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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 3 二重の鎖
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 20 -義姉-


 20 -義姉-


 休日の昼間。

 葉瑠と結賀はメインフロートユニットへ向かう連絡船の中にいた。

 客室内は人で賑わい、観光客らしきグループがその大半を占めている。

 騒がしい客室の中、葉瑠は目を瞑り船を漕いでいた。

「葉瑠、起きてるかー?」

「はっ……ごめん」

 結賀に話しかけられ、葉瑠は目を覚ます。

 結賀は心配そうな表情を浮かべ、葉瑠に問いかける。

「大丈夫かよ葉瑠。最近ずっとこんな感じじゃねーか。ちゃんと眠ってんのか?」

 葉瑠は眼鏡を押し上げ、目をこする。

「昨日はちょっと考え事があって……」

「考え事って、また武器のことか?」

「うん……」

 シンギにアドバイスを受けてから5日間。

 葉瑠は昼夜問わずずっと武器の自作について考えていた。

 しかし、5日経ってもこれといったアイデアが浮かばず、睡眠不足と焦燥感が相まって、葉瑠の体は極度の疲労状態に陥っていた。

 結賀は葉瑠に忠告する。

「葉瑠、焦る気持ちは分かるが……今日一日くらいは難しいことは忘れて気分転換しようぜ?」

 結賀はそう言って拳を目線の位置まで持ち上げる。

 葉瑠はその拳に自分の拳を軽く押し当て、頷いた。

「うん、わかった」

 今日は久々の休日だ。結賀とお出かけするのも久し振りだし、思う存分楽しもう。

 ……と考えた葉瑠だったが、早速武器について結賀に問いかけてしまった。

「ところで前から気になってたんだけど……結賀はどうして鎖? 珍しいよね」

「……」

 結賀は呆れ顔で溜息を付くも、律儀に教えてくれた。

「小さいころ、姉貴はよくオレとVFBのゲームで遊んでくれた」

 結賀は腕を組み、過去を懐かしむように話し続ける。

「姉貴、すげー強くて毎度毎度負けてたんだが、鎖を使った時に偶然勝ててさ、その時すげー褒めてくれたんだ。それから何となく鎖を上手く使えるように特訓して、今に至るってかんじだ」

