20 -実力の証明-
20 -実力の証明-
宏人からシンギの居場所を聞いてから20分後
葉瑠はフロートユニット南端に位置する船着場にいた。
(間に合って良かったです……)
宏人さんから、シンギ教官が学園を離れると話を聞いた時は焦ったが、まだ連絡船は見当たらない。何とか間に合ったみたいだ。
学園から全速力で走って来たせいで葉瑠の呼吸は荒くなっていた。
……が、疲労感はそんなにない。
これも日頃のフィジカルトレーニングの成果だろうと思いつつ、葉瑠はシンギがいるであろう待合室に足を踏み入れた。
大きな窓から入る日差しは屋内の待合室に濃い影を生み出していた。明かりは付いているが、外とのコントラストのせいでかなり暗く感じられる。
それに加えて中は閑散としていて、とても静かだった。
そんな沈んだ雰囲気が漂う待合室の中、シンギはパイル地のシャツにカーゴパンツというラフな出で立ちでベンチに座っていた。
制服姿の葉瑠は息を整えるとベンチの正面に立ち、シンギに話しかける。
「――シンギ教官、もう発つんですか」
「お、何だ葉瑠、見送りか?」
「違います……」
「だよな」
シンギは携帯端末を胸ポケットに仕舞い、こちらを見上げる。
「さっき宏人から連絡があった。大体の話は把握してる。……俺に相談があるんだって?」
「話が早くて助かります……シンギ教官、一度リヴィオくんとしっかり話し合ってくれませんか?」
訓練生からの不躾な要望にもかかわらず、シンギは真面目に取り合う。
「何を話し合えばいいんだ?」
「これからのリヴィオくんについてです。リヴィオくん、戦闘スタイルについて色々と問題がありまして……シンギ教官からアドバイスしてあげて欲しいんです」
「どうして俺が? アルフレッドに任せてりゃ問題ないだろ」
「私が言いたいのはそういうことじゃなくて……」
シンギさんは長い間リヴィオくんに操作指導をしていたと聞いている。そんなシンギさんならリヴィオくんの悩みを解決してくれる気がする。
そう頻繁に帰ってこられるわけでもないのだし、このチャンスを逃すわけにはいかない。
ふと葉瑠はシンギの格好が気になり、少し観察する。
(出掛けるにしては軽装ですね……)
宏人さんの話だと、シンギ教官はこれから長期間URの調査に赴くらしい。だというのに、手荷物は何もなかった。
このまま散歩に行くと言われたら信じてしまいそうな格好だ。
シンギは腕時計と時刻ボードを交互に見、ベンチから立ち上がる。
「そろそろだな……。見送りご苦労さん」
「待ってください」
葉瑠は両手を広げて通せんぼした。
大胆な行動に感心したのか、シンギは無理に通ることなくその場で止まった。
「葉瑠、お前の言いたいこともよく分かる。だが、リヴィオも立派なランナーだ。自分の問題は自分で解決しなけりゃダメだ」
シンギは再び時刻ボードを見る。
「出港時間まで時間がない。悪いけど通らせてもらうぞ」
シンギは早口で断りを入れると葉瑠の頭に手をのせ、強引に引っ張った。
抵抗できるわけもなく、葉瑠は入れ替わるようにベンチに座らされてしまった。
「じゃあな」
このままだとリヴィオくんが駄目になってしまうかもしれない。
危機感を抱いた葉瑠は咄嗟にあることを告げ、シンギを呼び止めた。
「……もしかして、父を探しに行くんですか?」
葉瑠はアビゲイルから得た情報を思わず喋ってしまった。
その効果は絶大だったようで、シンギ教官は何も言わずに戻ってきて、隣に座った。
シンギは葉瑠の顔を覗き込み、静かに告げる。
「その話どこで……いや、誰から聞いた?」
シンギ教官の視線は鋭く、葉瑠は一瞬で金縛り状態に陥ってしまった。
……蛇に睨まれた蛙とはこのことを言うのだろう。
葉瑠は血の気が引いていくのを自覚しつつも頑張って質問に応じる。
「お、教えません。知りたかったらリヴィオくんにアドバイスしてあげてください」
「……」
健気で強気な葉瑠の態度に参ったのか、シンギは「はあ」と溜息をつくと力を抜き、ベンチの背もたれに体重を預けた。
その後「仕方ねーなあ……」と呟き、過去を語り始める。
「知ってると思うが、リヴィオは姓こそ違うが正真正銘キルヒアイゼンの関係者だ。奴は幼い頃から当たり前のようにVFに関わり、セルカが言うには鉛筆よりも先に操縦桿を握ってたらしい」
……キルヒアイゼンは世界的にも有名なVFメーカーだ。特に電装系のシェア率はトップクラスで、スラセラート学園のアウターユニットにも多く使われている。
同時に有名なランナーを輩出し続けていることでも有名だ。
リヴィオくんもその一人に名を連ねることになるだろう。
