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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 2 鋼の拳
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 21 -鋼の拳-


 21 -鋼の拳-


 今までボクは自分が最強だと信じて疑わなかった。

 いつでもどこでも天才少女と呼ばれ、このスラセラート学園に来た時も難なくランキング戦に勝利してきた。

 だが、天才なのは私だけではなかった。

 まず最初にボクの前に立ちふさがったのはカヤ・クレメントだった。

 カヤもまた天才少女と呼ばれ、ボクと競い合うようにしてランキング戦に勝利していた。

 そんな彼女と初めて対戦したのは入学から9ヶ月経った頃、14位だったボクが10位のカヤに試合を申し込んだ時だった。

 カヤは強かった。

 ロングレンジからの正確無比な銃撃にボクは為す術もなくやられてしまった。

 あの時は悔しかった。

 遙か年上のルーメやアルフレッドに負けたなら納得できたかもしれないが、同い年のお調子者の少女に負けたことが堪らなく悔しかった。

 その後何度も再戦した。でも、全く勝てなかった。

 カヤに勝てないのは相性が悪いせいだと思い込むことにして、ボクは他の上位ランナーに試合を申し込むことにした。

 その考えは正しかった。

 ボクは見事に7位のゴメスに勝利した。

 だが、その後カヤは6位のエナガに勝利し、ボクを悠々と追い抜いた。

 ボクも負けじと5位以上のランナーと対戦した。しかし、何度対戦しても勝てなかった。

 何度やっても勝てないのは相性が悪いからだ。相性が良ければ1位になれたはずだ。ボクはなんて運が悪いランナーなのだろうか。

 8位のままで終わるのかと思っていたその時、アビゲイルという新入生がカヤに勝ち6位の座を奪い取った。

 これはチャンスだとボクは思った。

 アビゲイルとなら相性がいいかもしれない。相性が良ければボクは勝てるし、勝てたら6位となってカヤよりも強いということが証明できる。

 ボクはアビゲイルに勝たなければならない。

 だが、そのためにはまずあるランナーと戦わなければならない。

 ……そのランナーの名はリヴィオ・ミレグラスト。

 現在彼はVFに乗り、ボクの正面で待機していた。

「準備できたか?」

 コックピット内の通信機から聞こえてきたリヴィオの声に、スーニャは応じる。

「そっちこそ準備できてるのか? 今日は武器どころか盾もないじゃないか」

「戦法を変えた。前回と同じだと思うなよ」

 前見た時とは違い、リヴィオ機は左右対称の構成になっていた。だが、素手で戦うスタイルは変えるつもりは無いみたいだ。

 と、スーニャはリヴィオ機の拳を見て違和感を覚える。

 その違和感の正体が何なのか、スーニャはすぐに分かった。

「手、フレームが剥き出しになってないか?」

 明らかに擬似AGFのフレームが剥き出しになっている。普通はハンドガードパーツや滑り止め機能付きグローブを付けるのだが、あれでは少しでもダメージを受けたら破損するし、滑って武器をきちんと持てない。

 後者は問題無いとしても、素手による直接打撃がメインのリヴィオにとって、前者の問題は大問題なはずだ。

 リヴィオは重々承知のようで、軽く応じる。

「剥き出しだけど気にすんな。ほら、早く始めるぞ」

 リヴィオは2,3度拳を握るとファイティングポーズを取る。

 スーニャもボディーの側面を相手に向けると右脚を持ち上げ、脚部に取り付けている肉厚のブレードを相手に向けた。

「いつ掛かって来てもいいぞ。公式戦じゃないから、開始の合図も必要ないんだろ?」

「ああ、公式戦じゃねーけど、本気で戦ってくれよ」

「馬鹿にするなよ。ボクはいつだって本気だ」

「それを聞いて安心した」

 その言葉の後、リヴィオ機は脚部に力を込め、半秒と経たぬ内に飛びかかってきた。

「行くぞ!!」

 リヴィオの尋常じゃない気迫に押されそうになるも、スーニャも声を張り上げて対抗する。

「すぐに終わらせてやる!!」

 この叫び合いを皮切りに、運命の勝負が幕を開けた。



 試合開始後、リヴィオはスーニャ機に接近しながら色々と考えていた。

(左腕、久々に使うな……)

