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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 2 鋼の拳
36/133

 13 -共闘-


 13 -共闘-


 ――ダイヤモンドヘッドに新手が出現した頃

 沖合の海上、その上空ではURとアルフレッド機が激しく火花を散らしていた。

 アルフレッド機は空中で前転を繰り返しながらロングソードをURに打ち付ける。

 独楽のように回転し続けながら斬り続けるこの方法は空中でしか使えない大技で、アルフレッドの得意とする技でもあった。

 一見簡単そうに見える攻撃法だが、実際には敵機の位置を把握することが難しい。慣れないランナーが行うと2,3回転くらいで方向感覚を失ってしまう諸刃の刃でもある。

 だが、上手く使いこなせればこれ以上の火力を実現する攻撃法はない。

 そんな驚異的な怒涛の連撃にもかかわらず、URは大鎌でその攻撃に対処していた。

(こうも斬撃をいなされるとは……予想外だ)

 アルフレッドは自分の攻撃が全て防がれていることに驚き、そして慄いていた。

 UR相手に勝てるとは思っていないが、ここまで実力差があるとは思っていなかった。

 機体性能差を考慮しても、URのランナーがシンギ教官レベルの実力者だということは紛うことなき事実だった。

 回転撃を続けつつ、アルフレッドは感傷に浸っていた。

(引きつけるだけで精一杯ということか……)

 ――アルフレッドはランナーとして高みを目指すため並々ならぬ努力をした。

 血反吐が出るまで訓練し続け、シンギの指導のもと必死で頑張った。

 だが、いくら研鑽を積んでも圧倒的な才能を有するランナーたちには勝てなかった。

 アルフレッドはその才能差を埋めるため、自分の身体の一部を“強化”した。

 反応速度を高めるために生身の眼球を捨てたのだ。

 今現在眼窩に収まっているのはCSD(全天投影装置)システムの接続ユニットだ。

 CSDは全天映像、すなわち周囲360度の映像を見る事ができる特殊なシステムだ。

 見るというよりは知覚するという表現が正しいかもしれない。

 このシステムは通常では得ることのできない死角の情報を得ることが出来る、反則的に便利なシステムだ。CSDを用いればどの角度からの攻撃にも対応できる。

 背を向けた状態でも正確に相手に攻撃することができる。

 高速回転しながらでも正確に斬撃を当てられるのもこのCSDの恩恵だ。

 だが、このシステムは脳に多大な負荷をかけるため、長時間の使用はできない。

 アルフレッドはこの他にももう一つ武器を持っていた。

 それはBWC(脳波コントロールシステム)だった。

 本当の意味での脳波コントロールとは言えないが、“攻撃”や“防御”などと言った単純な信号は拾ってくれるため、信号に応じて出力を調整したり、初動動作をオートで行ったりと、戦闘においてはかなり役立つシステムだ。

 昨日、アルフレッドは結賀に手伝ってもらい、この両方のツールを最適化し、限りなくベストに近い状態にあった。

 だが、URと接触してから3分と経たずして、アルフレッドは限界を迎えていた。

(これ以上は……耐えられない)

