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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 3 二重の鎖
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 13 -叶えたい夢-


 13 -叶えたい夢-


 ラボへ向かいながら、葉瑠はエネオラというランナーのことを思い出していた。

 エネオラ・L・スミス……彼女とは一度会ったことがある。

 彼女がランキング4位だと初めて聞いた時はアビゲイルさんのようなエッジの効いた人か、ルーメ教官のような独特な雰囲気を持つ人かと思っていたが、実際会ってみて感じた第一印象は“フレンドリーで気さくな先輩”だった。

 彼女は4位でありながら、エンジニアコースに所属している。

 夢はVFエンジニアらしく、夏季休暇中はキルヒアイゼンの研修会に参加すると聞いている。本気でエンジニアを目指しているようだ。

 そんな彼女がVFランナーとして圧倒的な才能を有しているのは、勿体無いというか、ある意味不幸というか……。

(考えてても仕方がないですよね……)

 彼女がランナーとして優秀なのは紛れも無い事実だ。そして、彼女から直接指導を受けられれば、間違いなくスキルアップできる。

 葉瑠はエネオラがどんな特訓をしてくれるのかを想像しながらラボに入る。

 すると、何やら情けない泣き声が聞こえてきた。

「うー……もう駄目だー」

 声の主は、入り口を入ってすぐの壁際に座っていた。

 足を抱えてうずくまっているせいで顔は見えない。が、紫水晶を連想させる上品な髪は確認できた。

 この色合の髪、短くカットされた髪型には見覚えがある。

 ……エネオラ先輩だ。

 エネオラ先輩の両隣にはモモエさんとロジオン教官の姿もあった。

「大丈夫ですよ先輩、運が悪かっただけですって」

「あんまり気にするなよエネオラ。失敗の一つや二つでへこたれてるようじゃいつになっても前に進めないぞ」

 二人共エネオラ先輩を慰めているようだった。

 モモエさんは桃色の髪を綺麗に結い上げていた。油臭い上に地味な工業カラーに支配されているラボ内において、彼女の存在は不毛な地に咲く一輪の花に等しかった。

 ロジオン教官はエネオラの肩を叩いていたが、逆の手には酒瓶がしっかり握られていた。

 ぱっと見強引に酒を進める酔っぱらいにしか見えない。

「別に就職できなくたって俺みたいにスラセラートで働けばいいんだ。そんな落ち込むなよ」

 適当な慰めの言葉に対し、エネオラはぶっきら棒に応じる。

「私は設計とかしたいんです。ここじゃあずっと整備するだけじゃないですか。それに、今俺みたいにって言いましたけれど、教官は昔レンタグアで色々と名機を開発してたんですよね? 説得力ありませんよ」

 ……ちなみにレンタグア社は露国のVFメーカーだ。

 代替戦争が始まる前は動物や昆虫を模したデザインのVFを多数世に送り出し、極地戦用のVFを専門的に製作していたことでも有名だ。

 モモエはロジオンをフォローするようにやんわりと語りかける。

「先輩、スラセラートで働けば擬似AGFのメンテナンスができますよ。これって地味に凄いことだと思いません?」

「私には難しくてできないよ!! 自分が擬似AGF整備の特別授業受けてるからって、自慢しないでよ!! うぅ……」

 ここまで酷いと手のつけようがない。

 モモエさんもロジオン教官も困り果てている様子だった。

「一体何があったんです?」

 葉瑠は恐る恐る2人に話しかける。

「お、葉瑠じゃないか」

 応じたのはロジオンだった。

 ロジオンはエネオラの隣を離れ、酒瓶片手にふらふらと近寄ってくる。

「話聞いたぞ。日本では大変だったらしいな」

「はい。大変でしたけど……それよりエネオラ先輩、どうしたんですか」

 葉瑠はロジオンの影からエネオラを改めて見る。

 エネオラはモモエに背中を撫でられていた。

「あいつ、キルヒアイゼンの研修会に参加してたんだが……」

「あ、それは知ってます」

「研修中、機械操作の手順をミスって機材をまるまる一式スクラップにしちまったんだ」

「それは……すごいですね」

 大抵の機械には安全装置が付いているはずだが、それにも関わらず壊してしまうなんて、凄いというかあり得ない。操作方法も何も知らない素人でも破壊なんて真似はできないはずだ。

