05 -驚愕の事実-
05 -驚愕の事実-
「意外と簡単……かも?」
スラセラート学園を出て2時間後
葉瑠は中央フロートユニット商業地区の中にあるゲームセンター内にいた。
VFバトルを模したゲーム……VFOB(VFオンラインバトル)はゲームセンター内の2階に設置されており、葉瑠はその中でも目立たない場所でひたすらプレイに徹していた。
対戦相手はもちろん最弱レベルに設定したCPUだ。
最初は右往左往するだけでまともに戦えなかったが、30分すれば戦えるようになり、1時間すると勝てるようになってきた。
回避も何も考えないゴリ押し戦法だが、一応イメージ通りにVFを動かせる。
まだイージーモードしかクリアできないが、ここまでできれば十分だろう
もう時間も遅いし、これ以上こんな場所にいたらトラブルに巻き込まれかねない。
明日に備えて今日は早く寝よう。
「ふぅ……」
葉瑠は近場に安宿がないか調べるべく情報端末片手に筐体内から出る。
出る時、改めて葉瑠はこのゲームが本格的だと感じさせられた。
コックピットシートはハンガーにいた時に乗った本物と大差ないし、HMDに映る映像もとてもリアルだ。
これをワンコインで3プレイも出来るのだから、かなりお得だ。
日本にも同じような筐体はあったが、確かワンコインで1プレイしかできなかった気がする。
そんなことを考えていると宿の検索が終わったらしい、携帯端末に地図とマーカーが表示された。
「えーと、一番安いのは……」
筐体の脇で情報端末と睨めっこしていると、声を掛けられた。
「あれ? 葉瑠?」
いきなり話しかけられ、葉瑠はビクリとしてしまう。
……このゲームセンター内に入った時にも感じたことだが、ここには危なそうな若者が結構たむろしている。ゲーム中も真ん中の方では異常なほど盛り上がっていたし、罵声なども聞こえてきた。
もしかして、私のプレイが素人過ぎて気に食わなかったのだろうか……
恐る恐る顔をあげると、そこには見知った顔があった。
「あれ? 結賀さん、どうしてここに」
葉瑠の正面、快活な笑顔を浮かべていたのは結賀だった。
「それはこっちのセリフだ」
結賀さんはこちらの許可もなく背後からハグしてきた。
自然でいて大胆なアプローチに驚き、葉瑠は何もできずに固まってしまう。
結賀さんは自分が格好良いということが分かっているのだろうか。こんなことをされたら女の子は嫌でもドキッとしてしまうし、そうでなくとも気があるのではないかと勘違いしてしまう。
サラサラのブラウンヘアーがこちらの頬を撫でる。
顔のすぐ横に優雅さんの横顔があり、耳元にはピアスが赤く光っていた。
その体勢のまま10秒
十分にハグを堪能したのか、結賀さんはこちらから離れてくれた。
結賀は葉瑠の正面に回りこみ、質問する。
「それで、エンジニアコースの試験どうだった?」
「……」
葉瑠は言い淀んでしまう。
正直に話したい気持ちもあるが、さすがに自分が更木の娘だとは言えないし、ましてや嘔吐して医務室に運ばれて寝ている間に試験が終わったとは言えない。
……結果だけを話そう。
「えーと、色々とありまして……私もランナーコースを受けることになったんです」
「おー!!」
今度は正面から抱きつかれた。
おまけに頭も撫でられてしまう。
……やっぱり悪い気はしない。
「そう来なくちゃ。葉瑠はエンジニアっていうよりランナーだもんな。初めて見た時からランナーのほうが似合うって思ってたんだよ」
結賀さんは高いテンションを保ったまま私の選択を賞賛してくれた。
「ランナーコースを受けるってことは、操縦技術もそれなりにあるってことだよな? 今からオレと対戦してみるか?」
結賀さんは勘違いしているみたいだ。
ランナーコースを受けるからといって、操作技術が上手いというわけではない。