 目の痛みに加え、激しい頭痛がアルフレッドを襲う。

 頭痛のせいで操作にもアラが目立ち始めた。

 ロングソードの回転斬りはURの重心を捉えておらず、剣速も目に見えて鈍くなっていく。

 その隙を突かれ、今まで防御を続けていたURがとうとう攻撃に転じた。

 URは大鎌をフルスイングし、アルフレッド機のロングソードを弾き飛ばす。そして、URもアルフレッドと同じように急速に回転し始めた。

 ――まずい

 と思った時には全てが終わっていた。

 まるまる一回転して十分な速度を得た大鎌は容易に音速に達し、アルフレッド機の脳天に命中した。

「ぐっ……!!」

 鎌は抵抗なくアルフレッド機の頭部から胸部にかけてを豪快に抉り、一瞬でアルフレッド機を機能停止状態に追い込んだ。

 攻撃の衝撃でコックピットは激しく揺れ、中にいたアルフレッドは内壁に強く体を打ち付けられる。

 頭部を失ったアルフレッド機は即座に浮力を失い、重力に引かれて落下し始めた。

「……後は任せて下さい」

 落下のさなか、アルフレッドはアビゲイルの声を確かに聞いた。

 だが、その言葉が何を意味するのか。聞き返す間もなくアルフレッドは気を失った。



 場所は変わってダイヤモンドヘッド上空

 リヴィオは着膨れしたVFの背後にいた。

(マジでこんな奴に挑戦するなんて……どうかしてるな、俺)

 リヴィオは正直なところ自分自身の行動に驚いていた。

 シンギさんがやられてカッとなって飛び出してきたわけだが、もうちょっとよく考えたほうが良かったかもしれない。

 だが、出てきてしまった以上後には引けない。

 こちらの存在に気付いたのか、着膨れしたVFはゆっくりと振り返り、ボディの正面をこちらに向けた。

 こいつがURなのだろうか。

 一応カラーリングは赤だが、狙撃銃らしきものは見当たらない。セブンの話ではアルフレッドとアビゲイルが沖のほうでURを足止めをしているらしいし、新手で間違いないだろう。

 こうなると他にもURが出てきそうで怖い。

 着膨れしたVFはまだこちらの出方を窺っているようで、巨大なランスを構えることなく、ただじっと見つめていた。

 このまま動かなければ、戦わずに済むかもしれない。何もすることなく時間を稼げるかもしれない。

 少しでも時間を稼げば、シンギさんが何とかしてくれる。

 根拠はないが、救世主である彼なら何か解決策を見出してくれると、リヴィオは確信していた。

 沖の方にいるURはまだこちらに来ていない。アルフレッド教官やアビゲイルが頑張って戦っている証拠だ。

(覚悟、決めるか)

 リヴィオは指の骨を鳴らすと操作コンソールに手をのせ、リヴィオ機にファイティングポーズを取らせる。

 この動きだけで闘志を読み取ったようで、着膨れしたVFもランスの穂先をこちらに向ける。

 さて、どうしたものか。

 考えていると通信機から葉瑠の声が聞こえてきた。

「リヴィオくん、聞こえるリヴィオくん?」

「聞こえてる」

 リヴィオは敵機を見据えたまま短く応える。

「敵はこちらと同じAGFの技術を使っているけれど、バッテリーを積んでいるから頭部を破壊しても機能停止しないから、そこだけ注意してね」

「まず攻撃が通るかが問題だけどな……」

「そうだね……」

 多分、耐えるだけで精一杯だろう。

 そんなことを話していると、不意に相手が動いた。

 着膨れしたVFは背部ブースターを一気に吹かし、急加速して突進してきた。

(……あ、終わった)

