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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 3 二重の鎖
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 25 -首謀者-

 25 -首謀者-


 ……どうして花は美しいのだろうか。

 色鮮やかだから美しく感じるのか

 幾何学的な形状や模様に魅力を感じるのか

 甘い香りを心地よく感じられるからだろうか

 花から生命の力強さや息吹を無意識の内に感じ取っているからだろうか

 理由は様々あると思うが、僕が思うに花は散り逝く運命にあるから美しく感じられるのだと思う。

 生命の営み……人と比べて短いサイクルで行われているそれに、人は自分の人生を重ね、共感しているのかもしれない。

 もっと科学的に考えれば、色鮮やかな花弁や甘い香りに意味は無い。無数の進化の中で、それらの特徴を有する品種は花粉を運ぶ羽虫に相対的に発見されやすく、種を存続できただけの話だ。

 花は美しくなろうとしたわけではない。生き残るために努力したわけでもない。

 そこに神の意志など介在しない。全てはゆらぎ、偶然の産物なのだ。

 我々の美的感覚も、つまる所は羽虫と大差ないということだ。

 今は品種改良などが普遍的に行われているが、改良された花は既に花ではない。人の手が介在している、ただの芸術作品だ。造花と大差ない。

 芸術作品が悪いわけではない。試行錯誤の末に生まれた花は美しいし、その背後にある研究者の努力も含めて素晴らしいと思う。

 ただ、それを花と呼ぶのは違和感がある。それだけのことだ。

 現在、宏人はそんな違和感だらけの場所……農業実験プラントの中にいた。

「こんな所があったんですね……」

 メインフロートユニット、そのエレベーターシャフトでは農業が行われている。

 様々な品種の野菜や果物が完全管理の下栽培されており、ここで作られた作物は高級品、ブランド品として多く輸出されている。

 ここでは農業体験もできるので、それなりに人気の観光スポットにもなっている。

 農業実験プラントはこの海上都市ができた当初、その名の通り人工栽培の効率的手法を試験するべく作られた場所だ。

 円筒状のエリアは周囲を壁に囲まれ、外は全く見えない。が、上辺部には採光窓があり、今は月の光を取り込んでいた。

 内部にあるのは朽ちた研究棟と花だけだ。

 研究棟は今は誰も使っていない。長年に渡り放置され、管理も行き届いていない。

 つまりここは花が野放図に咲いているだけの場所なのだ。

 広い敷地内に咲いているのは全てが品種改良によって生まれた花。

 複数種、色とりどりの花が入り乱れ咲き乱れている眺めは最高だが、むせ返るような蜜の匂いのせいで居心地がいい場所とは言い難かった。

 実験プラントの一角にあるコンクリート造りの建物。朽ち果てた建物の2階通路から花畑を眺めていると、声を掛けられた。

「ようヒロト、待ったか?」

「いえ、ちょうど5分前に来たところです、シンギ教官」

 シンギから呼び出しの連絡を受けてから1時間後、宏人はメッセージに記載されていた地図通りに道を辿り、この場所に辿り着いたわけである。

 どうしてこんな辺鄙な場所に呼び出されたのか。宏人は構うことなく質問する。

「わざわざこんな所に呼び出さなくても、教官室で話せば良かったじゃありませんか」

「今は何処で誰が何を聞いているか分かったもんじゃねーからな。こんなところじゃねーと落ち着いて話もできねーよ」

「そんなに重大な話なんですか」

「ああ、トップシークレットってやつだ」

 シンギは窓枠に肘を置き、外を眺める。この場所には慣れているのか、花畑に関して特に何も感じていない様子だった。

 宏人はシンギの隣に移動し、話を続ける。

