04 -橙のプレゼント-
04 -プレゼント-
「――お飲み物はいかがいたしますか?」
「コーラ」
「私はグリーンティーをお願いします」
ダグラス海上都市群を離陸してから4時間
夏季休暇に入った葉瑠は、結賀と共に空の旅を楽しんでいた。
日本の国際空港まであと1時間とちょっと。乗り継ぎもスムーズに行えたし、予想より早く着きそうだ。
「お待たせいたしました、グリーンティーです」
「あ、どうも……」
添乗員からカップを受け取った葉瑠は早速中身を二口ほど飲み、カップホルダーに収める。
「こちらコーラです」
「おう」
結賀はコーラを受け取るとそのまま一気飲みし、添乗員に空のカップを差し出した。
「もう一杯」
「……」
添乗員は笑顔を見せたかと思うと、空のカップを奪ってそのまま次の席へ行ってしまった。
「何だよ、ケチくせーな」
「結賀が図々しいだけだと思う」
「そんなことねーよ。つーかあの添乗員……げふっ」
言葉の途中で結賀は口を押さえる。が、出てしまった音を消すことはできなかった。
「もう結賀……やめてよ」
「炭酸飲んだんだから出ても仕方ないだろ」
「仮にも女子なんだから、そういうのは我慢しないと……」
「はいはい分かりました」
結賀は適当に返事をすると手を頭の後ろで組み、窓の外に視線を向けた。
葉瑠はグリーンティーの入った紙カップを持ち、ちびちび飲みながら視線を前に向ける。
機内はとても静かで、大半の乗客が目の前に設置されているモニターを見ていた。
映画を見たり、ニュースを見たりと、各々が好きな番組を試聴する中、葉瑠と結賀は自前で持ち込んだ映像を観ていた。
映像内では2体の巨大な人型機械が武器を使って戦闘しており、つまりはVFの対戦映像だった。
そして、その対戦は全てスラセラート学園のランキング戦だった。
(これ、意外と面白いですね……流石はクローデルくんです)
映像のタイトルは「ランキング戦BEST100」で、その名の通りクローデルくんが厳選した対戦映像が延々と流れるだけの作品だ。
4時間経ってようやく50試合目。残り半分は帰りの便の中で見ればちょうど全部見ることができるだろう。
と言うか、そもそも「結賀と一緒に日本に行く」と伝えた際に渡された映像データなので、往復の時間もちゃんと計算して編集しているみたいだ。
(みんなも休暇中は忙しそうですね……)
リヴィオくんはドイツに帰郷し、休みの間は向こうで過ごすと聞いている。キルヒアイゼンで仕事があるらしい。
男子三人組も一応帰国するが、すぐに学園に戻って訓練を続けるらしい。
アビゲイルさんの予定は定かではないが、体を休めるとか何とか言っていたし、どこかバカンスに出かけるのかもしれない。
ぼんやりしているうちに50試合目が終わり、葉瑠は映像を終了させた。
残りは帰りの便で見よう。
「ん……」
葉瑠は眼鏡をおでこにずらし、目元をぐりぐりとマッサージする。
絶えず激しい動きを目で追っていたせいか、普通の映画を見るより疲れた気がする。
眼の筋肉をほぐすべく、葉瑠は視線を遠くに向ける。乗客室前方にも大きなモニターがあったが、そこには航空会社のロゴマークが表示されているだけだった。
グリーンティーを啜りながら目を休めていると、結賀が話しかけてきた。
「……なあ、やっぱり両親に会ったほうがいいんじゃねーか?」
結賀は先程とは打って変わってまじめにこちらを見ていた。
毎度のことながら結賀は真面目にしているとカッコいい。何も知らない人が見れば線が細いイケメンと認識するに違いない。
「顔をちょっと見せるだけでも安心すると思うぞ」
あれは女だと自分に言い聞かせながら、葉瑠は返事する。
「ううん、大丈夫だから」
「本当にいいのか」
「本当に大丈夫。気をつかってくれてありがと」
「ならいいんだ。……悪かった。もうこの話は終わりな」
結賀はぎこちない表情で笑い、視線を逸らした。
……大丈夫も何も、そもそも両親はもうこの世にいない。
嘘をつくのには慣れたつもりだったが、やはり友達を偽り続けるのは結構辛い。
リヴィオくんのように全てを打ち明けられればいいのだが、関係が崩れてしまいそうで打ち明けようにも決心がつかない。
そう思っている時点で、私は結賀を信用しきれていないのかもしれない。
(どうにかしないと駄目ですよね……)
それから日本に到着するまで、葉瑠は正面を向いたまま難しい表情を浮かべていた。
