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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 3 二重の鎖
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 21 -コンタクト-


 21 -コンタクト-


 翌朝。

 葉瑠は東連絡路を一人で登校していた。

 いつもは結賀と一緒に登校しているのだが、今日は結賀がベッドから出てこないのでそのまま見捨ててきてしまった。

 やはり、昨日の一件が堪えているみたいだ。

(結賀のお姉さん、素っ気なかったですね……)

 3年ぶりの再会だというのに、始終茶化され、妹としては不満だらけだったようだ。

 結賀のことを考えながらぼんやり歩いていると、誰かの背中にぶつかってしまった。

 葉瑠は「いてて……」と呟きながら距離を取り、相手の顔も見ないで頭を下げる。

「す、すみませんでした」

「……ん? 何だ葉瑠か」

 眠たげな男性の声。

 葉瑠は顔を上げて相手を見る。

 そこにはロン毛の訓練生、クローデルの姿があった。

「あ、クローデルくん……ごめんね、ぶつかっちゃって」

「こっちこそごめんな。急に立ち止まって」

 クローデルは葉瑠の背後に人影を探す。

「あれ? 結賀は一緒じゃないのか」

「うん。今日はちょっとね。……クローデルくんもみんなと一緒じゃないの?」

 クローデルは肩をすくめ、前方を指さす。

「あんまりもたもた歩くもんだから置いてかれちまった」

 前方にはいつもの男子達が談話しながら歩いていた。

 何故クローデルだけが遅れたのか、その理由はすぐに分かった。

「もしかしてクローデルくん、また対戦映像を見てたの?」

「よくわかったな」

 クローデルはその手にタブレット型端末を持っており、現在もVF同士の対戦映像が流れていた。

「クローデルくん、いつも映像観てるけれど……登校中くらい止めたら?」

「何を馬鹿なことを……」

 クローデルは鼻で笑い、葉瑠に説教する。

「いいか葉瑠、今この瞬間にも世界の何処かで代替戦争が行われてるんだ。これら全部を網羅するつもりなら24時間映像を見続けても全然足りない。寝る間も惜しいくらいだ。せめて登校中くらいゆっくり選別映像を観戦させてくれ」