 と思えるほど、敵の速度は常軌を逸していた。ランスは刹那の間にリヴィオの視界を覆い尽くし、その穂先は頭部を正確に捉えていた。

 リヴィオは自分の敗北を確信した。

 しかし、リヴィオの意に反してVFは防御行動を行っていた。

 リヴィオ機は瞬時に左のショートアッパーを繰り出し、ランスの側面を強打する。

 結果、穂先は斜め上に逸れ、頭部をすり抜けて後方へ抜けていった。

 操作した覚えはないし、コンソールに乗っている手も一切動いていない。なのに、勝手にVFが敵の攻撃を捌いた。

 一体何がどうなっているのか……。

 リヴィオは呆然とする暇もなく背後に飛び、敵機から距離を取る。

 着膨れしたVFもこちらの行動に驚いたのか、ランスを突き出したまま動きを止めていた。

「どうなってんだ……?」

 リヴィオは答えを求めるべく通信機に呟く。

 すると、葉瑠からとんでもない答えが返ってきた。

「ごめん、急に来たから説明できなくて……今の防御、私が遠隔操作したの」

「遠隔操作!?」

 聞き慣れない言葉に、リヴィオは思わずオウム返ししてしまう。

 葉瑠に取っては聞き慣れた言葉のようで、当たり前のように話を続ける。

「うん。正確には私じゃなくて、私が組んだ自動防御プログラムだけれど……とにかく、防御は私が担当するから、リヴィオくんは攻撃に専念してね」

「そんな無茶な……」

 無茶というより無謀だ。絶対に無理がある。一つの機体を2人で操作するなんて前代未聞だ。

「おい葉瑠、思いつきで変なことするなよ」

「思いつきも何も、実際に防御上手くいったでしょ」

「それはそうだけどよ……」

 会話を続けていると、またしても敵機が突進してきた。

 今回もリヴィオは反応しきれず、またしても葉瑠の自動防御プログラムが機体を勝手に操作する。

 プログラムは左肘と左膝でランスの穂先を挟み、いとも容易く突進を止めてしまった。

「私も最初は無茶かもしれないと思ったけれど、この機体なら2人で操作しても問題ないってことに気付いたの」

「……説明してくれるよな?」

 リヴィオは自らの手でリヴィオ機をコントロールし、敵機目掛けて拳を突き出す。

 着膨れしたVFはこちらの拳から逃れるように後退し、距離をとった。

 敵機が離れ、葉瑠は改めて説明し始める。

「リヴィオくんが今乗ってる機体、左側は防御重視の構成で右側は攻撃重視の構成……左右で役割が違うから、私は左半身に、リヴィオくんは右半身に操作を割り当てられる」

 喋りながら葉瑠は左腕と左脚を適当に動かしていた。

「地表だと脚がこんがらがって同時操作なんて芸当できないけれど、空中なら脚がバラバラに動いても問題ないし、無理な姿勢をとっても転けることはない。自分で言うのも何だけれど、結構いい作戦だと思う」

「確かに……」

 話だけを聞くとかなり有効な作戦に思える。反論も思いつかないし、ここは葉瑠に従ったほうがいいだろう。

(流石はあのアビゲイルを倒しただけのことはあるな……)

 おとなしい見た目に似合わず、やっていることは非常識で無茶苦茶だ。

 だが、葉瑠が左隣にいると思うだけで、なぜだか不安が薄れていく気がした。

「それじゃ、防御は任せたぞ」

 リヴィオは葉瑠を全面的に信用し、敵機目掛けて飛び込む。

 敵機はこちらの攻撃に応じるようにランスを正確に突き出してきた。

 胸部目掛けて突き出されたランスは葉瑠が制御する左腕によって外側へ弾き出され、リヴィオはランスの側面にボディを擦りつけながら敵機に肉薄し、流れるような動作でブローパンチを繰り出した。