国際空港に到着後、葉瑠と結賀はターミナル間移動用の細長い通路を歩いていた。
通路には葉瑠たちの他にも乗り継ぎ客が大勢歩いている。
大きなリュックサックやスーツケースを持つ集団の中、葉瑠と結賀は書類の束だけを持って歩いていた。
見るからに身軽そうだったが、二人共表情は暗く、疲労していた。
「あー、疲れた……」
通路の中腹に設置されている休憩所に到達すると、結賀はふらふらと歩み寄り、手に持っている書類の束をゴミ箱の中に突っ込んだ。
結賀の暴挙を見て、慌てて葉瑠が注意を飛ばす。
「結賀、大事な書類なんだから捨てちゃ駄目でしょ……」
しかし、その注意には力が入ってなかった。
結賀も気の抜けた声で言い返す。
「書類って言ってもただの注意事項だろ。一人分あれば十分だって」
「たしかにそうだけど……はあ」
葉瑠は注意を途中で諦め、休憩所のベンチに腰掛けた。
結賀も葉瑠の隣に座った……かとおもいきや、休憩所に設置されている自販機の正面に立つ。
並んでいる商品を指先でなぞりつつ、結賀は何気なく告げる。
「それにしても手続き面倒臭かったなー」
「そうだね、帰国するだけでこんなに時間を取られるなんて思ってなかった……」
……飛行機が無事に着陸した後、葉瑠と結賀は空港職員に別室に連れて行かれ、入国手続でかなりの時間をロスした。
かれこれ2時間は掛かっただろうか。
彼らの話によれば、VFランナーは立派な戦力……ほとんど武器と同じ扱いを受けるため、国家間を移動する際は色々と手続きが必要らしい。
葉瑠はその手続について、思い返す。
「……渡航証明書に学生証、入国後の行程日程目的まで書かされるなんて……分刻みで日程書けって言われた時は目眩がしたよ……」
「おまけに上から目線の質問攻めに手荷物検査……オレ達は犯罪者じゃないっての」
結賀は怒りのこもった口調で告げ、自販機を軽く蹴る。
ふてくされている結賀を横目に、葉瑠は話を続ける。
「それはそれとして、スラセラートの学生証がパスポートの替わりになるなんて、未だに信じられないよね」
「あ、それはオレも思った」
結賀も思うところがあったのか、自販機から離れて話に食いついた。
「ハワイ行った時は普通にパスポートだけでよかったのに、何で今回からこんなに厳しく審査されるんだろうな……」
「それはほら、ダイヤモンドヘッドの代替戦争の時、補欠要員として登録されたでしょ? だから、今後はずっと渡航証明書と学生証がいると思う」
「マジかよ……」
「その代わり、AGFの使用を許可されたランナーはみんなセブンに管理されてるから、下手なパスポートよりも強力な身分証明書になると思う。困ったら取り敢えずこの学生証見せれば後はセブンが何とかしてくれるんじゃないかな」
「管理って……つまり、常にセブンに監視されてるってことか?」
「そういうことになるね」
「やだなそれ」
苦い表情を浮かべた結賀だったが、葉瑠はこの件について迷惑どころか感謝していた。
(学生証の名前……更木じゃなくて“川上”なんですよね)
パスポートは更木葉瑠と本名が印字されているが、学生証の氏名は川上葉瑠という偽名が印字されている。
これで堂々と川上を名乗ることができる。つまり、更木の娘だと悟られること無く手続きができるのだ。
明らかに犯罪っぽいが、セブンが管理している限り他の者にバレる頃はまず無いだろう。
シンギさんには感謝だ。
「よし、そろそろ行くか」
結局結賀は何も買わず、自販機に背を向ける。
葉瑠も太ももに手をのせ、ゆっくりと立ち上がる。
これから国内線ターミナルまで移動し、そこで乗り継ぎをすれば……
(あ……)
葉瑠は重大な事実に思い至り、携帯端末を取り出して時刻を見る。
「ねえ結賀、広島空港行きの便って……」
この時点で結賀も気付いたようで、腕時計に目を落とした。
「今から一時間……前に出発してるな」
「なんで気づかなかったんだろう……」
結賀は休憩所に戻ってくると、重いため息を吐きながらベンチに腰掛けた。
「マジでオレら疲れてるな」
2時間も拘束されれば乗り継ぎの時間に間に合わないことくらい簡単にわかるはずなのだが、長旅の疲労と審査の時に受けたストレスのせいですっかり忘れ去っていたみたいだ。
「次の便は明日か……まだ時間あるし、ちょっと街の方いくか」
「うん」
今からターミナルに行っても意味は無いし、そもそもチケットを取り直さなければならない。
葉瑠と結賀は来た道を戻るべく、休憩所を後にした。
