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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 3 二重の鎖
55/133

 10 -襲撃-


 10 -襲撃-

 

 朝

 駅前のホテルの一室にて

 葉瑠はサイレンの音で目を覚ました。

(……もう朝ですか……)

 ふかふかのベッドの上、葉瑠は上半身を起こし、寝ぼけ眼で昨日のことを思い出す。

 昨日はイリエ教官の言うとおりホテルに泊まった。

 シャワーを浴びて寝るつもりが、あまりの疲労感に耐え切れず、着替えもしないままベッドに入り、そのまま眠ってしまった。

 髪の毛はぐしゃぐしゃ、服もしわしわだ。

「ふあぁ……」

 葉瑠は口元も押さえず大きくあくびし、目をこする。

 すると、再度外からけたたましいサイレンが聞こえた。

 時報にしてはうるさすぎる……

 葉瑠は枕元に置いていた携帯端末で時刻を確認する。時刻は7:15。時報を鳴らすには中途半端な時刻だ。

(何かあったんでしょうか……)

 葉瑠はベッド脇の小物置きから眼鏡を取り、装着しながら窓際に向かう。

 カーテンを開けると、港の景色が目に飛び込んできた。

 地上8階からの眺めは中々良く、天気も晴れで視界は良好だ。日は既に昇っており、空を、そして海を青々と輝かせていた。

 その青の中、葉瑠はとんでもない物体を発見した。

「……VF?」

 海上に真っ赤なVFが浮いていた。

 葉瑠はそのVFに見覚えがあった。

「あれはUR……どうして……」

 動揺しながらも葉瑠は具に観察する。

 あのVFはダイヤモンドヘッドの時に見たVF……URの片割れだ。

 外見はずんぐりむっくり、一言で表すなら“巨漢”という言葉が相応しい。

 背中には巨大なバックパックが装備され、胸部装甲も大きく前に突きだしている。

 頭部から脚にいたるまで肉厚の装甲で覆い尽くされ、体の背面には大量のエンジンが配置され、特に脚部に関しては巨大なスラスターがひしめき合っており、推力はかなり高そうだった。

 あの時はランスを持っていたが、今は銃器を持っていた。全体的に細長く、ケースのような形状だった。URはその中腹あたりを握っている。取り回しやすいブルパップ式のライフルだろう。

 見ている間にもサイレンは鳴り響いており、ホテル内でもアナウンスが始まった。

「――ただ今警報が発令されました。宿泊中のお客様、及び従業員はすみやかに避難してください。繰り返します……」

 ここから海まで距離はあるが、避難するに越したことはない。

 葉瑠はボサボサの髪をゴムで纏め、部屋から出る。

 廊下には自分と同じような宿泊客が3名ほどいて、3名ともホテルの銘入りの寝間着を着ていた。

 階段を降りて行くとその数はどんどん増え、フロントを通過する頃には20名近くに達していた。

「こちらです!! 」

 葉瑠は従業員の指示に従い正面玄関から外に出る。

 夜は気付かなかったが、ホテルを出るとすぐに広いグラウンドが見えた。

 ……小学校の運動場だ。

 運動場には既に大勢の人が集まっており、土煙が舞っていた。

 グラウンドに到着すると、葉瑠は改めて港に目を向ける。が、高低差のせいで全く様子が分からない。

 ちょっとでもいいから状況を確認したい。

 そんな思いは葉瑠を自然と校舎に向かわせていた。

(屋上なら……!!)

 葉瑠は廊下の窓から勝手に侵入し、階段を駆け登っていく。

 既に児童の姿はなく、グラウンドとは違ってとても静かだった。

 葉瑠の足音だけが校舎内に反響する……

 やがて屋上に到達し、葉瑠は金網越しに海を見る。

 溜緒工房付近の海上……再び巨漢のVFの姿を確認することができた。しかし、先程までとは違い、4機のファスナ・フォースに囲まれていた。

(ファスナ・フォース……もう到着したんですか……)

 対応が早い。流石はセブンさんだ。

 しかし、ダイヤモンドヘッドの時にはUR相手に手も足も出なかった。おまけに新兵装も完成していない。

 この状況でURに敵うとは思えなかった。

「クソ、どうなってんだ……!?」

 乱暴な言葉とともに屋上に現れたのは結賀だった。

 予期せぬ再開に葉瑠は驚き、すぐに目を逸らしてしまう。

 それは結賀も同じだったようで、気まずそうな表情を浮かべていた。

 数秒ほどの沈黙……

(って、黙ってても仕方がないですよね……)