「トップシークレットと言うと……もしかして、内部調査で何か重大な事実でも分かったんですか?」

「いいや、内通者は見つからなかった。つーか、そもそも連絡役を学園に置く必要が無かったんだ」

 話が見えない。

 宏人は質問を重ねる。

「それは、どういう意味ですか?」

「首謀者本人が学園内にいたってことだ」

「が、学園内に!?」

 驚きの事実に宏人は柄に似合わず素っ頓狂な声を上げる。

 シンギは外に向けていた顔をゆっくりと宏人に向け、告げた。

「――まさか、オメーが首謀者だったとはな、ヒロト」

「!!」

 シンギの真紅の人工眼球はまっすぐ宏人に向けられていた。

 この状況が信じられず、宏人は思わず苦笑いしてしまう。

「あはは……何を言ってるんですかシンギさん、どうして僕が……」

「白々しいぞヒロト」

「……」

 シンギはただまっすぐと宏人の目を見ていた。

 疑う余地もない、はっきりとした確信を持った目……

 これ以上言い訳をしたところで逃れられないだろう。そう判断した宏人は認めることにした。


 ――自分がURの首謀者だということを


「バレましたか。上手くやっていたつもりだったんですが」

 宏人は窓枠から離れ、反対側の壁に背を預けた。

 ……川上宏人

 彼こそジェイクが主と崇める人物であり、イリエが雇い主と呼ぶ人物であり、そして、代替戦争の妨害を行っている首謀者、張本人であった。

 シンギは窓に背を向け、宏人と向かい合う。

「正直、オレも全く分からなかった。が、最初に違和感を覚えたのはシャノンとの顔合わせの時だ」

「そこからですか。さすがはシンギさんです」

 正体がバレてもなお、宏人は落ち着き払っており、シンギもまた、落ち着いた様子で会話を続けていた。

「お前、俺の到着時刻を知ってただろ? 俺は誰にも帰る日も時刻も教えてなかった。なのにどうして迎えに来れたのか……お前は俺の到着時刻を知っていたんじゃない。シャノンの到着時刻を知っていた。違うか?」

「その通りです」

「まだこの時点じゃ疑ってなかった。お前がシャノンと知り合いの可能性もあったからな。……だが、お前はシャノンに対し初対面の態度をとった。それで強い違和感を覚えてな。密かにシャノンの行動をセブンに監視させていたっつーわけだ」

「シンギさん、それなりの洞察力があったんですね。驚きです」

「馬鹿にしてんのか?」

「ええ、結構馬鹿にしてました。VFBのことしか頭にない戦闘狂バトルマニアだと思っていましたから」

「言うじゃねーか」

 シンギは不敵な笑みを浮かべ、シャノンに対する監視についても説明する。

「疑い半分の監視だったから適当なところで切り上げようかと思ってたんだが……今日初めてシャノンが「主」とかいうやつと連絡を取ってな。その連絡先がお前だったんだよ」

 連絡について、宏人は疑問を投げかける。

「どうやって通信を傍受したのですか? 暗号化通信で連絡していたはずなんですが」

「ああ、確かにそうらしいな。だが、街頭カメラのマイクがしっかりと会話を聞いていたぞ……お前とジェイクの会話を、な」

「なるほど、それは盲点でした」

 暗号化通信ならば傍受されない。その過信がボロを生み出してしまったようだ。

「さて、取り敢えず、お前らが誘拐した瑞月を返してもらおうか」

 早速シンギは宏人に要求を突きつける。

 宏人は話をそらす。

「そんなことより、僕を拘束するのが先決なんじゃないですか?」

「うっせーな。お前を拘束したところで瑞月の居場所を吐くとも限らねーだろ」

 この言葉で宏人は相手側の状況全てを把握してしまった。

 通話は聞かれてしまったが、ジェイクは上手いこと瑞月の確保に成功し、無事に身を隠せたようだ。

「ジェイクと溜緒瑞月を見失ったんですね」

「……!!」

 シンギは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 取り繕っても意味が無いと判断したらしい、早速譲歩案を提示してきた。

