24 -ムーブメント-
24 -ムーブメント-
「宏人さーん、こっちですー」
「……待ってよ葉瑠ちゃん、そんなに急がなくてもいいじゃないか」
商業エリア内、メインストリートに面するショッピングモールにて
葉瑠は人生発のデートに挑んでいた。
結賀やアビゲイルさんとはふたりきりで遊んだことがあるが、男の人とこうやって二人きりでお出かけするのは初めてだ。……多分。
モール内は昼間とあって人が多く、カメラを持った観光客や水着姿の若者など、様々な人で溢れ返っていた。
葉瑠はその中でも特に人が集まっている場所……ジェラート露天の前にいた。
葉瑠は露天でジェラートを2つほど購入すると脇へ逸れ、遅れてやってきた宏人に一つ手渡した。
「これ、ジェラートです。凄く美味しいらしいです」
「ありがとう。それにしても忙しいね。もっとゆっくり行かないかい?」
「……すみません」
宏人から指摘を受け、葉瑠はしゅんとなる。
宏人は慌てて発言を訂正する。
「いや、走り回ると葉瑠ちゃんが疲れるかと思って……でも、葉瑠ちゃんが楽しいのならそれでいいんだ」
「私、全然疲れてませんし、すごく楽しいです!!」
「確かにそうみたいだね」
宏人は安堵の笑みを浮かべ、壁際に設置されたベンチに腰を下ろした。
葉瑠も宏人を真似てベンチに座り、ジェラートをひと舐めする。
葉瑠はジェラートを口元に固定したままちらりと横を見る。
宏人は少し遅れて葉瑠の視線に気付き、優しく微笑み返した。
まともに視線を合わせられず、葉瑠はすぐ正面を向いてしまった。
(ああ、幸せです……)
現在、葉瑠は幸せの絶頂にあった。
デートを申し込んだ時や、デートプランを考えている時には不安もあったが、今は全くそんな不安は感じられない。というか幸せしか感じられない。
この日のために服装もばっちり決めてきた。
服は成田のアパレルショップで結賀に選んで貰ったものをそのまま着ている。
上から順に背中が大きく空いた白いノースリーブのシャツ、紺のキュロットスカート、黒のニーソックスにショートブーツという出で立ちだ。
少し恥ずかしいけれど、今回はうなじも見えるように髪をアップで結っている。
背筋を伸ばして顎を引き、堂々と歩くことも忘れない。
キュートさを最大限に主張している葉瑠に対し、宏人は極めて上品な雰囲気を醸し出していた。
短めのホワイトジャケットに白いシャツに白パンツ、所謂オールホワイトだった。
素人目から見ても全てのアイテムを上手くラフに着こなしており、腰の黒革ベルトが白の中でいいワンポイントになっていた。
上品というレベルを超えている。宏人さん本人の甘いマスクも相まってか、神々しさすら感じさせられた。
宏人はジェラートを舐めるというより齧り付きながら葉瑠に話しかける。
「それにしても可愛いね、その服」
可愛いというワードに反応し、葉瑠は頬を染めて身を縮こませる。
「あ、ありがとうございます」
「もしかして今日のために……?」
「いえ、そんなことないです。実はこれ、結賀に選んでもらった服で……これ以外はまともな服、持ってないんです……」
正直に白状すると、宏人は思いもよらぬ提案をした。
「そうか……それじゃあ僕はその服に合うアクセサリーを選んであげようかな」
「そんな、とんでもないです。私ごときがアクセサリーなんて……」
手を大げさに振って拒否する葉瑠だったが、宏人は譲らなかった。
「“私ごとき”なんて自分を卑下するものじゃないよ。それに、デートで女の子が遠慮しちゃ駄目だ。ここは僕を立てると思って、ぜひプレゼントさせてくれないかい」
ここまで言われて断ると逆に失礼だ。そう判断した葉瑠は頷いた。
「……はい。それじゃあ、お言葉に甘えます」
一度断ったものの、葉瑠にとっては願ってもない提案だった。
憧れの宏人さんとデートできるだけで充分過ぎるほど幸せなのに、アクセサリーまでプレゼントしてくれるなんて、幸せすぎて死にそうだ。
宏人は残りのジェラートを口の中に放り込み、ろくに咀嚼しないで飲み込む。
そしてベンチから立ち上がると葉瑠の正面に立ち、向かい合った。
「頑張って50位の壁を越えてくれたんだ。それ相応のモノをプレゼントしないとね」
宏人は葉瑠に手を差し伸べる。