 今は緊急事態だ。四の五の言っている場合じゃない。

 葉瑠は結賀に声を掛けるべく息を吸い込む。……と、またしても屋上に人が入ってきた。

「うん、ここからならよく見えそうだ」

 清々しい笑顔で屋上に現れたのはソウマさんだった。

 この状況下でも緊張している気配がない。むしろ生き生きしている。

「あれ、結賀ちゃんに葉瑠ちゃん、奇遇だね」

 ソウマさんは屈託のない笑顔で挨拶し、フェンス越しに海を見る。

「状況、教えてくれないかな?」

「すみません、私達も今到着したばかりで……」

 葉瑠が謝る中、どこからともなく女性の合成音声が響く。

「……敵は狙撃タイプのUR1機のみ、どうやら海中で待機していた模様です。狙いはファスナ・フォースの新兵装の破壊と考えてまず間違いないでしょう」

 ソウマさんは私ではなくセブンに質問していたようだ。勘違いしてしまった。恥ずかしい。

 葉瑠の間違いも気にしないで、セブンとソウマは会話を続ける。

「単機で奇襲なんて、随分と舐められたものだね」

「舐められても仕方ありません。あちらはファスナ・フォース8機を数秒で撃ち落とすことのできる戦力を有しています」

「なんだ、その程度なら僕でも簡単に勝てそうだね」

 ファスナ・フォース8機に匹敵する相手を“その程度”呼ばわりするなんて、流石はソウマさんである。

 事実、ソウマさんが対処してくれたらURだって簡単に追い払うことができるだろう。

 しかし、その目論見は早々に潰れることになる。

「――周辺住民に告げる。我々の目的は溜緒工房が開発した兵器の破壊である。無闇に危害を加えるつもりはない、が、溜緒工房が我々の要求に応じない場合はその限りではない」

 周辺の公共スピーカーから聞こえてきたのは、女性の声だった。

 この淑やかな声には聞き覚えがある……が、何だか棒読み気味だった。

 葉瑠はソウマの元に駆け寄り、彼の携帯端末に語りかける。

「セブンさん、今の放送は……?」

「どうやら災害用の放送システムに介入しているようです。クラックするべく逆探知しましたが、残念ながらVFのシステムは介していません。専用の端末を使用しているようです」

 セブンの答えを聞き、結賀も携帯端末を覗きこむ。

「その端末の場所は? 協力者がいるんじゃねーか?」

「場所は……URの腕部です」

 腕部、と聞いて3名は視線をURに向ける。

「あれは……」

「マジかよ……」

「え? どうしたんですか?」

 視力の悪い葉瑠には見えなかったが、ソウマと結賀はURの腕部……その手の中にある物をしっかりと捉えていた。

「――今から30分以内に要求に応じない場合、この人質を握り潰す……って、ええ……!?」

 続いて聞こえた声を耳にし、葉瑠もようやく状況を理解した。

 URの大きな手に握られ、放送システムに介入しているのは……イリエ教官だった。

 どうやらURに原稿を読まされているようだ。

 観光に来ただけなのにURに捕まるなんて、運の悪い人だ。

(でも、逆に良かったかもしれないですね……)

