12 -師事-
12 -師事-
「久し振りだな……」
夏休み開始から2週間。
リヴィオは里帰りを終え、スラセラート学園に舞い戻っていた。
海上都市を離れたのはたったの2週間だったが、随分と懐かしく思える。
入港ゲートを抜けた先にあるバス停。ここからの景色にあまり変化はない。
遠くに見える校舎も相変わらずだし、容赦なく照りつける日光も相変わらずだ。
ただ、夏季休暇中ということもあり、バス停には人の影はなかった。
リヴィオは荷物を脇に置くと、他人の目を気にすることなく背伸びする。
「んー……いてて……」
が、体のあちこちに痛みが走り、思い切り背伸びできなかった。
結果、リヴィオは中途半端に腕を伸ばした体勢で固まってしまう。
(やべーな、筋肉痛……)
実家に戻ればゆっくり休養できると思っていたのだが、帰郷早々テストランナーが足りないとか何とか言われ、この2週間はずっとVFのシミュレーターの中だった。
親がキルヒアイゼンで働いているのである程度のことは予想していたが、まさか仕事を手伝うことになるとは思わなかった。
スラセラートに入学するまではラボの中にすら入れてくれなかったのに、ランキング戦でちょっと活躍した途端このザマだ。あからさまにも程がある。
ドルトムントでのことを思い出していると、バスがやってきた。
リヴィオは無人バスに乗り込み、フロート内を一直線に貫いている南連絡路を進み、本校舎に到着した。
男子寮で体を休めたいのも山々だが、先に会っておきたい人がいる。
リヴィオは旅行かばんを携えたまま校舎内を歩き、迷うことなくトレーニングルームへ向かう。
トレーニングルームに到着すると、目的の人の姿が見えた。
(葉瑠……)
リヴィオが真っ先に会いたかったのは葉瑠だった。
2週間ぶりに見る葉瑠は実に活き活きとしていた。
葉瑠は地味な色のジャージに身を包み、トレーニング器具に跨がり筋トレをしていた。
見たところ一番軽い重りなのに、持ち上げる度に体をプルプル震わせていた。
頬は上気し、前髪は汗のせいで額に張り付いている。後ろ髪はヘアゴムで纏められ、入り口からでも細いうなじがよく見えた。
やっぱり葉瑠は可愛らしい。
リヴィオははやる気持ちを抑え、荷物を置いて咳払いし、葉瑠に声を掛ける。
「葉瑠、久し振りだな」
「あ、リヴィオくん。帰ってきてたんだ」
葉瑠はすぐにトレーニングを中断し、タオル片手に駆け寄ってきた。
「今帰ってきたの? 教えてくれればよかったのに」
「今日帰るって、メールしたはずなんだが……」
「そうだったっけ?」
葉瑠はポケットから携帯端末を取り出し、数秒ほど操作する。
メールを見つけたのか、葉瑠は苦笑いを浮かべた。
「ほんとだ。ごめん、色々忙しくて忘れてた」
「そうか……」
何だか反応がおかしい。
俺の中の葉瑠はこんな時は凄く申し訳無さそうな顔で頭を下げまくるはずなのだが、目の前の葉瑠は適当に謝っただけで終わってしまった。
俺に対する興味が薄れている気がする。
この2週間で何があったのだろうか……
リヴィオは不安を拭うべく、お土産を渡すことにした。
何はともあれ女の子にはプレゼントが一番効果的だ。中身が何であれ、少なくとも興味を持ってくれるはずだ。
リヴィオは鞄からとっておきのお土産を取り出す。
「これ、お土産だ」
鞄から取り出したのは……ゾーリンゲン市に本拠を置く刃物メーカー、ツヴィリングのフォールディングナイフだった。
ドルトムントとゾーリンゲンの距離はそこそこ近く、車で40分くらいだ。
観光客もお土産にナイフや包丁を買っていくし、地元の名産ということもあり、ナイフを選んだわけである。
少しこぶりな折りたたみ式ナイフだが、木製ハンドルの木目は綺麗だし、紐を通して首から下げればちょっとしたアクセサリーにもなる。
しかし、ナイフを見た途端、葉瑠は「ひっ」と小さな悲鳴を上げ、後ずさった。
「……ありがと。そこに置いといて」
