17 -言葉の責任-
17 -言葉の責任-
交流試合が終わり、午後
葉瑠達は輸送機が出発する夕刻まで自由時間を与えられた。
スーニャとカヤは試合に出られなかった事もあってか、鬱憤を晴らすかのごとく一目散にリヴィオを強引に引き連れてタクシーに乗り込み、どこかへ行ってしまった。
アビゲイルは一人で街の方へ歩いて行き、エネオラもそこら辺に置いてあった自転車に乗って敷地から出て行った。
全員目的地があるようだ。
葉瑠も観光してみたい気持ちはあったが、あまり気が乗らなかった。
かと言って、ハンガーでモモエやロジオンの手伝いをする気にもなれず、取り敢えず屋外に出て一人でぼんやりと時間を潰していた。
葉瑠は建物の周囲、日陰になっている部分を歩いていた。
足の裏に芝生の感触を得つつ、ゆっくりゆっくり壁伝いに歩を進める。
葉瑠は広大な草原を見ず、足元をじっと見て考え事をしていた。
(ケレスくん……)
私はケレスくんに酷いことを言ったかもしれない。
楽しくないならランナーを辞めろ、才能もないからランナーを諦めろ
あの時はケレスの態度もおかしかったので思わずキツイことを言ってしまった。
反省した方がいいだろう。
これからケレスはどうなるのだろうか。やはり退学は免れないのだろうか。
そう思うと、同情を禁じ得なかった。
壁に手を触れながら歩いていると、不意に視界に黒い影が入ってきた。
葉瑠は顔を上げ、正面を見る。
そこにはエネオラの姿があった。
「エネオラ先輩、ついさっき街の方へ行ったんじゃ……」
「戻って来ちゃった。葉瑠と話したくて」
エネオラは背中で手を組み、微笑みながら首を傾ける。
微風に揺れるアメジストパープルの細い髪を視界に捉えつつ、葉瑠は応じる。
「お話ですか。私は大歓迎ですけれど……」
エネオラ先輩とは今後のことについて聞いておきたいことが山ほどある。
葉瑠が了承すると、エネオラは壁に背を預け、ずるずると腰を下ろして芝生の上に座り込んだ。
葉瑠も同じく芝生の上に正座する。が、正座は気に入らないのか、エネオラは首をふり、葉瑠は仕方なく足を崩して壁にもたれかかった。
エネオラは満足気に頷き、続けて視線を草原に向ける。
「どうだった? 私の試合は」
「強かったです。それに、あっという間でした」
エネオラは本当に強かった。相手があまり高レベルで無かったので本気を出していたとは思えなかったが、それでも圧倒的な試合展開だった。
素早く、力強く、未来予知をしているのかと疑ってしまうほど的確な攻撃。
あんな風にVFを操られたらさぞ世界が違って見えるだろう。
エネオラは恥ずかしげに笑う。
「えへ、やっぱり面と向かって褒められると恥ずかしいね」
強いのに気取っているわけでもなく、私を同じランナーとして扱ってくれている。
素直で正直な人だし、かわいい人だ。
エネオラは視線を落とし、芝生を撫でる。
「試合はともかく、ケレスってのには驚かされたね。おかげで貴重な体験ができたけれど……彼、どうなるんだろうね」
「私もそれ、気になってるんです」
「実害が無かったから厳重注意で済むと思うけれど、彼、もうこの養成校には居られないだろうね。と言うか、あそこまで葉瑠に言われたらランナーも続けられないよ」
葉瑠はあの時のセリフをまた思い出し、自然とため息が出た。
「……ちょっと反省してます」
「まあ、彼もあれだけの事をやったんだから、きついこと言われても仕方ないと思うけど」
「そう言ってもらえると気が休まります……」
その後少しの間会話が途切れ、エネオラは葉瑠をチラチラと見る。
すぐに目が合い、エネオラは恐る恐る葉瑠に話しかける。
「言っていい?」
今更許可を求められても困る。
ここで言葉を飲まれても後味が悪いし、聞いてみよう。
「どうぞ」
葉瑠が許可すると、エネオラは神妙な面持ちで語り始めた。
「私、思ったんだけれど……あの時葉瑠がケレスに言った言葉、あれは真理だよね」
「楽しくないなら辞めたほうがいいって、言葉のことですか」
「そうそれ」
そんなこと考えもしなかった。
だが、改めて考えると当たらずといえども遠からずな気がする。
エネオラは芝生いじりを止め、手のひらを親指でマッサージし始める。
