14 -ケンブリッジ養成校-
14 -ケンブリッジ養成校-
翌朝
隣のベッドで大の字になって寝ている結賀に一方的に別れを告げた葉瑠は、空港へ向かう輸送船の中にいた。
輸送船内には5機分のアウターユニットが積み込まれている。これらを空港で輸送機に載せ替え、交流試合が行われる場所……英国はケンブリッジまで行くわけだ。
(ケンブリッジかあ……)
ケンブリッジにはNATO最大のVFランナー育成学校がある。
受験生用のパンフレットを見たことがあるので学校の外観やカリキュラムなどは知っているが、それ以上のことは全く知らない。
訓練生のレベルがどの程度の水準にあるのかすら分からない。だが、スラセラートのランキング上位ランナーが他校の訓練生に負けるとは思えなかった。
葉瑠は客室内を見渡し、交流戦に出場するであろうメンバーを改めて見る。
エネオラ先輩は最前列左隅の席に座ってテキストと睨めっこしていた。何を勉強しているのか気になるが、真剣にやっているみたいだし話しかけないほうがいいだろう。
同じく最前列の右隅には長い黒髪を持つアビゲイルさんが座っていた。彼女の真紅の瞳はまっすぐ前に向けられていた。が、前方には何もない。一体何を見ているのだろう。
いつもに増してミステリアスな雰囲気を放っているように思えた。
少し離れた場所、中腹の右側の列にはカーキ色の長い三つ編みが目立つボクっ子のスーニャと、銀の短髪が眩しいリヴィオくんの姿があった。
スーニャはともかく、リヴィオくんが交流戦のメンバーに選ばれたのは意外だった。
宏人さんが抜けたので更に下位のランナーが選出されるのは分かっていたつもりだったが、まさか13位まで誰も手を挙げないとは……。みんなこの交流試合には消極的みたいだ。
「なーリヴィオ、実家ドイツなんだろ? ボクにお土産は?」
「しつけーぞ。どんだけ欲しがりなんだよお前は……」
リヴィオくんはスーニャに絡まれていた。
スーニャはリヴィオの背中を殴ったり腰にキックを入れている。何だか兄妹みたいで微笑ましい感じだ。
「おはよー葉瑠」
いつの間にか隣にカヤちゃんが立っていた。
「おはよう……ございます」
吸い込まれてしまいそうなエメラルドグリーンの瞳。ウェーブのかかったブロンドショート。猫の耳を模したカチューシャは彼女の容姿に実にマッチしていた。
カヤはニコッと微笑んだ後、スーニャとリヴィオに視線を向ける。
「スーちゃん、最近リヴィオにべったりなんだよねー……」
食堂やトレーニングルームでもセットでよく見かける。
順位はスーニャの方が上だが、非公式戦ではリヴィオくんが圧勝したこともある。ライバル視されているのかもしれない。
「あの感じだとかなりリヴィオのこと気に入ってるねー」
「そうなんですか……」
カヤの話を踏まえた上で、葉瑠は改めて二人を眺める。
リヴィオくんはスーニャを追い払うでもなく、軽い暴力を受け入れていた。満更でもないみたいだ。
あの二人はちょくちょくランキング戦で対戦しているようだし、カヤちゃんの話もあながち嘘と言い切れない。
「“そうなんですか”って、感想それだけなのー? つまんなーい」
カヤちゃんは私に何を言わせたいのだろうか……
そうこうしているうちにカヤはそっぽを向き、アビゲイルにちょっかいを出し始めた。
膝の上に乗られたり髪を触られても、アビゲイルさんは微動だにしない。無我の境地とはこの事を言うのだろう。
……その後船室内をぼんやり眺めていると、ようやく空港に到着した。
葉瑠は真っ先にモモエに呼び出され、アウターユニットの荷揚げ作業を手伝うことになった。
空港フロートの入港ドッグに降り立つと、既にクレーンが輸送船から巨大なコンテナを運んでいる最中だった。
「葉瑠さん葉瑠さん、こっちです」
「はい?」