「気に入らなかったか……?」
「ううん、そういうわけじゃなくて、ちょっと驚いたというか、何というか……」
葉瑠は決してこちらからナイフを受け取ろうとはしなかった。
ナイフを持ったまま立ち尽くしていると、不意に背後から何者かが現れ、ナイフをかすめ取られてしまった。
「馬鹿かお前、女子へのお土産にナイフって……ありえねーだろ」
小さなナイフを指先でつまみ、顔の高さでぷらぷらさせているのは結賀だった。
「自分が好きだからって、相手が好きだとは限らないんだよ。これだからガキは……」
いきなり現れて酷い言い様だ。が、まさしく結賀の言う通りであり、リヴィオは反論できなかった。
結賀は小型ナイフを葉瑠に渡し、そのまま葉瑠を背中から抱きしめる。
当たり前のようにくっつく結賀を、葉瑠も当たり前のように受け入れていた。
前々から仲が良いとは思っていたが、これはそういうレベルを超えている気がする。
やはり、自分がいない間に何かあったに違いない。
ジロジロ見ていると、結賀に睨み返されてしまった。
「なんだよ、文句あんのか?」
「いや、ないけど……」
「だったらさっさと荷物片付けてこいよ」
久し振りの再会だというのに、蔑ろにされている気がする。
……このままだと葉瑠とまともに話せない。
リヴィオは強引に話題を変えることにした。
「あー……そういや来週、他校との交流試合があるけど、二人は観戦しに行くのか?」
葉瑠は「んー」と声を漏らしながら視線を上に向け、首を左右に振った。
「私は別にいいかな。宏人さん、急用で試合に出られないみたいだし」
「オレもパス」
二人共試合自体に興味はないみたいだ。
リヴィオは「へー」と応じながら改めて交流試合の詳細を思い出す。
交流戦では他校の訓練生と勝ち抜き戦を行い、勝敗を競う。
どこと試合をするのか、どこで試合を行うのか、殆ど分からないが、見応えのある試合になることだけは間違いない。
試合に出るのは選りすぐりのランナー5名だ。
スラセラートの場合は現役訓練生かつ、ランキング戦上位5名だ。
……現時点では宏人、エネオラ、アビゲイル、カヤ、スーニャの5名のはずだが、葉瑠の話だと宏人教官は不参加らしい。
それを踏まえた上で、リヴィオはそれぞれの顔を思い浮かべる。
(全員女だな……)
しかも、1名はエンジニアコースの学生、2名は11歳と12歳、年齢的には小学生である。
二人はリヴィオを無視して楽しく会話していた。
「そう言えば他校にもランキング戦みたいなシステムってあるのかな」
「さあ? でも、改めて考えるとスラセラート以外の訓練校のこと全然しらねーな」
「ロシアにインド……あとイギリスも結構有名だよ。……あ、話は変わるけど今度の旅行、ロンドンとかいいんじゃないかな」
「ロンドンか……いいかもな」
完全に無視されている気がする。
ここまで疎外感を感じさせられると結構悲しい。
何故旅行の話になったのか、リヴィオは思わず質問する。
「旅行って……今から行くつもりなのか?」
「うん、里帰りは例の事件のせいで中途半端に終っちゃったし、帰りの飛行機の中で絶対どこか行こうって結賀と約束してたんだ」
「馬鹿、何でこいつに言うんだよ。行き先教えたらついてくるかも知れねーぞ」
「……どうしてリヴィオくんがついてくるの?」
葉瑠は首を傾げる。
結賀はこちらの顔をちらりと見、意地悪っぽい笑みを浮かべる。
「そりゃあ、リヴィオは葉瑠のことが……」
やばい。
リヴィオは結賀の言葉を中断するべく声をあげようとする。……と、唐突にトレーニングルーム内に怒声が響いた。
「駄目だ!!」
いきなりの大声に3人は驚き、声がした方向……入り口に目を向ける。
そこにはパリっとした教官服に身を包んだマスクの男が立っていた。
「うわあ、アルフレッド教官……」
大きな声と共に現れたのはアルフレッド教官だった。
教官は相変わらず金属製のマスクを被っている。事情を知らない人が見ればただの怪しい男である。
