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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 2 鋼の拳
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 22 -道程-

 22 -道程-


 スラセラート学園本校舎からほど近い場所に女子寮がある。

 コース関係なく学園の女子学生はそのほとんどがこの寮に住み、日々生活を送っている。

 日中は賑やかな女子寮だが、消灯時間を過ぎると屋内の明かりは保安灯に切り替わり、建物全体が静寂に包まれる。

 静寂が支配する室内にて、葉瑠はルームメイトに問いかけた。

「――ねえ結賀、起きてる?」

「……」

 部屋の向かい側のベッドから返事はなかった。

 葉瑠は天井に向けていた視線を横に向け、結賀の寝姿を見る。

 ……ベッドの上の結賀はあられもない姿で寝ていた。

 シーツは乱れに乱れ、ブラウンのショートカットの髪は寝癖で爆発しており、寝間着替わりのジャージは大きく捲れて腹部が露わになっていて、長く靭やかな手足は大きく広げられてベッドからはみ出していた。

 寝相が悪いにも程がある。

 誰に見られているわけでもないが、これを黙って見ていられるほど葉瑠は大雑把な人間ではなかった。

 葉瑠はベッドから降りると結賀のベッド脇まで移動し、身だしなみを整え始める。

 まず手足をベッド内に収め、続いてジャージの裾をしっかり下ろし、最後にシーツを体にかけた。

 その間、結賀はぴくりとも動かなかった。

 見事な爆睡っぷりに、葉瑠は自然とため息を付いてしまった。

(全く、風邪を引いても知りませんよ……)

 この間まで眠れないから夜遊びしようなんて言っていたのに、最近は部屋に戻るとすぐにベッドに直行だ。

 それだけ、訓練に力を入れているのだろう。

 かくいう私も操作訓練を頑張っているが、前ほど眠くならない。体力作りをしているおかげで疲れにくい体になっているのかもしれない。

(フィジカルトレーニング、すっかり習慣になっちゃいましたね……)

 ……リヴィオくんが非公式戦でスーニャに勝利を収めて10日。

 晴れて操作訓練が解禁された葉瑠だったが、フィジカルトレーニングを止めることはできなかった。

 時間こそ短くなったが、今でも操作訓練前に30分は体を動かしている。

 操作訓練も出だしは順調だ。

 操作感を忘れているとかと思ったが、全くそんなことはなかった。教練プログラムも順調にこなせている。

 因みにリヴィオくんは前とは別人のように訓練に励んでいる。気性は大人しくなり、結賀とも全く喧嘩していない。

 最近は大人びて見える。

 結賀は相変わらずだが、アルフレッド教官との約束だけは守っている。

 ランキング戦には月に1回しか挑戦できないのでまだ参加していないし、目立った騒ぎも起こしていない。

 ……実は言うと私もランキング戦には参加していない。

 別に禁止されているわけではない。まだアウターユニットの準備ができていないことも原因の一つだが、一番のネックは試合に対する恐怖だ。

 負けてもデメリットがないことは分かっているが、やはり何だか恐い。

 よくアビゲイルさんに勝負を挑めたなと思えるほどだ。

 暗い室内で色々考えていると、結賀は早速寝返りをうち、せっかく掛けてあげたシーツを盛大に吹き飛ばした。

 また掛けても無駄だと判断し、葉瑠は自分のベッドに戻る。

 ベッド縁に腰掛け、捲れたままのシーツに脚を入れていく。

 その途中で葉瑠は動きを止めた。

(……ちょっと、散歩しましょうか)

 先程より目が冴えてきた。今寝たところで睡眠できるとは思えない。

 葉瑠はベッドの頭側にある小物置きから眼鏡を取り、静かに部屋を出た。



 夜の連絡路は、昼間と同じ道とは思えないほど雰囲気が変わっていた。

 日中は明るい色のタイルは、今は月明かりを浴びて冷たい色に見える。

 道路灯は無い。地面、連絡路の両脇に光る細長い光が道路幅を知らせていた。

 気温もそんなに暑くない。

 上下ジャージでも不快ではないくらいだ。

(あ、ジャージ……)

 葉瑠は今になってようやく自分がジャージ姿だということを思い出す。

 入学した頃はきちんと寝間着を着用していたが、次第に着替えるのが面倒になり、結賀と同じようにジャージで寝ている。

 ジャージだと女子寮内を気兼ねなく移動できるので、結構気に入っている。

 だが、外に出るとなると話は別だ。誰かに見られると恥ずかしい。

 こんな夜中に人と会うことも無いだろう、と楽観しつつ葉瑠はのんびり連絡路を進んでいく。

 学園の外壁を右に見つつ正門付近まで来ると、前方に大きくうごめく物を見つけた。

 一瞬身構えた葉瑠だったが、すぐにその正体が分かり、胸をなでおろした。

(輸送トラック……こんな時間に運んでいたんですね……)

