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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 2 鋼の拳
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 19 -震える拳-


 19 -震える拳-


 学園内の清掃は清掃業者が請け負っている。

 校舎は勿論のこと、演習場から連絡路まで、フロートユニット全体を毎日綺麗にしている。

 学園内で緑色のツナギを着た彼らの姿を見ない日はない。

 ただ、そんな彼らでも掃除できない場所がある。

 それは学園地下のラボだ。

 機密事項を有するモノが数多く存在するため、部外者は入れないようになっているのだ。

 その結果、地下ラボは学園の心臓部でありながらも学園内で最も汚い場所になっている。

 そんなラボ内、埃の溜まった広い倉庫内に葉瑠はいた。

(罰が掃除当番って……案外普通ですね)

 葉瑠はジャージ姿で床面をモップで掃除していた。

 夜中の学校に侵入した挙句無断で教官エリアに入ってしまった罰にしては軽い気がする。

 中性洗剤のお陰でピカピカになった床から視線を逸し、葉瑠は改めて周囲を見る。

 倉庫内にはVFパーツや武装らしき物が山積みになっていた。不要物なのか、それらは全てテープでグルグル巻きにされていた。

「これ、全部捨てるなんてもったいねーなあ……」

 隣で呟いたのは結賀だ。

 結賀も葉瑠と同じくジャージ姿だった。

 長時間の掃除で汗をかいたのか、結賀はジャージを脱いで半袖姿になっていた。

 裾の隙間からチラチラと見えるおへそを横目に見つつ、葉瑠は感想を述べる。

「へえ、全部捨てるんだ。まだ使えそうな物もあるのに」

「……耐久度の落ちた既成品だ。メーカーに送り返すだけで、捨てたりはしないぞ」

 説明しながら現れたのは白髪交じりの短髪と顎鬚が特徴的なエンジニア……ロジオンさんだった。

 葉瑠は掃除の手を止め、ロジオンに質問する。

「送り返すって……結構な量ですよ?」

「全部じゃない。定期的に輸送船が来て一定量を輸送してるんだ。……それはともかくどうしたんだ二人共、こんな朝早くに」

 質問に応じるように葉瑠と結賀はモップを肩の位置まで掲げる。

「掃除……」

「うん、掃除……」

「お前ら校則でも破ったのか? しっかりしろよ」

「ロジオン教官も程々にしたほうがいいと思うんですけど……」

 葉瑠はロジオンの手にある酒瓶に視線を向ける。

 視線に気付いたロジオンは酒瓶をさっと背中に隠し、白々しく話を続ける。

「と、とにかくここは結構汚れがたまる場所だからな。徹底的に綺麗に頼むぞ」

 ロジオンは倉庫内に入ることなく、そのまま去っていった。

 その後葉瑠達は黙々と掃除を続け、予令のベルが鳴るまで床を擦っていた。

 

 

 午後、トレーニングルームにて

 いつもならランニングをしている葉瑠だったが、今はベンチに座ってぼんやりしていた。

(やっぱり、昨日の事が影響してるんでしょうか……)