「夢を実現するために苦しくても楽しくなくても頑張る。それ自体はいいことだと思うけれど、何のために生きてるんだろうって虚しくなる時があるよね……」
エネオラも思うところがあったようた。
自分の言葉で深刻に悩まれると何だか自分が悪人になったみたいで気分が悪い。
葉瑠は深く考えないようエネオラに告げる。
「苦しいとか生きる意味とか、そこまで言ったつもりはないんですけど……話すだけでも気が楽になるって言いますし、悩みがあるのなら聞かせてくれませんか?」
「私の悩みは一つ、葉瑠もよく知ってるでしょうに」
エネオラは呆れた顔を葉瑠に向け、指先で葉瑠の頬を突く。
葉瑠はエネオラの指をそっと包み込み、即答する。
「“勉強”ですよね」
「うん、その通り。勉強は辛いねえ。……でも、立派なエンジニアになるには勉強は不可欠だし……まあ、こういうことを考えている時点で向いてないのかなとは思うよ」
「向いてないって、どういうことですか?」
エネオラは再度葉瑠の頬をつつき、応える。
「例えばさ、葉瑠は勉強きらい?」
「いえ、別に嫌いではないです」
「じゃあ、好き?」
「いえ、特に好きでもないですけど……何ですか?」
意味の分からない質問に、葉瑠は頬を膨らませる。
エネオラは頬から指先を離し、続いて頭の上に手を載せる。
「葉瑠にとって勉強は日常の一部に組み込まれてるんだよ。特に意識しなくても必要だから知識をつけるし勉強もする。言ってしまえば睡眠とか食事と一緒だね」
「そう言われてみれば、そうですね……今までそんなこと考えたこともありませんでした」
葉瑠は眼鏡のつるを弄りつつ、自分の日常生活を思い返す。
3大欲求の他に私の日常に組み込まれている習慣は……早朝のフィジカルトレーニングと就寝前の読書くらいなものだ。
VFの操作訓練は未だに慣れない。これを当たり前のようにできるようになれば50位の壁に一歩近づけるかもしれない。
「自分では何気なく出来ていることでも、他人から見れば凄いことだったりするわけ。私からしてみれば、ランキング1位のルーメより、教本を丸暗記してる葉瑠の方が凄いと思うよ」
「そんな、私なんて……」
先程から褒められっぱなしだ。何か裏があるのかと疑ってしまいそうだ。
褒められることに慣れていない葉瑠は、思わずエネオラを褒め返してしまう。
「先輩だって凄いです。練習もしないであの実力なら、ちょっと訓練するだけでルーメ教官にも勝てると思います」
「私もそう思うよ」
エネオラは照れるでもなく葉瑠に同意する。そして、思いもよらぬ言葉を口にした。
「私、取り敢えずプロランナーになってみようと思う」
「ほんとですか!? 聞いたらみんな喜びますよ」
葉瑠はエネオラに体を向け、両手を掴む。しかし、すぐに表情が暗くなった。
「でも、ランナーになるってことはエンジニアには……」
エネオラは首を左右に振る。
「“取り敢えず”って言ったでしょ? エンジニアになるのも諦めたわけじゃない。ランナーとして名を上げればそういうチャンスも巡ってくると思うの。だから、今楽しいって思える事、みんなに勧められた事をやってみることにしたの」
エネオラは深刻に考えていないようだった。
しかし、エンジニアへの道はかなり遠回りになるのは間違いない。
葉瑠は責任を感じていた。
「もしかして、私の言葉のせいで……だとしたら私は……」
「何気ない言葉でも人の人生は変わる。それに、変えてくれてありがとうって思ってる。葉瑠がいなかった私、エンジニアにもなれずランナーにもなれず、半端者で人生を終えていたかもしれない」
エネオラは立ち上がり、制服についた芝生の草を払い落とす。
タイミングよく風が吹き、その草は空へ舞っていった。
「私は自分で道を選んだ。選んだからにはこの道を思う存分楽しむつもり」
そう言ってエネオラは葉瑠に笑顔を向ける。
爽快な笑顔、その笑顔からは悩みの陰は感じられなかった。
「でも取り敢えずエンジニアコースは卒業しておきたいから、勉強見てね」
「はい。私もVFの操作指導、よろしくお願いします」
葉瑠も立ち上がり、エネオラに一礼する。
この人とならいい師弟関係を結べる。葉瑠はそんな予感を感じていた。