 イリエ教官から怯えている様子は感じられない。学園ランキング5位の実力者ともなれば、こんな状況は屁でもないのだろう。

 もしこれが普通の人なら、原稿を読み上げる前に気を失うか失神していたはずだ。

 イリエ教官は今にも泣きそうな声で読み続ける。

「へ、兵器の設計データと人の命、どちらが重いかは考えるまでもないだろう。良い返事を期待してる……」

 ここで放送は終わった。

 同時にURは手に持っていたケース状のライフルを振り回す。すると、周囲を囲んでいたファスナ・フォースが瞬時に爆散した。

 銃声は聞こえなかった。特殊な機構を用いて弾丸を射出しているのだろう。

 爆発音はグラウンドに避難している人々にも届き、ざわめきが大きくなる。

 屋上からグラウンドにいる住民らの表情は読み取れないが、不安な雰囲気が伝播していることだけは感じ取れた。

 VFと関わりのない人間にとって、兵器の設計データなど無価値に等しい代物だ。

 セブンによって平和が保たれている現代において、兵器は単に争いを生む道具であり、人の命ほどの価値はない。

 答えは決まりきっていた。

「従うしかないようだね、これは……」

 ソウマさんは苦笑いしていた。

 葉瑠も同じ意見だったが、結賀だけが猛烈に腹を立てていた。

「クソ、人質取って盾にするなんて卑怯すぎんだろ……つーか、イリエ教官あっさり捕まってんじゃねーよ……」

「とにかく現場に向かおう。みんな集まっているはずだ」

 ソウマは率先して屋上から階下へ降りていく。

 葉瑠はソウマを呼び止めた。

「ソウマさん、VFは呼ばなくていいんです?」

 人質がいるにしても、VFを用意して損はない。だが、ソウマさんは首を横に振った。

「AGFを召喚したとしても、URに狙い撃ちにされるのがオチだよ」

「ですよね……」

 上空からゆっくり降りてくるAGFは敵にとって格好の的だ。

 話し終えた葉瑠は短くため息を付き、ソウマの後を追う。その際、結賀と目が合った。

「……」

「……」

 何か言いたいのに、言葉が出てこない。

 結賀は気まずそうに視線を逸し、猛ダッシュで階段を降りていった。

(結賀……)

 本当は今すぐにでも更木の件について結賀に説明したい。

 だが、今はこんなことで一喜一憂している時じゃない。イリエ教官の命がかかっているのだ。

 葉瑠は気を取り直し、二人の後を追うことにした。



 路上に放置されていたライトバンを拝借し、猛スピードでドライブすること5分とちょっと。

 葉瑠たち3人は溜緒工房の駐車場に到着していた。

 駐車場からは海の様子がよく見え、当然ながらURの姿も詳細に確認できた。

(焦げ臭いですね……)

 URの足元、浅瀬の海上には頭部から胸部にかけて破壊されているファスナ・フォースが4機倒れており、4機とも白煙と黒煙を立ち昇らせていた。

「ようやく来たわね、二枚目」

 背後から聞こえた高圧的な声に、ソウマさんは笑顔で応じる。

「やっぱり来てたんだね、アイリ社長」

「当然よ」

 悠々と現れたのは稲住社長だった。

 社長は昨日と同じくレディーススーツに身を包んでいた。

 彼女は視線を海上のURに向け、口の端を持ち上げる。

「わざわざ出向いてまで新兵装の破壊を要求するなんて……よほど脅威に感じているのね。やっぱり、セブンの方針は間違っていなかったみたい」

 こんな状況でも笑っている。

 だが、ソウマさんの笑みとは違い、稲住社長からはドス黒い物を感じた。

 稲住社長は手に持っていた拡声器を構え、特に断りもなくURに語りかけた。

「ねえ、交渉の余地はないのかしら?」

 大きな声が海へ響く。

 URの頭部パーツがこちらに向けられ、返事が帰ってきた。

「余地などない。人質を殺されたくなければこちらの要求を受け入れろ」

 男性の声だった。が、明らかに音が高く、合成音声に間違いなかった。

「受け入れられないから交渉できないか質問したの。そんなことも分からないの?」

(うわあ……)

 生身の状態でよくもここまで偉そうに言えるものだ。

 URは静かに浮遊し、工房の駐車場へ近づいてくる。

「……貴様は七宮重工の女社長か。なるほど、どうりで物怖じしないわけだ」

「そういう貴方は極度の臆病者ね。溜緒工房の新兵器がそんなに怖い?」

 URとまともに会話している……それどころか煽りに煽っている。信じられない。

 流石にURも苛ついたのか、人質を握っている左手を突き出した。

「あまり舐めないでもらいたい。回答の期限まであと23分。設計データを完全に消去するか、人質の女が死ぬか。2つに1つだ」

 言葉の後、URは左手を軽く握る。その結果、イリエ教官は締め上げられ、苦痛に顔を歪めた。

 イリエの苦しむ姿を見て、慌ててソウマさんが稲住社長の拡声器を取り上げた。

「人質を取られている以上従うしかないよ。下手なことをしたら本当に人質を殺されちゃうよ……」

「むしろそうしてくれたほうがこちらも攻撃しやすくなるわ」

 さらっと酷いことを言うアイリに対し、葉瑠は会話に割り込む。

「な、何言ってるんですか稲住社長!?」

「あんなのに捕まるようなランナーなんて生きてる価値もないわ。それに、新兵装の方が大事でしょう?」

「冗談……ですよね?」

「……ええ冗談よ。フフ……」

 そう言ったものの、稲住社長の目は笑っていなかった。

 恐ろしい人だ。URよりも非道な人なんじゃないだろうか。

 このままではイリエ教官の命が危ない。

 葉瑠はこの中でもっとも冷静であろう人に意見を求めることにした。

「あの、セブンさんはどうするべきだと思います?」

「包囲にも失敗しましたし、人質の救出は難しいでしょう。……兵装は溜緒工房でなくとも製作可能です。そして入江香織は優秀なランナーです。ここは人命を優先すべきでしょう」