 若干下方から繰り出されたブローパンチは敵機の脇、装甲の継ぎ目に命中する。

 拳は敵機を揺さぶり、命中箇所を凹ませただけでなくジョイントパーツも破壊した。

「っしゃあ!!」

 見事なまでのクリーンヒットだった。

 リヴィオは追撃を狙うべく敵機に張り付き、再度アームに力を込める。

 しかし、敵機は強引にランスで薙ぎ払い、リヴィオ機は押し飛ばされてしまった。

 確かに装甲にダメージを与えられたが、それは微々たるもので有効打とまでは言えなかった。

 腕の力だけしか使えないせいで、十分なダメージを与えられなかったようだ。

「行ける……」

 ダメージは与えられなかったが、この一撃でリヴィオは絶対的な自信を得た。

 肩がほぐれ、恐怖が消え、景色が鮮明になり、感覚が研ぎ澄まされていくのが自分でも理解できる。

 間違いなく今俺は自分の能力を最大限に生かせる状態にある。

 そんな確信を事実に変えるべく、リヴィオは再び敵機に攻撃を仕掛ける。

 敵はこちらの攻撃を警戒してか、ランスを脇に抱えて固定し、迎撃の体勢を取っていた。

 穂先を向けることでこちらの接近を牽制し、攻撃を潰すつもりだろう。

 だが、今のリヴィオにはそんな小技は通用しなかった。

 リヴィオは拳骨で穂先を下に叩きつけ、そのままその場でくるりと前転する。

 前転中、リヴィオは足をピンと伸ばし、敵の脳天目掛けて踵落としを食らわせた。

 高速の踵落としにもかかわらず、敵機はその攻撃をいち早く察知し、肩の装甲で受け止めた。

 脇と違ってこちらの装甲は硬く、ダメージを与えるどころか弾き返されてしまった。

「硬すぎだろ。どんだけ分厚いんだよ……」

 リヴィオはそのまま敵機の頭上を通り抜け、背後に抜ける。

 着膨れしたVFは振り向きざまにランスを突き出してきた。が、背後からの攻撃にもかかわらず、葉瑠はこの攻撃を左腕の手甲で軌道を逸らし、難なく回避した。

「あの装甲、単なる打撃じゃ絶対に壊せないよね……」

「早速弱音吐くなよ。こんな非常識な二人羽織りを思いつくくらいだ。お前なら何とか打開策見つけられるだろ」

「もう、リヴィオくんもちゃんと考えてよ……」

「俺は攻撃で忙しいんだ」

 リヴィオはランスを右脚で蹴り飛ばし、がら空きになった背中に再度拳を叩きつける。

 拳は背部スラスターに命中するも、埋込式のため並々ならぬ強度を持っており、またしてもダメージは通らなかった。

 それどころかエンジンを吹かされ、腕部の塗装が一部剥げてしまった。

 リヴィオは慌てて拳を引く。敵機はそのまま加速して飛び去り、空に大きな弧を描き始めた。

 加速してこちらに突進してくるに違いない。

「やっぱ無理だろ、これ……」

「うん、全然攻撃通らないね……あ」

「何だ?」

「いいこと思いついたかも……」

 葉瑠はその言葉を最後に何も喋らなくなり、通信機からはコンソールのタッチ音しか聞こえてこなくなった。

「葉瑠、葉瑠?」

 名前を読んでも返事はない。作業に没頭しているのだろう。

 そうこうしている内に敵機は高速に達し、薄い衝撃波が発生するのが見えた。

 あの音がこちらに届くのは敵機と激突した後だ。

 敵機は更に加速し、ランスをこちらに向ける。

 その時になってようやく葉瑠から返事が来た。

「よかった、間に合った。聞いてリヴィオくん私……」

「話は後だ」

 葉瑠の言葉をバッサリ切り捨て、リヴィオは突進に備えて構える。

 実際に防御を行うのは葉瑠のプログラムなので不安はなかったが、重要なのは防御した後のカウンター攻撃だ。

 馬鹿みたいに硬い装甲も、敵のスピードを逆手に取れば破壊できるかもしれない。

(今の俺ならできる……!!)

