09 -黄昏の幕開け-
09 -黄昏の幕開け-
ハワイはオアフ島、その南東には海に突き出すようにして巨大なクレーターがある。
ほぼ円形のクレーターの大きさは直径1kmほど、せり上がっている周縁部分は標高にして約230m。
火山が密集している島の中で特に有名なこの山こそ、観光地として有名な『ダイヤモンドヘッド』である。
クレーター内部には背の低い草が生い茂っているものの、基本的にだだっ広い自然公園が広がっている。
また、クレーター周縁の山部分には遊歩道が完備されており、峰からはクレーターの様子はもちろん、広大な海やホノルルの街を一望することができる。
そんな好条件の揃った場所とあってか、普段の公園内部は観光客で溢れかえっている。
しかし、今日は様子が違っていた。
現在クレーター内には巨大な機械が設置されていて、輸送用のヘリコプターが絶え間なく離着陸していた。
機械は主にVFにアウターフレームを取り付けるためのユニットのようだ。
ユニットのそばには外装甲や補助動力システム、そしてVF専用の巨大な兵器などが並べられていた。
10mの機械の巨人が扱う武器だけあって、この距離でもはっきりと分かるほど大きい。
峰の部分、展望スポットに立つ葉瑠はクレーター中央の広場を眺めつつ、ただならぬ雰囲気を感じ取っていた。
「……こんな場所で戦って大丈夫なんです?」
葉瑠の言葉に応じたのは隣に立つ作業服姿の男だった。
「おいおい、こんな狭い場所で戦えるわけがないだろう。ここはアウターフレームを装着する為の場所で、実際の戦闘区域は海の上だ」
「そうなんですか……」
葉瑠の問に答えたのはスラセラート学園エンジニアコースの教官、ロジオンだった。
やつれた顔と白髪交じりの短い髪と無精髭が特徴的な人だ。
そして、相変わらず酒臭かった。
葉瑠はロジオンの持っているスキットルを眺めつつ、文句を言う。
「またお酒飲んでるんですか。今日くらい控えたほうがいいと思うんですけれど」
「飲まないと手が震えるんだよ」
「立派なアルコール中毒じゃないですか……」
果たして、こんな人にアウターフレームの取り付け作業を任せていいのだろうか。
ふと心配になった葉瑠は再度クレーター内に視線を向ける。
クレーター内では大勢のスタッフが忙しなく作業を進めており、滞りは無いようだった。
(……後は衛星軌道上から純正AGFが来るのを待つだけですか……)
葉瑠は天上を仰ぎ、今一度代替戦争の流れを思い出す。
試合に用いられるのはセブンによって提供されれる純正AGFだ。
このフレームは普段衛星軌道上で待機状態にあり、代替戦争時に戦闘エリアに直接投下される。
投下されるタイミングは試合開始の10分前。
各国はその10分間でVFをセッティングし、バトルエリアに送り出さねばならない。
このセッティングが上手く行くか行かないかでその後の勝負にも大きな影響が出る。
スラセラート学園では各種パーツをアウターフレームとして一元化して、服を着るような感覚でセッティング可能なシステムを用いている。
セッティング時間はかなり短いし、もしトラブルが起きても余裕を持って対処できるはずだ。
空を眺めて思いにふけっていると、他にもクレーターの様子を見ていた観戦客が騒ぎ始めた。
「……おいあれ、フレームが降りてきたんじゃないか?」
「ほんと? どれどれ?」
「ほら、あの小さな点だ」
「どれ? わかんないよー……」
どうやら試合開始の10分前になったようだ。
視力が悪いので全く分からないが、結構な人が反応しているし間違いないだろう。
ロジオンはクレーター部分に戻るべく展望エリアから出て遊歩道を下り始める。
「……せっかくだ。艤装の様子、近くで見学していけよ」
不意にロジオンに誘われ、葉瑠は彼を追いかけ確認する。
「いいんですか? アルフレッド教官に聞いたほうが……」
「アイツは教官代理、俺は教官でしかもエンジニア部門の責任者だ。全く問題なし」
間近で見学できる上、リヴィオくんやアビゲイルさんとも話せるかもしれない。
断る理由などどこにもなかった。
「なら、お言葉に甘えて……あ、友達も誘っていいですよね?」
「もちろんだ」
確か結賀は海側の展望エリアにいるはずだ。今から連絡すれば大体同じタイミングで中央部分に到着できるだろう。
葉瑠は携帯端末を取り出し、早速結賀と連絡を取ることにした。
クレーターに降りる頃には、上空にはっきりとした人影が浮かんでいた。
(純正AGF……直接見るのは初めてですね)
数にして10機、10機は輪状に等間隔で並んでいて、ゆっくりと降下していた。