 授業開始時刻はとっくに過ぎているのにアルフレッド教官が現れる気配はない。

 あの真面目なアルフレッド教官が何の連絡もなしに休むなんて珍しいこともあるものだ。

 これをいいことにリヴィオや結賀は2週間ぶりにシミュレータマシンで操作訓練を行っていた。

 葉瑠もシミュレーターで訓練してみたかったが、アルフレッド教官の指示には絶対に従うと約束した以上、フィジカルトレーニング以外の訓練を行うことはできなかった。

「……アルフレッド教官、一体どうしたのでしょうか」

 そう言って隣に座ったのはアビゲイルだった。

 アビゲイルさんは早くも練習メニューを済ませたようだ。

 結構ハードな内容だというのに、彼女は汗一つかいていなかった。

 葉瑠は申し訳なさそうに理由を話す。

「昨日の夜ちょっとした事件があって、私のせいでみんなと顔を合わせにくいんだと思う」

「事情が全く読めませんが……弱みでも握ったのですか?」

「まあ、そういう事になるのかな……」

 盗み聞きしたのは悪いと思っているが、まさかここまで気にしていたとは思っていなかった。訓練生に本音を聞かれてしまったことがそんなに恥ずかしいことなのだろうか……。

 葉瑠にはその感覚が理解できなかった。

 アビゲイルは内側から黒髪を梳き、シミュレータマシンの群れに視線を向ける。

「しかし、このままだと私はともかく他の訓練生は練習も儘なりませんね」

「そう? みんな普通に訓練できてるように見えるけど」

 葉瑠のコメントに対し、アビゲイルは静かに首を左右に振る。

「いいえ、あれはただ対戦をして暇を潰しているだけです。……アルフレッド教官は毎日訓練生ごとに訓練メニューを組んでいましたからね。彼がいないことには始まりません」

「へー、結構まじめに教官やってたんですね……」

 アルフレッドからまともな指導を受けていない葉瑠には意外な事実だった。

「さて、私もそろそろ暇つぶしに戻ります」

 アビゲイルはすっと立ち上がるとシミュレータマシンに向かって行ってしまった。

 再び一人になった葉瑠は今後のことを考える。

「やっぱり謝りに行ったほうがいいのかな……」

 このままアルフレッド教官が来なければみんなにとって不利益となってしまう。

 元々の原因は私が作ってしまったわけだし、私が何とかせねばならない。

 誠意が伝わればきっと許してくれるだろう、と前向きに考えつつ、葉瑠はベンチから立ち上がる。

 するとタイミングよくアルフレッド教官がトレーニングルームに現れた。

「諸君、遅れてすまなかった」

「……」

 室内から反応はなかった。みんな筐体の中にいるので声が聞こえなかったのだろう。

 唯一反応できたのは葉瑠だけだった。

 葉瑠は早速先程決意したことを行動に移す。

「アルフレッド教官、昨日は勝手に話を聞いてしまってすみませんでした」

 葉瑠はアルフレッドの正面に立ち、深々と頭を下げた。

 アルフレッドはマスクを指で押さえ、視線をやや下に向ける。

「……いや、いずれは話そうと思っていた事だ。それに葉瑠君の本心も聞けてよかったと思っている。謝る必要はないぞ葉瑠君」

 呆気なく許してもらえた。

 しかもこちらの本心が分かったとなると、VFの操作訓練にも参加させてもらえるかもしれない。

「それってつまり……」

 葉瑠は期待を込めて顔を上げる。

 しかし、帰ってきたのは無情な言葉だった。

「ああ、今後もより一層フィジカルトレーニングに励みたまえ」

「そんなあ……」

 でも、まあ、きちんと私のことを考えてくれてのフィジカルトレーニングなのだから、ここは素直に聞き入れるしか無い。

 アルフレッド教官は筐体に近寄ると側面のスイッチを押す。

「全員集合したまえ」

 スイッチを押すと全ての筐体のカバーが上がり、中から訓練生が降りてきた。

 いつになく真剣なアルフレッドの雰囲気に、全員が緊張しているようだった。

 訓練生達はアルフレッドの正面に来ると立ち止まり、特に整列するでもなく言葉を待つ。

 満を持してアルフレッドは告げる。

「諸君、今まで私が説明不足だったせいで不満を感じさせていたかもしれなかったこと、素直に謝ろう。今からきちんと理由を話す。それに納得できないなら宏人やルーメの指導を受けられるように便宜を図ろう」

「!!」

 今までとは違うパターンだ。

 全員が戸惑う中、アルフレッドは手始めに葉瑠の名を告げた。

「まずは葉瑠君」

「はい」

「君は基礎体力に乏しい。絶えずGを受けるコックピット内で操作し続けるのは今の君には厳しいだろう。……操作レベルは合格点に達している。自信をもって体力増強に励んで欲しい」