 リヴィオは自分に言い聞かせ、拳を硬く握る。

 数秒としない内に敵機はランスを構えて突進してきた。VFそれ自体が巨大な弾丸と化しており、ちょっとやそっとの衝撃では軌道を逸らせる気がしなかった。

 この圧倒的な勢いに負けることなく、リヴィオは立ち向かう。

「行くぞッ!!」

 掛け声とともにリヴィオは前へ飛び出した……つもりが、何故か急に後退し始めた。

「へっ?」

 予想外な展開にリヴィオは間の抜けた声を上げる。

 リヴィオ機は反発し合う磁石の如く、敵機と一定の距離を保ったまま後退していた。

 葉瑠は「えーと」と前置きしてこの現象について教えてくれた。

「ごめんねリヴィオくん、重力盾へのエネルギー供給をカットしたから」

「はあ!? ふざけるなよ。重力盾を消すなんて……」

 言葉の途中でリヴィオは自分の状態を再確認する。

 相手の重力盾によって機体が弾かれているおかげで、何がどうあっても敵の攻撃は届かない。

「そうか、その手があったか」

 敵が射撃武器を使わない限り、このまま逃げ切ることができそうだ。

 自機の能力で対処できなければ敵機の力を利用する……逆転の発想もここまで来ると溜息しか出てこない。

「でも、これじゃ攻撃もできねーぞ」

「大丈夫。もうしばらくしたら向こうも重力盾を解除するから」

 お互い近付けないのだから、自然とそうなるのが道理である。

 葉瑠の予想はすぐに的中し、敵機は重力盾を解除し、接近してきた。

 どうやら葉瑠の術中にはまったのが気に食わないようで、ランスも構えないまま強引に急加速していた。

 明らかに隙だらけ、カウンターも簡単に入りそうだ。

 リヴィオは拳を腰の位置で構え、敵機を待ち構える。

 やがてランスの射的距離に入ると、敵機はランスを突くのではなく、横に薙いだ。

(クソ、右側から……)

