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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 3 二重の鎖
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 05 -密談-


 05 -密談-


 場所は変わってスラセラート学園

 学園職員専用の住居エリア、個室アパートの一室にて。

 数学教諭の入江(イリエ)香織(カオリ)は一人がけのソファーに座り、ニュースを見ていた。

 ショートに纏められた赤髪はしっとりと濡れ、長い前髪はおでこに張り付いて目元を覆い隠している。

 普段は青白い肌もそれなりに紅潮しており、バスローブからはみ出ている脚からは湯気が立ち上っていた。

 風呂あがりだろうか。

 イリエはろくに髪も乾かさず、真剣な眼差しをテレビ画面に向けていた。

「何このニュース……」

 ニュースでは更木正志が乱入者と関係していると報じられていた。

 しかもセブンが彼を探していると知り、イリエはかなり困惑していた。

「ねえ、やばくないですかあれ」

 誰と無く声を掛けると、キッチンから低い声が返ってきた。

「あれとは何だ」

 声とともに顔を覗かせたのは長身の男、ジェイクだった。

 室内にも関わらずジェイクはロングコートを着込み、それだけでも違和感があるのに、そのコートの上からエプロンを付けていた。

 その姿を見慣れているのか、イリエは特に格好について指摘すること無く応じる。

「更木正志の件ですよ」

 テレビ画面を指さすと、ジェイクはキッチンからのそりと出てきた。

 長身なのに猫背で痩せているため、スリムというより不気味なイメージが強い。

 ジェイクは手に持っていた平皿をイリエに手渡し、テレビを見る。

「更木正志がどうかしたのか」

「やっぱり生きているみたいですよ、彼」

「生きていて当然だろう。今まで誰から指示を受けていると思っていたんだ」

 ジェイクはエプロンを外し、ダイニングテーブルの上に畳んで置く。

「いや、まさか本物が私達の雇い主だとは思ってなかったんですよ……」

「忠誠心が足りないぞ、イリエ」

「私は、お金さえ貰えればそれでいいんです。あ、フォーク取ってください」

「……」

 ジェイクはキッチンに戻ると食器入れからフォークを取り、イリエに投げ渡す。

 片手でキャッチしたイリエは早速平皿の上に乗っているパスタにフォークを突き刺した。

 イリエは麺をグルグルと巻き上げ、塊を口の中に突っ込む。瞬間、パルメザンチーズの味が舌全体に広がり、遅れて細かく切ったベーコンの旨味も感じられた。

 やっぱり美味しい。食堂のご飯も美味しいが、あれと比べると上品な感じの美味しさだ。

 イリエはオットマンに足を乗せ、話を再開する。

「でも、この件を大々的に報道したってことは、いよいよセブンも本気で私達を探し始めたってことですよね。大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。主もこの程度の事態は予測済みだろうからな」

 ジェイクはダイニングテーブルの椅子に座り、自信ありげに腕を組んだ。

 イリエはパスタを食べながら言い返す。

「予測してても対策してないと駄目だと思うんですけれど、予め何か聞いてたりするんですか?」

「それは……」

 ジェイクは数秒ほど固まり、関係のないことを口にした。

「……パスタ、おかわりするか」

「あ、誤魔化した。これだから大人は……」

 ジェイクは、主から……もとい、更木正志からは何も聞いていないようだ。

「ニュースの件についてはいずれ何らかの指示があるだろう。さっさと任務の通達を済ませるぞ」

「そういえばそうですね。いつもみたいに暗号化メッセージで済まさずにわざわざ部屋に来たってことは、かなり重要な任務なんですよね? 呑気にお喋りしている暇なんか無いじゃないですか。主からの通達、早く聞かせてくださいよ」