 一体何をどうしたのだろうか。

(今はそんなことを考えてる場合じゃなかったですね……)

 私がここに来たのはエネオラさんに弟子入りの挨拶をするためだ。

 取り込んでいる所悪いが、さっさと済ませて今後のトレーニングメニューを話し合おう。

 葉瑠は先程までロジオンが座っていた場所に両膝をつき、恐る恐るエネオラに話しかける。

「あの、すみません。今日から先輩に指導を受ける事になった川上葉瑠です。よろしくお願いします」

「……私、忙しくてそんな暇ないよ」

「えっ?」

 話すタイミングがまずいのは理解していたが、まさか突っぱねられるとは思っていなかった。

 反対側にいるモモエさんは疲れた表情で首を左右に振っていた。

 葉瑠は再度話しかける。

「あの、宏人さんから話とか聞いてませんか?」

「聞いてる。でも本当に大変なの。キルヒアイゼンで失敗しちゃったし、どこか別の企業にエントリーしないと……いや、こうなったら進学するしか……」

 エネオラは俯いたまま呟いていた。

 ロジオンはそんな彼女の正面に立ち、アドバイスを続ける。

「だから、そんなに焦ることないだろ。卒業したら2年くらい適当に遊びながら就職活動すりゃいいんだって。……それに、その頭じゃ進学は無理だ」

「なっ……」

 ここで初めてエネオラは顔を上げる。

 目元は赤く腫れていて、口はへの字に曲げられていた。

「無理って決めつけないでください。仮にも教官なんですから、もっと励ましてくれたっていいんじゃないですか」

「学生に現実を教えるのも教官の役目だ。……分かったらとっとと作業服に着替えろ。交流試合の準備をするぞ」

 ロジオンは一方的に告げると、その場を離れてラボ中央へ歩き始める。

 モモエも立ち上がり、その後に続く。

 だが、エネオラは座り込んだまま微動だにしなかった。

「準備する必要なんてありませんよ。私、VFにはもう乗りませんから」

 ロジオンは足を止め、振り返る。

「どういうことだ?」

「私、これから受験勉強に専念しますから、VFに乗ってる暇なんてないんですよ」

「……そんなの困ります!!」

 思わず声を上げてしまった。

 葉瑠は咄嗟に口を押さえたが、出てしまった言葉が取り消されるわけでもない。

 ロジオンとエネオラに見つめられつつ、葉瑠は言葉を続ける。

「あの、私は強くなりたいんです。そのためにはエネオラ先輩の指導を受ける必要があって……だから、エネオラ先輩がVFを操作しないとなると、本当に困るといいますか……」

 自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。

 エネオラは至近距離でこちらを見つめる。

「川上葉瑠……あなたって凄く頭がいいんでしょ? エンジニアになれば絶対成功できるのに、どうしてランナーに拘るの」

 刺のある言い方だった。

 葉瑠は負けじとエネオラに言葉を返す。

「……叶えたい夢があるんです」

「どんな?」

 葉瑠は答えに詰まる。

 50位以内に入れたら宏人さんが何でも言うことを聞いてくれる。その目的を果たすために強くなりたいなんて不順な動機、口が裂けても言えない。

 葉瑠は逡巡した挙句、同じ言葉を繰り返す。

「……夢があるんです」

 これで押し通すしかない。

 エネオラは葉瑠を数秒ほど見つめると視線を逸し、ため息混じりに語り始める。

「私にも夢があるの。自分の手でVFを造りたいって夢。……でも、叶えられそうにないなあ。仮に進学できたとしても、どう頑張っても一端のエンジニア止まりだろうなあ……はあ……」

 エネオラ先輩はひどく沈んでいた。何だか不憫だ。

 普通の人間ならさっさと夢を切り替えてランナーに転向していただろう。だが、彼女は夢を諦めていない。それだけでも尊敬に値する。

 ……私と一緒だ。

 エンジニアになれば成功が約束されているというのに、結賀や宏人さんと一緒にいたいがためにランナーを続けている。ランナーコースに入学させてくれたシンギ教官のために、ランナーを続けている。