 これでは防御できない。一旦引こうかと思ったその瞬間、葉瑠の遠隔操作によってリヴィオ機は側転させられ、逆さまになった。

 上下逆になったことで左腕による防御が可能になり、自動防御プログラムは正確にランスの側面を殴りつけ、威力を殺した。

「リヴィオくん!!」

「任せろ!!」

 上下逆さまのまま、リヴィオは敵の懐に飛び込む。

 勢いをつけて思い切り胸部を殴ろうとしたリヴィオだったが、拳を出す直前で葉瑠に止められてしまった。

「なんだ!?」

「違う!! どこでもいいから敵を掴んで!!」

「お、おう……」

 怒鳴られたせいか、リヴィオは咄嗟にストレートパンチを中止し、敵機胸部の装甲の隙間に指を差し込んだ。

「で、どうするつもりだ?」

「いいからしっかり掴んでて!!」

 葉瑠がそう叫んだ瞬間、リヴィオ機は重力盾を再動作させた。

 その瞬間、強力な斥力が敵機に作用し、ランスは遠方に吹き飛ばされ、四肢も伸びきり背後に投げ出された。

 リヴィオは即座に葉瑠の意図を読み取り、敵機を放さぬように指先に力を込める。

 重力盾を攻撃に使うとは……先程から驚かされるばかりだ。

 斥力は相当なもので、リヴィオ機の指先には多大な負荷がかかり、早くも限界を迎えようとしていた。

 だが、リヴィオ機の指よりも、胸部装甲が剥がれる方が早かった。

 敵機は胸部装甲板と共に弾き飛ばされ、くるくると宙を舞う。だが、こちらが逆立ちから復帰する頃には重力盾を張り直し、体勢を立てなおしていた。

「ふぅ……」

 滅茶苦茶な方法だったが、なんとかして敵機にダメージを与えることができた。

 敵機の胸部装甲は綺麗に剥がされ、コックピットハッチを確認することができた。ハッチには何のマークもなく、手がかりは掴めそうになかった。

 ランスを弾き飛ばし、装甲にもダメージを与えられた。このまま慎重に攻撃を繰り返せば勝てるだろう。

 リヴィオは間髪入れず敵機目掛けて飛翔していく。

 しかし、数十メートル移動した所で操作をロックされてしまった。

「またかよ……今度は何だ?」

「リヴィオくん、ちょっとストップ。セブンから話があるって」

「話だあ?」

「重要な話です」

 女性の合成音声が会話に割り込んできた。

「今から10秒後に衛星軌道上から高出力レーザーを照射します。今すぐダイヤモンドヘッドへ帰投してください」

「余計なことするな。このまま行けば倒せるだろ」

「あと6秒です」

「……」

 いくら説得しても無駄だと判断し、リヴィオは進路を反転して敵機から遠ざかる。

 敵機がまだ何か武器を隠している可能性もあったわけだし、一撃で倒せるならそれに越したことはない。

「『ケフェウスの光』、照射開始します」

 セブンが宣言したかと思うと、すぐに空気の焼けるチリチリという音が聞こえ始めた。

 リヴィオは思わず振り返る。

 着膨れしたVFの周囲が歪んで見え、その遥か下にある海面からは湯気が発生していた。

 敵機は真上からの攻撃を察知し、背部ブースターを吹かして沖に向けて高速飛翔し始めた。

 光の柱は敵機を正確にトレースしており、逃れる術は無いようだった。

 膨大な熱量を体に受け、着膨れしたVFの装甲表面から煙が立ち上り始める。

 その後3秒と経たずにオレンジ色に変色し、ドロドロに溶け始めた。

(すげえ……)

 ミサイルのように爆音がするわけでもなく、閃光や衝撃波が発せられるわけでもない。

 ただただ静かに目標物を溶解させるこの兵器は恐ろしい。ミサイルが優しく思えるほどえげつない。

 いよいよ装甲が限界に達したのか、敵機は海に向かって急降下し始めた。

 海水で機体を冷却するつもりだろう。

 すぐに敵機は海面に達したが、その瞬間急激に熱せられた海水が蒸発し、一気に周辺に白煙が立ち込めた。

 ケフェウスの光はその煙さえも圧倒的な熱量で強引に気化させ、瞬く間に視界をクリアにする。

 だが、そこに敵機の姿は見当たらなかった。

「海中に逃げたのか……?」

 海水なんか浴びたらすぐにショートしてしまいそうなものだが……

 破片も残骸も見当たらないし、逃げられたのは間違いないようだ。

 敵機を見失ったことで一気に緊張が解け、リヴィオはコックピット内のシートに体重を預けてため息を付いた。

 撃破できなかったのは残念だった。が、よくよく冷静に考えるとランスを胸部装甲を奪っただけで、他の部位にはほとんどダメージを与えられていなかった。

 敵も本気とは思えなかったし、あのまま戦っていたら負けていた可能性もある。

 早々に強力な兵器で敵機を撃退したセブンの選択は正しかったと、リヴィオは考えることにした。

 敵機を見失った位置周辺を監視していると、通信機からシンギさんの声が聞こえてきた。

「よくやったなリヴィオ。あれと対等に戦えるなんてすごいじゃねーか」

「ありがとうございますシンギさん……」

「アビゲイルもURを倒したみたいだし、今年の新入生はヤバイな」

 シンギはとんでもない事実をさらっと報告した。

 リヴィオは「そうですか」と普通に応えた後でその事実を理解し、遅れて驚きの声を上げる。

「え? 倒したんですか……!?」

「おう。セブンの監視衛星経由で見てたが、6本のブレードで串刺しにしてたぞ。ありゃすげーわ」

「……」

 URがどんな敵なのか分からないが、シンギさんの嶺染の片腕と両脚を奪ったかなりの強敵なのは確かだ。

 それを倒すなんて……アビゲイルはとんでもなく強いのではないだろうか。

 考える暇もなくシンギは続けざまに衝撃の事実を告げる。

「倒した後、URのコックピット部位だけを切り取って連行してたんだが、さっき逃した奴に奪還されて逃げられたらしい。何だかんだで満身創痍だったみてーだし、仕方ないな」

 結局2機とも取り逃がしたことになるが、追い返せたのだからよしとしよう。

 結果的にはたった2機の敵に17機のVFを破壊され、その上逃げられたので惨敗と思われても仕方がない。

 それでも、リヴィオはこの結果に少なからず納得していたし、シンギを含めたランナーのみんなも満足していると思っていた。

「お疲れ様リヴィオくん」

「おう、ありがとな」

 リヴィオの口調は軽かったが、本心ではかなり感謝していた。

 ……葉瑠がいなければ早々に負けていた。

 自動防御プログラムが素晴らしかったのは勿論、重力盾を応用した戦術もとても有効的だった。これは、豊富なVF関連の知識を持ち、機体制御の方法を知り尽くしているからできた作戦だ。簡単に真似できるものではない。