 携帯端末から望んだ通りの答えが帰ってきた。

 URの言いなりになるのは癪だが、人の命には代えられない。

 人質を取られた時点でこちらの負けだったと納得するしかない。

 葉瑠も結賀もソウマも敗北のムードを漂わせていたが、ただ一人アイリだけが好戦的な姿勢を崩さなかった。

「弱気ね。そんなのだからテロリストに舐められるのよ。見てなさい、これが正しい対処法よ」

 稲住社長は拡声器をその場に落とし、工房の中に入っていってしまった。

 一体何をやらかすつもりだろうか。

 暫くすると、中から何かが崩れ落ちる音が聞こえてきた。

 この時点で葉瑠はアイリが何をするつもりなのか、分かってしまった。

 ソウマも結賀もアイリの意図を察したようで、重苦しい溜息を吐いていた。

「待たせたわね」

 そんなセリフと共に搬入用のドックから現れたのは水陸両用の旧型VF……鬼代一だった。

 重厚な装甲、ボディの各所に組み込まれた加圧タンク、後頭部からは給水用ポンプが内蔵された肉厚のホースが伸びている。

 そのホースは搭乗者と同じポニーテールの髪型を連想させた。

 鬼代一はくるぶし辺りまで沈んでいたが、それ以上沈むこと無く海の上を歩き始める。

「人質を放して頂戴。従わないとボコボコにぶちのめすわよ?」

 やはりと言うか何というか、彼女はURと戦うつもりらしい。

 ノコノコと出てきた鬼代一を、URが黙って見ているわけがなかった。

「そんな旧式のVFで何ができる?」

 URは静かに銃口を持ち上げ、出てきたばかりの鬼代一に射撃した。

 AGFを搭載したファスナ・フォースを一撃で破壊できるほどの威力を有する弾丸……まともに命中したら旧式の鬼代一など粉微塵になってしまう。

 しかし、葉瑠の目の前で信じられないことが起きた。

 射撃の瞬間、鬼代一の手のひらから水の柱が発せられ、弾丸の軌道を逸らしてしまったのだ。

 弾丸は鬼代一の後方、工房の屋根に命中し、遙か彼方へ飛んでいった。

「あれは……」

「ウォータージェットカッター……水の刃だよ」

 そんなことは見ればわかる。

 それを正確無比に弾道に重ねてみせた稲住社長は一体何者なのだろう。

「ご挨拶ね」

 稲住社長操る鬼代一は弾丸が飛んでいった方向をちらりと見た後、早速反撃に出た。

 鬼代一は首を元の位置に戻すと同時に口をガバッと開ける。口内には縦長いノズルが顔を覗かせており、まもなくそのノズルから帯状の水の刃……ウォーターブレードが射出された。

 極限まで絞られ、高速で放出された水の帯は、素人目から見ても明らかに高い切断力を有していた。

 あれなら金属の塊だって簡単に真っ二つにできるだろう。

 人質がいるのというのにまるで遠慮がない。

 ウォターブレードは当然の如くURに命中したが、装甲の手前、重力盾によって阻まれ、霧散した。

 URは再度手を突き出し、人質の存在をアピールする。

「貴様、人質が死んでもいいのか」

「よくないわよ」

 アイリは応え、鬼代一の口を閉じる。

「でも、戦闘に巻き込まれて死んでしまったのなら仕方がないわね。だって貴方、私がいくらお願いしても人質を放してくれないんですもの……フフ……」

 稲住社長は笑っていた。

 間違いない、社長はイリエ教官の命よりも新兵装の開発を優先するつもりだ。

 と言うか、この状況を精一杯楽しんでいるように思える。

 ……この人はURよりも危険だ。

 URも何かを感じ取ったらしい。何も言わずに再度弾を撃った。

 俯角に放たれた弾丸は海面でスキップし、下方から鬼代一を襲う。

 射撃を予測していたのか、鬼代一は既に回避行動に入っており、海面から離れて宙に舞った。

 またしても弾丸は後方へ抜ける。

 海面には水柱が立っており、噴水のごとく周辺に大粒の雨を降らせた。

 宙に舞った鬼代一は足裏のハイドロジェットを起動させ、UR目掛けて一直線に飛びかかる。

 勢いのある突進だったが、重力盾の前ではどうにもならない。

 鬼代一はURの手前で減速し、進路を逸れてURの斜め後方の海に着水した。

 URは微動だにしない。

 旧式相手に負けるはずがないと思っているのだろう。実際私もそう思っている。

 ただ、URの弾丸を2発とも防いだのは事実だ。

 勝てないかもしれないけれど、このまま凌げれば負けることもないはずだ。

(……って、分析してる場合じゃないですよ)