 イリエはパスタの皿を肘掛けにそっと置き、ジェイクの言葉を待つ。

 ジェイクは無表情でイリエを見ていた。

「……シャワーを浴びるから報告はその後にしてください、って言ったのはお前だぞイリエ」

「そうでしたっけ?」

「腹も減ったから適当にメシを作れと頼んできたのもお前だぞイリエ。本当に疲れているように見えたから腕によりをかけて作ってやったというのに……」

「やっぱり普段から料理してるんですね。何だか意外です」

「文句があるのか?」

 ジェイクの言葉には苛立ちと呆れが強く混じっていた。

 ここは謝っておこう。

「……いえ何も。報告が遅れたのは私の我儘のせいです。ごめんなさい」

「分かっているのならいい」

 心のこもっていない適当な謝罪だったが、ジェイクは気にせず話を進める。

「先程お前が言った通り、今回の任務は特に重要だ」

「重要って……またどこかに遠出するんですか? せっかくスラセラートに潜伏しているのに、これじゃああんまり意味ないじゃないですか」

「話の腰を折るな。黙って聞け」

 ジェイクの注意を無視してイリエは意見し続ける。

「最近、仕事内容もどんどんエスカレートしていますし、流石に人殺しはごめんですよ」

 この間のダイヤモンドヘッドでは余裕を持って戦闘できたが、セブンが更木正志の存在を認めた以上、今後はもっと激しくなるはずだ。

 人殺しはごめんだし、もちろん殺されるのもごめんだ。

 ジェイクは椅子から離れ、イリエの背後に立つ。

「今更何を言っている? 人殺し程度で尻込みしてもらっては困るぞ」

 イリエは振り返り、苦笑いを浮かべる。

「え……冗談きついですよジェイクさん」

「……冗談で言っているつもりはない」

 こちらに向けられた眼差しは冷たく、それはまさしく殺人者の目だった。

 ジェイクさんの過去は知らない。が、間違いなく数十人単位で人を殺していそうだ。

 ジェイクは体を屈め、耳元で囁く。

「我々はセブンの支配から人類を開放するために戦っている。この大義名分の前では多少の殺人は許される。相手がセブンの支配に甘んじている愚かな人間ならばなおさらのことだ」

「でも、流石に殺人はちょっと……」

 そこまでしてお金を貰うつもりはない。この仕事を始めたのは高額の報酬を得られていたからで、ぶっちゃけ思想とか理想などに興味はない。

 VF同士の戦闘ならまだしも、手を血で汚すのはごめんだ。

 否定の姿勢を貫いていると、ジェイクが冷たく言い放った。

「――主に背くのか?」

「!!」

 突き刺さるようなセリフに恐怖を感じ、イリエは思わずソファーから離れて壁まで移動する。

 その際、肘置きに置いていた皿が床に落ちてしまった。

 1秒に満たない自由落下の後、甲高い音が室内に響く。

 フローリングにはパスタと陶器の破片が飛び散り、ソファーにもパスタのソースがべっとりとついてしまった。

 ジェイクは床に落ちたパスタを無言で見つめる。

 イリエはズレ落ちそうになったバスローブを握りしめ、咄嗟に言い繕う。

「主に背くつもりは全然ないです。むしろ大賛成です。……でも、方法が大雑把というか、些か暴力的すぎるといいますか……もっとスマートにセブンをデリートできないですか」

「デリートなどしない。人間の手でセブンを運用し、新たな秩序を生み出すのが我々の目的だ」

「そうでしたそうでした」

 緊張のせいか、いつもよりも饒舌になっている気がする。

 こちらの緊張を知ってか知らずか、ジェイクは壁際に近寄ってくる。

「不満があるにせよ、文句があるにせよ、お前に“降りる”という選択肢は用意されていない。もし抜けたいのなら、その時は死んでもらわなければならない」

 そこまで言うとジェイクは腕を突き出し壁に押し当てた。

 結果、イリエはジェイクと壁に挟まれてしまう。逃げようにも逃げられない。

 ジェイクは伸ばしていた腕を徐々に曲げてイリエに迫り、文字通りプレッシャーを掛ける。

「お前は命令通り仕事をし、報酬を受け取る。……いいな?」

「……了解です」

 ジェイクの有無を言わせない迫力に負け、イリエはゆっくりと頷く。

 これで解放されるかとおもいきや、予期せぬことが発生した。

「――イリエさーん、何か割れる落としましたけど大丈夫ですかー?」

 ドア越しに聞こえてきたのは隣の部屋の住人、リリメリアの声だった。

 彼女の柔らかな声を聞き、イリエは安堵感を覚える。

 声に釣られるようにイリエはドアに視線を向ける。

「あ……」

 ドアに鍵が掛かっていない。

 どうやら掛け忘れていたらしい。私としたことがとんだ大失態である。

 ジェイクさんの姿を見られるのはまずい。鍵を掛けなくては、と思った時には既にドアは開かれていた。

「イリエさーん、お邪魔しま……す」

 ドアが開くと同時にリリメリアが顔を覗かせる。そして、こちらを見て目を丸くしていた。

 唐突な来客に、ジェイクもイリエも動きを止める。

 沈黙の中、イリエはこれからどう対応するべきか必死で考えていた。

(見られてしまった……)

