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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 3 二重の鎖
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 18 -3ヶ月-


 18 -3ヶ月-


 スラセラート学園校舎内にあるトレーニングルーム

 ここにはVF用のシミュレーションマシンが設置され、訓練生であれば誰でも好きな時に利用することができる。

 そのマシン筐体内にて、葉瑠はHMD越しに白い空間を見ていた。

(エネオラ先輩……一体どこに……)

 現在葉瑠はエネオラと対戦中なのだが、彼女を視界内に捉えられていなかった。

 障害物も何もない平坦なフィールドだというのに、彼女は何かしらの方法で姿を隠している。

 葉瑠はノーマルソードを腰の位置で構え、周囲を警戒する。

 静寂がその場を支配し始めた頃、葉瑠は背後に気配を感じた。

「後ろっ!!」

 葉瑠はろくに確認することなくノーマルソードで背後をなぎ払う。

 鋭いひと振りだったが、刃は空を切るだけだった。

「残念」

 エネオラの声が聞こえたかと思うと衝撃が走り、次の瞬間には葉瑠のVFは機能停止していた。

 葉瑠は負けを悟りながらもステータスモニタを見る。股から腹部装甲に掛けて打撃ダメージを受けていた。どうやらエネオラ先輩は私の股ぐらに潜り込み、股関節を思い切り破壊したようだ。

 生身同士の格闘ならこの攻撃法は若干下品だが、VF同士となると話は別だ。

 相手の機動力を削ぐためには脚の付け根である股関節を狙うのが効率的なのだ。

 負けた葉瑠はHMDを脱ぎ、筐体の外へ這い出る。

 既にエネオラは葉瑠の筐体の横に立ち、スポーツドリンクをぐびぐびと飲んでいた。

「今日は40秒もったね。上出来上出来」

 エネオラは葉瑠にスポーツドリンクを手渡す。

 葉瑠はそれを受け取ったが、飲むことなく肩を落とした。

「うう……ご指導、ありがとうございました……」

「そんなに毎度毎度落ち込まなくていいじゃない。さっきの振り向きざまの一閃は良かったよ。もし当たってたら負けてたかも」

「当たれば、ですけれどね……」

 葉瑠はスポーツドリンクを一口飲み、帰り支度を始める。

「それじゃあ、ラボに行きますか?」

「うん、今日もよろしくね、葉瑠センセ」

「その呼び方やめてくださいよ……」

 ――夏が終わり、秋が過ぎて冬。

 この3ヶ月間はあっという間だった。

 エネオラ先輩が個人訓練してくれるので生活も劇的に変わるかと思っていたが、実のところあまり変わっていない。

 早朝にランニングをして、朝食を食べ、午前中は座学を受け、お昼はみんなでご飯を食べ、午後はみっちりエネオラ先輩とシミュレータで模擬戦闘し、夕食後は地下ラボの一角で先輩に勉強を教え、夜は自室で結賀とお喋りしつつ本を読み、そのまま就寝だ。