地上に設置されたケージも同じように輪状に設置され、受け入れ体制は万端のようだった。
「いよいよだね結賀、どっちが勝つと思う?」
葉瑠は隣を歩く結賀に声を掛ける。
これをきっかけに代替戦争について話し合おうと思っていたのに、返ってきたのは生返事だった。
「そうだな」
結賀は合流してからずっと空を見上げていた。
心ここにあらず、まさに上の空である。
結賀とは話せないと判断した葉瑠は、前を歩くロジオンに声を掛ける。
「ロジオンさんはどう思います?」
「何がだ?」
「この対戦、NATOと亜細亜の壁、どっちが勝つかっていう話です」
「そりゃあ強いほうが勝つに決まってるだろう」
「だから……はあ……」
二人共勝負の行方よりも、VFそれ自体に興味が向いているようだ。
葉瑠と結賀はロジオンに引率され、どんどん中央へ進んでいく。
しばらく歩くと進行方向にランナースーツ姿のリヴィオを見つけた。
リヴィオも葉瑠たちに気付いたようで、ケージから離れて近寄ってきた。
「何だ、結局来たのかよ」
「リヴィオくん、コックピットに乗り込まなくても大丈夫なの?」
葉瑠の的はずれなセリフに、リヴィオだけでなくロジオンや結賀も力なく笑う。
「しっかりしろよ葉瑠。フレームがまだ来ていないのにどうやってコックピットに乗るんだよ」
「あ、そうだった……」
思いっきり勘違いしてしまった。
今ケージに設置されているのは人の形はしているが、単なるパーツ、アウターフレームなのだ。
「葉瑠、お前が緊張してどうすんだ」
「……ごめん」
葉瑠は失言の恥ずかしさを誤魔化すべく、結賀の背中に隠れた。
顔を真っ赤に染めている葉瑠を庇うように、結賀はリヴィオと相対する。
「むしろお前はもっと緊張しろ。対戦前なのに余裕ありすぎじゃないか?」
結賀の言葉を否定するようにリヴィオは呟く。
「……緊張してないわけ無いだろ」
よく見るとリヴィオの手は微かに震えていた。
いくら戦い慣れていても、代替戦争に参加するとなると話は別らしい。
もし自分が同じ立場だったら耐えられそうにない。
初めての代替戦争で緊張しないランナーなど存在しない。……と思いたかったが、どこにでも例外はいるものだ。
「――私は緊張していませんが?」
話に割って入ってきたのはアビゲイルだった。
彼女はその言葉通り、戦いを前にしても平然としていた。
……無表情、冷静沈着もここまで来ると恐ろしい。
「アビゲイルさん、ランナースーツも黒なんだ」
葉瑠は何気なくアビゲイルのランナースーツの色を指摘する。
ランキング戦で使っている擬似AGF搭載VFもカラーリングは黒で統一されているし、拘りがあるみたいだ。
「黒、好きなんです」
アビゲイルはランナースーツのプロテクターをコンコンと叩き、黒を見せつけるように腰に手を当てていた。
因みにリヴィオくんは青が好きらしい。
青一色とまでは行かないものの、VFのカラーリングは青と白のパターン模様で、ランナースーツにも青色が散りばめられていた。
葉瑠は色の話でリヴィオの緊張をほぐそうかと考えたが、もっと効果的な人物がその場に現れた。
「リヴィオくーん」
何かの管楽器かと思えるほど澄みきった声。
そんな声を発しながら駆け寄ってきたのはセルカ理事長だった。
意外な人物の登場に、その場にいた全員が驚いていた。
「セルカ理事長!?」
ロジオンは酒の入ったスキットルを咄嗟にポケットに突っ込み、セルカを出迎える。
セルカは足を止めると5秒ほどで呼吸を整え、ロジオンに問い詰め始めた。
「もう、リヴィオくんが代替戦争に出るなんて聞いてないですよ。こういうことは私を通してもらわないと困ります」
話している間、セルカ理事長は人差し指を立てて何度も前後に振り回していた。
「一応、親御さんから預かっているんですから、怪我でもしたらどうするんです?」
「いや、俺に聞かれましても……」
ロジオンはあごひげに手を当て、困り顔を浮かべていた。
「……まあまあセルカ理事長閣下、そう興奮なさらずに」
宥めのセリフと共に滑るようにして割り込んできたのはアルフレッド教官だった。
アルフレッド教官なら十分に事情を説明できる。これで安心だ。
(それにしても凄い格好ですね……)
アルフレッドのランナースーツは西洋の鎧を連想させるようなデザインだった。胸部を始め、腕や脚は肉厚のプロテクターに覆われ、背中側にはコックピットシートに体を固定するためのボルト穴が縦にいくつも並んでいた。
ただ、例のマスクはいつも通りだった。
アルフレッドはオールバックの髪を掻き上げ、セルカを宥める。