「へえ、きっかけはお姉さんだったんだ……」

 結賀のお姉さん。実家にお邪魔した時に写真でチラッと見たが、美人さんだった。

 海上都市でVF関係の仕事をしていると聞いたが、一度会ってみたいものだ。

 ……その後二人は他愛のない話を続け、メインフロートユニットに到着した。

 港から出て島内に進むと早速商業エリアに差し掛かった。

 メインストリートは人でうめつくされ、中央を貫いている路面電車も満員状態だった。

「混んでるね……」

「混んでるな……」

 これだけ人がいるとどこも混雑して満足に遊べそうにない。

 結賀はメインストリートの人の多さに圧倒されつつも、行き先を提案する。

「取り敢えずカフェでも入って落ち着くか。そこでどこに行くか相談するぞ」

「うん、でも……」

 葉瑠は近くに見えるカフェを指さし、言葉を続ける。

「カフェもかなり混んでると思う」

 メインストリートがこの有り様だ。道に面している店はどこも満席に違いない。

 結賀は「だよな」と残念そうにつぶやき、肩を落とした。

 こうも混雑していてはどこに行ってもろくに遊べないだろう。

 葉瑠はスラセラートに帰ろうかと一瞬思ったが、その時偶然ある店のことを思い出した。

 葉瑠は結賀の肩をちょんちょんとつつき、その店のことを告げる。

「ねえ結賀、裏道におしゃれなコーヒーショップがあるんだけれど……行ってみる?」

 それは昔、アビゲイルと一緒に訪れたこぢんまりとしたコーヒーショップの事だった。

 店内はレトロチックな内装で統一され、そこでアイスコーヒーを飲んだ。味は微妙なレベルだったが、あそこならゆっくりできそうだ。

「おう、行ってみようぜ」

 結賀は乗り気なようで、先程までと打って変わって元気さを取り戻していた。

 葉瑠は結賀の前に立ち、早速裏道へ入る。

 裏道をしばらく進むとメインストリートの喧騒が聞こえなくなった。

 葉瑠は記憶を頼りに静かな裏道を進んでいく。

 やがて目的地に到達し、葉瑠は木製のドアを開いて店内に入る。

 入り口正面には大きな棚があり、大小様々なボトルシップが陳列されていた。

「へえ、なかなかいい店じゃん」

 結賀は店内を物珍しげに眺めつつ店の奥へ進んでいく。

 予想通り、店内には客の姿はなく、それどころか店員の姿すら見当たらなかった。

 葉瑠はカウンター越しに店員を呼ぶ。

「すみませーん、誰かいませんかー?」

 数秒後、カウンター奥から呑気な返事が聞こえてきた。

「はいはいただいまー」

 続いてバタバタと足音がし、店員さんが姿を現した。

 長い栗色の髪に広いおでこが特徴的な彼女は、何故か汗だくだった。何か奥で作業でもしていたのだろうか。

 彼女は椅子に無造作に掛けていたエプロンを大慌てで装着し、注文を取りに来た。

「はい、ご注文はおきまりですか?」

「取り敢えずアイスコーヒーと……結賀はどうする?」

 葉瑠は結賀に問いかける。

 しかし、その名に反応したのは結賀ではなく店員さんだった。

「え、結賀……?」

 店員は結賀に目を向ける。

 結賀も店員の顔を見つめる。

 しばらく二人は見つめ合い、ついに結賀が口を開いた。

「姉貴……?」

「!!」

 結賀に問いかけられ、店員はビクリと体を震わせた。

 目線を泳がせながら彼女は知らないふりをする。

「な、何のことかしら? 私は瑞月なんて名前じゃ……」

「自分で名前言ってどうすんだよ。誤魔化すの下手すぎるだろ」

「ごめん……」

 結賀にダメ出しされ、店員はしゅんとなる。

 いきなりのことで事態が理解できず、葉瑠は結賀に説明を求める。

「結賀、どういうこと?」

 結賀は頭を抱え、悩ましげに答える。

「この人は溜緒瑞月……正真正銘オレの姉貴だ」

「えー!?」

 すごい偶然もあるものだ。

 私の記憶では結賀のお姉さんはVF関係の極秘プロジェクトに参加していると聞いていたのだが……どうしてここで働いているのだろうか。

 アビゲイルと一緒に来た時にはもう既に働いていたので、少なくとも半年はここにいることになる。

 数々の疑問が思い浮かぶ中、カウンター席の奥から新たな人影が現れた。

「どうかしたんですかミヅキ」

 抑揚のない声と共に現れたのはアビゲイルだった。

 彼女はここの常連だ。加えて今日は休日なのでいても不思議ではない。

 しかし、彼女の格好には驚かされた。

 服が乱れていて……というか、ブラウスの前側が全開になっていて、艶かしい鎖骨から控えめな胸を経て引き締まった腹部まで、白い肌があらわになっていた。