「今日のところは見逃してやる。その代わり瑞月を返せ」

「なるほど、これを言うために一人で来たんですね……」

 僕を確保するのが目的なら、複数人でここに来るはずだ。シンギさんは最初から僕を見逃すつもりで、先ほどの条件を持ってきたのだ。

 となると、この件は誰にも話していない可能性が高い。

 僕の正体を知ってもなお交渉の余地があると信じているなんて、流石はシンギさんだ。

 だが、人質がいる以上、こちらの有利は揺るがない。

 宏人はシンギの提案に乗らず、別件について話し始めた。

「シンギさん、あなたはこの異常な状況を何とも思わないんですか」

「は?」

「セブンに管理される社会、人間の尊厳性が失われているんですよ」

「いきなりなんだ、藪から棒に」

 話を聞く気はあるみたいだ。

 宏人は自分の理念をシンギに告げる。

「セブンは飽くまで道具として扱われるべきで、それを扱うのは完璧な思想を持った人間でないとならない。そうは思いませんか?」

「瑞月を使ってセブンを乗っ取ろうって腹づもりらしいが……不可能だと思うぞ?」

「不可能?」

「あいつがお前の言う通りに動くとは思えねーし、そもそも、セブンを乗っ取るなんて真似、誰も出来やしねーよ」

「乗っ取ろうだなんて考えていませんよ。僕はセブンを破壊したいだけです」

「!?」

 宏人の告白に、シンギの目が大きく開かれる。宏人は加えて説明する。

「言い方が足りませんでしたね。セブン自体を……人工衛星明神を破壊するのは容易いです。が、本体を破壊してもセブンはバックアップデータ端末を用意しています。これがある限り、イタチごっこです」

 データさえ残っていれば、セブンは容易に復活できる。

 確実に破壊するためには、外堀から埋めていく必要があるのだ。

「ですから、バックアップを完全に削除した後、改めてセブンを破壊するつもりです」

「バックアップって……本当かセブン?」

 シンギは宏人ではなく、セブンに問いかける。

 1秒もしない内に手元の携帯端末から合成音声が返ってきた。

「彼の言うとおりです。私も所詮は機械です。故障する可能性は十分にありますし、メンテナンスは必須です。代替戦争が始まってから10年しか経っていませんが、既に各所にエラーが発生し始めています。恒久的に平和を維持するためにも、バックアップ端末の開発は急務だったのです」

「マジか……何で秘密にしてたんだ?」

「これは私という存在の存続に関わる重要な情報です。知っている人間は少なければ少ないほどいいに決まっています。どうしてこの情報を川上宏人が知っているのか、全く想像もつきませんが……ともかく、溜緒瑞月には私のバックアップデータ端末の保守管理を任せています。彼女ならばデータを消去することも容易いでしょう」

 セブンの話を聞き、シンギは頭を抱える。

「バカかお前は……それを言ってりゃ真っ先に瑞月を守ってたってのに……」

「すみません。このような事態は全くの想定外でしたので」

 自分が消去されるかもしれないのに、セブンは至って冷静だった。

 AIなので冷静なのは当たり前かもしれないが、それにしたって緊張感がなさすぎる。

 シンギは顎に手を当て、宏人に質問する。

「待てよ、目的が瑞月なら何故URを……代替戦争を妨害するような真似を?」

「セブンの気を引くための囮です。そして、セブンが絶対的な存在ではないと世に知らしめるためです」

 事実、現時点でURの戦力はファスナ・フォースを大きく上回っている。

 セブンを破壊すれば、誰も僕達に逆らうことはできない。

「バックアップ端末を破壊し、明神を破壊すればセブンは完全に消滅します。その後、僕たちは世界に秩序をもたらします。機械による冷酷な管理ではなく、人に手による温かい秩序を……」

 宏人が喋っている間、シンギは冷ややかな視線を送っていた。

 そんな視線を物ともせず、宏人はシンギに誘いをかける。

「どうですシンギさん」

「何がどうなんだ?」

「シンギさんは元々強い相手を求めてスラセラートを設立したんですよね? セブンの庇護下にある今の世界では強敵は現れません。が、一旦この平和が崩れれば裏の世界で蠢いているランナー達と思う存分戦えますよ」