 フィジカルトレーニングをさせられている理由は分かっていたが、こうやってきちんと説明してくれると安心するものだ。

 葉瑠は快く返事をする。

「……わかりました」

「いいのか葉瑠?」

 結賀に問われ、葉瑠は自信を持って頷く。

「うん、体力つけたほうが訓練も効率的にできると思うし。それに、私アルフレッド教官の言うことには必ず従うって決めてるから」

 あんな話を聞いてしまっては従わずにはいられない。

 アルフレッドは続いて結賀にマスクを向ける。

「結賀君、君は冷静さに欠ける」

「……」

「今までは勢い任せで何とかなったかもしれないが、上位ランナーを相手にするのなら冷静さも必要だ」

「……」

「今後、誰とも喧嘩することなく常に自分の感情をコントロールできると約束できるのならランキング戦への参加を許可しよう。ただし、出場できるのは月に1回だけとする」

 結賀にとっては厳しい条件だ。

 だが、結賀はその条件を了承するように小さく頷いた。

 アルフレッドは「よろしい」と言うと他の訓練生の説明に移った。

 葉瑠は結賀に祝福の言葉を送る。

「良かったね結賀」

「おう……」

 まだ少し納得できていないのが丸わかりだったが、了承した以上は約束を破ることはないだろう。結賀はそういう人間だ。

 その後アルフレッドは他の訓練生について指導方針をそれぞれに説明し、最後にリヴィオに声を掛けた。

「リヴィオ君、君の処遇については今も悩んでいる」

 アルフレッドはマスクに手を当て、悩ましい口調で告げる。

「今から武器を使えるように訓練し直すか、それとも武器を使わずとも戦えるように特別なメニューを組むか……」

 喋りながらアルフレッドはリヴィオに近づき、手のひらを上に向けた状態でリヴィオの顔を指さす。

「君の意志を尊重しようと思う」

「……」

 リヴィオはアルフレッドの指先をじっと見ていた。

 今後の身の振り方を考えているのだろう。

 アルフレッドはすぐに身を引き、腕を組む。

「今すぐに決めろというわけではない。よく考えて答えを出して欲しい」

 本気で指導を考えていることが伝わったようで、リヴィオは他の訓練生と同じように頭を下げた。

「正直に話してくれて……ありがとうございました」

 あのリヴィオくんがシンギ教官以外に頭を下げるなんて珍しい。

 全員に説明を終えるとアルフレッドは時計を見、短くため息を吐いた。

「今から始めても中途半端になる。今日の訓練は休みだ。ゆっくり休息をとりたまえ」

 それだけ告げるとアルフレッドは出口に足先を向ける。

 が、何かを思い出したようで葉瑠を指さした。

「葉瑠君、来週を目処にフィジカルトレーニングの量を減らしてVF訓練にも参加してもらう。ランキング戦への参加も許可するつもりだ。そのつもりで準備していたまえ」

「あ……はい!!」

 アルフレッド教官は「よろしい」と呟くと、今度こそ出口から外に出ていった。

 教官が去ると微妙な緊張が解け、訓練生はそれぞれ姿勢を崩した。

 そんな中、結賀だけが元気よく葉瑠に飛びついた。

「やったな葉瑠。ランキング戦に出られるぞ」

 結賀は葉瑠の頬を指先でぐりぐりと弄る。指は葉瑠の柔らかい頬にめり込み、爪を完全に覆い隠していた。

「うん……」

 葉瑠は別のことを考えていたようで、反応は薄かった。

「どうした? あんまり嬉しそうじゃねーな」

「嬉しいよ。でも……」

 葉瑠の視線が自然とリヴィオに向けられる。

 視線に釣られるように結賀もリヴィオに目を向けた。

「リヴィオのことか。あっちは何だか大変そうだな」

「そうだね……」

 リヴィオくんは全く武器が使えない。極度に不器用なのか武器自体にトラウマがあるのか理由は定かではないが、そのせいで素手による近接格闘しか行えず、結果としてミドルレンジからの攻撃に対応できない。