 これまでは左腕を防御に専念させていたが、今回は両手とも攻撃に使える。おまけに拳が強化されたので盾で防ぐよりも効率的に敵の攻撃を潰すことができる。

 拳を改良してくれた葉瑠には感謝の言葉しか無い。

 正確には拳周りの制御データを弄っただけなので更新と表現したほうがいいかもしれないが、まあ、細かいことは気にしなくていいだろう。

 今回は相手の弱点だとか作戦だとか細かいことは考えず、自分の拳を徹底的に相手に叩きこむつもりだ。

 リヴィオはその相手を改めて観察する。

(そういや、スーニャの奴もかなり拘ってるよな……)

 脚にブレードを付けるなんて、発想が狂っている。その狂った発想でランキング9位なのだから余計にすごく感じる。

 そんなことを考えている間にも2機の距離はどんどん近づいていく。

 リヴィオは呑気な考えを頭から追いやり、拳を叩きこむだけ事に集中することにした。

(まずはあのブレードを避けて……いや、違うだろ)

 リヴィオは途中まで考えて、自らその考えを否定する。

(受け身の考え方じゃ絶対勝てない。何が何でも拳で押し通す……!!)

 これまでは中途半端な距離を取っていたから手数で負けてた。ガチガチのインファイトならこっちが有利だ。

 リヴィオは速度を落とすことなくスーニャ機に突進していく。

 スーニャもこちらの決意を読み取ったのか、攻撃圏内に入るやいなや鋭い横蹴りを放ってきた。

 分厚いブレードはまるで質量を失ったかのように、音もなく素早くこちらの頭部めがけて襲い掛かってくる。

 ミドルレンジ、右側からの攻撃

 前までなら盾で防いでいたその攻撃に対し、リヴィオは攻撃で応じた。

(信じてるぞ葉瑠!!)

 リヴィオは右側からの横蹴りに対応するべく左脚を大きく前に出し、体の正面を右に向ける。

 左脚が地面につくと同時に腰を時計回りに捻り、リヴィオは渾身の力で左拳を真横につきだした。

 その拳はスーニャの横蹴りを正確に捉え、拳と肉厚のブレードはリヴィオ機の頭部パーツの目前で衝突した。

 轟音が響く……かと思いきや、ファーストコンタクトは実に静かだった。

 衝突の衝撃もなく、はっきりとした手応えもない。

 一体何が起きたのか。

 目前では信じられない光景が広がっていた。

(マジかよ……)