葉瑠は素直に打ち明ける。
「実は私……操縦に関してはずぶの素人でして……まともに対戦できないと思います……」
「素人?」
「はい。こうやって操作するのも今日が初めてなんです」
「マジかよ……」
結賀さんのテンションがみるみるうちに下がっていく……かと思いきや、結賀さんは大声で笑い始めた。
「あはは、すげーな葉瑠。操作経験がないのにランナーコースを受けようだなんて、しかもよりによってスラセラート学園の……ふふ」
「笑わないでくださいよ……」
こちらは本気なのだ。笑われると少しイラッとする。
結賀さんはひとしきり笑い終えると、周囲をぐるりと見渡し呟く。
「それはそうと、ここの連中結構レベル高いな。プロのランナーもいるんじゃねーか……?」
「プロのランナー……?」
葉瑠は周りを見てみる。しかし、視力も悪い上に室内が暗いせいでよく確認できない。
「違う違う、モニターを見てみろよ」
葉瑠は言われるがまま壁面にかけられた巨大なモニターを見る。
どうやらこのゲームセンター内に対戦ネットワークが敷かれているようで、モニターには現在行われているバトルの様子が映しだされていた。
(やっぱりみなさん強いですね……)
動き方からして全く違う。私とは比べ物にならないくらい上手だ。
右側のモニターでは、4機が2機ずつのチームに分かれ、ミドルレンジで銃撃戦を行っていた。お互いに右に左に跳びはね、敵の攻撃を回避し、動きを予測して射撃している。見事なものだ。
左側のモニターでは、2機がクロスレンジで格闘戦を行っていた。一方はシールドと幅広の剣を持ち、もう一方は大きな斧を装備している。どちらとも重量級の武器を所持しているにもかかわらず、その戦闘速度は目で追うのがやっとのほどだった。
……イージーモードをクリアしたくらいで自信をつけた気になっていた自分が情けない。
最低でも対戦で勝利できるくらいの実力がなければ、試験には合格できないだろう。
せっかく会えたことだし、結賀さんに操作のコツを教えて貰おう。
「結賀さん、私……」
「“結賀”でいいぞ。呼び捨てのほうがしっくり来るし」
頼もうとするも、早速出鼻をくじかれてしまった。
葉瑠は一度出掛かった言葉を飲み込み、応える。
「あ、はい」
はい、と返事をしたものの、葉瑠はかなり動揺していた。
男の子を呼び捨てにするなんて、そんな恥ずかしい事できそうにない。
そんな動揺を隠すため、葉瑠は言い返す。
「それじゃ私も呼び捨てで……と言うか、もう呼び捨てにされてましたね……」
私とは違って結賀は出会った瞬間から“葉瑠”と呼び捨てていた気がする。
馴れ馴れしいというかフレンドリーというか、こういう所が彼の魅力なのだろう。
奥手の私がドキドキしているくらいだ。ミーハーな女子ならイチコロに違いない。
一人で悶々としていると、結賀はいきなりこちらの両手を握りしめてきた。
いきなりの接触に、葉瑠はまたしてもビクリと体を震わせ、おまけに変な声も上げてしまう。
「ひゃ!?」
そんな声を無視して、結賀は真面目な表情で告げる。
「葉瑠、今更なんだけど……友達になってくれないか?」
「え?」
戸惑う葉瑠を尻目に、結賀は力説し始める。
「初めて見た瞬間から、葉瑠とは仲良くなれるって確信してたんだ。上手く説明はできないけど、強いていうなら一目惚れだな」
「……!?」
一目惚れ
確かに今結賀は一目惚れと言った。
こんな私を……洒落っ気のない黒縁メガネの地味な髪型の幸薄そうな女に一目惚れするだなんて、常識的に考えてあり得ない。
「な、何言ってるんですか結賀……」
言葉では否定していても、葉瑠は心の中では喜んでいた。
まさか私の人生でこんな場面に出会えるなんて思っていなかった。