こちらが色々と考えている間にもシンギ教官は話し続ける。
「当時は俺も結構暇で、事あるごとにリヴィオに稽古を付けてやってた。……が、手を掛け過ぎた」
「掛け過ぎた……?」
「ああ。俺が偏った指導をしたもんだから、武器も何も使えない、素手特化のイロモノランナーになっちまったんだ」
どうやら問題の原因はシンギ教官にあったようだ。
シンギ教官は苦い表情で続ける。
「気付いた時には手遅れ。稽古をやめれば自然と器用になると思ってたんだが……この有り様だ。つまり、今更俺がアドバイスしたところで悪化するだけだ。分かったか?」
「悪化だなんて、そんなことは無いと思うんですけれど……」
「それに指導はアルフレッドに任せるって決めてる。あの場にいたお前ならアルフレッドに任せれば問題ないって分かるだろ」
「……」
シンギ教官の意見に反論することができず、葉瑠は何も言うことができなかった。
シンギ教官は話はこれで終わりと言わんばかりに手を叩き、続いて私に質問してきた。
「さて、更木正志の話、誰から聞いたのか教えてもらおうか」
「それは……」
アビゲイルさんの名前を出していいのか悩んでいると、待合室にアナウンスが鳴り響く。
「――メインフロート行き連絡船の出港準備が整いました。お乗りの方は2番ゲートにお進みください……」
それは出港5分前を知らせるアナウンスだった。
「もう時間か……」
シンギは今度こそベンチを離れ、連絡船乗り場へ向かっていく。
途中、シンギは振り返り、葉瑠に向け警告した。
「この情報を知ってるってことは、乱入者やURと繋がりがあるかもしれない。あんまり首突っ込むなよ」
警告の後、シンギは視線を前に戻すも、また何か思い出したのか再度振り返った。
「……あと、俺の代わりにリヴィオのこと頼んだぞ」
最後にシンギは無責任なセリフを吐き、待合室から出て行ってしまった。
結局それらしいアドバイスを貰えず、葉瑠は肩を落とす。
(リヴィオくん、本当に大丈夫なんでしょうか……)
その後葉瑠は遠ざかっていく連絡船のエンジン音を聞きながら、ベンチに座ったまま頭を抱えていた。
夕刻の理事長室
普段静かな室内に可愛い声が響く。
「がしっ、ぼかっ」
口先を尖らせて擬音を呟いているのはセルカだった。
両手にはVFフィギュアが握られており、擬音に合わせて衝突させられていた。
どうやら右手側が優勢のようで、セルカの右手は激しく動いていた。
「おーっと、アカネスミレが責める責める、高速の拳の連打に相手は大ピンチだー」
セルカは広いデスクにもたれかかり、頬を机の面にくっつけていた。
「ざしゅっ、ばさっ」
柔らかい頬はぐにっと広がり、擬音を出すたびにプルプルと震えていた。
「いいや、リアトリスも負けてないぞー、鋼八雲が冴え光るー」
今度は左手側が元気に動き始める。小さなアームには剣が装着されていて、セルカはそのプラスチック製のブレードを右手側に擦り付けるように動かしていた。
「ひゅーん……ずばばば」
セルカはいきなり右手のフィギュアから手を離し、机の端に待機させていたフィギュアを手に取る。
そして、銃撃していることを表すように小刻みに震わせ始めた。
銃撃が終わるとセルカは机から上半身を起こし、真上にフィギュアを掲げた。どうやらこの機体は空を飛べるらしい。
「なんと、ここでジズも参戦だー、一体このバトルどうなってしまうのかー」
「……どうなってしまうんですか?」
「ひゃ!?」
セルカのごっこ遊びを止めたのはリヴィオの一声だった。
リヴィオは理事長室の入り口に佇んでおり、冷ややかな目をセルカに向けていた。
セルカは3体のフィギュアをデスクの引き出しの中に慌てて隠し、遅れて返事をする。
「……どこから見てました?」
「シクステインの大軍相手にリアトリスが殺陣するあたりからです」
答えを聞いたセルカは顔を両手で覆い、机に突っ伏した。
「結構前からじゃないですか……いるならいるって言ってくださいよ」
恥ずかしかったようで、セルカの耳は真っ赤に染まっていた。
銀の髪と白い肌の中で浮かぶ赤は印象的な色だった。
リヴィオは自分と同じ髪を持つセルカの頭頂部を眺めつつ、室内に足を踏み入れる。
「なかなか声を掛けられなくて……すみませんでした」
実は夢中で遊ぶセルカさんに見入って声を掛けられなかったのだが、それは黙っておこう。
リヴィオはデスク前にあるソファに腰を掛ける。
セルカも席を離れ、対面のソファに腰を下ろした。
「それで、何か用事ですか?」
セルカはスカート裾を手で整え、リヴィオに視線を向ける。