国際空港からタクシーで移動すること20分弱。
葉瑠と結賀は空港近くのショッピングモールを訪れていた。
ショッピングモールは広く、一通りの店は勿論、映画館やレストランなども併設されている。
平日とあって人はそんなに多くない。
そんなショッピングモールの一角、アパレルショップ店内にて。
葉瑠は試着室の前で結賀の着替えを待っていた。
微かに揺れる陰をカーテン越しに眺めつつ、葉瑠は緊張していた。
(うわ、こんなおしゃれなお店初めてです……)
ファッションに乏しい葉瑠にとって、アパレルショップは完全なるアウェーだった。
つい先程も店員さんに声を掛けられたが、慣れていないせいで上手く断ることができなかった。「友達の試着を待ってます」と言うと去ってくれたが、もしあのまま黙っていたら強引に服を買わされていたかもしれない。
やがて試着室から衣擦れの音が止み、結賀が出てきた。
「じゃーん」
カーテンを勢い良く開けた結賀は、足を肩幅に開き、ポケットに両手を突っ込んで体を反らし、ポーズを取った。
ボトムスのスリムレザーパンツは黒い光沢を放っていて、そんなボトムスとは対称的にトップスは白いシャツだった。
シャツの腕部分はロールアップされ、首元も大きく開いて涼しげだ。
実にシンプルだ。素材がいいので変に着飾る必要もないのだろう。アクセサリーなどは付けていなかったが、耳元の赤いピアスがいいアクセントになっていた。
「どうだ葉瑠、似合ってるか?」
「うん、カッコいい……」
冗談抜きでカッコいい。私もあのくらい身長があればファッションに興味をもっていたかもしれない。
結賀は更衣室内に脱ぎ散らかしていた制服を紙袋の中に突っ込み、肩に抱える。
そして、半ば強引に葉瑠の背中を押し、売り場へ誘導し始めた。
「よし、次は葉瑠の番な」
「私は別にいいよ」
葉瑠は結賀から逃れるように身を捻り、店の外へ逃れる。が、すぐに追いつかれてしまった。
腕を引っ張られ、葉瑠は店内に引き戻される。
「何逃げてんだよ。オレがせっかく服を選んでやろうってのに」
結賀は葉瑠の両腕を掴んで羽交い締めにし、綺羅びやかな服が並ぶエリアへ連行していく。
事情を知ってか知らずか、店員さんは微笑ましげにこちらを見ていた。
葉瑠は結賀に訴え続ける。
「私はこの制服でいいから。それにファッションにお金をかけるくらいなら他の物に使ったほうが有意義だし……」
「他の物って、何に使うつもりだ?」
「それは……」
葉瑠は即座に答えられなかった。
趣味もないし集めているものもない。買うとするなら参考書とか日用品くらいなものだ。
こちらが黙っている間、結賀は既に服を見繕い始めていた。
ひらひらした服やスカートを物色しつつ、結賀は呟く。
「可愛い服の一つや二つ持っといて損はないだろ? それに、実家に戻ったら家族にも紹介しなきゃならねーし、ちゃんとした格好させとかないとな」
「紹介って……それならなおさら制服でいいと思うんだけど」
「バカだな葉瑠。制服なんて着てたら真面目でつまらねー奴って思われかねないぞ」
「どういう理屈なの……」
まあ、結賀には結賀なりの考えがあるのだろう。郷に入っては郷に従えとも言うし、ここは結賀の言いなりになっておこう。
結賀はなかなか決められないのか、とうとう葉瑠を店の奥へ連れて行く。
店の奥、鏡が並ぶエリアにはバーチャル試着システム搭載のミラーがあった。
ミラーには制服姿の自分の姿が映っていたが、結賀の操作によってすぐに別の服が表示された。
どんどん着せ替えられていく自分の姿を見つつ、葉瑠はその技術に感心していた。
アパレルショップで広く利用されていることは知っていたが、実際に見るのは初めてだ。もっと処理に時間がかかるのかと思っていたのに、ほぼ遅延もなく様々な種類の服が表示されている。
体の動きも細かく検出しているようで、腕を上げたり足をクロスさせたり体を捻ったりしても、その動きに合わせて服も自然に動いていた。
流石は日本、すごい技術だ。
しばらく夢中になって動き回っていると笑い声が聞こえてきた。
「あはは、なんだよ葉瑠、ノリノリじゃねーか」
「……!!」
葉瑠は今更ながら自分が恥ずかしい動きをしていたことに気付く。
単に動いてシステムの完成度を確かめていたのに、ポーズを取っていると勘違いされたようだ。
店員さんも口元を押さえて小刻みに震えていた。
……恥ずかしい。