 拳が肉厚のブレードにめり込んでいた。

 金属の塊が拳に押しつぶされてぐにゃりと凹んでいる。

 拳が強化されたとは聞いていたが、ここまで硬くなるなんて想定外だ。

 急激に変形したせいか、ブレードと拳の接触面は摩擦熱でオレンジ色の光を放っていた。

 予想外の事態にリヴィオは動きを止めてしまったが、スーニャは素早くブレードをパージし、こちらから距離をとった。

「な、何だそれ!?」

「俺に聞くなよ!!」

 リヴィオは拳にくっついたままだったブレードを振り払う。肉厚のブレードは重苦しい音を立てて地面に落下した。

 ほぼ同じタイミングで再度スーニャが蹴りを放ってきた。

 先ほどの事を警戒してか、今度はこちらの胸部を一直線に狙った、刺すようなキックだった。

 焦ったリヴィオは咄嗟に体の正面で拳を構え、両拳を押し当てるような形で相手のブレードを挟み込む。真剣白刃取りだ。

 挟み込まれたブレードは今度は凹むことはなく、瞬時に砕け散った。

 無数の大小様々な金属片が拳を中心に放射状に飛び散り、地面は勿論こちらの装甲に突き刺さる。だが、ダメージは皆無だった。

「だから、なんだよそれは!!」

 スーニャは半ば叫ぶようにして文句を言い、折れたブレードをパージする。

 スーニャ機は対戦開始10秒でブレードを失い、リヴィオと同じ素手状態になってしまった。

 有利な立場に立ったリヴィオだが、当人は試合そっちのけで拳の威力に感心していた。

「すげえな、これ……」

 強固な上、とんでもない破壊力も秘めている。

 まさに鋼の拳と呼ぶに相応しい武器だ。

 まじまじと拳を眺めていると、スーニャがこちらを指さした。

「どんなカラクリかわからないけど、次はもう通用しないぞ!!」

 武器を失ってもなお戦う気満々のようだ。

 スーニャはダッシュしたかと思うとかなり手前でジャンプし、空中蹴りを放ってきた。

 リヴィオは咄嗟に拳を前に突き出し、その蹴りを迎え撃つ。

 この程度の蹴りなら簡単に対処できるとリヴィオは思っていた……が、スーニャ機は空中でキックの軌道を修正した。

「!!」

 膝を支点にして放たれた蹴りは、こちらの拳を避けるように弧を描き、肩口に命中した。

「ぐっ……」

 今度こそ機体に衝撃が走り、コックピットが激しく揺れた。

 もしブレードを装着していれば肩から脇にかけてを両断されていたことだろう。

(やっぱ、上位ランナーだけのことはあるな……)

 武器などなくても十分強い。

 相手はこちらの拳を警戒し、より慎重に攻撃を加えてくるはずだ。

(これからが本番だな……)

 リヴィオはスーニャの蹴り攻撃に改めて用心しつつ、同時にこれから先の対戦に胸踊らせていた。



 バトルフロートユニットでリヴィオとスーニャが激しいバトルを繰り広げていた頃

 下階のハンガーでは葉瑠がモニターに釘付けになっていた。

「はあ……」

 対戦開始から30秒、葉瑠は緊張のせいで止まっていた呼吸を久々に再開していた。

(まさかこんな展開になるなんて……)

 スーニャと対戦すると聞いた時は、何としてでも止めなければと考えていた葉瑠だったが、対戦の様子をみて180度考えが変わっていた。

(……リヴィオくん、まともにやりあえてますね)

 高周波拳を実装しただけでここまで強くなるとは思っていなかった。拳がブレードを破壊したシーンを見た時は驚きのあまり変な声を出してしまった程だ。

 計算ではブレードを止められても、破壊まではできなかったはずだ。

 この映像を見ればモモエさんもさぞ驚くに違いない。

 葉瑠はモニターから距離を取り、腰を落ち着けるべくパイプ椅子に座り直した。

 ハンガー内には他にもエンジニアコースの学生がいたが、みんな次の対戦の準備に忙しいようで、モニターを気に留める様子はなかった。

 一人でこうやって観戦するのは結構寂しい。

 どうせなら結賀でも誘えばよかったかもしれない。

 葉瑠が要らぬことを考えている間にも、モニター内では2機のVFが激しい格闘戦を繰り広げていた。

 リヴィオくんは両腕で攻撃ができるようになり、その手数は以前の倍以上だ。

 パンチの種類も増え、アプローチの方向も自在になり、特にコンビネーションは冴え渡っていた。

 スーニャも脚部のブレードを失ったものの、軽くなった分だけキックの初速が上がっており、地を這っていたかと思えば宙を舞ったりと、大きな動きでリヴィオくんを翻弄していた。

(見応えがありますね……)