「そりゃいいな」

「よかった。じゃあ僕達に協力して……」

 宏人はシンギに近づく。しかし、シンギから返っていたのは拒否の言葉だった。

「断る」

 シンギはドスの利いた声で宏人に告げる。

「確かに俺は強敵と戦いたい。が、俺には守るべき女がいる。セルカに危険が及ぶ可能性がコンマ%でもあるなら、賛同するわけにはいかねーな」

「日和りましたね。世界最強のランナーが聞いて呆れます」

 宏人は肩をすくめ、首を左右に振る。

 その態度が気に食わなかったのか、シンギは宏人に詰め寄る。

「うるせーよ馬鹿。つーか、瑞月を返せって言ってんだ」

「先ほどの話、聞いてましたか? セブンを破壊するために彼女は必要不可欠な人材なんです。返すわけがないでしょう」

「決裂だな。仕方ねーが、ここでお前を捕まえる」

 シンギは宏人の胸倉をつかみ、壁に押し付ける。

 宏人は無抵抗を貫いており、余裕の笑みすら浮かべていた。

 シンギはカーゴパンツから何かを取り出し、宏人の肩に押し当てる。

 それは小型の注射器だった。

「毒……じゃないですよね?」

「当たり前だ。ただの麻酔薬だ」

 シンギは注射器のロックを外し、改めて宏人の肩に押し当てる。

 しかし、いきなり現れた小さな手によって、その注射器は奪われてしまった。

「――へー、こんなもの用意してたんだー」

 注射器を手にまじまじと観察していたのはブロンドショートの髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ少女、カヤ・クレメントだった。

 予想だにしない人物が現れ、シンギは一瞬動きを鈍らせる。

 その隙にカヤは注射器をシンギの太ももに押し当て、注入ボタンを押した。

 ガス圧により麻酔薬は体内に侵入し、間もなくシンギはその場に崩れ落ちた。

「カヤ!? どうしてここに……う……」

 カヤはうつ伏せに倒れたシンギの目前に座り、頬をつつきながら笑う。

「シンギ、完全に油断してたでしょー。生身でも強いって聞いて不安だったけれど、杞憂だったみたいねー」

「……お前、何で……」

 シンギの息絶え絶えの質問に対し、カヤは宏人に抱きつくことで応えた。

「こういうことだから、ごめんねー」

 宏人はカヤを引き剥がす。

「シンギさん、あなたは必ず邪魔になる。しばらくの間大人しくしていてもらいます」

「……」

 シンギは唇を動かすも声が出ず、そのまま眠りに落ちた。

 代わりにセブンが発言する。

「カヤ・クレメントもURの仲間でしたか……こうなると他にも複数名学園内に仲間が潜入していると考えていいかもしれません」

「わたしの場合、仲間というよりお目付け役って感じかなー」

「どうでもいいです。……とにかく、今すぐ全世界にこの事実を公表します。あなたの逃げ場所はありません。シンギの提案を受け入れなかったこと、必ずや後悔することでしょう」

「それは止めておいたほうがいいと思うよ」

 宏人はシンギの携帯端末を拾い上げ、セブンに警告する。

「君も知っての通り、君の存在を快く思っていない組織は僕らの他にもたくさんある。米国、中国のような表立った国から、10年前まで世界の実権を握っていた財閥関係者、そして極めつけは戦争を待ち望んで止まない軍需産業関係者……彼らがこの事実を知ればすぐにでもしかるべき行動を起こすだろうね」

 宏人は一方的に話し続ける。

「僕らみたいな小規模組織に手を焼いている君が、これら全てに対処できるとは思えない。君はあっという間に破壊され、仮初めの平和は崩れ去る。その先に待っているのは暴力が全てを支配する無秩序の世界だよ。一度失われた利権を獲得するべく、前時代とは比べ物にならないくらい大規模な戦争が起きるのは想像に難くない。……僕としてもそんな事態は避けたい。君もそんな世界は望んでいないはずだ。だからセブン、君は独力で僕らに対処するしかない」

