03 -紫水晶-
03 -紫水晶-
――望む望まないに係わらず、人には適性というものが必ずある。
必ずあるはずなのに、自分自身でその適性を見つけるのは結構難しい。
大抵の場合、他人から教えられたり偶然発見することが多い。また、多種多様な経験を積めば積むほど、適性を発見できる確率が増す。
とにかく、自分の適性をよく理解しそれを活かせば、人生は幾分か心地よいものになるということだ。
全ての人間が自分の適性にあった人生を歩めば社会はもっとスムーズに回るだろう。
だが、色々な自由や権利が認められているこの世界ではそんな社会など実現し得ない。
そもそも自分の適性を発見できている人間自体が少ないのだから、実現云々の話以前の問題だ。夢物語とはまさにこのことだ。
……私の夢はVFエンジニアになることだ。
いつかは自分自身の手で兵装や武器を設計し、偉大な開発者として歴史に名を残したい。
だが不幸なことに、私にはエンジニアの適性はなかった。
その代わり、どういう因果か、私はVFランナーとしての才能に恵まれていた。
そして皮肉にも、その才能は他のVFランナーを凌駕していた。
私は周囲に勧められるままランキング戦に出場し続け、気づくと4位になっていた。
この成績ならばVFランナーとして成功するのは間違いない。どこぞの国と専属契約を結べば、エンジニアとは比べ物にならないくらいの金と栄誉を手に入れることができるだろう。
しかし、私はVFランナーになりたいわけではない。
VFエンジニアになりたいのだ。
ランナーコースの訓練生にとっては贅沢な悩みに思えるだろうが、これでも結構本気で悩んでいる。
適性を受け入れるべきか、夢を追い続けるべきか……。
「――先輩、こんなところで寝ちゃ駄目ですよ」
不意に肩を叩かれ、私は目を開ける。
正面にはピンク色の髪が可愛らしい2年生、モモエが立っていた。
モモエの顔を見上げつつ、私は短く応じる。
「寝てない。悩んでただけ」
「通路のど真ん中で寝転がって何を悩んでたんですか、エネオラ先輩……」
「人生について悩んでたの……っと」
エネオラと呼ばれた少女は上半身だけ起き上がり、一旦床の上に座る。
ピンクの髪を見事に結い上げている派手なモモエとは違い、エネオラは大人しい身なりだった。
髪はアメジストを連想させる深紫色。どちらかと言うと暗い色だが、短めにカットされているので重苦しさは感じられない。
瞳の色は灰色、唇も薄いためあまりパッとしない。
モモエを満開の桜に例えるなら、彼女は道端に咲くスミレと言った所だろうか。
個性豊かなスラセラート学園の中で比較的普通の外見を持つ彼女は逆に珍しいかもしれない。
……ともかく、彼女は目をこすりながらモモエに言い返した。
「そっちこそ休日のラボで何をしてたの」
「……待ち合わせです」
「もっとましな場所を選んだらどうなの……」
学園地下のラボはお世辞にも待ち合わせ場所に適しているとは言い難い。
空気は淀んでいるし、油臭いし、色々機材があって危ない。
「エネオラ先輩は……また自習ですか?」
「その言い方、自習しても無駄だって言われてる感じがする」
「いえいえそんなことないです」
「技術も知識も素人並み、単にVFの操縦が上手いからお情けで3年生にしてもらえたって思ってるんでしょ」
「やっぱり……そうなんですか?」
「断じて違うから。神に誓って違うから」
とは言ったものの、全否定できないのが悔しい。
これ以上話題を掘り下げられる前に、エネオラは話題を変えることにした。
「モモエはいいよね。最近成績はいいし、ロジオン教官に気に入られているし、おまけにランナーとも仲がいいって聞いてる。向かうところ敵なしだよね」
「いやあ、そんなことないですよー」
口では否定しているが、顔がニヤけている。
ある程度の知識と技術が必要な擬似AGFのメンテナンスにも参加しているし、乗りに乗っている感じがひしひしと伝わってくる。
「それを言うなら先輩のほうが敵なしですよ。トップスリーになる日も近いんじゃないですか?」
「私、ランナーになるつもりなんて全然ないんだけど」
「またそんな冗談……今の言葉ランナーコースの訓練生が聞いたら卒倒しちゃいますよ」
私はスラセラート学園の中で4番目に強いことになっている。
別に3位以上になってもいいのだが、上になればなるほど余計な仕事が増えるので控えている。
実際、トップスリーはシンギ教官に代わって1年生の指導を任されている。もし私が教官代理をしていたら、初日から学級崩壊を起こしていたに違いない。