 それは大きな弱点だった。

 弱点を補うためには先程のアルフレッド教官の言った通り、武器を使えるようにするか、特殊な戦法を身につけるしかないだろう。

 葉瑠は物憂げに呟く。

「何か手伝ってあげられないかな……」

「アルフレッドも言ってたが、アイツ自身が納得できる答えをだすしかないだろ。オレたちがどうこうできる問題じゃねーよ」

「それはそうだけど、せっかく同じクラスなんだから力になってあげたいよ……」

 リヴィオくんは初めてできた男友達だ。

 だからというわけではないが、彼の力になってあげたい。

 結賀は特にそのような感情はないらしく、あっさりとその場を去る。

「さてと、クローデルに頼むとするか」

「え? 何の話?」

 結賀は「あー」と前置きした後事情を話す。

「クローデルに対戦映像を見せてもらおうと思ってるんだ。月に1回しか戦えないとなると、確実に勝つためにも対戦相手の情報収集をしといたほうがいいだろ」

「確かにそうだね……」

 相変わらず結賀は気が早い。

 結賀は葉瑠から離れて男子3人組に向かって歩いて行く。

「悪いけど、晩飯は一人で食ってくれ」

「うん……」

 こちらの返事を聞くと結賀は完全に背を向け、男子3人組に話し掛けた。

 一人になったことで葉瑠は改めて周囲を見る。

 いつの間にかアビゲイルとリヴィオはいなくなっていた。

 葉瑠は寮に戻ろうかと考えたが、思いとどまる。

(私もランキング戦の準備をしておいたほうがいいですね……)

 せっかく時間もあることだし、今からラボに顔を出そう。

 アウターユニットも新しいものを新調する必要があるし、ロジオンさんと相談するのもいいかもしれない。

 ラボに行くことを決めた葉瑠は早速トレーニングルームを後にした。



 トレーニングルームを出てから10分後

 葉瑠は学園地下のラボを訪れていた。

 ラボ内では実習が行われているようで、いつになく賑やかだった。

 葉瑠は実習授業の邪魔にならないよう、なるべく目立たぬように壁伝いに移動していく。

 移動しながら葉瑠は実習の様子を観察していた。

(うわあ、本格的ですね……)

 50を超える作業着姿の学生がそれぞれ班に分かれてVFのアウターユニットを整備している。

 中には大破したものもある。難易度の高そうな実習だ。

 作業用アームが忙しなく動くさまを眺めつつ歩いていると、不意に前方から声を掛けられた。

「よう、朝はお掃除ご苦労だったな」

 葉瑠は視線を前に向け、挨拶を返す。

「あ、ロジオンさん。お邪魔してます」

 こちらが会釈すると、ロジオンさんは手に持っていたレンチをくるりと回した。

「こんな時間に見学なんて珍しいな。もしかして訓練サボったのか?」

「いえ、早めに終わっただけです。……ちょうど時間が空いたので今のうちにアウターユニットの準備をしようかなと思いまして……」

 葉瑠は再び修繕中のアウターユニットに目を向ける。

「準備って、ランキング戦の準備か?」

「はい、来週辺りからまたランキング戦に出られそうなんです」

「おー、よかったじゃないか」

 葉瑠の報告にロジオンは大袈裟に反応した。当の本人よりも嬉しそうだ。

 ロジオンは早速兵装について質問してきた。

「それで、兵装はどうするつもりだ? 特殊な武器を使うなら今のうちに言っとけよ」

「今のところはまだ決まってないです。……迷惑をかけるかもしれませんけど、よろしくお願いします」

 葉瑠の真面目な台詞に対し、ロジオンはおどけてみせる。

「そんな堅苦しい事言うなよ。メンテナンスこそすれ、兵装なんてそう頻繁に変えるものでもないんだから」

「いえ、対戦相手ごとに兵装構成を変えるつもりですけど……」

「……」

 葉瑠の発言後、ロジオンは急に元気がなくなった。

 やはり一々兵装を変更するとなると労力がかかるのだろうか。

 だからと言って葉瑠は自分の考えを曲げるつもりはなかった。

「あのロジオンさん、アウターユニットに関しては私がメインで作業しますから、そんなに迷惑はかからないかと……」

「いや、そういうことを言ってるんじゃない」

「じゃあ、どういうことです?」

 ロジオンは白髪交じりの短髪を掻き、説明し始める。

「VFってのはああ見えて結構繊細な機械だ。パーツひとつ変えただけで操作感が結構違ってくる。武器を変えるだけならまだしも、機体構成を毎回変えるとなると操作感が狂ってまともに戦えないと思うぞ」