オールバックの髪を撫で付け、アルフレッド教官は続ける。
「観光旅行? ……まだ休み気分が抜けていないようだな」
「休み気分というか、まだ夏季休暇中なんですけれど……」
「ランナーに休みなどない。観光だの何だの悩んでいる暇があれば訓練に励みたまえ」
アルフレッドに指摘され、葉瑠はタオルで汗を拭いてアピールする。
「毎日ちゃんと基礎トレーニングはやってますよ」
「そんなものは3流クラブチームの補欠だってやっている。我々ランナーに求められるのはもっと高度かつ効率的なトレーニングだ」
「はあ……」
葉瑠はアルフレッドの小言に呆れているようだった。
仮面の変態に文句を言われれば誰だって不快な気持ちになる。気持ちは解るが、一応相手は教官だ。流石にため息はまずい。
アルフレッドは葉瑠に歩み寄り、至近距離で睨みを効かせる。
「何だ? やる気が無いのなら学園を去ってもらっても構わんぞ」
「う……」
マスクに接近され、葉瑠はたじろいでいた。
すかさず結賀が助けに入り、アルフレッドを押し返す。
「おい教官、訓練生相手に脅しか?」
アルフレッド教官は中指でマスクの位置を調整しなおし、淡々と告げる。
「これは脅しではないぞ。……実際、この夏季休暇中に8名の訓練生が学園を去った」
「8名も!?」
結賀の当然の驚きに対し、アルフレッドは内訳を説明していく。
「ヒロトのクラスから4名、ルーメのクラスから1名、2年生から3名の合計8名がランナーの道を諦めた」
葉瑠は宏人の部分に反応し、驚きの声を上げた。
「7名中4名って……半分以上じゃないですか!?」
「そうなるな。教官によってここまで差があると訓練の仕方に問題があったと言わざるを得ないな」
「……僕が受け持ったのは操作経験の浅い訓練生、辞める可能性が高くても仕方がないだろう」
文句を言いながら室内に入ってきたのは川上教官だった。
川上教官はそれ以上は突っ込まず、葉瑠の元まで移動する。
「久し振り葉瑠ちゃん、早速で悪いんだけれど……」
どうやら葉瑠に用事があるようだ。
宏人は脇に抱えていたタブレット型端末を葉瑠に手渡す。
葉瑠はそれを受け取ったが視線は宏人に向けられたままだった。
「宏人さん、試合のこと聞きました。どうして出場しないんですか……?」
声のトーンが高い。笑顔も愛らしい。完全に恋する乙女の表情だ。
テンション高めの年下の少女に見つめられつつ、宏人は質問に応じる。
「仕事が入ってしまったんだよ。一応訓練生だけれど、プロランナーでもあるからね。仕事の方を優先するのは当然だよ」
(そうだろうな……)
交流試合をしてもプロランナーの宏人にはメリットはない。
切磋琢磨したいのなら別だが、スラセラートでナンバー3の宏人が他校の訓練生から得られるものは何もないだろう。
宏人は改めてタブレット型端末の画面に触れ、葉瑠の注意を引く。
「で、今後の訓練について相談なんだけれど……」
「はい、何ですか?」
「葉瑠ちゃん、エネオラに師事するつもりはないかな?」
「しじ……?」
葉瑠は首を傾げる。
アルフレッド教官も初耳だったらしく、宏人に問う。
「どういうことだ? そんな話聞いていないぞ」
「ごめん、先にアルフレッドに話すべきだったね」
宏人はアルフレッドに説明し始める。
「葉瑠ちゃん、まだ基礎訓練とフィジカルトレーニングしかしてないんだろう? 半年経ってこんな状態じゃ、今後50位の壁を超えるのは難しいと思う」
「そんなことはない、と言いたい所だが……悔しいが事実だ」
アルフレッドは意外にも宏人の言い分を認め、その上で質問を返す。
「だが、どうしてそこでエネオラの名前が出てくるんだ。あと“師事”について、具体的に説明してもらおう」
師事というのは弟子入りと同じような意味の言葉だ。
その程度の意味はアルフレッド教官も理解しているはずだ。
彼が言いたいのは、どの程度まで葉瑠の訓練にエネオラを起用するか、という意味合いの質問だろう。