 今考えるべき問題はURの手の内にいるイリエ教官だ。このまま二人が戦い続ければイリエ教官の命が危ない。

 着水後、鬼代一は間髪入れずウォータージェットカッターを放つ。

 URは重力盾で水を弾きながら体を反転させ、海に向かって連続射撃を始める。

 相変わらず銃声は聞こえない。ただ、弾が空気を切り裂く音と水柱が立つ音だけが周囲に響いていた。

「……結賀ちゃん、ちょっといいかな」

 URが背中を向けると、ソウマが結賀に声を掛けた。

「なんだよ?」

「ちょっと、ね?」

 ソウマは結賀に近付き、耳元に顔を寄せる。

「!!」

 一瞬体を強ばらせたが、ソウマが話し始めると結賀は真剣な表情になった。

「……」

 何か指示を出しているようだ。結賀は何度も何度も頷いていた。

 どんな作戦なのだろうか。私も知りたい。

 15秒もするとソウマさんは結賀から離れ、背中を軽く叩いた。

「それじゃ、頼むよ」

「わかった……」

 結賀は神妙な面持ちでその場を離れ、工房内部に姿を消した。

 今から何をするつもりなのだろうか……

 葉瑠は思わずソウマに話しかける。

「あの……」

「さて、次は葉瑠ちゃんの番だね」

 声を出した瞬間、ソウマさんがぐいっとこちらに近づいてきた。

 そして、耳元で囁き始める。

「……今からイリエ教官を救出する。協力してくれるよね?」

「……!!」

 優しく、それでいて艶のある声が耳から入り、脳を揺らした。

 頭がくらくらする。これを15秒も耐えた結賀はすごい。

「もも、もちろん、協力、します……」

 葉瑠は何とか理性を保ちつつ、ソウマの作戦を聞くことにした。



(何、この人……)

 ジリアメイルの左手の中にて、イリエは迫り来る鬼代一に恐怖を感じていた。

 ……と言うより、稲住愛里という女に恐れ慄いていた。

 はっきり言ってこの女は異常だ。

 演技とはいえ、私という人質がいるのに遠慮無くジリアメイルに攻撃している。

 最初の一撃も、もし重力盾がなければ水に押しつぶされてミンチになっていたところだ。

 人の命を何だと思っているのだ。倫理観の欠片もない女が社長だなんて、七宮重工も地に落ちたものだ。

 迷うことなく攻撃しているだけでも恐ろしいというのに、あろうことかこの女の操作技術は神がかっていた。

 今彼女が乗っている鬼代一はハイドロリックフレームを使った旧世代のVFだ。水芸をするしか脳のない、鈍重なVFだ。

 鈍重なVFのはずなのに、こちらの射撃をことごとく防いでいる。

 ジェイクさんとは何度も一緒に仕事をしているが、こと射撃に関してはかなりの凄腕だ。それを避けるなんて……ますます稲住愛里という女が怖くなってきた。

 今後は関わり合いたくないものだ。

 鬼代一はこちらの射撃を避け、ウォータージェットカッターで攻撃するという行動を繰り返していた。

 重力盾の出力は安定しているし、新手が来る気配もない。

 一撃当てさえすればこちらの勝ちなのだが……その時はまだまだ来そうにない。

 25射目を終えると、インカム越しにジェイクから通信が入った。

「すまないなイリエ。ある程度の戦闘は予想していたが、ここまで長引くのは予想外だ」

「私だって予想外ですよ」

 唇を動かさず、腹話術の要領でイリエは話し続ける。

「そろそろ手加減をやめたらどうですか。“人を殺すな”っていう主の指示を守るのも大事ですけど、ここで失敗してしまったら主に失望されちゃいますよ」

「主は義を重んじるお方だ。例え失敗に終わっても、快く許してくださるはずだ」

「ダメです。せっかくここまで体を張ってあげてるんですから、どうせなら成功させてくださいよ」

 私が人質役をやるなんて、屈辱だし恥ずかしい。

 結局こんなことになってしまったが、やはりテロリストにとって人質は最強の盾だと思う。重力盾なんて目じゃない。

 私がいるおかげで相手は攻撃できないし、私がいるおかげでに要求も通る。

 逃げる際にも私を握ってさえいれば追撃されないし、前みたいにケフェウスの光に焼かれる心配もない。

 今目の前に例外がいるわけだが、その例外もすぐに排除できるはずだ。

(排除でき……ますよね?)