 週末はこのパターンにランキング戦が入る。

 ランキング戦はこれまでに9回行い、その内8回勝利し、私は59位にまで順位を上げた。

 自分で言うのも何だが、気持ち良いほどの快進撃だった。

 これもエネオラ先輩の指導の賜である。……と言いたい所だが、彼女からは具体的な指導は受けていない。実際には実践形式の対戦しかしていない。

 しかし、これでいいと葉瑠は思っていた。

 実戦に勝る訓練はない。最良の上達方法は強い相手と戦うことなのだ。

 未だに1分と持たないが、それでも最初の頃に比べたら大分マシになったと思う。

 ちなみに、3ヶ月間で結賀は順位を24位まで上げた。

 やはり鎖や網で相手の動きを封じる戦法は効果的だ。クローデルくんの情報を使って対戦相手の動きを研究しているようだし、今後も確実に順位を上げていくだろう。

 リヴィオくんはスーニャと何度も対戦し、9位と10位の間を彷徨っている。

 私もいつか結賀やリヴィオくんと対等に戦えるようになりたいが、やはりというか何というか、彼らと私には大きな隔たりがある。

 少し強くなってようやく理解できたが、戦いの次元が違うのだ。

 まず第一にスピードが違う。

 私のような普通のランナーの場合、どうしてもVFを操作する際に自分の体の動きをイメージしてしまう。その結果、人間の動きをVFで再現するだけになってしまう。

 しかし、彼らはVF基準で操作している。言わば、彼らはVFになりきっているのだ。その結果、人間を超越した動作を実現している。

 私の場合、通常のパンチならば秒間に2発か3発打てる。しかし彼らは刺突や斬撃や打撃を当たり前のように10発以上打ち込んでいる。

 リヴィオくんレベルになると16発くらいは当たり前だし、アルフレッド教官の回転連撃に至ってはヘリコプターのプロペラの回転より速い。

 慣れてきた私でも、スロー映像を見なければ理解できない。彼らの試合映像を見る度に50位の壁を超えられるかどうか不安になってくる。

「――よし、全部終わったよ葉瑠」

 エネオラに声を掛けられ、葉瑠は気を取り直す。

 現在の時刻は夜の7時。トレーニングを終えた葉瑠は地下ラボに移動し、作業台の上でエネオラに勉強を教えていた。

 少し前までは一緒に教本を読み進めていたが、今はテスト形式で授業を行っている。

 訓練でも勉強でも実践形式でやるのが効率がいい。

 それに、テストを解いている間ぼんやりできるので楽だ。

 エネオラも一々細かいことを教えるのが面倒だから実践形式で指導しているのかも知れない。

 葉瑠はそんなことを考えつつ、解答データをエネオラから受け取る。

「お疲れ様です。じゃあ、これから答え合わせしていきますね」

 葉瑠は自分の端末上でデータを展開し、答え合わせ用のプログラムを走らせた。

 一瞬で正誤が判断され、得点が集計される。

 その得点を見て、葉瑠はつぶやいた。

「凄いですね」

「やっぱり? 自信あったんだよね」

 エネオラの呑気な台詞に対し、葉瑠は溜息を付く。

「……全然駄目です。よくこれで3年生になれましたね」

「やめて、本気で泣きそうだから」

 エネオラは両手で顔を隠し、項垂れる。

 彼女の学力は確実に上昇しているが、それでも学年で下から数えたほうが良いレベルであることは間違いない。

 葉瑠は情報端末をリュックに仕舞い、立ち上がる。

「とりあえずテストの解説は明日にして、今日は終わりにしませんか?」

「そうだね。私も頭疲れたし……」

 エネオラも勉強道具を仕舞い、作業台から離れた。

 二人はラボを後にし、校舎内を歩く。

 夕闇の廊下を歩きながら葉瑠はエネオラに問いかけた。

「エネオラ先輩、私、50位の壁を越えられると思いますか?」

 次の試合の相手は49位、学園残留組のランナーだ。

 代替戦争にも参加しているプロランナー。これまでの訓練生とは一線を画する実力の持ち主だ。

 エネオラは考える間もなく即答する。

「今の葉瑠じゃ無理かな」

「そんなあ……」

 自分でも分かっていたが、こうはっきりと言われると凹む。先程酷いことを言ったお返しだろうか。

「……そうだね、挑戦するにはまだ早いと僕も思うよ」

 追い打ちを掛けるように発言したのは宏人だった。

 宏人は廊下の陰から急に現れ、葉瑠の隣を歩き始める。

「宏人さん、お疲れ様です」

 葉瑠は慌てて挨拶し、発言について質問する。

「私の何が駄目なんでしょうか……やっぱり、経験不足です?」

「それもあるけれど、やっぱり戦闘スタイルに問題があるかな。毎試合観させて貰っているけれど、統一感が全く無いよね」

「はい、その通りですけれど……」

 相手によってアプローチを変えているので、統一感がないのは当然のことだ。と、応えたかったが、宏人が自分の試合を見てくれていることを知り、葉瑠は心の中でガッツポーズしていた。