葉瑠はまだ事態を掴めておらず、不安げな表情を浮かべたままアルフレッドと宏人の顔を交互に見ていた。
全員が注目する中、宏人は宣言する。
「――暫くの間、葉瑠ちゃんの指導をエネオラに任せようと思ってる」
「!!」
宏人のこの言葉に、全員が驚きの反応を示した。
しばしの沈黙の後、再度アルフレッドが問いかける。
「理由を聞かせてもらおうか」
「僕が思うに、エネオラと葉瑠ちゃんは同じタイプのランナーだ。彼女の指導を受ければ、葉瑠ちゃんも効率よく操縦技術を身につけることができると思う」
(同じタイプ……)
リヴィオは宏人の言葉を聞きながらエネオラについて考える。
エネオラ・L・スミス……
彼女はエンジニアコースの学生でありながらランキング4位という特殊な経歴の持ち主だ。
どんな戦法で戦うのか、映像も何も見ていないので全く分からない。
エンジニアとしての知識を有している、という点で同じタイプだと言いたいのだろうか。
もしそうだとすれば考え方があまりにも短絡的過ぎる。
アルフレッドはしばし考えた後、首を縦に振った。
「……なるほど。お前の言うことも一理あるな」
この答えを受け、すかさず結賀が前に出る。
「おい、いいのかよアルフレッド教官。葉瑠取られちまうぞ」
「同じ学園のランナー同士、取られるも何もないだろう。何よりも優先すべきは葉瑠君の操作技術の向上だ。違うか?」
「そりゃあ、そうだけどよ……」
結賀は納得できない様子だった。葉瑠と離れ離れになるのが嫌なのだろう。
俺としても葉瑠と一緒に訓練できないのは残念だが、アルフレッド教官の言うとおり、葉瑠がスキルアップするのならそれに越したことはない。
「私に決定権はないんですね……」
葉瑠が不満気に呟いた。
声色から不機嫌さを感じ取ったのか、宏人は取り繕う。
「ごめんね葉瑠ちゃん、僕は提案しに来ただけで、強制するつもりはないんだ。嫌なら嫌だって言ってくれていいんだ」
「いえ、そんなことないですよ。宏人さんの言うことに間違いはないですから……」
言葉では宏人を肯定していたが、表情は暗かった。そして、チラチラと結賀に視線を送っていた。
葉瑠も結賀と別れたくないのだろう。
それを知ってか知らずか、アルフレッドは早速話を前に進める。
「そうと決まったら早いうちにエネオラに挨拶に行ってくるといい」
「……どこに?」
「ラボだ。今頃来週の交流戦の準備をしているだろう」
「わかりました……」
葉瑠は小さく溜息をつき、トボトボと歩き出す。
そんな葉瑠を見かねたのか、宏人は葉瑠の正面に回り込み、ガシッと肩を掴んだ。
「……いいかい葉瑠ちゃん。僕は葉瑠ちゃんがランナーとして成功することを心から願ってるんだ。急な話で戸惑っているのは分かるけれど、頑張って欲しい」
「はい……」
葉瑠の反応は薄かった。
兄貴一直線、ブラコンの葉瑠がここまで冷たい反応をするなんて信じられない。
宏人も葉瑠のテンションの低さに困っている様子だった。
宏人は葉瑠の肩を掴んだまま難しい顔で考える。
……数秒後、何か閃いたのか、宏人は葉瑠に新たな条件を提示した。
「そうだ。もし50位の壁を越えられたら何でも一つだけ言うことを聞いてあげるよ」
「……!!」
葉瑠の顔が一気に明るくなる。
「何でもというのは……本当に何でもいいんです?」
「もちろん。何でもいいよ」
「何でも……」
葉瑠はニヤけていた。が、すぐに恥ずかしげに頬に手を当て頭を左右に振る。
……何を考えているのか想像がつく。
葉瑠は息を深く吸って「よし」と気合を入れ、再び歩き始める。
「じゃあ、ラボに行ってきます」
葉瑠は眼鏡を押し上げると、駆け足でトレーニングルームから出て行った。
(分かりやすいなあ……)
ご褒美に釣られてやる気を出すなんて、子供っぽいにも程がある。
だが、それはそれでかわいいと思ってしまうリヴィオであった。