葉瑠は動きを止め、棒立ちになる。顔は真っ赤になっていた。
「……これがいいな」
結賀の声を聞き、葉瑠は改めてミラーを見る。
そこには変わり果てた自分の姿が映っていた。
トップスには白のノースリーブシャツ。ボトムズには紺のキュロットスカートを履いている。
キュロットスカートはデニム地のようで、結構硬そうだ。その下は黒のニーソックス、靴も黒のショートブーツとなっていた。
露出が嫌いな葉瑠にとってこのボトムスを受け入れるのは難しくなかった。
問題はトップスだった。
葉瑠は恐る恐る回転し、背中を見る。
正面から見る限りは普通のノースリーブシャツなのだが、背中の部分が大きくVの字にカットされていたのだ。
肩甲骨までならまだ許せるが、見た感じ背中の半分くらいまで切込みがある。面積的に考えると75%くらいは露出している気がする。
今見ているのは飽くまで合成画像なので背中はのっぺりとした肌色だ。この状態でも結構いやらしいのに、実際に着たら恥ずかしくて死んでしまうかもしれない。
「結賀、これは流石に……」
葉瑠は別の服にするように頼むべく結賀に声を掛ける。が、結賀は聞く耳を持たなかった。
「おー、気に入ったか葉瑠。じゃあ早速試着してみるか」
結賀は再び腕を掴み、バーチャル試着システムから試着室へ葉瑠を移動させる。
その後すぐに店員さんが結賀が選んだ服一式を抱えて持ってきた。憎らしいほどに気が利く店員さんだ。
服を受け取った結賀は更衣室内に投げ入れると、続いてこちらの制服に手を伸ばしてきた。
「ちょっ、結賀……」
「こら、暴れるんじゃねーよ」
抵抗も虚しく、葉瑠はあっという間に服を脱がされ、下着姿になってしまった。
「制服は預かっといてやるから、さっさと着ろよ」
「くう……」
まんまとしてやられてしまった。
制服を取り返そうにも下着のまま更衣室の外に出るなんてことできない。
「……」
葉瑠は更衣室内の床に散らばったタグ付きの服を拾い上げ、広げて見る。
ノースリーブシャツは服とは思えないほど軽く、薄かった。これでは水着のほうがまだマシに思える。
どうにかできないだろうか。
しかし、考えたところで葉瑠に選択肢は残されていない。
(着るしか無いですよね……)
葉瑠は抵抗を諦め、服を試着することにした。
(何だかスースーします……)
アパレルショップを出た葉瑠は結賀と共にモール内を移動していた。
結局葉瑠は結賀に試着させられた服を一式買わされ、背中の空いたノースリーブのシャツにキュロットスカート、ニーソックスにショートブーツという出で立ちで歩いていた。
意外と冷房がきいているので微妙に肩が寒い。が、葉瑠はそれよりも周囲の視線が気になっていた。
すれ違う人みんながこちらを見ている気がする。
始めは自意識過剰かもしれないと思っていたが、間違いなく見られている。
しかもただ見られているだけではない。頭の先から爪先までじっくりと観察されている気がする。
これまで嫌悪のこもった視線しか向けられたことがなかった葉瑠にとって、こういう視線は慣れないものだった。
「……」
葉瑠は何も言わずに結賀の背に隠れる。
唐突に密着された結賀は一瞬体をぴくりとさせたが、すぐに察してくれたようで軽く肩を抱いてくれた。
「結賀、やっぱりこの服止めたいんだけど……」
「すまん、正直オレもここまで似合うとは思ってなかった」
謝っている割に結賀の顔は満足気だった。
結賀はこちらを舐め回すように見ながら続ける。
「似合うっつーか、ギャップ効果というか……何か、こう、恥じらう姿も相まって犯罪の匂いがするよな」
「何言ってるの……」
葉瑠は冷たい目を結賀に向ける。
結賀は取り繕うように説明する。
「要するに、そうやってもじもじしてるから余計恥ずかしくなるっつーことだ。もっと堂々としてりゃ周囲の視線も気にならなくなるぞ」
「そう……かな?」
「そういうもんだ。ほら、背筋伸ばして顎引いて、歩幅大きめに歩く歩く」
結賀はそう言って葉瑠の背中をばちんと叩く。
咳き込みながらも葉瑠は指示に従い、堂々と歩き始める。
すると、心なしか周囲の視線が減った気がした。姿に見合う態度を取れば目立たなくなるということだ。
そのまま結賀の言葉を実践していると、通路右側に大きなショーウィンドウが出現した。
葉瑠は何気なく視線を横に向ける。
が、葉瑠の目に入って来たのはショーウィンドウに並ぶ商品ではなく、大きなガラス面に映る自分の姿だった。
(……誰?)