興奮と恥ずかしさと嬉しさのせいで顔は赤く染まり、視線は右に左に泳ぎ、口元は緩みきっていた。
そんな葉瑠の顔を見て、結賀は口元を押さえて吹き出す。
「あははっ、どんだけシャイなんだよ」
「うー……」
こんな事になった原因は結賀にあるのに、その結賀本人に笑われるのは納得できない。
結賀はひとしきり笑った後、改めて私に申し込んできた。
「友達、なってくれるよな?」
「……はい、もちろんです」
こちらが快諾すると、結賀は満足気に頷いた。
改めて友達と言われると何だか気恥ずかしい。
「……あ、そういえば結賀はどうしてゲームセンターに?」
葉瑠はふとした疑問を投げかける。
待っていましたと言わんばかりに結賀は語り始める。
「……実は、このゲーセンにすげー強い奴が出没するって噂を聞いてな。本当は早めに寝る予定だったんだが、睡眠時間を返上してそいつと対戦しようと考えたわけだ」
「そうですか……」
やはり結賀は喧嘩っ早いというか、好戦的な性格をしている。
リヴィオくんと初対面で喧嘩をするくらいだし、頭のなかは対戦のことでいっぱいに違いない。
「それって、どんな人なんです?」
葉瑠は周囲を見渡してみる。相変わらずゲームセンター内は暗く、その上カラフルなライトが点滅しているため顔などは全く視認できない。
人を探すには最悪の環境だ。
「どんな人っていわれてもなあ……」
こちらの質問に対し結賀は肩をすくめる。どうやら顔も名前も知らないみたいだ。
「別に急ぎの用事があるわけでも無いし、そいつのことは後回しだ。……今は葉瑠の操作技術を少しでも上げないとな」
結賀は練習に付き合ってくれる気満々だ。
一人で練習するのにも限界を感じていた。経験者の指導があったほうが効率よく操作技術を習得できるだろう。
結賀は背後にある筐体にもたれかかり、腕を組む。
特にポーズを意識している様子はないが、これだけで様になるのだからイケメンは凄い。
結賀は腕を組んだ状態で右腕を耳元に持って行き、ピアスを弄りつつ話を進める。
「試験内容は予想もつかないが、受験生全員分のパーソナルデータを収集したわけだし、少なくとも対戦が行われるのは間違いねーな。だから、AI相手だけじゃなくて人間との対戦にも慣れておいたほうがいいと思うぞ」
「じゃあ、結賀と……」
「駄目だ」
結賀は葉瑠の提案をきっぱりと断り、一息置いてその理由を告げる。
「例え練習でも戦ったら絶対に自信なくすぞ。オレ、超強いから」
「……」
手加減とか、そういう発想はないらしい。
女の子の扱いは器用なのに、VFに関しては不器用極まりない。
こちらが沈黙している間、結賀は壁面のモニターを眺めていた。
「お、あいつとかいいんじゃないか? 筐体の番号は……33番か」
どうやら対戦相手を見繕ってくれているみたいだ。
素人の私とまともに試合してくれそうな人がいるとは思えない。……が、頼むだけならタダだし、ダメ元で話しかるのもいいだろう。
結賀は勝手に筐体番号33に向けて歩き始める。
ちょうど対戦が終わったらしい。タイミングよく筐体内からプレイヤーが出てきた。
「はあ、困りましたね……」
溜息混じりの暗い表情で姿を現したのは、女性のプレイヤーだった。
まず目を引いたのが、透明感のある銀のロングヘアーだ。暗い屋内でもその銀はきれいな光を放っていた。
年齢は……私達より少し年上くらいだろうか。身長は私達とそう変わらない。
服装はぶかぶかのパーカーにフリル付きのスカートを履いていた。
可愛い出で立ちの彼女だったが、左手首には男物であろう金属製の黒塗りのブレスレットが嵌められていた。
この場に似つかわしくない彼女だったが、どことなくベテランの雰囲気を漂わせていた。
結賀は早速彼女に接近し、ナンパまがいのセリフを吐く。