葉瑠は恥ずかしながらもその手を掴み、ベンチから離れる。
「じゃあ、早速行こうか」
「はい」
その後、宝飾店の並ぶエリアに到着するまで、葉瑠は宏人と手を繋いでいた。
一方その頃
商業エリアのコーヒーショップ、店の前にて
結賀はドアに掛けられた木の板をじっと見ていた。
「CLOSED……おかしいな」
今日は店は開いているはずだ。
単に板を裏返すのを忘れているのだろうか。それとも、私が来ると知って敢えて店を閉めているのか。
結賀はCLOSEDの文字と睨めっこしたまま色々と考えていた。
……数日前、姉貴と再会したときはとても驚いた。が、同時に嬉しかった。
あの時は恥ずかしさの方が勝って素直に嬉しさを伝えることができなかったが、今日は違う。
昔のように、思い切り姉貴に甘えるつもりだ。
姉貴も何だかんだ言って私のことが好きだし、喜ぶはずだ。
それに、姉貴がこの海上都市で何をしているのか、問い詰めるつもりだ。
内部調査員の男の言葉も気になるし、アビゲイルの態度にも引っ掛かる点があった。
困っているなら力になりたいし、誤った道を進んでいるのなら引き戻すつもりだ。
結賀は何気なくドアに手を触れる。
すると、ドアは音もなく奥へ開いた。
「不用心だな……いや、単に準備中だっただけか……?」
結賀は店内に足を踏み入れる。中は明かりがついており、微かにコーヒーの香りが漂っていた。
結賀はそのまま店内を進み、カウンター席に座る。
カウンターの向こう、コーヒーメーカーは電源が入っていて、ビーカーも出しっぱなしになっていた。
多分、少し店を空けているだけだろう。
用事が終わればすぐに戻ってくるはずだ。
結賀はカウンターに体を預け、木製テーブルの表面に頬をつける。つるつるとしたニスの感触が頬を覆い、同時に木の温もりを感じた。
「ふあぁ……」
自然とあくびが出てしまった。
この間イリエ教官の授業をサボったせいで追加の課題を課せられ、最近は問題を解くので忙しい。
これから先私の人生で数学が必要になるとも思えないが、やらないとイリエ教官はもちろんのことアルフレッドや葉瑠にも叱られるので仕方なくやっている。
両親とも溜緒工房で働けるほど頭がいいのに、娘の私が勉強が苦手なのは納得できない。
むしろ、どうしてあの頭でっかちの両親から私のような優れたVF操作センスの持ち主が生まれたのだろうか……謎である。
(姉貴、驚くだろうなあ……)
この前はろくに話せなかったが、今日はとことん自慢してやるつもりだ。
学内ランキング24位……
1年生でこれだけ順位を上げたと知れば、きっと姉貴は驚くことだろう。
6位のアビゲイルには遠く及ばないが、それでも私が強くなったことを喜んでくれるはずだ。
(アビゲイル……そいうやアイツ、姉貴とどんな関係なんだ……?)
不意に結賀はアビゲイルのことを考える。
アビゲイルは入学したその日に「学園を支配する」と言い切った恐ろしく自信過剰な女だ。が、もっと恐ろしいのはそれが現実味を帯びている点だ。
彼女は異例の早さで6位に登りつめ、以降順位をキープしている。定期的に上位ランナーとも試合をし、激闘を繰り広げている。
すっかり上位ランナーの仲間入りを果たした彼女に文句をいう訓練生は誰も居ない。
そして、彼女と積極的に関わろうとする訓練生も殆どいない。
そんな彼女がどうして姉貴と関係を持っているのか……考えても分かりそうにない。
そのあたりのことも姉貴に聞いてみよう。
結賀はコーヒー豆の香りに包まれ、目を閉じる。
静かな店内は姉の存在感に満ちていた。その優しい存在感に包まれ、結賀は座ったまま眠りに落ちてしまった。
深い眠り。
そのまま結賀は夕刻まで目を覚ますことはなかった。
そして、夜になっても瑞月が帰ってくることはなかった。
海上都市中央フロートユニット
その中央部には太いエレベーターシャフトが聳え立ち、上部にはすり鉢状のリゾートエリアがある。
エリアには高層ホテルが軒を連ね、それぞれが高さを競い合うように天に向かって伸びている。
どのホテルも最上階からの眺めは素晴らしいが、360度パノラマビューで水平線を眺めることのできるホテルは一握りだ。
その一握りのホテル、最上階のテラスに葉瑠はいた。
テラスに屋根はなく、手が届きそうなほど近い距離に無数の星が輝いている。