 当然下着は着けていたがそれも黒いレース地で、煽情的だと言わざるを得なかった。

 一体奥で何をしていたのだろうか……

 アビゲイルは黒いブラウスを羽織り直し、適当にボタンを留めてカウンター席に腰を下ろす。

「葉瑠、この店を気に入ってくれたようで嬉しいです」

 結賀はアビゲイルの露出には触れず、姉について問い詰める。

「アビゲイル、姉貴がここにいるって知ってて黙ってたのか!?」

 結賀は喋りながら席を立ち、アビゲイルに詰め寄る。

 今にも拳を繰り出しそうな雰囲気を纏っていたが、そんな荒ぶる結賀を前にしてもアビゲイルは姿勢を崩さなかった。

「口止めされていましたので。こう見えて私、口が堅い女なんです」

 悪びれないアビゲイルの態度に毒気を抜かれたのか、結賀はゆっくりとカウンター席に腰を下ろした。

「つーか、こんな所で店構えて何やってんだよ……」

「ただのバイトよ。本業はちゃんとやってるわ。秘密だから言えないけど」

 瑞月もカウンター席に移動していく。葉瑠も取り残されないように同じように移動した。

 全員がカウンター席に着くと、瑞月は肘をついて結賀に質問する。

「今日はどんな用事で来たの?」

「ここコーヒーショップだろ。コーヒー飲みに来たに決まってんだろ」

「そんな刺々しく言わないでよ」

 瑞月は栗色の髪を後ろで纏め、カウンター奥の棚からコーヒー豆の詰まったケースを取り出す。ケースから豆をひと掬いすると、コーヒーミルの容器に入れ、スイッチをいれる。

 容器内のカッターが回転し、豆を粉へ挽いていく。

「私にも熱いコーヒーを」

「はいはい、わかりました」

 アビゲイルの注文に応えつつ、瑞月は次の手順へ移る。

 瑞月は挽き終えたその粉を円柱状のガラス瓶に……フレンチプレスにおもむろに注ぎ込んだ。

 手際良く動く手元を観察しつつ、葉瑠は改めて彼女に話しかける。

「あの、お姉さん」

「なに?」

 瑞月はコンロの上に乗っていたステンのケトルを手に取り、フレンチプレスに熱湯を注いでいく。

「お姉さんは優秀なエンジニアさんなんですよね」

 瑞月は視線をプレスに向けたまま微笑む。

「誰から聞いたの?」

「えーと、ネイドルフ技師長さんから聞きました。極秘のプロジェクトに参加してるとかなんとか……」

「確かに参加させて貰っているけれど、まだまだ修行中の身よ」

 熱湯を半分の位置まで注ぐと、瑞月はケトルを持ち上げ時計をちらりと見る。

「何が修行中だよ……あれだけコンペで賞獲ってるのに優秀じゃないって……謙遜もここまで来ると嫌味に聞こえるぞ」

「もしかして結賀、お姉ちゃんのこと褒めてくれてる?」

「褒めてねーよ!!」

 会話の内容はともかく、二人共仲が良さそうだ。

 何だか微笑ましい。

 ……30秒経つと、瑞月は残りの湯をプレスに全て注ぎ込む。

 そして、押し棒の付いた蓋で上面を塞いだ。

 ここで一段落ついたようで、瑞月は再びカウンターに肘をついた。

「改めて自己紹介するわね。……私は『溜緒瑞月』、溜緒工房所属のエンジニアで専門はフレーム技術」

 ここで言葉を切り、瑞月は結賀を見る。

「結賀の姉で……」

 続いてアビゲイルに顔を向ける。

「アビゲイルのお友達で……」

 最後に自身のエプロンを両手で摘み広げて見せる。

「このコーヒーショップでバイトをしています」

 瑞月はくるりと回り、エプロンをドレスのスカートに見立てて仰々しくお辞儀した。

「……こんなところね」

「普通にしろよ……全く」

 姉の言動が恥ずかしかったのか、結賀は目元を手で覆って溜息をついていた。

(……)

 葉瑠は彼女を観察しながら考えていた。

 彼女は間違いなく優秀なエンジニアだ。彼女ならいいアドバイスをくれるかもしれない。

 強引だということを自覚していたが、葉瑠は思い切って武器のことについて相談を持ちかけることにした。

「瑞月さん、私、オリジナルの武器を作ろうかと思ってるんですけれど、何かアドバイスとか頂いてもいいですか?」

「急な話ね……」

 自分でもびっくりするくらい急な話なのは自覚している。

「私が説明してあげましょう」

 アビゲイルは葉瑠の心情を汲んでか、代わって詳しく説明し始める。

「彼女、葉瑠のことは知っていますね? 実は彼女、メキメキとランキング戦で順位を上げているのですが、50位の壁を前にして自分の戦闘スタイルを模索しているのです。その一環として武器をつくろうという結論に達したようで、日々アイデアを求めて悩みに悩み続けているというわけです。悩み詰めていて夜も眠れない状態らしいのです。私を助けると思って彼女に手を貸してくれませんか」