「なあ、暇なら付き合えよ」
どうして結賀は女性に対してこんなに遠慮無く接することができるのだろうか。
話しかけられたパーカーの彼女は一瞬きょとんとした表情を浮かべ、すぐに合点がいったように手のひらを叩く。
「……私と対戦したいのですね?」
(わ、綺麗な声……)
耳触りの良い透き通った声だ。ゲームセンター内の雑音の中であっても、その声は際立って異質で、そして凛としていた。
毎朝こんな声で目を覚ましたいものだ。
「話が早くて助かる。勿論、金はこっちが出すからな」
結賀はそう言って、筐体横のコンソールに携帯端末を宛がう。
支払いを知らせる電子音が鳴り、筐体は待機状態からプレイ可能状態になった。
「すぐに対戦申請送るから、ちょっと待ってろよ」
結賀は空いている筐体を探すべく、再度壁面モニターに目を向ける。
モニターの端に空いている筐体の番号が記されているので、探すのには苦労しないはずだ。
後はその筐体に入り、33番のパーカーの彼女にリクエストを送るだけでいい。
パーカーの彼女は筐体の脇に立ったまま興味深そうに結賀を見つめていた。
「……礼儀作法は全然ですけれど、ルールとマナーは弁えているようですね」
結賀は初対面の相手にも関わらず、舌打ちながら睨みつける。
「それ、喧嘩売ってんじゃないだろうな?」
「いえいえ、純粋にそう思っただけですから……」
結賀にガンを飛ばされたというのに、パーカーの彼女は動揺する様子もなくただ丁寧に言葉を返していた。
「ほら、そんなに眉間にしわを寄せていたら、綺麗な顔が台無しですよ?」
この反応で毒気を抜かれたのか、結賀はすぐに大人しくなった。
「……10番が空いてるな。……行くぞ葉瑠」
「あ、はい。よろしくお願いします!!」
「そっちの子が対戦相手だったんですね。……こちらこそお手柔らかに頼みますね」
パーカーの彼女は丁寧にお辞儀をし、筐体の中に入っていった。
葉瑠は結賀と共に10番まで移動し、案内されるがまま筐体内に入る。
HMDを装着すると、早速画面に33番のゲーマー情報が表示された。
そのランキングデータを見て、葉瑠は思わず結賀に問いかける。
「ねえ結賀、さっきの人ランクAAって……」
「ゲームランクはダブルAだが、高性能兵装に頼りきったチキン野郎だ。初期兵装のみのルールならいい勝負ができると思うぜ?」
「そんな、無責任な……」
葉瑠はHMDを外して筐体の外に上半身を出す。
その状態で抗議の声を上げようとするも、すぐに結賀に押し込まれてしまった。
「もう始まるぞ、さっさと戻れ」
「……」
一体どうなるのだろうか……
不安を抱えたまま葉瑠はHMDをかぶり直した。
「――あれ? どこにいますか?」
「こっちこっち」
「あ、見えました。取りあえず撃ってみますね」
「いいですよ」
「よし、命中しました」
「上手上手。動いてる目標に当てるのって意外と難しいのに、素人とは思えませんね」
「ありがとうございます……」
「お前ら何やってんだ……」
パーカーの彼女と対戦を始めてから15分
葉瑠は仮想空間内を走り回るVFを狙い撃っていた。
対戦フィールドは何もない平原。遮るものは何もなく、ただ背の低い草が地面に敷き詰められている。
こちらのプレイ機体はゲーム内で一番最初に手に入るVF、七宮重工製のセブンクレスタだ。
セブンクレスタはお世辞にも格好良いとは言えず、量産機という言葉がよく似合う外見をしていた。
特徴があるとするなら、胸部から腹回りを覆い尽くす大きな装甲だろうか。
武装はノーマルアサルトライフルとノーマルソードの2つだ。が、葉瑠はソードの方は一度も手を付けておらず、ただひたすらライフルで敵を撃っていた。
パーカーの彼女もセブンクレスタで、彼女は距離にして500mほどの位置を右往左往し、こちらの弾丸をひたすら回避していた。