リヴィオは「アポも取らずにすみません」と断りを入れ、本題に入る。
「バトルフロートユニットについて相談があって来ました」
「ランキング戦の申請じゃないんですか?」
「いや、あの場所で順位関係なしに対戦がしたいんですが、許可を貰えませんか」
イレギュラーな要求にすぐに許可を出せるわけもなく、セルカはソファに座り直す。
「詳しく話してくれますか? リヴィオくん」
「俺は、もう一度スーニャと戦いたいんです」
「もっと詳しく、ね?」
リヴィオははやる気持ちを押さえ、最初から説明する。
「……セルカさんは、俺が素手でしか戦えないことは知ってますよね」
「ええ、そのせいでシンギさんもあなたの稽古にだいぶ苦労したみたいですけれど」
話が長くなると判断したのか、セルカはローテーブル上の小篭からキャンディーの小包をつまんだ。
リヴィオは青色のキャンディーを見つつ、話を再開する。
「素手しか使えない俺がここまで強くなれたのはそのシンギさんのおかげです。だから、俺はシンギさんに報いるためにもこの戦闘スタイルを貫きたいんです」
セルカはキャンディーを口の中に放り込むと、腕を組んで唸り始める。
「んー……もしかして、アルフレッドくんに何か言われたんですか?」
リヴィオは「はい」と応え、その時のことを思い出しながらセルカの質問に答える。
「アルフレッド教官に今後このまま素手で頑張るか、それとも武器を扱う訓練をするか、どちらか選べと言われました」
「難しい選択ですね……でも、それとスーニャちゃんとの対戦に何の関係が?」
当然の疑問である。
つくづく自分は説明ベタな人間だなあと反省しつつ、リヴィオは簡潔に述べる。
「俺はスーニャと一度戦って負けてます。あれが俺の初めての黒星でした。だから俺は自分の拳でその黒星を白星にしたいんです」
改めて説明してみると無茶苦茶な考えだ。
それでもリヴィオは自分が決めたことを曲げるつもりはなかった。
「もし勝てなかったら……訓練を一からやり直すつもりです」
「……!!」
セルカは驚きのあまりキャンディーを喉に詰まらせてしまった。
喉を押さえて呻くセルカを見て、リヴィオは咄嗟に背後に回り込み、背中を思い切り叩く。
3度叩くとセルカの口から青色のキャンディーが飛び出て、ローテーブルの上に転がった。
唾液で濡れたキャンディーの上にティッシュを被せつつ、セルカは真面目に話し続ける。
「一からやり直すって……。そんな事になれば、これまでのシンギさんとの訓練を否定することになりますよ?」
セルカは背後に振り返る。
リヴィオは背中から手を離して拳を作る。
「俺は強くなりたいんです。素手の格闘に限界があるのなら、別の可能性に賭けます」
そう言った後、リヴィオは拳から力を抜き先ほどまで座っていた場所に戻る。
「それに、こうやって約束しておけば、負けたとしてもきっぱり諦められますから……」
ソファに腰を下ろすと、同時にセルカは頷いた。
「よくわかりました。今回に限り対戦を許可します」
セルカは懲りずにキャンディーの小包を取り、付け足すように言う。
「……って言ってあげたいところですけれど、スーニャさんが了承するかどうかはまた別の話ですよ?」
「それは問題無いです。何としてもバトルエリアに引きずり出しますから」
「いい度胸してるよ、リヴィオくん……」
セルカは呆れたように呟き、キャンディーを口の中に放り込んだ。
スラセラート学園内、トレーニングルーム
ここはトレーニングマシンとシミュレータマシンがズラリと並んでいる、結構お金の掛かっている部屋だ。
ランナーコース所属の訓練生のために作られたこの場所だが、実際の稼働率は低い。
何故なら、ランナーのほとんどが自前の簡易シミュレーターマシンを所持しているからだ。
彼らが性能に劣る簡易版を使っているのには理由がある。
それはVFOBの端末でもあるからだ。
VFOBはその名の通り、VFバトルをネットで行える、いわゆるオンラインゲームである。
このゲームはランナーだけでなく一般人にも人気で、プレイ人数は1000万を軽く超える。
トレーニングルームでAI相手に操作訓練するくらいなら、ネット上の強敵と戦って腕を磨きたいというのが実情だ。
ゲームとはいえ、上位プレイヤーの実力は本物だ。
上位100位以上のランカープレイヤーはそのほとんどが名のしれた一流ランナーで、ゲーム上でも代替戦争でも大活躍している。
アビゲイルはその強者どもがひしめき合うVFOBで77位まで上り詰めたランカープレイヤーだ。