 それだけ言うとクローデルは視線を端末画面に向け、歩き出す。

 葉瑠は隣を歩きながら会話を続ける。

「そんなに試合を見てどうするつもりなの? 何か理由でも?」

「楽しいから観てる。理由なんてそれだけで充分だろ」

「それだけって……」

 彼は何のためにスラセラートに入学したのだろうか……。

 ともかく、会話するだけなら問題ないようだ。

 そのまま隣を歩いていると、クローデルくんから話しかけられた。

「そう言えば……ここ最近頑張ってんな、59位だろ?」

「うん、次の試合で勝てば49位。クローデルくんは?」

「俺? 俺は間違いなく3桁行ってるな」

 3桁、つまりは百番台である。ランキング戦は参加自由なので順位が実力と直結するわけではないが、ここまで戦わないのもどうかと思う。

 男子グループの中でもクローデルくんはダントツで順位が下みたいだし、居辛くは無いのだろうか。心配になってくる。

「大丈夫? もっと試合したほうがいいんじゃない?」

 葉瑠は親切心で言ったつもりだったが、クローデルは険しい表情で応じた。

「おっと、いきなり上から目線か。最近調子乗ってるんじゃないか?」

「ごめん、そういうつもりは……」

「冗談だ」

 クローデルは直ぐ様表情を変え、ニヤッと笑う。ジョークだったようだ。

 分かっていても心臓に悪い。

「それに、悪い意味で言ったんじゃない。調子に乗るのはいい傾向だと思うぞ」

「そうかな?」

「変にオドオドするより、自信持って胸張ったほうが気持ちも明るくなるもんだ」

 クローデルは画面から目を離し、葉瑠をジロジロと見る。

「しかし、ここまで人って変わるもんなんだな。やっぱ、リヴィオはいい趣味してるぜ」

「……?」

 葉瑠はクローデルの言っている意味が理解できず首を傾げる。

 クローデルは再び画面に目を落とす。

「とにかく、俺はスロースターターだから、心配してくれてありがとな」

「スロースターターって……卒業までエンジン吹かしてたら意味ないよ」

「……2年生になったら本気出す」

「ほんとかなあ……」

 いい加減責められて不快だったのか、クローデルは葉瑠に言い返す。

「そっちこそ、早く武器を決めないと試合にもならないぞ」

「う……」

 葉瑠は苦い表情を浮かべる。

 試合までそう時間もない。本気で取り掛からないと49位の夢が遠のいてしまう。

 二人は校門をくぐり校舎内に入る。

 クローデルはタブレット型端末を鞄に仕舞い、適当なアドバイスを葉瑠に送る。

「決まらないならいっそのこと数種類の武器を背負ったらどうだ?」

「戦闘の邪魔になるよ。あと、私、既存の武器を使うんじゃなくて、何か新しい武器を作るつもりなの」

 階段を登りつつクローデルは適当に続ける。

「そうだ、それこそ作ればいいじゃん。十徳ナイフみたいな?」

「そんなの強度不足ですぐ壊れちゃうし、持ち替えに時間がかかるよ。すぐに変形できるならまだしも……あ」

 何かを閃いたのか、葉瑠は言葉の途中で足を止め、階段の踊り場で考えこむ。

 クローデルは引き返し、葉瑠に声を掛ける。

「なあ、おい、どうしたんだ?」

 葉瑠は手のひらを拳で叩き、難しい言葉を叫ぶ。

「硬化性透過流動体(Curable transparent liquid)!!」

 葉瑠は携帯端末を取り出し、興奮気味に画面を操作する。

「随分昔にVFBトーナメントで使われてたんだけれど、戦略性はあっても戦術性がないって理由で廃れちゃったんだ……ほら、これ」

 葉瑠は検索結果画面をクローデルに見せつける。

 画面には『ラスラファン』や『パルシュラム』などの単語が踊っていた。

 それは100年以上も前に行われていたVFBトーナメントに関する記事で、その中に確かに硬化性透過流動体(CTL)という文章を確認できた。

 変幻自在の不可視の刃……

 かなり昔に廃れた技術だ。再現するのは面倒そうだが、不可能では無いだろう。

 葉瑠は興奮したまましゃべり続ける。

「これだよこれ、これさえ使えればどんな相手にも対処可能だし、戦術の幅も増える。ああ、何で思い付かなかったんだろう……早速取り掛からないと……」

 葉瑠はブツブツ呟きながら来た道を戻っていく。

「おい、どこ行くんだ。授業始まるぞ」

「ごめんクローデルくん。今日は……明日も……いや、明後日も休む。早くラボに行ってロジオン教官にも話さないと……」

 葉瑠の頭の中は新しいアイデアに支配されていた。

 クローデルもそれを悟ってか、諦めたふうに溜息を付く。

「分かった。イリエ教官には俺から言っとく……まあ頑張れ」

「うん!!」

 葉瑠は階段を2段飛ばしで降り、ラボ目掛けて廊下を走り抜けていった。

「ほんと、いい趣味してるぜ……」

 クローデルは葉瑠を見送り、2階の講義室へ急ぐことにした。



 所変わって女子寮

 暗い部屋の中、結賀は未だにベッドから抜けだせないでいた。

(ああ、もう座学が始まっちゃう……)