葉瑠は視線をコンテナから離し、正面を見る。
そこにはモモエさんの姿があった。モモエさんは左手で手招きし、右手でとある方向を指さしていた。
視線を誘導されると、その先には作業用のVFが鎮座していた。
塗装は所々剥がれ、胸部には「BA-09」とナンバーが刻印されていた。
古めかしいVFを見つつ、葉瑠はモモエの元まで移動する。
「あのVFがどうかしたの?」
「どうかしたの? じゃないですよ。早く乗って、作業を手伝ってください」
「私が!?」
まさかこんなことまで手伝わされるとは思っていなかった。
モモエさんは強引に説明を続ける。
「手伝うって言っても、コンテナをクレーンからトレーラーの荷台に設置するのを誘導するだけです。ほら、早くお願いします」
「わかった……」
葉瑠はしぶしぶVFに乗り込み、起動スイッチを押す。
HMDを被るまでもない。葉瑠は難なくVFを操作し、コンテナの隣に立つ。
「おーらい、おーらい……」
コンテナの真下には既にトレーラーが待機しており、葉瑠はコンテナの位置を慎重に調整していく。
十数秒後、コンテナは無事に荷台の上にピッタリ収まった。
葉瑠はクレーンの固定器具を剥がし、コンテナを軽くこんこんと叩く。
その音を合図にトレーラーは走り始め、輸送機の方に向かって行った。
トレーラーを見送ると、葉瑠はVFを元の位置に戻しモモエのもとに戻る。
「さすが葉瑠さん」
「あれくらいできないとランナーコースの訓練生として恥ずかしいよ……」
「それはそうですけど、やっぱり葉瑠さんもランナーなんだなあと思いまして」
私にとっては単純な操作だ。でも、やっぱり素人から見ればこの程度の操作でも凄いことなのだろう。
「ささ、私達も輸送機に乗り込みましょう」
「うん……」
葉瑠はモモエと共に輸送機へ向かう。
既に輸送機は滑走路でスタンバイしており、エンジンもアイドリング状態にあった。
(うわ、大きい……)
遠くからだと普通の大きさに見えていたのに、近づいてみるとその大きさに驚かされる。
タイヤの数は普通の航空機の倍以上……機首部分に4つ、胴体部には4本の油圧シャフトの先に6つずつ、合計で28個付いていた。
動力はジェットエンジンが4機、前時代的なデザインの輸送機だが、それだけ信頼性があるというものだ。
前部ハッチは大きく開かれており、胴体部分の格納庫の様子がよく見える。
普通の一軒家が2軒くらい入りそうな広さだ。
巨大なコンテナが搬入されていく様子を横目に見つつ、葉瑠はモモエと共に輸送機内へ入っていく。
機体後方部からタラップを登ると、簡素なシートが並ぶ空間に出た。
荷物だけでなく人間が乗る場所もちゃんとあるみたいだ。
(当たり前といえば当たり前ですか……)
他のメンバーは既にシートに座り、出発の時を待っているようだった。
「コックピット、ねえ、コックピットは?」
「黙ってろよスーニャ……迷惑だろ」
リヴィオは興奮気味のスーニャを諌める。
注意されて恥ずかしかったのか、スーニャはリヴィオに突っかかる。
「な……ボクより弱いのに命令するなよな」
「理不尽な奴だな……」
不毛な会話をしていると、カヤが会話に割って入った。
「やっほースーちゃーん」
元気よく挨拶したかと思うと、カヤはリヴィオの隣の席にぼすんと腰を下ろし、わざとらしくリヴィオにもたれかかった。
「あ、何でそこに座るんだよ、あっちいけよ」
「なんでー? 別にいいよねーリヴィオ?」
「構わねーけど……あんまりはしゃぐなよ……」
リヴィオは少女2人の対応に追われている様子だった。
「大人気ですね、リヴィオくん」
「人気というか、完全に玩具にされてるね」
何だかんだでリヴィオくんは優しい人だ。私はそのことに気付くまで時間がかかったが、子供はそういう所を本能的に分かっているのだろう。
