11 -帰投-
11 -帰投-
「――ようやく終わったか……」
ケフェウスの光を回避し続けること1時間後
断続的に続いていた熱戦照射は完全に途絶え、ジェイクは攻撃から逃れられたことを悟った。
あれから海の中をひたすら南に移動し、瀬戸内海を抜けて今はグアム島方面に向かっている。
太平洋に出れば格好の的だが、ケフェウスの光は連射できないし、仮にファスナ・フォースの大群が襲ってきてもこのライフルで対処できる。
作戦は失敗に終わったが、捕獲もされなかったし完全破壊も免れた。
生き延びれただけよしとしよう。
ジェイクはジリアメイルの状態を改めて確認する。
ステータスを見る限りフレーム部にはダメージはない。エンジンにも異常はないし、問題があるのは外装甲だけだ。ライフルもカウリングパーツがどろどろに溶けているが、銃身と機関部は無事だ。
ただ、弾倉は一部が融解し、本体とくっついてしまっている。リロードは無理だろう。
ジェイクは海面近くまで浮上し、頭だけを出す。
太陽は高く昇っており、海面を満遍なく照らしていた。
そのままジェイクは機体を360度回転させ、周囲の様子を窺う。
近くに機影はない。それどころか船影も見えない。静かな海だ。
こういう景色を眺めていると自然と心が穏やかになる。
「――やっと頭を出したか」
「!?」
不意に無線機から声が発せられ、ジェイクは慌てて周囲を策敵する。
この無線機は先程までイリエと通信するために使っていた市販の安物だ。
通信できる距離はせいぜい1km、障害物がないこの場所なら4kmは届くだろう。
つまり、必ず視界内に声の主がいるということだ。
ジェイクはライフルを水面から出し、トリガーロックを解除する。
と、持ち上げたはずの銃身が再び海の中に押し戻された。
見ると、銃身の上に何か巨大な物体が乗っかっていた。
「――落ち着けジェイク。それは仕舞っておけ」
銃身の上に立っていたのは骸骨を連想させる細いVF、ウィクレルだった。
血に染まったような真っ赤な骸骨は、昼間の海の上であっても不気味だった。
ウィクレルはイリエの機体だ。だが、イリエ本人は瀬戸内にいる。そもそもウィクレルは海上都市内の個人倉庫に隠していた。この情報は仲間内でしか知り得ない。
つまりこのVFを操縦しているのはあの人以外に考えられなかった。
「主でしたか……失礼しました」
「――こうやって直に話すのは久し振りだな。変声機越しで済まないが我慢してくれ」
主の姿を見たことは一度もない。
だが、話し方、VFの佇まいから本人だと確信できた。
この開けた視界の中、気配を感じさせることなく死角に潜めるだけの操作技術を持っているランナーを、主以外に知らない。
「いえ、お声を聞けるだけで恐悦至極です。しかし主、どうしてウィクレルに?」
こちらの問いに対し、ウィクレルは自分の獲物、大鎌を軽く持ち上げた。
鎌の刃は汚れており、細かい金属片などが付着していた。
「――先ほどまで仕事をしていた。ジェイク、お前のおかげで全てスムーズにいった。よくやってくれた」
この言葉だけでジェイクは主が何を言わんとしているか、理解できた。
「こちらの作戦は陽動だったのですね」
柏木綜真と稲住愛里を釘付けにし、ケフェウスの光も使わせた。囮としては上出来だ。
工房を破壊できなかったのは残念だが、それ以上に主の役に立てたと思えると嬉しくてたまらない。
「……それで、本懐は遂げられたのですか?」
「――もちろんだ。七宮重工本社、生産ラインを完全破壊した」
「本社を襲撃されたのですか!?」
「――ファスナ・フォースの強化パーツしかり、七宮重工は一企業でありながら無償でセブンに物資を提供し続けている。今回本社を襲撃したことによって少なからずセブンにもダメージを与えられたことだろう。……そもそもセブンの生みの親は七宮重工の先代社長七宮宗生であり、七宮重工は断罪されなければならない存在だ。セブンを手中に収めるためにも、七宮重工は潰すべきだ」
「はい、その通りです」
流石は主だ。あの世界的大企業を相手にしても臆する気配が全くない。
本社ともなればその防衛設備は強力だったに違いない。かすり傷ひとつ負わずに成し遂げたのだから、主の力量は計り知れない。
ウィクレルはふわりと浮き、空へ舞う。
「――ジェイク、お前は暫く身を潜めていろ。しかるべき時に連絡する」
「はい。いつまでもお待ちしています」