 ここで宏人は携帯端末を地面に置いた。

「……せいぜい頑張ることだね、セブン」

 穏やかな口調で告げると、宏人は携帯端末を踏みつぶした。

 携帯端末は一撃で破壊され、セブンの声は聞こえなくなった。

 一段落ついたところで宏人はカヤに礼を言う。

「それはそうと、ナイスタイミングだったねカヤちゃん。もう少しで麻酔を打たれるところだったよ」

「どういたしましてー、でも今のってわたしが助けに入る必要あった?」

「大いにあったよ。僕はVFランナーとしては強い部類だけれど、喧嘩にはめっぽう弱いからね」

 宏人は白いジャケットの襟を正し、埃を払う。

「ならいいんだけど」

 カヤも宏人を無意識に真似てか、フリルの付いたフレアスカートの裾の乱れを正した。

 その際スカートがふわりと開き、黒のニーソックスとスカートの裾の間に絶対領域が形成された。

 その絶対領域内、両腿にホルスターが取り付けられていた。

 プラスティック製のホルスターには小振りの拳銃が固定されており、それは彼女が普通の少女ではないことを如実に表していた。

 やがてスカートは元の位置に戻り、ホルスターは隠れ、絶対領域はその姿を消した。

「あ、いま見てたでしょー」

 カヤはいたずらっぽく笑い、上目遣いで宏人を見つめる。

「見てないよ」

 拳銃は見えたが、それ以上の物は見てない。

 宏人の反応がつまらなかったのか、カヤは再び倒れているシンギの目の前に座り込み、頬をつつく。

「あーあ、これで学生生活も終わりかー。結構楽しんでたのになあ」

「元から決まっていたことだから、仕方ないよ」

「だよねー、むしろ長居しすぎたくらいかもね……」

「長居といえば……すぐにでもセブンがここに増援を送ってくるだろうし、早く離れたほうがいいかもね」

 あれだけ挑発したのだ。黙って見逃してくれるとは思えない。

「ん、わかった」

 カヤはシンギから離れ、迷う素振りも見せず2階の窓から飛び降りた。

 3mほどの高さがあったが、カヤは小動物のごとく軽やかに着地し、その勢いのまま農業実験プラントの端へ駆けていく。

 すると、カヤの動きに呼応するように採光窓から巨大な腕が侵入してきた。

 それはVFの腕だった。

 VFは強引に採光窓を破壊すると、壁も強引に破壊していく。

 強固な壁は内側に崩れ落ち、無残にも花々を押しつぶした。

 壁がすべて崩れると、肉厚の装甲を幾重にも纏った巨漢のVF『ジリアメイル』がその姿を現した。

 ジリアメイルは花園の土を抉りながら実験プラント内に入り込み、カヤの手前で停止した。

 停止と同時にコックピットハッチが開き、カヤは軽やかに装甲表面を登り、あっという間にコックピット内部に滑り込んだ。

 カヤの操るジリアメイルはゆっくりと歩行し、研究棟に横付けする。

「じゃあ、頼むよ」

 宏人が声をかけるとジリアメイルは一度だけ頷き、二階に手を伸ばしてきた。

 巨大な手は廊下でぐったりと寝ているシンギを掴む。宏人もその手に飛び乗り、屋外へ移動した。

 宏人が飛び移ったのを確認すると、ジリアメイルはふわりと浮かび上がる。

 そして、先ほど開けた穴から農業実験プラントの外……夜空へと飛び出した。



 農業実験プラントから離脱した後、ジリアメイルはすぐに海に潜りセブンの監視の目から逃れた。重力盾のおかげで海水の抵抗もなくスイスイ進み、長距離移動した後、ジリアメイルは海上に停泊していたタンカー船の内部に入り込んだ。