一瞬、葉瑠はガラスの向こう側にいる眼鏡っ娘を自分だと認識できなかった。
試着室で見た時は服に着られている鈍臭い少女だったのに、いまガラスに映っているのはショッピングを楽しむ明るい少女に見える。
葉瑠は自然と足を止め、ガラスに向かい合う。
私もなかなか捨てたものではない。この姿を宏人さんが見たらどう思うだろうか……。
早速妄想を膨らませていると、すぐに結賀が追いついた。
「どした葉瑠、そこは眼鏡店……」
結賀は途中で言葉を止め、手のひらを叩く。
「そうだよな。いつまでも黒縁じゃダサいよな。せっかく服も買ったことだし、メガネも新調するか」
「え? あ、私は別に……」
結賀に言われて眼鏡店だということに気付いた葉瑠は、慌てて首を横に振る。
この眼鏡は気に入っているし、わざわざ新調する気はない。
だが、結賀はまたしても葉瑠の手を強引につかみ、店内に誘導していく。
葉瑠は今度こそ抵抗することにした。
「本当に大丈夫だから。私この眼鏡気に入ってるし、スペアも持ってるし、わざわざ新しいのを買うことなんて……」
「甘いな、葉瑠」
結賀はこちらから一旦手を放し、人差し指を立てて説教し始める。
「そんな黒縁メガネを掛けてるから、自然と服装も地味になっちまうんだ。良いデザインの眼鏡を掛ければ、自然と眼鏡にあったファッションをするようになるだろ」
「……なるほど」
結賀の言葉には妙に説得力があった。
葉瑠は改めてショーウィンドウガラスに映る自分を見る。
確かに、今身につけている服と黒縁メガネはミスマッチしていた。制服だけを着るならこれでもいいだろうが、おしゃれな服を着るとなると全く似合わない。
せっかくここまで着飾ったのだ。
最後までとことんやってやろうではないか。
決心がついた葉瑠は自ら眼鏡店の中に足を踏み入れる。
結賀もその後に続いた。
眼鏡店に入ってから30分後
葉瑠はテーブル上に置かれている鏡と向かい合っていた。
「……どうかな?」
「似合ってる似合あってる。なあ店員さん?」
「本当にお似合いですよ川上様」
結局葉瑠は先程のアパレルショップと同様に、結賀の着せ替え人形と化していた。
様々なメガネを試着させられたせいか、耳の付け根がヒリヒリする。
結賀は流れ作業で私のメガネを取っ替え引っ替えしていたが、今のメガネを掛けてから顎に手を当ててこちらの顔を……いや、眼鏡を観察していた。
「葉瑠は顔が地味だからな。このくらい明るい色を掛けてたほうがいいな」
「そうですね。この色でしたら活発さを演出できると思います。ですが、学生さんならもう少し大人しい色でもよろしいかと思うのですが」
「そうか? むしろオレはもっと明るくてもいいと思うぞ。……そうだ、ついでに髪も染めちまうか?」
「染めないから」
結賀と女性店員の提案を適当にあしらい、葉瑠は顔の角度を変える。
(これ、派手すぎる気がするんだけどなあ……)
今掛けている眼鏡は、オレンジ色のオーバルフレームの眼鏡だ。
単なるプラスチック製かと思ったが、一部にべっ甲を使っているらしく、つるの中央部分に濃い橙のラインが入っていた。
べっ甲と聞くと古めかしいイメージだが、鏡を見る限りは結構近代的なデザインだ。
オレンジのおかげで心なしか表情も明るく見えるし、結構好みかもしれない。
せっかく結賀が半時間掛けて選んでくれたわけだし、この明るい色に見合うように私も頑張ろう。
「……これにする」
葉瑠は眼鏡を外し、つるを折りたたんで結賀に差し出す。
続いて会計するべくカードを懐から取り出そうとすると、その間に結賀は眼鏡を店員さんに手渡してしまった。
「これ、会計頼む」
「かしこまりました」
しかも、その手には眼鏡の他にカードも握られていた。
「ちょっと待って、そのカード……」