兵装は何もない。もしかして最初から勝つ気がなかったのだろうか。
もはや二人は対戦をしておらず、パーカーの彼女が葉瑠に練習をさせている状況になっていた。
私にとっては有難い対応なのだが、結賀は気に食わなかったらしい。
筐体の扉越しに不満気なセリフを吐く。
「攻撃する度に相手を気遣う奴があるか……。今対戦中ってこと忘れてないよな?」
「そんなこと言われても……」
普段は高性能兵装に頼りきっているとはいえ、実力的にも経験的にもあちらが圧倒に上なのだ。
格下の私にはどうすることもできない。
結賀もそのことを悟ったのか、とうとう最終手段に出た。
「こんな試合中断だ。中断」
結賀は強引に筐体のカバーを開け、勝手に試合終了コマンドを入力する。
HMDが暗転し、対戦終了の文字が表示された。
終了すると、パーカーの彼女は筐体から出てきた。
乱れた髪を手櫛で整えつつ、彼女は謝罪する。
「こうやって訓練するほうが効率的かと思ったのですけれど、余計なお世話でしたか?」
「余計なお世話だ。こんなんじゃ練習にならないだろ」
結賀は怒り心頭のようで、パーカーの彼女を睨みつけていた。
そんな敵対心に参ったのか、パーカーの彼女は困り顔を浮かべる。
「普通に対戦して欲しかったのなら、装備制限なんてしなければよかったんですよ。私はあの戦法以外ではまともに戦えませんし」
「……もういい。対戦お疲れさん」
結賀は邪魔者を追い払うがごとく手払いする。
これ以上の会話は不毛だと思ったのか、パーカーの彼女は困り顔を浮かべたまま軽く会釈し、去って行ってしまった。
さすがの葉瑠も、この結賀の対応には思うところがあった。
「結賀、さっきのは酷くないですか?」
「全然酷くないし、まだ言い足りないくらいだ。雑魚のくせにいっちょ前に教官気取りやがって……」
葉瑠は結賀が苛立っている理由が理解できなかった。
ここでしつこく質問すると更に機嫌が悪くなりそうだし、やめておこう。
葉瑠は「よいしょ」と呟きつつ筐体から脚を出し、頭をぶつけないように慎重に出る。
「もう夜も遅いし、明日に備えて帰りませんか?」
恐る恐る提案してみるも、呆気無く却下されてしまった。
「何舐めたこと言ってるんだ葉瑠。もっと練習しないと試験に合格できないぞ?」
結賀はこちらの二の腕をがっちり掴み、前後に揺らす。
……相変わらず距離が近い。
顔と顔の距離は確実に15cmを切っている。この距離で見つめられたらまともに言い返せない。
それにしても、無闇矢鱈とスキンシップしてくるのは何とかできないだろうか。
触れられる度にビクリとしてしまい、何だか恥ずかしい。
やはり、この人は私を女として見ていないのだろうか……。
黙ったまま狼狽えていると付近から男の声が聞こえてきた。
「お、10番空いてるじゃん。ラッキー」
10番は今私達がいる筐体の番号だ。
葉瑠と結賀はほぼ同時に声がした方向に目を向ける。
そこには観光Tシャツを来た少年がいた。
シャツの前面にはダグラス海上都市のメインフロートユニットのイラストがプリントされている。
そのシャツだけでも目立つというのに、加えて銀の髪に蒼い瞳が彼を更に目立たせていた。
そんな彼の名を葉瑠は知っていた。
「リヴィオくん?」
「お、葉瑠に……結賀か……」
リヴィオくんはこちらを見て嬉しそうな表情を浮かべていたのに、結賀を見る目には嫌悪と苛立ちが篭っていた。
結賀も同じ気持だったようで、わざとらしく地面に唾を吐き、ドスの利いた声で告げる。
「勝手に呼び捨てんじゃねーぞ、カスが……」
「……」
口喧嘩に発展するかと思われたが、意外にもリヴィオくんは冷静だった。
リヴィオくんは一旦目を閉じ、私だけに目を向ける。