「わかっているとお思いですが、代替戦争では人は死にません。それに、もし危険を感じればすぐにリヴィオ君は退かせるつもりですのでご安心を」
「でもアルフレッドくん、リヴィオくんはまだ……」
セルカは納得できないようで、リヴィオを心配そうに見つめる。
説得は難しいと判断したのか、アルフレッドは奥の手を使った。
「……一応、今回の件はシンギ教官のお墨付きです」
「シンギさんが……」
シンギという言葉が出ると、セルカは仕方なさそうに溜息を付いた。
「わかりました。リヴィオくん、怪我にだけは気をつけてくださいね」
「はい、もちろんです。ありがとうございます」
リヴィオはハキハキと応え深々とお辞儀をする。
他の人に対してはタメ口なのに、シンギさんとセルカ理事長の二人にだけは過剰なまでに真面目な態度を貫いている。何か恩義でもあるのだろう。
セルカ理事長は銀の長髪をなびかせ、ぐるりと周囲を見渡す。
「アルフレッドくんにリヴィオくんにアビゲイルさん……後の2人のランナーはどこに?」
「あちらです」
アルフレッドの指さした先、本部のテント内にランナースーツに身を包んだ男が2人いた。
しかし、両名ともフルフェイスのHMDを被っており、顔どころか髪の色すら分からなかった。
「機密事項なので名前はお教えできませんが、シンギ教官と肩を並べるランナーだということだけは言っておきましょう」
「挨拶だけでもしておきたかったんですが……仕方ありませんか」
不意に観戦客のざわめきが大きくなる。
空を見上げると純正AGFがすぐ近くまで降りてきていた。
どうやらダイヤモンドヘッドの標高点を通過したようだ。
10機が円を囲んで音もなく浮遊している様子は神秘的であったが、同時に不気味でもあった。
セルカは空をちらりと見上げ、別れを告げる。
「私はそろそろ戻ります。みなさん、がんばってくださいね」
笑顔でそう言うと、セルカは踵を返した。
その言葉をきっかけに、ロジオンはエンジニア達に指示を出す。
「全員配置につけ!! 今回は久々の5機並行取り付け作業だ。いつもより時間がかかって当然、多少の遅れは気にするな。焦らず落ち着いてやるんだぞ」
ロジオンの言葉に応じ、エンジニア達は口々に返事をしていた。
その後すぐに純正AGFは地表にまで到達し、10機それぞれが予め準備されていた取り付けケージに体を預ける。
ケージに収まると浮遊機能が停止し、AGFの重みでケージが少し揺れた。
その揺れが収まる間も待たずして、取り付け作業が始まった。
「リヴィオ君、アビゲイル君、コックピットに乗り込んだら通信回線を開いて待機していたまえ。私から指示があるまで動かないように、よろしいな」
「はい」
「了解」
リヴィオとアビゲイルが頷くのを確認すると、アルフレッドは自機の取り付けケージに帰っていった。
「それではリヴィオ、健闘を」
アビゲイルも別れを告げ、漆黒のアウアーユニットが待つケージへ戻っていく。
リヴィオは腰部のポーチからグラスタイプのHMDを取り出し、装着する。
何か励ましの言葉を贈ろうとした葉瑠だったが、先に結賀が口火を切った。
「おいリヴィオ」
「何だ?」
「もし1機でも倒せたら何でも言うこと聞いてやるぞ」
どうやら励ましているようだ。結賀が他人を、しかもリヴィオを応援してあげるなんて珍しい。それだけ結賀もこの対戦に思い入れがあるのかもしれない。
それにしても、何でも言うことを聞いてあげるなんて破格のご褒美である。
……が、結賀は言葉の最後にとんでもない一言を付け足した。
「……葉瑠が」
「私が!?」
葉瑠は素っ頓狂な声を上げ、結賀を見る。
結賀はいじめっ子特有の嫌らしい笑みを浮かべていた。
「何でも、か……」
リヴィオはHMD越しに葉瑠をじっと見つめていた。
男子に真面目な視線を向けられ、葉瑠は逃れるように結賀の後ろに隠れる。
「ちょっとリヴィオくん、本気にしないでよ……どうにかしてよ結賀」
「別にいいだろ、リヴィオが格上連中を倒せるわけがねーし」
結賀の言う通り、リヴィオくんの実力では歯が立たないだろう。しかし、一矢報いるくらいは可能なはずだ。
葉瑠は覚悟を決め、宣言する。
「……わかった。リヴィオくんが頑張れるなら別にいいよ」
その勇気ある言葉とは裏腹に、葉瑠は相変わらず結賀の後ろで縮こまっていた。
「結賀の言うことを真に受けてんじゃねーよ。お前らに関係なく俺は全力で戦うっての」
リヴィオは葉瑠の言葉を笑い飛ばし、取り付けケージへ歩き始める。
――手の震えは止まっていた。