 気づくと葉瑠は思っていたことを口に出していた。

「じゃあ、これから私が先輩に勉強教えます」

「え……?」

「だから、先輩は私に戦い方を教えて下さい」

「そんなこと……」

「私、超頭いいんです。効率的に勉強教えられる自信があります。それにエネオラ先輩はスラセラートに合格するだけの頭はあるんです。今から頑張ればどんな場所でも進学できます!!」

 葉瑠は声高々に宣言し、拳を強く握った。

 自分でも馬鹿げたことを言っているのは理解しているが、今はこれしか方法が思い浮かばない。

 何としてでもエネオラ先輩に指導してもらい、50位以内に入らなければならないのだ。

 葉瑠の必死の提案にも関わらず、エネオラは疑心暗鬼な視線を葉瑠に向けたままだった。

「いきなりそんなこと言われても……」

 どこにでも進学できるというのは言い過ぎだったかもしれないが、このくらい言わないとエネオラ先輩は動いてくれそうにないから仕方がない。

「悪く無い話だと思うぞ、俺は」

 ロジオンから肯定的な意見が出て、エネオラは表情を強ばらせた。

「本気で言ってます?」

「本気本気。……モモエも葉瑠のおかげでだいぶ腕が上がったし、損はないと思うぞ」

「……分かりました。ロジオン教官がそこまで言うなら、言うとおりにしますよ」

 エネオラはあっさりと提案を受け入れた。

 葉瑠はすぐさまロジオンに頭を下げて礼を言う。

「説得してくれてありがとうございました、ロジオン教官……」

 深々と頭を下げ、ゆっくりと上げる。

 顔を上げた瞬間、視界に飛び込んできたのはVF整備用の小型端末だった。

 半ば強引に押し付けると、ロジオン教官はラボ中央へ向かって歩き始める。

「よし、それじゃあ説得してやった代わりにこっちの作業も手伝ってもらおうか。……おいモモエ、メンテの行程表、こいつの端末に転送しといてくれ」

「わかりましたー」

 モモエさんは返事をしながら既に自分の端末を操作していた。

「あの、今から手伝うんですか?」

「夏季休暇で殆ど出払っちまって人手が足りないんだ。テキパキ働けよ?」

「……はい」

 何だかいいように使われている気がする……

 でも、これも夢を実現させるためだと思えば何てことはない。

 葉瑠はジャージの袖をまくり上げて気合を入れ、ラボ中央へ向かうことにした。



「――うう……肩痛い……」

 メンテナンス作業を手伝わされること1週間。

 葉瑠の疲労は限界に達していた。

 合計で5機のアウターユニットを総点検したわけだが、数自体はそこまでおかしくない。

 おかしいのは、この総点検をたった3名で行ったということだった。

 力仕事に関してはマニュピレーションアームがあるので全く問題なかったが、機能も何も知らない兵装を隅から隅まで点検するのは困難を極めた。

 本来なら10名以上で行う作業をたった3名で強行したロジオン教官の正気を疑う。

 おまけに、作業の合間合間にエネオラ先輩に何度も呼び出され、その度に試験問題の詳しい解説を行ったのだ。

 最後まで冷静に解説できた自分の我慢強さを褒めてやりたいくらいだ。

 そんなこともあり、結局行程表通りにことが進むわけもなく、作業は遅れに遅れて交流戦開催日の前日まで掛かってしまった。……が、何とか終わらせることができた。

 肩の荷が下りたわけだが、肩こりは全く治る気配がない。多分、これから数日間はこのしびれるような痛みに耐えなければならないだろう。

 そう思うと余計に気が滅入ってきた。

 自室のベッドでうつ伏せになって唸っていると、結賀が話しかけてきた。

「大丈夫かよ、葉瑠」

 声がしたと同時にドアの開閉音がし、室内に石鹸の香りが漂い始めた。

 どうやらシャワーを浴びてきたみたいだ。

 結賀は部屋の反対側にあるベッドに腰掛け、ふうとため息を付いた。

 葉瑠は痛む体に鞭打って首だけを結賀の方へ向ける。

 結賀はタンクトップにボクサーパンツという涼しげな格好をしていた。腕や足、そして首筋にはまだ水滴が付いており、それぞれがゆっくりと床に向かって張りのある肌の表面を滑り落ちていた。