「そうなんですか」

 ロジオンの話を聞いた葉瑠は落ち込んでしまう。

 それを見てロジオンは慌てた様子でフォローする。

「……いや、方法はともかくあのアビゲイルに勝ったお前なら、毎回VFが変わっても器用に乗りこなせるだろうさ」

「ありがとうございます……」

 正直、葉瑠はどんなに機体が変わったところで問題無いと感じていた。

 バランスの調整なども、それ専用の調整プログラムを組んでしまえば済む話だ。人の感覚による微調整が必要だと言われてしまうとどうしようもないが、そこまで繊細な作業が必要だとも思えない。

「あのー、ロジオン教官いいですか?」

 しばらく話しているとロジオンは訓練生に呼ばれた。

 ロジオンは「待ってろ」と応じ、葉瑠に別れを告げる。

「俺は授業に戻るが、ゆっくりしていってくれよ」

「はい」

 葉瑠の返事を聞くと、ロジオンは駆け足で訓練生の元へ向かっていった。

 ロジオンと別れた葉瑠はさらにラボの奥へと進む。

 すると、見覚えのあるアウターユニットが視界に入った。

(あれはリヴィオくんの……)

 青にカラーリングされた左右非対称のアウターユニット。リヴィオくんのもので間違いない。

 葉瑠はそのアウターユニットを見上げながら近づいていく。

「あ……」

 アウターユニットの足元、制御コンソールの手前に見知った男子が立っていた。

 トレーニングルームからいなくなったと思ったら、こんな場所にいたようだ。

 葉瑠はある程度まで近付くと、背後から声を掛ける。

「リヴィオくん」

「……葉瑠か」

 リヴィオは振り返ることなく沈んだ声で応じた。

 明らかに一人にしておいてくれという雰囲気を漂わせていたが、葉瑠は負けじと話し続ける。

「リヴィオくんのアウターユニットって本当に珍しいよね」

 隣に立つと、ようやくリヴィオは葉瑠に顔を向けた。

「なんか用か?」

 葉瑠は否定の意を込めて目を浅く閉じる。

「ううん、偶然。ランキング戦に備えてアウターユニットをつくってもらおうと思ったんだけど、ロジオンさん忙しそうだったから」

 葉瑠は実習授業が行われているエリアを見る。ロジオンは各機体の間を行ったり来たりしており、酒を飲む間も無いようだった。

「リヴィオくんはどうしてここに?」 

 質問を返すと、リヴィオはアウターユニットを見上げて溜息をついた。

「別に、ただ様子を見に来ただけだ……」

 先程アルフレッド教官に言われたことで悩んでいるみたいだ。

 助けになれるかもしれないと思い、葉瑠は話を持ちかける。

「ところで、リヴィオくんはどうしてあんな戦闘スタイルに?」

「……」

 虫の居所が悪いのか、リヴィオは黙ったまま答えない。

 葉瑠はそんなリヴィオを眼鏡越しにじっと見つめる。

 空気に耐えられなくなったのか、数秒ほどでリヴィオは語り始めた。

「俺も昔からこうだったわけじゃない。剣を使ったり斧を使ったり、色々と武器は試した。……試した結果、素手が一番強かったってだけの話だ」

「リヴィオくん、不器用にも程があるよ……」

 葉瑠は憐れみの言葉を送った後、再度アウターユニットを見上げる。

「素手が一番強いっていうのはわかったけれど、左アームは防御で、右アームは攻撃っていうスタイルは理解できないよ……明らかに非効率じゃない?」

 葉瑠の的を射た質問に、リヴィオは参った様子で答えた。

「非効率なのは理解してるんだが、ミドルレンジからの攻撃を防ぐには盾を使うしかないだろ? 盾を持ってると攻撃しにくいから、左アームに手甲をつけてるってわけだ。わかったか?」

