は2機から距離を取るべく後方へ下がる、が、短剣を装備したAIがそれを許してくれなかった。

 短剣のVFはダッシュで接近し、短剣を突き出してきた。

 葉瑠はその攻撃を横に飛んで回避し、すかさずカウンターをいれる。

 真横からの攻撃。

 葉瑠のノーマルソードはいとも容易く相手の懐に潜り込み、胴に到達する。

(まずは一機……)

 この距離、この威力ならば胸部装甲に大ダメージを与えられる。その後、スタックした相手に連続攻撃を浴びせれば問題なく倒せるはずだ。

 そんな葉瑠の予想通り、ノーマルソードは胸部装甲に命中し、短剣のVFは大きくよろめく。

 これで一機排除できたと思った葉瑠だったが、ここで予想外の事態が起きた。

「わわっ……」

 急に側面から高速で穂先が現れたのだ。

 それは2機目のVF……槍を装備したVFだった。

 槍の攻撃のせいで葉瑠は一旦引かざるを得ず、惜しくも短剣のVFにトドメを刺すことができなかった。

 短剣のVFはすぐに復帰し、再度、こちら目掛けて攻撃を仕掛けてきた。

 葉瑠は同じように短剣を避け、カウンターをいれる。が、今度は攻撃が届く前に槍のVFに妨害されてしまった。

 葉瑠は突き出された槍を弾き、ターゲットを槍のVFに変更する。

 その瞬間、今度は短剣のVFがこちらの背後に回りこみ、挟み撃ちの態勢に入った。

 葉瑠は危険を察知し、慌てて2機から離れる。

「これは厄介ですね……」

 言葉とは裏腹に、葉瑠はこのAIの見事な連携行動に感心していた。

 敵のAIの難易度設定は中の下程度、タイマンなら瞬殺できる相手である。

 が、これが2機に増えただけでこれほど苦戦を強いられるとは思わなかった。

 つまり、格上が相手でも2機3機と連携できれば倒すことも可能だということだ。

 感心していると、続いて2機が同時に攻撃を仕掛けてきた。

「!!」

 2機それぞれが体勢を低くし、斜め方向から猛スピードで迫ってくる。

 どちらに対処するべきか判断できず、葉瑠は一瞬硬直してしまう。その硬直は隙を生み、槍の攻撃を許してしまった。

「くっ!!」

 葉瑠は辛うじて槍をノーマルソードで受け止め、側方へ逸らす。

 槍のVFはその力を利用してその場で回転し、こちらの足元を大きく薙ぎ払った。

「わっ!?」

 葉瑠は反射的にジャンプしてしまう。

 ……この判断は間違っていた。

 セブンクレスタのような普通のVFに浮遊機能はない。

 つまり、空中では回避ができないのだ。

「ああ……」

 短剣のVFは待っていましたと言わんばかりに葉瑠のVFにタックルし、地面に押さえつける。

 同意に短剣を頭部に突き立て、葉瑠はあっさりと敗北してしまった。

 余韻を味わう暇もなく画面が暗転し、葉瑠は溜息をつく。

(これが連携攻撃の威力ですか……)