「話、聞いたぜ。ランナーコースを受験するんだって?」
「はい。色々とありまして……」
「せっかくだし、練習に付き合ってやろうか? 低いランクだとまともなVFを選択できないだろ。俺のプレイヤーカード使ってもいいぞ」
リヴィオくんの頭にはグラスタイプのHMDが掛けられており、手にはシミュレーションゲームのプレイヤーカードが握られていた。
私の真っ白なプレイヤーカードとは違い、リヴィオくんのは紫色に光っていた。色合いだけを見ても高ランクのカードだということが分かる。
葉瑠は迷うことなく「お願いします」と答えるつもりだった。
しかし、例のごとく結賀に邪魔されてしまう。
「お断りだ」
結賀はノータイムで拒絶の意を示した。
この言葉をきっかけにリヴィオの表情に翳りが見え始める。
「ちょっと聞こえなかったんだが、今なんつった?」
「断るって言ったんだよ馬鹿。さっきのが聞こえないって超耳が悪いな。……それとも言葉を理解できないほど馬鹿なのか?」
「……あ? やんのか?」
リヴィオくんは完全にキレたらしい。ものすごく怖い顔で結賀を睨み始める。
(またこの人たちは……)
葉瑠は呆れていた。
一日何回喧嘩を売れば気が済むのだろう。
……試験を明日に控えたこの状況で、無駄なトラブルは避けるべきだ。
葉瑠は結賀の袖を引っ張り、耳打ちする。
「あの、穏便にいきましょうよ……」
「駄目だ」
「どうしてですか?」
「気に入らないからだ」
「なんてわがままな……」
今日はもう疲れた。宿に帰りたい。
そんなささやかな願いは叶いそうになかった。
結賀は葉瑠の手を振りほどき、一歩前に出る。
「とにかくこの筐体は使用禁止だ。やりたいんなら他のゲーセンに行けよ」
結賀はリヴィオの胸元に手を当て、押し飛ばす。
不意打ちされたリヴィオは2歩3歩とよろめき、筐体に背中を打ち付けてしまった。
「テメエ……ぶっ殺す!!」
リヴィオの目には明確な殺意が宿っていた。
結賀も嬉々として応じる。
「やれるもんならやってみろよ!!」
まず動いたのは結賀だった。
結賀はリヴィオくんの懐に飛び込んだかと思うと体の側面を相手に向ける。その状態で床に左足を固定し、右足を掲げ、穿つように正面に突き出した。
ハイキックである。
空気を切り裂く音が聞こえるほど、その蹴りは豪快かつ疾かった。
しかしその蹴りは命中しない。
リヴィオくんは顔を両腕でガードし、蹴りを避けるようにのけぞったのだ。いわゆるスウェーだ。
結賀の脚はリヴィオくんに届かず、結賀は右足を引いた。
二人とも格闘技の経験者なのか、なかなか様になっていた。
(そうじゃなくてですね……)
一瞬、観戦者気分になってしまった自分を諌め、葉瑠はため息をつく。
誰かこの二人をどうにかしてくれないだろうか……
「そこまでだ」
一触即発の空気の中、迫力のある声が場に響き渡った。
言葉と同時に人影が葉瑠の前を横切り、結賀とリヴィオの背後に回りこむ。
二人は接近してきた人影に反応して距離を取ろうとしたが、あっという間に襟元を捕まれ、上へ持ち上げられてしまった。
「何やってんだお前ら……」
素早く近づいたその人影は、シンギ教官だった。
どうしてここにいるのか、という疑問の前に、葉瑠はシンギの腕力に驚いていた。
そこまでマッチョには見えないのに、人を二人も持ちあげるなんて凄すぎる。
「放せ、こいつ!!」
「てめえ、ふざけんな!!」
持ち上げられた二人はジタバタしながら罵声を浴びせる。
「……仕方ねーなぁ」
シンギ教官は二人の襟から手を放した。
二人は無事に着地し、全く同じタイミングで振り返る。
振り返った瞬間は荒々しかったその表情も、シンギ教官を前にして覇気を失っていく。それどころか青ざめていく。