 ここまで考えて、リヴィオはふと重要な事を思い出す。

「そういや、敵を倒したら何でもいうこと聞いてくれる約束してたよな。葉瑠」

「え……」

 息を呑む音が通信機越しに聞こえた気がした。

「あの時は……勢いというか……リヴィオくんだって無視していいって言ってたし……」

 流石のリヴィオも相手が嫌がることをするつもりはなかった。

 それに、先程も言ったように敵を倒せたのは葉瑠のおかげなのだし、謹んで辞退しよう。

「ああ、そうだったな。結賀が勝手に言ったことだし、気にしなくていいって言ったんだったな。忘れてた」

「……ふう、よかった。一時はどうなることかと……」

 ここまで安堵されると結構凹む。

「ならばその権利、私が貰ってもいいですか」

 図々しすぎる発言をいきなりかましたのはアビゲイルだった。

 ふと遠くの空を見るとふらふらと飛んでいるアビゲイル機を確認できた。

 アビゲイル機はシンギさんの言った通り満身創痍で、五体満足だったものの、装甲が欠けていたり深い切り傷があったりと、いつ機能停止してもおかしくない状態だった。

 これだけを見て、どんな死闘を繰り広げたかわかった気がした。

 だが、俺だって力を借りたとはいえ敵を追い払ったのだ。立場的にはアビゲイルと同格なのだし、称える気もなければ褒める気もなかった。

「権利を貰うって……本気で言ってんのか?」

「私も一応URを倒しましたので、その権利はあると思いますが」

 なるほど、一理ある。

 葉瑠もそう思ったのか「そうだね……」と呟く。

「アビゲイルさんがそうしたいなら、私は別に構わないけれど……」

 葉瑠の反応は先程とは正反対だった。

「決まりですね。後日こちらの要求をリスト化して渡しますので、宜しくお願いします」

「うん、こちらこそ」

 俺の時は断ったのに、何故アビゲイルは許可したのか。

 ……釈然としない。

「こら、無駄話は後にしてさっさと戻ってこい。また敵が来るかもしれないんだぞ」

 ロジオンにきつく注意されてしまった。

 確かに完全に安全を確保できたわけではないし、万全を期するためにも早く戻っておこう。

 リヴィオは無駄話を中断し、再度ダイヤモンドヘッドに機首を向けた。



「あーあ、やられちゃいましたね」

「3時間近くだんまりを決め込んでいたかと思えば開口一番がそれか。もっということがあるんじゃないか」

 ハワイから東へ進むこと500km

 ダイヤモンドヘッドから逃れた2機の“乱入者”は現在、水深400mの海中をひたすら東へ進んでいた。

 大鎌を持っていた骸骨のVFはコックピットユニット付近しか残っておらず、ボロボロの胴体と、上部を切り取られた頭部がかろうじてくっついている状態だった。

 装甲を着込んでいたVFは胸部装甲こそ失ったものの、それ以外に目立ったダメージはなく、背部ブースターを吹かして水中をゆっくりと移動していた。

 装甲を着込んだVFは骸骨のVFをしっかりと抱きかかえていたが、水流のせいで微かに振動していた。

「はいはいすみませんでした。それにしてもただの学生に私が負けるなんて……末代までの恥ですよこれは」

 文句を言っているのは骸骨のVFのコックピット内にいる女性ランナーだった。

 歳は二十歳前後だろうか。

 赤髪はショートに纏められ、頭頂部から左のこめかみにかけて編み込まれおり、前髪は目元を覆い隠すほど長かった。

 肌は色白と言うよりは青ざめており、顔は整っているものの、目元には隈があり不健康そうだった。それに加え、幸薄そうな雰囲気を漂わせていた。

 彼女は自分を倒したランナー……アビゲイルに怒りを覚えているようで、シートの上で三角座りをしたままおでこを膝に打ち付けていた。