「私、専門はフレームなんだけれど……」

 文句を垂れながらも瑞月は早速提案する。

「そうね、例えば……」

 が、その言葉は結賀によって遮られた。

「待てよ姉貴」

 結賀は若干前のめりになりつつ姉に言葉を求める。

「3年ぶりなんだぞ? 他にもなんか、こう、言うことあるだろ?」

 瑞月はフレンチプレスの上フタの棒をゆっくり押し込みながら応じる。

「そうね、3年ぶりに会ったけれど……」

 やがて棒が全てプレス内に押し込まれ、棒の先に取り付けられた金属フィルターが粉と液体を分離した。これでコーヒーの出来がりだ。

 棒を押し終えると、瑞月は言葉を再開する。

「結賀、ますますイケメンになったわね」

「……」

 瑞月はトールグラスに氷をたっぷり入れ、熱々のコーヒーを注いでいく。

 香ばしい香りが広がる中、結賀は遅れて反論する。

「そういうことじゃねーよ。……まずは謝れ。何も言わずに急に出て行きやがって……どれだけ心配したと思ってんだ」

「んん? もしかして結賀、私に会えなくて寂しかったの?」

 3つのグラスに注ぎ終えると、瑞月はコースターをそれぞれの前に置き、順にアイスコーヒーを配膳していく。

「あ、スラセラートに入学したのも実は私に会うために……」

「違うぞ」

 照れを隠すように結賀はアイスコーヒーを強引に奪い、ストローを無視して口に押し付ける。

「やっぱり、寂しがりやさんね結賀は。ほら、撫でてあげるからこっちおいで」

 頭に手を伸ばされ、結賀は反射的に避ける。

「違うって言ってんだろーが。つーか、犬かオレは」

 やっぱり仲が良い。私も宏人さんとこれくらい仲良くしたいものだ。

「まあ無駄話はこれくらいにして……」

 配膳を終えると、瑞月は急に真面目な顔になり、アビゲイルに告げる。

「ごめんなさい。この娘の手伝いは無理そう。私も色々忙しいから」

 こんな場所でアルバイトをしている時点で忙しいとは思えない。が、葉瑠は本音を押し殺して瑞月に縋りつく。

「あの、ちょっとだけでもいいのでアドバイスを……」

 瑞月は葉瑠の言葉を遮るように人差し指を立て、「ちっち」と言いながら左右に振る。

「私、手伝うからには本気で手伝いたいの。だから、中途半端になるくらいなら手伝わないことにしているの。OK?」

「面倒くさいだけだろ……」

「……」

 結賀の突っ込みを無視し、瑞月は懐から携帯端末を取り出す。

「あ、呼び出しだわ。行かなきゃ……」

 わざとらしく告げるとエプロンを椅子に掛け、瑞月は店の出口へ向かう。

「コーヒー飲み終わったら流しに置いておいてね。あと、戸締まりはいつもどおりよろしくね、アビゲイル」

「はい」

 結賀は姉を逃がすまいと椅子から立ち上がる。

「ちょっと待てよ、姉貴……」

「ごめん、また今度ね」

 しかし、瑞月は片手で合掌のジェスチャーをすると、あっという間に店の外に出て行ってしまった。

 結賀は椅子に座り直し、コーヒーを飲み干す。

 先ほどまでの勢いはどこへ行ったのか、結賀の表情には憂いが混じっていた。

 久々に姉と会えたというのにすぐに別れて寂しいのだろう。

 葉瑠は結賀の気を紛らわすべく話題を変える。

「そう言えば、あのお姉さんにVFの戦い方を教えてもらったんだよね?」

 結賀はグラスの縁を指先でなぞりながら応える。

「いや、姉貴には遊んでもらってただけで、実際に稽古つけてくれたのはソウマだ」

「へー、ソウマ……え、ソウマさんに!?」

 意外な事実だ。

「ちょうどソウマが世界制覇した後で暇してた時期だったから、5年間はそれなりにみっちり鍛えられた気がする」

 日本代表の彼に5年も鍛えられらとなれば、今の結賀の実力にも頷ける。

「ともあれ、お姉さん元気そうでよかったね。また、ちょくちょく遊びに来ようよ」

「……そうだな」

 葉瑠もコーヒーを全て飲む。そして結賀のグラスと一緒に流し台に置いた。

 アビゲイルはゆっくり飲んでいるようで、まだ半分以上残っていた。

「それじゃ、そろそろ行くか」

 結賀は小銭をカウンターに置き、店の出口へ向かう。

 葉瑠も同じように代金を払い、結賀の後を追う。

「待ってください」

 店のドアに手を掛けた瞬間、アビゲイルに呼び止められてしまった。

「どうしたの? アビゲイルさんも一緒に行く?」

 アビゲイルは「いえ」と短く応えつつ葉瑠たちに体を向け、警告する。

「今後、ここに来るのは控えてもらえませんか」

「は? どうしてお前に命令されなきゃなんねーんだよ」

 結賀の当然の疑問に、アビゲイルは理路整然と答える。

「知っての通り彼女は極秘プロジェクトに参加しています。彼女の居場所が知られるようなことがあれば、彼女は今後困った立場に追いやられる可能性があります。くれぐれも口外しないよう、お願いします」

「お前はいいのかよ」

「私も一応メンバーですので」

 道理でアビゲイルさんと瑞月さん、妙に馴れ馴れしかったわけだ。

 アビゲイルもその極秘プロジェクトやらに参加しているとなると、どんな計画なのか気になる。

 コーヒーを一口飲み、アビゲイルは正面を向く。

「私はしばらくここにいます。お二人で休日を楽しんできてください」

「……」

 結賀は乱暴にドアを開け、外に出る。

 葉瑠も後に続いて店を後にした。

 ……その後二人は人混みだらけの観光名所を数カ所回ったが、結賀はずっと上の空で、葉瑠も素直に観光を楽しむことができなかった。

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