とにかくランキング上位者は面倒なことが多い。
流石に代替戦争には参加していないが、結構な頻度で対戦を申し込まれるし、兵装のテストや武器のテストにも頻繁に駆り出されている。
ただでさえ勉強が苦手なのに、その勉強時間が削られるのは耐えられない。
これ以上順位を上げるつもりはない。むしろ下げたいくらいだ。
(……あ、そうだ)
今更ながらエネオラは全てを解決する方法を思いつく。
わざと負けて順位を下げればいい。10回くらい負ければ今よりずっと時間に余裕ができるはずだ。
何故今までこんな単純なことに気づかなかったのだろう。自分の頭の悪さにはほとほと呆れるばかりだ。
(わざと負けるとして……相手はどうしよう)
4位の座を譲り渡すのだから、それなりに強いランナーと対戦するのが望ましい。
事情を話せるようなランナーがいればいいのだが、不幸にも私にはランナーの知り合いなどいない。
だが、ランナーと仲がいい後輩ならいる。
モモエに頼んで手頃なランナーのリストでも作ってもらおうか。
「どうしたんです先輩、急に難しい顔して」
エネオラは床から立ち上がり、近くに置いてあった手頃な高さの機材に腰掛ける。
そして、モモエに話を切り出した。
「モモエ、あなたと仲がいいランナーについてなんだけど……」
「――ごめんモモエさん!!」
会話の最中、唐突にハンガー内に少女の声が響いた。
エネオラは言葉を中断し、声がした方向、ハンガーの入り口に視線を向ける。
入り口には声の主が……膝に手をついて荒い呼吸をしている華奢な眼鏡っ子がいた。
その眼鏡っ子は息も絶え絶えにこちらまで駆け寄り、開口一番モモエに謝罪した。
「ごめんねモモエさん、ちょっと色々とトラブルがあって……」
「いいですよ。無理を言っていたのは私の方ですし」
どうやら待ち合わせの相手が来たようだ。
……同級生だろうか
いや、2年生にこんな東洋人はいなかったはずだ。
……となると1年生だろうか
いや、2人の会話から察するに同等の関係のようだし、そもそも1年生はまだ基礎知識を習っている段階なので、このラボに入る許可は無かったはずだ。
疑問が渦巻く中、エネオラはモモエに問いかける。
「モモエ、この子は?」
「彼女はランナーコースの1年生で、名前は……」
「川上葉瑠です。よろしくお願いします」
眼鏡の少女はモモエの言葉を引き継ぐように自己紹介し、丁寧にお辞儀してくれた。
お辞儀の際、セミロングの黒髪が肩口からこぼれて完全に顔を覆い隠した。こちらに向けられている頭頂部には綺麗なつむじが見えていた。
なかなか礼儀正しい娘だ。不器用そうだが、真面目でいい子に違いない。
最近モモエと仲良くしているランナーというのは彼女で間違いないみたいだ。
エネオラも遅れながら自己紹介を返す。
「私はエンジニアコース3年生のエネオラ・L・スミス。後輩がお世話になってます」
エネオラも一応葉瑠の真似をして会釈した。
「あ、あなたがエネオラさん……」
葉瑠は神妙な面持ちでこちらを見つめていた。
私がランキング4位だということを知っていて、その4位がこんな普通の人間だということを意外に思っているに違いない。
「それで、今日はどこに出かける予定?」
エネオラはモモエに問いかける。
モモエは首を左右に振った。
「いえ、出かけませんよ」
「じゃあ何をするの」
「それは……えーとですね……」
モモエは答えに詰まってしまった。
答えにくい質問をしたつもりはない。何か怪しいことでもするつもりだろうか。
数秒ほどの沈黙の後、モモエの代わりに葉瑠が答えた。
「ここでモモエさんの課題の手伝いをするんです」
「ちょっと葉瑠さんそれは内緒……」
モモエが慌てて葉瑠の口を手で押さえたが、タイミングが遅すぎた。
この事実を知ったエネオラは落胆するしかなかった。
「他人に課題を手伝わせるなんて……」
他の学生に課題を手伝わせるなんて言語道断だ。不正とまでは言わないが、自分のためにならない。
百歩譲って手伝いを許したとしても、どうせ頼るなら上級生の私を頼ってほしいものだ。
「手伝うって、ランナーコースの下級生じゃ役に立たないでしょ。まさか雑用をさせるために呼びだしたんじゃ……」
「違いますよ」
と、即座に応えたのはまたしても葉瑠だった。
葉瑠は一歩前に出て機材に腰掛けているエネオラと向かい合う。
「私は確かにランナーコースの訓練生ですけど元々はエンジニア志望だったのでそれなりに詳しいんです」