 健康的、の一言に尽きる。

 汚れまみれの作業服に見を包んでいるボロ雑巾のような私とは大違いである。

「結賀、私もうだめかもしれない」

「そういうのはやめろ。マジで冗談に聞こえねーから」

 結賀は首に巻いていたスポーツタオルを手に持ち、こちらのベッドに腰掛ける。

 ベッドが沈み、葉瑠は否応がなく結賀に身を寄せてしまう。

 結賀は汚れを気にするでもなく、それどころかこちらの額をタオルで拭いてくれた。

「なあ葉瑠、本気であの話に乗るつもりなのか?」

「あの話って……エネオラ先輩のこと?」

「それしかねーだろ」

 結賀はまだ私がエネオラ先輩に師事することをよしと思っていないみたいだ。

「途中で教官を乗り換えるってのは、何か、失礼だろ、教官に対して」

「そうかな」

「アルフレッドの野郎は確かに気に入らねー変態だけどよ、一応オレらのこと本気で指導してくれてるわけだし、最後まで指導を受けるってのが道理っつーか……なあ?」

「言いたいことは分かるよ。でも、宏人さんの勧めだし、アルフレッド教官もゴーサインを出したわけだし。問題はないと思う」

「……」

 結賀は黙った。正論を突きつけられ反論できないのだろう。

 だが、納得している様子ではなかった。

「それで、肝心の訓練はどうなってんだ? まさか、こき使われて終わりってオチじゃねーよな?」

「うん、整備の手伝いも終わったし、交流試合が終われば訓練してくれると思うんだけれど……」

エネオラ先輩はこの1週間、殆ど作業に参加しなかった。参加したのは自機の調整くらいで、後はずっとラボの端にある作業机で何やらテキストを読み込んでいた。

 一応試合に出るのだし、シミュレーターで訓練なり何なりしたほうがいいのではないだろうか。

「とりあえず交流戦が終わったらもう一度言ってみようかな……」

 淡々と自分の考えを述べていると、結賀はこちらのおしりを枕代わりに仰向けに寝転がった。

「はあ……、葉瑠がそこまで本気ならオレが口出す権利はないよな……」

「なんかごめんね。……ところで結賀も交流戦見に来る?」

「いいや、ちょうどランキング戦の予定が入ったんだ。悪いな」

「そうなんだ……」

 日程が被っているなら仕方がない。

 当然一緒に来ると思っていたので、ちょっと寂しい。

 そんな葉瑠の気持ちを感じ取ったのか、結賀はベッドの上に座り直し、取り繕う。

「しょぼくれんなよ。試合自体は中継映像で見るつもりだから、な?」

 ご機嫌取りのつもりか、結賀は肩から腰にかけてマッサージし始めた。

 本当はちょっと残念に思っている程度で、怒っているわけでも不機嫌になっているわけでもない。

 だが、マッサージしてくれるならこのまま少し不機嫌なふりをするのも悪くない。

(あー、効く……)

 結賀からマッサージを受けるのは初めてだ。

 というか、他人からマッサージされる事自体あまり経験がない。

 メンテ作業で疲れていることもあってか、かなり気持ちいい。

 不機嫌なふりを続けたい葉瑠だったが、この気持ちよさを我慢できるわけがなかった。

「んっ……」

 不意に声が漏れてしまう。

「……」

 声を聞いた途端、結賀はマッサージをやめてしまった。

「ハイ終わり。……出発明日だろ? 早いとこ寝ちまえよ」

「うん……」

 マッサージの効果か、すぐに眠気が襲ってきた。

 葉瑠はそのまま目を閉じ、数秒後には夢の世界に旅立っていた。

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