「じゃ、私はエネオラ先輩の隣に行きますから」
モモエさんは先に進み、エネオラ先輩の隣に腰を下ろした。
残された席は……アビゲイルさんの隣だけだった。
葉瑠は恐る恐る近づき、断りを入れる。
「アビゲイルさん、隣座るね?」
アビゲイルはちらりとこちらを見た後、正面を向いて小さく頷いた。
「どうぞ」
許可を得た葉瑠はシートに座る。と、ロジオン教官の声が機内に響いた。
「――そろそろ離陸するらしいぞ。シートベルト、しっかり締めとけよ」
指示にしたがって葉瑠はベルトを締める。
その後すぐに輸送機は離陸体勢に移行し、滑走路を暫く進んだかと思うと、一気に加速して空へ舞い上がった。
結構なGがかかり、体がシートに押し付けられる。だが、この程度のGはVFに比べれば楽勝だ。
すぐにGも和らぎ、規定高度に達したようで、機体が水平になる。
重苦しいエンジン音が響く中、葉瑠はアビゲイルに話しかけた。
「そう言えば、夏季休暇はどうだった?」
少し遅れて返事が返ってきた。
「……別に、特に何もしませんでした。やったことといえば健康診断くらいでしょうか」
「どうして健康診断?」
「半年も体を酷使していましたからね、幸い大きな問題は見つかりませんでした」
「……小さな問題はあったんだ?」
アビゲイルは手首あたりを握り、その状態で手のひらを開いたり閉じたりした。
「問題というほどのこともありません。それよりも葉瑠、溜緒で大変な事件に遭遇したと聞いていますが……概要を教えてもらっても?」
別に口止めされているわけでもないし、問題ないだろう。
葉瑠は順を追って説明する。
「あ、うん。急にURが出現して、イリエ教官を人質にとって工房を破壊しようとしたんだけれど、結賀が人質を救って後はケフェウスの光で撃退したって感じかな」
「それは興味深いですね」
結構端折ったが、大丈夫だったろうか。
……アビゲイルさんは独自に更木正志について調べていたはずだ。
葉瑠は追加の情報を告げる。
「そういえば、あっちでソウマ選手とか七宮重工の社長さんと話したんだけれど、更木正志は絶対に偽物だって断言してたよ」
「偽物……まあ、偽物でしょうね」
いつもにも増して適当な返事だ。興味を失ってしまったのだろうか。
あまり触れられたくないのかもしれない。
葉瑠は話題を変えることにした。
「そうだ、交流戦の対戦相手のこと何か知ってる?」
「一応頭には入れてきています。が、対策を考えるまでもないですね」
「考える必要がないくらい格下……ってこと?」
「いいえ、交流試合は勝ち抜き戦。私が戦うまでもなく全てエネオラ・L・スミスが片付けてしまうでしょう」
「そんなに強いんだ……」
葉瑠は前の席に座っているエネオラを見る。
エネオラはモモエと楽しげに会話していた。
こうして見ると普通の女子高生だ。とてもじゃないがランキング4位のランナーには見えない。
アビゲイルは力説する。
「特に訓練もしないでランキング4位……ランナーコースでトレーニングに励んでいればルーメに匹敵する使い手になっていたでしょうね」
「やっぱり凄い人だなあ」
「ええ、ああいう人のことをギフテッドと呼ぶのでしょうね」
ギフテッド、才能を天に与えられた者。
スラセラートに入学できた時点で全員才能があることは間違いない、が、その中でも類稀な才能を持った人間もいるということだ。
アビゲイルは小さな声で続ける。
「まあ、ある意味では貴方もギフテッドなのでしょうけれど……」
「え、今なんて……」
「何でもありません。私は少し眠ります。貴方も少し睡眠を取ったほうがいいですよ。目の下、隈が凄いことになっていますから」
そう言ったきり、アビゲイルさんは目を閉じて動かなくなった。
「……」