その星星は綺麗に磨かれたフローリングにも映り込んでおり、まるで宙に浮いているように感じられる。
テラスの周縁部にはテーブルセットが並び、そのほとんどに人が座っていた。
彼らの殆どがドリンクを片手に夜景に見惚れており、会話はあまり弾んでいないようだった。
それほど素晴らしい夜景だというのに、葉瑠の視線は手元に釘付けになっていた。
葉瑠の手首には綺羅びやかな装飾が施された腕時計が巻かれ、葉瑠はその文字盤の上で時を刻む3本の矢を見つめていた。
(ふふ……)
ジェラートを食べた後、葉瑠は宏人に宝飾店に連れられ、そこで腕時計をプレゼントされた。
選んだのはもちろん宏人さんだ。
宏人さんは直に私の腕を使って腕時計を何度も試着し、私はその度に手を、腕を握られた。
宏人さんの手は驚くほどすべすべで、そして温かかった。
それはそれとして……結局宏人さんが選んだのは細いメタルバンドのメカニカルウォッチだった。
全体的な色合いは淡いピンクで統一されているが、パーツ一つ一つに重厚さがあり、安っぽさは感じられない。円い文字盤には小さな穴が開いていて、そこからムーブメントがちらりと見えていた。
可愛さと上品さ、そして知的さを兼ね備えた腕時計だった。
「……気に入ってもらえたようで嬉しいよ」
夜景そっちのかで腕時計をうっとり眺めていると、宏人さんが現れた。
両手にはグラスが握られ、透明な液体が波打っている。
「はいこれ、ジンジャーエールだよ」
「ありがとうございます……」
葉瑠は宏人からグラスを受け取り、テーブル上のコースターに置いた。
宏人は向かいの席に座り、グラスを口元にあてがい、傾ける。
炭酸は苦手なのか、宏人は二口飲んだだけでコースターにグラスを置いた。
「あっという間だったね。楽しい時間はすぐに過ぎるって言うけれど、まさにそのとおりだと思うよ」
「私も、楽しかったです」
葉瑠は今日一日自らが計画したデートコースを楽しんでもらうつもりだったが、結局宏人に主導権を握られ、逆にこちらが楽しんでしまうことになった。
時計をプレゼントされた後はフロートの海面下部分にある海洋研究施設に併設された水族館に行き、その後すぐにエレベーターシャフト内にある農業プラントでフルーツ園を見学し、最終的にこのホテルのレストランで高そうなディナーをご馳走になってしまった。
この間、宏人さんは笑顔を絶やすこと無く、また、会話も途切れることなく、ずっと私を楽しませてくれた。
今日の事、宏人さんと話した会話は今後一生忘れることはないだろう。
葉瑠は腕時計の文字盤を優しく撫でる。
「宏人さん、この時計一生大事にします。絶対腕から外しません」
「はは、大袈裟だね葉瑠ちゃんは」
「大袈裟でも何でもないです!!」
葉瑠は思わず大声を上げ、勢い良く立ち上がる。
静かな空間の中で葉瑠の声は目立ち、周囲の視線を集めてしまった。
宏人は周囲の人々に頭を下げ、葉瑠の肩を押さえて椅子に座らせる。
「……でも、VFに乗る時は外したほうがいいね。操作の邪魔になるだろうし」
「大丈夫です。むしろ付けていたほうが上手く操作できる気がします」
拳を握って意気込む葉瑠を見て、宏人は愉快そうに笑う。
「あはは……ほんと、葉瑠ちゃんは昔から変わらず頑固だなあ……」
「昔から……?」
宏人はテーブル上で頬杖をつき、葉瑠を見つめる。
「初めて会った時のこと、覚えてるかい?」
いきなり宏人の顔が近づき緊張しつつも葉瑠は答える。
「覚えてます。フリースクールに初めて行った時、私、宏人さんを職員だと勘違いしてしまって、教室の場所を聞いたんですよね?」
「そうそう、思わず僕も案内しちゃったけれどね」
……一目惚れだった。
こんな素敵な男の人がこの世に存在していいのかと神に問いかけてみたくなるほど素敵な男の人だった。
あの時、宏人さんに会ってから私の人生は変わった。
宏人さんに会いたいが為にフリースクールに足繁く通い、宏人さんがスラセラートに行ってからは私も後を追うべくVFについて寝る間も惜しんで必死で勉強した。
今の私があるのは全部全部宏人さんのお陰なのだ。
改めて宏人との出会いに感謝しつつ、葉瑠は話を続ける。
「それで……私と宏人さんの初対面と、私が頑固だっていうことと何の関係があるんです?」