「あと、葉瑠ちゃんは毎度違う武器を使ってるけど、お気に入りとか無いのかな?」

「お気に入り……」

 特に無いが、強いて言うなら単純な武器は得意だし、複雑な武器や熟練を要する武器は苦手だ。

「自分の戦闘スタイルや特性がわかってくれば武器も自然と決まるものだけれど、葉瑠ちゃんの場合は武器から決めてもいいかもしれないね」

 宏人の言うことなら何でも受け入れる葉瑠だが、この意見には同意しかねた。

「どうしても決めないと駄目ですか? お気に入りの武器」

 相手に応じて武器を変える葉瑠にとって、固定の武器を装備するのはなるべく避けたいことだった。

 武器を複数装備するのは問題ないのだが、その分だけ重量が増え、機動力が低下する。

 無駄な兵装は外したほうがいいのは自明の理だ。

「どう思います?エネオラ先輩」

 葉瑠はエネオラに意見を求める。

 意外にもエネオラは宏人に同調した。

「確かに完璧に扱える武器はあったほうがいいね。……葉瑠はこれといった弱点は無いけれど、強みもないから決定打に欠けるんだよね」

 確かにその通りだ。

 エネオラの同意を得て、宏人は早速提案し始める。

「とりあえず銃器は除外するとして、まずはメジャーな槍から試してみたら……」

「待って宏人」

 エネオラは提案を遮り、不機嫌そうに告げる。

「葉瑠の指導、私に任せるって言っておいて、横から口出しするのやめて欲しいな」

「ごめんごめん。僕の受け持ち殆ど辞めちゃって、結構暇なんだ」

 宏人はすぐに謝り、後頭部に手を回す。

「残っているのは4人だっけ?」

「更に一人減って3人になっちゃったよ」

 宏人は情けなさそうに笑い、物悲しい表情を浮かべた。

 別に宏人さんが悪いわけではないのに、何だか可哀想だ。

 話しているうちに校門に到達し、宏人は南連絡路に足先を向ける。

「焦って決めることもないし、色々試してみるといいさ……それじゃ、僕はこれで」

 南連絡路の先にあるのは船着場だ。今から別のフロートに行くのだろうか。

「宏人さん、お仕事ですか?」

「いいや、単なるお出迎えだよ」

 宏人は軽く手を振り、葉瑠たちに背を向ける。

 葉瑠は数秒ほどその背中を見つめた後、エネオラと共に東連絡路を歩き始めた。



 葉瑠とエネオラと別れた後、船着場に到着した宏人は出口近くのベンチに座っていた。

 既に街灯はやわらかな光を灯しており、道路を照らしている。まっすぐに続くその道路の先、遠くにはスラセラート学園が見える。

 学園校舎を眺めながらぼんやりしていると、ようやく待ち人が現れた。

「ようヒロト」

 宏人は声がした瞬間立ち上がり、声の主に向かって頭を下げる。

「シンギ教官、お久しぶりです」

 審査ゲートの出口から出てきたのは学園の教官にして世界最強のランナー、シンギ・テイルマイトだった。

 ブラウンの髪は少し伸び、表情からも疲労が伺える。しかし、鋭い目つきは健在だった。

 シンギは手荷物を宏人に押し付け、背伸びする。

 宏人は受け取った荷物をベンチに置き、バスが来るまでの時間シンギと会話することにした。

「URの件、どうでしたか?」

「全然駄目だ。どうも先回りされてるっつーか、動きを読まれてるっつーか……」

「大変ですね……」

 この春から秋にかけて半年以上シンギ教官はURを追いかけている。が、これといった手がかりを掴めていない。

 それだけURが賢く手強い相手だということだ。

「そういやお前も最近大変らしいな。……担当してたヤツ4人も辞めたんだって?」

「先日5人になりました」

 この件については本当に大変だった。

 自分では優しく丁寧に教えているつもりだが、全く上達してくれない。認めたくはないが、僕の指導力が低いことは明白だ。

 仕事で自主練習が多かったのも原因の一つかもしれない。

「まあ、向き不向きはあるから仕方ねーだろ。ルーメが担当してる訓練生も1人辞めたわけだし、気に病むなよ」