確かに、彼女の言うとおり私も疲労が溜まっている。少しでも眠っておいたほうがいいのは事実だ。
葉瑠は眼鏡を外し、胸ポケットに差し込む。
続いて手元のレバーを引っ張り、背もたれを倒した。
この輸送機、もともとは軍用機だったのにリクライニング機能があったとは驚きだ。
仰向けになってヘッドレストに後頭部を押し付ける、と途端に眠気が襲ってきた。
……それから4時間の間、葉瑠はモモエに起こされるまで眠りこけていた。
ケンブリッジ市はイギリス東部にある大学都市だ。
前世紀からハイテク産業が盛んであり、VF産業に関しても世界トップレベルの技術力を有している。
その中でも特に有名な企業が『HAL&HEL社』だ。
通称ハルヘル社は大型実弾系銃器の生産でトップシェアを誇っている。
銃器をメイン兵装として使っているランナーはカヤちゃんくらいなもので、スラセラートではあまり見かけない。
他の武器と比べて重量がある上、部品数も多いのでトラブルが発生しやすいからだ。弾数も有限だし、何より命中させても決定打にならない。
……が、世界的に見ると銃器を使うランナーは結構いる。
何故なのか。答えは簡単だ。
デメリットを補って余りあるほどのメリットがあるからだ。
トリガーを引くという最小動作だけで衝撃力に優れた遠距離攻撃を行える。こんな武器は他にない。
当然ながら弾は重力盾に弾かれてしまうのでロングレンジライフルや取り回しの難しい機関銃を使うランナーは殆どいない。彼らがよく使うのは突撃銃や拳銃、そして散弾銃だ。
散弾銃はVFBに於いても優秀な武器だ。
構造が比較的単純なので乱暴に扱っても問題ないし、何よりストッピングパワーに優れている。
かくいう私もショットガンにはお世話になった。
アビゲイルさんと初めて対戦した際、私はVFの背部に4門の散弾砲を組み込み、圧倒的な火力でアビゲイルさんに銃弾の雨を浴びせた。
結局あの時は殆ど回避されてしまったわけだが……とにかく、銃器は初心者でも扱える効率的な武装だということだ。
「……さて、到着したぞ」
空港からタクシーで移動すること10分弱
葉瑠達は目的地……ケンブリッジ養成学校の門前に到着した。
タクシーを降り、葉瑠は改めて周囲を見渡す。
……周りは何もない。ただただ広い草原が広がっている。
そんな草原の中に校舎らしき建物とハンガーらしき建物がぽつんと建っているだけだ。
素朴というか何というか、ここで過ごせば1ヶ月と経たずに穏やかな人間になれる自信がある。
ちなみに、西側には市街地が広がっている。それ以外の方向は全て草原だ。
見渡し終えると、モモエさんがつぶやいた。
「到着……って言っても、輸送機を降りてからずっと見えてましたけどね……」
広大な草原、これ全てがケンブリッジ養成校の敷地だ。
スラセラートも大概広いが、この広さは度を越している気がする。
タクシーが去った後も草原を眺めていると、校舎側から男性が歩いてきた。
「遠路はるばるどうもご苦労様でした」
悠然と歩み寄ってきたのは、丸っ鼻に大量の髭を蓄えたおじさんだった。
髪は薄いが、表情はにこやかで、いい人のオーラが大量に放出されていた。
「ささ、こちらにどうぞ」
ケンブリッジ校の関係者には間違いないが、付いて行っていいものか、悩むところだ。
「スラセラート代表……の引率者、ロジオン・クレスチアニノフです。よろしくどうぞ」
ロジオン教官は自己紹介し、握手を求める。
髭のおじさんはワンテンポ遅れて握手に応じた。
「これは申し遅れまして、私はここで教官をやらせてもらっております、『ジェフリー・アダプトン』です」
教官ということは、彼もランナーのようだ。
ジェフリーさんはロジオン教官の手をグワシと掴み、豪快に上下に振る。
よく見ると背も高く、ガタイもよかった。重量挙げの選手……とまでは言わないが、プロレスラーと言われたら信じてしまいそうだ。