 ランキング戦で35位になってかなり強くなった自覚があったのに、鼻をへし折られた気分だ。

 暗い気分のまま葉瑠は筐体のカバーを開け、外に出る。

 外では既に洗礼を受けた訓練生が集まっており、モニターを見て観戦していた。

 葉瑠もその輪の中に入る。

「お、やっときたか葉瑠」

「あれ、結賀負けたの?」

 結賀なら勝てたと思ったが、私より先に負けてしまったらしい。

 結賀は気まずそうに笑い、負けた時の状況を話す。

「槍のほうを鎖で捕まえたつもりが、逆に動けなくなっちまって……そこをナイフでグサッと、な」

 なるほど、容易に想像できる負け方だ。

 葉瑠と結賀が話していると、リヴィオも会話に混じってきた。

「なんだ結賀、お前1機も倒せなかったのか?」

 しょっぱなから喧嘩腰でリヴィオは告げる。

「俺はナイフの方は倒したぜ?」

「結局負けてんじゃねーか……」

「1機でも道連れにできりゃそれで十分だろ」

 リヴィオは開き直っていた。まあ、実際その考えは間違いではない。

「ところで、みんな何を見てるの?」

 葉瑠の素朴な問いに、結賀が答える。

「まだ戦ってる奴の映像を見てるんだよ。ま、今残ってるのはアイツだけだけどな」

「誰だろ……」

 葉瑠は目を凝らしてモニターを見る。

 モニターの端、ランナー名の欄にはアビゲイルの文字があった。

「アビゲイルのやつ、流石は6位なだけはあるな……」

 リヴィオの感想を背後に聞きつつ、葉瑠は画面に集中する。

 アビゲイルさんはノーマルソード一本だけでAI2機と対等に渡り合っていた。

 一方に攻撃しつつも、一方への警戒を怠らない。

 挟み撃ちにされても背後に目があるのではないかと思うくらいの反応速度で対応し、状況に見合った戦法に素早く切り替える。

 相手との距離感もばっちりで、槍やナイフのリーチも完璧に目視で把握しているようだった。

 蝶のように舞い、あらゆる攻撃を回避するアビゲイルを見て、アルフレッド教官も感心している様子だった。

「彼女だけ難易度設定を上げているのだが……いやはや、末恐ろしいな……」

 全員が見守る中、アビゲイルはとうとう攻勢に出る。

 アビゲイルは槍のVF目掛けてノーマルソードを投擲した。剣は回転することなく真っすぐ飛び、見事頭部に命中した。

 投擲後の隙を狙って短剣のVFが背後の死角から襲いかかる。

 しかし、アビゲイルは敢えてバックステップすることで相手の勢いを殺し、攻撃を繰り出す前に当て身で転倒させた。

 アビゲイルは流れるような動作で飛び上がり、そのまま頭部を踏みつぶした。

「勝っちゃった……」

 2機を相手にして勝ってしまった。

 予想外の結末だ。

 アルフレッド教官はモニターから目を反らすと咳払いし、総評を述べる。

「勝敗はともかくとして、これで全員連携攻撃の重要性を理解できたはずだ。……明日からはFWとMFで二人組を作り、基本的な連携攻撃の訓練を行う。よろしいな」

 どうやら今日はこれで終わりみたいだ。

 ここで解散かと思いきや、クローデルが質問を投げかけた。

「あの、FWとMFについては分かりましたけど、DFは何をするんですか?」

 アルフレッドの金属マスクがクローデルに向けられる。

「DFタイプのランナーは重力盾の使い方が勝敗を分ける鍵になる。明日からしばらくは盾のマネジメント技術を……そうだな、干渉エリアを10mm以下の精度で測れるよう訓練してもらおう」

「10mmって……そんなの無理じゃ……」

「甘ったれた事を抜かすなァー!!」

「ひい!!」

 アルフレッドに一喝され、クローデルは大人しくなった。

「他に質問はあるか?」

 続いて手を上げたのはアハトくんだった。

「あの、どうしてFWとMFでペアを? FW同士、MF同士じゃ駄目なんですか?」

 アルフレッドはクローデルとは打ってかわり、アハトに対しては優しく答える。

「単純な話、戦術の幅が狭くなるのだよアハト君。同時攻撃を行うにしても、戦闘距離が重なっていると連携が取りにくい。連携が密ならそれでもいいんだろうが、君らの場合は雇われて不特定のランナーと仕事をすることが多い。ならば、型通りの戦法を学ぶのが良策というものだ。わかるだろうか?」