 武器同士の戦闘と違い、攻防の間隔が短いため余計激しく感じられる。それに、装甲同士が直接ぶつかり合う光景は、それだけで十分興奮できるものだった。

 格闘戦が始まり均衡を保っていた2機だったが、時間が経つに連れてリヴィオくんの動きが速くなってきた。

 決定打は与えられないものの、スーニャ機に攻撃が当たり始める。

 リヴィオ機の高周波拳は掠っただけで装甲を剥ぎ落とせる凶器だ。

 フレーム部に命中すれば一撃で試合終了になるだろう。

 相手を押し始めた青のリヴィオ機を見て、葉瑠はある予感を拭えなかった。

「もしかして、勝っちゃうかも……?」

 相手はランキング9位の上位ランナーだ。これに勝つということは、リヴィオくんがアビゲイルさんやカヤちゃんと並ぶ実力者だということになる。

 この対戦は公式戦じゃないので順位の変動はないが、順当にランキング戦を行えば必ず上位ランナーの仲間入りを果たせるはずだ。

「……彼は勝つだろう」

「うわ、アルフレッド教官……」

 確信めいた言葉とともに、どこからともなく現れたのはアルフレッド教官だった。

 こちらの独り言を聞いていたようだ。

 手には折りたたみ椅子があり、葉瑠の隣に展開すると許可もなく座った。

 葉瑠は先程の言葉が気にかかり、思わず問いかけた。

「どうしてリヴィオくんが勝つと?」

 アルフレッドはモニターに視線を向けたまま応じる。

「あの状況……クロスレンジの格闘戦において、彼に敵うランナーはほとんどいないだろう。彼は元々の才覚に加え、シンギ教官に徹底的に近接格闘術を仕込まれたと聞いている。兵装を失ったスーニャ君に勝ち目は無い」

「……アルフレッド教官、この前と言ってること違いません?」

 この前は“葉瑠君のアシストがなければ勝てなかった”とか“URは葉瑠君が撃退したようなものだ”などと言っていた気がする。

「……?」

 アルフレッド教官はマスクをこちらに向け、首を傾げた。

 自分の発言を忘れたのか、はたまた惚けているのか。

 別に問い詰める必要もないだろう。

 葉瑠は気を取り直してモニターを見る。

 画面の中の2機は相変わらず超至近距離でパンチとキックの応酬を繰り返していた。

 その高速かつ激しいやりとりを見て、葉瑠はポツリと感想を漏らす。

「……楽しそうですね」

 この場にそぐわない感想だったかもしれない、とすぐに葉瑠は後悔したが、意外にもアルフレッドは肯定するように頷いた。

「ああ、実に楽しそうだ」

 今、間違いなくアルフレッド教官は笑っている。

 仮面の下の素顔が垣間見えた気がし、葉瑠は少し得をした気分になっていた。



 対戦開始から1分と30秒

 スーニャはある確信を持ってリヴィオと格闘戦を続けていた。

(ボクは多分……こいつに負ける)

 レッグブレードを失った時点で予感していたが、数十秒の格闘戦を経て、その予感は確信へと変わった。

 それでも、スーニャは降参することはなかった。結果が分かっていても、この対戦を中断したくなかったのだ。

(こいつの拳、重みがありすぎる……)

 リヴィオの拳は、他のランナーの攻撃とは一線を画していた。

 他のランナーは相手を破壊するために武器を振るい、より大きなダメージを与えられるように、弱点を狙って攻撃してくる。

 それが当たり前だし、ボクもそうやって敵を攻撃している。

 だが、リヴィオは違う。

 こいつは拳を突き出すために、拳を突き出している。攻撃という行為が自分の中で完結してしまっている。

 相手へのダメージなど考えていない。自分ができうる最高の攻撃を相手に叩き込んでいる感じがする。

 そのため攻撃が読めない。

 狙いが予想できないため、必然的に防御も遅れる。気を抜いたらあの訳の分からない硬い拳に貫かれて負けてしまう。

「全く、あり得ない……」

 戦闘スタイルも全く違うし、この前とは別人みたいだ。

 こちらのつぶやきが漏れたのか、リヴィオが反応した。

「なんか言ったか? もしかして降参か?」

「違う!!」

 スーニャは否定の言葉と同時にローキックをかます。

 しかし狙いを読まれていたのか、例の硬い拳で攻撃を潰されてしまった。

 やや上方から命中した拳はこちらの外装甲を瞬時に破壊する。

 スーニャはすぐに攻撃を中断し、追撃を恐れて後方に跳んだ。

「間違っても降参すんなよ」

 リヴィオ機は間髪入れずスーニャ機に肉薄し、高速の殴打を続ける。

「……くっ」

 スーニャは繰り出される拳を紙一重のスウェーで回避すると、瞬時にその場にしゃがみ込み、リヴィオの足元目掛けて足払いを行った。

 それは、この対戦で初めての足払いだった。

 ……リヴィオは対戦開始以降ずっとスタンディングスタイルを貫いている。先ほどのローキックも脚部装甲ではなくわざわざ拳で対処していたし、足元への警戒レベルは低いに違いない。