「恥どころか罪ですね。あるじにどう説明するつもりですか」

 冷めた声で彼女に指摘したのは、重装甲のVFに乗っている男性ランナーだった。

 彼はランナースーツではなくロングコートを着込んでおり、若干猫背気味でひどく痩せていた。だが身長は高く、コックピットの中は窮屈そうだった。

「説明も何も、代替戦争の妨害は成功したんですから文句はないと思いますけれど? それにシンギも倒せましたし、あなたと違って大活躍でしたよ私」

「トドメを刺したのは私だ」

「弱っていた相手を倒しただけでどうしてそこまで誇らしげに言えるのか不思議でたまりませんよ。というか、あなたも学生に負けたんですよね」

「ケフェウスの光を受けなければ勝っていた。……そもそも、私の狙撃銃を勝手に使うな。しかも、それを海に捨てるなんてありえない。お前のせいで私はランスだけで戦う羽目になったんだぞ」

「来るのが遅いのが悪いんです。でも、あの銃使いにくいですね。13機撃ち落とすのに1分以上掛かってしまいました」

「あの銃は私の『ジリアメイル』とワンセットになっている。照準システムも無しに使ってまともに射撃できるわけがないだろう。ああ勿体無い、今からでも海底からサルベージしてこい」

「そんな無茶なこと言わないでください。そっちは銃だけで済んでいますけれど、こちらは『ウィクレル』をまるごと失ってるんですからね?」

「問題をすり替えるな。今回だけじゃない、そもそもお前は……」

 説教が始まろうとしたその時、携帯端末の着信音が鳴り響いた。

「あ、携帯鳴ってる」

「私のだ」

 ロングコートの男はコートの内ポケットから携帯端末を取り出し、HMDのバイザーを上げて画面を見る。

「誰からです?」

「……主からだ。少し静かにしていろ」

「はいはい」

 赤髪の女が黙ったのを確認すると、ロングコートの男は携帯端末を耳にあてて通話を開始した。

「……ええ、はい。現在帰投中です」

「……それは、なかなかの使い手がいまして。スラセラートの学生だと思うのですが」

「……分かりました。後ほど戦闘記録映像を転送しておきます」

「……それはもちろん。二人共怪我もなく無事です。VFも一部破壊されましたが、海に沈んで回収は難しいでしょう」

「……ありがとうございます。では、当初の指示通り私は米国内に潜伏、彼女はスラセラートに戻ります」

「……はい、失礼致します」

 通話が終わるとロングコートの男は携帯端末をしばし見つめた後内ポケットに仕舞い込んだ。

「なんて言ってました?」

「“今回はよくやった”……とのことだ。」

「なんかいつもそればっかりですね」

「それだけ事がうまく運んでいるということだろう。それより、スラセラートでは問題なく潜入できているのか」

「当たり前です。上手く潜入していたからこそ、今回のNATOと亜細亜の壁のフェイク作戦を察知できたんですから」

 自慢気に告げる赤髪の女に対し、ロングコートの男は釘を刺す。

「シンギが出てくるという情報は私が掴んだ。お前がマウイ島でシュノーケリングに興じている間にな」

「ちょっと羽根を伸ばすくらいいいじゃないですか。普段はほぼ軟禁されているようなものなんですから……」

 赤髪の女は大きな欠伸をし、眠たげな声で告げる。

「西海岸までまだ時間がかかりそうですし、私は眠ります。操縦お願いしますよ『ジェイク』さん」

「ああ、ゆっくり休んでいろ『イリエ』」

 二人は互いの名を呼び、同時に通信機のスイッチを切る。

 それ以降、西海岸に到着するまで二人が会話を交わすことはなかった。


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