 初めてあの戦闘スタイルを見た時は理にかなっていると思ったが、よくよく考えれば攻撃に使えるはずの左アームを無駄にしている、勿体無いスタイルだ。

 その考えは自然と葉瑠に否定的なセリフを吐かせる。

「盾なんてリヴィオくんには必要ないと思うんだけどなあ……」

「盾なしでどうやって攻撃を防ぐんだよ」

「相手の武器を奪ったり、破壊すればいいんじゃない?」

 適当なことを言ってしまったとすぐに反省した葉瑠だったが、リヴィオはその言葉を真に受けたようで、何やら難しい顔で考え始めた。

 ……これ以上の口出しは過干渉かもしれない。

 ここで話したところでどうなるわけでもない。それこそアルフレッド教官や他の教官に相談したほうがよっぽど良い答えを得ることができるだろう。

 話を終わらせてその場から去ろうとすると、いきなり腕を掴まれた。

 葉瑠は驚きつつも掴まれた方向を見る。そこにはピンクに染まった髪を持つツナギ姿の女子学生……モモエがいた。

「お願い、葉瑠さん!!」

「ど、どうしたの?」

 モモエの目は潤んでおり、今にも涙が零れそうだった。

 葉瑠は戸惑いながらもゆっくりと手を振りほどく。

 しかし、すぐにまた手を握られてしまった。

「つい先程ロジオンさんから擬似AGFのメンテナンスを指示されたんですけれど、正直どこから手を付けたらいいやら……」

 どうやらモモエさんは窮地に立たされているみたいだ。

 しかし、葉瑠にとっては窮地でも何でもなかった。

「そんなの教本を見ればわかると思うんですけれど……。モモエさん、本当にエンジニアコースの人ですか?」

「それ、前にも言われた気がする……」

 正直面倒臭いが、“エンジニアとは仲良くしておいたほうがいい”とアルフレッド教官から何度も聞かされている。

(仕方ないですね……)

 実習なので手を貸すのはご法度かも知れないが、少しアドバイスするくらいなら問題ないだろう。

「メンテナンスする擬似AGFはどこにあるんです?」

「あのフレームです」

 モモエが指さしたのはリヴィオのアウターユニットの奥で待機しているものだった。

(あれもリヴィオくんのですよね……)

 学園内にある擬似AGFは全てが全く同じものなのだが、アウターユニットのすぐ後ろにあるのだから間違ってはいないはずだ。

 モモエは既にそのフレームに向けて移動していた。

 葉瑠は慌てて追いかけながら、改めて擬似AGFを眺める。

(見れば見るほど本物そっくりですね……)