 だから、ここぞという時の切り札にするために敢えて足元を狙わなかったのだ。

 “降参か?”なんてセリフを吐いている時点で油断しているのは明らかだし、攻撃を通すのなら今しかないと判断したわけである。

 スーニャの読みは当たり、足払いは見事に成功した。

 リヴィオ機は足首にキックを受け、バランスを崩した……かに思えたが、リヴィオのほうが一枚上手だった。

「……バレバレだぞ」

 リヴィオ機はキックの衝撃を体ごと回転することで打ち消し、半回転した後お返しと言わんばかりにキックを返してきた。

 しゃがんだ状態で技を放ったばかりのスーニャにこの攻撃を避けられるわけがなかった。

 リヴィオのキックはスーニャに比べて威力に欠けていたが、それなりにきちんとしたキックで、大ダメージを受けることは必至だった。

 スーニャは反射的に両腕を上げてガード体勢を取る。

 間もなくキックはスーニャ機の両腕に激突し、いとも容易くへし折った。それだけで威力は減衰せず、スーニャ機のボディーを大きく吹き飛ばした。

 アームが破損したため受け身をとれず、コックピット内にかなりの衝撃が走る。

 エラー音も鳴り始め、スーニャは軽く混乱していた。

 しかし、スーニャは持ち前の操作技術でボディが3回転しない内に立ち上がり、視界にリヴィオを捉えて構え直した。

 ……頭がくらくらする。

 リヴィオ機は脚を振りぬいた状態で止まっており、追撃してくる気配ない。

 こちらの復帰を待っているようにも見えた。

(くそう、舐めてるのか……?)

 突っかかりそうになったスーニャだったが、すぐに怒りを収めた。対戦では先に冷静さを失ったほうが負けるのだ。

「……こんなに楽しいのは久し振りだ」

 通信機からリヴィオの楽しげな声が聞こえてきた。

 使い物にならなくなった両アームを切り離しつつ、スーニャは応じる。

「ふざけてるのか?」

 と言った直後、スーニャは自分の声を聞いて驚いてしまう。

 何故なら、声が弾んでいたからだ。おまけにいつの間にか唇の端も持ち上がっていた。

(ボクも楽しんでる……のか?)

 こんな感情は初めてだ。

 ここまで窮地に追いやられているのに、次はどうなるのか期待してワクワクしている自分がいる。

「あり得ない……」

 ふと芽生えた異質な感情に、スーニャは一瞬戸惑ってしまう。

 その一瞬をリヴィオは見逃さなかった。

 リヴィオ機は素早く地面を蹴り、滑るように目前まで迫ってくる。

 音もなく接近する敵機を目の当たりにし、スーニャは反射的に脚を振り上げた。

 反射的に放ったその前蹴りは鋭く、腕を失ったにも関わらずバランスは崩れていなかった。

 そして偶然にも、足裏が向かう先にはリヴィオ機の顔面があった。

 この相対速度ではリヴィオもろくに回避できないはずだ。受け止めるか、弾くしか方法はない。

 もしそうなれば相手に隙が生まれ、反撃のチャンスが訪れる。

 このチャンスに死角から宙蹴りを放てば、上手く行けば敵機の腰部パーツを破壊できるかもしれない。

 そこまでシミュレートし、スーニャは次の宙蹴りに備えて若干体を浮かせる。

 しかし、これも裏目に出てしまった。

(よし、受け止め……ない!?)

 前蹴りが命中した瞬間、リヴィオ機は少し首を横にずらし、こちらの脚を肩の上に載せてしまったのだ。

 こちらが体を浮かせてしまったせいでいとも容易く脚は肩口に吸い込まれていき、スーニャ機の右脚は根本から完全にホールドされてしまった。

 それでも負けじとスーニャは宙蹴りを放つ。

 だが、蹴りが届く前にリヴィオ機はタックルし、スーニャ機は仰向けに押し倒されてしまった。

「ぐあっ……」

 コックピット背部から衝撃が走る。

 すぐさま復帰しようとしたスーニャだったが、気付いた時には全てが終わっていた。

 メインカメラに大きな拳が映ったかと思うと、あっという間に視界を埋め尽くす。すぐに上から衝撃が伝わり、頭部パーツが破壊されたことを悟った。

(……)