結賀が差し出したのは私のカードではなく、結賀本人のカードだった。
葉瑠は慌てて自分のカードを店員さんに渡そうとするも、結賀に遮られてしまった。
「結賀、どういうつもり?」
「いいからいいから」
結賀はカードをこちらの手から取り上げ、ポケットの中に押し戻す。
「……さっきは強引に服を買わせちまったからな。眼鏡はオレからのプレゼントだ」
「プレゼント……」
アパレルショップでの件、結賀もそれなりに悪気を感じていたみたいだ。
私は別に怒ってはいないが、このプレゼントで結賀の気が晴れるのなら素直に受け入れたほうがいいだろう。
「ありがと……」
「気にすんなよ、その服に比べたら安いもんだ」
「うん……ん?」
そういえば眼鏡の値札を見ていなかった気がする。
まあ、べっ甲を使っているとはいえカジュアルな感じだったし、そこまで高くは無いはずだ。
「では橘様、こちらにサインをお願いします」
「へいへい……!?」
店員さんが持ってきた領収証を見て、結賀は表情を強ばらせる。
意外と値が張ったのだろうか。
結賀はペンを手に取ると店員が指さした場所にサインした。
店員さんは領収証の下に敷いてあった転写紙を結賀に渡し、カードに加えて番号札も手渡す。
「レンズの取り付けに1時間ほどかかりますので、6時以降にまたお越しください」
「おう……」
もろもろを受け取った結賀はその全てをポケットにねじ込み、背を向ける。
店員さんは満足気な表情でお辞儀をしていた。
葉瑠はテーブルから離れ、結賀の背後につく。
「ねえ結賀、あの眼鏡いくら……」
「気にすんな、な?」
「うん……」
結賀の笑顔は恐ろしいほどに引き攣っていた。
(あの眼鏡、いくらだったんだろう……)
いやはや、装飾品とは恐ろしいものだ。でも、高いものが似合うのだから私もなかなかいい女なのかもしれない。
再び黒縁メガネを掛けてモール内を歩き出すと、すぐに結賀が前方を指さした。
その先には飲食店が立ち並ぶエリアがあり、大勢の人で賑わっていた。
「そろそろ腹減っただろ? どの店にする?」
「どこでもいいよ」
選択権を委ねられ、結賀は一番手前にある暖簾のかかった店に指先を向ける。
「それじゃあ、あの豚骨……」
「ラーメンは駄目!! 汁が飛び散るから」
「何だよそのくらい……」
「服、汚したくない」
「……」
流石に反論できなかったようで、結賀は別の店を指さす。
「だったらあの中華料理……」
「中華も駄目!! 匂いが服についちゃうから」
「はあ……」
結賀は重いため息を吐き、小さな声で提案する。
「仕方ねーなあ……もうフードコートでいいな?」
「うん」
フードコートなら色々と選べるだろうし、問題ないだろう。
2人は早速フードコートに向かう。
フードコートは通路と面しており、広場のような場所にはテーブルがズラリと並んでいた。
大勢の人で賑わっていたが、その人数に軽く対応できるほどの出店が壁際にところ狭しと並んでいた。
葉瑠と結賀は通路からほど近い場所に座り、一息つく。
「ふう、疲れ……ひゃ!?」
背を椅子に預けようとした葉瑠だったが、金属製の冷たい背もたれが背中に直に触れてしまい、変な声を出してしまった。
ピンと背筋を伸ばす葉瑠を見て結賀は笑う。
「あはは、慣れないかっこするからだぞ」
「慣れない格好をさせたのはどこの誰だろうね……」
「すまん」
下らない言い合いをしていると、フードコート中央に設置されているTVから声が聞こえてきた。
「――続いては代替戦争に関するニュースです」
「!!」
今の今まで気にも留めなかったが、代替戦争というワードが出てきたせいで2人は注目せざるを得なかった。
テレビ画面の中、男性のキャスターが真剣な表情で言葉を続ける。