ウィクレルは軽くうなずき、更に高く舞い上がる。
そして、大鎌を腰に固定すると、そのまま高速飛翔に移行した。
ウィクレルは一瞬で音速に達し、小気味のいい破裂音を周囲に響かせると、一瞬で視界から消え去った。
(主……やはり貴方は最高のお方だ……)
ジェイクはウィクレルが去った方向を暫く見つめた後、再び海に潜り舵を西に切った。
「――こりゃひでーな」
東京湾に浮かぶ工業地帯。
100年前までは湾の内周にの埋立地に点在する程度だったが、現在は海の部分が見えなくなる程埋め立てが進み、湾一帯が巨大な工業都市として機能するまでに発展している。
フロートユニットの技術がふんだんに使われているので正確には埋め立てではないが、そのおかげでタンカー船や輸送船は目的の場所まで容易にアクセスできる。
昼夜問わず絶え間なく稼働している工業地帯だが、現在はとある理由から操業停止を余儀なくされていた。
その理由とは、破壊活動に伴う火災だった。
発生源は、工業地帯の中でもっとも面積を占めている七宮重工の生産ラインであり、フロートごと破壊され、轟々と燃え上がっていた。
黒煙は空まで舞い上がり、上空には報道ヘリが何機も飛び交い、海上には消火装備を積んだ小型艇がひしめき合い、周辺は騒然となっていた。
それぞれが消火剤入りの水を放水しているが、火が収まる気配はない。
シンギ・テイルマイトはそんな様子を隣のフロートユニットの沿岸部から眺めていた。
「乱入に飽きたらず工業を破壊とは……URもやることがでかくなってきたな」
シンギの背後にはVF『嶺染』が片膝をついて待機していた。
腰に巨大な日本刀を携えている紫の機体、その足元には黒塗りのセダンが停車していた。
後部座席には女性が座っており、ドアを開けてシンギと同じく消火活動を眺めていた。
「私と綜真が東京から離れる時を狙って本社を襲撃するなんて……」
苛ついた口調で呟いたのは七宮重工の社長、稲住愛里だった。
「しかも、私と綜真を瀬戸内で足止め、セブンにケフェウスの光を使わせてから本社を襲撃……組織的に統制が取れている証拠ね。計画的だわ」
「計画的っつーか、これ間違いなく内部の情報漏れてるだろ」
シンギは火災から視線を逸し、車内の愛里に目を向ける。
「ファスナ・フォースの強化兵装の件はトップシークレット扱いだったんだろ? テストの日程まで知られてるのはおかしいだろ」
「社内にURの仲間がいるってことかしら?」
「いや、そこまでは言ってねーよ。……だが、社長個人のデータベースに侵入できる奴なんてそうそういないし、内通者がいると考えるのが自然かもな」
愛里は思案の表情を浮かべ、顎を撫でる。
「社員全員の身元調査なんて物理的に不可能。何か別の対応策を考えないと駄目みたいね」
「だな」
のんびり会話していると、フロートユニットで爆発が起きた。
どうやら何かに引火したらしい。
消防隊や消防船の動きが忙しくなる。
「これは、ユニットを放棄して沈めた方がいいかもしれないわね……」
「大損失だな」
軽く言うシンギに対し、愛里は不満を告げる。
「元はといえば、貴方がURを捕まえないのが悪いのよ。さっさと捕まえたらどうなの」
「簡単に言うなよ……まあ、いつも後手後手なのは事実だし、何とかしねーとなあ……」
二人はそれ以降黙りこみ、ただただ燃え盛る工場跡を眺めていた。
場所は戻って瀬戸内海。
時刻は夕刻。
葉瑠は海上都市に戻るべく広島空港内にいた。
本当はもっと日本に滞在する予定だったが、今回の事件のせいで急に呼び戻されてしまったわけである。
滞在日数はたったの2泊3日。
まあ、結賀とも気まずいままだし、これはこれで良かったのかもしれない。
まずはここから成田国際空港に向かい、その後香港国際空港を経て、スラセラート学園に戻る予定だ。
時差は約5時間、日本での出発時と現地の到着時刻は大体同じくらいになるだろう。
(忘れ物はありませんよね……)
葉瑠の手荷物は手提げ鞄が一つだけだった。
保安検査の際には例によって別室に連れて行かれたが、5分程度で検査は終わった。成田でまた検査を受けることになるが、手短に済ませてほしいものだ。
ちなみに、鞄の中身は成田近くのショッピングモールで結賀に選んでもらった夏服だけだ。今は来た時と同じくスラセラートの制服に身を包んでいる。が、眼鏡だけは結賀にプレゼントしてもらったオレンジ色のラインの入った眼鏡を掛けていた。
