18 -仮面の告白-
18 -仮面の告白-
女子寮の自室にて
葉瑠は人生最大の罪悪感に苛まれていた。
(どうしてあの時リヴィオくんに怒鳴ってしまったんでしょうか……)
苛ついていたとは言え、いきなり怒鳴るなんて私らしくない。
性格が明るくなってきてるのは自覚しているが、こんなに乱暴になるなんて思ってもいなかった。
これを気に態度を改めたほうがいいのかもしれない。
「はあ……」
ベッドの上でため息をつくと、隣のベッドから結賀の文句が飛んできた。
「なんだよー、葉瑠まで落ち込んでちゃ駄目だろー」
「うん……」
現在時刻は夜の10時。
普段はフィジカルトレーニングで疲れて寝ている時間だが、今日は悩み事のせいでなかなか寝付けそうにない。
結賀は普段は夜中までテレビやら雑誌やら見ているはずなのだが、珍しくベッドの上に寝転がっている。
表情も微妙だ。
今朝の食堂での言い合いがまだ尾を引いているのだろうか。
暗い雰囲気に耐えられなくなったのか、唐突に結賀がベッドから跳ね起きた。
「よし、気分転換しに行こう」
「こんな時間に気分転換って……ランニングでもするの?」
結賀は首を左右に振り、ニヤリと笑う。
「夜遊びだ」
「えー……」
その後、葉瑠は結賀に強引に連れられ、外へ繰り出すこととなった。
「――駄目だよ結賀、訓練生立入禁止って書いてるよ……」
「大丈夫大丈夫、心配症だなあ葉瑠は」
スラセラート学園校舎3階、教官室が並ぶエリアにて
葉瑠と結賀は真っ暗な通路を忍び足で歩いていた。
(夜中の学園を探検……確かに面白そうですけど……)
結賀のことだからてっきり商業エリアにでも行くのかと思ったが、そこまで悪いことをするつもりはないらしい。
葉瑠は周囲を警戒しつつゆっくりと結賀の後を付いていく。
「ねえ、まだ明かりがついてる部屋もあるよ。バレたらどうするの」
「だから面白いんだろ? 取り敢えずアルフレッドの野郎の部屋まで行ってみようぜ」
そう言う結賀は実に生き生きしていた。こんな結賀の顔を見たのは久しぶりかもしれない。
「それで、アルフレッド教官の部屋まで行ってどうするの?」
そもそも部屋があるかどうかすら不明だ。
アルフレッド教官は飽くまで教官代理だ。専用の部屋があるとは思えなかった。
結賀は一部屋一部屋確認しながら奥へ奥へ進んでいく。
「どうするって……部屋に忍び込んでアイツの弱みを探るに決まってんだろーが」
「犯罪だよそれ……」
「こうでもしねーとランキング戦に出られないだろ? 仕方ないことだと思って諦めろよ」
こんなことをしてまでランキング戦に出たいなんて、常軌を逸している。
付き合いきれないと判断した葉瑠はその場で止まり、踵を返す。
「やっぱり帰る」
「ちょっと待てよ、付き合いわりーな」
結賀は1人だと心許ないのか、すぐに追い縋ってきた。
葉瑠は結賀の接近を拒絶するように手を振り払い、はっきりと述べる。
「きちんとアルフレッド教官と話した方がいいと思う」
「話したさ。話したけど無駄だったんだからこういう手段を取るしかねーだろ」
「他にもちゃんとした方法があると思うんだけれど……」
「例えば何だよ?」
唐突な質問に、葉瑠は苦し紛れに答える。
「例えば……褒めてみるとか」
「はあ? 何が悲しくてあの変態野郎のご機嫌取りをしなくちゃならねーんだよ」
「でも、他人の弱みを握って脅すよりも100倍ましな方法だと思う」
二人で話していると、不意に廊下に声が響いた。
「――やっぱり場所を変えませんか?」
「!!」
透き通るような女性の声に驚き、二人は咄嗟に口を抑えてしゃがみ込む。
女性の声に応じるように男性の声も聞こえてきた。