握手を終えるとジェフリーさんは校舎へ向かって行く。
葉瑠を始め訓練生達は彼の後を追おうとしたが、ロジオンはその場に留まっていた。
「どうしたんです? ロジオン教官」
葉瑠が声を掛けると、ロジオンは空港の方に目を向けた。
「俺はコンテナが来るまでここで待ってる。後のことは全部任せるぞ」
「任せるって……」
「いいからさっさと行け、置いてかれるぞ」
葉瑠は前を見る。
みんな校舎内部に入っており、ロジオン教官のことなど気にしていない様子だった。
「それじゃ、行ってきます」
葉瑠はロジオンに別れを告げ、駆け足で校舎に向かう。
校舎は2階建てだったが、横に広く、敷地面積はスラセラートの校舎よりも広そうだった。
葉瑠は自動ドアを抜けて校舎内部に足を踏み入れる。
入ってすぐ正面には掲示板があり、今回の交流戦についてのポスターがでかでかと貼られていた。
葉瑠はポスターから視線を逸し、他のみんなの姿を探す。
「……あれ?」
しかし、どこにも見当たらなかった。それどころか人影もない。
玄関付近で途方に暮れていると、不意に上階から声が聞こえてきた。
「……なるほど、川上宏人は今回は不参加なのか」
「……そうなんですよ、どうやら仕事と被っちゃったみたいで……」
みんな二階に上ったみたいだ。
葉瑠は追いつくべく玄関正面にある階段を勢い良く駆け上がる。
1段飛ばしでテンポよく上り、葉瑠はすぐに2階に到着した……が、階段に集中しすぎて前方に注意を払わなかったのがいけなかったらしい。
葉瑠は2階に上がると同時に誰かとぶつかってしまった。
「うっ!?」
まず感じたのは衝撃、続いて聞こえたのが呻き声だった。
葉瑠はそのまま相手を巻き込んで廊下に倒れこんでしまう。
「いてて……すみません……」
葉瑠は目を回しながらも何とか立ち上がり、相手を確認する。
廊下には、口をだらしなく開けて白目をむいている少年が倒れていた。
「ひっ!?」
本来なら介抱せねばならない所を、思わず葉瑠は後ずさってしまった。
気を取り直して葉瑠は少年に近づく。
少年は淡いグリーンのカットシャツに黒のスラックスを履いていた。
デザインは至って普通で、見た感じ制服に見える。ここの訓練生だろうか。
少年はすぐに意識を取り戻し、後頭部をさすりながら上半身を起こした。
「うう……一体何が……?」
少年は顔を顰めつつ視線を左右に向ける。
すぐにこちらと視線が合い、両者ともほぼ同じタイミングで会釈した。
「あ、どうも……」
「どうも……あれ? 僕はどうして……?」
少年は何故自分が廊下に倒れていたのか、理解できていない様子だった。
もしかして記憶障害でも起こしたのだろうか。
そんなに強く衝突したつもりはないが、ぶつかったのは事実だし、ここは謝るのが道理だろう。
葉瑠は正直に状況を告げる。
「ごめんなさい、私が急に飛び出したせいでぶつかってしまって……」
話している間、少年はこちらの顔をジロジロ見ていた。
すぐに何かを思い出したのか、手のひらを叩いて告げる。
「君はもしかして、スラセラートの試験の時に医務室に運ばれていった」
「!!」
確かに私は試験開始前に嘔吐し、シンギ教官に医務室に連れて行かれた。
どうして彼がこの情報を知っているのだろう……
こちらの反応を見て少年は確信したのか、急に馴れ馴れしく話し始める。
「よかった、その制服、無事にスラセラートに入学できたんだね……」
少年は腕を組んで目を瞑り、感慨深そうに頷いていた。
葉瑠は改めて彼を見る。
少年は見るからに気が弱そうな、純朴そうな雰囲気を放っていた。
髪は少し長めで、体格も貧相だ。さっきの衝突にも完全に対応できていなかったし、運動神経もそこまでいいとは思えない。