眼鏡を弄りつつ出発ゲート前のベンチで一人で座っていると、ソウマさんが現れた。
「葉瑠ちゃんお待たせ。ごめんね、お土産を選ぶのに手間取ってしまって……」
ソウマさんの隣には結賀の姿があった。
結賀は私と違いスリムレザーパンツに白いシャツを着ていた。そして、これでもかと言わんばかりに大量の紙袋を両手に提げていた。
間違いなくお土産だ。無理やり持たされている感があるが、葉瑠はその紙袋の数が結賀の愛され具合を表しているように思えた。
結賀はこちらをちらりと見ただけで、午前中と同じようにすぐにそっぽを向いてしまった。
「はい、葉瑠ちゃんにもお土産。」
「わ、ありがとうございます……」
手渡されたのは少し小さめの黄色の紙袋、中にはレモンジャムの瓶が2つほど入っていた。美味しそうだ。寮に帰ったらトーストに塗ってみよう。
葉瑠は紙袋を胸元で構えたままソウマに礼を言う。
「本当は七宮重工の件で忙しいはずですのに、見送りまでして頂いて……何だかすみません」
「いいんだよ。僕が行った所でなんにも手伝えることはないからね……」
……七宮重工本社が襲撃されたことを知ったのは、朝食のためにソウマさんと一緒に入った定食屋の中だった。
あのニュースが流れた時、壁掛け式のテレビに誰もが釘付けになっていた。
襲撃を受けた工場は跡形もなく消え去っていた。が、ほとんどの工程がオートメーション化されていたため、怪我人が数名ほどで済み、死者がでることはなかったらしい。
溜緒工房のURは囮だったようだ。
せっかく敵を撃退できたと思っていたのに……何だか悔しい。
「――19時05分発、成田国際空港行き3092便、B搭乗口にて搭乗手続きを開始いたします」
アナウンスが聞こえ、葉瑠は腕時計を見る。
出発まであと15分……何が起きるかわからないし、早めに機内に移動しておいた方がいいだろう。
ジャケットの内ポケットから航空券を取り出していると、同じポケット内に入っていた携帯端末から女性の合成音が発せられた。
「川上葉瑠、あなたにお話があるのですが、お時間よろしいですか?」
セブンだ。相変わらず唐突な人だ。
声はソウマさんや結賀にも聞こえたようで、ソウマさんが応じた。
「あと10分くらいなら大丈夫じゃないかな」
「それだけあれば十分です」
セブンは必要もないのに咳払いすると、長々と喋り始めた。
「今朝のあなたの手際、実に見事でした。AGFの躯体制御プログラムはキルヒアイゼンによって何度も改良されていますが、殆どがブラックボックス化されているため申し訳程度のことしかできませんでした。ですが、今回の改良で箱の中身が垣間見えました。今後はより良いプログラムに改良されていくことでしょう」
「そんな大げさな……」
そこまで言われる程大層なことをしたつもりはなかったのだが……褒められると照れる。
セブンは続ける。
「……つきましては、更木葉瑠、あなたを溜緒工房のエンジニアとして迎え入れたいのですが、どうでしょうか」
「!!」
予想外の提案だ。
「ランナーのままにしておくのは勿体無い。ランキングも芳しくないと聞いています。どうですか、エンジニアの道を歩めばあの鹿住博士をも超える技術者になれるかもしれませんよ」
ここまで褒められると逆に不気味だ。
葉瑠はアドバイスを求めるべくソウマと結賀を見る。が、ソウマは笑顔を保ったままで、結賀もそっぽを向いたままだった。
(どうしよう……)
数日前の私ならば考える暇もなくNOと返事していただろう。
だが、今は状況が違う。
私は結賀に本名を知られ、嫌われてしまった。現在も避けられているし、この関係が修復する可能性も低い。
ランナーとしての腕も普通かそれ以下だし、スラセラートに戻っても居づらいだけだろう。
……結賀とギクシャクしたまま学生生活を送るのは精神的に辛い。
宏人さんと会えなくなるのは残念だが、エンジニアとして名を馳せればいつでも会いにいけるはずだ。
となると、日本に残って溜緒工房で技術を学んだほうが……
「――帰るぞ、葉瑠」
「えっ……?」
一人で悩んでいると、唐突に結賀に腕を掴まれた。
そのまま結賀は問答無用で私を搭乗口へ連行していく。
「結賀、私は……」
「黙ってろ」
結賀は搭乗口の列を無視してゲートを抜け、どんどん先へ進んでいく。
葉瑠も引っ張られる形で機内に向けて進んでいく。
そんな二人を背後からソウマが呼び止める。
「結賀ちゃん、そんな強引な……」