「別にいいだろセルカ。教官室には下手な店より食いもんあるぞ」
姿は見えないが、この声には聞き覚えがあった。
(今のはシンギ教官……それにさっきのはセルカ理事長……)
こんな夜遅くに教官室で何をするつもりだろうか……
そもそも、いつシンギ教官はスラセラートに戻ってきたのだろうか。
息を潜めたまま色々と考えていると、続いて複数名の声が響いた。
「セルカさん、たまにはこういう場所で報告会をするのもいいじゃありませんか」
「宏人に賛成。私はむしろこっちの方が落ち着くわ。ホテルのバーなんて緊張のせいで味も何もわかったもんじゃないし」
「変なところで小心者なんだなルーメ」
「アルフレッドは常に変だけどね」
どうやら学園ランキングのトップスリーも一緒に歩いているみたいだ。
報告会という単語も出てきたし、話から察するにみんなで会議でもするみたいだ。
シンギ教官の部屋は階段を挟んで向う側にある。ここでじっとしていれば見つかることはないだろう。
この声にはさすがの結賀も危機を感じたらしく、小さく呟く。
「早く逃げよーぜ」
「だから、最初からそう言ってるじゃない……って、ストップ」
浮足立つ結賀を葉瑠は止める。
「みんなが部屋に入るまでじっとしてた方がいいと思う」
「おう……」
結賀は小さく頷き、再び姿勢を低くした。
葉瑠は現在の状況を確かめるべく通路の先に目を向ける。まだ姿は見えない。
暫くすると階段を登る足音が聞こえてきた。
このまま暗がりにいれば問題ないだろう……と思った矢先、いきなり通路の照明が点灯した。
「!!」
照明は長い通路を隅々まで鮮明に照らし出した。
近くに隠れる場所もないし、これでは見つかってしまう。
「どうすんだこれ……」
結賀はその場で立ち上がり、オロオロしていた。
葉瑠は座ったまま目を閉じ、何か方法はないか必死で考える。
(あ、そうだ……)
葉瑠はすぐに解決策を閃き、結賀に告げる。
「結賀、階段!!」
「……なるほど!!」
瞬時に理解した結賀は葉瑠を置いて階段目掛けてダッシュしていく。
シンギ教官の部屋はこの階にあるので、それより上に登ってしまえば見つかる心配はない。
4階はないが、屋上へ続く階段はあったはずだ。
葉瑠も結賀に遅れて階段へ向かう。
足音はどんどん近づいている。鉢合わせする前に早く階段を登ってしまおう。
先に階段をかけ登っていく結賀を見つつ、葉瑠は走る速度を上げる。
だが、葉瑠が階段に足をかけたその瞬間、階下の踊り場から人影が現れた。
電灯の光のお陰で葉瑠はその人物の顔をはっきりと捉えることができた。
(わ、宏人さん……)
宏人の顔を見られて嬉しい気持ちになったのは一瞬のことで、すぐにばっちりと目が合ってしまった。
「……!!」
宏人は唐突に現れた葉瑠を見て驚きの表情を浮かべるも、半秒後には葉瑠は階段を登り視界から消えた。
踊り場で固まる宏人にシンギが声を掛ける。
「どうした宏人?」
「……あ、電話がかかってきたみたいです。先に行っててください」
「別に急がねーからゆっくり話せよ」
「はい、ありがとうございます」
宏人は1人その場に残り携帯端末を操作し始める。
すぐに葉瑠の携帯端末にメッセージが届いた。
葉瑠は屋上手前のスペースで携帯端末を取り出し、結賀と共にそのメッセージに目を落とす。
……メッセージにはこう書かれていた。
“葉瑠ちゃん、どうしてこんな場所にいるんだい?”
「ごめんなさい。すぐに帰りますから……と」
葉瑠は文面を小声でつぶやきつつすぐに返信する。
数秒後、返事が返ってきた。
“ダメだ。僕らが部屋に入るまでそこで目立たないようにしてるんだ。いいね?”