 エネルギーレシーバーを失ったスーニャ機は機能停止状態に陥る。

 小さくなっていく駆動音を耳にしつつ、スーニャは目を閉じた。

(負けた……)

 負けるのには慣れている。ルーメには10回以上負けているし、そのたびに悔しさをバネに何度も再戦した。

 だが、今は全く悔しさを感じない。

 むしろ清々しいとさえ思える。ここまで充実感のある敗北は初めてだ。

 ……何故こんな感情になっているのだろうか。

 不思議に思いつつも初めての感情に浸っていると、コックピットハッチが開く音がした。

 もうスタッフが回収に来たらしい。次の試合もあるし、スケジュールが押しているみたいだ。

 スーニャはHMDを脱ぎ、上を見上げる。

 人影はコックピットハッチの枠を踏み、こちらに手を差し伸べていた。

「……いいよ、自分で出られる」

 逆光のせいで顔は見えない。だが、声ははっきりと聞こえた。

「そう言うなよ、スーニャ」

 人影はそう言うと、コックピット内に手を突っ込み、こちらの腕を強引に掴んだ。

 抵抗する暇もなくスーニャは引き上げられ、外に出る。

 ここでようやくスーニャは相手の顔を見ることができた。

「リヴィオ……」

 こちらを引き上げてくれたのは先程まで対戦していたリヴィオだった。

 半分抱きかかえられた状態で、スーニャはリヴィオの顔をまじまじと見る。

 今まで気付かなかったが、リヴィオの髪はとても綺麗だった。汗で湿った銀色の髪は、太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。