「はい……」

 ルーメのクラスは入学テストでスコアの高かった優秀なランナーが集められているので、脱落者が少ないのは当然のことだ。

 それよりも意外なのはアルフレッドのクラスだ。

 シンギも宏人と同じことを考えていたのか、アルフレッドについて語る。

「そういや、アルフレッドのクラスは誰も辞めてないな」

「それどころか、6位にはアビゲイル、9位にはリヴィオと大健闘してますね」

「まあ、あいつらは元から強かったわけだし……」

 シンギは立った状態でストレッチしつつ、質問を重ねる。

「で、お前の“妹”はどんな感じなんだ?」

 葉瑠の事を聞かれ、宏人は待っていましたと言わんばかりに饒舌に語り出す。

「聞いて驚かないでくださいよ……葉瑠ちゃんは今59位です。この調子で行けば50位の壁も突破できるかもしれません」

「おお、大躍進じゃねーか。エネオラに指導を任せてるって聞いた時は驚いたが、あいつもやるもんだな」

「ですよね、僕も驚いてます」

 宏人はここで話を区切り、先程から気になっていることを言う。

「……ところでシンギ教官、後ろにいる背の高い方は?」

 シンギの背後、ゲートの出口に立っていたのはロングコートに身を包んだ痩せ型の男だった。

 頬は痩せこけ、背中も曲がっている。猫背でこの身長だ。背筋を伸ばしたら2mは行くんじゃないだろうか。

 不気味な風貌の彼はシンギの背後から全く動かない。シンギの関係者と考えるのが自然だ。

 シンギは振り返ることなく応じる。

「こいつは調査員だ」

「調査員……?」

「URに情報が漏れてるかもしれないってイグナシオに言われてな。取り敢えずURの捜索は中断して、学園内を調査することにしたわけだ」

 イグナシオはNATOのエースパイロット……もとい、エースランナーだ。

 僕も彼のことは知っている。歴戦の勇士がそう言うのだから、従っておいて損はないだろう。

「でもシンギ教官、学園を調べるだけならわざわざ調査員なんて雇わなくてもいいじゃありませんか」

 これには長身の調査員が反論した。

「学園の人間が調査したとして、公正な調査とは言い難い。外部の公正な機関が調査してこその内部調査だろうに。これだから素人は困る」

「それを言うなら、あなたが怪しくないという証拠はあるんですか?」

 宏人は柄になくムキになって言い返す。

 言い合いになる前にシンギが間に割って入った。

「待て待て……見た目は、まあ、確かに怪しいが、怪しまれたくない奴がわざわざこんな怪しい格好をするわけがないだろ」

 まさしくその通りだ。

 宏人は納得し、引き下がる。するとタイミングを見計らったかのように無人バスがやってきた。

 3名はバスに乗り込み、調査員は話を再開する。

「私はこれから数日間このフロート内に滞在し、学園内を徹底的に調べ尽くします。時間は掛かりますが、少しでも怪しい点がある人間をリストアップし、情報流出の可能性をとことん検証しますので、よろしくお願いします」

「俺の学園にそんな奴はいねーだろうが……まあ、とにかく任せたぞ」

 何だか適当な反応だ。学園内にそんな人物はいないと信じきっているのだろう。

 その気持は嬉しいが、可能性がゼロなわけではない。

 宏人は調査員に手伝いを申しです。

「一人で大丈夫ですか? 僕も手伝いますよ」

「この規模の学園なら一人で充分です。それに一応あなたも調査対象ですので、そのお気持ちだけありがたく頂いておきます」

「……」

 全くもって彼の言うとおりだ。よく考えれば分かることである。

 沈黙を不安と読み取ったのか、調査員は宏人をフォローする。

「別にあなたが怪しいと言っているわけではありません。何度かこういう依頼を受けてはいるのですが、不正や密通者が見つかった試しはありません。今回も怪しい人間がいないということを確認しに来た、程度の認識でお願いします」