 鬼代一は上手く水を使ってこちらの射撃を防いでいる。何だか不安になってきた。

「やはり、水というのは厄介だな」

「水が?」

「まあ見てみろ」

 ジェイクは間髪入れずトリガーを引く。

 刹那の間に銃内部で強力な斥力が発生し、弾丸はその力を受け外部に押し出される。

 ライフリングを通過している間にも弾丸は力を受け続け、極限まで力を受けた弾丸は満を持して外に飛び出す。

 この時点での弾丸の速度は秒速10km。

 数字だけを見るととても速いが、VF用の銃器としてはそんなに早くない。

 競技用の電磁レールガンでも秒速7km、E4社製の電磁レールガンなら軽く12kmは出る。

 特筆すべきは弾丸の重量である。

 VFが装備するような普通の電磁レールガンの場合、弾丸の重さはせいぜい500gか、重くても800gだ。

 だが、URの持つライフルは10kgの弾丸を……いや、砲弾を射出する。

 その威力は30mm弾約1000発分に相当する。命中すれば破壊は免れない。

(命中すれば、ですけれどね……)

 弾は一瞬で鬼代一に到達した。

 しかし、大量の水の束に行く手を阻まれ、粉々になって明後日の方向へ飛んでいってしまった。

「もともとこのライフルは重力盾を貫通させるために作られた兵器だ。弾丸の形状はニードル状、重量を稼ぐためとても長い。故に、サイドからの力に強く影響を受ける」

「つまり……」

「進路に強力な水流があれば、あっさり流されてしまうわけだ」

 秒速10kmも出ていれば簡単に突き抜けそうだが、話はそんなに単純ではなさそうだ。

 稲住愛里の操作技術があればこそ、成り立つ防御術だと考えたほうがいいかもしれない。

 ……それにしてもじれったい。

「どうするんです? この感じだと要求は通りそうにないですけど……」

 鬼代一のウォータージェットカッターを重力盾で防ぎつつ、ジェイクは答える。

「取り敢えず溜緒工房を破壊して離脱する。人質がいれば逃げるのには困らないからな」

「ですね」

 逃げる算段を立てていると、数分ぶりに稲住愛里が挑発してきた。

「……これだけ撃って一発も当てられないなんて、URも大したことないわね。やっていることも小さいし、哀れすぎて涙が出てきそう」

「潮時だな」

 ジェイクは疲れた声で呟き、銃口を溜緒工房に向ける。

 建物は動かない。命中させるのは簡単だ。しかし、トリガーに指をかけた瞬間、視界が白い霧に覆われた。

「……!?」

 イリエは咄嗟に口元を覆う。だが、霧は重力盾により外へ押し出され、ジリアメイルまで到達することはなかった。

(煙幕……? このタイミングで?)