 1年前までは気軽に学校をサボれたが、スラセラートに来てからはそれなりに罪悪感を覚えている。

 いつもなら時間ギリギリまで葉瑠が私の体を揺すってくれるのだが、何故か今日は早々と諦めた。

 多分、昨日のことで気を使ってくれているのだろう。

「姉貴……」

 久々に再開した姉貴は相変わらず元気だった。仕事も順調そうだし心配ないだろう。

 だが、私への興味が薄れている気がした。

 今日も学園になんて行かないで姉貴に会いに行きたいが、それはそれでシスコンと思われそうで恥ずかしい。寂しいなんて口が裂けても言えない。

「……」

 いつまでもこうやってベッドの上で悶々としていても時間の無駄だ。

 取り敢えず講義室に向かおう。少し遅刻するかもしれないが、行かないよりはマシだ。

 結賀はのっそりと体を起こし、ベッドの上であぐらをかく。

 タンクトップの肩紐は片方はずれ、ボクサーパンツも半分脱げ、尾てい骨付近までずり落ちていた。

 寝ぐせだらけのショートヘアを掻きつつ、結賀は床に散乱している制服を着始める。

 紺のスラックスを乱暴に履き、シャツに袖を通しながら結賀は部屋から出る。

 前ボタンを閉めながら廊下を歩き、寮の玄関に着く頃には完全に着替え終えていた。

 普通なら部屋の中で着替えてから廊下に出るものだが、出たところで女子学生しかいないのだから見られても問題ない。

 こういうところがぐうたらと言われる所以なのだが、面倒くさいのだからしょうがない。

 玄関を抜けて駆け出そうとすると、不意に声を掛けられた。

「ようやく出てきたか。堂々と遅刻するとはいい御身分だな橘結賀」

「……あ?」

 のっけからの攻撃的な物言いに、結賀は不機嫌な口調で応じる。

 玄関の扉、その隣にはロングコートに身を包んだ長身の男が立っていた。

 結賀はこの男性に見覚えがあった。

「あれ……あの時のおっさん?」

 結賀は態度を改め、ロングコートの男に近づく。

 間違いない、瀬戸内に里帰りした時、夜中の橋下でチンピラどもを追い払ってくれた男だ。

 あの時はろくに話すこともできなかったが、彼のちょっとしたアドバイスのおかげで葉瑠と仲直りすることができた。

 ロングコートの男は結賀の問いかけに首を傾げる。

「……何のことだ」

「あれ、オレのこと覚えてねーか? 確かあの時おっさんはずぶ濡れで川から上がってきて……」

「記憶に無いな」

「おかしいなぁ……」

 どうやら勘違いだったようだ。

 ……にしてもよく似ている。

 ジロジロと見ていると、ロングコートの男は首から下げているIDカードをこちらに提示した。

「私はシャノン、学園に依頼されて内部調査を行っている」

 結賀はパスケースに入っているそれを手に取り、間近で観察する。

 しっかりとした造りのカードだ。偽物とは思えない。と言うか、あのゲートで審査を受けなければ島内に入れないのだから、怪しい人物であるわけがない。

「へー、で、調査員がオレになんの用だ?」

「君の姉、溜緒瑞月について聞きたいことがある」

 姉の名前を出され、結賀は警戒心を強める。

「……姉貴がどうかしたのか?」

 シャノンと名乗った男は低い声で説明する。

「彼女、この学園のセキュリティにかかる重要な情報を握っている可能性が高い。できるだけ早く彼女とコンタクトを取りたいのだが……協力してくれないか」

 どうして姉がこの学園のセキュリティに関係しているのか。

 よくわからないが、シャノンから姉について何か話を聞けるかもしれない。

 戸惑いつつも結賀は答える。

「ああ、それなら昨日……」

「――結賀、それ以上は駄目です」

 唐突に割って入ってきたのはアビゲイルだった。

 視界を漆のような黒髪に覆われ、結賀は文句をいう。

「な、なんだよアビゲイル」

「彼女に関する情報は一切口外しないと約束したはずです」

 アビゲイルは鋭い視線をシャノンに向け、対峙する。

「調査員、あなたの仕事は学園内の調査でしょう。溜緒瑞月は明らかに調査の対象外です。どうしてあなたは彼女とコンタクトを取りたいのですか? もしこれ以上彼女に関して調査するつもりならば、彼女がこの学園と関わっているという明確な証拠を提示してください」

「お前には関係ない」

 シャノンは冷たく一蹴し、結賀に再度問いかける。

「連絡先、知っているのなら教えてくれないか」

「連絡先か……」

 結賀は語尾を伸ばし、アビゲイルとシャノンの顔を見る。

 どちらとも訴えるような目線でこちらを見つめていた。

 結賀は普段使わない頭をフル回転させ、状況を整理する。

 ロングコートの男、シャノンは急に現れて挨拶も無しに姉の居場所を質問してきた無礼な奴だ。

 無礼と言う点ではアビゲイルも大差ないが、信用できる。姉とも親しいようだし、姉に対して不利益になるようなことはしないだろう。

 結賀は数秒の思考の末、アビゲイルの意見を支持することにした。

「生憎だが連絡先は知らない。仮に知っててもお前には教えない」

「……なら、仕方がないな」

 意外にもシャノンはあっさりと諦めた。

 コートを翻してこちらに背を向け、門を抜けて去っていく。

 見えなくなるのを確認すると、結賀はアビゲイルに問い詰める。

「おいおいどうなってんだ? 調査員に目をつけられるなんて……姉貴、ヤバイことに首突っ込んでんじゃねーだろうな?」

 アビゲイルは結賀の問に応えず、門の外を睨み続ける。

「怪しいですね、あの男……」

 結賀は我慢できなくなり、とうとうアビゲイルの胸ぐらを掴む。

「アイツのことはどうでもいい。姉貴がなにしてるか教えろ!!」

「それは無理な相談です」

 アビゲイルは結賀の手を押さえつけ、容易く結賀から逃れる。

「あなたは訓練生らしく訓練に集中していればいいんです。単なる好奇心で首を突っ込むと、自分の身を滅ぼすどころか、親友の人生をも破壊することになるやも知れません」

「親友……」

「そもそも、きちんと登校時間を守っていれば彼とのコンタクトを許すこともありませんでした。今後は規則正しい生活を心がけるようにお願いしますよ、橘結賀」

 息継ぎなしで一気に告げると、アビゲイルは背を向ける。

 そして、結賀に反論の余地を与えることなく駆け出し、門外へ出た。

「待てよ!!」

 結賀は慌ててアビゲイルの後を追う。しかし、既に付近にアビゲイルの姿は見当たらなかった。

 結賀は固く拳を握り、女子寮の門に叩きつける。

「クソ、ムカつく……」

 一体この学園の裏では何が行われているのだろうか。

 そして、何が起ころうとしているのか。

 寮の玄関に一人取り残され、結賀は無力感に打ちひしがれていた。

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