 やがてバスは校門前に停車し、3人はバスから降りる。

 バスはその場でUターンし、静かに船着場に戻っていった。

 校内に入る前に調査員は二人の前に立ち、軽く会釈する。

「申し遅れましたが……私は『シャノン』です。暫くの間厄介になります」

「おう、じゃあ俺は理事長室に行くから、ヒロト、こいつを職員寮に案内してやってくれ」

 シンギはシャノンへの対応を宏人に丸投げし、校門を潜って校舎内に消えた。

「職員寮はこっちです、シャノンさん」

 宏人は言われたとおりにシャノンを案内し始める。

 シャノンは何を言うでもなく、宏人と共に東連絡路を歩き始めた。



「……ここがゲストルームです」

 宏人に案内されたシャノンは職員寮が立ち並ぶエリア、その中でも比較的学園に近い位置にある建物の中にいた。

 2階建てのアパート、それ全体が来客専用の建物らしい。

 シャノンはドアを開けて室内に足を踏み入れる。

 中は清掃が行き届いており、かなり綺麗に保たれていた。

「こんな広い部屋を使ってもいいのですか」

 キッチンは勿論のこと、バスルームから何から揃っている。普通の部屋と遜色ない。

「はい、自由に使ってください。僕も近くに住んでますので、何か困ったことがあれば何でも言ってくださいね」

「わかりました」

「それじゃあ、僕はこれで」

 宏人は別れを告げると部屋を出る。

 シャノンは彼を見送るべく玄関に向かう。

 すると、外から女性の声が聞こえてきた。

「あれ、宏人くん、そんなところで何をしてるんですか?」

「ゲストをここまで案内していたんです」

 どうやら宏人と女性は知り合いのようだ。彼女もここの職員なのだろう。

 宏人は会話を続ける。

「イリエ教官こそ、今日は遅いですね」

「橘さんの補習です。あれだけ数学が苦手な訓練生は初めてですよ……」

 声が近づいてきた。

 シャノンはここでようやく玄関に到達し、外に出る。

 そして、女性職員の姿を確認した。

 まず目についたのがショートの赤髪。前髪は長く、目元を覆い隠している。肌は青白く、夕闇の中でよく映えていた。

 宏人はシャノンをイリエに紹介する。

「この人がゲストのシャノンさん。学園内を調査する予定らしいので、何かあれば協力してあげてくださいね」

「……」

 イリエはシャノンの顔を見て固まっていた。

 そんな些細な変化に気づくことなく、宏人はその場を離れる。

「それじゃあ僕はこのへんで失礼します。お休みなさい」

 宏人が去ると、イリエはシャノンに近寄り、小声で話しかける。

「……何事ですかジェイクさん、私、何も聞いてないんですけど」

「ジェイクではない。今の私はシャノンだ」

 シャノン、もといジェイクはゲストルーム内に入る。

 イリエも室内に入り、ドアを閉める。

「説明してもらえますか?」

 ジェイクはロングコートをハンガーに掛けながら応じる。

「主の命令だ。これから数日間、私は調査員のフリをしながらある人物の情報を集める」

「調査員のフリって……今回の調査って正式に依頼されてるんですよね? もし本物が来たらどうするんですか」

「その心配はない。本物は今頃サメの餌にでもなっているだろう」

「そうですか……」

 イリエは力なく笑い、疑問を呈する。

「私はともかくジェイクさんまで校内に潜入させるなんて、その人物っていったい……」

 ジェイクは疑問を遮るように首を振り、イリエにきつく告げる。

「次の指示があるまで私は調査員として振る舞う。くれぐれも気安く話しかけてくれるなよ」

「……そのくらいは心得てますよ」

 イリエはドアノブに手を掛け、そっと開ける。

「ジェ……シャノンさんもくれぐれも気をつけてくださいね」

 そして、音もなくその場から去っていった。

 静かになった部屋で、ジェイクは主からの命令を思い返す。

(『溜緒瑞月』の情報収集……最低でも彼女の現在地、できれば目的も探ってこい、か)

 溜緒瑞月(タマリオミヅキ)は溜緒工房の技師長ネイドルフの娘であり、とても優秀なエンジニアだということは分かっている。彼女の専門はフレーム技術だということも分かっている。……が、居場所は分からない。

 主が私をここに送り込んだということは、このスラセラートに手掛かりがあるのは間違いないが、その手掛かりを掴むのは難しそうだ。

 そもそも私の専門は戦闘行為であり、このような諜報活動は苦手だ。

 ……これまでに主の命令は何度も遂行してきたが、今回ばかりは難しいかもしれない。

 正体がバレることよりも、主の期待に応えられるかどうかが気になるジェイクだった。


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