そのメッセージを読んでいる途中、宏人さんは踊り場から3階の廊下に出て、シンギ教官の部屋に向かって行ってしまった。
取り敢えず宏人さんは私のことをばらすつもりはないようだ。ありがたい限りである。
暫くするとドアの開閉する音が聞こえ、廊下は再び静けさを取り戻した。
「危なかったな……」
「ギリギリだったね」
葉瑠と結賀は胸をなでおろし、お互いの顔を見てクスクスと笑う。
「見逃してくれるなんて、お前の兄貴やさしいな」
「優しいだけじゃなくてかっこいいしVFの操作も上手いよ」
自慢気に言う葉瑠に対し、結賀は呆れ口調で応じる。
「わかったわかった。それにしたって兄貴のこと褒めすぎだろ。ブラコンかよ」
「ブラコンでもいいでしょ……」
「ほんと、あの人が担当教官だったら良かったのにな……」
結賀は実現し得ない願望を言いつつ、改めて先ほどの団体について触れる。
「シンギ教官、戻ってたんだな」
「それ、私も驚いた。URの一件が片付いたのかもね」
報告会などと言っていたし、URの件について情報を掴んだのかもしれない。
当事者だった葉瑠にとってはかなり気になる情報だった。
結賀も同じことを考えていたのか、指を立てて提案する。
「せっかくここまで来たんだし、ちょっと盗み聞きしていくか?」
葉瑠は同意しそうになるも、宏人の言葉を思い出し首を左右に振る。
「駄目だよ。早く帰らないと今度こそ本当に大変なことになっちゃうよ……」
「今からしばらくは大丈夫だろ」
どこまでも楽観的な人だ。
結賀は葉瑠の警告を無視して3階廊下に降り、シンギ教官の教官室に向けてゆっくり歩き始める。
(仕方ないなあ……)
実際、葉瑠もURのことについては気になっていた。
結局葉瑠は情報を知りたいという欲に勝てず、結賀の後を追いかける。
ドアの手前まで来ると結賀は姿勢を低くする。
周囲が静かなこともあってか、ドアに耳を押し付けずとも室内の会話が聞こえてきた。
「シンギ教官お疲れ様でした。何か情報は掴めたのですか?」
「焦るなよ宏人。ついさっき帰ってきたばっかりなんだ。まずは冷たいもんでも飲ませてくれ」
「すみません……」
どうやらURの情報が出るまで時間がかかりそうだ。
続いて発言したのはアルフレッドだった。
艶のあるテノールボイスが廊下に漏れ出す。
「教官、URについての報告に先んじて、この場をお借りして相談したいことがあるのですが、よろしいですか?」
「どんな相談だ?」
「……私が受け持っている訓練生についてです」
(訓練生……)
自分のことかもしれないと思い、葉瑠、結賀は共に聞き耳を立てる。
「どうした? 誰か問題でもあんのか?」
「いえ、7名に不満はありません。全員操縦センスに優れた有望な訓練生だと思います」
(え……)
まさか褒められるとは思っていなかった。
結賀も同じ気持らしく、目を丸くしていた。
「……しかし、私に任せた理由がわからないのです」
二人は黙ったままアルフレッドの話に集中する。
「彼らはランナーとしては私と正反対のタイプ……直感力に優れたセンスの塊なのです。どちらかと言えば同じタイプのルーメに任せたほうがいいのでは?」
普段の言動からは考えられない言葉だ。ここまで褒めちぎられると背中がむず痒い。
アルフレッドの意見にシンギは淡々と返す。
「不満なのか?」
「いえ、不安なのです」
アルフレッドは間を置いて続ける。
「……個人に合わせてカリキュラムを組んで効率的に指導を行っているつもりですが、説明しきれないことも多く、不満が多発している状況です。特にフィジカルトレーニングに専念させているリヴィオ君と結賀君は明らかに訓練意欲を失いつつあります。……確実に実力は付いてきているのですが、発揮する場面が少ないのも問題なのです」
(そんなこと、思ってたんですね……)
私が思っていた以上にアルフレッド教官は私たちのことを考えてくれているみたいだ。
この事実を知り結賀は顎に手を当て難しい表情を浮かべていた。複雑な心境なのだろう。
「お前は変な所で不器用だな」
「不器用、でしょうか」
「お前自身が最善だって思ってんならやめる必要はねーよ。それでも不満が出るようなら、そんな奴は突き放してしまえばいい。全員を完璧に指導するのは実質不可能なんだからな」
もっともな意見だ。
ここは学園なのだ。教官の指示を聞かない訓練生に一々構っていられない。
「……」
アルフレッドはシンギのアドバイスを承服しかねたのか、静かに反論した。
「アドバイスを求めておいて悪いですが、突き放したくはないのです」
「何でだ? あいつら……特にリヴィオや結賀なんてお前がわざわざ教えなくてもそれなりの使い手になるだろ?」
「ええ。このままランキング戦に出続けて勝ち負けを繰り返せば、“それなりの”ランナーになることは難しくありません」