宏人は何かを思い出しているのか、またしても小さく吹き出す。
「ふふ……葉瑠ちゃんは覚えていないかもしれないけれど、その時葉瑠ちゃん、鼻血が出てたんだ」
「鼻血……あ」
思い出した。
フリースクールに向かう前、私は自宅で顔面を殴られた。もちろん犯人は伯父さんだ。
あの頃は日常的にいじめや暴力を受けていて、痛みに鈍感になっていたのかもしれない。
そして、周りからどう思われようと構わないと、半ばヤケになっていたのかもしれない。
宏人は当時のことを詳しく話し始める。
「僕はティッシュで鼻血を止めようとしたんだけれど、葉瑠ちゃんは“鼻血なんて出てません”って言い張ってね……。結局服まで血で汚しちゃって、あの時の葉瑠ちゃん、頑固ってレベルを超えてたね」
出てないと言い張ったのは鈍感だったからではない。
あの時の私は、一目惚れした男の人に恥ずかしい所を見られなくなかったのだ。
葉瑠は数年遅れで当時の心情を宏人に説明する。
「頑固といいますか、あの時は単に恥ずかしかったんです」
「まあ女の子だから鼻血が恥ずかしいのは分かるけれど、あそこまで出てないって言い張ったのはどうしてなんだい?」
葉瑠は「それは……」と前置きし、ジンジャーエールを一口飲んだ後、一般論を告げる。
「誰だって好きな人にかっこ悪い所は見せたくないですから」
「そうだね、好きな人に……ん?」
宏人は肯定しようとしたが、引っ掛かる言葉があったのか、渋い表情で首を傾げた。
葉瑠も遅れながら自分の発言が何を意味するのか、気付いてしまった。
「……あ」
宏人さんのことが好きだと間接的に告白してしまった……。
葉瑠は自分の口を両手で覆う。
が、覆ったところで発言が取り消されるわけでもない。
宏人は先程の発言について葉瑠に質問する。
「ねえ葉瑠ちゃん、もしかして……」
「待ってください」
葉瑠は宏人の言葉を遮る。
今ここで別の話題をねじ込めば誤魔化すこともできるだろう。
そうすれば、このまま兄と妹のような関係を続けることができる。
しかし、いつまでもそれでは駄目だ。私は間違いなく宏人さんのことを愛しているし、これから先この気持ちが変わることはあり得ない。
葉瑠は腹を括ることにした。
「……好きです」
「ん?」
声が小さかったらしい。葉瑠はお腹に力を込めて言い直す。
「私、宏人さんのこと、愛してますから!!」
またしても周囲の視線が葉瑠たちに集まる。今回はセリフの内容が内容だったので、余計に注目されてしまった。
「ちょっと、ちょっと待ってくれるかい……」
宏人はこめかみに手を当て、目を閉じ、状況を整理する。
「僕も葉瑠ちゃんのことは好きだよ。でも、それは家族に対する感情に似ていて……つまり、言うなれば僕にとって葉瑠ちゃんは妹みたいなものなんだ」
「……そう、ですよね」
この返答に、葉瑠は消沈してしまう。
……分かっていた。
宏人さんの気持ちは分かっていた。宏人さんが私に恋愛感情を抱くわけがないことなど、とうの昔に理解していた。兄と妹のような関係から脱することなどできるわけがないのだ。
でも、伝えられずにいられなかったのだからしょうがない。
(終わりましたね……)
もはや葉瑠は何も考えられなかった。
葉瑠は無言で席を立ち、屋内へ続く扉に向かって歩き始める。
宏人はすぐに葉瑠を追いかける。出入り口付近で追いつき、宏人は先回りして道を塞いだ。
「葉瑠ちゃん、まだ話は終わってないよ」
宏人は葉瑠の肩を優しく抱くと屋内に入る。
出入り口付近は非常灯があるだけで、かなり暗かった。おまけに人の気配もなかった。
宏人は静かに語り始める。
「僕も鈍感じゃない。葉瑠ちゃんが慕ってくれているのは分かってた。でもそれは僕と同じく、兄妹に近いものだと思ってたんだ」
宏人は葉瑠の正面に立ち、両肩を強く掴む。
「葉瑠ちゃんは勇気を出して僕に告白してくれた。こうなると、僕も認識を改めないといけないね……」
「それって……えっ!?」
葉瑠は言葉の意味を問おうとしたが、その途中で宏人に問答無用でハグされてしまった。
「え……あれっ?」
葉瑠は今の状況を飲み込めていなかった。
断られたと思ったのに、何故か宏人さんに抱きしめられている。しかもいつものような子供扱いのハグじゃない。きちんと体が密着する、本気のハグだ。