 撃たれたくないがためにスモークを焚いたのだろうか。

 だが、今更視界を遮った所で意味が無い。ブラインドショットでも溜緒工房は十分に破壊可能だ。

 不明瞭な視界の中、イリエはその発生源を突き止める。

 白い煙は鬼代一の加圧タンクから発せられた水蒸気だった。

 突き止めた瞬間、鬼代一は海の中に消え、完全に気配が消えた。

「逃げた……?」

「いや、逃げるのなら最初から海に潜れば良かったはずだ。水は天然の防弾壁、潜水されると手の出しようがない」

「ならどうして今まで海上で回避行動を……あ」

 ここまで言ってようやくイリエはアイリの行動の意味を理解した。

「時間稼ぎ……!!」

 単なるバトルジャンキーかと思っていたが、無計画に動いていたわけではなさそうだ。

 彼女が身を引いたということは、何かしらの準備が完了した証拠。何か仕掛けてくるに違いない。

「ジェイクさん、気をつけてください」

「大丈夫だ。今更何をした所で意味が無い。工房を破壊して離脱する」

 ジェイクの言葉をインカム越しに聞いていると、不意に視界にキラキラと光る曲線を見つけた。

 曲線は大きくうねりながら猛スピードでこちらに近づいてくる。明らかに自然現象ではなかった。

 ジェイクに警告する暇もなく、曲線はあっという間にジリアメイルの腕を横切った。

 それは一瞬の出来事だった。

 体に強い衝撃を感じ、気づくとイリエは宙を舞っていた。

「え……?」

 目下には真っ赤なVF、ジリアメイルの姿が見えた。ジリアメイルは肘から先を失っていた。

 切断されたのだと気付いた頃には、イリエは新たに現れたVFの腕の中に着地していた。

「ふぅ、あぶねー……大丈夫かイリエ教官」

 耳に届いたのは凛とした声。……橘結賀の声だった。

 イリエは視線を上に向ける。目の前にVFの胸部が見えた。

(これは……性能試験用のAGFですか)

 胸部には黄色と黒のストライプ模様がプリントされていた。

 我々が鬼代一の相手をしている間にこっそりセッティングしていたようだ。

 手にはワイヤーの束が握られていた。あれを重力盾の干渉フィールドギリギリで使い、見事腕を切断したというわけだ。

 確か橘さんの得意武器は鎖だったはずだ。ミドルレンジから鎖を放ち、相手を束縛し、自由を奪った所で近接攻撃で一気に畳み掛けるスタイル……

 単に鎖を投げているだけかと思っていたが、こんな精密な技を使えるとは驚きだ。

 視界は不鮮明だったはずだ。にも関わらず腕を狙って切断したのだから、これを神業と言わず何を神業と言うのだろうか。

 攻撃方法としては癖があるのは事実だが、今回の状況であればベストなのは間違いなかった。

 イリエは一旦視線を下に落とし、わざとらしく応える。

「すみません。助かりました……」

「礼を言うなら葉瑠に言ってくれよ。腕部アクチュエータの制御系を最適化してくれなきゃここまで精密にワイヤーを操れなかったんだからな」

「そうでしたか……」

 制御系を最適化……口で言うのは簡単だが、複雑怪奇かつブラックボックスの塊であるAGFを改良するのは至難の技だ。

 それをあの短時間で成し遂げたとなると、間違いなく川上葉瑠は天才だ。

(どうしてこうもタイミングが悪いんでしょうか……)

 稲住愛里が攻撃を仕掛けてきただけでも想定外だったのに、橘結賀や川上葉瑠がここまでやってくれるとは……大誤算である。

「さて、あとはあいつを倒すだけだな」

 腕を失ったジリアメイルは抵抗することなく、逃げの態勢に入っていた。

 急に新手が現れたから逃げるのではない。

 ……私という人質を失ったから逃げるのだ。

 人質を失ったジリアメイルがどうなるのか、結果を予想するのはそう難しいことではなかった。

 溜緒工房から離れていくジリアメイルに一筋の光が差す。

 光の筋はスポットライトのごとくジリアメイルを照らし出し、海に濃い影を落とした。

 やがてジリアメイルの赤の装甲から煙が発生し、白く光を放ち始めた。

 装甲は光を放ちながら溶けだし、滴となって海に落ちる。

(ケフェウスの光……)