 純正AGFは正真正銘オーバーテクノロジーの塊だが、この擬似AGFも負けてはいない。いつかは分解して内部を構造解析したいものだ。

 モモエはフレームの正面にたどり着くと、ケージ足元にあるコンソールを起動させる。

「それにしてもAGFって不思議ですよね」

「そうですね」

 葉瑠は同意しつつモモエの隣に立つ。

「教本にもメンテナンスの方法こそ詳しく書かれていますけど、内部構造に関しては完全にノータッチですからね」

 整備用端末が起動すると、早速葉瑠はメンテナンスメニューを開いていく。

 指を動かしながら葉瑠は雑談する。

「あ、そういえばモモエさん」

「なんです?」

「この間は相談に乗ってくれてありがとうございました」

「この間……ああ、巨大アームユニットの件ですか」

 結構いい兵装だと思っていたが、リヴィオくん本人が使えないのだから仕方がない。

 あんなものの為に付きあわせて時間を無駄にさせてしまったことを、葉瑠は少し後悔していた。

「結局アレはどうなったんですか?」

「ボツでした」

「そうですか……」

 隣に目を向けると、モモエさんは残念そうな顔を浮かべていた。

「他にも色々と考えてたんですけど……無駄だったんですか……」

 葉瑠はいたたまれなくなり、その考えを聞いてみることにした。

「どんな兵装を考えてたんです?」

 その言葉を待っていたのか、モモエは嬉しそうに喋り出す。

「実はリヴィオさんの話を聞いた後、一人で色々と考えていたんですよ。確か、素手でしか戦えないんでしたよね?」

「うん、そう。だから兵装を考えたところで意味が無いと思うんだけれど……」

「これなんてどうです?」

 葉瑠の言葉に構うことなくモモエはおもむろにタブレット型端末を取り出し、自慢気に画面を見せた。

 画面には兵装の概要図、そして武装名が綴られていた。

高周波拳ヴァイブロナックル?」

 なんとも仰々しいネーミングだ。

 モモエはメンテナンス作業そっちのけで熱く語り始める。

「拳部分をフレームのアクチュエータを使って超音波振動させるんです。ケモメカニカルアクチュエータを使ってますから、意図的に電圧をかければ超振動させられるってわけです」

 理屈は理解できる、が、拳を振動させる意味が理解できない。

「ブレードならまだしも、拳を振動させても仕方なくありません? ……ただでさえ手は構成部品が多いのに、そんなことをしたらすぐに故障しちゃうよ……」

 モモエはこの指摘を予見していたのか、間を置くことなく答える。

「実はそこまで酷使しなくてもいいんです。相手装甲の固有振動数さえ判れば簡単に共鳴崩壊させられると思いますし」

「なるほど、そういう使い方ですか……」

「フレームをむき出しにする必要がある上、手としての機能が制限されるので武器は使えません。デメリットの多い方法かもしれませんけれど……素手で戦うなら実用レベルだと思いません?」

 まさにリヴィオくんにピッタリの兵装だ。

 これさえあれば武器なんか使わなくてもリヴィオくんの戦闘スタイルを十分に活かせる。

 こんなすごい兵装を考え出すなんて、流石はエンジニアコースの学生だ。

 葉瑠は少しモモエを見直した。

「モモエさん、実は頭いいんですね……」

「やっぱり馬鹿にされてる気がする……」

 モモエは微妙な表情を浮かべていた。

 葉瑠は早速このことを伝えるべく、リヴィオの元へ向かうことにした。



「……というわけなんだけど、どう?」

 葉瑠が一通り説明を終えると、リヴィオは首を傾げながら質問した。

「よく分からなかったんだが、とにかく拳が強力になるって解釈でいいんだな?」

「うん……」

 正確には違うが、説明が面倒なのでそういうことにしておこう。

「それなら全然問題ないな。装備、頼んでもいいか?」

「ってことは……」

「おう、これで試してみる」

 この前と違い、リヴィオくんは兵装を使うことを快諾してくれた。

 嬉しいのは嬉しいが、自分のアイデアではないのでちょっと悔しい気もする。

 リヴィオは自分のアウターユニットを見上げ、決心したように呟く。

「これで心置きなくアイツと対戦できるな」

「アイツ……?」

 一体誰と対戦するつもりだろう。

 葉瑠の不思議そうな顔を見て、リヴィオは遅れて答える。

「スーニャだ。俺はアイツと戦って、今後のことを判断しようと思ってる」

 リヴィオの言葉に葉瑠は慌てて応じる。

「また戦うつもりなの? そもそもランキング戦は禁止されてるんじゃ……」

「ランキング関係なく戦うつもりだ。それならアルフレッドも文句ないだろ」

「そうかもしれないけれど……」

 葉瑠はこのリヴィオの考えを理解しかねていた。

 ランキング9位のスーニャと戦って、一体何を判断しようというのか。

「じゃあ、改良頼むぞ」

「うん……」

 リヴィオは詳しい説明もしないまま、ラボから出て行く。

(これは……誰かに相談したほうがいいですよね)

 何だかとんでもない事を考えている気がする。

 もしそれが間違っていたら、取り返しの付かないことになりかねない。

 ここはアルフレッド教官ではなく、シンギ教官に頼ったほうがいいだろう。

 ちょうど学園に帰っていることだし、早めに相談しに行こう。

 葉瑠は携帯端末を取り出し、取り次ぎを頼むべく宏人に連絡を入れる。

 端末を耳に当てながらふと前を見ると、既にリヴィオは出口に到達していた。

 色々と吹っ切れたのか、リヴィオの顔はやけにスッキリしていた。

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