「……」
困惑しつつも、葉瑠は2つの鼓動を感じていた。
片方は自分の鼓動、もう片方は宏人さんの鼓動だ。
私の心臓はこれまでに経験したことがないくらい高鳴っていた。鼓動する度に体が振動し、その振動は確実に宏人さんに伝わっている。
宏人さんの鼓動は力強く、ゆっくり波打っていた。
その鼓動は葉瑠に安堵感を与え、葉瑠は少しではあるが落ち着きを取り戻すことができた。
しかし、冷静になると別のことが気になり始めた。
それは宏人さんの体の感触だった。
宏人さんの体は思っていたよりも逞しく、そして大きかった。おまけにいい匂いもする。
宏人さんから得られる感触にクラクラしていると、不意に耳元で囁かれた。
「葉瑠ちゃん、現時点での僕の気持ちを正直に言うよ」
宏人は葉瑠から離れ、あるランナーの名を上げる。
「僕は今、ルーメ・アルトリウスに魅力を感じている。いや、憧れているって言ったほうがいいかな。とにかく、彼女のことを好きだと思ってる」
「は、はい……」
いきなりの告白に、葉瑠は頷くしかなかった。
「彼女とは何度も対戦しているけれど、中々勝機が見えなくてね、そんなこんなで戦っているうちに彼女のことを意識するようになったんだ。彼女のように強さと美しさを兼ね備えている女性は少ない……」
一体何が言いたいのか、葉瑠はだんだんとわかってきた。
「つまりそれって……」
「そう、僕は強い女性が好きなんだ……」
そう言って宏人は悩ましい表情で額に手を当てる。
「ごめんね葉瑠ちゃん、強さでしか人を評価できないなんて酷い男だよね、僕は……」
葉瑠は即座に否定する。
「そんなことはないです。私、頑張ります。もっと宏人さんに好きになってもらえるように、強くなります!!」
今はルーメさんには敵わない。でも、彼女に匹敵するくらい強くなれば私にもチャンスがあるということだ。
それが分かっただけでもうれしい。私も宏人さんの恋人になれるチャンスは十分にあるのだ。
となると、これからもっと練習量を増やす必要がある。
これまでは漫然とエネオラ先輩と対戦していたが、具体的にメニューを決めて操作技術を徹底的に高めよう。
今後のことを考えていると、宏人の携帯端末に着信が来た。
宏人はしばし通話した後携帯端末を仕舞い、ため息を付いた。
「ごめん、シンギ教官に呼び出されちゃった」
「今からですか?」
「うん、場所は近いんだけれど……」
もうデートは満喫したし、49位のご褒美としては十分過ぎる幸せを得た。これ以上宏人さんを拘束するのは我儘というものだ。
葉瑠は身を引くことにした。
「宏人さん、遠慮しないでシンギ教官の所に行ってください。私、停留所で待ってますから」
「いや、遅くなるかもしれないし、先に帰ってて」
「大丈夫です。何時間でも待てますから」
何時間待たされようと、二人きりで連絡船に乗れるのなら構わない。
しかし、宏人はそれを許さなかった。
「葉瑠ちゃん」
宏人は葉瑠に再度近づき、少し屈む。
そして、何も告げることなくいきなり葉瑠のおでこにキスをした。
葉瑠は一瞬何をされたのか理解できなかったが、5秒も経つと顔が真っ赤に染まっていた。
「ひ、ひろとさん!?」
「僕のことはいいから、まっすぐ家に帰ってくれるね?」
「は、はい!!」
宏人さんにここまでされて言うことを聞かないわけにはいかない。
葉瑠は元気よく返事した後、すぐに移動を開始する。
が、階段に差し掛かったところで宏人に呼び止められた。
「待って葉瑠ちゃん……鼻血、出てる」
葉瑠は咄嗟に鼻の下に触れ、確認する。
指先に赤い液体が付着していた。しかも結構な量だった。
多分、ハグされたりキスされたりで興奮してしまったせいだろう。
葉瑠は鼻をすすり、手の甲で豪快に血を拭う。
「で、出てないですから!!」
「ふふ……ほんと、頑固者だね」
宏人はポケットからハンカチを取り出し、階段手前にいる葉瑠に投げ渡す。
葉瑠はハンカチを受け取ると鼻に押し付け、別れを告げる。
「それじゃあ宏人さん、今日はありがとうございました」
「はい、お疲れ様でした」
葉瑠は宏人にお辞儀をし、階段を駆け下りていった。
その後葉瑠は部屋に戻るまで、ずっとハンカチを顔に押し当てていた。