「詳しい?」
「そ、そうなんですよ先輩、葉瑠さん、自分で射撃管制システムを改良できるほどVFに詳しいんです」
(射撃管制システムを改良……)
エネオラはこのワードに聞き覚えがあった。そして数カ月前までラボ内に出回っていた話題を思い出す。
それは、奇想天外な方法で対戦相手を場外に吹き飛ばした新入生の話だった。
エネオラは指先でこめかみを叩きながら葉瑠に問いかける。
「じゃあまさか、あなたが例の……アビゲイルを場外押し出しで負かしたっていう新入生……?」
「ご存知なんですか?」
「エンジニアコースではちょっとした有名人だったよ。なにせ、VFをあそこまで滅茶苦茶に壊したランナー、後にも先にもあなた以外にいないから」
「すみません……」
当時のことを思い出しているのか、葉瑠はしゅんとなっていた。
別に責めるつもりは無かったのに、こういう表情をされると罪悪感が半端ない。
エネオラは慌ててフォローする。
「謝る必要なんてないよ。あなたは一生懸命対戦したんだから」
「ありがとうございます……」
途端に葉瑠の表情から翳りが消え、笑顔になった。
純朴で可愛い笑顔だ。モモエもこういうところを気に入っているのだろう。
アクティブアーマーをあんな風に使うなんて馬鹿か天才のどちらかかと思っていたが、本人を直接見た感じでは後者のように思える。
(この子なら、対戦相手にピッタリかも……)
形はどうあれあのアビゲイルに勝ったのだし、実力的には問題ないはずだ。彼女に順位を下げる手伝いをしてもらおう。
エネオラは早々に葉瑠に話を切り出した。
「ねえ川上さん。私とランキング戦で戦わない?」
「え……?」
こちらの提案を聞き、葉瑠は固まっていた。
驚いているのを承知でエネオラは話を進める。
「ランキング戦、来週あたりどう?」
「どうって言われましても、そもそも私にはその資格がないといいますか……」
葉瑠は気が乗らないようで、手のひらを前に突き出して首を左右に振っていた。
「遠慮する必要なんてないない。それにほら、もしかしたら勝てるかもしれないよ。4位になれるかもしれないよ?」
「そんなの、絶対に無理です……」
葉瑠はとうとう俯いてしまった。
何か戦えない事情でもあるのだろうか……。
もう少し押してみようかと考えていると、男の声が背後から聞こえてきた。
「……休みだってのに、何やってんだお前らは」
エネオラはアメジストの髪を翻し振り返る。
そこには短髪白髪の中年男……ロジオン教官の姿があった。
「教官こそ、休日の昼間から何飲んでるんですか……」
「酒だ」
「分かってますよそのくらい……」
ロジオンの手には例のごとく酒瓶が握られていた。今日は休みなのでスキットルに移し替える必要もないのだろう。
ただ、服装はきちんとしていて、作業着はパリっとしていた。
アルコール度数が高そうな透明な液体を呷りつつロジオンは近寄ってくる。
「お、モモエに葉瑠までいるじゃないか。3人して何か良からぬことを企んでるんじゃないだろうな」
「何も企んでませんよ」
「どうだか……」
ロジオンはある程度接近すると、ふらふらと床に座り込んだ。そして、無言で床をばしばしと叩く。
どうやら座れということらしい。
エネオラは機材から腰を上げて床に座り直し、モモエと葉瑠も後に続いた。
ロジオンは片膝を立てて座り、エネオラとモモエは足を横に揃えて座ったが、葉瑠は腿の裏をスカートごと抱え込んで体育座りしていた。
「で、エネオラ、研修の準備はできたのか?」
「大丈夫です。必要な物は全部キルヒアイゼンが準備してくれるらしいので、持っていくのは日用品くらいです」
「キルヒアイゼン……?」
疑問の声が葉瑠から上がり、エネオラは即座に答える。
「今回の長期休暇中、キルヒアイゼンが学生向けに研修会を開くの。しかもスラセラート限定で」
「……?」
説明が足りないのか、葉瑠は首をひねっていた。
ロジオンが補足する。
「要するにインターンシップみたいなもんだ。キルヒアイゼンは優秀なエンジニアを簡単に探せるし、こっち側もうまく実力をアピールできりゃ就職に有利になるってわけだ」
「なるほど……大変なんですね……」
彼女の言う通り研修会は大変なのだが、これで上手くやればキルヒアイゼンの技術部門に就職できるかもしれない。
そこで数年間頑張って勉強すれば、兵装や武装の設計にも携われるようになるかもしれない。
今回の研修会は夢の第一歩になるはずだ。
「ねえ葉瑠さん、そろそろ……」