シンギ教官はスラセラート学園の教官であり、試験官でもある。
問題行動を起こせば評価が下がると今になって気付いたのだろう。
獰猛な獣も尻尾を巻いて逃げそうな鋭い眼光を向けられ、二人は黙りこんでしまった。
二人の考えを読み取ったのか、シンギ教官は小さく笑う。
「安心しろ。活きが良い奴は好きだし、こんな所で点数つける気もしねーよ。……今日はさっさと寝て明日に備えろ」
「……」
「……」
二人は黙ったまま俯いている。
「返事は?」
シンギ教官の確認の言葉に、二人は「はい」と短く応じた。
さっきまであんなに騒いでいたのに、教官を前にするだけでこんなに恐縮するなんて信じられない。
そんなにシンギ教官が怖いのだろうか。
それはともかく、昼間はとてもお世話になったことだし、一応挨拶しておこう。
「シンギ教官、昼間はありがとうございました」
「ん? ああ、お前もいたのか。ゲーセンで練習するなんて、殊勝な心掛けだな」
シンギ教官は近づいてきたかと思うと、こちらの頭に手をのせた。
「ま、程々に頑張れよ」
「……はい」
励まされてしまった。
当たり前のように頭を撫でられているが、こうやって褒められるのも悪くないものだ。
ひとしきり撫で終わると、シンギ教官は再び二人と向き合う。
そして予告もなしにリヴィオくんの頭頂部にチョップした。
折檻されたリヴィオくんを見て結賀も咄嗟に頭部をガードするも、シンギ教官は完全にリヴィオくんだけにロックオンしていた。
シンギ教官はその後も何度もチョップし続ける。
「……リヴィオ、勝手に外出するんじゃねーよ。セルカ叔母さんが超心配してたぞ」
「ちょっとシンギさん、“おばさん”って……」
突っ込みを入れながらシンギ教官のチョップを受け止めたのは、先程対戦に応じてくれたパーカーの女性だった。
……名前はセルカさんというらしい。
馴れ馴れしく会話している所を見ると、シンギ教官の知り合いだったようだ。
「別にいいだろ。間違っちゃいないし」
「でも、“おばさん”はあんまりです……いてっ」
シンギ教官は標的を彼女に変更し、チョップを続ける。
意外と痛いようで、すぐにパーカーの彼女の目に涙が溜まり始めた。
「やめてくださいよシンギさん」
「そんなこと言って、俺に構ってもらえて嬉しいんだろ? 正直に言えよ」
シンギ教官はセルカさん相手にヘラヘラ笑いつつ、容赦なくチョップを繰り出し続ける。
「それは……」
セルカさんは言い淀み、否定しなかった。
チョップされて嬉しいなんて、どんな関係なんだろうか……
(一応、親しい間柄みたいですね……)
シンギ教官とセルカさんはふざけあっていたが、それだけ信頼関係にあるとも言える。
二人のやりとりをぼんやり見ていると、いきなりリヴィオくんが頭を下げた。
「すみませんっした!! 操作の練習をしたいがあまり無断外出してしまいました!! もうしませんからやめてあげてください!!」
リヴィオくんの謝罪は本気だった。腰をほぼ直角に曲げたまま微動だにしない。
よほどセルカさんのことが心配だったのだろう。
シンギ教官はセルカさんへのチョップを中断し、リヴィオくんに注意を促す。
「一応俺らはお前を預かってる身なんだから、あんまり心配させんなよ」
「はい……すぐ帰ります!!」
リヴィオくんは顔を上げたかと思うと、振り返りもしないでゲームセンターの出口めがけてダッシュしていった。
こんな反応をされるとは予想していなかったのだろう。シンギ教官は苦笑いを浮かべていた。
「極端な奴だな……」
そう呟き、シンギ教官も踵を返す。
その際、シンギはこちらにも声を掛けてきた。
「お前らも、さっさと帰れよ」
「あ、はい……」
葉瑠がかろうじて返事をすると、シンギは軽く手を振って応じ、ポケットに手を突っ込んで歩き始めた。