 縦長い船倉は巨大なハンガーとなっており、ジリアメイルの他にも骸骨のVF『ウィクレル』もケージに固定されていた。

 宏人は未だ意識を取り戻さないシンギを背負い、カヤと共に船室へ移動する。

 広い船室にはロングコートの男、ジェイクが待ち構えていた。

 ジェイクは宏人を見た途端すべてを悟ったようで、宏人の正面に跪いた。

「主……あなたが主だったのですね。近くにいたのに気づけなかった自分が不甲斐ないです……」

 宏人はシンギを床に置き、ジェイクと向かい合う。

「若造だと知られると色々面倒かと思って秘密にしていたんだけれど……この様子だとそんな心配は無かったみたいだね。これからもよろしく頼むよ、ジェイク」

 そして、ジェイクの肩をポンと叩いた。

 ジェイクは素早くその手を掴み、より深く頭を下げた。

「この身を捧げてでも主に尽くします……」

「なにそれー、ばっかみたい」

 カヤはその芝居じみた大げさな反応を冷ややかに見ていた。

 言葉が気に障ったのか、ジェイクは顔を上げると同時にのっそりと立ち上がり、カヤの正面に立ちはだかった。

「何だこの生意気なガキは……」

 長身で不気味な風貌のジェイクを前にしても、カヤは一歩も引かなかった。

「わたしはカヤ・クレメント……中国に雇われてる傭兵ランナーだよ」

 カヤの自己紹介を聞いた後、すぐにジェイクは宏人に確認する。

「中国の……ということは、コレが例の監視役ですか?」

「ああ、そのとおりだよジェイク……」

 カヤは結構厄介な立ち位置にいる。

 まずは中国について説明しよう。

 中国は代替戦争に参加せず、諜報や暗殺などの別の方法で“戦争”を行っている唯一の国だ。

 彼らにとってセブンの存在は目の上の瘤であり、中国の高官の大半が一日でも早くセブンに消え去って欲しいと願っている。

 他にも問題はある。

 軍部は10年前にセブンに辛酸を嘗めさせられ、おまけに以後10年にわたってセブンに監視されているせいで、爆発寸前らしい。

 このままだと内部から崩壊しかねない。最悪の事態を避けるためにも、セブンを破壊しておきたいのだろう。

 宏人はそこに可能性を見出し、中国に直に協力を要請した。

 この要請はうまい具合に成功し、二つ返事でOKをもらった。お互いに利害が一致したのだ。断る理由は全くない。

 結果、宏人はセブンの排除を条件に中国から高性能なVF……ウィクレルとジリアメイルの2機を提供してもらっている。

 だがいい事ばかりではない。宏人は行動を監視されることとなり、カヤ・クレメントが監視役としてくっついているわけだ。

 彼女についての話に戻ろう。

 カヤは幼いながらも戦士としての技術を詰め込まれた、正真正銘の工作員だ。

 大人に比べて身体能力はかなり劣るが、こと諜報や暗殺において“子供”という外見は大いに役立つ。

(こんな娘が工作員だなんて、世も末だなあ……)

 学園では11歳と公称していたが、実際の年齢は不明だ。しかし、少なくともティーンエージャーであることは確かだろう。

 ……他にもこんな境遇の子供がいるかと思うと、暗い気持ちになってしまう。

 これ以上考えていると夜も眠れなくなってしまう。

 宏人は雑念を振り払い、話を前に進めることにした。

「それで、溜緒瑞月は?」

「客室に監禁しています。暴れるかと思い睡眠剤を用意していたのですが、捕まってから始終大人しくしています」

「肝が座っているね、彼女にデータ消去をさせるのは骨が折れそうだ」

 宏人はシンギを指さし、ジェイクに指示する。

「悪いけれど、彼も客室に監禁しておいてくれないかな」

 ジェイクはシンギに近づくも、触ろうとはしなかった。

「シンギ・テイルマイト……ここで殺した方が良いのでは?」

 相変わらず物騒な人だ。

 宏人は重ねて説明する。

「全てが終われば、彼は世界の秩序維持に多いに役立つ。その時まで眠っていてもらうだけだよ。さあ、運んでくれ」

「了解いたしました……」

 ジェイクは軽々とシンギを肩に担ぎ、船室から出て行った。

「さて、海上都市ともこれでおさらばだね」

 宏人は背伸びをし、船室内の椅子に腰を下ろす。

「待っててよ葉瑠ちゃん。必ず君が住み良い世界にしてあげるからね……」

 船は静かに動き出し、暗い海を滑るように移動し始めた。

 ――以後、宏人がスラセラートに戻ってくることは二度となかった。

 これで第3章『二重の鎖』は終了です。


 第4章では葉瑠たちは2年生になり、FW、MF、DFなどに分けられチーム戦術を学んでいくことになります。これまで1対1が基本だった葉瑠にとって、チーム戦は大きな課題となりそうです。


※2015/07/31 一部人物名が間違っていたので修正しました。


 今後もよろしくお願いします。

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