「……はい、何となく」

 アハト以降は誰も手を挙げず、アルフレッドは声高々に宣言した。

「では、解散」

 アルフレッドの合図で訓練生たちの緊張が一気に溶け、雑談の声が響き始める。

 その頃になってようやくアビゲイルが筐体から出てきた。

 葉瑠はアビゲイルに駆け寄り、賞賛の言葉を贈ろうとした。

 が、言葉を告げる前にアビゲイルはその場に座り込んでしまった。

「ア、アビゲイルさん!?」

 体調不良だろうか。ただでさえ白い肌が更に白さを増している。

 顔面蒼白とはこのことを言うのだろう。

 葉瑠はアビゲイルの隣に腰を落とし、彼女を介抱すべく肩に手を置く。

「大丈夫? 顔色悪いけど」

「大丈夫、です」

 声もか細い。先ほどまで2機のVF相手に派手に立ちまわっていたとは思えない。

 対戦で何かトラブルでも起きたのだろうか……

「大丈夫じゃないよ、これは……」

「問題ありません、離れてください」

 アビゲイルは葉瑠の手を振りほどき、ゆっくりと立ち上がる。

 しかし、すぐにへたり込んでしまった。

 葉瑠はとっさにアビゲイルの体を支える……が、支えきれず一緒に床に尻もちを付いてしまった。

「おいおい何転けてんだよ……」

 大きな動作が目立ったようで、結賀とリヴィオが駆け寄ってきた。

 結賀はアビゲイルを介抱しようと腰に手を回す。が、リヴィオが葉瑠の方へ向かうのを見てリヴィオを蹴り飛ばし、葉瑠に目標を変えた。

 葉瑠は結賀に手を引っ張ってもらい、勢い良く立ち上がる。

 葉瑠と結賀は二人で協力し、アビゲイルの上体を起こした。

 アビゲイルはぐったりしており、生気が全く感じられなかった。日頃からビスクドールのように綺麗だとは思っていたが、この状態はまさしく人形そのものだった。

 そんなアビゲイルを見て、結賀は葉瑠に問う。

「アビゲイルの様子、おかしくないか」

「体調不良だと思うんだけれど……」

 葉瑠と結賀はアビゲイルの顔を覗き込む。

 見られていることに遅れて気づいたのか、アビゲイルは体に力を入れ、再度立ち上がろうとする。

「私は全然平気ですので……うっ」

 しかし、またしても上手く立ち上がれなかった。

 結賀は呆れたふうにため息を付き、アビゲイルから離れる。

「よし、リリ先生呼んでくるか」

 リリ先生ことリリメリア・ホイスは学園の校医さんだ。

 重症化してもいけないし、先生を呼ぶのが適切な判断だろう。

「それがいいね。お願い、私はここでアビゲイルさんの様子を看ておくから」

「おう、すぐ戻ってくるからな」

 結賀はそう言ってすぐに駆け出す。

 結賀が去ると、チャンスと言わんばかりにリヴィオが葉瑠の隣に腰を下ろした。

「じゃあ俺もここで葉瑠と一緒に看病を……」

「おら、お前も一緒に来るんだよリヴィオ」

 ニコニコしていたリヴィオだったが、戻ってきた結賀によって言葉を遮られてしまった。

「何で俺まで……」

 リヴィオは悲壮感たっぷりの表情を浮かべつつ、結賀と共に医務室へ向かっていった。

 二人きりなってしばらく経つと、唐突にアビゲイルが口を開いた。

「――葉瑠、自室に連れて行ってくれませんか」

 相変わらず血色は悪い。が、口調ははっきりとしていた。

「ちょっと待って、もうすぐリリ先生が来ると思うから……」

「あまり医者に見られたくないのです」

「そんなこと言わずに……」

「仕方ありません。自分で何とかします」

 アビゲイルはそう言うとふらふらと立ち上がり、よたよたと歩き出す。そして、恐ろしいほど遅い速度でトレーニングルームから出て行く。

 葉瑠はアビゲイルを引き止めるべく後を追う。

「アビゲイルさん、無理しない方が……」

「無理などしていません。私は……うっ」

 反論したアビゲイルだったが、すぐに口元を押さえてトレーニングルーム隣のトイレに駆け込んだ。

 アビゲイルはそのまま洗面台にもたれ掛かると、体を折る。

「うぇ……」

 そして、何か黒い液体を嘔吐し始めた。

 それは人間の体内から出ていい種類の液体ではなかった。

 どす黒い液体は滝のごとくアビゲイルの口から吐き出されていく。

 数秒かけて洗面台を黒く染め上げるほどの量を吐き終えると、アビゲイルは体の力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。

 衝撃の光景に唖然としていた葉瑠だったが、慌ててアビゲイルの背中を擦る。

「大丈夫? というか絶対大丈夫じゃないよねそれ!?」

 吐血ならまだしも、この黒さは尋常じゃない。

 アビゲイルは口元をペーパータオルで拭い、再度告げる。

「自室に……お願いします」

「……」

 彼女の体も心配だが、ここまでお願いされると流石に断れない。

 葉瑠はアビゲイルに肩を貸し、女子寮へ向かうことにした。

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