「引っ掛かる言い方だな」
アルフレッドは「すみません」と謝り、それでもなお意見する。
「……彼らは中途半端に強い。相手によっては自分の弱点を改善できないままでも勝ち進んでいくかもしれない。もしそのまま成長してしまえば中堅レベルで頭打ちになってしまう。そうなってからでは、遅い気がするのです」
誰も何も言い返さない。
外にいる葉瑠や結賀と同様に、静かに言葉に耳を傾けているようだ。
「彼らには素質がある。ここにいる皆さんと同じくらい、いえ、それ以上の才能があるような気がするのです。私は、彼らの才能を単なる才能で終わらせたくない。その才能を最大限にまで高め、それを100%以上発揮できる最高のランナーになってほしいのです」
「そこまでわかってるなら、相談する必要ねーだろ」
シンギ教官の声は笑っていた。
アルフレッド教官も「ふっ」と短く吹き出す。
「たしかにそうでしたね。馬鹿な相談をしてしまいました。彼らに何を言われようと、私は私の指導法を続けることにします。それが彼らのためになるのなら……」
(アルフレッド教官……)
葉瑠はアルフレッドの決意に胸打たれてしまう。
訓練生に対してここまで真剣に考えてくれているとは思っていなかった。
それなのに、変態マスク呼ばわりしていた自分が恥ずかしい。
「謝らなくちゃ……」
「え? ちょっと葉瑠……」
……盗み聞きとはいえ、聞かなかったことにはできそうにない。
葉瑠は罰を受けるのを覚悟で、室内に飛び入った。
「アルフレッド教官!!」
ドアを勢い良く空け、葉瑠は声を張る。
急に出現した訓練生に室内にいた全員が驚いていた。
まず反応したのはアルフレッド教官だった。
「……葉瑠君?」
葉瑠は許可も得ないまま部屋に上がり、ソファに座っているアルフレッドの正面に立つ。
そして、おもむろに頭を下げた。
「こんなに私たちのことを考えてくれていたのに、文句を言ってすみませんでした」
「……」
言葉を失っているアルフレッドに構うことなく葉瑠は矢継ぎ早に告げる。
「これからはアルフレッド教官の指示には絶対従います。だから、これからもよろしくお願いします」
ここでようやくアルフレッドは言葉を返す。
「まさか、さっきのを全部聞いていたのか」
「……はい」
アルフレッドは金属製のマスクにそっと手を添え、すっと立ち上がった。
「……失礼する」
何か言葉を返してくれるかと思っていたが、アルフレッド教官はいきなり駆け出し、空いたままのドアから外に出て行ってしまった。
「あ、逃げた」
とシンギが言うと、
「逃げましたね」
とセルカが続き、
「逃げたわね」
とルーメがスナックを齧りつつ軽くコメントし、
「見事な逃げっぷりだなあ」
と最後に宏人が感想を述べた。
アルフレッドが居なくなったというのに、全員落ち着いているようだった。
葉瑠は入り口のドアを見つめつつ、不安げに呟く。
「私、見捨てられちゃったんでしょうか……」
そんな葉瑠の言葉をシンギは笑い飛ばす。
「安心しろ。アルフレッドは想定外のことが起きると取り敢えず逃げるんだ」
とシンギが言うと、
「よほど恥ずかしかったのでしょうね」
とセルカが続き、
「アルフレッドってああ見えて結構シャイよね」
とルーメがマフィンを頬張りながら軽くコメントし
「あんな小っ恥ずかしいセリフを聞かれたら誰だってああなるよ」
と最後に宏人が同情の念を示した。
「ま、結果オーライといったところか……」
シンギは空いたままのドアを眺めつつ呟き、続いて葉瑠に視線を向ける。
視線を向けられ、葉瑠は咄嗟に姿勢を正した。
シンギは先ほどまでアルフレッドが座っていた場所を指さす。
「まあ、そこに座れ」
「はい……」
葉瑠は素直に指示に従い、ソファに腰を下ろす。
シンギは足を組み直し、ため息混じりに告げた。
「どうしてこんな時間にここにいるんだ」
「ちょっと、気分転換に夜の校内探検をしようと思いまして……えへへ」
「で、偶然俺たちを見つけて盗み聞きしてたってわけだな」
「……すみません」
もう謝るしかない。
葉瑠の誠意が伝わったのか、シンギはあっさりと減刑してくれた。
「盗み聞きについては不問にするとして……夜間外出についてはしっかり罰を受けてもらわないとな」
「ひ……」
ニヤリと笑みを浮かべるシンギに葉瑠は鳥肌を立たせる。
こんなことになるなら姿を見せるんじゃなかった……と思う一方で、葉瑠はアルフレッドに謝罪できて満足していた。
(結賀、逃げられたかな……)
葉瑠はちらりとドアの外を見る。
その視線に気付いたのか、続いてシンギは外に向けて告げる。
「おい結賀、お前は友達を見捨てるような冷たい人間じゃないよな?」
「クソ……」
どうやら隠れていた結賀の存在もバレてしまったようだ。
その後二人はシンギから直々にお叱りを受け、罰を受ける事になってしまった。