 これはセブンが有する攻撃衛星ケフェウスによる熱光線に間違いなかった。

 ダイヤモンドヘッドの時には後から映像でしか見られなかったが、こうやって直で見るとその恐ろしさがよく分かる。

 ジリアメイルは光の線から必死で逃げようとするも、天上からの攻撃からは逃れられそうになかった。

 ジリアメイルはジグザグに動きながら高速で飛翔し、沖へと移動していく。それでも回避できないと判断すると、とうとう海の中に潜ってしまった。

 ジリアメイルを追いかけるように光の線はどんどん遠ざかっていき、溜緒工房周辺は静けさを取り戻した。

 これで一段落だ。

 全てが全て失敗に終わってしまったが、死ななかっただけよしとしよう。

 イリエは丁寧に地面に下ろされる。結賀の操るVFは駐車場に膝をつき、すぐにコックピットから本人が出てきた。

「イリエ教官、怪我とかしてないか?」

 イリエは大きな指の隙間から這い出て、結賀に応じる。

「ええ、大丈夫です。一時はどうなることかと思いました……」

 その言葉の後、海中から鬼代一が飛び出し、空中で一捻りしたかと思うと駐車場に豪快に着地した。

 少し地面が揺れ、イリエは蹌踉めく。

 鬼代一も結賀のVFと同じように膝をつき、コックピットから稲住愛里が出てきた。

 稲住愛里はHMDを適当に投げ捨て、髪を手櫛で整える。

「ふう、なかなか楽しかったわ」

 あれだけの戦闘を繰り広げたというのに、彼女は汗一つ掻いておらず、もっと言うと冷静そのものだった。

 HMDを拾い上げ、文句を言いながら稲住愛里に歩み寄ったのは柏木綜真だった。

「時間稼ぎをするなら最初からそう言ってくれればよかったじゃないか。気が触れたんじゃないかと思ったよ……」

 稲住愛里は不機嫌な表情を浮かべ、吐き捨てるように応じる。

「寝言は寝てから言って頂戴。そんなことを宣言したら真っ先に工房が破壊されていたわよ?」

「確かにその通りだけれどさ……」

 二人は肩を並べて歩き、こちらに近づいてくる。

 ソウマは続けて結賀に声を掛けた。

「結賀ちゃんお疲れ様。本当にVFの操縦が上手くなったね」

「褒められるほどのことじゃねーよ……」

 セリフに反して橘さんは満更でもなさそうだった。

 柏木綜真は私にも話しかけてきた。

「それはそうと大丈夫だったかい? 結構きつく握られていたみたいだったけれど」

「平気です。これでも私、かなり鍛えてますから」

 それに、そもそも人質自体が嘘である。肉体的ダメージはともかく、精神的なダメージはゼロに等しい。

 稲住愛里は髪を整え終えたのか、ポニーテールを弄りながら問いかけてくる。

「それで、どんな感じで人質にされたの? 教えて頂戴」

「えーと、海岸沿いを早朝ランニングしていたら急に真っ赤なVFが出現して、そのままキャッチされちゃったんです」

「へー、それは不運だったね」

 もちろん嘘だ。

 そんなこととはつゆ知らず、結賀は感心した様子で溜息をつく。

「へー、こんなところに来てまでトレーニングしてるんだな」

「習慣ですからね。やらないと気持ちが悪いんです」

「ランナーの鑑だね。僕も見習いたいよ」

 4人でぐだぐだ会話していると、かなり遅れて工房の中から葉瑠が出てきた。

 葉瑠はイリエの姿を見るなり、胸元に手を当てて安堵の息をついた。

「よかった。上手くいったんですね……」

 何か工具でも扱っていたのか、手は真っ黒に汚れ、剥き出しの肩や頬にも汚れが付いていた。

 一応お礼を言っておいたほうが自然だろう。

「川上さんも手伝ってくれたんですね。ご苦労様でした」

「私はそんな……実際イリエ教官を助けたのは結賀ですから……ね、結賀?」

 葉瑠は控えめな態度で応じ、結賀に話を振る。

 だが、結賀は何も言わず、顔を逸らして海を眺めていた。

「……」

 何だか素っ気ない。昨日受けた相談通り、まだ仲直り出来ていないみたいだ。

「……オレ、家に帰るわ」

 結賀はその場から逃げるように駆け出し、駐車場から姿を消した。

 せっかくURを撃退したというのに……気まずい空気が流れ始める。

「私も、部屋に戻ってシャワーでも浴びるわ。後の処理は任せたわよ」

 稲住愛里はひらひらと手を振り、駐輪スペースに向かう。

 駐輪スペースには大きなスポーツバイクが停まっていた。あのバイクで街からここまで乗ってきたらしい。

 彼女は軽々とバイクに跨ると、他の自転車などを蹴散らしながらアクセルターンし、颯爽と走り去っていった。

「……朝ごはん、一緒に食べるかい?」

「はい……」

 川上葉瑠はソウマの誘いをあっさり受け入れた。

 ソウマは続けて私にも話しかけてくる。

「君も一緒にどうだい?」

 何か胃に入れたいのは山々だが、これ以上彼らと関わり合いたくはない。

 イリエは首を左右に振った。

「私は遠慮しておきます。ちょっと脇腹が痛むので病院に行きます」

「それは大変だ。病院まで送って行こうか?」

「いえ、まもなく警察やら消防やらが集まってくると思いますので、彼らにお願いするつもりです」

「そうかい……」

 ソウマは残念そうな顔を浮かべたが、無理に誘ってはこなかった。

「それじゃお大事に」

 そう言うとソウマは葉瑠と共にライトバンに乗り込み、街の方へ行ってしまった。

(さて、どうしましょうか……)

 ジェイクさんのことは心配だが、下手に動くとセブンに疑われてしまう。

 暫くは大人しくしておこう。

「ふう……」

 一人残されたイリエは地べたに座り込み、静かな海を眺めていた。

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