 ジェイクさんと落ち合う場所を自室にしたことが失態の原因だ。が、海上都市でセブンの監視を気にせず密談できるのはこの個室しか無いのも事実だ。

 学園内は出入港ドックが一つしか無い上、そこで厳しいチェックを行っているため、内部は意外とセキュリティが甘い。

 わざわざ監視カメラだらけの外で会うよりもよっぽど安全なのだ。

 今まで何度も自室にジェイクさんを招いていたとは言え、こんなうっかりミスをするなんて……私もいよいよ焼きが回ってきたみたいだ。

(どうしよう……)

 ジェイクさんの姿を見られたのは痛いミスだ。

 彼がURだということは悟られないだろうが、部外者を部屋に連れ込んでいることについては弁解の余地がない。

 責められると思いきや、リリメリアは急に申し訳なさそうに謝罪した。

「ごめんなさい、お取り込み中だったのね……」

 リリメリアは頬を赤らめ、視線を逸らす。

「……?」

 イリエは改めて自分の置かれている状況を確認する。

 私は今バスローブ姿で、背後を壁に、正面をジェイクさんに挟まれている。しかもジェイクさんは壁に手をついてこちらに迫っている。

 何も知らない人から見れば、そういう場面に見られても仕方がない。

「ち、違う……この人は……」

 イリエは首を振って否定するも、リリメリアは一方的に告げる。

「大丈夫ですよイリエさん。みんなには黙っておきます。……今度から、男の人を連れ込む時は注意してくださいね」

 どうやらジェイクさんのことを彼氏か何かと判断したみたいだ。

 うまい具合に勘違いしてくれて助かった。……が、何だか納得できない。

 リリメリアさんには、私とジェイクさんが付き合っているように見えるらしい。

 ジェイクさんの歳は詳しく知らないが、明らかに30代後半……いや下手をすれば40代に突入している。

 親子に見えてもおかしくない年齢差だ。

 リリメリアは玄関に足を踏み入れず、ドアを開けたまま話し続ける。

「それにしても、イリエさんも年上の人が好みだったんですね……」

「いや……」

 下手に否定すると面倒が増えそうだ。

 イリエはかろうじて言葉を切り、言い直す。

「……実はそうなんです」

 言った瞬間、目の前のジェイクさんが小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。恥ずかしい。

 あまり長話すると失礼だと思ったようで、リリメリアはわざとらしく告げる。

「私、これからしばらく出掛けるので、遠慮しないでいいですからね……声とか、音とか……」

 自分で言って恥ずかしかったのか、リリメリアは頬を赤らめる。

「やだ、何言ってるの私……とにかく、お邪魔しました」

 早口で別れを言うと、リリメリアはすぐにドアを閉め、駆け足で離れていった。

 遠ざかる足音を聞きつつイリエは玄関に移動し、鍵を掛ける。

 ドアに背を預けて一息つくと、早速ジェイクさんに質問された。

「……今のは誰だ?」

「隣の部屋に住んでいるリリメリア・ホイス。……スラセラートの校医さんです」

 イリエは玄関まで移動したついでにゴミ袋を取り、皿の破片を集めるべくソファに移動する。

 ジェイクも壁際から離れ、イリエと共に破片を集め始める。

「校医か……随分と仲が良さそうだったが?」

「彼女、ああ見えてシンギ・テイルマイトと親しい間柄なんです。情報収集のために付き合っている程度です」

 むしろリリメリアのほうが私に対して積極的だ。仕事がある日はほぼ毎回一緒に出勤している。

「問題はないと思うが、一応主に報告しておくか……」

 ジェイクは皿の破片を全て集め、ゴミ袋に入れる。

 袋の口を結びながらイリエは話を元に戻す。

「報告といえば……今回の指示をそろそろ教えて欲しいんですけれど」

「……今言おうと思っていたところだ」

 ジェイクは咳払いし、コートの内ポケットから封筒を取り出す。

「イリエ、お前にはこの夏季休暇を利用して日本に行ってもらう」

「日本に……。目的はなんです?」

 イリエは質問しながら封筒を受け取り、開封する。

 中には飛行機のチケットが入っていた。

 チケットは片道分しか入っておらず、この時点でイリエは嫌な予感を感じていた。

 ジェイクは満を持してイリエの質問に応じる。

「目的は……溜緒工房の破壊だ」

「破壊って……はあ……」

 あまりにも非現実的な指示に、溜息しか出てこないイリエだった。

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