「――紛争の代替行為として採用されたVF同士による代替戦争。当初から滞り無く運営されてきたこの代替戦争ですが、ここ最近問題が多発しています。その最たる問題が、乱入者と呼ばれる存在による代替戦争への妨害行為です」
ここで映像が切り替わり、資料映像が流れ始めた。
葉瑠も結賀もこの映像に見覚えがあった。
「あ、これダイヤモンドヘッドの時のだ」
「おー、綺麗に撮れてるな」
それはセブンから提供された物のようで、上空からの映像だった。
映像では遠距離から狙撃された瞬間を記録しており、ファスナ・フォースが破壊されていくさまが克明に記録されていた。
「あれ、機体にモザイク掛かってんぞ」
「セブンによる情報規制かな」
「すげーな。こんなことまでできるんだな」
「そりゃあ、未だに全世界の通信網を掌握してるくらいだし……」
ファスナ・フォースが8機破壊されたところで映像は終わり、スタジオに戻った。
「――このように乱入者はファスナ・フォースを上回る高い戦力を有しており、このまま妨害が続けば安定して代替戦争を運営できないことが分かります」
これではニュースというよりも解説だ。
コメンテーターと成り果てた男性キャスターは、困惑しつつも原稿を読み続ける。
「ここからが本題です。……つい先日、この問題に関してセブンより公式に発表がありました」
「発表?」
「URの正体でもわかったのかな」
結賀は頬杖をつきつつ、葉瑠は腿と椅子の間に手を突っ込みつつ、男性キャスターの言葉を待つ。
男性キャスターは目で原稿を追いながら発表内容を告げた。
「最近多発している乱入者騒ぎ、実はあの大罪人『更木正志』が関係しているかもしれないのです……って、え!?」
男性キャスターは素っ頓狂な声を上げて椅子から立ち上がる。
「!?」
フードコートにいた客も一斉に言葉を失い、誰もがテレビ画面に釘付けになっていた。
無論、葉瑠と結賀も驚きのあまり固まっていた。
男性キャスターは慌てて椅子に座り直し、咳払いする。
「た、大変失礼いたしました。えー……この情報はセブンによって提供されており、信ぴょう性は高いと考えられます」
全員が驚く中、葉瑠はすぐに冷静さを取り戻す。
(あの話、本当だったんですか……)
この話は以前アビゲイルから聞いていた。
あの時アビゲイルさんは更木正志を騙る偽物の可能性が高いと言っていたが、今の言い分だと正真正銘の本物が存在しているかのような感じだ。
「アイツ、生きてたのか……」
結賀の声は震えていた。
それは恐怖による震えではなく、怒りに近い物だった。
不穏な空気を感じ取った葉瑠は咄嗟にニュースを否定する。
「私はそうは思えないなあ。多分ニセモノだと思う」
「……かもな」
「かもっていうか……絶対ニセモノだよ」
「……」
結賀はじっとニュース画面をにらみ、おまけに歯を噛み締めていた。
どこからどうみても更木に強い恨みがあるのは明白だった。
一体過去に何があったのだろうか……
「――セブンによりますと、今後更木正志を目撃したり、更木正志に関する情報を得た場合、すみやかに報告して欲しい。有益な情報ならば相応の謝礼も用意する……とのことです。では、次のニュースに移ります……」
更木に関するニュースが終わるとフードコートから緊張が解け、全員が会話や食事を再開する。
しかし、結賀は相変わらず不穏な空気を身に纏っていた。
葉瑠は席を立ち、壁に並ぶ店に視線を向ける。
「結賀、何食べる? 何か買ってきてあげようか?」
「何でもいい」
気を使った葉瑠だったが、結賀の態度は変わらない。全くの上の空だった。
(結賀……)
今ここで自分の本名を明かしたらどうなるのだろうか。
今は無理でもいつかは本当の事を話さなければならない。そう考えると気が滅入る葉瑠だった。