パーカーの彼女……セルカさんはシンギ教官の後を追い、腕に飛びつく。
「やっぱり来てくれたんですねシンギさん……私の事、心配でした?」
「うるせーよ」
嬉しそうに体を振るセルカさんに対し、シンギ教官は無言でチョップを繰り出す。
その後も二人は仲睦まじい様子を周囲に魅せつけつつ、ゲームセンターから出て行った。
シンギ教官がいなくなると緊張が解け、結賀は重いため息を吐いた。
「はあ……勝てる気がしねーわ……」
結賀はその場にへたり込み、項垂れる。
「大丈夫?」
葉瑠は何となく結賀の背中を撫でてみる。
しかし、手のひらが2往復もしない内に結賀はすっくと立ち上がってしまった。
「オレは大丈夫だ。つーか、他人の心配より自分の心配しろよ」
「そうですよね……」
今度は葉瑠が重いため息を吐く。
明日の試験、本当に合格できるだろうか。
思い悩んでいると、結賀に背中を撫で返された。
「ま、心配しすぎても仕方ないからな。いざとなったら助けてやるから安心しろよ」
結賀は言い切り、こちらの背中をポンと叩く。
何だか気合が出てきた。
「自分でも無謀だっていうのは分かってます。でも、頑張りますから」
もう試験を受ける以外に道は残されていない。
背水の陣からの火事場の馬鹿力を期待しようではないか。
その意気込みが伝わったのか、結賀は満足気に頷く。
「やっぱ葉瑠はランナー向いてると思うぞ」
……結賀はいい人だ。
初めて私と友達になってくれた。
困っていた私を助けてくれた。
今も、こんな私に“ランナーに向いている”と言って励ましてくれている。
彼は私に対して誠実さを見せてくれた。
私も、彼に対して誠実であらねばならない。
となると、早い内に打ち明けたほうがいいのかもしれない。
――私が、更木の娘だということを
彼がこの事実を知った時、どんな反応をするのだろう。
受け入れてくれるのか。
それとも拒絶されるのか。
……ぼんやりしている間に帰り支度を済ませたようで、結賀は筐体から離れていく。
「じゃあな、帰ったらすぐ寝ろよ?」
「はい」
「明日は女同士頑張ろうぜ」
「はい……え?」
今、結賀はなんと言ったのだろうか。
(女……同士?)
聞き間違いではない。確かに結賀は女同士と言った。
(女……)
……この言葉を踏まえ、葉瑠は改めて結賀を観察する。
よく見ると胸元は僅かに膨らんでいるし、スリムな体もどちらかと言えば女性っぽい。
肌も男とは思えないほどすべすべだし、声も、声の低い女性で通用するレベルだ。
(でも、まさか、そんなこと……)
葉瑠は恐る恐る結賀に近寄り、ゆっくりと手のひらを前に構える。
「ん?」
奇妙な動きに結賀は怪訝な表情を浮かべたが、ただそれだけで逃げることはなかった。
男か女か判断するのは胸を確かめるのが一番手っ取り早い。
もし女だったら謝れば済むし、男なら尚更問題ない。
葉瑠はどんどん近づいていき、とうとう結賀の真正面に立つ。そして、最後の一息で一気に腕を前に伸ばした。
伸ばした両腕は結賀の両胸に命中する。
命中した瞬間、手のひらに感じた感触が全てを物語っていた。
(あ……やわらか……)
この時葉瑠は全てを理解した。
あんなに当たり前のようにスキンシップしてきたのは、単に女同士だったからだ。
“もしかしたら私に気があるのではないか”と少しでも思っていた自分が恥ずかしい。
「なんだよ葉瑠、ハイタッチか?」
胸を触られたというのに結賀は全く動揺していなかった。それどころか「イエーイ」と言って、こちらと手のひらをパチンと叩き合わせる。
それで満足したのか、結賀は「じゃあなー」と手を振りゲームセンターから出て行った。
「……」
葉瑠は両手を前に突き出したままの体勢で固まり、去っていく結賀の後ろ姿をただ呆然と見つめいていた。