「強引なのはどっちだよ」
結賀は足を止め、キッとソウマを睨む。
「お前ら、さっきから勝手なことばっか言いやがって……。ランキングが低いのは葉瑠がランキング戦であまり戦ってないからで、参加すれば順位くらいすぐに上がるんだよ」
結賀の口から出た言葉に、葉瑠はもちろんソウマやセブンも驚いていた。
セブンは葉瑠の携帯端末越しに結賀に意見する。
「これまでの更木葉瑠の対戦記録を分析するに、今後順位が上がる可能性は……」
「うるせーよ」
結賀はこちらの懐から携帯端末を奪い取り、ドスの利いた声で告げる。
「AI風情が勝手に人の将来を決めるんじゃねーよ」
そして、電源を切ってしまった。
頑なな結賀の態度を見てソウマさんも諦めたようで、困った様子で肩をすくめていた。
結賀は再び歩き始め、葉瑠を機内に連れ込む。
人がまばらな機内をずんずん歩き、目的のシートまで来ると結賀は葉瑠を窓側へ押しやった。
結賀は立ったまま葉瑠に詰め寄り、覆い隠すように窓に手をつく。
「よく聞けよ葉瑠」
顔が近い。
結賀の視線はまっすぐこちらの目に向けられていた。
数秒ほどの間を置き、結賀ははっきりとした口調で告げる。
「オレは葉瑠のことが好きだ」
「……え?」
結賀は真剣な眼差しを保ったまま訴える。
「一目見てお前を気に入ったんだ。その事実は一生変わらない。お前の親が誰であっても、オレの気持ちは変わらない。……オレと葉瑠は永遠にダチだ。わかったか?」
それは、葉瑠が待ち望んでいたセリフだった。
しかし、そんなセリフが結賀の口から出てくるとは到底思えず、葉瑠はその言葉を信じることができなかった。
葉瑠は俯き、結賀に問いかける。
「……いいの? 私なんかが友達で……」
結賀は溜息を付き、ようやく隣の席に着席した。
「いいに決まってんだろ。つーか、もっと早く言うつもりだったんだが、なかなか言い出せなくてよ……色々と悪かったな」
「結賀は悪くないよ!!」
葉瑠は左側の肘置きを握りしめ、身を乗り出す。
「悪いのは私のほう。親のこと、黙っててごめん……やっぱり私、結賀の友達にはふさわしくないかも……」
話しているうちに葉瑠の声は小さくなり、視線もだんだん下がっていく。
頭を垂れた葉瑠に対し、結賀はその頭に手を載せる。
「バカだな葉瑠、まだ親がやったことを気にしてんのか?」
わしゃわしゃと頭を撫で回し、結賀も親について語る。
「……オレだって親の仕事に関しては少なからず罪悪感を感じてたんだぜ」
「どうして? だって結賀の両親はVFエンジニアで……」
「10年前まではVFと言えば陸戦兵機の代名詞だったからな。仕事とはいえ人殺しの兵器をせっせと開発してたわけだし……気持ちのいいもんじゃねーよ」
結賀はこちらの頭から手を離し、続いて肩を掴んできた。
「……とにかく、オレは葉瑠に運命を感じたんだ。葉瑠とは絶対に親友になれる。間違いなくそう思った。生まれがどこだとか、親が誰だとか、そんなことは全然関係ない。お前と付き合って行きたいと素直にそう思った」
肩を掴む手に力が入る。指が食い込み、凄く痛い。
しかし、嫌な痛みではなかった。
真剣に私に向き合っている。そう思わせてくれる痛みだった。
「オレは自分の直感を信じる。だから葉瑠、“相応しくないかも”なんてセリフ、二度と言うんじゃねーぞ。今度言ったら怒るからな」
「うん……」
ぶっきら棒だが、結賀の言葉は親愛の念に満ちあふれていた。
……ここまで真剣に向き合ってくれた人は初めてだ。
葉瑠は感極まってしまい、不覚にも涙ぐんでしまう。
頬を伝う筋を見て、結賀はため息混じりに葉瑠を慰めた。
「泣くなよ馬鹿……」
「だって、嬉しくて……」
自分が犯した罪を許してもらえただけでなく、ずっと友達でいてくれると宣言してくれた。これほど嬉しい事はない。
静かに感涙する葉瑠を横目に、結賀は恥ずかしげに頬を掻く。
「泣きたいのはこっちだ。こんなクサいセリフ言ったの初めてなんだぞ」
「うん……ありがとう。今の結賀、最高に格好良いと思うよ」
「お前、乙女に向かって“格好良い”はないだろ……」
「ごめん、ふふ……」
嬉しくて嬉しくて涙が止まらない。
でも、とても心地がよかった。こんなに満たされた気分で泣くのは初めてだ。
私はかけがえの無いものを手に入れた。これから先、一生手放すことはないだろう。
それから飛行機が離陸するまで、葉瑠は笑顔で泣いていた。