「ところであなたは……ケンブリッジ校の訓練生……ですよね?」
少年は頷く。
「結局スラセラートの入学試験には落ちちゃって……でも何だか諦めきれなくて、何とかこの訓練校に入ったんだ」
「こっちのほうが凄いんじゃないですか?」
「それは……」
少年の表情が途端に暗くなる。
その訳を葉瑠はすぐに理解することになる。
「……よう、最弱の『ケレス』君」
廊下、背後から現れたのはケンブリッジ校の訓練生の集団だった。
計5名、全員が男で制服を着崩し、ネックレスやブレスレットなど、派手なアクセサリーを身につけていた。
日本で言う不良学生と形容したらいいだろうか。
ただ、彼らはただの不良と違って気品のような物が感じられる。セレブっぽいかんじだ。
彼らは葉瑠を無視し、少年……ケレスと呼ばれた少年に高圧的に話し続ける。
「お前、まだ辞めてなかったのかよ」
「いつになったら退学届を出しに行くんだ?」
「もしかして退学届の書き方がわからないんじゃないか? こいつ、自分にランナーの才能が全く無いってことも分からない馬鹿だから」
「違いねえ……ハハハ!!」
5名は口々に笑いながら葉瑠とケレスの間を通り抜けていく。
「……」
その間、ケレスは俯いたまま何も言い返さなかった。
そんな態度すら気に喰わないのか、最後尾にいた一人が突っかかる。
「ここまで言われて言い返さないのかよ……何とか言えよ、あ?」
「僕は……」
ケレスはか細い声で応じるも、すぐに胸ぐらを掴まれて口を噤んだ。
不良男子は至近距離でケレスを睨む。
「お前みたいな雑魚にいられると困るんだよ。シミュレータマシンにも訓練機にも限りがある。そんなにVFが好きなら部屋に引きこもってVFOBでもやってろ、雑魚ランナー」
ここまで言うと手を離し、再び5名は廊下の奥へ歩き始める。
「辞めちまえよ。才能ねー奴がいくら頑張っても無駄なんだからよ」
最後に捨て台詞を吐くと、5名は角を曲がって視界から消えた。
葉瑠はケレスに声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、いつも言われてるから……」
酷い訓練生もいたものだ。スラセラートでは考えられない。
ケレスは深くため息を付く。
「僕は元々ランナーになりたくて、でもスラセラートでは書類選考で落ちてしまって、でも諦めきれなくてエンジニアコースを受験したんだけど、それでもやっぱり駄目で……だからここのランナーコースに入学したんだ」
「それは……凄いですね」
ケレスは首を左右に振る。
「凄くないよ。実はここ、入学するのは難しくないんだ。その分学費も高いし脱落者も多いけれどね……」
謙遜でも何でもなく本心のようで、ケレスはひどく落ち込んでいた。
「自分で言うとカッコ悪いかもしれないけれど、これでも僕、凄く頑張ってるんだ。でも、半年経っても基礎教練プログラムの30%も消化できなくて……あ、ごめん。君に話すようなことじゃなかったね」
半年経っても基礎教練プログラムをクリアできないとなると、才能なしと言われても仕方がないかもしれない。
「……ところで、どうしてこんな所に?」
改めて質問され、葉瑠は自分のやるべきことを思い出す。
「あ、実は私スラセラートの代表ランナーを探していまして……」
「そう言えば明日は交流戦か。……だったら多分みんなミーティングルームに集まってると思うよ」
「ミーティングルーム?」
「えーと、さっきの5人の後を追えば大丈夫だと思う……」
ケレスは廊下の奥に視線を向け、言葉を続ける。
「……彼らがケンブリッジ校の代表ランナーだから」
「そうだったんですか……」
あまり強そうに見えなかったが、ケレスが嘘をつくとも思えない。
また迷子になる前に、葉瑠は彼らの後を追うことにした。