 どうやら西連絡路を使い、VF用のパーツや機材を運んでいるみたいだ。

 西連絡路の先には演習場があり、演習場には地下ラボへの搬入口がある。

 輸送トラックは3台で列を成し、小走り程度のスピードで連絡路を進んでいく。

 興味のあった葉瑠はそのまま付いて行きそうになったが、5歩ほど進んだところで思い直した。

「……帰ろ」

 これだけ歩けば十分だ。いい物も見れたし、誰かにジャージ姿を見られないうちに早く寮に帰ろう。

 ……そんな葉瑠の考えは奇しくも実現しなかった。

「お、葉瑠じゃねーか」

 不意に声が聞こえたかと思うと、前方からトレーニングウェアを着込んだ男子が現れた。

 周囲が暗い中、銀の髪はとても目立っていた。

「リヴィオくん……」

 どうやら南連絡路から曲がって来たようだ。

 トレーニングウェアは少し乱れていて、息もそこそこ上がっている。ランニングをしていたのだろう。

 リヴィオはこちらの手前で止まり、問いかけてくる。

「葉瑠もランニングか?」

「え、あ……そうそう。今寮に帰るところ」

 葉瑠は咄嗟に嘘をついてしまった。

 リヴィオは「そうか」と言うと東連絡路を寮へ向かって歩き始める。

「……途中まで一緒に歩くか」

「うん」

 葉瑠は踵を返し、リヴィオと共に寮へ戻ることにした。

 リヴィオの呼吸が落ち着いてくると、葉瑠は早速話しかける。

「そういえばリヴィオくん、32位おめでとう」

「おう」

 葉瑠に祝福され、リヴィオは恥ずかしげに頬を掻く。

「全試合勝つなんてすごいよ。内容も見応えあったし、波に乗ってる感じだね」

「この前の試合はかなり苦戦したけどな……」

 ……リヴィオくんはこの10日で3試合ランキング戦を行い、その全てで勝利を収めた……が、3試合とも辛勝だった。

 それでも勝っているのだからすごいことに変わりはない。

 順調に行けばすぐにでも10位以内に入れるだろう。

 リヴィオはお返しと言わんばかりに葉瑠を褒める。

「葉瑠もVF操作訓練順調に進めてるみたいだな。昨日ちょっとだけ見てたが、普通に上手くないか?」

「上手くないよ。操作方法は予め知ってたし、あのくらいは動かせて当然だよ……」

 謙遜する葉瑠に対し、リヴィオは飽くまで褒めちぎる。

「いいやマジで上手い。この短期間でこんなに成長するなんて……やっぱ、才能って遺伝するんだな……」

(遺伝……)

 その言葉を聞いて葉瑠は親の顔を思い浮かべる。世界を恐怖に陥れた大罪人の顔を……

 こちらの微妙な空気を読んだのか、リヴィオは即座に謝った。

「すまん。親に関する話はタブーだったな。……でも、強かったのは本当なんだろ?」

「本当らしいけれど詳しくは全然知らないなあ……リヴィオくんは何か知ってる?」

「シンギさん、事あるごとに“更木さんとリベンジマッチしたかった”とか言ってたし、当時のシンギさんよりも強かったんじゃないか」

「そうだったんだ……」

 大罪人の父親でも、他人から褒められると嬉しいものだ。

 葉瑠は連絡路のタイルに目を落としながら、これまで言おうとして言えなかった疑問を投げかけた。

「……ねえリヴィオくん、私が更木って分かってて、どうして普通に接してくれたの?」

「唐突だな……」

 今更過ぎる質問にリヴィオは面食らっていたが、きちんと答えてくれた。

「親は親、お前はお前だろ。そりゃあ、お前が結賀みたいなやつだったら嫌ってたかもしれねーが、お前はおとなしいっつーか、淑やかっていうか……」

 言葉がまとまらないらしい。

 リヴィオは「んー」と唸った挙句乱暴にまとめる。

「……とにかくだ。俺はお前のことは気に入ってるんだから、それでいいだろ」

「気に入ってる……」

 二人の目が偶然合ってしまう。

 リヴィオはすぐにそっぽを向き、葉瑠も眼鏡のつるを弄り俯いた。

「き、嫌いじゃないって意味だ。勘違いすんなよ馬鹿」

「うん、ありがと……」

 その後無言で歩いていると、ようやく分岐点に到達した。

 右側の道は女子寮に、左側は男子寮につながっている。

 リヴィオは左側へ逸れ、軽く手を振る。

「じゃ、また明日な」

 葉瑠も手を振り返す。

「うん、また明日」

 こちらが応じると、リヴィオは早々に背を向けて走り始めた。

「……」

 葉瑠は少し歩くと立ち止まり、暫くの間リヴィオの背中を眺めていた。


 ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。

 この話で第2章『鋼の拳』は終了です。続いての第3章では葉瑠が日本へ里帰りし、そこでまた事件に巻き込まれていきます。

 

 今後ともよろしくお願いいたします。

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