会話中、モモエが小声で葉瑠に話しかけた。葉瑠はモモエを見て小さく頷く。
「……そうだね」
そして、二人して立ち上がった。
「すみません、私達用事がありまして……」
モモエは焦っているようだった。早めに課題を手伝ってもらいたいのだろう。
ロジオンは手を軽く上げて応じた。
「別に俺たちに構うことはない。遠慮せずに用事なり何なり済ませてこい」
「はい。それじゃ、失礼します」
ロジオンから許可をもらった2人はすぐにその場から離れ、ラボの端にあるフレームメンテナンス用のケージへと向かっていった。
2人の後ろ姿を眺めていると、ロジオンが意外そうに呟いた。
「お前、葉瑠と知り合いだったのか」
「いや、今日初めて会いました。話した感じ、素直でいい子ですね」
純真無垢とはまさに彼女のことだ。
言い換えれば、幼い、決断力に乏しい、世間知らずとも言えるが、それも全部含めて彼女の魅力であるように思える。
ロジオン教官も同じことを思っているだろうと考えていたエネオラだったが、教官の意見は正反対だった。
「お前、あれが素直で良い子に見えるのか……」
「どういう意味ですか」
「……」
こちらが質問してもロジオン教官は何も答えず、ただじっと葉瑠の背中を見つめていた。
(――4位になれるくらい強いのに、ランナー以外の道を選ぶ人もいるんですね……)
エネオラと別れた後、葉瑠はモモエの手伝いをしながらぼんやりと考え事をしていた。
ランキング戦で4位になれるほどの実力者ともなればランナーとして将来を約束されていると言っても過言ではない。
それなのにエンジニアを目指しているのだから、強い思い入れがあるのだろう。
お金などに左右されない、明確な目標があるなんて尊敬する。
(私は……どうしてランナーになりたいんでしたっけ……)
葉瑠は自分の目標を改めて考えなおす。
まず頭に思い浮かんだのは宏人さんの顔だった。
そもそもこの学園に入学しようと決めたのは、宏人さんと一緒にいたいという目的があったからだ。
その目的は早い段階で達成できた。
毎日とは言えないが、昼食を一緒に食べたり、休憩時間にお喋りしたりと、日本にいた頃には考えられなかったような体験ができている。
これ以上頑張って強くなる必要なんて全く無いのだ。普通に訓練生として過ごせば、それだけで宏人さんと関わりあえる。
……が、試合に勝って宏人さんに褒められたいという気持ちもある。
(結局、宏人さんありきなんですよね……)
私自身も思うままにVFを操作し、強くなりたいという願望がないわけではない。試合に勝てば気持ちいいし、勝ちたいという気持ちもある。
アビゲイルさんと試合をした時の高揚感は今でも鮮明に思い出せるし、もう一度あの気持を味わってみたい。
……だが、今はそれよりも恐怖感が勝っている。
試合中に何か事故が起きて、死ぬかもしれないという漠然とした不安感が拭えない。
そのため、なかなかランキング戦に参加できないという状況である。
「……ねえ、葉瑠さん?」
一人で考えていると、声を掛けられていることに気がついた。
何度も名前を呼ばれていたらしい。モモエさんは呆れ顔でこちらを見ていた。
「ごめん、ぼーっとしてた。何?」
モモエさんは正面を向き、コンソール画面を指さす。
「解体の手順なんだけれど、次はこれでいいんですよね?」
葉瑠は眼鏡の位置を直し、画面を覗きこむ。
どこにも異常は見当たらないし、大丈夫だろう。
「それで大丈夫だと思う。オーバーホールでもない限りフレームメンテナンスは指南書の手順通りにやれば問題ないから」
「それはわかってるんですけど、物が物ですから不安で仕方ないんですよね……」
「そこらへんの高級車の倍以上の値段だもんね……」
大量生産されるようになって値段はかなり下がったものの、それでも高いことに変わりはない。
学生に弁償の義務は無いが、高価なものを壊すのは避けたいと思うのは当然だ。
モモエは自らの肩を浅く抱き、ため息をつく。
「もしミスをしたらかと思うと、鳥肌がとまらないんです……」
「そんなこと言ってたら何もできないよ?」
葉瑠の軽いアドバイスに対し、モモエはため息混じりに応える。
「故意に兵装を爆散させるような葉瑠さんには一生わからない感覚でしょうね……」
「う……」
痛いところを突かれてしまった。
モモエさんの指摘は正しい。やはり私はエンジニアよりもランナーに適性があるみたいだ。
……その後日が暮れるまで、葉瑠はモモエの課題に付き合っていた。