入学3ヶ月目にして学園ランキングで6位になったのも納得できる、正真正銘の実力者なのだ。
そんな彼女は今、トレーニングルームのシミュレータマシンで自主トレーニングを行っていた。
(そろそろ終わりにしましょうか)
アルフレッド教官の午後の訓練が途中で中止になったため、アビゲイルは昼間からずっと一人で筐体の中に篭っていた。
かれこれ6時間になる。
疲労も溜まってきたし、今日はこれで切り上げて体を休めよう。
アビゲイルはHMDを外すと筐体カバーを押し上げ、外に出る。
トレーニングルーム内に他の訓練生の姿を確認することはできなかった。日も落ちているし、みんな帰ったのだろう。
筐体から降りるとアビゲイルは内側から長い黒髪に手櫛を入れ、シワの付いたプリーツスカートを手で払って形を整えた。
そこまでしてようやく出口に体を向けると、いつの間にか目の前に少女が出現していた。
膝裏まで届くほど長い、カーキ色の三つ編みの髪を持つ少女は開口一番に宣戦布告した。
「……ボクと勝負しろアビゲイル!!」
「あなたも懲りない人ですね、スーニャ・エルクェスト」
アビゲイルはこの可愛いながらもボーイッシュな少女のことを知っていた。
彼女は学園ランキング9位のスーニャ・エルクェストだ。
最近は事あるごとに勝負を申し込まれている。
こちらが勝負を承諾するまで延々と付き纏われるに違いない。
「いずれ時が来れば勝負にも応じるつもりです。それまで大人しく待っていてください」
「もう待てない。何が何でも戦ってもらうぞ!!」
年下の我儘は対応に困る。
無視して帰ろうかと思った矢先、トレーニングルームに少年が入って来た。
それは銀の短髪に碧の瞳を持つランナー、リヴィオだった。
リヴィオはかなりの時間走っていたようで、額は汗に濡れ、白いシャツも汗で張り付いていた。
「……こんなところにいたかスーニャ」
どうやらスーニャが目当てらしい。
追いかけるのには慣れているが逆には慣れていないようで、スーニャはリヴィオに対して警戒の構えを取る。
「……ボクになんの用だ?」
リヴィオは手に抱えていたジャケットをベンチプレス台の上に放り投げ、指の背で額の汗を払いながら近づいてくる。
スーニャの目前まで来ると、リヴィオは腰に手を当て、言う。
「俺と対戦してくれないか」
対戦を申し込まれることにも慣れていなかったらしい。
スーニャはリヴィオの動きに対抗するように、ショートパンツのポケットに手を突っ込んだ。
「もしかして、リベンジでもしたいのか?」
「――その通りだ」
この時、アビゲイルはリヴィオから決意のようなものを感じ取った。
これまでの彼は自分の力を見せつけるために誰彼構わず対戦を申し込んでいたが、今は違う。挑戦者として、自分の実力を証明するために年下の彼女に勝負を挑んでいる。
スーニャはそんなリヴィオの決意に気付くわけもなく、さらりと言い捨てた。
「残念だけど、ボクは今アビゲイル以外と戦う気分じゃないんだ。それと、前回は順位差を無視して戦ってあげたけど、ああいうことはもうしないつもりだから。ボクと戦いたいならまず19位より上になることだね」
「ランキングは関係ない。俺はただ単に戦って欲しいだけだ」
「面倒くさいからパス。戦いたいならそれなりの条件を用意するもんだよ」
スーニャはリヴィオとまともに話すつもりは無いようで、視線をアビゲイルに向ける。
アビゲイルはリヴィオのためにある条件を提案することにした。
「……スーニャ・エルクェスト。もし彼に勝てたら対戦を受けてもいいですよ」
「ほんと!?」
驚いたのはスーニャだけではなかった。
リヴィオも蒼い瞳をアビゲイルに向ける。
「アビゲイル、どうして……」
単に助けてあげたかったから、と素直に言えるわけもなく、アビゲイルは人差し指を立てて告げる。
「一つ貸しです。覚えておいてくださいね」
彼が私の役に立つことは無いと思うが、彼と親しい仲にある葉瑠は大いに役に立つ。
つまり、リヴィオに恩を売って損はないということだ。
(……と思い込むことにしましょう)
スーニャとリヴィオ、両者の願いを叶えたところで、アビゲイルは別れを告げる。
「それでは私は失礼します。後は二人でごゆっくりどうぞ」
アビゲイルは二人を置いて出口へ向かう。
その間、二人は早速対戦について話し合っていた。
「時間は明日の15時、場所はバトルフロートユニットでいいな?」
「駄目だ、3時以降は眠くなるから嫌だ」
「お子様かよ……あ、そういやガキだったな」
「ガキって言うな!!」
話し合いという名の喧嘩を背中越しに聞きつつ、アビゲイルは部屋を後にした。