 ボクを負かした男子

 ボクに初めての感情を抱かせてくれた男子

 今日の対戦は自分でも驚いてしまうほど楽しかった。またこいつと戦いたい。

 そんなことを思いつつじっと見つめていると、リヴィオはこちらの膝裏に手を通し、体を持ち上げた。

 お姫様抱っこである。

 状況を理解したスーニャは恥ずかしさのあまり声を荒らげてしまう。

「な、何してんだ!?」

「暴れるなよ、こっから降りるだけだ」

 リヴィオはスーニャを抱え直すと、仰向けになったVFから飛び降りる。

 地面に着地するとリヴィオは手を放し、スーニャは無事に降り立つことができた。

 恥ずかしさのせいか、スーニャは憎まれ口を叩いた。

「残念だったなリヴィオ、せっかく勝てたのに公式戦じゃないから順位は変わらないぞ」

 言い返してくるかとおもいきや、リヴィオは清々しい表情のままだった。

「わざわざ対戦してくれてありがとな。やっぱつえーわ、お前」

 握手を求めるように手を出されたが、スーニャはその手を軽く弾いた。

「か、誂ってるのか!?」

「誂ってねーよ。あの拳がなけりゃ俺が負けてた」

「よくわかってるじゃないか。今日はそっちの運が良かっただけだ」

 今のところは1対1で引き分けだ。次はあの拳のことも分かっているし、最初から全力でやれば余裕で勝てる。

 スーニャは脅しを掛けるべくリヴィオにぐいっと近寄る。

「ボクに勝ったからって調子に乗るなよ。次に戦うことがあったら今度こそボコボコにしてやるからな」

 リヴィオはこちらの脅しを何とも思っていないようで、平気な顔をしていた。

 それどころか顔をまじまじと見ていた。

「その言葉遣いやめたらどうだ? せっかく可愛い顔してんのに」

「かわ……え?」

 リヴィオからこんな言葉を掛けられるとは想定しておらず、スーニャは何も言葉を返すことができなかった。

 ……顔面が熱い。

 鼓動も早くなり、リヴィオの顔をまともに見られない。

 これ以上こいつと関わるとおかしくなってしまいそうだ。

 数秒の沈黙の後、スーニャはその場を離れることにした。

「と、とにかくボクに勝ったんだから、50位程度の奴らには絶対に負けるなよ!!」

「ああ、負ける気がしねーよ」

「……!!」

 リヴィオの自信満々の笑みを見て、スーニャの胸が再び高鳴る。

「それならいいんだ……じゃあな!!」

 スーニャは気を落ち着けるべく、リヴィオに背を向けると全速力でその場から走り去る。

「何だ……?」

 残されたリヴィオは揺れる三つ編みを眺めつつ、不可解な表情を浮かべていた。



 非公式の対戦を終えてハンガーに戻ると、真っ先に葉瑠が出迎えてくれた。

「おめでとーリヴィオくん!!」

 葉瑠は走り寄って来てこちらに抱きつく……と思いきや、手前で急ブレーキを掛けてこちらの右手を両手で握ってきた。

 よほど俺の勝利が嬉しいようで、何度も何度も上下に振る。

 ここまで祝福してくれると結構嬉しい。それが好きな女子からの祝福となれば嬉しさも倍々だ。

 葉瑠の華奢な手の感触をじっくりと味わっていると、早速邪魔者が現れた。

「見事な対戦だったな、リヴィオ君」

 左手でマスクを押さえつつ右手を差し出してきたのはアルフレッド教官だった。

「どうも……」

 リヴィオは葉瑠から手を放し、アルフレッドと握手する。

 アルフレッド教官の手は意外に柔らかく、心なしかもちっとしていた。

 リヴィオは2秒もしないでアルフレッドから手を放した。

「それにしてもすごい対戦だったね。素手で勝っちゃうなんて……シンギ教官に勝つのも夢じゃないよ」

 葉瑠は目をキラキラさせていた。まだ興奮冷め止まぬようだ。

(……あ)

 まだ礼を言っていないことを思い出し、リヴィオは葉瑠に向き合う。

「あの拳、マジで役に立った。あれだけデカいブレードを壊せるんだし、葉瑠もランキング戦に出るなら使ったほうがいいんじゃねーか?」

 話を振ると、途端に葉瑠は大人しくなった。

「私は……無理かな」

「どうしてだ?」

 葉瑠は眼鏡のつるに指を這わせ、説明し始める。

「実はあの高周波拳、計算だとクライトマン社製ミドルクラスの装甲にヒビを入れるのがやっとなの。接触面積とか接触時間が変わればより硬いものも壊せるけれど、掌を押し当てたり5秒以上接触させないと駄目だったり、実用レベルじゃないんだ……」

「じゃあどうして……俺はあのブレードを壊せたんだ?」

 全くもって謎である。

 二人して悩ましい表情を浮かべていると、アルフレッド教官が単純明快な答を教えてくれた。

「リヴィオ君の格闘術が計算を上回っていたのだろう」

 理論的ではないが、それ以外に理由は見つかりそうになかった。

 格闘術の下地があったからこそ、この高周波拳を使いこなせたと考えたほうがいいだろう。

 しばらく会話をしていると、ようやく真上からリフトが降りてきた。

 巨大なリフトには先程まで自分が操作していたVFが膝をついて乗っていた。

 リフトがハンガーに近づくに連れ、作業着姿のエンジニアコースの学生が集まってくる。

 学生の集団を見つつ、リヴィオは思う。

(……俺が勝てたのも、VFを改良してくれたあいつらのお陰なんだよな……)

 一番の立役者は葉瑠に違いないが、高周波拳を実装するために大勢のエンジニアが関わってくれたはずだ。

 今更ながらリヴィオは彼らが必要不可欠な存在であることに気付いた。

 対戦に勝利したことは勿論、この事実に気付くことができたのも大きな収穫かもしれない。

 ぼんやりVFの周辺に視線を向けていると、アルフレッド教官が本題に入って来た。

「ところで、今後の君の訓練方針についてだが……」

「すみません教官、先にあの人達にお礼言ってきます」

 後にしろ、と言われるかと思ったが、アルフレッド教官は快く頷いた。

「ようやく君もプロランナーの顔になってきたな」

 その言葉を了承の意味に捉え、リヴィオはエンジニアの集団に駆け出す。

 ……人は、たった一度の勝利でこれ程までに変われるものなのか。

 自分の心情の変化を不可解に思いつつも、リヴィオの心は晴れ晴れとしていた。


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